第11話 鬼瓦先輩


 晴れ渡った空から夏の日射しが降り注ぐ。

 うちの高校は山の高台にあるため、登校時にやたら長い坂道を登らなければならない。朝からこのコースをマラソンするのは堪えたが、十数分かけて俺たちはゴール前の正門にたどり着く。何とか間に合って安堵していた所、厳つい顔をした男子学生数名から、威勢のいい声をかけられた。


「おはようございます、魔王様!! それとご友人方!!」


 彼らはこの学校の不良で、教師からも恐れられるヤンチャな生徒たちである。しかし、とある理由により魔王様こと真桜院ひまりにコテンパンにされたため、今では彼女を慕う下僕のようになっていた。


「あー、うん。おはようさん。てか誰が魔王やねん。ええ加減にせんとど突くで?」


「はっ! 申し訳ありません魔王様!!」


 この漫才風のコミュニケーションはもはや日課となっていた。

 俺と勇介も軽く挨拶をすると、不良たちの後ろにいたスキンヘッドの大男が、こちらに向かって笑顔を見せてきた。


「ガハハ、おはよう弓塚! 今日もいい天気だべな!」


「あ、鬼瓦先輩。おはようございます」


 少々訛りの入った彼の名は鬼瓦先輩。うちの学校の番長だ。

 この人も他の不良と同じくひまりの被害者なのだが、色々あって今は仲良くさせてもらっている。



 何があったか……あまり振り返りたくなかったが、俺は『真桜院ひまり抗争事件』が起きた当日のことを思い出す。



 あれは今から三ヶ月前の四月……入学式から三日後の昼休みのこと。俺と勇介は早弁をしてしまったため、食べ物がなく空腹で机の上に突っ伏していた。教室の窓から美しい桜が舞っていたが、特に気に留めることなく、腹の音だけが虚しく鳴っていた。


「腹減ったなあ……勇介」


「あはは……そうだねえ……ノア」


 痩せの大食い、という言葉を体現するかのごとく、俺も勇介もスリム体型のくせにかなりの大食らいである。そして共に仲良く財布を忘れていたので、追加の食料を得ることができず、二人して生ける屍と化していた。

