第5話
その後雪乃さんは『疲れたから少し寝る』と、研究室に置かれている僕のベッドに倒れ込んだ。
しかし疲れたと言っていたのに、その表情は何故かイキイキとしていた。
「ただいまー」
瞬間移動で自宅へと戻って来たのだが、……おかしい。
いつものようにコナちゃんのお出迎えがない。
足もとに絡み付かれて、靴が脱ぎにくい――という恒例行事がないのは少し寂しい。
テレビの音がリビングから聞こえて来ているので、テレビにでも夢中になっているのだろうか?
「ただいま」
リビングへと足を踏み入れると、案の定コナちゃんはテレビに釘付けになっていた。
ちょっとテレビとの距離が近過ぎるので、もう少し離れて見なさい、と注意しようと思ったのだが、番組内容がチラリと視界に入ったので、コナちゃんが真剣に見ている理由が納得出来た。
時刻は夕刻。NEWS番組が放送されている時間だ。
『――ロット殿下が、いよいよ今週の土曜日に訪日されます! 我々取材班も全力で――』
画面の中では、男性アナウンサーが興奮気味に場を進めていた。
……コナちゃんには、まだ説明していなかったな。
「タケルお兄ちゃんおかえり。……ねぇ、この人って――」
「うん。コナちゃんにそっくりだよね。ヨーロッパにあるM国の王女様なんだ」
「……ちょっとビックリした。コナがテレビに映ってるって思っちゃった。……あーあ、コナも一度でいいからお姫様になってみたいなー」
やっぱり女の子はみんなお姫様に憧れるんだな。
……僕なら絶対に嫌だけどな。十一歳で記者会見するとか考えただけでもゾッとするよ。
「チャンネルを変えても全部お姫様の話題ばっかり」
コナちゃんは慣れた手付きで、リモコンを操作してチャンネルを変えて行く。
確かに何処の放送局でもシャーロット来日の話題ばかりだな。
街頭インタビューなんかも行われているみたいだけど、シャーロットに対しては良いイメージを持っている人が圧倒的に多いみたいだ。
そりゃ『超親日』を公言していて、お忍び……まぁ全然忍べていないのだけど、ちょくちょく日本に来ているみたいだし、こんなにも可愛いんだし。
逆に悪いイメージを持つ方が難しいよな。
「でも本物のお姫様が来るんだったら、こんなチャンス滅多にないし、一度でいいから実際に会ってみたいなー」
……そう言えばコナちゃんが家に来てからお出掛けしたのって、一緒に服を買いに行った時だけだよな。……誘拐された時の事は別として。
アヴさんとも一緒に勉強しただけだ。
せっかく日本に来ているのだから、もっと日本の色々な場所に連れて行ってあげた方がいいよな。
来週にはコナちゃんの体ももとに戻せるんだし、少しは羽を伸ばしてみてもいいかもな。
……お姫様に会ってみたい、か。フフ。
「コナちゃん。ちょっと一緒にアヴさんの所に行こうか」
「へ? どうしたの?」
「いいからいいから」
テレビに噛り付いていたコナちゃんを引き連れて二階へと向かう。
「アヴさーん。入るよー」
「はいどうぞー」
部屋に入ると机に向かっていたアヴさんが、椅子の座席をクルリと回転させ、僕達の方へと体を向けた。
「実はさ、二人に色々とお知らせがあるんだ。まぁ座って座って」
コナちゃんと一緒に床へと腰を下ろし、順番に説明して行く事にした。
二人にもリラックスして貰い、悪い話じゃないという事を雰囲気で分かって貰う。
「まずは前置きとして、お二人には今後も家に居て貰います」
「はい。これからもよろしくおねがいしもす――します」
「お願いしまーす!」
少しだけ噛んだアヴさんは、恥ずかしそうに舌を出した。
コナちゃんは元気一杯だ。
「はい、こちらこそお願いします。そしてコナちゃん」
「……はい」
「コナちゃんの体を元通りにする方法を見付けました。来週には髪の色も、肌の色も、伸びてしまった身長も、……底なしの食欲も全て元通りに戻せます」
