第3話「冷え込み」

 私は生まれた時から都会でぬくぬくと育った軟弱な人間だった。そのため、私は寒さや暑さが極端に苦手だった。夏は扇風機を回し続け、冬は何重にも服を着込んで耐え忍んだ。さらに末端冷え性という厄介なものに取り憑かれたせいもあって、私は夏よりも冬の方が苦手だった。

 師走に入り、世間もバタバタと忙しく動き回り始めた。私は霜月だろうが師走だろうが寒いことには変わりなかったのであまり年末が近づいてきていることに自覚はなかった。


 家から一歩出れば、途端に冷たい空気が全身にへばりつく。空っ風なんかが吹いた時は、冬将軍から冷水をぶっかけられたような錯覚に陥る。私に出来る唯一の抵抗は、ポケットに両手を突っ込み、首を上着に埋めて早歩きすることくらいだった。

 自然という実態のない敵に対し、人類は幾度となく敗北してきた。今日に至るまで研究は続けられてきたとはいえ、ただの一般人である私には何の関係もない。

 こうして寒空の下に晒されていても、身を縮めて建物に逃げ込むのが関の山だ。

 人間の無力さを文字通り肌で感じる。私は悔しくて仕方がなかった。


「寒い。ちくしょう。ああ寒い。ちくしょう」とぶつぶつ文句を垂れながら歩いていた。寒さは緩むどころかますます厳しくなっていく。風が私を嘲笑っているかのように見え、私はますます腹を立てた。

 地下鉄のエスカレーターを降り、ホームに着くと途端に生温い空気が体を包んだ。夏場は鬱陶しく感じるこの空気に感謝した。

 掌を返しているようだが、人間の感情は状況によって変わるものだ。それに、私がこの生温い空気に対して感謝しようが憎もうが、この空気は何も文句は言わない。


 私はこういった無機物と友達になることを望んでいたが故に、生身の人間と友達になる術を学んでこなかった。体調や機嫌によって態度が千変万化する人間といつでも良い関係でいられるとは到底思えない。私か相手のどちらかが愛想を尽かすに決まっている。

 こう言うと、決まって周りの人間はやれ「冷たい」だの「人の温かさがない」だの宣うのだ。私が自身の冷たさに無自覚なように、私を凍てつかせるこの北風も、自分の冷たさに無自覚なのかもしれない。


 だとすれば、私と北風はもはや似たもの同士の親友と言っても過言ではないだろう。

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