第8話

第三章 独立・結婚・新しい家庭

 独立して生活するだけの収入のない私は、情けない思いで家事を手伝いつつ仕事探しをしていました。

 戦後、簡単に木造で建てた家は、少し増築してもまだ狭くて、弟妹三人が成長するに連れ、今度は「早く出て行ってくれないと目障りだ」というのが母の口癖になりました。


(一)結婚を考える

 本当は結婚などせず、独立して暮らしたかったのですが、就職口もなく、その日暮らしのアルバイトの収入しか得られない私は、結婚する以外に生きる方法がないと、慎重に考えました。

 自分はたいした能力も無いのだから、社会的に活躍しそうな人と結婚して相手に尽くし、内助の功で夫の成功を願う方法です。

 でも私が家庭に入って黙って家事・育児に専念できるはずがありません。よく考えて、結婚相手は対等に付き合ってくれる人がいい、「女性も職業を持って自立する生き方」を認めてくれる人でなければ関係を持続できない、という結論に至り、厳しい人生になるかもしれないけれど、仕事を続ける道を選びました。

 前述した座談会で出会った編集者の橋本進とは、思想や生きる価値観が似ていて、友達として話すと止まらなくなるくらい、気が合いました。

 女を従属させようとしない、彼は女性と対等に話し、相手を大切に扱う、当時では稀な男性でした。手紙の往復もして、政治や社会情勢などを話し合っているうちに仲良くなり、「この人なら一緒に暮らしても良い」と、結婚を意識するようになりました。

 周囲からどんなに急がされても、家に縛られていた母や、不幸だった叔母達など、夫に従属し、暴力で支配されるような女性の人生を身近に見てきたので、結婚については慎重になり、決して焦りませんでした。

 その頃は一九五三(昭和二八)年の無灘や富士の基地反対闘争が活発で、五〇年に結成された日本労働組合総評議会(総評)も社会的な活動に熱中し、戦後の日本の民主主義をどう国民のものにしていくかが盛んに論じられていました。

 進は中央公論誌編集者で、記者としての活動に熱中していて超多忙でした。会う約束をしても三〇分以上待たされて、結局夜中になり終電まで話し込むのでした。

 新聞・雑誌が大好きな私は、いろいろな話題をもってくる進と会うのが楽しみでした。

 進と数年も付き合って結婚を決めたのですか、今から思うと、進は政治や社会情勢の話に夢中で、具体的にいつ結婚するか、どういう家庭を作るかといったことは考えていないようでした。

 彼は家庭の事情で家を出ることができず、結婚のことを親にも言えず、早く家を出たい私は困り果てていました。

 進の実家は、父親が戦後の財閥解体で失職し、後の事業もうまくいかず、進とその兄の給料で両親の生活を支えていたのです。

 「結婚して家を出る」と言い出しにくい状況で、私にせっつかれてやっと話したところ、夫の両親は反対でしたが、家を出るなら仕送りをする、という条件で認めてくれました。

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