第8話「便意」

 今、私は激しい便意に襲われていた。何が原因かはわからない。朝食の内容を思い出しても、特に腹痛を起こす原因になったものはなかったはずだ。

 私は無駄な回想をやめ、自身の腹筋に全神経を集中させた。

 ギュルギュルと音を立てて暴れ回る胃と腸に、私は人に対して怒りを覚えることはそうそうないが、「どうしようもない事象」や「誰も悪くない現象」に激しい苛立ちを覚える人間だった。

 電車で靴を踏まれようが肘を当てられようがどうも思わない。本人だって踏みたくて踏んだわけじゃないだろう。肘を当てたくて当てたわけじゃないだろう。

 しかし、こういった「謎の原因による腹痛」には激しく苛立つのだ。この怒りを一体誰にぶつければいいのか、それすらわからないところにイライラとした。


 もしかしたら原因は私自身にあるのかもしれない。しかし自分が原因なのであれば何かしら気付くはずだ。

 今朝の朝食と昨日の晩飯くらいは思い出せるし、あれはどうだ、これはどうだと考えることだって出来るはずだった。

 しかし腹痛がそれを許さない。原因を探ろうと思考を巡らせても、腹痛が脳の処理の邪魔をした。

 気持ちがいいほどに論理的な原因究明の思考の調査は、「痛い」という感情1つに妨げられ、人間はどうしたって動物なのだということ無理矢理にでも実感させられる。

 我々は感覚に支配され、思考は大きな顔をしているだけの子分にすぎない。

 腹痛はどんどんと力を大きくし、私の深いため息を誘った。


 瞬間、私の体は襲ってきた腹痛に対して反旗を翻した。いや、これはむしろなるべくして成った革命なのだ。

「勇気を出して革命を起こし、見事痛みに勝利した」のではなく、システム的に、実に機械的にトラブルを処理しただけなのだ。

 結局、肉体は思考には支配されることはなかったのだ。私は肉体が続けている「問題処理」のための稼働音を、静かに個室で聞き続けていた。

「問題処理」が終えた頃、私は腹痛の逆襲を恐れ、稼働音が終えた後もしばらく便座に座り、奴らが来るのを待ち構えていた。20分が経った。私は「完全勝利」を確信し、後始末をして便所を出た。


 人間というのは「負けから何かを学ぶ」ということを尊ぶが、「勝ちから何かを学ぶ」ということを怠る。私はこの時、落ち着いて原因究明に努めるべきだったのだ。後始末をした私はそのまま階段を降り、仕事のフロアに入ると、自分の仕事を続行した。私の脳内からは、最早さっきの腹痛のことなどさっぱりなくなっていた。仕事の段取りに思考を働かせ、午後をどう乗り切るかだけを考えていたのだ。




 翌朝、私は謎の腹痛を発症した。

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