第4話
瞬間移動で建物内部に入ると、真っ先に非常階段を目指し屋上へと向かう。
空を見上げると、二本の長い飛行機雲を付けている機体が、丁度会社の遥か上空を通過している最中だった。
視界の索敵マップの設定を、立体表示に切り替え敵の位置を確認する。
ターゲットは上空の機体から離れ、予想通りこちらへと落下している最中だ。
スイッチを切り替えOOLHG改を透過状態からショッキングピンクの状態に戻した。
「タケル、目視で敵を確認出来るか?」
「うーん、飛行機は見えますけどまだ何とも言えないですね。でも敵が落下して来ているのは間違いないですよ」
かなり上空から落下しているので、なかなか肉眼では見付けにくい。
何もこんなにも良い天気の日に襲って来なくてもいいのにな。
ったく、真昼間から大胆な事をしてくるよ。
普通こういう襲撃って夜間にするものじゃないのか? こちら側の不意を突く為か?
青空と睨めっこしていると、漸く小粒程の物体を視界に捉える事が出来た。
「雪乃さん、目標を肉眼で確認!」
「……おい。そのセリフ、言いたかっただけだろ?」
「あ、やっぱり分かりました? 一度こんなセリフ言ってみたかったんですよ。でも本当に見付けましたよ。まだほんの点ですけど」
徐々にその小粒な物体は大きくなって来て、ハッキリと姿を確認出来るようになった。
しかし僕が居る場所からは位置的にかなりズレていて、このままだと広大な会社の敷地内に建てられている、別の施設に直撃してしまいそうだ。
仕方なく僕から迎えに行く事にして、社屋の屋上からジャンプして物体へと近付く。
物凄いスピードで落下して来た人型の物体へと、瞬間移動出来る距離まで接近したところで、例のコンクリートに囲まれた空間へと移動した。
「雪乃さんの野生の勘大当たり。人造人間ですよコイツ」
目に付く色素の抜け落ちた髪と肌。
タンクトップに迷彩柄のズボン姿のおじさんが、心を何処かに忘れて来たかのような表情で立ち尽している。
ステロイド剤を打ち込んだみたいに不自然に盛り上がった筋肉。
肌には血管がびっしりと浮かび上がっている。
短く刈り込まれた頭の側頭部には、小型カメラが取り付けられているのだが、赤いランプがチカチカ点滅しているのが見える。
どうやら映像をLIVE中継させているみたいだな。
こんな昼間っから送り込んで来た理由が分かったよ。
……ったく、あの
夜だと視界が悪くて映像がよく見えないから、わざわざ昼間に送り込んで来たのだろう。
人造人間の男は、ヒットマン一之瀬の時みたいに驚く事もなければ狼狽える事もない。
ただ無表情のまま、僕の事を見つめている。
名前
・人造人間 タイプy-10改
二つ名
・なし
職業
・私兵団員
レベル
・120
住居
・なし
所属パーティー
・なし
パーティーメンバー
・なし
ステータス
・体内改造済み
・基盤制御システム
HP
・3820
MP
・0
SP
・23370
攻撃力
・2565
防御力
・1966
素早さ
・1903
魔力
・0
所持スキル
・なし
装備品
・迷彩ズボン、タンクトップ(黒)、軍用ブーツ
所持アイテム
・衛星カメラ改
所持金
・なし
「タケル、先ずはあのカメラを破壊するのだ。こちらの情報は出来る限り知られたくないからな」
「了解です。隠蔽強化を掛けて潰します」
「そしてその後プラーシスで動きを封じろ。出来るか?」
「……コ、コイツで実験するんですか?」
「何だ? 何か都合の悪い事でもあるのか?」
いや、都合悪いとかじゃなくてさ……。こんなゴツイオッサンの血を吸う事に抵抗が……。
チェ、チェンジって出来ないのかな?
「何だ? 何か言ったか?」
「別に何も……。分かりましたよ。コイツを無力化しますから、例の施術出来る部屋の用意を始めて下さい」
「分かった。気を付けろよ」
……はぁ、嫌だなー。
せめて手首くらいなら噛み付けそうだけど、あのぶっとい首筋に噛み付くのは嫌だ。
か、加齢臭とかしないだろうな?
