第7話

(二)島津千利世先生と草創期の女性労働問題研究会

 私の生きる支柱となってきた女性労働問題研究会は、島津千利世宅で研究会をしてきたので、当初「島津研究会」と言われていました。

 一九五一年以来、ほぼ毎日集まって戦前からの女性労働者の歴史などを勉強する文献を探し、写し、報告し合いました。

 風早八十二の「日本社会政策史」や山川菊栄の「婦人労働運動小史」などの先行研究の文献を学んだり、女性労働者の歴史を調べて報告したりしました。

 私は日本で明治以来の紡績工場での争議や労働条件改善に関する事件を当時の新聞から手書きで写し取ってくる作業をしました。そうして、調べたり読んだりすることで多くを学びました。

 このような課題を出して指導されるのは島津先生です。先生は一九一四(大正三)年茨城県生まれ、仙台市出身、帝国女子専門学校を卒業されました。

 戦時中、女子青年団関係の仕事などにも関わり、女子青年が寒くてひどい職場で働いているのを見て、女性労働問題を意識したと聞いています。

 旧姓は丹野、姉二人、妹二人、弟二人の七人兄弟でした。お母様は「女は結婚して家事だけしていればいいということはない。」と積極的に進学・職種を推奨し協力されたそうです。

 一九四九年、日本大学法文学部社会科を卒業され、学生時代に島津猛氏と結婚、女性労働問題研究に打ち込んでおられました。

 五三年に女子栄養短大や白梅学園などの非常勤講師を経て、群馬大学教育学部専任講師に就任、七七年教授、八〇年退官されました。 

 その間、女性労働者たちの運動、闘いを励まし、労働組合の婦人会などで公園、日本母親大会、はたらく婦人の中央集会、青年団協議会全国集会、日教組の集会政策学会助言者を務め、日本中を駆け巡って講演、調査などをしました。

 社会政策学会が女性労働をテーマにした時は報告を分担し、学会誌に執筆しています。

 マルクス主義婦人解放論を研究され、七八年「婦人労働の理論」をまとめられました。そして、研究会として女性労働者の実態と問題などを何回も後述の編著に分担執筆の機会をつくって下さいました。

 五〇年の頃は毎日曜日に先生宅に紡績工場などに働く女性達が何人か来て、先生の助言を受けながら行動を起こす相談、そのための勉強、情報交換をしました。

 職場の悩みを訴える場所にもなりました。自分達の職場と労働研究会が長く続いたのです。

 同じような問題意識を持った若い女性達が集まる場所で、そこで元気を得ていました。自分達の職場と労働状況を調べて客観的に整理して話し合うのが楽しみでした。

 働きながら出産・子育てする会員もいて私も結婚・出産後も休まず通い通け、よりどころとなる心強い研究会でした。島津先生が女性労働に関して論文や研究発表をされると、私までうれしく、ここで少しでもお役に立つことが喜びでした。

 労組の役員や書記などの活動家が多く参加し、各自の職場の実情をまとめて問題点を突き止めると、先生はそれぞれをみなで発表する場を紹介し、それがまとまると出版社で刊行しました。

 私塾のようなこの会は三〇年近く無休で継続し、その都度先生は他の約束をせず、群馬大学から戻り、お宅を提供して下さいました。

 毎月支度の部屋に数名の客を迎えることは大変なことですが、一度も休まず、一人でも必ず続けました。私達はそれぞれに研鑚を積んで研究者を目指しました。

 また、島津先生は「労働者研究協会」が労働者が自分達の権利を学ぶ大事な組織であり、重要な役割を持っているとして、最初から関わり、私達も会員になって学習会などの講師を務めました。

 島津先生はエンゲルスの「家族、私有財産および国家の起源」を男女平等、女性解放の原典とされ、研究会で丁寧に読み合いました。

 さらに、詳しく学ぶために、一九七二年頃から、神楽坂の東京教育会館の一室を会場にして毎月一回、「古典研究場」に提供して下さり、先生がご病気でお話できなくなるまでの二〇年以上続きました。

 最初の頃は井上美代子さんが毎日報告をしました。

 島津先生が時々共同執筆をされた原田二郎さんは日大からの同級生で、原田さんが五四歳で亡くなるまで研究のパートナーであり、葬式では喪主をされました。

 研究会をよりどころにしておられ、私が熊本の私立大学に正規の教員として就職することに、島津先生は大変反対されました。三〇年余も近くに居た弟子が遠方に行くのが淋しかったのかな、とも思いました。

 この研究会では、女性労働研究者(故)川口和子さんや元総評書記局員の高橋菊江さん、女性保護運動史などを上梓された(故)桜井絹江さんは、一緒に歩き研究してきた大事な仲間で、学ぶことが多くありました。

 (故)布施晶子さん、伊藤セツ子さんは新風を吹き込んでくれました。

 戦後から女子労働者と共に歩んでこられた先生と共に、戦後女性労働運動史をまとめたかったのですが、七〇年代から徐々に体調を崩され、実現せず、二〇〇〇年末に亡くなられました。


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