第6話「満員電車」
私は毎朝通勤のために、満員電車に乗る。毎度必死な形相の人間達に押し潰されながら仕事に向かっているのだ。
私は別に好きで満員電車に乗っているわけじゃないし、周りの人間だってそうだろう。何が面白くて中年の頭を至近距離で見つめながら体を圧迫されなければならないのだ。
職場でこの話をすると、上司の一人は決まってこう言う。
「そんなもの、早く乗れば空いているんだから。もっと早い時間に乗ればいい」と。
私はどうしてもそのアドバイスを聞き入れることが出来なかった。
私は自分で決めた時間に出発しなければ気が済まないタチだったからだ。それに、家は暖かく、時間があれば寝転んでテレビでも見ながら休める。わざわざ寒い風の中に飛び込む理由がない。早くに仕事場についたところでやることもない。この意地っ張りな性分と惰性のせいで、私は上司の助言を実行出来ずにいた。
もしかしたら、私と同じ車両に乗り、満員電車に鮨詰めになる人間達も私と同じ「意地っ張り」か「一秒でも長く家に居たい」人間なのかもしれない。そう思うと、咳をする時口に手を当てない中年や、ハイヒールの踵でこちらの靴を踏みつけてくる女性にも何となく親しみが湧く。彼らは私と同じ人種なのだ。
ならば、同好の士として許してやるのが筋ではないか。
ここまで考え、私は「人を疑うにも信じるにも、思い込みというものが必要なのかもしれないな」と思った。そう思っていないと頭がどうかなりそうだったからだ。私は思考を止めることなく働かせ、ひたすら電車が動き出すのを待ち続けた。
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