「……タケルお兄ちゃんの不思議な力……で?」
「うん。そうだよ。コナちゃんとの約束通り、いっぱい練習してやっと解決方法を見つけたんだ」
コナちゃんは勿論の事、アヴさんも当然僕の能力の事を知っている。
目の前で衰弱した子供を回復させたからな。
「タケルさんは本当にふしぎな人ですね。どんな方法でなおすのですか?」
「うーん、方法は知らない方がいいかな? 魔法を使う、とだけ言っておくよ」
コナちゃんの血を吸い尽くします。その後体と頭を僕の手で開きます。
……なんて言ったらアヴさん倒れちゃうんじゃないかな? 絶対に施術する現場は見せられない。
「うふふ。タケルさんは魔法使いだったのですね。ほかにはどんな魔法がつかえるのですか?」
「そうだなー。魔法は雷が出せたり、傷を回復させたりくらいしか出来ないけど、他にも瞬時に遠くに行けたり、重たい物が持てたり……少し先の未来が見えたり出来るよ」
アヴさんが座っているデスクチェアの足の部分を人差し指と親指で摘まみ、ひょいっと持ち上げた。
驚いたアヴさんは『キャー! おお降ろして―!』と村の言葉で叫んだので、咄嗟の際にはまだまだ日本語は出て来ないみたいだ。
そんなアヴさんの様子を、コナちゃんはちょっと羨ましそうに眺めていた。
「もう、タケルさんはいじわるです」
「ゴメンゴメン。でもこれで信用してくれたかな? コナちゃんの体の件は本当に大丈夫だから」
「……タケルお兄ちゃん、その魔法……痛い?」
「いいや。ちっとも。僕が魔法を使っている間、コナちゃんはグッスリと眠っているよ。目が覚めた時にはぜーんぶ終わっているからね」
「……そっか。じゃあタケルお兄ちゃん、お願いね」
少し不安げな表情を浮かべていたコナちゃんは、僕の言葉を聞いて普段通りの可愛らしい笑顔を見せてくれた。
僕の事を信用してくれているコナちゃんの事を、絶対に裏切らないようにしないといけないな。
「次にアヴさん」
「はい。何でしょう」
少し畏まった様子で、アヴさんが椅子に座り直した。
「来週からアヴさんには、僕と同じ学校に通って貰います」
『はへ? が、学校?』
「そう、学校。アヴさん学校に行きたいって言っていたでしょ? だから通えるように手配して貰ったんですよ。それと村の言葉に戻っていますよ」
「……コホン、タケルさんと同じ学校……。私、私も行っていいのですか」
「はい。一緒に……通学しましょう」
忘れていた。アヴさんが一緒だと瞬間移動で登校出来ないじゃないか。
……今更もういいか。僕の能力の事も知っているんだし。
でも日本での学校生活、通学の記憶が玄関とトイレの裏手側の往復だけ、というのも少し寂しいかな……。
「一緒に……通学」
「テレビが見られないからコナは学校行かなーい」
「コナちゃんは体がもとに戻ってから考えようねー」
恐らく脳に埋まっているチップを取り除けば、日本語が喋れなくなるだろうし、それからどうするかをじっくりと考えないと。
アヴさんは学校に行ける喜びからなのか、ブツブツと呟きながら自分の妄想の世界に入り浸ってしまって、先程から意識が全然帰って来ない。
仕方がないのでアヴさんの体を揺すって、無理矢理こちらの世界に呼び戻した。
「それとよく考えてみたらお二人が日本に来てから、何処にもお出掛けしていなかった事に気付いたんだ。それでさ、今週来日するM国のシャーロット王女に三人で会いに行かない?」
「行くー! コナお姫様に会ってみたい!」
「……それは流石にタケルさんの能力でも無理なのではないですか?」
「フフフ、それが無理じゃないんですよ。ジャジャーン!」
効果音と同時にポケットから携帯電話を取り出し、頭上に掲げた。
「携帯電話……ですか」
「そう。実は僕、シャーロット王女と知り合――ちょっと待った」
間違えて雪乃さん直通携帯を掲げてしまっていたので、自分の携帯電話と持ち替えた。
