第5話 ルージュ


「よ~し、アイルとエリシアさんのことはよくわかった。じゃあ最後に……あの赤髪殺人鬼は何者なんだ?」


 いきなり俺たちをナイフで襲ってきた少女の正体……アイルやエリシアさんと同じ魔界の人間ということは確かなのだが、それ以外のことは全くわからない。一体何が目的で俺たちを強襲したのかも謎であった。


「ごめんねノア、私は彼女のことを知らないの。でもお城の肖像画に似た子がいたような……エリシアはあの子を知ってる?」


「……はい、よく存じております」


 エリシアさんの答えに、俺とアイルは静かに驚愕する。そして悲しげな面持ちで、自らの持つ記憶を言葉にしていく。


「彼女の名はルージュといいます。以前は……姫様がお生まれになった時辺りまでは、私や魔王様……姫様のご両親と共に行動をしていたのです」


「おじいちゃん……それにパパやママとも?」


「マジかよ。ってことはあいつエリシアさんの友だちだったのか?」


「はい……」


 エリシアさんと赤髪少女が友人関係だった……何をどうすれば、昔の友にあんな殺意を抱くことができるというのだ。俺の場合、例え友だちと大ケンカして絶交しても、翌日には忘れて一緒に遊んでるもんだから全く理解できなかった。


「じゃあ何で私たちを襲ってきたの?」


「それは……彼女が私を……オズワルド家を憎んでいるからです」


「ええっ!? そんな……どうして」


 アイルはかなり動揺し、エリシアさんの表情は益々暗くなっていく。

 オズワルド……アイルの家をルージュという少女は憎んでいる。その理由をエリシアさんは重たい口調で話していく。


「少し複雑なので順を追って話します。まず……ルージュ様には『ノア』という兄のように慕う大切な人がいました」


「んんっ? その人俺と同じ名前なんだな」


「はい……実は容姿も幼い頃の彼にそっくりで……ノア様を初めて見た時は、彼の生まれ変わりかと思いました」


「そういやエリシアさん『友人に似ている』って俺に言ってたもんな……つーか生まれ変わりってことは、まさかその兄ちゃん……」


「……実は魔界であった大きな戦争によって亡くなってしまったのです」


「! 戦争って、魔界は平和じゃなかったのかよ?」


「それは現在の魔王である姫様の祖父……ジガン様が魔界を治めるようになってからです。以前の魔王……アンジェはとても好戦的で残虐な魔族だったので、戦乱が絶えなかったのです」


 魔王アンジェ……その名を聞いて俺は少し吐き気を催す。初めて聞く知るはずもないその名に、なぜか脳と胃が反応してしまった。


「アンジェって魔王は具体的にどんな奴で、どんなことをしたんだ?」


「あの女は憎悪と恐怖、それに悲哀を好んでいました。【魔力人形】という魔法で生み出された巨大な金属人形を【操作魔法】で操り、魔法使いたちの国や集落を焼き払ったり、疫病を蔓延させたりしました……その結果、数多くの魔界の民がアンジェによって命を奪われたのです」


 俺の知っている冷酷非道な魔王像と合致した。意外だったのは『女』ってことだが……しかしアンジェをよほど憎んでいるのか、エリシアさんの顔はかなり強張っていた。


「……もしかしてルージュの兄ちゃん、アンジェを倒す時の戦いで死んじまったのか?」


「……はい。私と……オズワルド家の人たちが、彼をその戦いにいざなってしまったのです。彼は【吸収魔法】の使い手で、あらゆる魔力を吸い取ることができた強力な魔法使いだったので……あっ、姫様……」


 エリシアさんがアイルの異変に気づく。

 彼女は黙ってうつむいており、顔をよく見てみるとかなり青ざめていた。


「どうしたんだアイル、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」


「あのね……アンジェ討伐戦で……私のパパとママも、その戦いでアンジェに殺されたから……」


「!!」


 アイルに両親がいないことは知っていたが、死因までは聞いていなかった。

 しまった……魔王アンジェはアイルにとって触れてはいけないトラウマだったのだ。俺は地雷を踏み抜いた後でこのことに気付き、自分の空気の読めなさを嫌悪する。


「す、すまんアイル……」


「申し訳ありません姫様……この話はなるべく避けたかったのですが……」


「ううん、いいの。ノアには言ってなかったし、私から聞いたことだし……つまりエリシアたちの勧誘がなければ、お兄さんは死なずにすんだ……ルージュはそう思っているってことなのね?」


