番外編

 

 「な、な、こんな事が――」


 マリアは忽然と姿を消したタケルを目の当たりにして、動揺が隠せないでいた。


 「タケルさんはとても不思議な力を使われるのですよ。フフ、ちょっと変わった方です」


 アヴが未だ両膝を突いたままでいるマリアの肩を抱え、ゆっくりと立ち上がらせる。


 「なんと、それは真ですか! ……タケル殿は現実世界でも変態だったのですね。……おっとと、こうしては居れません。タケル殿の事は一先ず後回しにして、早速会見の準備をしましょう!」

 「……お姉ちゃん。コナ、どうしてもやらなきゃ駄目かな? うう、嫌だよー」


 自らの意思とは関係なく進んでしまった話に、渋々ながらも観念した様子のコナ。

 ガックリと落とされた両肩が、彼女の気持ちを表していた。 


 「まずコナちゃん殿は殿下とは声が違います。これは体調を崩して声が変わってしまった事にしましょう。こうしておけば、答えにくい質問に私が代わって答えても、疑問に思われないでしょう」


 マリアはズボンのポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、コナに手渡した。


 「記者会見、と大げさに言っておりますが、実は質問内容、質問する人、質問する順番等は予め決められているのです。そのメモ用紙に書かれている内容をそのまま覚えて頂ければ、会見は滞りなく終わりますよ」

 「へー、そうだったのですね。私何も知らなかったです」


 コナに手渡されたメモ用紙を横目に、終始頷き続けるアヴ。


 「コナちゃん殿には会見中笑顔で過ごして頂ければ、少々カンニングして頂いても問題ありませんよ」


 一安心、といった様子でコナとアブは胸を撫で下ろした。



 「……ところで其方、お名前は何と申されますか?」


 アヴの頭の天辺からつま先までをまじまじと眺めていたマリア。

 普通に三人で会話を進めていたのだが、この時が『初めまして』の状態だったのである。

 メモの中でコナが読めない日本語を訳していたアヴも、その事に気付いた様子で、マリアとお互いに大人な挨拶を交わし合った。


 「実は日本のマスコミには少々手を焼いておりまして。殿下だけに留まらず、我々女官にもスポットライトを当てて取り上げ始めたのですよ」


 シャーロットの傍らで常に控えている、謎の美人女官。

 神秘のヴェールに包まれた存在に、日本のマスコミが挙って特集を組まないわけがない。

 世間では『シャーロットの傍で控えている女官は、マリアの他に実はもうひとり居て、かなりの美人らしい!』と噂になっていたのだ。

 勿論これはエレーナの事なのだが、彼女は表舞台には立たず、シャーロットの世話係として日々過ごしていた為、その姿を知る者は少なかったのである。


 「へー、そうでしたか。大変なお仕事なのですね」

 「それで……出来れば其方にも会見場に姿を出して頂きたいのです」

 「へー、会見に私もですかー。……!! えー! ちょ、ちょっと待って下さい。なぜ私!」


 何処か他人事のように聞いていたアヴ。

 会話の内容が頭に留まった途端に、血の気が引いてしまった様子で慌てふためいている。


 「この会見ではエレーナを会場の隅で立たせる予定でしたが、生憎今回の事件が起こってしまいましたので……」


 メモの内容を必死で暗記するコナの身なりを、慣れた手付きで整えて行くマリア。

 シャーロットと瓜二つのコナの体に、いつも通り自然に体が動くのだろう。

  

 「それにアヴ殿が近くに居た方が、コナちゃん殿も心強いでしょう」

 「そ、それはそうかもしれませんが、私なんかが――」

 「大丈夫ですよ。フフ、日本のマスコミは結構適当です。光が当たる対象があれば何でも良いみたいです。それにもともとエレーナには立たせるだけで、エレーナへの質問は一切受け付けるつもりはありませんでした。あくまで我々はシャーロット殿下の女官。殿下と同じ光を浴びるなど、本来あってはならない事なのです」


 マリアはアヴにスーツを着せる為、部屋を後にした。

 アヴは断りたい気持ちで一杯であったが、コナに無理矢理役を押し付けてしまった手前、自分だけ断る事が出来ずにいるのであった。


 「……お姉ちゃんだけ、逃げちゃ駄目だからね」

 「……はい」 


 念を押されたコナの言葉に、渋々観念するアヴなのであった。

 




