第4話 魔法と魔王と魔界


「……は?」


 一瞬俺の時が止まる。

 魔王の孫……魔王の孫……は?

 頭の悪い俺は、よくやるRPGの世界観とリンクさせ混乱を避けようとする。


「魔王ってあれか? あのゲームによく出てくるラスボスのことか? 世界を征服してやる~みたいな?」


「うーん、ラスボスみたいな強さは持ってるけど、おじいちゃんは平和主義者だね」


「平和主義者って……」


 たしか学校の授業で習った気がする。平和を愛し、争いを好まない人間のことだと。魔王というにはかなり違和感があるように思えた。


「ふーむ……魔王って残虐非道な大悪魔みたいなイメージだったけど、ずいぶん違うんだな」


「うん、おじいちゃんは優しい人間だよ。魔王っていうのは、魔界を統治している魔法使いの王様のことなの」


「なるほど……悪魔の王様じゃなくて、魔法使いの王様だから魔王か。それでアイルはその魔王の孫……あっ、だからエリシアさんに『姫様』って呼ばれてたのか」


「うん。私ね、魔界では一応お姫様ってことになってるから…………えっと、それでね、その……こんな突拍子もないお話、信じてくれる?」


 しどろもどろで不安げなアイルの問に俺は即答する。


「おう、信じるさ。お前は嘘つく性格じゃないだろうしな」


「ノア……」


 俺はビシっと親指を立てグッドサインを出す。アイルとは会って間もないが、コイツは信用できるヤツだと確信していた。他の友人たちが嘘と裏切りを得意としているド畜生ばかりなので、俺は人を見る目が養われていたのだ。


「まあ現実離れした話ではあるけど、さっき現実離れした経験をしまくったしな。 魔法で瞬間移動したり傷を治してもらったり」


「あはは……」


 魔法に魔王に魔界か……本当にそんなものが存在するんだな。魔法と魔王についてはそれとなくわかったので、俺は魔界というアイルの住んでいる世界が気になった。

 

「それで魔界ってのはどんな世界なんだ?」


「うーん……一言で言うと【人間が住みにくい世界】だね。地上と違って空気は毒で汚れているし、いつも空が薄暗くて年々寒くなっていて……あと人間を食べちゃう大きな魔物がたくさんいるの」


「空気が毒で、寒くて、でかい魔物がたくさん……」


 人が住みにくいというか人が住んだらダメな世界だと思った。

 もし地上が毒ガスまみれになって、体長三十メートルくらいのモンスターが一匹でも出現したら、世界中で大混乱になること間違いなしだろう。


「それと日本みたいな文明の発展がないから、アニメもゲームもマンガも携帯電話もパソコンもないの」


「ま、マジかよ!? 完全に地獄じゃねーか!」


 ついうっかりアイルの故郷を悪く言ってしまう。発言した瞬間後悔するが、アイルは気に病むどころか俺の言葉に乗っかってきた。

 

「うん! もうね、魔界って危険がいっぱいなくせに娯楽がすっごく少ない地獄みたいな世界なの!! 私たち何でこんな世界に住んでんのっていつも思うもん!! 正直言うとね、私地上に住みた」


「姫様、そこまでです。お気持ちはわかりますが、それ以上は問題発言になります」


「あうっ、ごめんなさい……」


 エリシアさんの優しい一喝にしょんぼりするアイル。

 地上に住みたい……そんな思いは、魔界のお姫様として完全にアウトのようであった。


「では私の自己紹介をさせていただきます」


 エリシアさんは俺の前に一歩出て、胸に手を当てている。お姉さんとは言えまだ十代半ばにしか見えなかったが、その凛とした表情はやけに大人びていた。


「私の名はエリシア=レイディアント=オズワルド。姫様に仕える従者です。雑務はもちろん、姫様への教育も担当しております」


「なるほど、アイルの家のメイドさんみたいな感じか。てかエリシアさんも名前にオズワルドが入っているんだな」


「はい。家族の証としてゼル様とクレア様……姫様のご両親からいただきましたので」

 

 エリシアさんの凛とした顔が緩み、年相応の柔らかな笑顔になる。名前を貰えたことが余程うれしかったのであろう。

 それとこの時は疑問を持たなかったが、今考えてみると不可解に思えてくる。

 家族なら従者という肩書なんていらないんじゃないか……と。

 もし今後彼女に会うことができたのなら、そのことについて聞いてみようと思った。


「しかしアイルもだけど、エリシアさんも日本語上手いよな。全然外国人と喋ってる感じしねーもん」


「いや、その……私はそれほど日本語を理解していません。今までの会話も、魔界言語でしか話していませんし」


「は? どういうことだよ? エリシアさんの言葉めっちゃ通じてるんだけど」


「実はですね……」


 エリシアさんは首飾りの中央部に付いた宝石に手を当てる。


「この【思麗石しれいせき】を持っていれば、誰とでも意思疎通が可能になります。私の話す言葉は日本語に、ノア様が話す言葉は魔界言語に聞こえるようになるのです」


「はー……すげぇな。魔法もだけど、魔界には道具まで便利なものがあるんだな。つーかこんな石があるんなら、アイル日本語覚えなくても良かったんじゃ……」


「ううん。実はその石、人との会話じゃないと効果を発揮しないの。だから日本語をちゃんと覚えないとね、アニメとかマンガの内容を全然理解できないんだよ」


 なるほど……文字や画面からの音声は翻訳不可なのか。それでも思麗石は現代科学では決して造ることのできない、凄まじい力を持つ石だと思った。あとアイルのモチベーションは大体ヲタ関連に集約していることを再確認した。

