第6話

 

 どうやらこの施設周辺には人が居ないみたいなので、堂々と施設入り口前で降ろして貰い、人に見られてしまう前にピレートゥードラゴンには帰って貰った。

 大きな岩がゴロゴロと転がっている環境に、全然マッチしていない近代的な施設。

 その静まり返っている建物の玄関に近付くと、ガラス張りの自動ドアが開いたので中を覗き込んでみたのだが、外観の見た目通り内部は狭い。

 お邪魔しますよー! と一応断りを入れてからフロアを歩く。

 小さな足音さえ響く中、近くにあったエレベーターのスイッチを押し、扉が開くのを待つ。


 「タケル、何があるか分からん。注意しろよ」


 無線で聞こえて来る雪乃さんの声にも、何処か緊張感が漂っている。

 ……恐らくエンテンドウ・サニー社と同じ理由で、かなり地中深くに研究施設が作られていて、なかなかエレベーターが戻って来ない。

 

 暫くそのまま待っていると、『ポーン』と軽快な電子音が静かなフロアに響いて、漸く扉が開いたのだが……。


 「い、一体何があったのだ!」


 僕の視界を作戦本部でモニタリングしていた雪乃さんが声を荒げた。


 「……さぁ、何があったのかは知りませんけど、これに乗り込むのは流石に気が引けますね」


 エレベーター内部は激しい衝撃を受けたのかボコボコに凹み、大量の血痕で真赤に染まっていた。

 血の独特な臭いが充満していて、通常であれば正気を保っていられないだろう。

 僕も気分が良いわけではないので、【シャイニングオーラ】でエレベーター内部を洗浄してから乗り込んだ。

 ……今の血液って、やっぱり人間の物だよな。

 それにこの壁に空いている小さな丸い穴って……銃弾の跡?

 何があったのかは分からないけど、死体や肉片が転がっていなくて良かったよ。 

 エレベーター内部の照明は破損していて点滅を繰り返しているのだが、『暗視』スキルのお陰で特に困る事はない。

 先程扉の前で待たされた時間と同じ分だけ、今度はエレベーター内部で暇を持て余す。


 「エレベーター内部があんな事になっていたのだ、恐らく施設内部は――」


 ……もっと酷い状況なのかもしれないな。

 気を引き締め直していると再び軽快な電子音が鳴り、到着を知らせてくれた。

 ゆっくりと扉が開くと、コンクリートの狭い通路の五メートル程先が透明な壁で遮断されていた。

 強化ガラスで出来ていると思われるその隔壁の奥では、パトカーに搭載されている警告灯のような赤い光が、至る所でクルクルと回っている。

 