 「……ちょっと窮屈そうですが致し方ありません。少しの間だけ我慢して下さい」


 マリアが急ぎで持ち込んだスーツは、本来エレーナが着る筈だった、マリアと揃いのスーツ。

 アヴにとって初めて着るスーツだったのだが、サイズ的に少々厳しい物だった。

 それでもマリアが手伝い、アヴは強引に袖を通して行く。

 

 (特に胸の辺りが苦しい……)

 (胸が苦しそうだけれど、この事はエレーナには言わない方が彼女の為……)


 「「ア、アハハ……」」


 二人共心に思った事は口に出さず、引きつった愛想笑いを浮かべ合うのであった。


 「……お姉ちゃん達ちょっと怖いよ? それとこのメモ、もう全部覚えたから要らないよ」

 「なんと。これは驚きです。コナちゃん殿は頭も良いのですね! ……ではひとつ、テストしてみましょう。『シャーロット殿下、殿下が親日家だと公言する理由をお聞かせ下さい』」


 マリアは声色を変え、記者っぽくコナに質問した。

 当然マリアは質問の内容を全て把握しており、この質問も実際に交わされるやり取りの中に含まれている。


 「私はうそや隠し事が大きらいです。好きなことを好きだと言うのに、理由が必要なのでしょうか?」


 『どう? 完璧でしょ?』とでも言いたげに、コナは屈託のない笑みを浮かべる。


 「……殿下は全て京都弁で返答なされる予定でしたが、やむを得ません。公式な会見だから標準語で答える、と最初の段階で記者達には話しておきましょう」


 この短時間で京都弁をマスターさせるのは流石に無理。

 そう判断したマリアは、会見で新たに記者達から飛びそうな様々な質問を脳内で巡らせながら、アヴとコナを連れて部屋を後にするのであった。

  

 ホテルの従業員やSP達の視線が集まる中、廊下を颯爽と歩く三人。


 「アヴ殿は新しい女官として紹介します。私が挨拶を振った時だけ、軽く会釈して頂ければそれで結構です。コナちゃん殿はシャーロット殿下として振る舞って下さい。良いですか?」

 「はい」

 「うん」


  前方を歩くマリアが小声で指示を飛ばすと、アヴ、コナがそれぞれ小さく返事した。


 (殿下……どうか、どうかご無事で。こちらは私にお任せ下さい!)


 自らの使命に燃えつつシャーロットの身を案じるマリアは、下唇を噛み締める。


 (タケルさん――は多分大丈夫ですね。シャーロット王女とエレーナさんの事、無事に助け出してあげて下さいね)


 アヴはひとりでシャーロット達の救出に向かったタケルの事を思いつつ、今にも弾け飛んでしまいそうなシャツの胸のボタンに軽く触れた。


 (……コレ、終わったらきっとごほうびでるよね? お寿司かな? ケーキかな? まさかどっちも、なんて――うしし)


 コナの頭の中には、既に食べ物の事しか詰まっていない様子だが、果たして記者会見は無事に終わるのだろうか。



 三者三様の思いを胸に秘め、記者会見が行われるホールへと足を踏み入れると、マリア達は盛大な拍手で出迎えられた。

 今まで体感した事のない大量のフラッシュを浴び、眩暈を起こしそうになったアヴは、マリアに指定された壁際で一人立ち止まる。

 対して怯む事なく堂々と引かれた椅子へと腰掛けたコナ。

 約束通り絶やす事なく笑顔を振り撒いている。


 そしてマリアは進行役を務める為、幾つものマイクが束ねられているテーブルの前へと一人で向かった。

 

 「皆様こんばんわ。定刻通り記者会見を始めさせて頂きます」


 マイクの前に立つマリアが、先程タケルに会った時の険しい顔とは別人のような表情を浮かべ、記者会見をスタートさせた。



 一方、山田家では――


 「ちょっとー! どういう事なのよコレー!」


 リビングのテレビの前では、コナに代わってくるみが煎餅片手に記者会見を視聴していた。


 (こここ、この後ろに立っている人、どう見てもアヴさんじゃない! ……ってことは、このシャーロット王女として会見しているのって……まさか、コナちゃん?)