「お前の名前は何だ?」
これからの出来事にウンザリしていると、突然人造人間が話し始めた。
……名前を聞くのか。ターゲットじゃない人物には攻撃しないのかな?
まぁ僕がそんな事答えるわけないけどさ。
人造人間の側頭部に取り付けられているカメラへ人差し指を向ける。
『隠蔽強化』を掛けてから【放電】を放つと、ポン! と音を立てて煙が上がった後、側頭部からカメラが転がり落ちた。
よし、これでもう情報が漏れる心配はないな。
人造人間の眼球がカメラになっているかもしれないと思い、念の為に鑑定してみたのだが特に変わった様子はなかった。
攻撃を受けた事で、人造人間がこちらへと飛び掛かって来たけど、所詮LV120程度。どうとでも対処出来るスピードだ。
『未来予知』スキルでも見えていたので、慌てる事なく【プラーシス】を唱える。
仮想空間で【プラーシス】の練習をしていた時に、様々な相手を想定して実験した。
男性や女性、動物にモンスターにと、対象相手を色々と変えてみて効果の違いも検証していた。
この人造人間が相手なら、LV100にパラメータを変更させたミノタウロスの動きを数分間止められるくらいの強さで、一度試してみるか。
「【プラーシス】」
飛び掛かって来た人造人間は、空中でストンと意識を失い、勢い余って地面に転がった。
ふむ、これはやり過ぎたパターンだな。
「タケルー、ちょっと魔力が強過ぎたな」
「そうみたいですね。コイツLV120だったから、仮想空間でLV100のミノタウロス相手に唱えた時と、同じ強さで唱えてみたんですけどね」
「あーあ。この感じだと二時間コースだな」
「ですね。どうします? 僕が運びましょうか?」
「いや、こちらから回収に向かわせるよ。タケルはこっちに戻って来てくれ」
まぁコイツは暫く意識が戻らないだろうし後は任せる事にするか。
僕もさっきからお腹が減って仕方がないんだよ。自分で作ったカレーライス食べよーっと。
回収チームが到着するまで現場で待機していると、雪乃さんから先に研究室に戻っているようにと無線が入った。
その後雪乃さんは例の空気が一切漏れない部屋の準備を済ませ、人造人間の精密検査をしているみたいだ。
その間に僕は研究室で普段着に着替えを済ませ、サポートチームの男性が用意してくれたカレーライスを食べる。
今度お母さんにも作ってあげようかな。
突然僕が料理とか始めたら驚くだろうなー。
食後に珈琲を出して貰いゆっくりと寛いでいると、雪乃さんが研究室に戻って来た。
「タケルのカレーライス、スタッフ達にも大好評だったぞ。皆が美味しい美味しいって掻き込んでいたぞ」
どうやら僕が作ったカレーは、会社のスタッフさん達にも振る舞われたみたいだな。
ご飯も沢山炊いてあったし、残してしまうより全部食べて貰った方が全然嬉しいよ。
不思議な感覚だけど、自分が作った料理を人に食べて貰って、それを美味しいって言って貰うのって、……言葉にしにくいけど何だか凄くいいな。
その後雪乃さんに連れられて会社敷地内を移動し、寂しげな場所に立つ小さな建物に到着した。
他の建物から少し離れたその施設では、入り口で厳重なセキュリティーチェックが行われている。
「今回の一連の出来事を、絶対外部に漏らすわけにはいかないからな。会社の人間でも私が許可した人物以外は通すなと命じてある」
「……社長さんなんかが強引に通ろうとすればどうなるんですか?」
「フフ、手段は選ぶなとも命じてあるからな。強引に通ろうとすれば、拘束されるか或いは病院送りにされるか――」
……この会社のトップって誰なんだ? 実質雪乃さんがトップなんじゃね?
セキュリティーチェックを通過すると、エレベーターに乗せられて地下へと向かった。
外観では小さな建物だなーと思っていたけど、地下に施設が広がっているのか。
それにしても――いつまでこのエレベーターに乗っているんだ?
「何だか凄く地下深くに向かってますよね?」
「この施設は有事の際、施設ごと封鎖出来るように作られているからな」
「……あの、ずっと前から気になっていたんですけど、……いや、やっぱりいいです」
「ん? 何だよ。何かおかしいか?」
おかしいか? って聞かれてもな……。
ゲームの会社にこんな施設があるのはおかしくないのか? 僕の知識が足りないだけか?
