5 二学期

 あの雨の日いらい、カンナたちは何となく『おっちゃんみせ』に行きづらくなってしまった。店の前を通ることはあるが、そこに並ぶ小学生の列に、自分たちはもう加わる資格がないような気がしたからだ。

 

 出窓の向こうで、おっちゃんは相変わらず汗を浮かべて手際よく仕事をこなしている。あのおっちゃんに嘘をついてしまった。たこ焼きを焼いていない『むこうがわ』のおっちゃんを勝手に探ろうとした。自分たちはもしかして、あの悪ん坊のコウタよりも悪いことをしてしまったのかもしれない――そう思うままをカンナが口にすると、チハルちゃんもばつが悪そうにうなずいて、おっちゃんに描いてもらった絵を広げた。

「似てないね」

 少し淋しそうにチハルちゃんがつぶやいた。

「うん、似てない。おっちゃん、下手くそやん」

 カンナもつぶやいて、絵の中の自分の顔を睨んだ。


 それでも夏休みはどんどん過ぎた。

 宿題をやっつけ、プールへ通った。子供会のキャンプへ行ったり、パン屋をやっているチハルちゃんの家でお泊り会もした。コウタが夏祭りの太鼓を練習するのを連日冷やかしに行ってやらなきゃいけないし、花火大会で浴衣を着なくちゃいけない。することはいくらでもあり、たこ焼きどころではなくなった。

 お盆が終わると商店街脇で道路の拡張工事が始まり、おっちゃん店に続く通りも重機で塞がれた。店に行くにはぐるっと遠回りをしなくてはいけない。カンナたちの足は、ますます遠のいてしまった。


『おっちゃん店』が取り壊されるという話を聞いたのは、二学期の始業式の日のことだ。

 どうやら拡張工事のエリアに、あの店も入っていたらしい。夏休みのずっと以前から話は進んでいたという。

「なんで? 店がなくなったらおっちゃんどうなるん?」

 チハルちゃんが信じられないという顔で言った。カンナもたぶん同じ表情をしていただろう。道路工事は毎日見ていたのに、あの店とは頭の中で結びついていなかった。おっちゃん店もたこ焼きも永遠に変わらないんじゃないかと、心のどこかで思っていた。

 

 もう既にロープが張られてブルドーザーが来ていた、周辺の家はとっくに引っ越してて壊され始めたらしい、と教室の中は噂でもちきりだ。

 コウタが一番騒いで机をけり飛ばしたりしていたが、そのうち騒ぎ疲れてがっくりうなだれてしまった。

「コウタもしらんかったん?」

「しらんかった。ずっと太鼓の練習ばっかりしよったし。夏休みの宿題終わらんくて。終わるまでこづかいもたこ焼きもおあずけじゃ、いうて母ちゃんに怒られて」

 たぶんギリギリまでかかったんだろうなと思うと、カンナはおかしいのか腹が立つのか自分でもわからないまま、自分の倍くらいあるコウタの腕を引っ張った。

「コウタ、何しよん。落ちこんどる場合やなかろ、学校終わったらおっちゃんとこ行くよ!」


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