 「封鎖されているという事は、恐らくその隔壁の向こう側は猛毒に汚染されているぞ」


 人造人間の疑似血液が漏れ出している、という事か。


 「この隔壁をブチ破るのってマズいですか?」

 「そうだな。汚染された空気が外に漏れてしまう。これでは中に入れそうもない。……いや、待てよ」

 「何かいい方法でも思い付いたんですか?」

 「ああ。やはり全ての魔法を習得しておいて正解だったぞ。タケル、隔壁とエレベーターの間に【アースウォール】で間仕切りを作るのだ」


 雪乃さんと仮想空間で【プラーシス】の特訓をした際、何が起こるか分からないからと言われ、念の為に風、水、土、火、四つの魔法も習得しておいた。

 使う事もなさそうだし僕は要らないと断っていたのだが、無理矢理押し付けられてしまったのだ。

 まさかこんな所で役に立つとは……。

 施設の外に出る時は瞬間移動を使うつもりなので、この際エレベーターの扉付近を【アースウォール】でガチガチに固めておく事にしよう。

 今後何かが起こって猛毒が外に漏れだしたりしたら大変だしな。


 「な? な? 私が言った通りだっただろ?」

 「はいはいそうですね。【アースウォール】」


 得意気に絡んで来る雪乃さんを適当にあしらい魔法を唱えると、コンクリートの床からボコボコと音を立てて岩盤が勢いよく湧き出て来た。

 あっという間に岩の壁が天井を突き破ってしまったのだが、ちょっとやり過ぎた。

 天井が大規模に崩れ落ちて来たので、慌ててガラスの隔壁を体当たりで突き破り、転がるようにして猛毒で汚染されている施設内部へと侵入した。


 「……タケルは加減というものを知らんのか?」

 「いや、初めて【アースウォール】を使ったから、どれくらいの強さになるのか分からなくて――」


 まぁでも外に繋がる通路がここまで盛大に崩落すれば、猛毒が外に漏れ出す心配はないだろう。結果オーライというヤツだな、うん。

 転がった拍子にが衣服に付着してしまった。

 気味が悪いので【シャイニングオーラ】で洗い流す。

 予想通り施設内部は悲惨な状況だ。

 どれくらいの人数が犠牲になれば、こんな血の海になるのか……。

 破壊された壁、ブスブスと燻る音を立てている医療機器、天井に突き刺さったストレッチャーの残骸。

 巨大な試験管みたいな物のすぐ傍で横たわっているし、未知の生物の残骸もある。

 様々な研究設備を横目に、四ツ橋誠が動かずじっとしている場所を一直線に目指す。

 歩いている最中、クルクルと回転している赤い警告灯が目障りだったのだが、警報音がないだけまだマシだった。


 でも四ツ橋誠は何故この場所から動かないんだ? 僕が行くのを待ち構えているのか?

 ……そもそもこの状況で生きているのがおかしいのだが。

 

 

 「平気か?」


 僕の事を気遣ってくれているのか、雪乃さんから無線が入った。

 

 「全然平気ですよ。……今はね。出来ればここの記憶も――」

 「ああ。タケルの体を正常な状態に戻す時に消しておくよ」


 この光景はとてもじゃないけど、普通の精神では耐えられそうにない。

 

 「でも四ツ橋誠は何故今の環境で生きていられるんですか? 僕じゃよく分からないけど、猛毒に汚染されているんですよね?」

 「間違いなく汚染されている。視界に映っていた死体にはその症状が出ていたしな。解毒薬も作られていないし……うーん、分からん」


 雪乃さんでも分からないのか。……嫌な予感がするな。


 いよいよ残り扉二つを開けば四ツ橋誠の所に到達する。

 他の部屋より少しだけ広い部屋は、マップで見る限り実験室のような造りになっている。

 その最も奥で待機している今回の騒動の元凶、四ツ橋誠。


 ……全てを終わらせるとするか。


 「頼もー!」


 両開きの分厚い扉を蹴飛ばし、堂々と中に入る。


 「何が『頼もー!』だよタケル。テンション上が――」


 無線で入って来た雪乃さんの声がピタリと止まってしまった。

 恐らくOOLHG改から送られて来た、僕の視界を目の当たりにしたからだろう。

 部屋の内部は更に地獄だった。

 足の踏み場もない程散乱する臓物、肉片、夥しい量の血の海。そして部屋の傍らに乱雑に積み上げられた大量の死体。

 そして死体の山の傍で、椅子に腰掛け足を組んでいる男。

 いや、男と言った方がいいかな。

 衣服が破け肉体が露わになっているのだが、体の所々が最早人ではない。

 重度の火傷を負った肌のように爛れている紫色の皮膚。その爛れた箇所は大きく肥大しているのだが、どうやら傷の類ではなさそうだ。

 オールバックだった髪型はボサボサで面影はなく、頭の右半分は髪の毛すら生えていない。

 ……コイツ、今の外見を自分で見た事あるのか?

 正気を失っているとしか思えない瞳をこちらに向け、ワイングラス片手に笑みを浮かべている。


 「ククク、待っていたぞ」


 ワイングラスを傾け、中身を一気に飲み干すと、四ツ橋誠がゆっくりと立ち上がった。

 ……あのグラスの中身、多分ワインじゃないよな。

 気が狂っているとしか思えない。


 「カメラに衛星を使えば回線を辿り、必ず貴様がこちらに来ると思っていたのだ」

 

 得意気な口調で話し始めたのだが……ゴメン、衛星とか言われても正直分かんないです。アンタの位置はマップに最初から映ってました。

 学校の都合で今まで来られませんでした、とか言ったら怒るかな?


 「究極の人造人間の研究が成功したと聞いた時、俺様は気付いたのだ。この技術を自らに施せば、最高の殺戮ショーを最前列で楽しめるじゃないか! とな」

 「……つまりお前は、自分の体を人造人間に改造したのか?」

 「ククク、違う違う。あんな子供騙しと一緒にするな。私が自らに施したのは究極の人造人間の技術だ!」


 ……どっちでもいいよ、そんなモン。

 どうでもいいけど、いちいちミュージカル口調で話すの止めてくれないかな?

 オッサンが身振り手振りを付けて話すのは、見ていて痛々しい。


 「それで? その究極さんは普通の人造人間と何が違う訳?」

 「……フン。いいだろう、教えてやろう。私のこの体は不老不死だ!」


 ふ、不老不死? そんな事本当に可能なのか?