「その通りです。アンジェを討伐し兄の死が発覚した後、ルージュ様は我々の元から去ってしまいました。憎しみに満ちた瞳で涙を流しながら、『あなたたちと出会わなければよかった』という言葉を残して……」


 ……なんつー悲しい話だ。一番の悪は魔王アンジェのはずなのに、あまりの憎悪により仲間である人間たちにまで牙を向けてしまうなんて……しかし何だろう。何かが引っかかるな。

 

「一つ聞くけど、そのノアって兄ちゃんはエリシアさんたちとも仲良かったのか?」


「はい。アンジェ討伐のため結成された戦闘パーティではありましたが、私たちは六人は本当の家族のような関係でした。私にとって彼は最初に出来た友だちでもありました」


「ならルージュってやつの行動は間違ってるな。こんな復讐めいたこと、天国の兄ちゃんが知ったらスゲー悲しむと思うぞ」


「ノア様……」


 理由はわからなかったが、エリシアさんは目を潤ませていた。別に泣かれるようなことを言った覚えはないのに……

 エリシアさんはうつむき、すぐに顔をあげるといつもの凛とした表情に戻っていた。

 

「えっと、それでエリシアさんたちの元から去った後、ルージュはどうなったんだ?」


「それが……今の今まで行方不明だったので、失踪後の彼女については何もわからないのです」


「わからない……あ、そうか。ルージュの居場所や動きがわかっていたのなら、魔界から地上へ来ることもなかったはずだもんな」


「はい……ルージュ様が失踪してしまった後、私やジガン様はもちろん、オズワルド城の従者を総動員して魔界中を捜索しました。私個人で地上にも捜索の手を伸ばしました。ですが、何の手がかりを得ることもできなかったのです。考えたくはなかったのですが時が経つにつれ、もう命は尽きているのでは……敬愛する彼の元へ旅立ったのではと思うようになりました」


 ルージュは想像以上に、その兄ちゃんが好きだったようだ。死んでしまった彼の後を追ったんじゃないかと思わせるくらい……


「しかしこの街に来て偶然彼女を発見したのです。再会を喜びたかったのですが……周知の通り、ルージュ様はかなりの殺意を帯びていました。そのため、姫様をお連れしたまま彼女と邂逅するのは危険だと判断しました」


「もしかして私を駅に置いていった時の野暮用って……」


「はい。姫様にご心配をかけたくなかったので、私は一人で彼女を迎撃することにしました」


 アイルを守るために、一人で旧友と戦う道を選んだエリシアさん。

 一言アイルに知らせても良かったんじゃないかとも思ったが、ルージュ発見はかなり唐突なことだったので、冷静なエリシアさんでも相当焦っていたのだろう。


「でも迎撃って……エリシアさん一体どこで戦っていたんだ?」


 魔法使い二人の戦いなんて、ニュースになってもおかしくないはずだ。派手な魔法をバカスカ撃って、山や街を破壊しまくって……ただ一時間前まで家でゴロゴロしながらテレビを見ていたが、そんな情報は全く入ってこなかった。


「人目を避けるため、転移魔法を使い地上から遥か遠い場所……月面で戦闘をしました」


「月面!? 転移魔法ってそんな遠いところまでいけんの!? つーかエリシアさん宇宙でも大丈夫なのかよ!?」


「はい、月よりもっと遠くまで行けますよ。それと自分の周りに高度な結界魔法を張れば、宇宙空間でも活動可能です」


 淡々と答えるエリシアさんに、俺は唖然とする。寒くもないのに鼻水が垂れそうになった。まじかー……魔法使いのすごさが完全に想像の斜め上をいっていた。


「えっと、それで二人の勝負はどうなったんだ?」


「……最初は話し合いで解決しようとしましたが、ルージュ様は全く聞く耳を持ちませんでした。本当は傷つけたくなかったのですが、加減するとこちらが殺されかねない状況だったので……そして私は……彼女にかなりの深手を負わせてしまいました」


