第6話 裏賭博場での拳闘
熱気が場を支配するステージの上で2人の男が半裸で拳を交えている。
しかし、どう見てもその体格に差がありすぎた。
筋肉が盛り上がった胸板を盾に防御すらもせずに立つ男にパンチを打った痩せた男。
しかし、殴った方が逆に手首をへし折れてその痛みに顔を歪める。
「ふんっそんな脆弱なパンチでは俺の鋼の筋肉は貫けぬわ!」
筋肉質な男がそう告げ巨大な拳を突き出す!
痩せた男よりも体格も身長も高い大男の拳は鍛錬で練りこまれたのだろう、まるで刺す様に真っ直ぐと痩せた男の顔面に突き刺さった。
身長差のせいで大男の拳は真っ直ぐに突き出すだけで痩せた男の顔面を捉えたのだ。
「ぐぇっ・・・」
顔面を正面から殴られた痩せた男はそのまま真後ろへ吹っ飛ぶ。
後頭部を地面に強打して白目を向く痩せた男。
しかし、審判らしき人物が気絶している痩せた男の体を抱き上げて無理やり起こす。
そう、これは公開処刑なのだ。
審判すらもグルで痩せた男を一方的に殴り殺す場としてこの試合は成立している。
審判から起こされた痩せた男は意識がまだ残っているのかフラフラとその場に立つ。
「ふふふ・・・まだまだおねんねするには早いぜ」
ルールなんて生易しい物に守られるのは強者のみなこの場で、痩せた男は虚ろな瞳を薄っすらと開ける。
その顔に再び大男のパンチが叩き込まれる!
まるで顔面をハンマーで叩かれたように顔面を陥没させて後ろへ吹き飛ぶ男。
既に顔面の骨が砕けているのか顔は変形して腫れ上がり止らない鼻血が後ろへ吹っ飛ぶと共に地面を汚していく・・・
ロープに跳ね返されて再び前にヨロヨロと進んだ痩せた男に再び大男のパンチが迫る。
だが・・・
カーン!
ゴングの音が響き大男のパンチは痩せた男の寸前で止まる。
だが痩せた男はそのまま前のめりに倒れ地面を顔から流れる血で染めていく。
「早くコーナーへ戻れ!」
審判の男が叫び補助と思われる2人の男が痩せた男の両脇を抱えてコーナーの椅子まで運んで座らせる。
だがろくな治療も行なわず頭から水を掛けるだけでそれ以上は何も行なわれなかった。
そして、再びゴングが鳴り響き痩せた男は無理やり立たされてリングへ向わされる。
「さぁ、もっと楽しませてくれよ!」
ニヤニヤと拳同士を胸元でぶつけながら近付く大男。
一方的な暴力を心底楽しんでいるその顔はまさに悪役そのものである。
リング中央まで進めない痩せた男へ向って近付き再び迫る大男のパンチ・・・
観客はこの公開処刑とも言える試合に熱狂し誰もが声を上げていた・・・
「ほらっお前さんの負けだろこれは?」
「まぁこのままだとそうでしょうね」
離れた場所に座る2人の男。
野球帽の様な帽子を被って酒井酒店の前掛けをしているのは御存知酒井ヒロシである。
椅子に座り足を組んでいるのだが普段から足を組んで椅子に座らないのであろう、慣れない姿勢をしているのが丸分かりな座り方のせいでバランスが悪く少々横に体が傾いている。
その向かいに座る成金の様な服装をした男は葉巻を咥えたまま手に持つ札束を机の上に置く。
「追加だ。どうだ?止めとくなら今のうちだぜ?」
「いいですよ、それでは僕の方も」
そう言ってヒロシも卓上に数枚の金貨を重ねる。
その金貨は明らかにこの世界には存在しない物で金の含有量が高すぎる代物である。
出すところに出せばこれ1枚で家が建つ程の価値を持つそれを惜しむ事無く卓上に重ねるヒロシ。
周囲の男達がその仕草を見て武器から手を離す。
ヒロシが降りれば即刻その命を奪うつもりなのだろう。
死人に口無し、周囲に複数人居る成金の部下たちはヒロシが所持しているであろう全ての物を殺して奪い取るつもりなのだ。
「くくく・・・随分あいつを買っているのだな?」
「えぇ、そろそろでしょうからね」
「なに?」
その時、試合を見ていた人達から歓声が途切れた。
先程まで騒がしかった場が一瞬で静寂に包まれる。
そして小さく聞こえる呻き声・・・
「うぅぅぅう・・・・」
誰もがその光景に唖然としていた。
それはそうだろう、どう見ても一方的な試合展開であったその試合なのに痩せた男がボロボロの状態で突き出した拳を腹部に喰らった大男はその場に崩れて腹部を押さえながら悶絶しているのだ。
それも元気な時とは違いヘロヘロな状態で突き出された拳だ。
大男も命懸けの最後の一撃だろうとヘラヘラ笑いながら攻撃を止めて避ける事無く受けたのだ。
そして、その結果がこの有様であった。
「ば、馬鹿な?!」
ヒロシの目の前の成金が叫ぶがそんな事はお構い無しでリングにヒロシは声を掛ける。
「あれー?カウントが聞こえないよ審判さん仕事して下さいよ~」
それを聞いた完全に唖然としていた審判は慌ててゆっくりカウントを数え始める。
そのカウントもありえないくらいゆっくりと数えられる・・・
そして、カウントの途中だと言うのに大男はそのまま飛び掛るように痩せた男に襲い掛かる!