 「いいぞタケル。あの馬鹿は煽れば自分からどんどん情報を喋ってくれそうだ。そのまま煽り続けて情報を引き出してくれ」


 雪乃さんからの指示は、このまま情報を引き出せ、か。

 ……この馬鹿と話していたら、こっちの頭がどうにかなりそうだし、あまり会話したくないんだよな。


 「不老不死って。漫画じゃないんだし、そんな事可能なわけないだろ」

 「ククク、いいだろう。見せてやるよ」


 何を始める気かは分からないけど、四ツ橋誠が僕に背を向け、死体の山へと向かって歩き始めた。

 四肢が欠損した死体の背中に突き刺さっている、拳程の太さがある鉄パイプを抜き取ると、今度はその鉄パイプを自らの腹部に突き刺した。


 「見ろ、死ぬどころか痛みすら感じん。俺様には内臓も存在せん。子供騙しの機械なんぞ体に入れるわけがない」


 ……どうゆう事? 内臓がない? コイツ、どうやって生きているんだ?


 「……恐らく血だな」


 雪乃さんには何か思い当たる事があるのか?


 「考えたくもないが、先程奴が飲み干していたのは、恐らく人の血液だ。どういう技術かは不明だが、体内に取り込んだ血液を直接エネルギーに変換しているのだろう」


 ……それでこの死体の山か。


 「ククク、驚いているようだな。なぁに、心配するな。見ておけよ?」


 鉄パイプを握り直し、脇腹方向へと力任せに掻っ捌く。

 鉄パイプは抜けたのだが、四ツ橋誠の腹部には傷ひとつ付いていなかった。

 あまりにも瞬間的に傷口が再生していて、鉄パイプが腹部をすり抜けて行ってしまったようにも見える程だった。


 「研究が進み、肉体を爆発的に再生させる技術を、永遠に持続させる事に成功したのだよ! グハハハー!」


 確か人造人間の体にもそんな技術が使われていると雪乃さんが言っていたな。

 疑似血液が施設内で漏れ出すのを防ぐ為と聞いていたけど、その技術を進化させたのか。

 

 

 

 「科学者達の話では、頭を粉砕してしまっても再生するらしいが、ククク、流石の俺様でもそこまで試す度胸は持ち合わせていなかったよ」

 「……それで? 何故その科学者達まで殺める必要があったんだ?」


 死体の山の中には、白衣を着ている人物の姿も確認出来る。

 化け物相手だったんだ。無抵抗だっただろうに……。


 「簡単な事だよ。俺様以外にこの究極の人造人間を作られては困るからだよ! 世界最強は俺様一人で充分だからな! グハハハー!」


 高笑いを続けている阿呆を見続けるのもそろそろ我慢の限界だ。

 しかし最後にこの質問だけはしておかないと。


 「人造人間や他に生き残っている部下は、この施設以外には居ないのか?」

 「ああ勿論だよ! 全員ここに集めて皆殺しにしてやったよ。俺様の強さを測る実験台としてな」


 四ツ橋誠が自慢げに積み上げられた死体の山を指差す。

 皆殺し、……か。それならもういいよな? 雪乃さん。


 「もう限界だ。タケル、その馬鹿を捻り潰せ」


 どうやら雪乃さんも僕と同じ気持ちだったみたいだ。

 OKボス、仰せのままに! 捻り潰してやりますよ!



 名前

  ・四ツ橋誠

 二つ名

  ・なし

 職業

  ・元四ツ橋グループ総帥

 レベル

  ・250

 住居

  ・なし

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・不老不死

  ・精神異常

 HP

  ・9428

 MP

  ・0

 SP

  ・14970

 攻撃力

  ・6033

 防御力

  ・3490

 素早さ

  ・2311

 魔力

  ・0

 所持スキル

  ・なし

 装備品

  ・破れた服

 所持アイテム

  ・なし

 所持金

  ・なし 



 ステータスでは、ハッキリ言って敵ではない。

 幾らLVが高くても、スキルでのステータス補正がなければ、僕のステータスとは数値の桁が違う。

 ただしステータスの部分に書かれている『不老不死』というのがやっぱり気になる。……本当に死なないのかな?

 『精神異常』の部分はステータスで確認しなくても分かっていたので、今更気にする必要もない。


 未だに踏ん反り返って高笑いを続けているので、頭を吹き飛ばしてみる事にする。

 ……馬鹿の顔はもう見飽きたよ。


 「【雷の弾丸ブリッツバレット】!」


 青白い高速の弾丸が人差し指から放たれ、大口を開けている顔面に直撃した。

 腹を抱えて笑っていた体勢のまま、『パン!』という炸裂音と共に首から上が弾け飛ぶ。

 しかし瞬く間に再生してしまった。まるで幻を攻撃したみたいだ。……悪い夢なら覚めてくれよ。

 雷の弾丸ブリッツバレットが消えてしまったみたいに見えたぞ?