とんでもない返答が来そうで、聞くに聞けないじゃないか。
漸くエレベーターの扉が開くと、白衣を着た数名のスタッフに出迎えられた。
学校の教室よりは若干広いかな? という程度で、想像していたよりも狭かった施設。
そして部屋の中央にある、熱帯魚を飼育するガラス張りの巨大な水槽みたいな部屋が嫌でも目に付いてしまう。
外から見た感じだと、透明な壁は二重構造になっていて、壁の内側に一回り小さな部屋が見える。
内側のガラス張りの部屋はかなり狭そうで、ストレッチャーのような物に縛り付けられ横たわっている人造人間が、ギリギリの状態で何とか収まっている。
あの空間に僕と雪乃さんの二人が入るとなると、かなり窮屈そうだな。
雪乃さんは防護服に着替える為、施設の奥へと向かった。
人造人間を眺めながら透明な部屋の入り口で待機していると、今回の人造人間とコナちゃんとでは作りが違うところがある事を白衣を着た男性から説明された。
ステータスチェックをした時に、コナちゃんの時と名前が若干違った事に気付いた。
コナちゃんの時は確か名前がタイプy-07改になっていた筈だが、今回の人造人間はタイプy-10改という名前だった。
どうやらこの短期間でヴァージョンアップを重ねて来たみたいだな。
「待たせたなタケル」
防護服に着替え終わった雪乃さんが戻って来たのだが……。
船外活動をする宇宙飛行士みたいにモコモコしたスーツを着込んでいる。
も、もうちょっとスリムな防護服は用意出来なかったのかな?
「な、なんだよその目は。仕方ないだろ。今回は他にも色々と作らないといけない物があったから時間がなかったのだ!」
脇には巨大なヘルメットみたいな物も抱えている。
「……その姿であのスペースに二人で入るとちょっとキツそうですね」
「そうだな。ちょっと邪魔になるかもしれないが今回は我慢してくれ。次までにはもっとマシな物を作っておくから」
スタッフさん二人掛かりでヘルメットを装着させられ、準備が整った雪乃さんと共に、人造人間が横たわる部屋へと入る。
「この設備には空気浄化装置が備わっていて、室内の空気は一旦別の場所で洗浄される。もし洗浄不可能な空気だと判断された場合は、その洗浄場所と空気を隔離してしまうのだ」
「へー、凄い設備ですね。人造人間に使用されている猛毒って、この設備で洗浄可能なんですか?」
「微量ならな。一定量を越えた場合は、一度室内の空気を全て循環させた後、部屋の空気は洗浄され、汚染された空気は永遠に隔離される事になる」
成程ね。洗浄したり隔離したりする空気の量を極力減らす為に、部屋は狭く設計されているのだろう。
ガラス張りの部屋へと入る際、二重扉の入り口部分をまじまじと観察してみたのだが、液体の噴射口みたいな物が沢山取り付けられていた。
部屋から出る時に全身を洗浄する為なのかもしれないけど、僕の場合防護服を着ていないので生身の体のまま洗浄されてしまうのだろうか。
「よし、では始めるぞ。システムを稼働させろ!」
スピーカーを通して雪乃さんの指示がスタッフさん達に届くと、腹の底に響く大きなモーター音が遠くの方から聞こえて来た。
「この設備に様々な種類のセンサーを取り付けていたから、今回は時間がなかったのだ」
「センサー、ですか?」
「そうだ。人造人間の体から出ている微弱な電波を拾ったりして、人造人間の体の状態を全て把握出来るようにしておいたのだ。脈拍や心拍数、脳波の異常まで、部屋の外のモニターでチェック出来るぞ」
ふーん。僕は手術をした事がないから詳しくは知らないけど、通常だと脈拍って腕を圧迫して測ったり、何か管を通したりするのだと思う。
でも人造人間の体だと針は通せないし、皮膚が強化されていて脈拍も上手く測れないだろう。
心拍数は吸盤みたいな物を胸の部分にくっ付けるのだったかな?