効果音付きで取り出したのに、ちょっとカッコ悪い……。
「……今度の日曜日の夕方、実はシャーロット王女と会う約束をしているんだ。無理かもしれないけど、午前中に少しだけ時間作って貰えれば、会えるんじゃないかと思ってさ。そしたらみんなで観光なんかも出来そうだなーって」
「タケルさん、王女様ともお知り合いなんですね。……でもそういう方々って時間のよゆうとかなさそうですよ?」
「メッセージを送ってみるから、ちょっと待ってくれる?」
シャーロットにメッセージを送る――のではなく、マリアさん宛てにメッセージを打ち込む。
シャーロットに聞いてしまうと、時間がないのに勝手に抜け出して来てしまうかもしれないからだ。
……護衛も付けずにウロウロとされては困る。
タケル<マリアさん、オフ会の日の午前中って、シャーロットのスケジュールに空きはありますか?>
ヨーロッパだとこの時間なら、お昼前くらいか? 時差って把握しにくいよなー。
マリア<タケル殿、殿下の公務は土曜日に集中して入れてありますので、空いている事は空いているのですが、殿下から『買い物がしたいから、些細な用事も絶対に入れるな』と厳しく言われております。どうやらオフ会に着て行く洋服も、その時間に購入するみたいですよ>
タケル<そうなんですか。実は以前にもお話ししましたけど、ウチで預かっているシャーロットにソックリな女の子が、『お姫様に会ってみたい』って言うから、時間が取れるなら一緒に観光でもどうかなーって思ったんですよ>
マリア<成程。以前お話しされた時にも気にはなっておりましたが、その少女は一体どのくらい殿下に似ておられるのでしょうか?>
……うーん、どれくらいっていうのは説明しにくいな。
瓜二つで喋らないと見分けが付かない、って言えばいいのか? ……待てよ。
「コナちゃん! ちょっとこっち向いて笑ってー」
「どうしたの――」
退屈そうにしていたコナちゃんが、僕の方へと振り向いてくれた瞬間に、『パシャリ』と携帯電話のカメラで激写させて貰った。
説明するよりも写真を見て貰った方が早いと思ったのだ。
タケル<これがコナちゃんです>
……
マリア<いやいや、これは流石の私でも分かりますよ。退屈そうに公務をこなしている時の殿下の写真ですよ。何処でこんな写真を拾って来られたのですか?>
タケル<今僕の隣で退屈そうにしているコナちゃんの写真です>
マリア<このやる気のない虚ろな瞳、『あーあ、早く公務を終わらせて日本のアイドルの動画が見たいなー』っていう時の殿下そのものじゃないですか>
タケル<今僕の隣で退屈そうに、恐らく晩御飯のおかずの事を考えているコナちゃんの写真です>
マリア<本当に、本気で仰っているのですか?>
タケル<はい。本当に本気です。コナちゃんです>
あまりにも似過ぎていて俄かには信じ難いのだろうな。
僕も最初に気付いた時は驚いたからなー。
マリア<スイマセン。驚き過ぎて言葉を失っておりました。まさかここまで似ておられるとは。フフ、これなら殿下が脱走した時に、いつでも影武者が頼めそうですよ>
タケル<止めて下さいよ。有り得そうで怖いですよ>
マリア<冗談ですよ。もう少ししたら殿下が戻られますので、観光の件はお伝えしておきますよ>
タケル<お願いします>
少しメッセージが長引いてしまったけど、後は返事を待つだけだな。
もしシャーロットが参加出来なくても、アヴさんとコナちゃんは色んな場所に連れて行ってあげたいな。
いよいよ学校の授業がスタートした。
僕は国の保護プログラムのお陰で高校生活を送れている。
先生方は当然この事を知っていて、僕が授業について行けない事も理解してくれている。
その為僕には学期末毎の補習授業が義務付けられていたり、学力の向上が見られない場合、進級する事は許されていない。
みんなと一緒に二年生になる為には、日々勉強を頑張らないといけないのだ!