 「……フン。手癖の悪い奴だな。一体どんな魔法を使っているのか分からんが、痛みを感じない俺様でも、今のは不愉快だったぞー!」


 どうやら先制攻撃がお気に召さなかった様子で、四ツ橋誠が喚きながら突っ込んで来た。

 しかしどれだけ不死身に改造されていても、所詮格闘技の素人。

 動きは遅いし、『未来予知』スキルでもしっかりと見えているので、対処は簡単に出来る。

 対処は出来るのだが、攻撃しても攻撃しても再生するんだよ。

 上段蹴りで頭を吹き飛ばしても、腕を引き千切っても、次の瞬間には嘘みたいに再生している。

 ……コレ、無理ゲーじゃね?


 「タケル、【プラーシス】だ! 奴の動きを永遠に止めてしまえ!」


 雪乃さんから無線が飛んで来たのだが、慌てていたのか声のボリュームが馬鹿になっていた。

 でも考えたな雪乃さん。【プラーシス】なら効果が得られるだろう。

 スタッフさん達の耳の心配をしつつ、四ツ橋誠から距離を取る。


 「くそ、ちょこまかと――」

 「【プラーシス】!」


 慌てて追い掛けて来た四ツ橋誠に向けて唱えた。 

 

 「……何故だ?」


 今度の無線は先程と全く違い、聞き取りにくい程小さな声だった。

 雪乃さんが声を失いかけている理由は、目の前の馬鹿が全く動きを止めないからだ。

 かなり魔力とMPを注入して唱えたぞ? 何故コイツは動いているんだ?


 「……ちっ、脳の神経回路を弄ってあるのか。痛みを感じないとか言っていたしな。それでいて自由に動くのだから――」


 無線越しに雪乃さんがブツブツと難しい単語を呟き始めた。

 ……あの、そういうのは無線OFFでお願い出来ませんか? 

 しかし困ったな。当たり前の話なのだが、死なない敵を殺す方法がない。

 動きを封じ込める手段も絶たれた。


 ……どうすればいいんだよ。

 

 「タケル、ここは一旦引こう」


 駄目だ。その指示には従えないよ。

 頭や体を次々と吹き飛ばしながら、何とか猛攻を凌ぎ続ける。

 いっその事、粉々になるまで粉砕してやろうか……。


 「だー! 言う事を聞くのだタケル! そんな奴は私が地獄に送ってやる!」


 無線の向こう側から、雪乃さんがジタバタと暴れている音が聞こえて来る。

 OPEN OF LIFEの中の雪乃さんなら可能かもしれないけど、流石にそれは無理でしょ。

 ……呪い殺す機械とか作りそうだな。何としてもこの馬鹿はここで始末しておかないといけない。


 ……待てよ? 雪乃さんの言葉、何かが引っ掛かったぞ?


 何だこの胸のモヤモヤ、うー、イライラする……。


 ……


 そんな奴は私が地獄に送ってやる!


 あ、ああ、そうかそうか分かった。コレだ。


 「雪乃さん流石天才。攻略法見つけましたよ」


 荒ぶる四ツ橋誠から一旦距離を取り、ここに来て初めて雪乃さんに無線を返した。


 「本当かタケル! 私が天才なのは知っているが、一体どうやって――」


 天才の部分は否定しないんだな。まぁ分かっていた事だけどさ。

 

 出来ればこの方法だけは使いたくなかったけど、そんな事は言っていられない。

 こんな馬鹿をこのまま生かしておいては駄目だ。


 「成程、以前も不思議に思っていたがその被り物、通信機器の役割も兼ねているのだな。フン、小賢しい」


 コンテナ船での事を思い出しているのか、四ツ橋誠の動きが止まった。


 戦いを繰り広げるには少し手狭なこの部屋。

 こんな場所で、果たして本当に使ってもいい代物なのだろうか。

 右手の掌を四ツ橋誠に向け、出来れば使用したくなかった闇魔法を初めて唱えてみる。

 ……うう、嫌だなー。


 「【九死霊門きゅうしりょうもん】!」

 「なに! 【九死霊門きゅうしりょうもん】だと! 馬鹿タケル、そんな狭い場所で使――と、とにかく伏せろ! 地面に伏せるのだ、タケル!」


 雪乃さんの慌て方が尋常ではなかったので、飛び込むようにして床に身を伏せた。


 ウォォォーーー!


