第10話 妖精達の○○屋─2
「……え?」
ネロの言葉に、私は声を失った。
「嘘……伐採って……それも、人間が……?」
「信じられないかもしれないが本当だ。……信じたくは無いと思うが」
口元を歪ませながらネロが告げる。歪んだ口元から、鋭い犬歯が見えた。
「で……でも、なんで? なんで人間はその……レムレスの森? その森を破壊したの?」
「道路を造るためだよ」
ずっと黙っていたボックルちゃんがボソッと答えた。
「人間達は、レムレスの森を無くして道路を造れば、国同士の結び付きが強くなるって判断したんだ。そのせいで、俺達の住んでいた森は見る影も無くなっちまった」
「…………」
淡々と話すボックルちゃんに、私は罪悪感を覚えた。レムレスの森の事を私は知らない。でも、同じ人間の行いだというだけで、私は彼に謝らなくてはならない気がした。
「いっしょに暮らしてた仲間も、皆散り散りになっちまった。最後に俺の手元に残ったのは、僅かばかりの金と、このきょうだい達だけだ」
そう言って、ボックルちゃんは傍にいた子達を抱き寄せる。
「俺は今まで、木の実の在り処や住んでる動物達の事なら知っていた。逆に言えば、それ以外の事は何も知らなかった。今こうやって苦しい状況を招いているのも、俺の無知が原因だという事は重々承知してる」
そこまで言ったボックルちゃんは、決然とした表情で言った。
「だからこそ……お前達の知恵を貸してほしい。頼む──この依頼、引き受けてくれるか?」
そう言って頭を下げたボックルちゃんを、しばし静かに見ていたネロは、フゥっと溜め息をついてからこう告げた。
「言ったろ? それ相応の依頼料を払うなら引き受けてやると──」
「……!! それじゃあ──」
「あぁ、分かった」
「その依頼──ネロ=ガング=ヴォルフの名に懸けて解決する!!」
そう言ったネロの口元には、ハードボイルドな笑みが浮かんでいた。
「解決する──ってカッコつけたのは良いけどさ、具体的にどうするつもりなの?」
私の問いに、ネロは沈黙で返す。
「私達出会って間もないけどさ、ネロが結構調子に乗りやすくて、ええかっこしいなのは今日一日でよく分かったよ」
「…………」
相変わらずだんまりを決め込んでるネロの背中に向かって、私は構わず続ける。
「それと私がどこから来たのかまだ分かんないよね? 色々情報が入りすぎて混乱してるけど、結局この世界はどんな──」
「えぇい少しは静かに出来ないのか!!」
振り向き様にネロが吠える(遠吠えじゃないわよ)。その時ネロの体が傍にあった本の山にぶつかり、山が崩れる。
「わーっ!」と叫んで、本の山を直し始めたネロを尻目に、私は歩きながら部屋を眺める。
今私達はボックルちゃんの店を出て、ネロの事務所に帰ってきている。店ではあれこれアイディアを出したのだが、結局これといった名案は浮かばず、その時点で時刻は遅くなっていたので『じゃあ続きは明日』ということになったのだ。
その時になって気づいたが、この世界にも夜はあるらしい。ずっと日の照る世界だったらどうしようと思ったが、杞憂に終わって良かった。
本を直し終えたネロは、部屋を眺めていた私に向かって言った。
「君の事については、これから色々調べていくよ。とはいっても、今はあまりにも分からないことが多すぎるけど」
「うん……分かってる。あまり期待はしないでおくよ」
本棚に入った本の背表紙を目で追いながら、私は答える。
今日一日、本当に色んな事があった。今まで当たり前だった筈の日常がどこか遠いところへ行ってしまい、突然知らない世界へと放り投げられてしまった。そんな感覚だ。
これから私はどうなるのか……そしてどんな振る舞いで生きていけば良いのか……分からない事があまりにも多すぎる。
多すぎる……けど今はとりあえず──
「眠い……」
霞んできた目を擦りながら、私は呟いた。
「眠い? そうか、もうそんな時間か。君はそろそろ寝た方が良いな」
「寝るって……どこで?」
「え?」ネロがキョトンとする。
「……外?」
「泣くわよ?」
「冗談だよ。二階に寝室があるから、君はそこで寝るといい」
「本当?……あなたはどこで寝るの?」
「僕はそこのソファで寝るよ。寝場所にこだわりは持ってないからね」
……意外と良い奴じゃない。
いや、良い奴なのは知ってたか……
「ありがとね」
少し照れ臭くて、それだけ言って私は二階へ上がった。
「……寝室を貸した理由が分かったわ……」
二階の寝室というのは、服や本や変な置物が乱雑に置かれた部屋だった。
私の頭の中で、『ゴミ屋敷』という言葉がライトアップされる。その周りで盆踊りを踊るネロのイメージが浮かんでしまった。
「まぁ、ベッドで寝れるから文句は言わないけど……」
ベッドの周りの邪魔な物を最低限どかしてから、私はベッドに横たわる。
仰向けになったとき目に入った天井は、私がよく見知ったものとは違った。それだけで、強烈な違和感が私を襲う。
「早く寝なきゃ……」
自分に言い聞かせるようにしてから、目を瞑って体の力を抜く。
その日私は、何故か昔の思い出の夢を見た。
その思い出の中に両親の顔が無かったことが、私はなんとなく悲しかった。
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