 

「あ! それとエリシアもね、おじいちゃんと同じくらいすごい魔法使いなんだよ。氷魔法の技術は魔界でもトップクラスだし、魔界と地上を行き来できる転移魔法だって使えるの」


「いえ、魔王様には遠く及びませんが……」


「ふんふん……てことはエリシアさんがアイルを地上に連れてきてくれたのか?」


「うん! それにね、エリシアが私にアニメやゲームのことを教えてくれたの。三年前にお仕事で地上へ行った時、お土産にアニメのDVDとかゲームをいっぱい買ってきてくれたから」


「おおっ、エリシアさんがきっかけで、アイルはアニメ好きになったのか」


「そうなの! 今の私があるのはエリシアのおかげなんだよ!」


 エリシアさんの方を見てみると、アイルの嬉々とした感じとは対象的に、なぜかすごく疲れ果てた表情になっていた。


「その……当時、姫様は魔導書ばかり読み込んでおりましたので、このままでは知識が偏ってしまうと思いました。何か別の娯楽をと思いまして、地上にあった様々なおもちゃを適当に提供したところ、思いの外ドハマリしてしまいまして……」


 エリシアさんは頭を抱えため息をついている。意外にもアイルにアニメの存在を知らせたことを、ものすごく後悔している様子であった。


「あはは……特にアニメはヤバかったよね」


「ヤバかったというか現在進行形でヤバイです。姫様は興味のあるものに対して、尋常ではない情熱でのめり込むクセがあります。好きなことに没頭することは良いことですが、何事にも加減というものが必要なのですよ。アニメ鑑賞で一日中部屋から出てこないことなどザラにあるじゃないですか」


「あうう……え、エリシアがお説教モードに……」


「ふむ、アイルは地上でいう引きこもりってヤツなんだな」


「その通りです。姫様には魔法使いよりニートの才能があります。休日は暗い部屋の中、死んだ魚の眼で延々アニメを見続けているのです。時折『ふひっ』と小さく不気味な笑みを浮かべながら。私、祖父であり魔王であるジガン様から怒られましたよ。『お前孫になんつーもん紹介してくれとんじゃ!!』と。仕方なく姫様から全てのアニメDVDと再生機器を取り上げたところ、泣きながら滅茶苦茶に暴れ出しまして、城の三割ほど破壊し……」  


「も、もういいでしょ、エリシア! 暴れたのはすごく前の話だし! 続きは魔界に帰ってからにしましょう!!」


 恥ずかしさのあまり、アイルの顔がものすごく紅潮している。

 まあアニメに夢中になってるとそんな感じになるよな~……暴れて物壊すのはよくねーけど。あとエリシアさんは不平不満に関してはかなり饒舌になるとわかった。

 

「それでアニメ好きがこうじて、魔界から地上へ観光にきたのか」


「うん……一度この街に来てみたかったの。ヲタの聖地って呼ばれてて、すごく憧れてたから」


 そうだな……うちの電気街はこれでもかというくらいアニメショップや本屋、ゲームセンターが充実している。メイド喫茶や執事喫茶はもちろんのこと、毎週のように声優さんや作家さんのイベントが開催されている。この街が舞台のアニメだってあるのだ。間違った聖地の使い方をしているが、この街は紛れもなく聖地なのだ。


「だから……本当にゴメンねノア。あなたが危険な目にあったのって、全ては私のワガママのせいなの……私が地上にさえ行かなければ、魔界でおじいちゃんのそばにずっといればこんなことには……」


 またもメソメソ泣いている。笑ったり恥ずかしがったり、感情の起伏がジェットコースターみたいだと思った。


「だ~から泣くなって。つーか謝ることもねーよ、ここにいりゃ安全なんだし。それに街の観光楽しかったんだろ?」


「う、うん。楽しかったけど……」


「ならそれでいいじゃねーか。楽しい思い出ができたんだ。この危険な騒動もいつか『あの時はヤバかったな~!』って笑い話にすりゃいいんだよ」


「……あはは、うん、そうだね」


 アイルは涙を拭い、俺に笑顔でこんな言葉を贈る。


「ありがとう。私ね、ノアとお友だちになれて本当によかった!」


「おう、俺もだアイル! そうだ、今度こっちに来た時は、俺が電気街を案内してやるよ。穴場のアニメショップやゲーセンとか知ってるからさ! 約束な?」


「うん! 絶対約束!」


 子どもらしい無邪気なやり取り。

 まあ残念なことに、この約束は六年経っても未だ果たされていないのだが……だってこの二人全然会いに来ねえんだもん。ただ長い年月が経っても、いつかアイルとアホみたいに遊びたいって気持ちは変わらなかった。

 さて、アイルとエリシアさんの素性は知れたことだし、この続きは平和にヲタ話でもしようかな~……などと思ったが、俺にはまだ一つ大きな謎が残っていた。


 そう、この騒動の起点であり問題点である、あの赤髪少女のことだ。

 



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