「何をブツブツと言っているのだ。集中しろ」
日々勉強を頑張らないと――
「まずはこの心臓に該当する装置のココ、ココが右心房と同じ働きを――」
ひ、日々勉強を――
「脳には最後まで血液を送り続けないといけないから、取り外すのはこの弁が最後で――っておい、聞いているのか?」
「うがぁー! 雪乃さん、難し過ぎますって。何なんですかコレ。学校の勉強より全然難しいじゃないですか!」
学校の勉強を頑張らないといけないのに、それよりも遥かに難しい人体の構造の云々かんぬんを聞かされているのだ。
「何だ、もう音を上げるのか? じゃあコナの体もコレだな」
雪乃さんは目の前で寝かされているリアルな人体模型に、拳をゴスゴスと突き立てている。
人造人間の体に使われていた機械を作り直し、人体模型の中に埋め込んだ物で練習しているのだが、コナちゃんの体に前回の施術みたいな事が出来るわけないだろ!
くー、しかしこんなにも難しいとは思わなかったぞ……。
「仕方がないだろ? 私が取り出してタケルが回復させた場合、取り出す前の状態に戻っただけだったのだから」
試しに仮想空間で案山子を使った実験その二を行った。
案山子を埋め込んだ部分を、雪乃さんが切り落として僕が回復させた場合、何故か案山子が埋め込まれた尻尾が生えて来たのだ。
それで仕方なくこうやって勉強しているのだが、これなら学校の勉強頑張っている方が遥かに楽だよ……。
「タケル、難しいのは分かる。今まで全く知識のない分野なのだから当然だ。だから今回は深く考えずに、手順として覚えるのだ」
「……うしんぼーとかさしんぼーとか、覚えなくてもいいですか?」
「ああ悪かった悪かった。そういう用語は覚えなくてもいいから、ゲームのキー入力と同じ要領で、私が指示した部分を私がやるのと同じ手順でやってくれればいい」
「……それならもうちょっと頑張りますよ」
「ったく。無敵のタケルがまさかここまで勉強が苦手だったとはな。しかしそういう足りない部分があった方が、私からしてみれば可愛らしいというか何というか――」
……何言ってんの? こっちは頭パンク寸前なんだよ?
「それで、学校の方はどうなんだ?」
「……授業は始まったばかりだから、まだ何とも言えないです。でも家ではアヴさんと一緒に、中学校の教科書を開いて猛勉強していますよ」
アヴさんが頑張っている姿に触発されてしまい、研究室での練習が終われば、家でずっと勉強を続けている。
幸いな事にOOLHGも取り上げられているので、僕の部屋に置いてあったゲーム、漫画、アニメBlu-rayも一緒に全て封印した。
手に届く所にあれば、少しだけ少しだけ――と必ず触ってしまうからだ。
アヴさんと一緒に――というよりも、アヴさんに教えて貰いながら勉強しているのだが、何故か今ではコナちゃんまでもが一緒になって勉強を頑張っている。
「でも今日の実力テストはどうしようもなかったですね。まだ全然勉強していない箇所ばかりだったし。まぁ今まで怠けていた自分が悪いんだし、頑張って少しずつ取り戻して行きますよ」
「そうか。解らないところがあれば、いつでも聞いてくれていいぞ。……少し休憩しようか」
「そうですね。珈琲貰ってもいいですか?」
珈琲ブレイク中、雪乃さんは何かが気になるのか、パンダステッカーが張られたノートパソコンをずっと眺めている。
「……さっきから何を見ているんですか?」
「天気図だ。明日四ツ橋誠の所に乗り込むのに、どうやら明日の午後から天気が大きく崩れるみたいなのだ。このままだと飛行機が飛べるのかどうか分からん」
明日シャーロット達が来日するのは、確か午前中だったはず。
良かった。連日『皆に会えるのが楽しみ』とメッセージを送って来ていたシャーロットが、天気の都合でオフ会不参加になるところだったなー。
「じゃあ午前中に行きましょうよ」
「そういうわけにもいかん。入国の都合上、決められた飛行機にしか乗れないのだ」
……大人の力で根回しした便にしか乗れないのか。
「じゃあ来週にしますか?」
「いや、それも止めておこう。あの馬鹿なら次々と人造人間を送り込んで来てもおかしくはないのに、あれから一切リアクションがないのは不自然だ。出来るだけ早く潰しておきたい」
「そう言われるとそうですね。何かまた馬鹿な事でも始めていなければいいですけど……」
オッサンの人造人間が送り込まれて以来、ヒットマンすら来なかった。
