第12話 求めるもの、求められるもの─1
「食ったら行くぞ」と言ったネロに連れられ、朝ごはんを食べ終えた私は外に出た。
外は暖かくて、薄着でも平気だ。ネロに連れられよれば、「この時期は暖流が流れ込んでるからね」とのことだ。そのため毎日温暖らしい。
「ネロ、昨日のうちに良いアイディアは浮かんだの?」
「う~ん……やっぱり何か一つに絞るべきだと思ったんだけど……それだと他の店と被っちゃうんだよね……潰し合いは避けたいな」
「なるほど……あれ?」
そんな会話をしながら歩いていた私の目に、道の端でうずくまっている人影が飛び込んできた。
「ネロ、あの人って……」
「ん?……ありゃルソーさんじゃないか。何があったんだ?」
そのルソーという人の元へ駆け寄ると、足を抑えて倒れていたのが分かった。
「大丈夫ですか?」
私が訪ねると、ルソーさんは頭を上げた。その頭は、狐の顔にそっくりで、頬が少しふっくらしていた。鼻の頭には、絵本のお婆さんがつけていたような小さい丸眼鏡がちょこんと乗ってる。
「あ~いえいえ、大丈夫ですよ……あら、あなたは? この辺じゃ見かけないけど」
「僕の知り合いだ、ルソーさん」
言いながらネロが、ルソーさんの手を取って立ち上がりの補助をする。
「あら、ネロちゃんじゃない。知り合いってことは依頼人さんなの?」
「まぁそんなとこだよ。舞、ルソーさんの体を支えてくれないか? 家まで連れていくから」
ネロの案内で連れられた場所は、ルソーさんが営んでいるという床屋だった。
「いや~ごめんね、ネロちゃんに……舞ちゃんだったかしら? 少し変わった名前ね。でも響きが良くて私は好きよ」
家に着いてホッとしたルソーさんは、私達にニッコリ笑ってお礼を言ってくれた。
「別に構わないさ。にしても、どうしてあそこで倒れてたんだい?」
「いや実はね~、最近足の神経痛が酷くてね。歩いてるときに倒れちゃったりする事が多いのよ」
「おいおい……そういう時は病院に行くべきだ。しっかり医者に診てもらった方がいい」
「そりゃ分かってるんだけど……この辺からだと病院も少し遠いしね。歩かずに生活ってわけにもいかないから、こっちも困ってるのよ」
後でネロに聞いた話だと、ここから一番近い病院は商店街から200メートル程離れているらしい。健常ならまだしも、足が不便なルソーさんは苦労するだろう。
「ふむ……まぁともかく、なるべく早めに病院には行きな。困ったことがあったら頼ってくると良い。いつでも舞を派遣するよ」
「あら、ネロちゃんは来てくれないの?」
「いや……僕も行くよ。必要だったらね」
「そうね、そうさせてもらうわ」
ルソーさんはウフッと、いたずらっ子のように笑った。
「あの人は、この商店街が出来た頃から今の床屋を開いてるんだ」
ルソーさんの店を後にして、ボックルちゃんの店に向かった私にネロは教えてくれた。
「といっても、僕もこの商店街に昔からいた訳じゃ無いからなんとも言えないけど。ただ、この商店街でルソーさんの名前を知らない人はいないよ」
「へぇ……ルソーさんみたいに昔からいる人って、多いの?」
「ルソーさん程じゃないけど、お年寄りの人なら多いよ。皆『足腰が悪い』とか『物忘れが酷くなってきた』って、寄り合い開いては言ってるらしい。最近では生存確認もするようになったって、この前ルソーさんは言ってたな」
お年寄りが集まって生存確認……ルソーさんみたいに色んな頭をした人が、『○○さんや、まだ生きとるかの?』『いや~まだまだくたばれへんわ』とか言ったるするのだろうか? 想像してみると少し面白い。
「でもルソーさんみたいに、体が不便な人はやはり多いらしい。ルソーさんもあの様子だと、外出も難しそうだったしな」
そういえば中学生の時、福祉体験という名目で老人ホームへ行ったことがあったが、そこにいたお年寄りの人達も日常生活に不便を抱えてる人が大勢いた。
歩くのが不便だったり、手すりを使わないと立てなかったり……その時は『大変そうだな』くらいにしか思ってなかったが、今思えば相当な苦労をしてるんだと思う。
そんな事を考えていると、昨日訪れたボックルちゃんの店に着いていた。
「ようボックル。調子はどうだ?」ネロが店内に向かって言葉をかける。
間もなく店の奥から、ボックルちゃんの姿が出てきた。今日は腰にエプロンを着けている。
「おぉネロと舞か。実はな、昨日お前らが帰った後も皆で話してたんだが……」
「意見が纏まらず悩んでいた、って顔に書いてあるぞ」
「ホントかよ……ハハ」ボックルちゃんが自嘲気味に笑う。
「いや本当はさ、一つに絞るべきってネロの意見は正しいって思う。でも、それだと何をすれば良いのか分からないんだ……今すぐ出来なきゃいけないのにさ……」
「う~ん……今すぐ出来ることか……」
頭を抱える異世界の住人達。私はもう一度、店内を確かめた。
相変わらず統一感が無く、様々なものが置かれている店内。ただ、その全てが生活にあると便利なものなのだ。
その事をちゃんと分かっていると、ネロは言っていた。ならば──やはり店にあるものを有効的に活用出来ないか?
その時、私の脳内にふと先程の光景がフラッシュバックした。
脳内に映るその映像を眺めていた瞬間──
──頭で、ピカッと稲妻のような光がほとばしった感覚がした。
「……ネロ、一ついいかな」
「ん? なんだい?」
私はネロの方を振り向いて言う。
「ちょっと……教えてほしいことがあるんだけど」
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