第11話
(六)卒業後の進路
一九五一年に新聞一回生として大学を卒業しましたが、以上のようなわけで、就職口のないまま、労働者婦人課で臨時的に人材整理実施の六日まで事務官の給与を支給され、その後は九月までアルバイト待遇で働きました。
当時、大卒女性を採用する企業などなく、大学でも就職案内はごく少数だったので、個人的に探していました。
その頃、「人民のなかへ」という気持ちがマルクス主義を信奉する学生の間で流行っていて、私も「工場など現場に入ろう」という気になっていました。
新聞広告に紡績工場の寄宿係募集がいくつか出ていて、女性で専門学校卒いう気になっていました。次々に応募しましたが、書類選考で断られる場合がほとんどでした。
しかし、何回目かに応募した帝国人造絹糸(のちの帝人)三原工場の舎監にやっと合格し、十一月、広島県の三原へ赴任しました。
出発するとき、東京駅までたくさんの友人達が見送りに来てくれ、初めての「巣立ち」にたいへんな緊張感を覚えました。東京駅を夜行列車で出発し、広島まで十数時間かかって翌日の夕刻、帝人三原工場の舎監室に着きました。
ここは常時約一万人が働く大工場で、構内に木造二階建ての女性寄宿塔が約十五棟ありました。そこの舎監の先輩達が迎えてくれ、その一人が私の指導役となりました。
みな二〇代の女性ばかり、さっそく歓迎会を開いてくれて、さらに歓迎旅行として福山市の鞆の浦まで連れて行ってくれました。このように一人前に扱われたのは初めてのことで、その豪勢さに気分が高揚しました。
しかし、舎監の仕事を見聞しているうちに、「酷いところに入った」と内心心配になりました。
寮生である若い女性労働者たちは四時四五分から一三時半の早番と十三時半から二二時一五分までの後番の二交代勤務、それに合わせて舎監の勤務時間も変わります。
まずは四時に起床のベルを鳴らします。着替え、洗顔を支度して工場に行く労働者を「行ってらっしゃーい」と見送り、その後各部屋を見て回ります。残留者がいないことを確かめて朝の仕事は一段落です。
七時頃工場でみんなと一緒に朝食を食べ、あとは寮生たちの思想動向・勤労意欲などを報告しあう舎監会議などの管理業務です。終日二四時間高速ですが、寄宿舎の入り口にある舎監室の奥で休むことができました。
敷地内の授業をすることもあります。そこで見た情景に二二歳の私の心は大きく揺さぶられました。
労働条件は労働基準法の最低限で、朝夕の一五分の時間延長は特例で許可されました。通勤者もいるとはいえ、多くが寮生で十代の若い女性たちです。
長時間のきつい交代勤務の上に、昭和初期に建った木造二階建ての寄宿舎の一部屋一五畳に住人が雑居、押入れは一人半間ずつ与えられ、そこに布団・私物を入れるようになっているのですが、私的な空間はその前だけしかありません。
お風呂は打ちっぱなしのコンクリートの場所でその湯船にみんなが一斉に飛び込むので湯は膝までになり、二回目以降に入る人たちは汗だらけで汚い湯に体を沈ませることになる、まるで小学生の修学旅行のような毎日です。
しかも外泊は許可前で、私的な生活など無視されているのです。寮生宛の文書には必ず目を通す、はがきは内容を読んでおく、そういったことも仕事の一つでした。
(七)試用期間で解雇
そんななかで三週間経ったある日、他の舎監たちが旅行に出かけた留守に同僚がうわさしていた「赤の本屋」にひとりでそっと出かけました。
「赤の本屋」とは、共産党の機関紙「赤旗」なども販売する社会科学系のいわゆる民主書店でした。
文章本を買って、インテリ風の本屋の主人に「今度、工場に新任できた舎監です」と自己紹介すると、「お話しませんか」と誘われ、嬉しくなって奥に上がりこんで工場のことなど話し始めました。
夜にならないうちに帰ったのですが、翌朝、労務課から呼び出されて、「大阪の本社にいくように」と突然言われました。
すぐに支度をして出かけ、数時間かけて大阪本社の人事部長の前に出ると、優しそうな声で「あなたはこの工場に適してない、まだ試用期間中だから採用中止ということにして雇用関係はなかったことにします。
嫁入り前の女性だから、傷つかないように、円満にことを運びましょう。このことは一切口外しない。三週間の入社試験だと思ってくれれればいいではないか」とあれこれ言うのです。
最初は断ったのですが、「あの工場に居ても良心が苦しくなることばかりだから」とあっさり退職届に署名してしまいました。そのとき「履歴書には書かないでいいですね」と、再三念を押したのですが、周囲の人たちに優しく見送られて、帰途、倉敷の実家に寄り道するなどしてのんきな顔をして帰宅しました。
実家には、試験の結果待ちだった東洋紡績浜松工場から寄宿係の採用通知が来ていて、「浜松のほうが近くて良い」と喜んで翌年三月に就職しました。
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