 そんな中、購買でたくさんのパンを買ってきたひまりが、なぜか上機嫌で走ってこちらに向かってきた。


「なあノア! 勇介! すごい情報仕入れたで!!」


「んー? 何だよ」


「なんと! うちの学校には番長がおるみたいなんや!! ヤバないか!? この現代において番長やで番長!!」


「あはは……田舎の学校だと結構いそうだけど、この学校にもいるんだねえ」


 やたらハイテンションのひまりだったが、ハラペコの俺たちにとってはどうでもよく、興味があるのはひまりの抱えている大量のパンであった。


「なぁなぁ、放課後見に行かへん? 番長なんて珍獣そうそうお目にかかれへんで!」


「えー、やだよ面倒くせー」


「僕もパス……放課後バイトあるし……ゴメンねひまり」


「あ、パン何個かあげるわ。うちこんな食べれんし」


「わかった、行こう」


「そうだねノア、地の果てまでも付くいて行こう」


 ひまりは俺たちをコントロールする術を熟知している。とりあえず食べ物で釣れば、大抵の言うことは聞くのだ。


「やー、放課後楽しみやなあ。記念にいっぱい写真撮らななあ」


「んぐんぐ……つーかそんな動物園のパンダ感覚で見にいくのはマズいだろ」


「んぐんぐ……そうだねえ。番長って言われるくらいだから、この学校で一番強い猛獣なわけだよ。ちゃんと警戒して遠目から観察しないといけないね」


「わかっとるわかっとる!」


 ひまりは目を輝かせ、スマホのカメラを調整している。俺と勇介は、ひまりから恵んでもらったパンをありがたくむさぼっていた。


「それで番長って、どんな感じの人なんだい?」


「聞くところによるとな、身長2メートル超えで、筋肉バキバキの強面スキンヘッドらしいで」


「何だよその化け物。学生じゃねーだろ……あ!」


 俺はふとあることを思い出す。きょとんとしたひまりと勇介は首をかしげていた。


「あ! って、どうしたんだいノア?」


「屁ぇこいて実ぃ出たん?」


「ちげーよ、お前の発想力がもはやうんこだよ。じゃなくてさ、この前……入学式の日に俺、それらしき怪物と会ったんだよ」


「ほ、ホンマに!? 何やそれどういった経緯でエンカウントしたん!?」


「やー俺さ、入学初日に寝坊で遅刻しそうになっただろ? そん時猛ダッシュで登校してたんだよ。そしたら曲がり角で学ラン着た坊主の大男とぶつかったんだ」


「うわー、そんなことが……そ、それでどうなったんだい?」


「周りに三人くらい取り巻きの連中がいたんだけど、そいつらから『テメェ鬼瓦さんに何してくれてんだゴルア!!?』って絡まれてな」


 自分よりデカい男どもに囲まれたけど、正直恐くはなかった。アイルとアンジェの戦いに巻き込まれてから、俺は随分と肝が据わるようになったため、並大抵のことでは恐怖を感じなくなったのだ。


「ほうほう、弓塚ノア絶体絶命のピンチや……てか番長は鬼瓦って名前なんやな。そんで?」


「その後、鬼瓦先輩が『よせ、オラは大したごとね。行くべさ』って静かにその場を去ってたぞ」


 一応番長にはちゃんと謝ったけど、もし暴力を振るわれた場合は反撃しようと考えていた。ケンカには自信があったので、タダでヤラれるつもりはなかった。だた意外にもあっさり退いてくれたので、あの時の俺はものすごく拍子抜けしていた。


