第17話 世界の裏側で─1

 勝負はあっという間についた。

 あれだけ威勢の良かったオーク達は今、全員揃って床に倒れ伏している。

「だから言ったろ? 僕喧嘩強かったって」

「う……ぐ……」

 オークを見下ろしながら、ネロが手をはたく。


「……ネロ、怪我とかしてない?」

「へーきへーき、探偵やってたら怪我とか付き物だしね」

 そうなのか。探偵稼業というのも楽では無いんだな。 



「お……お前ら……」

「ん? まだ気絶してなかったのか?」

 見ればオーク男Aがフラフラになりながら立ち上がり、私達を憎悪のこもった目で睨み付けている。その目を見て、ネロは私とヨックルちゃんを庇うように立った。


「諦めろよ。もうお前は僕に勝てない」

「うっさいわボケぇ!! こんだけコケにされて黙ってられるかい!!」

 オーク男の顔は真っ赤になって、茹であがった豚のようになってる。その顔を見てもネロは眉一つ動かさず、とても落ち着いていた。



 もはや声にもならない奇声を叫びながら、オーク男は前へ突っ込んでくる。その頭にカウンターをぶつけるためにネロが体勢を整えた。


 だが……オーク男は途中で、不自然な体勢に倒れこんだ。


「……ん?」

 ネロが怪訝そうな顔で、オークの方を見つめた。

 よく見るとオーク男のいた所辺りに、別の人影が立っているのが見えた。その人影は、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。

 最初警戒していたネロは、人影の顔を見るとフッと力を抜いた。その様子を見て「ネロ、誰なのあの人?」と尋ねた。


「……僕の知り合いだ。無害なのは僕が保証する」

「その通り、私は君達の敵になるつもりは無いよ」

 目の前に立った人影が口を開いた。背丈は長身のネロとさほど変わらず、高級そうなコートをオシャレに着こなしている。

 だが、私はそれ以外の点に驚いた。



「……人間だ」

 そう、彼は私と同じ、人間の顔をしていたのだ。

「ん? そう言えば君も私と同じ人間族だね。見慣れない顔だが……ネロ、彼女は?」

「僕の事務所に転がり込んで来たんだ。詳しいことは僕にも分からん。ただ、悪い奴では無い」

「なるほど……曰く付きの少女ということか。しかし君が『悪い奴では無い』と評するなら、君の友人としては、その言葉を信じない訳にはいかないな」


 そう言って彼は、私に向かって手を差し出した。

「初めまして、私の名前はリシュフォール。そこにいる無愛想な顔をした探偵の数少ない友人だ」

「生憎だが、僕は君を友人と認定した覚えは無い。それと自己紹介をするなら、もっと言うべきことがあるだろう」

「ん? 何の事だい?」


 とぼけた声で返事するリシュフォールの首根っこを、ネロが掴み上げる。

「おいおい自分の仕事を忘れたとは言わせないぞ? ・リシュフォール=トリン=アルバートくん?」


「……え?」

 一瞬私は聞き間違えたかと思った。

「え……王候貴族? この人が?」

「信じられないかもしれないが本当だ。だからお前なんでこんな所にいるんだ、十五字以内で説明してくれコノヤロウ」

「えー……探偵の君なら推理出来るだろ?」

「お前なんかのために僕の頭脳は使いたくない。ほら、早く説明しろ」

「……友人のネロ君を冷やかしに来ました」

「十字を余裕でオーバーしてるが、それ以上に突っ込むところがあるから、その点については目を瞑ってやる。取り敢えず一発殴らせろ」



 言いながらネロは拳を振った。

「待った待った!! いきなり友人を殴るなんんてどうかしてるんじゃないのか!?」

 リシュフォールも後ろへ素早く飛んで、拳を避ける。


「どうかしてるのはお前の方だ!! 冷やかし何かで職務を放りだすんじゃない!!」

 ネロが叫びながらリシュフォールを追いかける。その様子を、私とヨックルちゃんは黙って見ていた。



「……帰ろっか、ヨックルちゃん」

「そだね……」


 児童公園で暴れる二人を置いて、私とヨックルちゃんはお店へと帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る