第18話 世界の裏側で─2

「お兄ちゃーん!!」

「ヨックル!! 無事だったのか!!」


 店の前で私達の帰りを待っていたボックルちゃんは、帰って来た私達の姿を見てこっちに駆け寄ってきた。

 それに答えるように、ヨックルちゃんも私の隣からボックルちゃんの元へ抱きつく。



「どこ行ってたんだよ……心配したぞ……ったく」

「ごめん……ごめんなさい……」

 ヨックルちゃんの謝る声が、次第に涙声に変わっていく。ボックルちゃんの目からも涙がこぼれた。


「舞もありがとうな。ヨックルを探すために協力してくれて」

 しばらくして顔を上げたボックルちゃんは、私の方を向いてそう言った。

「お礼なんていいよ。ともかくヨックルちゃんが帰って来れて良かった」

 そう答える私からも、目から涙が流れそうになった。



「そういえば……ネロは?」

「え? あぁ……なんか友人に偶然会って、そのまま遊んでたよ?」

「友人じゃない。あと遊んでた訳じゃない」

「!?」


 いきなり後ろから聴こえてきた声の方へ振り向くと、少し疲れた顔をしたネロが立っていた。

「アイツの事を友人と言わないでくれ……頭が痛くなる」

「う、うん……分かった……」

 その様子を見て、喉元まで出かかった「どういう人なの?」という質問を飲み込んだ。言ったらまた嫌そうな顔をするのが容易に分かる。


「さて二人とも。いつまでも玄関前で抱き合ってないで、店の中で作戦の成功を祝おう」

 少し調子を取り戻したネロは、ボックルちゃん達に声をかけた。

「あぁ──そうだな」

 ふっと笑ったボックルちゃんは、ヨックルちゃんの手を握ってお店の中へと入っていく。



 その日店では、食材の在庫処分も兼ねてのお祝いパーティーで笑いが絶えなかった。






「それじゃあ僕たちは帰るよ」

「おう、色々お世話になったな」

 帰り支度を済ませた私達を、ボックルちゃん達きょうだいが玄関先まで見送りに来た。

「ネロ、依頼料については──」

 言いかけたボックルちゃんをネロは手で制す。


「分かってる。もう少し営業が安定するまで待っといてやるよ。その代わり、今後店を傾かせたりすんなよ」

「……ありがとう」

 そう言って笑い合う二人を見ていた私の元に、ヨックルちゃんが駆け寄ってくる。



「ん? ヨックルちゃんどうしたの?」

「舞お姉ちゃん……あのね? その……」

 ヨックルちゃんはモジモジしながら、しゃがんだ私の耳元で囁く。

「あたしね、舞お姉ちゃんみたいになりたい。出来るかな?」

「えっ!?」


 私は相当驚いた。私みたいになりたい? こんなろくでなしの女に?

 なんと答えれば良いか迷った私は、ヨックルちゃんに囁き返した。

「じゃあ、皆のために頑張らなくちゃね?」と。


 その言葉を聞いたヨックルちゃんは、顔をパアッと明るくして何度も頷いた。



 ──ごめんねヨックルちゃん。私はそこまで立派な人間じゃないよ。

 

 でも、ヨックルちゃんにとっての憧れが今は私なら──


 ──私も、あなたにガッカリされないように頑張るね。




「へぇ……こっちの世界じゃ星がよく見えるね」

 もうすっかり暗くなった夜空を見上げて、私は隣にいるネロにそう言った。

「君がいた世界では星が無かったのかい?」

「無かった訳じゃないけど、よく見えるものでは無かったよ」

「そうなのか……」


 

 そう言って、同じように夜空を見上げたネロの横顔を私は眺めた。

 この世界に迷い混んでから最初に会って、成り行きで頼りにしている探偵──ネロ。


 もし最初に会ったのが彼じゃなかったら、私はこの世界での垂れ死んでいたのでは無いだろうか? それくらい、ネロには不思議な安心感がある。


「ねぇ、ネロ……」

「なんだい?」

「私さ……これからどうしたら良いかな……?」

 私の呟きを聞いたネロは、少し黙った後にこう返した。

「そうだなぁ……もし君にその気があるなら、特別依頼人として、事務所を住居として使っても構わないよ」

「え? 特別……依頼人? でも私依頼なんて……」

「あるさ」



 

「『君がこの世界へ、どんな理由で来てしまったのか』──その謎を僕は解きたい。久しぶりに探偵としての血が騒いでるよ」

 その言葉を聞いて、私は大きく目を見開く。


「だから君さえ良ければ、僕の事務所で色々と話を聞きたい。それに、理解者がいた方が君もやり易いだろ?」

 そう言ってニヤリと笑ったネロに、私も笑い返す。


「そうね……その通りだわ」

 ネロに向けて、私は手を差し出す。


「協力してくれる? 狼男の探偵さん」

「喜んで引き受けよう。人間のお嬢さん」

 差し出されたその手を、ネロは握りしめる。





 この世界には、分からない事がまだ沢山ある。


 でも、今の私は違う。今の私には、人とは少し違った仲間がいる。


 その仲間と一緒に、この世界で生きていこう。




 まだ私は──死ぬわけにはいかない。



              ─第一章 f i n─

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