しかもその手には履いていた下着に仕込んでいたのかスタンガンらしきものが握られていた。
突き出すと同時にスイッチが入れられているのか放電が目で見ても分かるくらい激しく目に見えていた。
完全な反則である、だが痩せた男はその大男のスタンガンに向かって細い腕を突き出す。
バキャーン!!!
大男は目を見開いて目の前の光景を理解しようとしていた。
突き出したスタンガンが痩せた男の拳に触れた瞬間木っ端微塵に砕け散ったのだ。
しかも勢いで自分はその拳に向かって進んでいる・・・
車に轢かれる瞬間や落下物が自分に当たるのに気付いた瞬間、つまり死を感じた瞬間時間がゆっくりに感じる事がある。
タキサイキア現象と呼ばれる現象で死を回避しようと脳がフル回転を行い、その時間を利用して走馬灯を見る事で過去の経験から助かる方法を脳が模索すると言われているその現象が大男に起こっていた。
「うぁ・・・うぁぁぁああああああ!!!!」
だが自分から飛び起きるように前へ進んでいるのだ。
止める方法があるわけがなかった。
大男の叫び声が響く中、自分から痩せた男の拳へ突っ込んだ大男はその拳が胸に当たるのを最後に見ていた。
痩せた男の拳が大男の胸に触れた瞬間大男の胸骨は砕け散りその中に在る肺や心臓と言った内臓が一瞬でミンチになり大男は明らかに変な軌道で後ろのロープまで吹っ飛んでロープを乗り越え頭からリング外へ落下した。
地面に頭から落下したその顔は恐怖に染まり黒かった髪は一瞬で白髪になり白目を剥いて口からは血を吐きながら絶命していた。
流石の審判も大男が死んでいるのではどうする事も出来ずリング状で拳を突き出したまま今にも死にそうな痩せた男に向かって勝利宣言を行なう。
「さて、それじゃこれはもらって行くぜ」
「ま・・・まて、これは何かの間違いだ!そ、そうだイカサマだ!」
「ふーん」
どう見ても片方を贔屓にしすぎる試合だったし、反則の上に武器まで使用していたのにも関わらずそんな事を言う男をヒロシは見下した表情で見詰める。
すして成金は立ち上がりヒロシを指差しながら叫ぶ!
「そ、そうだイカサマだ!お、お前等こいつを殺せ!」
立ち上がった成金の男が叫ぶが誰一人その場を動こうとしない、それを不思議に思った成金が周囲の男を見て鼻水を垂らしながら唖然とする。
周囲に居た男達は何故か両手で麻雀牌を13枚手に持ち落とさないように硬直していた。
そして、その麻雀牌の上にメモ紙が置いてあり・・・
『一歩でも動いたら・・・ロンだ!』
と書かれていた。
既に先に動いた男が1人居たのだがそいつは4倍役満、即ち『四暗刻(単騎)+大三元+字一色』に振込んでいた。
その瞬間その男は身に着けていた物を換金され衣類は全て剥ぎ取られ歯から眼球や腎臓まで闇取引で金になると言われている物が全て抜き取られそのまま絶命していたのだ。
誰もが目の前で動いた瞬間に全裸で死ぬその光景を見れば動けなくなるのは仕方ないだろう。
「さて、それじゃこれは貰って行くぜ。また機会があれば宜しく」
そう言ってヒロシはその場を離れる。
少し離れた場所でヒロシは後ろ向きに右手を真横に伸ばし指パッチンを行なう。
だが音が鳴らず「スカッ」と風を切る音が小さくするのだがそれと同時に男達の手にあった麻雀牌が全て消え去り、死んでいた男も全裸のまま生き返る。
目の前で行なわれたとても信じられないその状況の真っ只中に居た者達は助かった安堵から一斉にその場から逃げ出すのであった。
「よう、頑張ったね」
「・・・・・・・はぃ・・・・」
「そら、お疲れさん」
そう言ってヒロシは痩せた男に手に持っていた赤い液体を掛ける。
見る見る顔面の傷が癒されていく痩せた男の姿に誰もが口をあけたまま固まるがそんな事を気にする事無くヒロシと痩せた男は賞金の受け取りと賭け金の受け取りに行くのであった。
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