第11話 妖精達の○○屋─3

「ほら、そろそろ起きな」

 眠っている私の頭上から声が聴こえてくる。

「う……うん?」

 目を薄く開くと、視界に狼の顔が飛び込んできた。


「……あれ? ここどこ……?」

「寝ぼけてるのか? 探偵事務所だよ。その様子だと、グッスリ眠れたようだね」

 その言葉で、少し覚醒してきた私の頭は回転し始めた。

 ここは私の家では無い。昨日私は昼飯を買いに行った帰り道で、謎の異世界に迷い混んだんだ。そこで今目の前にいるネロと出会って、色々な事があった。


「早く下に降りてきな。朝ごはん用意してあるから。あぁ、それと」

 ネロが私に、大きめの紙袋を差し出す。

「これは?」

「知り合いの服屋に、適当な服を見繕ってもらったんだ。ずっとその服のままという訳にもいかないだろう?」

 言われて私は、昨日からずっとジャージのままだったということに気づいた。


 紙袋の中に入った服を適当に取り出すと、ブラウンのロングスカートが出てきた。

「あ、良かった。もっと派手なのが出てきたら遠慮していたよ」

「気にいただけたようで何より。取り敢えず今日はそれに着替えてくれ」

 そう言ってネロは部屋を出た。



 言われた通りに、私は渡された服に着替える。

「そういや、ちゃんと着替えたのっていつ以来だっけ……」

 ふとそんな事を考えたけど、あまりにも前すぎたのか、思い出すことが出来なかった。

 ネロが用意したのは、スカートとボタンの付いた白いブラウス。それと若草色のセーターの三点。部屋にあった鏡で見てみると案外悪くない。


 ネロのファッションセンスが絶望的で無かった事に、私は感謝した。




 一階は事務所のスペースと、その奥に私生活用のスペースがある。朝ごはんが用意されていたのは、私生活用スペースの食堂だった。

「わ、すっごい!」

 テーブルには、レタスとトマトのサラダと一緒に目玉焼きがのった皿と、コーンスープが入ったカップが置かれていた。テーブル中央のバスケットには、香ばしい香りのクロワッサンが入っている。


「これ全部ネロが作ったの?」

「サラダと目玉焼きはね。でも両方作るって程の物でも無いし、大半は商店街で調達したものだから大したこと無いよ」

「いや、私こんなTHE・朝ごはんって久しぶりに見たよ。食べて良いの?」

「もちろん。そのために作ったんだしさ」



 美味しそうな食事を前に、私は面白いくらいに素直だった。席につくと、すぐに目の前のクロワッサンに手を伸ばしてかぶりつく。 

 サクッと音をたてながら、パン特有の焼きたての香りが鼻と口から入り込む。しばらく冷めたバターロールしか食べてこなかった私には、このクロワッサンが世界中のどんなパンより美味しいと感じた。


 黄身が半熟でトロっとした目玉焼きも、瑞々しい野菜を使ったサラダも、最近は全く食べなかったものだった。温かいコーンスープを飲んだときなんかは、思わず涙ぐんでしまった。


「そこまで美味しかった?」

 カフェオレを差し出しながらネロが問いかける。

「うん。私最近こんな朝ごはん食べたこと無かったからさ。なんか感動しちゃった」

「そっか、そう言ってもらえるなら僕も嬉しいよ」

 そう言って笑ったネロの顔が、真剣味を帯びてくる。


「どうしたの?」

「うん……悪くないんだよな。品質とかに関しては」

「なんのこと?」

「実はさ、ここにある料理の殆どがボックルの店で調達したものなんだ」

「えー!?」

 思わず私は叫ぶ。


 言われてみれば、確かにボックルちゃんの店には卵も野菜もパンもあった。

「あいつらは結構、どういったものが美味かったり役に立つかを知ってる。だから決して無知では無い。ただなぁ……アイツら皆小さいから、舐められるんだろうな。だから店が浸透しない」

「ははぁ……」



 こんなに美味しい食品を提供できるのに、店は繁盛しない。そのジレンマがとてももどかしかった。

「何か客を寄せられる手段が思いつけば良いんだが……あるのは種類と人手だけだしな」

「周りには、ボックルちゃんの店より繁盛した専門店がある……結構状況は厳しいよね」

「そうだな……」

 呟いたネロが、ふと思い出したように訪ねてきた。



「そういや……昨日店で言ってた『こんびに』って何だ? どういう店だ?」

「コンビニ?」

 確かに昨日そんな事を言ったような気もする。

「コンビニってのは、弁当や飲み物を売ったり、あと薬や化粧品や雑誌とかを置いてる店のことよ。大抵のものは置いてあるから、どんな人もよく来るわ」

「どんな人も? 例えば子供や老人とかもか?」

「来るわよ。一つの店に色々置いてあるから」

「ふむ……」



 顎の下に手を置いて、ネロがシンキングポーズをとる。彼は今、どんな事を考えているのだろうか。


 考えなければいけないことはたくさんあるが、今はとりあえず目の前の朝ごはんを食べよう。

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