4 うその絵描きさん
「おっちゃんはなあ、生き損ないの、死に損ないよ」
「なんで?」
今度はカンナが思わず口を挟んでしまった。
「なんで……さあ、なんでかなあ。あんたらみたいな小さい子は知らんでもええことが、この世にはいっぱいある。まあ、そゆこっちゃ」
ずず、と音を立てて薄い茶をすするおっちゃんの、根元しかない小指が痛々しかった。額も頬も皺が重なり、青黒い影が見え隠れしている顔は、店に立つ時よりもずっと老けて見える。
「描けばいいのに」
ぽつりとチハルちゃんがつぶやいた。
「嘘の絵描きが描く絵を、見たいんか」
「うん」
おっちゃんの眼鏡の奥の目が、もう一度笑った。
「宿題かや……よし描いたげよ。ただし一枚だけ。そこに長い腰掛けがあるやろ、二人で座ってみ」
埃だらけのキャンバスの後ろから、大きなスケッチブックが引っぱり出された。
おっちゃんは鉛筆を一本持ったかと思うと、物も言わずに二人のスケッチを始めた。カンナは緊張して、チハルちゃんと手をつないだまま、ぴったりくっついて二人で腰掛けていた。
雨の音、柱時計の音、紙の上を鉛筆が走る音。
それらの中で、たこ焼きを焼いている時のおっちゃんと、今目の前で絵を描くおっちゃんは、カンナの頭の中でどうしても結びつかなかった。
もしかしたらおっちゃんは双子で、たこ焼き屋さんと絵描きさんとは別の人じゃなかろうかと空想もしてみた。
おっちゃんの目は二人を見ているようで、実はもっと遠いところの誰かを見ているような気がする。時々懐かしそうに、悲しそうに、おっちゃんは目を細める。カンナは何度も後ろを振り向きたくなった。
「ほい、まあ、こんなもんで」
突然おっちゃんは手を止め、胸を押さえた。
「どしたん? 顔、青いよ」
思わず立ち上がったカンナに、大丈夫というふうに手を振り、おっちゃんはスケッチブックを床に置いた。
「はは、べっぴんさん二人も描いたけんな、心臓がな、たまげたみたいなわい」
冗談を言ってる場合ではないかも知れないのに、おっちゃんは無理したように笑い、スケッチブックのページを丁寧に破り取ると、二人に手渡しながら言った。
「本当は、色も塗ってあげないかんと思うたけどな、時間がない。さあもうお帰り、雨も止んだやろ」
二人は顔を合わせ、おっちゃんにお礼を言ってから、ぬかるんだ小道へ出た。
「あんたら、もうこっちへは来なさんな」
暗い玄関から声が追いかけてきた。なんで、とは聞いてはいけないような気がして、カンナはもう一度深々と頭を下げると、チハルちゃんの腕を引っ張って逃げるように立ち去った。
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