第16話 ココロ運びます─3

「そんな事無い!!」

 背中の方から発せられたその言葉で、私の意識は引き戻された。


 振り替えると、さっきまで震えていたヨックルちゃんがオーク達を睨み付けている。口は真一文字に結ばれ、手は自分の服を握りしめていた。

「舞お姉ちゃんは死んでなんか無い!! あたし達のお店が 大変になったときに、助けてくれたのは舞お姉ちゃんだ!! そんな舞お姉ちゃんが死んでる訳無い!!」



 どうやらまだ小さいヨックルちゃんは、『死んだ魚の目』という言葉を、『死んだ私の目』という風に捉えてしまったらしい。でも、彼女の剣幕にその事を突っ込むものはいなかった。


「舞お姉ちゃんは優しくて、頼りになって、あたしの憧れなんだ!! 舞お姉ちゃんを馬鹿にしないで!! 馬鹿にしたら、あたしが許さない!!」


 ヨックルちゃんの目からは、ポロポロと涙が零れてきた。そのヨックルちゃんの体を、私は思わず声を抱き締める。

「舞お姉ちゃん……?」

「……ありがとう。ありがとうね」


 ヨックルちゃんを抱き締めるために、私はかがまなければならなかった。

 一体この小さな体のどこに、自分よりも大きな者に立ち向かう勇気があったんだろう。


 一体この小さな体のどこに、出会って間もない者を『憧れ』と言える優しさがあるんだろう。


 私はこの娘よりもっと大きいのに、この娘より何も出来てないじゃないか。

 


 ……私は……まだ。




「…………」

 無言で私は立ち上がり、目の前のオーク達を鋭視線で突き刺す。

「……あんた。さっき私の事『死んだ魚の目』っ言ったわよね?」

「あ……あぁ、それがなんや?」

「……認めるわ。自覚はあったから」

「!? 舞お姉ちゃん!?」


 前に出ようとしたヨックルちゃんを手で制し、私は立ち上がり言葉を続ける。


「私は、この娘が思ってるような立派な人間じゃない。自分が招いたことなのに、自分が置かれた環境を憎んで、絶望して、勝手に自己嫌悪に陥ってる屑よ」

「ほぅ……やったら──」

「でも」

 オーク男Aの言葉を遮り、私は続ける。



「少なくとも私は、あなた達程の屑じゃないわ」

「なんやと……?」

 オーク達の額に血管が浮かぶ。

「だって……見捨てられないもの」

 私は前に出て、そして────




「こんな私を……こんな小さな体で!! 『憧れ』って言ってくれたこの娘を!! 見捨てて逃げるような屑になるつもりは無いもの!!」


 叫ぶ。身体中から、私の言葉を放つ。

 思わぬ大声に、オーク達は身じろぎする。その様子を見て、私はフッと鼻で笑った


「悔しい……? こんな人間に馬鹿にされて悔しいかしら?」

「……調子乗るなよ、人間族ごときが」


 オーク達から、怒りのオーラが伝わってくる。

「黙って聞いとったら、ワシらの事散々馬鹿にしおって……お前ら、タダじゃすまさへんぞ?」

「やれるもんならやってみなさい。でも、この娘にだけは指一本触れさせない」


 足を開いて、素早く動けるように体勢を取る。

「私も、自分より小さい子一人守れないで、人間名乗るつもりも無いから」


 



 さて──どうしようか……

 喧嘩のやり方なんて、やったことが無いから知らない。真正面からぶつかれば、呆気なくK.O.されるのは目に見えてる。



 だからとにかく逃げよう。ヨックルちゃんをとにかく逃がすんだ。それだけ出来れば万々歳だ。

 私はどうなるか分からないが……二人捕まるよりかはマシだ。


 それに──ひょっとしたら────


「覚悟せぇよ……」

 私は目の前のオークに意識を集中させつつ、後ろへ素早く下がれるように足を下げる。

「穴という穴犯したらァァァァァッ!!」


 ヨックルちゃんの手を取って逃げようとした、その瞬間──



 私とオークの間に突然立ち塞がった人影が、オークの拳を受け止めた。

「えっ……?」

「なっ?」


 私もオークも、驚きの言葉を漏らす。だが驚くのはこの後だった。



「全く……身勝手な行動は出来る限り慎んでほしいな。責任を負う僕の身にもなってくれよ」

「……嘘、なんで……」

「なんでいるのか、そう言いたいのかい?」


 オークを蹴飛ばして距離を取った人影が、倒れこんでいた私に手を差し出す。


「依頼人の安全を確保するのが、探偵の役目だろう?」

 そう言って──ネロはニヤリと笑った。





「な……誰やお前?」

「おっと、自己紹介が遅れたね。僕の名前はネロ=ガング=ヴォルフ。探偵家業を営む、しがない獣人さ。実は君達の言動は、さっきから確認してたんだよ」

「え、いたの!?」


 驚いて私はネロの方を向く。

「いやぁ、最初はすぐに割って入ろうと思ったんだけどね。なんかカッコいいこと言ってたから、どうせなら最後まで見ようと──」

「嫌あああああああああ!!」


 私はネロの首根っこを掴んで、思いきっり揺らす。

「忘れて!! 今すぐ忘れて!! なんで黙って見てたのよ馬鹿馬鹿馬鹿!!」

「ゆゆゆゆゆ揺らすな!! 酔う!! 酔うから揺らすなってばああああ!!」


 私はパッと手を離す。背中から倒れたネロは、「ぐっふっ!!」とヤバそうな声を漏らした。この光景、なんだかデジャ・ヴュだ。


 しばらくして立ち直ったネロは、咳き込みながら話を続ける。

「ま……まぁでも、舞の言ってることは何も間違ってない。強いて言うならもう一つ──」

 ネロが指を一本伸ばす。



「君を高く評価してるのは、何もコイツだけじゃないって事だ」

「……!!」

「さて──じゃあ邪魔者にはそろそろ退場願おうか」


 完全に空気と化していたオーク達に、ネロは不敵な笑みを浮かべる。

「でも──ネロ、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。僕、昔は喧嘩とか強かったし」

 ネロが右手をヒラヒラさせる。



「じゃあそろそろ始めようか悪党共。安心しな、噛んだりはしないから」

 そう言って前へ歩くネロの背中に、私は安心感を感じた。



「『噛んだり』は──ね」


 地面を蹴って、ネロは前へ飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る