恐らく僕が施術するのに邪魔になるから、そういう測定器みたいな物は一切設置しなくても、人造人間の状態を把握出来るように工夫してくれたのだろう。
「人造人間から出ている電波って特殊な物なんですか? 同じ空間にいるのだから、僕や雪乃さんの体のデータと、こんがらがったりしないんですか?」
「……説明が長くなるぞ? タケルが理解出来るのなら、じっくりゆっくりと話すが――」
「結構でーす」
即答で拒否した。自分から聞いておいて気付いた。
説明されても僕の頭じゃ理解出来ないです。
普段一緒に居ても全然そんな素振りは見せないけど、雪乃さんってやっぱり大天才なんだよな……。
「この人造人間とコナの体で違う部分はもう聞いたか?」
「はい。脳に埋め込まれているチップの数が違うとか――」
「そうだ。コナの頭には二枚のチップが埋め込まれているが、この人造人間の脳内には五枚のチップが埋まっている」
「……多いですね。でも何故増やしたんでしょうね?」
「パワーアップさせる為というのも勿論あるが、タケルがコナの洗脳状態をあっさりと解いたからだ。洗脳してコントロールするのではなく、基盤制御にしたみたいだぞ」
そういや僕が【シャイニングオーラ】で洗脳状態から回復させた時、四ツ橋誠が凄く驚いていたな。
……でもそれだとおかしくないか?
その後すぐにあの馬鹿は警察に連れて行かれているし、僕が洗脳を解いた事は外部には漏れないはずだけど――
「警察内部のコネを使って情報を送ったのか、或いはタケルがコナと戦っていた時に、カメラか何かを回していたのかもな」
雪乃さんも僕と同じ事を考えていたみたいだ。
「まぁその事は今考えても分からないからな。後で警察を突いてやろう。それよりも今は目の前の人造人間だ」
「ですね。作戦通りに行きましょう」
仮想空間で【プラーシス】の練習をしていた時に、細かな作戦を雪乃さんと練っていた。
まずは僕が持つ
「よしタケル。まずは脳波と心拍数が一番安定するところまで、【プラーシス】を弱めてくれ」
【プラーシス】は重ね掛けする事で、効力を書き換えられるのは仮想空間で実証している。
最適な結果になる強さを『未来予知』スキルで確認しながら【プラーシス】を唱える。
絶対に失敗しない方法だ。
「……よし、行きます。【プラーシス】」
一度目に唱えた時よりも、随分と威力を弱めた【プラーシス】を人造人間に唱えた。
「……タケル、完璧だ」
ガラス張りの部屋の外で人造人間のデータを計測していたスタッフさんから、雪乃さんの無線に結果が報告されたみたいだ。
「脳波と心拍数は常にこちらでチェックしているからな。タケル、始めてくれ」
人造人間の顔と体には、白い布が掛けられている。
僕が少しでも血を吸い易いようにと配慮してくれたのかどうかは分からないが、オッサンの顔は見なくて済みそうだ。
首もとに屈み、心を無にして青いペンで印が付けられている場所へと噛み付く。
その瞬間、施設内に警報アラームが鳴り響いた。
「大丈夫だタケル。微量の毒素を検知しただけだ。続けてくれ。……少しずつだぞ」
……あの、そういう事は先に言っておいてくれないかな?
どうせこんな事じゃ僕が驚かないだろうと思って、何も言わなかったのか?
