第13話 求めるもの、求められるもの─2

 その日の夜、私達はボックルちゃんの店でとある準備をしていた。

「この家は二年くらい前に旦那さんが亡くなってから、奥さんが独り暮らし中だ。腰痛が酷くなってきたという話らしい」

「ということは買い物は困難ってわけね。ここはチラシを手渡ししようか」


 二階の食卓の上に広げられているのは、商店街の店や近辺の住宅の地図だ。

 午前中に私はネロへ、「商店街とその周辺にどんな人が住んでるのか教えてほしい」という事を頼んだ。調べてみると、ルソーさんのような高齢の人がそこそこ多いのが分かる。


 その家を一つ一つピックアップしては、店のチラシを手渡しするか、ポストにいれるだけにとどめるかを決めているんだ。

「しかし舞、老人の家を中心に挙げているが、これは本当に効果があるのか?」

「大丈夫よ。一度商店街をグルッと見てみたけど、今から私達がやろうとしてるを事を先取りしてる店は無かったし」

「そうか……」



 そんな話をしてると、「チラシ出来たよ~」といって、ボックルちゃんの妹のヨックルちゃんが出てきた。手には大量の紙束が握られている。

 手渡されたチラシの束に書かれた文字を一瞥した後、黙ってそれをネロに渡す。

「どうした?」

「私字読めない」

「…………」


 ネロは黙ってチラシを受け取り、素早く文面に目を通す。

「うん、これで問題は無いだろう。伝えたいこともちゃんと纏まってるし、字も大きくなってるからな」

「だって! 明日はこれを配りに行くんだよ。出来る?」

「うん! あたし頑張る!」


 そう言ってヨックルちゃんは一階へと下りていった。

「じゃあこれ、探偵事務所の前にも貼っておいてね」

「それは構わないが……」そう言ってネロが再びチラシを見る。


「この方法は、果たして成功するのか……?」





 翌日、私達は早めにボックルちゃんの店に訪れた。

 店にはきょうだい達が皆整列して並んでいる。その肩にはお揃いの鞄が掛けられていた。

「皆揃ってるな、地図とチラシは持ったか?」

「はーい!」

 ネロの掛け声に合わせて皆が鞄を鞄を掲げる。

「よし、では出発してよし! 家を訪ねるときは、ちゃんと『初めまして』と言うんだぞ!」


 言われたきょうだい達は、外に向かって駆け出した。

「あいつら……大丈夫かな……」

 店に残ったボックルちゃんは、やはり兄として心配なのか、ソワソワしてせわしなくしてる。


「心配するのは結構だが、信じてやれよ」ネロが口を開く。

「お前の自慢のきょうだい達だろ?」

「……そうだな」

 ボックルちゃんはコクンと頷いた後、店の商品を再度確認し始めた。

 この先、『在庫が仕入れより少なかった』では済まない事態がやってくる。そんな事にならないためにも、在庫確認は重要だった。


 一時間程してから、きょうだい達は皆帰って来た。鞄の中のチラシは、余分に入れておいた分を残して、全て無くなっている。

「皆お疲れ! ネロが朝ごはん作っておいてくれたから、皆で食べよっか!」

「わーい朝ごはーん!」

「もうお腹ペコペコ~」


 きょうだい達と一緒に朝ごはんを食べ終えた後、しばらく私達は店で待機する。

 皆店の中をウロチョロしているが、時々壁に掛けられた電話へ不安そうに目を向ける。

 これは少し驚いた事なのだが、この世界にも電話はあるらしい。といってもその形は、資料館とかで見るような古めかしい木製の電話にそっくりであったけど。


 さて、今の私の気持ちはと言うと、正直不安で心臓が爆発しそうだった。

 昨日はあれだけ自信たっぷりだったのに、いざ本番となると震えが止まらない。

 この感覚──そうだ、あの忌まわしき国立大学入試の時に似ている。



 あの入試でも私は不安に押し潰されそうになってしまった。そしてその不安に負けてしまい──結果は散々となってしまった。

 ひょっとして……今回も? 今回もまた私は負けるのか……? 胸の中をそんな気持ちがグルグルする。



 そう思ってしまった私の肩を、誰かがポンと叩いた。


 振り向くとそこには──優しい顔をしたネロが立っている。

 心配するな──口の形でネロはそう伝える。

 すると不思議なことに、私の心臓は平常になってきた。


 その時だった。


 

 リーン! という甲高いベルの音を鳴らして、壁掛け電話が着信を伝えた。

 すかさずボックルちゃんが受話器を取り、「はいもしもし……」と応対する。


 電話口で二言三言話しながら、ボックルちゃんは片手でメモを取る。

 応対が終わったのか、ボックルちゃんはメモを書き終えてから受話器を置く。


 不安のこもった目で見る私達にボックルちゃんは──


「やったぞ」


 満面の笑みで、


「卵一パック、レタスが一つ、食パンが二袋──やったぞ、お客様第一号だ!!」


 その瞬間、私達の間で割れんばかりの歓声が上がった。


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