 テレビ画面の向こうでは、緊迫した様子で会見が続けられている。

 くるみが何度目を凝らして見ても、会場で恥ずかしそうに佇んでいる女性はアヴに見えるし、堂々と受け答えしている人物はシャーロットにしか見えない。


 (一体何が起こっているのよ……)




 記者達の質問の中には冗談めいた物も含まれており、時折会場内に笑いが起こる。

 勿論これは事前に仕組まれた演出であり、会場内、そしてこの記者会見をテレビで見ている視聴者を退屈させない為、それとシャーロットの印象を和らげる為の作戦なのである。 

 コナが笑顔を覗かせる度、視聴者達は頬を緩めている事だろう。

 そしてコナが記者会見に臨んだ事で、歓喜に渦巻く場所も存在していた。


 「だーかーらー! テレビを付けろって言ってんですよ!」

 「いや、今会議中――」

 「そんなの、いつもみたいに抜け出せばいいでしょうが!」

 「……あの、工藤君、僕一応オーナーだよ?」

 「うるさい! さっさとテレビを付けろー!」


 電話で揉めているのは、カジュアルブランドの店員と店のオーナー。

 そう、タケルやコナが世話になっている洋服のお店である。

 コナやアヴの洋服をコーディネートした女性店員、工藤は店番も放り出し、店の奥で記者会見の模様をテレビで観ながらオーナーへと電話していたのだ。


 「……工藤君はたまに人が変わるよね。分かったからちょっと待ってて。……お、阪神勝っているじゃないか」

 「誰が野球見ろって言ったのよ! 記者会見だって言ってるでしょ! 怒るわよ!」

 「もう怒っているじゃないか。……こ、こここ――」

 「見た? 見たわね?」


 テレビのチャンネルを変え、オーナーの男性が目にした物は、自分のお店で販売されている新作のワンピースで着飾り、笑顔でフラッシュを浴び続けているコナ。

 当然オーナーの目にはM国シャーロット殿下として映っていた。


 「ね? ね? やっぱり問い合わせがあった通り、ウチのインターネットショップのモデルを引き受けてくれたのは、紛れもなくシャーロット殿下だったのよ! ほら、後ろに居る女性も一緒に来てくれていたでしょ? 覚えてる?」

 「……ああ、間違いないよ。覚えているよ覚えているよ! ……大変だ。こうしちゃ居られないよ、すぐ会議に戻らなくては!」

 「また会議? アンタ馬鹿じゃないの! そんなのいいから、追加オーダーしてありったけの在庫掻き集めて来なさいよ! 分かった?」

 「わ、分かったよ! 工藤君、更に忙しくなりそうだけれど、お店の方は任せたよ。……いやっほーい! シャーロット王女様バンザ――」


 ブツッ


 工藤は無言で通話終了のボタンを押す。


 (テンションが上がり切ったオッサンの声は、聞くに堪えないわ……)  


 そして工藤は店番に戻る事なくじっくりと腰を据え、テレビ画面に見入る。

 ……この人物も少々変わり者のようだ。


 


 (……コナは凄いわね。こんな大勢の前で、どうしてあんなにも堂々としていられるのかしら?)


 いよいよ終盤に差し掛かった記者会見の模様を、会場の壁際から眺めていたアヴは、若干落ち込んでいた。


 (それに引き換え、私は緊張してしまって立っていられるのがやっとの状態。この差はなんなのかしら……)


 ため息を吐いて俯きそうになったところで、マリアから鋭い視線がアヴへと向けられる。


 (アヴ殿、もう少しの辛抱です! あと少しだけ気を張って頑張って下さい!)


