第10話 ひまりと勇介
俺はあくびをしながら、一階にあるリビングのドアを開ける。
まず最初に目に入ったのもの……それはテーブルに並んでいた、ひまりの作った豪華な朝食であった。どれも美味しそうな品々で、白いお皿にデンと置かれた大きな目玉焼きハンバーグ、その横に添えられた人参のグラッセとマッシュポテト、小鉢にはたくあんと梅干し、木製の小皿の中にはシーザーサラダが盛り付けられていた。
「おおっ、朝から豪勢じゃねーか。てか相変わらず料理上手いな」
「ふっふっふ~、もっと褒めてもええんやで? 朝からこの量は多かったかもやけど、ノアは大食いやからこんくらい食べられるやろ。あ、ご飯注ぐんは任せたで? うちはお味噌汁温め直すから」
「へいへい」
ひまりは乱暴で男勝りな性格なのだが、何故か女子力は高い。
料理はもちろん、掃除、洗濯等の家事全般を得意としているのだ。母ちゃんからの評価も高く『うちに嫁いで! ひまりちゃん!!』的なことをしょっちゅう言われている。だがしかし、ひまりはイケメン好きの面食いなため、目付きの悪いモブ顔の俺はタイプではないのだ。ふはは、残念だったな母ちゃん。俺はもっとおしとやかな子を嫁にするよ。
そんなしょうもないことを考えながら、俺はジャーを開け、しゃもじを手に茶碗へご飯を注ぐ。俺の分は大盛り、少食のひまりは小盛りだ。配膳を終えると、俺はリモコンに手を伸ばしテレビを付ける。
すると画面からアニメ『魔法ロボ☆マキアノギア6』が流れ出す。アイルが好きだったアニメの続編で、内容は相変わらず面白いのだが、正直6年も続くとは思わなかった。魔界でアイルも見てるんだろうな~と思っていると、俺のとなりに温かい味噌汁の入った器が置かれた。
「何や自分、まだそんな子供向けアニメ見てるん?」
「え? 別にいいだろー? お前だって戦隊モノの特撮よく見てんじゃねーか」
「特撮はええねん。笑いあり涙ありで、イケメン俳優もようさん出とるし。せや、最近やってた『全裸戦隊ゼンラマン!』がクッソおもろかったで。登場ヒーローが全員マスクだけ付けててな、首から下はすっ裸やねん」
「は? 何だよそれ、世に出しちゃダメなヤツだろ。苦情殺到で打ち切り確定じゃねーの?」
「まあなー、深夜放送やから誤魔化せるかなー思たけど、そろそろ危ないかもな。まだ2話目やけど残念で仕方ないわ。足とか使うてうまい具合に隠しとったのになあ」
「ゼンラマンかー……色んな意味で伝説になりそうだな。見ることはねーと思うけど」
「ちなみにゼンラピンクは、モデル体型の美人女優さんやで」
「わかった、うん、見る。絶対見る」
そう……例えどんなに内容が下劣なものでも、そこにエロスがある限り、目を通し心に焼き付けなくてはならない。これは男としての義務であり使命なのだ。
とまあ、そんなアホみたいな決意をしつつ、朝食の準備が一通り整ったので、俺たちは手を合わせる。
「いただきまーす!」
俺はまずメインディッシュである『ひまり特性手作りハンバーグ』から手を付ける。箸で割ると肉汁がたっぷり溢れ出し、デミグラスソースと半熟の目玉焼きを絡め口に頬張った。
「……うん、やっぱ美味いな。母ちゃんの手抜き料理より遥かに美味い」
「コラコラ、美味しい言うてくれんのはうれしいけど、おばちゃんに失礼なこと言うたらアカンで?」
「だって母ちゃんの出す料理なんて大抵冷凍食品だぞ? 作るの面倒だからって。父ちゃんがいる日はちゃんと料理してるけどさ」
「おばちゃんも仕事忙しいからな~。贅沢言うたらダメやで?」
「わーってるよ」
ひまりとは基本的に幼馴染で悪友のはずなんだが、時折リトル母ちゃんみたいな一面を見せてくることもある。タメのダチに子供扱いされるのは癪だったが、言ってることは正しいので反省することしかできなかった。
「……あ。そういやさ、今日またあの夢を見たんだよ」
「ん? あの夢って……ノアがこの家の庭に落ちてくるヤツ?」
「いんや、別の方」