嵐の前の静けさ、じゃなければいいのだが。
「タケルは飛行機が墜落しても無傷だろうが、飛行機を運転するパイロット達はそうじゃいからな。無茶はさせられんし……」
雪乃さんはアレコレと悩んでいるみたいだけど、僕はそんなに焦っていない。
何故ならどうしようもない場合、実はひとつだけ使ってみてもいい案が浮かんでいるからだ。
ただしこの方法は出来れば使いたくないので、飛行機が無事に飛び立てる事を願っておこう。
遂に殲滅作戦当日の朝を迎えた。
雪乃さんにはお昼前に研究室に来てくれと言われていたのだが、随分と朝早くに目が覚めてしまった。
大きな雨粒が窓ガラスを激しく叩いているし、この音で起こされてしまったのか、それとも気付かないうちに緊張でもしていたのか……。
「昼前でいいと言ったのに、なんだなんだー? そんなにも早く私に会いたかったのかー?」
もしかしたら雪乃さんもこの時間から起きているかも? とマップで動きを確認してみると案の定起きていた。
昨日も変な時間から寝ると言っていたからな。
美味しい珈琲を頂く為、仕方なくメッセージを送ってから研究室へとやって来たわけだ。
ニヤニヤと浮かれている雪乃さんは無視して、パンダステッカーが貼られたノートパソコンを開く。
「M国のシャーロット殿下の中継か?」
「ええ、ネットでも中継するって聞いていたから……。でもこの天気だと中止でしょうね」
飛行機から降りるシーンを、テレビやネットで中継する予定だったみたいだけど……うん、やっぱり中止だな。
シャーロット<OPEN OF LIFEと同じ、海老茶式部の衣装で登場するんどす。世間の皆には内緒どすえ>
雪乃さんと今日の作戦会議を開く為、ノートパソコンの画面をそっと閉じた。
「駄目だ。このままだと飛行機は全て欠航だ。最悪船で――とも考えたが、船も港から出られそうにない」
「その事でちょっと話があるんだけど、……雪乃さんって大体何でも出来ますよね? 管制塔に話を通せないですか?」
「管制塔? なんでだ? 飛行機が飛ばないのだから、管制塔を黙らせても密入国出来ないぞ?」
……密入国ってはっきり言っちゃったよ。
「飛行機じゃなくて別の方法なら行けそうなんですよね……。ただし、日本と上空を通過する国の管制塔を静かにしてくれたら――ですけど」
「うーん、まぁそれくらいなら出来なくもないが、一体どうするつもりなんだ?」
「実は――」
どうやら飛行機は飛べそうにないので、出来れば使いたくなかった案を雪乃さんに話す事にした。
……
「この馬鹿タケル! どうしてそれをもっと早くに言わないんだよー! 私が昨日今日とどれだけ苦労したと思っているのだ!」
「いや、出来れば使いたくないし――」
「何を言っているのだ。そんなの見つかってしまっても、エンテンドウ・サニー社がOPEN OF LIFE通常販売分のPRの為に流したステルスマーケティングと立体ホログラムだ、とか適当な事を言えば済む話じゃないか。よし、早速行こう!」
雪乃さんに強引に腕を引かれ研究室を後にする。
今朝方よりも一層強まった雨足が暴風で叩き付けられている中、向かった先は会社の敷地内、何もないだだっ広い空き地。
「ここならいいだろう。見せてくれ、タケル」
真っ黒なレインコートを着込んだ雪乃さんは、少しそわそわして落ち着きがない。
……仕方がない、やるか。
こんな嵐の中だし、辺りを見渡してみても当然人影なんかない。
もし誰かに見られてしまっても、会社敷地内なんだし雪乃さんが何とかしてくれるだろう。
掌を広大な敷地に向け、視界に表示されている『神龍召喚』のコマンドから、ピレートゥードラゴンを呼び出してみた。
神龍狩りを終えた時から、ずっと視界に表示されている『神龍召喚』のコマンド。
まさかとは思ったけど、
しかし巨大なピレートゥードラゴンを
雑草が疎らに生えた空き地に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「うほー! 凄いぞタケル! 日本にドラゴンだー! 全てを焼き尽くせー!」
激しい風雨の中、幾何学模様の魔法陣が真っ赤な光を放つ異様な光景を見て、雪乃さんのテンションはおかしなところまで上昇している。
魔法陣の中央から迫り出す形でゆっくりと現れた巨大なドラゴン。
ヨルズヴァスの空の王者、ピレートゥードラゴンだ!