 血で真っ赤に染まる床に倒れ込んだのと同時に、地鳴りのような腹の底に響く呻き声が何処からともなく木霊した。

 そしてコンクリートの床を激しく突き破って出現したのは、艶のない紫黒の重厚で巨大な扉。

 その金属の扉の表面には、物々しい二体の鬼の彫刻が描かれて、扉の雰囲気からは嫌な予感しかしないぞ……。


 「ななな、何だこれはー!」

 『バタン!』


 四ツ橋誠が声を上げるのと時を同じくして、激しい衝突音を発しながら観音開きの扉が勢いよく開く。

 呻き声が鳴り響く中、部屋の天井まで届く高さの扉の奥から飛び出して来たのは、……極太で筋肉質な片腕。

 その真っ赤でゴツゴツしている腕が一直線に伸びて行き、四ツ橋誠の体を鷲掴みにした。


 こ、怖ぇーーー! 怖いって! 何だよコレー!


 「ぐあぁー! は、離せ、離せー!」


 巨大な指に両手を叩き付けて、必死に抵抗しているのだが、全く効果はない。

 体を四本の指で鷲掴みにされ、四ツ橋誠は身動きが取れない。


 「やややめろ! 離せー! ぎゃぁぁぁ」


 最後に悲鳴だけを残して、四ツ橋誠の体は赤い極太の腕によって扉の奥へと引きずり込まれた。

 僕が身を伏せている位置からは、扉の奥がどうなっているのか確認出来ない。

 鬼の手で地獄へと引きずり込む、とか雪乃さんが言っていたから、あの扉の奥は……地獄?

 腕が扉の奥へと引っ込むと、扉はバタンと大きな音を立てて自動で閉まった。

 そして再び地面を激しく揺らしつつ、金属の扉は地中深くへと沈んで行ってしまった。


 なな、なんなんだよこの魔法は!


 今起こった出来事が嘘みたいに、室内は静まり返っている。

 ピチョン、ピチョンと水滴が滴り落ちる音だけが、静かに鳴り響いていた。


 「大丈夫かタケル!」

 「全然大丈夫じゃないです。今の記憶も絶対に消して下さい」


 こんな光景思い出したら、夜中一人でトイレに行けないよ……。

 汚れた衣服を洗浄する為、【シャイニングオーラ】を唱えた。




 「タケル、予定通り準備は出来ている。人造人間を施術した設備の中に戻って来てくれ」

 「了解です」

 

 事前の作戦で、汚染された部屋に入った場合には、必ず空調設備が整っているこの部屋に戻って来るように言われていた。

 そのまま戻ってしまうと、みんな一瞬で死んでしまうぞ! と脅されていたのだ。

 狭いガラス張りの部屋で【シャイニングオーラ】を連発で唱え、汚染された体や空気を一気に洗い流す。

 その間、汚染された四ツ橋誠の施設は、あのまま永遠に封鎖される事、そして四ツ橋誠の事は気にするなという事を、室内に設置されているスピーカーから聞かされた。


 「もう大丈夫だぞ」


 ガラスの壁の向こう側で待機している雪乃さんは、何処か落ち着きがない。

 『未来予知』スキルでは、この後雪乃さんが室内に飛び込んで来て、勢いよく抱き付いて来る姿が見えている。

 

 ……仕方がない、全てが片付いた事だし、今回だけは特別、という事で抱き付かれてみるか。


 絶対に死なない、不老不死だと言っていた四ツ橋誠。

 奴は今後地獄で永遠に生き続ける事になるのか。

 ……これも人を殺めてしまった事になるのかな。

 こんな嫌な気分を、少しでも和らげてくれるのであれば、ね。


 「タタタケルー! 無事でよよ良か良かったー!」


 設備の二重扉を無理矢理こじ開け、雪乃さんが頭から飛び込んで来た。


 ――ところを、やっぱり頭を押さえ付け、抱き付きを阻止した。


 「くそ、何でだよ! いいじゃないか!」

 「ああいや、そうじゃなくて――」


 このタイミングで、ポケットに仕舞っていた携帯電話がムームーと着信を知らせて来たのだ。

 

 「電話ですよ電話」

 「くそ、その電話の相手殺してやる」


 止めて下さいよ、冗談に聞こえないからたちが悪い。

 でも誰からの電話なんだ?

