7-2
小さな駅で降りると、乗り継ぎの列車を待つ人が数人いるばかり。
荷物のカートを押す少年が、最後尾の貨物車に向かっている。
煤けたレンガの壁と白い窓枠が可愛らしい駅舎では、大荷物をひっくり返した客が出口を塞いで駅員ともめていた。改札もない駅だし帰りを急ぐこともない。ステファンたち3人は冗談を言いながらのんびり待っていた。
「おいっ、竜人! 何をしている」
突然野太い声が背後から聞こえ、3人は凍りついた。
オーリはエレインを背でかばうように立って振り向いた。上着に手を掛け、いつでも内ポケットから杖を取り出せるようにしている。
「お前が乗るのは貨物車だ、なぜ客車に乗ろうとする!」
声の主が怒鳴りつけているのは、さっき荷物を運んでいた黒髪の少年だった。
鼻から頭頂部にかけての骨格が平べったく、爬虫類を思わせる顔立ちだ。エレインとは違う種族のようだが、ひと目で人間でないことはわかった。
「客車に? 切符なしにそんなことはできません。ですが荷札をつけるのは拒否します。僕は、荷物ではありませんから」
人間ならまだ14、5歳であろう少年は、礼儀正しく、しかしはっきりと答えた。
随分痩せている。上着越しでもわかる骨ばった肩が痛々しい。
くたびれた従僕の服は短く、袖から出た腕には幾すじもの傷跡が見える。
「ほう、荷物ではない、か。なら家畜並みの身分だということを自分で認めるのだな。丁度いい、鶏のカゴが積み込まれているそうだぞ。その隙間に乗るがいい」
傲慢な口調で見下ろす男は、口ひげを歪めて笑った。でっぷりと太った腹の上で、チョッキの金鎖が揺れる。少年は澄んだ金色の目を向けて冷ややかに返した。
「旦那様の犬は、客車でよろしいのですか?」
男の手に提げたバスケットが揺れた。ふわふわの白い毛と共に鼻を鳴らすような声が聞こえている。
「おお、エメリット、よしよし……当たり前だ、犬は家族だが竜人は家畜扱いと昔から決まっておろう。さっさと貨車に乗れ、汽車が出ちまうだろうが!」
エレインが靴の片方を脱いで手に持った。何をしようとしているのか察したステファンは、慌てて腕を押さえた。
「
ほとんど口を開けずオーリが低い声で言う。
「何をこらえろって?」
エレインはオーリを押しのけようとして、何かに阻まれたように動きを止めた。
背中を向けたままのオーリから青い火花が散っている。目に見えない壁がエレインを取り囲んでいるのがステファンにも感じとれた。
「あの男は魔法使いだ。竜人の存在を公然と口に出しているところを見ると、からくり箱か軍の関係者だな……恥知らずめ」
髭の男を睨むオーリから、奥歯を噛み締める音がした。
「僕は竜人です。荷物でも、家畜でもありません」
少年の毅然とした声が駅舎に響いた。が、次の瞬間その身体は壁に叩きつけられた。
「つまり、それ以下ということだ!」
男は黒い杖を少年向けて吼えた。
「おぞましい竜人め、 誰に生かされていると思っている! 誰が魔力を与えているんだ、ええ? お前らは竜ですらない化け物だろうが。仲間と共に剥製にされるところを拾ってやった恩を忘れたか!」
エレインが声にならない叫びをあげた。顔がみるみる蒼白になる。
頭を振って立ち上がろうとした少年は、何かに引っ張られたかのようにバランスを崩した。
その時になって初めてステファンは、少年の足が鎖を引きずっているのに気が付いた。おそらくは普通の人には見えない、魔力で作られた鎖だ。
背筋が寒くなった。周りで見ている人間は誰一人、少年を助けるどころか同情の目すら向けていない。
「竜人だってさ」
「おお、汚らわしい。さっさと管理区に行けばいいのに」
周りからさざ波のように声が聞こえる。エレインをこの場に居させてはいけない、そう思ったステファンは腕を引っ張った。