ゲームの中と全く同じ装いで、穏やかになった表情を僕の方へと向けている。
……はは、本当に召喚出来ちゃったよ。
「……雪乃さん、見事に召喚出来ましたけどどうします? すぐに向かった方がいい……ですか? あの、雪乃さん?」
「……」
先程までの上がり切ったテンションは何処へやら、雪乃さんはピレートゥードラゴンを見上げながらガタガタと震えている。
……これ、ピレートゥードラゴンの所持スキル『威圧』の効果が、こっちの世界でも効いているんじゃないか?
このままだと雪乃さんが倒れてしまい兼ねないので、一旦ピレートゥードラゴンには帰って貰った。
「ふ、ふふふ。……コレだよコレ。初めてピレートゥードラゴンを見た時の恐怖を思い出したよ!」
「膝ガタガタ震わせながら何言っているんですか。召喚出来る事も確認出来たし一旦研究室に戻りましょう」
「……あ、歩けない」
……やれやれ。
仕方なくプルプル震えている雪乃さんを背中に背負い、研究室へと歩き始めた。
ピレートゥードラゴンに帰って貰った後、仮想空間へと繋がる研究室の作戦本部で雪乃さんを降ろし、雨でずぶ濡れになった全身を乾かしてあげた。
【シャイニングオーラ】は本当に便利な魔法だ。
さっさと面倒事を片付ける為、耐衝撃スーツとOOLHG改を身に纏い、研究室を飛び出して来た。
ピレートゥードラゴンの背中に乗り、エンテンドウ・サニー社から飛び立った後、遥か上空まで一直線に上昇した。
人目に付く事を避ける為だったのだが……相変わらず乗り心地は最悪だ。
分厚い雨雲を突き抜けてしまえば、幻想的な雲海と間近に迫る空の青が何処までも広がっていた。
あまりにも絶景だったので、ポケットに仕舞っていた携帯電話で記念写真を撮っておく。
……ちょっとピレートゥードラゴンの体の一部分が映っている気もするけど、これはこれでまぁいいか。
「おい、それは誰からのメッセージだ?」
「……もう、さっきからうるさいですって。これはシャーロットからですよ」
ドラゴンの背中に座りながら、携帯電話に届いているメッセージを確認しているんだけど、僕の視界はOOLHG改を通して作戦本部に届けられている為、先程から『誰からだ?』と雪乃さんがいちいち無線で聞いて来る。
シャーロット<明日が楽しみどす! 早く観光に行きたいどす!>
「ほらね。さっきも話したじゃないですか。くるみに怒られたって」
明日の午前中にアヴさん、コナちゃん、シャーロットの三人を連れて観光に行く話を聞き付けたくるみから、『何であたしは連れて行って貰えないのよ!』と怒られてしまった。
忘れていたとか、その場にいなかったから、等々言い訳を考えている間に、くるみも一緒に来る事に決まっていた。
反論の余地はなかった。
「おい、それは誰からのメッセージだ?」
「これは源三からですよ。明日オフ会の直前に話をする事になっているので、時間と待ち合わせ場所を決めて貰っていたんですよ」
源三から指定されたのは、みんなで集まるオフ会会場のすぐ近くの喫茶店。
しかし五時からオフ会が始まるというのに、十五分前の四時四十五分に待ち合わせしようとメッセージが届いていた。
プロジェクトが成功するかどうか、という大事な話し合いなんだから、普通もっと時間に余裕を持たせないか?