 ポケットから取り出し、確認してみると……へ、マリアさん? 何の用事だろ。


 「やっと出たー! 一体今の今まで何処をほっつき歩いておられたのですか!」

 「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいって。一体何が――」

 「落ち着いてなどいられませんよ! 何回電話を掛けたと思っているのですか! ……あー、もう。とにかく! タケル殿にお願いしたい事があるのですよ!」

 

 お願いしたい事……シャーロットの護衛とか? いやいや、マリアさんは僕が変態な体だという事を知らないしそれはないか。


 「タケル殿の同居人であるコナちゃん殿を、大至急〇〇グランドホテルまで連れて来て頂きたいのです」


 コナちゃんを? そんなに急がなくても明日会えるのに。

 マップで〇〇グランドホテルの位置を確認してみると、何故か僕が行った事のある場所だった。

 こんな場所、いつ行ったっけ? と一瞬だけ考えたけどすぐに思い出した。

 ここ、雪乃さんに連れられて、パーティー会場に乗り込んだホテルだ。

 

 「急ぎ……、タケル殿に大急ぎでコナちゃん殿を連れて来て頂けるとして、どのくらいの時間が掛かりそうですか?」


 ……急いで、か。手段を選ばなければ一秒も掛からないんだけど、流石にそんな事は言えない。


 「そうですね……。急いだとして十五分くらいかな?」

 「ああ! 良かった! では大至急お願いします!」


 マリアさんはそれだけ言うと、ブツリと通話を終了した。

 適当に時間を言っただけで、僕はまだ連れて行くとも何とも言っていないのだが……。


 「〇〇グランドホテルまで、コナちゃんを連れて来て欲しいそうです。何やら相当慌てていましたよ」

 「M国のシャーロット殿下が滞在しているホテルだな。コナを連れて来て欲しいという事は、何か企んでいるのかもな」


 マリアさんの事だから、悪い事ではないとは思うんだけど……。

 仕方ない、急いでいたみたいだし家に戻るとするか。


 「ちょっと行って来ます。また後で来ますよ」


 スタッフさん達に手を振り、瞬間移動で自宅へと戻った。





 「コナちゃん、ちょっとお出掛けしない?」

 「しなーい。今忙しいからー」


 リビングでテレビに噛り付いていたコナちゃんを誘ってみたのだが……あっさりとフラれてしまった。何かショックだな。

 でもコナちゃんが煎餅片手に、定位置から動かない理由が何となく分かった。

 画面の隅に『間もなくシャーロット殿下の記者会見』とテロップが出ていたのだ。

 テレビ画面の男性キャスターは、『来日のシーンが撮れなかった分、この後の記者会見に力を入れます!』と息巻いている。 

 外は大雨でも、ホテル内で行われる記者会見には影響ないみたいだ。

 コナちゃん、シャーロットに会えるの楽しみにしていたもんなー。

 でも困ったな。マリアさんには急いで連れて来てと言われているし――


 「そのシャーロット王女様から、『今から会えないか?』って言われているんだけど――」

 「ほ、本当ですか!」


 丁度リビングにやって来たアヴさんが、今の話を聞いていたみたいだ。

 マリアさんから言われているので、嘘ではないよな?

 

 「私、私も行きたいです! ダメですか?」

 「いや、別に駄目ではないですよ? コナちゃん、どうする?」

 「うーん。今からきしゃかいけんなのに、会えるのかなぁー?」


 コナちゃんが不思議そうに首を傾げる。

 ……確かにそうだな。この忙しそうな時に呼ぶ理由って何だ? まぁ行けば分かるか。

 この際だし、アヴさんにも瞬間移動を体験して貰っておこう。


 二人に急いで着替えを済ませて貰っている間、ホテル内で瞬間移動出来そうな場所を探す。

 まさか二人を連れて男子トイレに移動するわけにはいかないので、何処か適当な場所を探しているのだが、これがなかなか良い場所が見当たらない。

 警備が厳重なのか、要所要所に人員が配置されているみたいだ。

 僕達が来るのを待っているのか、マリアさんはホテルの裏手側、正面玄関側よりも若干狭い車止めの軒先で一人待機している。

 雨が酷いし出来ればホテル内に移動したいのだけど、良い場所が見つからない。

 ……仕方ない、植木の陰にでも移動するか。



 

 「アヴさん、今から『瞬間移動』をするんだけど、絶対に大きな声を出さないで下さい」

 「分かりました。いよいよタケルさんの不思議な能力を見せてもらえるのですね?」


 アヴさんは何やらそわそわしている。 

 ……その服、ちょっと露出多くない? 雨が降っているのに寒くない?