「ってことは、アイルって子が出てくる夢か。ふーん、あんた月1くらいでその夢見てるやん」
「そうなんだよなあ……何でこんな同じ夢見まくるんだろうな」
「そりゃ完全にトラウマになっとるからやろ。楽しいこともあったみたいやけど、何回か死にかけとるしみたいやし」
「まあ、そうだよなあ……んぐんぐ」
ご飯とおかずを勢いよくかきこむ俺に対し、ひまりはチマチマとゆっくり食べている。暴れる時は豪快なくせに、食事の時だけは妙に女の子らしかった。
「つーかひまり……今更だけど、お前よくこんな話信じてくれるよな。魔法に魔王に魔界だぞ? ぶっちゃけありえねーだろ?」
「まあぶっ飛んだ話やとは思うけど……でもノアが嘘ついとるかなんてすぐわかるからな。長い付き合いやし。そもそも、あんたにそんな作り話考えられる脳みそ持っとるとは思えへん。6年前に実際あったことなんやろ」
信用してくれているのはうれしいことだが、ナチュラルに小バカにされるのは腹が立った。ちなみに俺はひまりの嘘を見抜けたことがない。俺の察する能力が低いのもあるが、こいつは演技が異様に上手いのだ。
「なあノア……あんたまだアイルとエリシアに会いたいって思うてるん?」
「え? そりゃそうだよ。数時間しか一緒にいられなかったけど、二人とは仲良くなれたからな。特にアイルとはヲタ話しまくったし。もし会えたら、ひまりにもちゃんと紹介してやるからな」
「そっか……うん、わかった。うちも友だちになれたらええんやけどな」
「なれるだろ。アイルもエリシアさんも優しくてスゲー良いやつだ。6年経ってもそこは変わってねーと思うぞ。でも失礼なことはすんなよ? 二人とも怒ると尋常じゃないくらい恐いからな」
「ふーん。うちとどっちが恐い?」
「んー……互角かな。まあ俺にとって一番恐いのはやっぱ母ちゃんだけどな」
「あはは! おばちゃん、うちにはめっちゃ優しいんやけどなあ」
「そりゃ他人の家の子には甘いだろうさ。ただ父ちゃんはさ、俺にもスッゲー優しいんだよな。どんなイタズラしても怒んなかったし」
「フフッ、ノアのおいちゃんは仏さまみたいに大らかやもんなあ」
「まあ鬼の母ちゃんを嫁にするくらいだからな。宇宙レベルの広い心を持ってないと生涯を共にはできんだろう」
「ほーら、そんなこと言うてると、また怒られるで? 口は災いのもとや」
そう言った後、俺たち二人は
「あー、美味かった。ごちそうさま。朝食ありがとな、ひまり」
「なはは。ノアがお礼を言うなんて珍しいから、何や背中がくすぐったいわ。うちがご飯作った時くらいしか『ありがとう』って言葉出ーへんもんな」
「そりゃお前が普段俺を陥れることしかしてねーからだろ……まあ仕方ないから、俺の分身に熱湯を浴びせた罪は許してやろう」
「はいはい、ありがとさん。うちももうちょっとで食べ終わるから待っててな。そんで食器片付けたら学校行くで~」
「あいよ~」
「あ、それとまた変な夢見たら教えてな。そのネタ聞くのおもろいから」
「いや、別にネタじゃねーんだけど……まあいいか」
それからニ十分後……洗い物を終えて家の戸締まりをしっかり確認し、俺たちは玄関の扉を開ける。すると家の門の前に、見知った男子学生の姿が目に入る。メガネをかけた長身のイケメンで、そいつは爽やかな声でこちらに向かって挨拶をしてきた。
「あっはっは! おはようノア! ひまり!」
こいつは幼馴染その2、木下勇介。パッと見た感じは真面目人間のようだが、腐っても俺とひまりの親友だ。【類は友を呼ぶ】ということわざがあるように、ゲスい部分も多々持ち合わせている。ま、基本はいいヤツだけどな。
「おはようさん、勇介。今日も朝からテンション高いな~」
「おはよー。なんだ勇介、家の前で待ってたのか。上がってくりゃいいのに」
「あっはっは! いや何、二人の邪魔をしては悪いと思ってね。せっかくの夫婦水入らずの時間をぶふぉあっ!!!??」
ひまりは勇介の言葉を遮るように、みぞおちへ掌底を放つ。勇介はその場に崩れ落ち、プルプルと震えながら悶え苦しんでいる。
