第7話 ヒロシとクリスの出会い
「こ・・・こちらが賞金となります・・・」
ヒロシと痩せた男は薄着と言うか最早水着の様な受付嬢から賞金を受け取り直ぐに会場を後にする。
勿論そのヒロシ達が勝利したせいで賭けに負けて大損をした者達が入り口で待ち受けているのは予想通りだったと言えるだろう。
それでもこれ以上人数が増えるとヒロシがでしゃばらないと駄目になるので早々と会場から出ようとしたのは利口な判断と言えるだろう。
「それじゃ頑張ってな」
ヒロシは腕を組んで廊下の壁に背を預け痩せた男が戦う様を眺めるのであった。
(こいつならもしかしたら・・・)
時は少し巻き戻る。
デビルバハムートを逃してしまったヒロシはアホウを使って元の世界へ戻ってきていた。
今回も駄目だったとスナック太田に伝えに行くか店から少し離れた場所で悩んでいる時に突然それはやってきた。
ヒロシの足元に突然魔法陣が出現し別の世界へ強制的に転移させられそうになったのだ。
(これは異世界召喚?!)
アホウを使えば無限に広がる異世界へ移動する事は簡単なのだ。
だがその全てを把握しているわけではない。
事実適当にアホウを使って転移して出掛けた先で色々な出会いや発見をする事でヒロシはここまでの力を手に入れていた。
偶然に頼ったモノではあるがそのお陰で大量のバハムートを使途出来たりもしているので結果的に気紛れな異世界旅行をヒロシは気に入っていた。
その中で極稀にこういった異世界へ干渉してそこの生命体や物を自分の世界へ強制的に移動させる術を持つ者が居る事も把握している。
だがその能力はヒロシ以外の者にとっては物凄い対価を必要とする事も理解していた。
事実異世界へ1人の人間を召喚する為には複数人の命と大量の魔力が必要だったりするからだ。
世界という物は一つの箱に収められている、そこから別の世界へ移動させるのにはそれが常識なのである。
その中でも偶発的に適当な人間を呼び出すと言う事を行なう人間は居ないだろう。
(どうする?このままスナック太田でポテトチップスのり塩をツマミにトマトジュースをロックで頂くのも捨てがたい)
そうである、ヒロシの足元にこの異世界召喚の魔法陣が出現していると言うことは、少なくとも酒井ヒロシと言う人間が持つ何かを条件に異世界召喚を行なっていると言う事になる。
勇者としての素質でもなく賢者としての知識や異世界の文化、または戦略や知略を必要とするのではなくヒロシを必要とする。
それがどれほどとんでもない召喚かと言えば理解できるだろう。
そう考えたヒロシは少し、本当に少し、時間にしてコンマ4.2秒ほど悩んだ末にその異世界召喚を受け入れる事にした。
ヒロシにとって異世界召喚なんて物は、魔法陣が発動する前に魔法陣から外へ出てしまったり、魔法陣の上にアホウで魔法陣を重ねるように出現させれば簡単に回避出来るからこその選択肢であった。
(もしかしたらデビルバハムートを倒す手段の一つに成り得る方法が見つかるかもしれないからな)
そう考えヒロシは手紙を一通その場から手裏剣の様にスナック太田のポスト目掛けて飛ばす。
いつもデビルバハムートを倒せなかった時はスナック太田に出発前と同じように顔を出している。
今回に限って顔を出さないと言うのは逆に心配を掛けてしまう可能性を視野に入れての行動であった。
だが次の瞬間ヒロシは慌てて目の前にアホウで空間を繋げて手をそこへ突っ込む。
すると高速回転しながらポストへ向かって飛んでいる手紙の前にヒロシの手が出現して手紙を掴んだ!
(危ない危ない、俺としたことが・・・)
すぐさま手紙を回収したヒロシは手元に戻ってきた手紙に一言書き加える・・・
『P.S 俺のトマトジュースは捨てないでボトルキープしておいて下さい』
スナックでトマトジュースをボトルキープする者は世界広しと言えどヒロシだけであろう。
再び手紙を今度は指2本で挟んで手首のスナップを利かせる様にスナック太田のポストへ向かって投げる!
正確な動きで投げられた手紙は再び真っ直ぐにスナック太田のポストに向かって飛んでいくのだがヒロシは再び慌ててアホウで手を突っ込み手紙を回収する。
(危ない危ない、俺としたことが・・・)
再び回収した手紙の裏側にヒロシは自分の名前を書き忘れていたのを思い出して回収したのだ。
サラサラ~と『酒井ヒロシ』と自分の名前を書いて今度は直接ポストの前にアホウで空間を繋げてポストに手紙を投入する。
「ふぅ、さてこれで行けるな!」
そう意気込んで足元を見ると・・・既に魔法陣は消え去っていた。
亜空間連結次元魔法、通称アホウを使えるヒロシにとって空間転移系等の召喚魔法は意識しなければ無効化されるのは当たり前であった。
そもそもヒロシのアホウは全ての物理攻撃や魔法攻撃の類は全自動でアホウによって防がれる仕様なのである。
やっちまったとヒロシは帽子の上から頭をかきながら右足を一度上げて地面を踏む。
すると消えてしまった魔法陣と同一と思われる魔法陣が出現しヒロシの体は蒸発するように一瞬で消えるのであった・・・
「だめ・・・だったか・・・」
道場の中に一人の男が自らの血で描いた魔法陣を見詰めながら呟いていた。
魔法陣の上には大量の死体が積み上げられ男も既に虫の息であった。
「そんな都合の良い話があるわけ・・・ないよな・・・」
最早立ち上がる事も出来ない男は最後の望みを託して秘伝書に書かれていた邪法を用いていたのだ。
秘伝書には多数の死にたての死体と術者の血の3分の1を用いた別の世界から神を呼び出す方法が描かれていた。
痩せ細った男は自分ならば体内に在る血は少ない、もしかしたら致死量に到達する前に邪法が成功するかもしれないと考えていたのだ。
「すまない、みんな・・・仇は討てないようだ・・・」
痩せた男はゆっくりと目を閉じようとしていた。
だがそこへ新しく魔法陣が道場の天井に出現し一人の男が華麗に天井から降りてきた!