 アヴさんとは対照的に、藍色のワンピースがとても良く似合っている、普段通りのコナちゃん。

 玄関で靴に履き替え、二人には傘を差して貰う。

 

 そんな二人を連れて、丁寧に手が加えられている植木の奥へと瞬間移動した。

 この雨の中、日も暮れかけているので目立つ事もないだろう。

 念の為にアクティブスキル『霧隠れ』を掛け、誰にも見られていないかしっかりと確認してから、ガサガサと植木から這い出る。


 「すす、凄いです。タケルさん」


 若干戸惑っているアヴさんが出易いように植木を押さえ込む。

 洋服が濡れたり破れたりしたら大変な事になるからな。


 「……こ、この力があれば、私の国と日本、いつでも行き来出来ますね」


 少し照れながらこんな事を言い出したのだが……アヴさん、飛行機代浮かそうとか考えてない?



 遠目から見るマリアさんは、何度も何度も腕時計を確認している。

 OPEN OF LIFEの中の忍び装束とは違い、濃紺色のスーツ姿だ。

 スラリと背が高く、パンツスタイルの為か足が凄く長く見える。

 ゲーム内と同じ銀髪は後ろで纏められ、アップにされている。

 年齢は僕よりも少し上? くらいかな。

 土方歳三の時みたいに、姿を変えている――なんて事は流石にないか。 


 凄く美人なんだけど、何だか怖そうに見えるのは……気のせいではなさそうだ。


 

 緊急クエスト内容

 ・殿下が誘拐されてしまいました! 記者会見の代役をコナ殿に頼みたいのです!


 クエストの依頼者 

 ・女官マリア


 クエスト成功条件

 ・記者会見を無事に乗り切る

 ・シャーロットの救出、女官エレーナの保護


 クエスト失敗条件

 ・記者会見にてシャーロットの好感度を下げる

 ・シャーロット、エレーナの保護に失敗する


 クエスト報酬

 ・EXP

 ・思いのまま

 ・M国からの感謝の気持ち


 クエスト難易度

 ・☆☆☆☆☆☆


 クエスト受諾条件

 ・なし



 マリアさんの頭上には赤い『!』マーク、緊急クエスト依頼が出ていたのだ。 

 ……なるほどな。これで僕達を急いで呼び出した理由が分かったぞ。


 今尚気配を絶っているので、マリアさんは僕達の存在には未だ気付いていないみたいだ。


 「マリアさん、お待たせー!」

 「だだ、誰だ!」


 少し離れた場所から手を振って挨拶したのだが、物凄く警戒されてしまった。

 ……その身構え方、格闘技……ですよね?


 「あの、マリアさん。タケルです」

 「……嘘を吐け。タケル殿とは容姿が違い過ぎる。それにその気配の絶ち方、只者ではないな」


 ええ。分かっていましたよ。容姿の事は絶対に何か言われると思ってましたよ。

 でもこんなやり取りをしている場合じゃないと思うよ?


 「――で、殿下! ご無事で!」


 そして想像通りコナちゃんの事をシャーロットだと勘違いし始めた。


 ……ご無事で、か。シャーロットは本当に誘拐されてしまったみたいだな。


 「タケルお兄ちゃん、この人見た事あるよ。テレビでお姫様のうしろにいた人だよ」

 「そ、その喋り方、殿下……ではない? ま、まさか本当にタケル殿なのですか?」


 少々不本意な気付かれ方ではあるが、漸く信じて貰えたみたいだ。

 まさかコナちゃんの話し方で気付いて貰えるとは。

 シャーロットは京都弁で話すからなー。


 「……タケル殿、大変失礼致しました! お詫びをしたいところではありますが、今はそれどころでは御座いません。急いで其方の女性も一緒に来て頂けますか」

 「ちょ、あの、マリアさん? 話を――」


 僕達三人はマリアさんに強引に背中を押され、ホテル内部へと通される。

 余程切羽詰まっているのか、僕の話を聞くどころか、手加減とか気遣いは全く見られない。グイグイと押されている。


 「マリアさん説明、説明して下さいって!」

 「ここではちょっと……。部屋に着いてからお話し致します」


 いや、言いたい事は分かっているんですよ? だから話がしたいのだけど……駄目だなこりや。




 「……す、凄いお部屋ですね」


 通された部屋は、アヴさんの口から零れた感想通り、凄い部屋だった。

 足が沈むフカフカのカーペット、豪華過ぎて逆に座りにくそうなソファーセット、我が家よりも全然広い室内。

 窓から見える景色は、色彩鮮やかなネオンとちょっと残念な空。

 窓ガラスに付いた大きな雨粒越しに、街を見下ろせる風景。天気が良ければもっと良い眺めだっただろう。

 僕とアヴさんとコナちゃんの三人は、ポカンと口を開けたまま動けないでいた。

 

