第14話 ココロ運びます─1
「ポンドさんの所から注文! ライ麦パン五つとソーセージを五個!」
「ソーセージ五個って五袋? それとも五本って事?」
「おい、メドーベさんの所の担当誰だ!? ポテトサラダが届いてないって連絡が来たぞ!」
「あれ、ポテトサラダってベドーネさんの所じゃ無かったっけ?」
「ベドーネさんが頼んだのはコーンサラダだ! 今すぐ回収してこい!」
先程までの静寂はどこへやら、店内は戦争のような様相を呈していた。
ただそれは、私達の作戦が成功したことを意味していた。
「全く、嬉しい悲鳴ってのはこういうことを言うんだな!」
受話器の応対を応対を終えたネロがそう話す。
「そうなのか? 今までこんな経験無かったからよく分からないな」
そう答えるボックルちゃんの顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
その様子を見て、私は内心ホッとしていた。一時はどうなることかと思ったが、アイディアが上手く軌道に乗ってくれたのは本当に助かる。
昨日ボックルちゃんの店の商品を見た時に、私はふと思い出した事があった。
独り暮らしを始めた頃、環境の変化に耐えきれなかった私は体を崩してしまった事があった。
その時に気づいたのが、一人で暮らす人間に出来る事は本当に限られているということ。体を崩してしまえば、自分一人で直すしか無い。それはつまり、『誰もいない』という辛い孤独に耐えねばならないということだ。
もし、ルソーさんのような一人で暮らす人が、そんな辛い思いをしていたら……? ルソーさんだけじゃなくても、独り暮らしのお年寄りならそんな思いを抱えているのでは……?
その時に、「種類と人手ならある」と、朝に言ったネロの言葉を思い出した。その瞬間に思いついたのが──
「舞お姉ちゃん、運んできたよ」
「えっ? あ、ありがとうねヨックルちゃん。じゃあここもお願いしていいかな。大丈夫?」
「うん! 任せてよ」
「ありがとね。じゃあヨックルちゃんには……アイビーさんの所に商品を運んでもらおうかな」
ヨックルちゃんにメモを渡して、彼女の背中をポンと叩く。まだ小さな背中だけど、今はとても頼もしく見えた。
私が思いついたアイディア──それはズバリ、『商品の宅配サービス』だ。
事前に電話で注文を受け取り、店内の商品を確保する。その後に、きょうだい達が注文した家まで商品を運ぶ。これが大まかな流れだ。
商店街は通常、自分で店を歩いて商品を買う場所だ。だけど、それが様々な理由で困難な人も大勢いる。
ネット通販も無い世界だが、電話なら幸いにもある。だからこれを利用して、商品の注文・宅配サービスを実施したのだ。豊富な種類の品物が置いてあるボックルちゃんの店だからこそ出来る、『電話を使った通販』である。
私が独り暮らししてる時に、こんな可愛い子が商品を運んできたら頻繁に使っちゃうな~。なんて事を考えていたが、同じような事を考えていたのはお年寄りの人達もそうらしい。
事実、サービスには既に大勢のリピーターがいた。そういや家に行くと、ジュースや飴をくれるとさっき言ってたっけ。
そんなこんなで初日から大盛況となった新サービスは、私達に休む暇も与えてくれなかったものの、大成功に終わったのだった。
「いや~皆ご苦労さん! お疲れさま!」
初日の営業が終わり、ネロが皆を労う。私もきょうだい達も、二階の居間で皆ヘトヘトになっていた。
「この調子なら、すぐにでも経営は持ち直すと思うぞ。店を畳まなくて良いかもな」
ネロの言葉に反応して、きょうだい達が「え! ホントに!」「わーいわーい!」と言ってはしゃぐ。……子どもって元気すぎるわ。
「ただ毎日働くと大変だから、せめて週休二日は設けた方が良いかもな。後は商品メモを元に、何が一番売れるかを出して……」
ネロが改善点を挙げていると、店の鍵を閉めていたボックルちゃんが戻ってきた。
「おー皆お疲れー。ちゃんと全員揃って……」
言いかけたボックルちゃんの言葉が途中で消える。私が「どうしたの?」と尋ねると、ボックルちゃんが答えた。
「……いない」
「え?」
「……ヨックルが……いない」
「…………」
私達の間の空気が、一瞬で凍りついた。
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