普段からそんなにも短い時間で商談を決めているのか、それとも自分のコミュニケーションスキルに余程の自信でもあるのか。
……何て羨ましいんだ。
「おい、それは誰からのメッセージだ?」
「……これはクラスメートの女子からですよ」
「おい! 今の映像をすぐさま解析しろ! タケルのクラス名簿から住所を割り出し、即刻突入だ!」
「だー! 馬鹿な指示出さないで下さいよ! 中止中止ー! チームの人、今の指示中止ですよー!」
何を考えているんだよ! ったく。面倒な人だな。
このままでは被害者が出てしまいそうだな。携帯電話はポケットに仕舞っておく事にしよう。
四ツ橋誠の大まかな位置を雪乃さんに教えると、すぐさま東南アジアL国の山岳地帯だと割り出してくれた。
今のペースで飛び続けたとしても、二時間程掛かるらしい。
僕が今飛んでいる場所は、眼下に広がる山脈よりも遥か上空。
スピードも恐らく飛行機より速い。
全然体に異常とか出ていないけど、今の状況って普通の人なら死んでしまう環境なんだろうな……。
長い時間退屈と格闘しながら神龍の背中で揺られていると、いよいよ施設を視界に捉えた。
岩肌が剥き出しの山岳地帯に、不釣り合いな真っ白の外壁。想像していたよりも遥かに近代的な建物だ。
四ツ橋誠の所有する施設は次々に封鎖していったみたいだけど、この外観だし大した事はないだろうと判断されたのか、どうやらこの施設は後回しにされたみたいだな。
外観は小さな施設なのだが、探索マップで確かめてみると、エンテンドウ・サニー社にある有事の際に隔離出来る施設と同じで、建物の地下に様々な研究施設が広がっている。
四ツ橋誠の位置は既に確認済で、その地下空間の一角で動きを止めている。
……しかし非常に気になる事がある。
「雪乃さん、なんだか様子が変です」
「どうした? 奴が居ないのか?」
「いえ、あの馬鹿は居るんですけど……。四ツ橋誠以外が誰も居ないんですよ」
「は?」
四ツ橋誠の存在は確認出来るのだが、昨日までは確かに存在した無数の敵反応が一切なくなっていた。
一体どうなっているんだ? 奴一人を残してみんな逃げたのか? いや、そもそも僕がここに来る事なんて分からないはずだし……。
「……あの馬鹿の事だ。また何かやらかしたのかもしれん。充分に注意してくれよ? あーあ、せっかくピレートゥードラゴンの火炎ブレスで、雑魚を蹴散らすシーンが見られると思ったのになー」
「いやいや、そんな事絶対にしませんから。今回も出来る限り『
事前の作戦会議で話し合っていたのだが、なるべく敵は【プラーシス】で動きを封じ込めるだけにしておこうと決めていた。
人造人間が出て来た場合、攻撃してしまえば疑似血液が漏れ出す恐れがあるから、と雪乃さんから指示を受けていたのだが……自分で言っといて忘れているのか?
遺伝子操作された怪物の場合、雪乃さんが『後日何とかするから適当で』と言っていた。
ヒットマンのアジトから持ち帰って来た薬は既に解析済みで、今遺伝子をもとの状態に戻す薬を作っている最中なのだそうだ。
僕には全く理解出来ない難しい話だったので、詳しい内容はちっとも覚えていないのだが、雪乃さんがもう少しで完成すると言っていたので間違いないだろう。
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