 「タケル殿、実は折り入ってお願いしたい事が御座います」


 部屋の扉を閉めたマリアさんが、ゆっくりと床に両膝を突いた。

 ……何だか見覚えのある光景だな。


 「マリアさん、そんな事しないで下さいよ! ゲームの中じゃないんだからさ!」

 「実は今から記者会見が始まるのですが、この場に殿下は居られません!」


 ……見間違いでもなんでもなく、やっぱりシャーロットは誘拐されてしまったのか。

 シャーロットの位置マップで確認する限り、このホテルから十数キロメートル離れた場所に居るみたいだ。

 ここは僕が行った事がない場所みたいで、詳しい事は分からない。

 今でも無事だと思うけど、早く助けに行ってあげないと。


 「そこでお願いなのですが……コナちゃん殿に、殿下の代わりに会見に出て頂きたいのです」

 「ふぇ?」


 他人事のように聞いていたコナちゃんが変な声を出した。


 「いやいやマリアさん。流石にそれは無理でしょ」

 「無茶だという事は重々承知しております! ですが今のままでは――」

 「理由を話して下さいよ! マリアさんの口からきちんと聞きたいんです」

 「それは……その……実は――」


 モゴモゴと口を籠らせていたマリアさんが、観念した様子でゆっくりと話し始めた。


 「殿下は……行動を共にしていたエレーナ共々誘拐されました」


 両手を床に突いていたマリアさんは、拳を強く握りしめた。


 「明日の午前中、タケル殿達と急遽観光する予定になった為、『着て行く服がないから』と、殿下はエレーナを連れてホテルを抜け出しました。私は何度も止めたのですが、ちょっと目を離した隙に、今回もSPを付けず――」


 ……ったく。何やってんだよ、シャーロットは。


 「エレーナにも多少武術の心得がありますので、大丈夫だろうと楽観的に考え、後を追わせなかった私の責任です。タケル殿から忠告を受けていた通りになってしまいました」

 「マリアさん、反省は後にしましょう。シャーロットが居ないのは本当に誘拐で間違いないのですか?」

 「はい。冗談であって欲しいのですが残念ながら……。先程私の携帯電話に誘拐犯から電話が掛かって来て、殿下とエレーナの声を直接聞かされました。要求は警察に知らせない事、本日の日本時間二十四時までに、指定した口座に現金一億ユーロを振り込む事――」


 い、一億ユーロ!!! ……それ幾らになるんだ? ユーロって何だ?


 「これが守られない場合、殿下の命はない、と。お金は即座に用意させて心配ないのですが、殿下の身の安全が保障されないと振り込んでも意味がありません。そしてこの後間もなく行われる記者会見が通常通りに行われない場合、騒ぎが大きくなってしまう恐れがあります。そうなってしまうと――」

 「シャーロットの身が危ない……と」


 それでコナちゃんを身代わりに使ってまで、記者会見を開きたいのか。


 「今回の訪日では、我がM国と日本の友好的な関係をアピールするのが目的でした。それが日本滞在中に殿下が誘拐されてしまった――なんて事が公になってしまっては、友好どころの話ではなくなってしまいます!」


 そりゃそうだ。何処の誰が誘拐したのか知らないけど、日本で誘拐されれば当然日本の責任……になってしまうよな、やっぱり。

 外交の難しい理由や理屈はチンプンカンプンだけど、シャーロットとエレーナさんが危険に晒されている、という事だけは確かだ。


 友達が危ない目に遭っているのなら、助けに行くしかないでしょ!

 

 「事情は分かりましたよ。コナちゃんの事はマリアさんにお任せします」

 「えーーー! タケルお兄ちゃん、嘘でしょ! コナ、人前で喋るのなんて嫌だよー!」

 「何言っているのコナちゃん? 『お姫様になってみたい!』って言っていたじゃないかー」

 「違うよー! 全然違う! コナがしたかったのは、美味しい物一杯食べて、綺麗なお洋服沢山着て――」


 足もとにしがみ付き、抵抗するコナちゃんの力はいつもより強い。

 どうやら本気で嫌がっているみたいだな。

 でもここは心を鬼にするしかない。ごめんよコナちゃん。


 「マリアさん、ちょっとシャーロットとエレーナさんを救出してきます」

 「タケル殿、何を馬鹿な事を。OPEN OF LIFEの世界とは違うのですよ?」

 「今から目にする事は、生涯誰にも言わず、墓場まで持って行って下さい。では――」


 マリアさん、アヴさん、そして若干涙目のコナちゃんを部屋に残し、シャーロット達が捕らえられている場所から、僕が向かえる一番近くのコンビニのトイレに瞬間移動で向かった。

  

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