うーむ、夫婦かー……まあ勇介は冗談で言ってるけど、ひまりとはよく一緒にいるので、端から見るとそう捉えられても仕方ないかもしれん。わざわざ朝起こしてもらったり、朝食用意してくれたり世話になってるしな。ただひまり的に俺が夫やら恋人やらというのは相当嫌なようで、それ系のことでおちょくられると問答無用で拳が飛んで来るのだ。勇介限定ではあるが。
「あはは……ごふっ……な、なにをするんだひまり……」
「おおお前が急にしょーもないこと抜かすからやろ!? う、うちその手のネタ大っ嫌いなの知っとるやろ!?」
ひまりは伏せていた勇介の胸ぐらをつかみ上げ、持ち前の怪力を使い、空中で勢いよくガクンガクン揺らしている。怒りで顔を赤くさせたひまりとは対象的に、勇介の顔色はどんどん青くなっていった。
「コラやめろひまり。それ以上は勇介の命が危ない」
「うっ……せ、せやな。うちとしたことが、また暴走してもたわ」
ひまりはパッと手を放し、勇介は尻もちをつく。息も絶え絶えな様子だが、勇介は笑顔を絶やすことなくズレたメガネをクイッと直した。
「はあ、はあ……た、たすかったよノア」
「ったく、勇介も朝からひまりをからかうのは止めろよな。下手すりゃ死ぬんだから。こいつがJKの皮を被ったモンスターなのはわかってんだろ」
「だ、誰がモンスターやねん! このエンジェルひまりちゃんに向かって失礼やろ!! てか勇介!! 今度また変なこと言うたら承知せえへんで!?」
「あはは……わかった、気をつけるよ」
エンジェルっつーかベリアルひまりちゃんが、しっかりと勇介に釘を刺す。この命知らずは『気をつける』とか言ってるけど、まーたちょっかいかけてくるんだろうなー……友の命を心配し、呆れ顔で俺も勇介に忠告する。
「なあ勇介……お前は執拗に俺とひまりをくっつけたがっているけど、ひまりが大の面食いなのは知ってるだろう? だからその手のネタはいい加減やめとけよ。冴えないアニヲタの俺が夫だなんてマジで嫌なんだから」
「うーん……本当にそうなのかい、ひまり?」
「え? せ、せや!! うちの旦那がこのぼんくらノアとかホンマありえへん!! う、うちはもっとルックスのええイケメンと結婚するんや!!」
「……ノアはひまりをどう思ってる?」
「んー? 大人しければいい嫁さんになると思うぞ。顔は可愛いし、料理うまいし、家事できるし。話してて楽しいから明るい老後も送れそうだ。俺なんかの嫁さんにはもったいねースペックを持ってると思うぞ」
「あ……え? あの、その……ノア……」
「だからな、ひまり。イケメン彼氏を作る時はちゃんと猫被れよ。素のお前だと貰い手が限られてくる。気に食わないことがあってもすぐに暴力を振るわない。これだけは守れな?」
「……………………」
「…………あはは。こんな感じのやり取り、もう10年以上やってるよね。僕的にいい加減進展してほし……いや、何でもないよひまり」
ひまりの目が完全に獲物を狩ろうとする獣になっていた。
うーむ……何をそんな怒ってんだ? とポカンとしていたら、俺のポケットから着信音が鳴り出す。母ちゃんからのメールで、内容は『ちゃんと学校行ってる? あんたまだ家の前じゃない? 勇介くんと二人でひまりちゃんをからかって、立ち往生してるんじゃないの?』というものだった。海外にいるはずなのに、この場の状況を概ね的中させる母。時計を見ると既に八時前であった。
「お、おい、やべーぞ! いつものアホみたいなやり取りしてたせいで、また遅刻しそうだ!!」
「げげっ!? こらアカン!! ダッシュで学校いくでー!!」
「ああっ! 僕まだ倒れたままなんだけど!? 待ってよ二人ともー!!」
慌てて駆け足で学校へ向かう男子二人と女子一人。
俺たちはもう高校生のはずなんだが、ノリは小学生の頃と変わっていなかった。
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