 視線に気付き、アヴは慌てて表情を作り直す。 


 コナが一切緊張しないのは、脳に埋め込まれているチップの影響なのだが、当然アヴはこの事を知らない。

 恐怖という感情が殆ど取り除かれている状態なので、こうして堂々と会見に臨めているのである。


 そんな中――


 「そちらの女性からも一言頂きたいのですが!」


 会見の冒頭で禁止されていた『シャーロット以外への質問』というルールを破って、記者の中から声を上げる人物が現れた。

 当然アヴへの質問も禁止されていたのだが、この記者もデスクから『絶対に女官から一言取って来い!』とキツく言われていたので、仕方がなかったのである。


 「会見の冒頭でもお伝えした通り、今回の会見ではシャーロット殿下への質問のみとさせて頂きます」


 すかさず笑顔のマリアが、記者の投げ掛けを一刀両断にしたのだが、瞳の奥は全く笑っていなかった。


 (ルールを守りなさい! この馬鹿者が!)


 「そこを何とか! お願いします!」


 今度は先程とは別の記者から声が飛ぶ。……当然この人物も、上司から厳しい口調で言われているクチである。

 日本のサラリーマンも、なかなか大変なのだ。


 (く、困ったわね。あまり厳しく断ってしまうと印象が悪くなってしまう。どうするべきか――)


 マリアが頭を悩ませていたその時――


 カツッ カツッ カツッ


 (お、お姉ちゃん? どうして……)


 ヒールの音を会場に響かせ、アヴがコナのもとへゆっくりと歩み寄ったのである。


 (い、妹のコナがこんなにも頑張っているのだから、私だってやればできるはずよ! ……たぶん)


 震える膝に檄を飛ばし、コナの前に並べられたマイクをひとつ取り外した。


 (マリアさん、大丈夫です! 私、お答えします!)


 アヴは瞳にありったけの思いを込め、マリアへと視線で伝えた。……つもりだったのだが――


 (ふぇーん。助けてくださーい! マリアさん!)


 ……マリアの目にはこんなふうに映っていた。

 それ程アヴの瞳は頼りなく潤んでしまっていたのである。

 

 (くっ、アヴ殿。お許し下さい。どうなってしまうか分かりませんが、一か八か賭けに出てみましょう!)

 

 「それでは、時間の都合も御座いますので、おひとつだけでお願いします」


 ((どうか、答えやすい質問をして下さい!))


 アヴとマリアの心がひとつとなって、記者へと送られた。


 「では。貴方から見た、日本人男性の印象をお聞かせ下さい!」


 ……


 (……か、仮にもM国王家に仕える女官に対する質問なのか、コレは?)


 笑顔を引きつらせ、今にもマイクが設置されている机を投げ飛ばしてしまいそうなマリア。 

 それに対してアヴはというと――


 「そうですね……。とても優しい方が多いと思います」


 マイク片手にスラスラと答え始めた。

 アヴからしてみれば、予想していた難しい政治の事などを聞かれるよりも、幾分か答え易かったのである。


 (……日本人男性と言われましても、私、タケルさんしか知りませんし、タケルさんの印象を答えておけば大丈夫ですよね?)


 「初めて私たちが日本にやって来た時も、肌の色の違いや瞳の色の違い、文化の違いや言葉の壁があったにもかかわらず、とまどう事なくとても優しく受け入れてくださいました。気に病む事や困った事が起こった時も、優しく手を差し伸べて下さいますし、とてもステキだと思いますよ」


 アヴはタケルの事を思い浮かべている内に、いつしか日本で出会った、雪乃やくるみ達との日々の出来事を思い出して話していた。

 その後も純粋な気持ちを話し続けるアヴの言葉に、会場の記者達は勿論の事、テレビの前の視聴者達も聞き入っていた。 

 そして――


 絶望に打ち拉がれる中、コンテナ船で救助された事。

 悪人の手によって変えられてしまった妹を治す為に、何も対価を求められなかった事。

 それどころか家族同然に山田家に迎えられ、毎日が楽しくて楽しくて仕方がない事。

 更には夢にまで見た学校に通わせて貰えるという事。


 伝えきれない日々の感謝を胸に抱き、アヴは言葉を締め括った。


 「私も日本が大好きです」


 


 (……アヴさん。……グスッ)


 画面に噛り付いていたくるみは、手に持っていた煎餅をティッシュペーパーに変え鼻をかむ。

 どうやらアヴの感謝の気持ちが、きちんとくるみに伝わった様子である。


 (お姉ちゃん……)

 (アヴ殿! 凄く立派でしたよ! ……マズい、泣いてしまいそう)