そして、上下が逆になっているのに気付いた男はまるで猫の様に空中で半回転して床へ着地を決める!
ドヤ顔で死にそうになっている痩せた男に向かってヒロシは口を開いた。
「力が・・・欲しか?」
欲しいかと言うつもりだったヒロシは見事に噛んでまるで方言の様になってしまっていた。
その言葉を聞いた痩せた男は消えそうな意識の中返事を返す。
「おら・・・力さ・・・ほしいだ・・・」
痩せた男は田舎暮らしだった事もありヒロシが噛んだせいで方言っぽくなった言葉に対して無意識に方言で返していた。
その言葉を聞いて顔を真っ赤に染めたヒロシは今の無し!やり直しさせて!と懇願しようとしたが、目の前の痩せた男が今にも死にそうだったので諦めた。
(うわっとりあえず話を聞くとするかな・・・)
横をチラリと見ると召喚の為に殺されたのか死んだから贄として使ったのか大量の死体が積み上げられているのが目に入った。
とりあえず死体に関しては時間が経過しすぎていたので生き返らせるのは無理だと判断したヒロシは痩せた男に何処からか取り出した白いスプレーを噴出した。
すると今さっきまで死にそうだった男がそのスプレーをかけられた瞬間に全快し目を開いて自分の体に起こった事に驚愕していた。
緊急スプレー、どんな大怪我だろうが使用すれば一瞬で全快する使い捨ての回復アイテムである。
だが使用するとクリアランクが下がる場合もあるので弾数無制限の○ケットランチャーが欲しい人にはお勧めできないアレである。
「さて、それじゃあ話を聞かせてもらおうか」
「あ、貴方は神様ですか?」
「んー・・・いや、俺はアホウ使いの酒井ヒロシって者だよ」
「酒井・・・ヒロシ様・・・」
「あっヒロシで良いよ、それより詳しい話を聞かせてもらおうか」
「はい・・・私の事はクリスとお呼び下さい」
こうしてヒロシと痩せた男クリスは出会ったのであった。
そしてクリスから告げられる衝撃の事実・・・
「我等一族は光臨神様をその身に宿すと言われています。その力を手に入れようとやつ等は・・・我々の一族を皆殺しに・・・我等にはそんな力は無いのに・・・」
「つまり、クリスさんは復讐がしたいと?」
「はい!是非ヒロシ様の力で私を強くして下さい!」
ヒロシはクリスに手を貸すことを決めた。
その理由は幾つかあるのだが一番の理由が・・・
(光臨神を身に宿す一族か・・・少なくとも異世界召喚を成功させると言う事はその片鱗はあるわけだ。もしかしたら何か得る物があるかもしれないな)
「とりあえず先立つものは必要だし・・・手っ取り早くお金を稼いでクリスを強くしようか」
「はいっ!お願いします!」
こうしてヒロシはクリスから町で行なわれている拳闘場の話を聞きクリスのレベルアップとお金稼ぎの為に出発するのであった。
なお、道場内に集められた遺体は残された道場と共にヒロシが焼却して処理を行なっていた。
魔法でもない何も無い場所からヒロシが建物を一瞬で燃え上がらせたのにはクリスは驚いていたがヒロシは何も言わずその場を去る。
一瞬だけアホウで道場を地面の下のマントルの中へ転移させて直ぐに戻したなんて説明出来るはずも無かったからである。
「そうそう、他人を殺せばその経験値が入るこの世界。やっぱり強い相手を殺したほうが経験値は多いみたいだからこれを渡しておくよ」
そう言ってヒロシが手渡したのは小さな小指に嵌める指輪。
クリスはそれを疑う事無く自らの小指に嵌める。
「それを着けてれば最後まで諦めずに攻撃することで絶対に逆転出来るから死にそうになっても諦めないようにね」
時間は現在に戻る。
痩せた男、クリスの小指に光る小さな指輪、それがあの大男を撲殺するのに効果を発揮したアイテムであった。
その名は・・・『キューソネコカミ』
目の前で男数人相手に反撃を受けながらも1人ずつ殴り倒しているクリスの左手小指に着けられている指輪をヒロシは見詰める。
その効果は、装備者が追ったダメージが大きければ大きいほど攻撃力が増し、瀕死の状態であればどんな相手でも一撃で殺傷する程の攻撃力を発揮する幻のアイテム。
最後の一人を殴り倒したクリスが傷だらけの顔で振り返ってヒロシを見る。
「よし、衛兵が来る前に逃げるか!」
ヒロシとクリスは会場を飛び出しそのまま森の方へ逃げるのであった。
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