第15話 ココロ運びます─2

「ヨックルちゃーん! どこにいるのー!?」

 商店街を走りながら、私は叫ぶ。

 道を歩く人々は私を奇異な目で見るが、そんな事を気にしている場合ではない。

「誘拐とかじゃ……無いといいけど……」

 息を荒くしながら、思わず私は呟く。この世界には、ヨックルちゃんみたいな小さい子に劣情を催す人がいないと決まった訳では無い。そうでなくても、身代金の要求等はあり得る。


 もっと防犯意識を持たせるべきだったな……私は後悔するが、今さらそんな事しても遅い。

 私の頭の中に、先程ボックルちゃんの店で聞いた話が再び浮かんできた。





「はい……はい、分かりました。ありがとうございます」

 受話器を置いたボックルちゃんは、私達の方を見てから、顔を伏せて首を振る。

「アイビーさんの所にもいないみたいだ……商品はちゃんと届けたらしいけど……」

「そうか……」

 答えるネロの言葉も、いつもよりトーンが下がっている。


「アイビーさんの家はここからも少し遠めの所にある。道に迷った可能性もあるかもな……」

「でも、行きは迷わず着いたんでしょ? なら帰りも迷わないはずじゃない?」

「舞の言うとおりだ。ヨックルもちゃんとアイビーさんの家は把握してる。だから何かあったとしたら……」

「帰り道……か」



 私達の間に、重苦しい空気が流れる。

「──ネロ、私達で探しに行こう」

「そうだな……それが良いかもしれない」

「だったら俺も──」

 口を開いたボックルちゃんを、ネロは手で制す。


「お前はここに残れ」

「ッ──でも!!」

「お前が家を出たら、誰が残ったきょうだい達の面倒を見る? 兄貴として、皆を安心させてやってくれ」

「…………」

 それを聞いて、ボックルちゃんも少し落ち着いた。

「よし、じゃあ僕は東側を探す。舞は西側を探してくれ。一時間後に個々で落ち合おう」

 そしてネロの指示に従って、今に至るというわけだ。





 三日も経てば、少しは周りの光景にも慣れたが、やはり人間と違う顔の人物が闊歩するのを見るのは奇妙な事だ。

 そんな商店街の中を、私はひた走る。その行動の最中で辺りを確認するが、それらしき人影は一向に見つからない。

 焦りが募る中、私は一度アイビーさんの家に向かってみることにする。ひょっとしたら、その道中に何かあるかもしれないと思ったんだ。


 急いで足を動かして、家へと向かう。するとその道中で、小さな公園らしきものが目に入った。

 ヨックルちゃんくらい小さい子だと、こういうとこで遊んだりするかな……そう思ってふと中を見た瞬間だった。


 私の目に飛び込んできたのは、ヨックルちゃんが園内のブランコに腰かける姿──ではなく、


 明らかに悪そうな輩に囲まれながらも、両手で必死に鞄を死守するヨックルちゃんの姿だった。




「ヨックルちゃん!」

 状況の判断をするよりも早く、私はヨックルちゃんと輩達の間に立ち塞がった。


「舞お姉ちゃん!」

「大丈夫!? 怪我とかしてない!?」

 輩からは目を離さずに、私はヨックルちゃんに問う。声の感じなどからして、大きな怪我とかは無さそうだ。


「あァ? ねェちゃん誰だ……?」

 輩の一人で、私の目の前に立つ男が尋ねた。男もこの世界の住人よろしく、奇っ怪な頭をしていた。頬は膨らみ、顔色は気味悪いほどの緑色。目はネロと真逆のギョロッとしたどんぐり眼で、少ない髪の毛の横からは小さく曲がった角が露出している。


 動物にしては風貌が見慣れない。ひょっとすると、こいつがかの有名な(悪名高いというべきか)オークという奴なのだろうか?

 私一人では判断出来なかったので、とりあえず目の前の男を『オーク男A』と呼ぶことにする。オーク男Aの他に四人いたので、A~Eまでいることになる。



「私はこの娘の保護者みたいなものよ。一体何をしてたの! 説明しなさい!」

 私のロングスカートの裾を、小さな手で掴みながら震えてるヨックルちゃんを庇いながら私は叫ぶ。

「いやぁ~ワシらはその娘がな? 不相応な額のカネ持っとったから、ちょっとおじさんに預けなさいって言っただけや。ほしたら『いや!』って言ってワシの足ガーン蹴りおってん。ワシもさすがに怒って注意したろと思ったら逃げおったんや。せやからここまで追いかけてきたんや」


「何よそれ……あなたがしようとしてたのはカツアゲじゃない!! それに逆ギレして、あなたよりよっぽど小さい娘を追いかけ回して……恥ずかしくないの!?」

「何言うとんのや。ワシらは親切心で言うただけやで~? 感謝こそすれ、怒るんはお門違いとちゃうか?」


 あまりにも身勝手な言い分に、私は久しぶりに怒りが沸いてくる。そんな私を知ってか知らずか、オーク男Aは下品な笑みを浮かべながら続ける。


「それよりもなぁねェちゃん。ワシ、その子に蹴られた足痛いねん。こりゃ骨折っとるで? ワシ医者の知り合いおるから診断書書いてもらえるし、ほしたらあんたら慰謝料払わなアカンくなるで?」


「……はぁ?」

 足を折った者が、なぜこんなにもピンピンしてるのか。まさかギャグか? ギャグで言ってるのか? だとしたらたちが悪いぞ。


「まぁワシも鬼やない。その鞄に入ってるカネ全部渡してくれたら見逃したるわ。あぁ、それとも……」

 オーク男Aが私を指差す。

「ねェちゃんが体で払ってくれてもエエんやで?」

「なっ……!?」

 その言葉で、オーク男A~Eが一斉にブヒャヒャと笑い出す。唐突な要求に、私達は開いた口が塞がらなかった。


 

 だがオーク男Aが、突然ピタッと笑いを止め、「あぁやっぱ体はええわ」と言った。そして続けた言葉に、私は声を失った。


「やってねェちゃん、死んだ魚のような目ェしとるしな。そんな奴とヤっても楽し無いわ」

「え……? 目……?」


 ショックだった。こんな奴に、自分の心の奥で感じていたような事を見透かされたのが。


 一人になってから、自分でも死んだ目をしている気がしていた。笑うことも泣くことも無くなって、ただ無気力に生きていく日々で、私の心は削がれていっていた。


 でもこの世界に来て、少しは変わった気がしていた。おしゃれな服を着て、美味しい手作りのご飯を食べて、一緒に計画を立てて一つの事を成し遂げようと頑張って……



 ……でもそんな事をしてる私を、皆は滑稽だと思ってたかもしれない。


 何の面白味の無い本当の私を見透かしていたかもしれない。


 オーク男達の笑い声が、遠くから響いてくるように聴こえる。




 私は、やっぱり──────



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