 エリシアさんは唇を噛み締め、片手を強く握りしめている。

 例え命を奪おうとしてきても、彼女にとってルージュはまだ友人であり、かけがえのない家族だということが痛いほどよくわかった。


「その後ルージュ様を保護しようとしたのですが、彼女は転移魔法のエキスパートなので……残念ながら逃げられてしまいました」


「……あれ? エリシアも転移魔法が得意でしょう? どうしてルージュを追わなかったの?」


「追跡も考えたのですが、私が感知不可能な領域にまで移動されましたので……それと姫様をあれ以上長時間お待たせすることはできない、下手をすれば寂しさのあまり泣いてしまっていると判断し、急いで駅に戻ったのです」


「……」


 エリシアさんの後半部分の予想は見事に的中していた。

 アイルは耳を赤くさせ、視線をあさっての方角へ向ける。


「それで俺とアイルが話している場面に出くわしたってことか」


「はい……正直かなり驚きました。姫様の周りには今と同じ結界を張っておりましたので、誰かと会話などできるはずがないのです」


「あ、そういえば……ノアはどうして私に気付けたのかしら? 私が間違ってエリシアの魔法陣を消しちゃったのかな?」


「いえ、おそらくルージュ様との戦闘に力を割きすぎたため、私が誤って結界を解除してしまったのかと」


「なるほどね……だからエリシアさん、最初の頃俺に対して曇った顔をしてたのか」

 

 てっきりエリシアさんの巨乳をガン見してたからだと思ったが、どうやらそれは思い違いだったようだ。


「はい。それとノア様の視線が私の胸部に集中していたので、不躾ですが『何だこのエロガキは』とも思ってしまい、より警戒心が強くなりました」


 俺は視線をあさっての方角へ向ける。多分、耳も赤くなっていただろう。

 幼いアイルにはこのプチセクハラ行為の意味がよくわかっていなかったため、きょとんとした感じの顔になっていた。


「しかし姫様がお世話になった恩人と知って、態度を改めました」


「うん! ノアと会わずあのまま一人で泣いていたら、いつか暴走して駅とかビルとか破壊してたかもしれないわ」


 そうか……危うくアイルは新聞の一面を飾るところだったのか。『謎の少女、不思議な力で街を破壊する』みたいな。


「そして俺と二人の別れ際に……倒して逃げられたはずのルージュから、いきなりナイフで斬られたのか。やっぱあれも魔法なんだよな?」


「はい。転移魔法を使い、刃だけ私の腕へ移動させ斬撃したようです。ルージュ様は当分まともに動けない……その思い込みによって不覚にも油断し、私は片腕を失い、あなた方を危険な目に遭わせてしまった」


 それで今に至る……と。

 ふむ、現実からはどんどんかけ離れているが、真実はだんだん見えてきた。


「でもエリシア……どうして今まで私にルージュのことを教えてくれなかったの? そんな大事な人のこと、もっと早くに知りたかったんだけど」


「それは……やはりアンジェのことが関わっているので、姫様には言いづらかったのです。姫様がもっと心身ともに成長してから述べようと思っておりました」


「エリシア……」


 エリシアさんは常にアイルのことを気にかけている。従者としてはもちろん、オズワルド家の人間としてアイルを大切に思っているのだ。


「それとですね……姫様のする日常会話が大体アニメ関係ばかりなので、言い出すタイミングがなかったのです。ことあるごとにやれ『あのアニメは面白かった』だの『早く続きが見たい』だの『フィギュアがほしい』だの『DVDボックス買って』だの……ルージュ様のことについて言うきっかけなど皆無だったじゃないですか。姫様が一度でもご自分の部屋に飾ってあるアニメポスターのように、じっくり城の肖像画を見て気にかけて『この赤髪の子誰?』と質問を投げかけたのなら、過去に今回のような会話をすることも出来たでしょう。いや、私やジガン様が言い出せなかったのも、もちろん悪いですよ?ですが姫様はそもそも普段から……」


「ゴメンなさい、エリシア。もういいわ。私が悪かったから」


 アイルは死んだ魚の眼で降伏宣言をする。

 説教を受ける当事者は辛いだろうが、端から見てると面白かった。

 

 最後の方はかなり脱線したが、ルージュのことは何とか理解できた。

 エリシアさんたちと仲直りさせたいけど、難しいよなぁ……殺す気満々だったし、話すら聞いてくれないみたいだし、そもそも俺は部外者だしな……


 とにかく、この先どうするかを考えなければならなかった。




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