口の中に何か生暖かい液体が少しずつ流れ込んで来た。
……うん、大丈夫。『毒無効』スキルはしっかりと効いている。
確かに僕の身体には何の異変もない。
ただし、超不味い! 何だこのマズさは! これは大誤算だ。毒は無効だけど、味覚は無効じゃないからな……。
数か月放置した生ゴミみたいな臭いもするし……。この疑似血液を完飲しないといけないのか。……地獄だな。
なるべく舌で味わわないよう、喉に直接流し込む感じで激マズの液体を飲み込む。
吐き気と格闘しながら、三度喉を鳴らして飲み込んだところで、【シャイニングオーラ】を唱えようとしたのだが、困った事になった。
どうやら僕と雪乃さんは、物凄く単純な事を見落としていたみたいだ。
仮想空間で作戦を練っていた時に、雪乃さんから『なるべく首筋から口を離すな』と言われていた。
口を離す回数が多くなればなる程、室内の汚染濃度が高くなってしまうからなのだそうだ。
しかし……口を開かないと【シャイニングオーラ】が唱えられない。
何度も回復させて血中の毒素濃度を下げる作戦なのに、これだと回復させる度に部屋の汚染レベルが上がってしまう。
【放電】みたいに溜めていた雷を漏らすだけなら、口で唱える必要はないのだが、【シャイニングオーラ】でそんな事はやった事がなかった。
ただこの問題は後で練習すれば何とかなりそうだし、そんなに大きな問題ではない。
しかし……それ以外にも、もう一つこの作戦の重大な欠点が見つかってしまった。
『未来予知』で見ていたのだが、【シャイニングオーラ】を唱えた瞬間に、人造人間が復活してしまったのだ。
【プラーシス】も状態異常だから、【シャイニングオーラ】で回復してしまうみたいだ。……完全に見落としていたよ。
……今回の実験は失敗だな。
<口を開かないと、魔法が唱えられない>
ポケットに雪乃さん直通携帯が入っていたので、メッセージを打ち込んで画面を見せた。
なんてこったー!
口パクで叫んだ後、両手で頭を抱え込んだ雪乃さん。
……いや、雪乃さんは防護服も着ているし、普通に声を出してもいいんだよ?
「ああ、そうかそうか。私は喋ってもいいのか。しかし私ともあろう者が、こんな単純な事を見落としていたとは。では一度【シャイニングオーラ】で傷口を塞いでから、無詠唱で唱えられるように仮想空間へ練習しに行こう」
<シャイニングオーラを唱えると、プラーシスの状態異常まで回復してしまうみたいです>
もう一度メッセージを打ち込み画面を見せる。
「……それなら、別に【シャイニングオーラ】でなくとも、普通の【ヒール】でも傷口の回復なら出来るんじゃないか?」
そ、そうか。そう言われるとそうだよな。
【ヒール】なら状態異常は回復しないし、傷口だけ塞げるだろう。
でも【ヒール】で回復させた場合、僕が吸血した疑似血液はどうなるんだ?
【シャイニングオーラ】で回復させた時と同じく、吸血した分だけ通常のオッサンの血液が戻って来るのだろうか……。
<あと少し吸血してから、かなり魔力を込めてヒールで回復させてみます。血管内部の疑似血液の確認って出来ますか?>
「【ヒール】でも血液が回復出来るのかどうか試すのだな。……いいぞ、いつでもやってくれ」
無線でスタッフさん達に指示を出した雪乃さんから、GOサインが出た。
みんなに見守られながら、再び度激マズの液体を吸血する。
先程美味しく頂いたカレーをリバースしそうになりながら、かなり強めの魔力とMPを込める。
「【エクストラヒール】」
どうせなら、強力な回復魔法をと思い、あまり使った事がない【エクストラヒール】を唱えた。
そしてすぐさまガラス張りの内部を洗浄する為、自分と部屋中に【シャイニングオーラ】をガンガン唱えまくった。
「……凄いぞタケル! 血中の毒素濃度も低下したし、この部屋の汚染濃度も完全に無害な状態まで下がったぞ!」
「ゲームの中で、宝箱や体に染み付いた臭いを消したり、返り血を浴びた体を洗浄したり出来ましたからね。もしかしたらこの部屋も洗浄出来るんじゃないかと思って唱えてみました」
……これで僕の『洗濯』スキルは永遠に封印されてしまうな。
「ああ駄目だ。徐々に血中の毒素濃度がもとに戻り始めたみたいだ。……」
話の途中に無線が入ったのか、雪乃さんは真剣な表情で耳を傾けている。
ブツブツと呟く雪乃さんの無線のやり取りが色々と聞こえて来るのだが、難しそうな言葉ばかりで僕にはさっぱり理解出来ない。
待っている間退屈だったので、オッサンの体に掛けられている白い布を捲ってみると、様々な印や機械の臓器と思われる絵が、青いペンで体中にびっしりと書かれていた。
「……ふむ。今データ分析の結果を聞いていたのだが、この男の血液はタケルの【エクストラヒール】で間違いなく回復していた。しかしその後回復した血液は、疑似血液によって徐々に壊されてしまったそうだ」
「この方法だと駄目なんですか?」
「いや、行ける。タケルなら破壊されても、回復し続けられるだろ? あのまま吸血と回復を繰り返し続けていれば、間違いなくこの男の血液は正常な状態に回復出来た」
……雪乃さんが言い切っているので間違いはなさそうだな。
よし、一歩前進だ!
