秋と冬の境界線

ホウボウ

今年もまた、冬が来る。

 ……この季節になると、思い出す。


 風が吹き、舞う銀杏の葉。アスファルトには黄色の波。

 冷たい風は頰を刺し、僕は冷たくなった手をポケットへと突っ込んだ。


 僕はまだ、二年前に囚われている。



 *


 恋というものを意識したのはいつ頃だっただろうか?

 そもそも、いつから"好き"になったのか――なんてことは誰も――自分ですら――分からないことなのだろう。が、それでも、僕ははっきりと彼女のことが好きだと言えた。



 ……そんな淡い恋心を抱きながら過ごす日々。目で追うだけで、声を聞くだけで、演奏を聴くだけで満足だったその日々も刻々と終わりへと近づいていった。


 高校三年の冬。受験を控えた僕たちは、残り少ない授業を受けるために学校へと通っていた。

 あと一週間で通常授業は終わり、卒業式まで自由登校になる。――そんな時期になっても、僕はまだ恋心を抱えたままでいた。


 理系へと進学する僕と文系志望の彼女。ホームルーム以外で顔を合わせることはほぼないと言って等しい。

 それなのに、自由登校になってしまえば顔を見ることすら難しくなってしまうだろう……


 だから、決断したのだ。――この燻ぶる気持ちをぶつけてしまおうと。



 …………全てを次へと進めるために。


 *


 その日は風が強かった。あまりの寒さに、通学中ずっとポケットの中でカイロを捏ねて過ごしていた。


 終礼が終わり、散っていくクラスメイトを横目に彼女の姿を探す。と――



 ――――いた。


 教室のドアから今出て行った。


 急いで鞄を取ると、その姿を追って飛び出す。

 間に合うと信じて。次へと進むために。



 空を飛ぶように階段を飛び降り、彼女の姿を追う。


 玄関を出たその先に姿を見つけると、僕は叫んだ。


「待って」


 ふっと振り向いた彼女はこちらに気がつくと、怪訝な表情で立ち止まった。


「いきなり、呼び止めて、ご、めん」


 普段からの運動不足が祟った僕は、切れ切れになりながらも謝る。


「……えと、私に何か用? 早瀬くん」


「え、あ――うん。小田さんにちょっと話したいことがあって」


「長い話? それとも短い話?」


「……長くなる、と思う」


「うーん、分かった。そうだね――中庭にでも行こうか」


 とりあえず話を聞いてくれる様子の彼女に、僕はとりあえず安心すると彼女の後をついて行く。


「それにしても急いでたね〜」


「まあ、その、タイミングを逃したくないなって……」


「わかる。そういう時ってあるよね」


 ――そんな他愛のない話をしていると中庭が見えてくる。


 朝から風が強かったせいか、中庭に埋められている大銀杏の葉が地面に敷き詰められていた。


「それで話って?」


 いきなりだった。


「あ、ああ、その――――」


「言いにくい話?」


「……まあ」


「じゃあ、話し出せるまで待つよ」


 そう言って銀杏にしなだれ掛かる彼女。

 僕は、決して短くない時間を無言で過ごした。それは一分くらいかもしれないし、十分を過ぎていたかもしれない。

 ……ただ、それは必要な時間で、無駄なものでは無かった。


 それを分かっているのか、彼女は待っている。


「あのさ――その、驚かないで聞いて欲しいんだ」


 僕は意を決して話し出す。


「――この高校に入ってから今日まで――自慢じゃないけど目立たないように生きてきたと思う。それは今までもそうだったし、これからもたぶんそうかもしれない」


「それは自分がそういうのに向いてないっていうのもあるんだけど、"そういう生き方"をわざと選択してたからだ」


 息を吸う。


「……でも、それじゃ届かない事があると分かった。待ってるだけじゃ何も起こせない。ただ過ぎる時間とそれに付随する結果を得るだけだって――」


「だから、今日小田さんを呼び止めた」





「僕は小田さんの事が好き、です」





 ……沈黙。




「……気持ちは嬉しいよ」


 でもね、と続ける。


「まだ、そういう事を考えられないんだ。別に、早瀬くんだから――とかじゃないんだけど……」


 ――それはやんわりとした拒否だった。


「こうやって告白されるのも初めてだからどうやって返したら良いのかわからないんだけどね」

 なんて言って苦笑する。本当に、僕のことを考えて物を言ってるんだな、というのが伝わってくる。


「本当に私の事が好きなの?」


「……うん」


「本当に?」


「うん」


「嬉しい、なあ。――――でも、申し訳ない、な。応えられないや」


 ――ごめんね、と少し困ったような顔で僕を見る。


「こんな私を好きになってくれてありがとうね」


 そして、彼女はそう言って笑った。


「……こちらこそ、ずっと言えなかった事を聞いてくれてありがとう」


 お互いに笑い合うと、


「早瀬くん――受験頑張ってね」


 と言って彼女は銀杏の樹から離れた。

 それじゃ、と手を振って元来た道を帰っていく。



 ……僕はただ、そうやって遠くなっていく彼女の後ろ姿と風に舞う銀杏の葉を見ながら、しばらく立ち尽くしていた。


 *


 ぶるっとして気がつくと、銀杏の樹を見上げて立ち尽くしていたらしかった。


 すっかり冷たくなった頰を気にしながら、僕はポケットの中でカイロを弄りながら歩き出した。

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