「わかったら、黙って貨車に乗れ。生きる道も死ぬ道も、お前には選べん。契約に縛られている限りはな」
髭をひねり、薄笑いを浮かべた男を金色の瞳が睨んだ。少年の口元が動こうとする。
「――いけない!」
オーリがつぶやいた刹那、駅舎の天井に眩い光が走った。と共に髭男のすぐ脇で電燈が割れ、電線が一部切れて火花を散らしながら蛇のようにのたくった。
「お客さん、困りますよ! こんなところで魔法を使うなんて」
駅員らしき人が飛び出してきた。
「な、なにを、ヒイッ、ちがう、わしは、アチッ」
だがその手に魔法使い特有の杖が握られているのを見て、誰もが非難がましい声を浴びせた。髭男は電線の蛇から逃がれようとぶざまに跳ね続ける。
いつの間にか出口を塞いでいた荷物がどかされ、ポカンとした客が事の成り行きを見ていた。
「行こう」
オーリは上着に杖をしまい、蒼白なエレインの肩を抱いて駅舎を出た。
駅を出てしばらく歩いた後、突然エレインはオーリの腕を振り払った。
「なんで黙って見てたの、なんであたしに殴らせなかったの! あんな男、首をへし折ってやればよかったんだ!」
両手の拳を握り締め、緑色の炎を宿した目を光らせている。
「ああ、いいね。奴のだぶついた首をへし折ったら、さぞいい音がするだろ」
オーリは憮然としたままで答えた。
「そして? 君は捕らえられて処分されるのか。それとも管理区行きか?」
「知らないよ、そんなこと!」
風がエレインの帽子をさらっていった。白い花飾りがちぎれ、砂ぼこりにまみれる。
「あの子を見たでしょう? 禁じられた竜人呪詛の言葉を使おうとしていた、まだ子どもなのに。相手を呪うことで、自分も命を落とす罰を受けるのに! どんな思いでそうしたかわかる?」
呪詛。あの時少年の口元が動いていたのはそのためか。ステファンは思い出してぞっとした。
「わかるさ。だからわたしが止めた。駅という公共の場所で魔法を使った、そういう意味じゃ、あの髭男と同罪になったけどね」
「嘘だ、人間にはわからない。奪う側の奴になんか、わかるわけない!」
言い捨ててエレインは早足で歩き出した。オーリが後を追う。
「エレイン、どこへ行く? 家はそっちじゃないだろう」
「誰の家よ?」
肩を捉えた手が払いのけられる。
「竜人の居場所なんてもうどこにも無い。契約という鎖に縛られて、魔力を与えられなければ生きていけない化け物、ええそうよ!」
赤毛を跳ね上げたエレインは、手袋に気付くと、忌々しげにむしりとって地面に叩きつけた。
「こんなもの!」
オーリは眉をしかめ、走り出したエレインに杖を向けた。光の輪に捕らえられて、エレインはびくっと立ち止まった。
「頭を冷やすんだ、守護者どの。君はさっきの少年の怒りに影響されてる」
冷静な声を掛けながらオーリは大きな歩幅で追いついた。それを肩越しに振り返る緑の目に、怒りに満ちた光が揺れる。
「エレイン、一緒に帰ろうよ。風が冷たくなってきたよ、雨がふるかもしんない」
走って追いついたステファンは、懇願するようにエレインの手を引っ張った。
けれどエレインが怒りを収める様子は無い。緑色の目をますます大きく開いて、オーリを睨み据えた。
「そう。こうやって、竜人を狩ったんだ」
凍りつくような声だった。オーリが顔色を変えた。
「こうやって動きを封じて! 神聖な新月を狙って攻め込んだんだ、人間は!」
「それは……」
「あたしは知っている。魔法使いは竜人狩りの尖兵だったんだ!」
幾筋もの閃光が、雲の上で走った。
いつの間にか雷雲が空に満ちている。
竜人狩り? 尖兵? エレインの言っている意味がわからずステファンはオーリに問うように目を向けた。
青ざめた顔のまま、オーリは乾いた声で答えた。
「そうだ。その通りだ」
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