「そして今、改造されている内臓部分に掛かる負荷を割り出させた。多少は前後するかもしれんが、この男の疑似血液約五.六リットルの内、半分の二.八リットルをタケルが正常な血液に戻した後、この男の体が壊れずに稼働していられる時間は……六十秒だ」
「……予想していたよりも短いですね」
もっと長いと思っていた。そんな短時間で残り二.八リットルを吸血して、更に改造されている部分を全て取り出せるのか?
「体の機能が停止してしまっても、脳はすぐには停止しないからな。個人差があるので何とも言えんが、血液の循環が停止してから更に六十秒程、脳は動いているぞ」
「へー、そうなんですか? 知らなかった」
「脳内に残っている血液に含まれる酸素のお陰で――」
マズイ。話が難しくなって来た。全然頭に入って来ないぞ……。
「――のだが、……フフフ。タケル、『話が難しくなって来たから、その辺で止めてくれ』って顔に出ているぞ? ……簡単に説明すると、血液の循環は多少止めてしまってもOK。ただし超急げ。内臓部分を取り出したら一度回復させる。次に頭を開いて脳のチップを取り出す。これなら理解出来るか?」
「……それなら僕でも理解出来ますよ」
ちょっと馬鹿にされている気がするけど、これは仕方がない。
しかし雪乃さんは色んな事を知っているんだなー。
「まぁ最悪時間が足りなければ、内臓部分を拳でぶち抜け」
モコモコの防護服を着た雪乃さんが、人造人間のお腹に拳を突き立てる。
「……それ、取り出した事になりますかね」
どうしても間に合わない場合は、選択肢の一つとして頭に入れておかないといけないな。
今回はそういう事を試す為の実験なのだから。
「【エクストラヒール】ならタケルが使う【放電】と全く同じ方法で溜められるぞ」
雪乃さんにアドバイスを貰いその場で試してみると、右手が優しい黄金色の光に包まれた。
「よし、今度は【放電】の時と同じように、【エクストラヒール】を垂れ流すだけで血液が回復するのか試してみよう。可能なら体を切開するところまで進むぞ」
そしてスタッフさん達の準備が整うまでの間、人造人間の体に描かれている印や絵の事を、ゆっくりと説明してくれた。
……
「体を切開する際にもう一度指示する。焦らなくても大丈夫だからな」
今回は更に細かなデータを収集するみたいで、ガラス張りの室内に設置されている八台のアーム付きカメラのレンズが、全てオッサンに向けられている。
「……よし、いいぞ。始めてくれ」
再びスタッフさん達に指示が出された後、GOサインが出た。
スタッフさん達の間にも、どこか張り詰めた空気が流れているように見える。
人造人間の体を安定させる為【プラーシス】を唱え直し、再度首元へと歯を立てる。
珈琲味やメロンソーダ味だったら良かったのに――と、生暖かい激マズの疑似血液から意識を逸らしつつ、喉を鳴らして吸血する。
そして先程練習した通り、右手に溜めた【エクストラヒール】を、上手く行きますようにと祈りを込めながら、人造人間の体へと垂れ流す。
間近で見る優しい黄金色の光に包まれた人造人間の体はとても神秘的だ。
雪乃さんの眼鏡にはどんな風に映っているのかな?
