第2話「冷やし中華と私」
私は冷やし中華が苦手だ。嫌いなわけではない。苦手なのだ。
別段何か嫌な思い出があるわけでもなく、味に不満を覚えているわけでもないが、何故だか私は冷やし中華が苦手だった。
2、3口食べると満腹感でいっぱいになり、「もうこれはいらない」と脳が拒否してくる。その瞬間に体は重くなり、ついに箸を置いてしまうのだ。
当然、目の前には少し減っただけの冷やし中華がどんと座っている。冷やし中華が苦手な原因は、謎の満腹感と、この残った冷やし中華だった。
私は「食べ物を残す」ということが嫌いな性分だった。どんなに綺麗に食べ残していたとしても、それは「誰かが、自分が手をつけた食べ物」だ。どうしたって汚く見えてしまう。そういった食べ物を人に譲るということが私にはどうしても出来なかった。そんな性分を抱えている私には、「この冷やし中華を食べなければならない」というれっきとした義務があったのだ。どんなに体が拒否しても、私は出された冷やし中華を全て平らげた。私は重い体で冷やし中華を食べている時も、食べ終わって腹をさすっているときにも苦痛を感じていた。そして、完食してなおそんな感情を持たれる冷やし中華に対して、私は罪の意識を感じていた。
私はあまり人前で「冷やし中華が苦手だ」ということを告白しないようにしている。何故かと言えば、そう言ってしまうと最後、「なんで苦手なんだ?」「どの味でもダメなの?」「ここは美味しいから試しに注文してみない?」などと言われるのが関の山だ。
私が冷やし中華が苦手なのは、別に冷やし中華が悪いわけではない。むしろ、冷やし中華からすれば勝手に嫌われて迷惑千万な話だろう。流石に私にも冷やし中華に罪悪感を覚える。しかし、こうも嫌われていては冷やし中華も私のことを嫌っていよう。
いや、本音を言えば、私は冷やし中華には嫌われていたいのだ。そうすれば、私も人に冷やし中華を勧められた時には「私と冷やし中華は犬猿の仲なんだ。私と冷し中華が対面した日には、大喧嘩を起こして冷やし中華を床にぶちまけてしまうだろう」と言い訳が立つ。
しかし、今の時点で分かることは「私が冷やし中華が苦手だ」という事実だけだ。冷やし中華が私のことをどう思っているかなど、知る由もない。彼はもの言わぬ料理だ。冷やし中華が苦手な私がどう思われているかを知る術などないのだ。
これからも私は、誰かに食べられている冷やし中華を横目に他の食べ物を頬張り、それに罪悪感を覚える日々を過ごすのだろう。
私と冷やし中華が和解する日は、永遠に訪れないのだ。
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