「あはは……ノアってば入学早々、中々に大変なことがあったんだね」


「そうか? 別に大したことねーよ。無傷だったし」


「ふーむ……番長はうちと同じ訛り口調なんやな。それにしても運が良かったなあノア。下手したら一方的にボコボコにされとったかもしれへんで?」


「まあな。確かに外見は厳つい巨人だったが、内面は心優しい青年なのかもしれん。番長こと鬼瓦先輩は、些細なことじゃ怒らない器の大きな人間なんだろうな。多分」


 パンを食べ終え、ひまりに礼を言う俺と勇介。そして俺たちは、どのような手段で番長を発見し撮影するか……その作戦を立てることになった。


「僕の思いつきだと、番長さんを見つける方法は二つある。三年の教室に行って直接見るか、放課後校門前で待ち伏せするかだね」


「おっ、どっちもええ作戦や。今日もメガネが光っとるな勇介」


「なるほど……でもよ、そもそも鬼瓦先輩って学校に来てんのか? 相手は番長とかいう不良の最高峰だぞ。サボってる可能性は大いにあるだろ?」


「確かにそうだね。もし番長さんが学校にいなかったら、発見するのは難しいかな。ちゃんと聞き込みをすれば、居場所を突き止められるかもだけど」


「聞き込みか……果てしなく面倒だな」


「うーん……ノアにお礼参りとかしてくれたら、探す暇省けて楽なんやけどなあ。『てめえ、あの時はよくもぶつかってくれたな!!』っちゅー感じでな」


「ひまりよ……相変わらずお前の考えは、ネジが数十本ぶっ飛んでるな。つーか三日前の出来事だぞ。お礼参りなんてやる気ならその日のうちにやってるだろ」


「そらそうか……ってあれ?」


「どうしたの、ひまり……あっ!?」


「何だよ二人とも……ってんんっ!?」


 教室のドアから、のっしのっしと坊主頭の巨漢が歩いてくる。そのあまりの威圧感により、彼の進行方向にいたクラスメイト数名が慌てて退避していた。


「ねえノア、もしかしてあの海坊主って……」


「ああ、勇介。お前が予想してる通り、あの人が番長だな」


 俺たちの前に突如現れた鬼瓦先輩。噂をすれば影的な展開だが、一体何の用があってこのクラスにやって来たのかは謎であった。


「よう、弓塚。オラのこと覚えてるか?」


「もちろん。鬼瓦先輩でしょ? この前はすみませんでした。ケガとか大丈夫っすか?」


「ああ、見ての通りオラは身体がデカくて頑丈だ。車がぶつかってもビクともしねえべさ」


 鬼瓦先輩はにこやかに自分の胸をドンと叩く。どうやら怒ってはいない様子で、俺と勇介は警戒を緩める。そしてひまりは、目を爛々と輝かせ鬼瓦先輩に一歩近づいた。


「うわー、あんたが番長かいな! めっちゃでっかいなあ。何食べたらそない大きなるん? やっぱ毎日たくさんお肉食うとるんか?」


「え? いんや、オラはベジタリアンだ。肉は食べね」


「ええっ、ホンマかいな!? はー……まあ草食動物にも大型のやつおるもんなあ……」


 軽い衝撃の事実に、妙な納得の仕方をするひまり。いや、何普通に声かけてんだこいつ。相手は番長だぞ番長。俺と勇介が戦々恐々で見守る中、初対面である二人の会話はなおも続く。


「てかうちと同じで、あんたも方言使うんやな。何や親近感わくわ」


「ああ、オラ頭悪ぃから標準語よくわからんべや。田舎からさ出てきて三年経つんにな。ガハハ」


「あはは、うちも東京弁ごっつ苦手やねん。地元の言葉に愛着あるし、今更無理に変えるのも面倒やしなあ」


「んだな。そういやおめえ、名前さ何ていうんだ?」


「うちは真桜院ひまりや! 遠くから来た者同士、仲良うしような、鬼やん!」


「ガハハ、鬼やんかあ……んなめんこいあだ名、オラ生まれて初めて貰っただで。よろしくな、真桜院」


 すげえ、なんかめっちゃ意気投合してる。あ、しかもどさくさに紛れて写真撮ってるし。こいつヤベえな……少しでいいからその胆力分けてほしいわ。

 ひまりは純粋な力だけでなく、ものすごく高いコミュ力も持っている。年上だろうがお偉いさんだろうが、自分より遥かにデカい強面番長だろうが、物怖じせず楽しく会話ができるのだ。


「えっと、それで鬼瓦先輩。どうしてこのクラスに来たんすか? 俺に何か用でも?」


「ああ、弓塚……実はおめえに大事な話があるんだ。よかったら放課後、体育館裏に来てくれ」


「え? は、はあ。わかりました」


 鬼瓦先輩が悠々と去っていく中、俺たち三人は顔を合わせる。数秒間の沈黙の後、まず最初に勇介が少々困った感じの笑顔で口を開く。


「あはは……放課後、体育館裏って……もしかしてノア、本当にお礼参りされるんじゃないの?」


「うーむ……いや、あの会話の流れでそれはないだろ。鬼瓦先輩めっちゃいい人っぽいし」


「せやな~。でも万が一に備えて用心しといた方がええかもな。一応うちも付いていくで。ノアが襲われそうになったら、全力で加勢したるからな」


「バカよせ。危険なマネはすんな。俺一人で行く」


「お? なんやなんや? うちを心配してくれるん?」


「ちげーよ、心配なのは鬼瓦先輩だよ。お前が全力出したら、あの巨人でも死にかねん。入学三日目に殺人事件とかシャレにならんだろ。とりあえずそろそろ自覚しろな、ひまり。お前はパッと見ちっこいJKだけど、中身はキングコングだということを」


「なはは、ほうかほうか。パン代の利子は毎秒千円やな」


「すみません、ひまりさん。失言がすぎました。あとやっぱちょっと恐いんで付いてきて下さい。よろしくお願いします」


「しゃあないなあ……勇介はどないする?」


「もちろん、僕も行くよ! 何だか面白そ……じゃなくて、ノアが危ない目に遭うかもしれないからね。体育館裏には茂みがあるから、僕とひまりはそこに隠れていようね」


「了解や! 一瞬本音が聞こえたけど、気のせいってことにしとくな。それにしても話って何なんやろな」


「さあなあ」


 まあ大方、自分の不良グループに入らないか的な勧誘だろう。中学の頃はケンカで負けなしだったから、その情報が番長の耳に入ったのかもしれん。ただ勧誘されたとしても、不良になる気はねーからスパッと断るつもりだけどな。なお、俺とひまりの争いは『ケンカ』ではなく『一方的な虐待』にあたるのでノーカウントだ。


 そして放課後……学生カバンを引っさげ、俺たちは体育館裏へと向かった。



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