 マリアは涙腺が崩壊してしまう前にアヴを後ろに下げ、会見を進行させるのであった。


 


 「それでは以上を持ちまして、会見を終了とさせて頂きます。ありがとうございました」


 予め予定されていた質問を全て消化し、マリアは早々にこの場を切り上げようとした。

 が、しかし――


 「お願いします! 最後にシャーロット殿下から挨拶を貰えませんかー!」

 「是非流暢な京都弁でお願いします!」

 「一言でいいんです、一言だけお願いします!」


 記者達も何とかシャーロットの京都弁を聞き出そうと必死に食い下がる。

 それと同時にシャーロットが京都弁で話すシーンをフレームに収めようと、会場内に設置されていた全てのTVカメラが一斉にコナの方へと向けられた。


 (しまった……。公式な会見だから標準語で答えるという設定だと、会見を終了させてしまった今、断る理由がないじゃないか。私は何という失態を!)


 このままコナを連れて逃げる訳にもいかず、マリアはマイクが立てられた机の前で考えを巡らせていた。


 (きょ、京都弁……? どんなのだったっけ?)


 一方コナはというと、記憶の中から京都弁に関する知識をほじくり返していた。

 情報源は勿論、日々夢中になって見続けたテレビ番組だ。


 (京都はたしか、『かんさい』っていう場所にあるんだよね。その『かんさい』には大仏さまとびわ湖と……アレよね。『かんさい』って言ったらアレしか思いつかないよ)


 視線を送ってみても、マリアは未だ考えが上手く纏まっていない様子。

 十数台のカメラを向けられたまま、コナは息を大きく吸い込んだ。


 「大阪名物パ◯パ◯パンチやー!」


 威勢良く言い放ったコナは、勿論両手で胸を叩き続ける独特な仕草も付けている。

神秘的でさえある白髪を大きく揺らし、全力で挑むコナからは、照れや恥じらいなどは一切感じられない。


 ……


 ゴンッ


 水を打ったように静まり返る会場内に、マリアが机にオデコを叩き付けた音だけが響き渡った。


 「シャ、シャーロット殿下、ご自身で大阪だと仰ってますが――」

 「ア、アレー? コレと違うんかいなー?」

 「「「「ワハハーー!」」」」


 会場内が大爆笑に包まれた。

 カメラマン達も『良い映像が取れた!』と大満足の様子。

 ……日本人はコテコテの関西弁で喋る外国人に弱いのだ。


 (キャー、どうしよう! 全然違ったみたいだよ。……そうか、これってかんさい弁っていうヤツか)


 未だ笑いの渦が収まらない中、コナが再びマイクに向かって話そうとしたところをマリアが慌てて遮り、コナを抱え上げてそのまま会場の外までそそくさと連れだした。

 アヴは記者達に向かって深くお辞儀をしてから、慌ててマリア達の後を追い掛けた。


 「ご、ごめんなさい」

 「……いえ、コナちゃん殿。結果オーライですよ! 上手く切り抜けられました。このまま大急ぎで部屋まで戻りましょう」


 自分達の無茶を聞いて貰ったコナに対して、怒る事など到底出来るはずもなかった。

 マリア達は足早に部屋へと向かうのであった。



 

 こうして王族の公式記者会見に、八歳の少女を替玉に使うという前代未聞の事件は、無事に幕を閉じる事となった。

 世間では『M国は親しみのある身近な国』として広く知れ渡り、M国としても今回の訪日は大成功だったと皆が口を揃えた。

 各テレビ業界の関係者達も、記者会見の視聴率に満足しつつ、数字が取れるシャーロットをどうにかして業界に引っ張って来られないものかと、密かに計画を企て始めたとか――



 

 「さて、次は殿下の身の安全です。すぐにでも――」

 「おかえりー。記者会見の様子、テレビで見てたよー」


 マリアが勢いよく開けた部屋のドアの先では、健がテレビの前のソファーに陣取り、呑気に寛いで待っていた。

 その傍らでは申しわけなさそうに立ち尽くすシャーロットと、健の珈琲の御代わりを注いでいるエレーナの姿も見られる。


 マリアは自分の目に映る現実を、暫しの間受け入れられずにいるのであった。 

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