「……いいぞタケル、成功だ! この方法でもしっかり回復しているぞ。続けるのだ」
よし、やったぞ。
左手の親指を立て、『継続します』と雪乃さんに合図を送る。
僕が吸血する量は相当多い。
疑似血液五.六リットルを飲み切ればいいわけではなく、回復させた血液も一緒に吸血しながら毒素濃度を低下させるので、実際に飲み込まなければならない量は途轍もなく多い。
そして自分のお腹に溜まった疑似血液は、【エクストラヒール】を垂れ流してみてもなくならなかったので、もうお腹一杯で飲み込めないと感じたら仕方なく【シャイニングオーラ】を唱えた。
「タケル、今のペースだとちょっと間に合わないぞ。残り二.八リットルを回復させるのに八十秒掛かる計算になるそうだ」
……ペ、ペースアップか。キツイなー。
味はどんどん変化して来て鉄っぽい味がするのだが、コッチの方が全然飲み易い。
しかし吸血スピードを上げるのにも限界があるぞ……。
せっかくここまで来たのに諦めたくはないので、我武者羅に吸血を続ける。
「……タケル、そのままで聞いてくれ。コナの場合は疑似血液の量が二リットルしかない。今回よりも遥かに楽だから、体を開いて改造された臓器を取り出す事も可能だ。……しかしこの男の場合は無理だ。時間が足りない。今の無茶なペースを続けても六十秒を少し超えるそうだ」
くそ、この馬鹿みたいなペースでも間に合わないのか。
「このままでは脳に異常が出てしまうかもしれない。血液の回復が完了次第私が合図を出すから、その瞬間に――」
雪乃さんが人造人間の体に拳を立てた。
……冗談じゃなくて本当にその方法でやるのか?
色々と考えてみても他に良い案が浮かばない。
首筋から吸血しながらだと雪乃さんの顔は見られないけれど、声は真面目な物なので冗談ではないのだろう。
「この臓器の絵が描かれている部分を数発、尚且つなるべく広範囲に真上からストレッチャーごとぶち抜くのだ」
断りたい気持ちもあったけど、仕方なく左手の親指を立てた。
何故ならこのオッサンの命も助けてやりたい、という気持ちの方が大きかったからだ。
どういう経緯で人造人間になったのかは知らないけど、僕の行為で助かる命なら助けてやりたい。
今までに経験した事のない感情が芽生えて来たので、覚悟を決める事にした。
「……よし、いいぞタケル、やれ!」
雪乃さんの合図と同時に、男の体を撃ち抜く。
掌を目一杯広げて掌底打ちで八発、高速で男の体を貫いた。
コンマゼロ数秒だけ、男の体越しに部屋の床が見えた瞬間に【エクストラヒール】を唱える。
そして先程同様、自分の体、ガラス張りの部屋中に【シャイニングオーラ】を半ばヤケクソになって唱えた。
一瞬だけ起こった惨劇がまるで嘘みたいに、部屋には一滴の血痕すら残っていない。
しかし今の出来事が幻ではなかった証拠に、ストレッチャーの下には男の体内に使われていた機械が、粉々になって転がっていた。
仮想空間でスネークナイト相手に実験した時に、案山子だけが残ったのと全く同じ結果になったみたいだ。
今では遠くから聞こえて来る腹の底に響くモーター音だけが、ガラス張りの部屋に響いている。
「……大丈夫か?」
雪乃さんから尋ねられた『大丈夫か』という言葉は、どういう意味だったのかは分からないけど、『うん』とだけ答えておいた。
「……成功だよ。血液は正常だし、男の臓器も全て通常の人間の物に置き換わっているそうだ。ただし体内が変化してしまった事で脳が覚醒しそうになっている。もう少し強めに【プラーシス】を唱えてくれるか?」
「分かりました」
『未来予知』スキルで確認しながら、最適な強さの【プラーシス】を唱えた。
男の頭には、青いペンで色々と印がされている。
短く刈り込まれた白髪は、印を付けるのに邪魔だった為なのか、ツルツルに剃られている。
しかしこの男の脳にはチップが埋め込まれているはずなのに、頭皮には切開された後が一切残っていない。
この事はコナちゃんの時にも不思議に思っていた。
「埋め込まれているチップの中に、一時的に時間経過と共に体の組織を強制的に再生させるプログラムが組み込まれている。恐らく人造人間に改造する際に、自分達の研究施設が疑似血液の猛毒に汚染されるのを防ぐ為だろう」
頭を眺めて傷口を探していると、雪乃さんが説明してくれた。
一時的に――という事は、施設の外で怪我をして疑似血液が漏れ出す事には、何も対策が取られていないのか……。
なんて無責任なんだ。
そしてスタッフさん達の準備も整いGOサインが出たので、雪乃さんの指示通り、印がされている部分に指を差し込み強引に頭蓋を開く。
スタッフさん達とも連携を取りつつ、【プラーシス】の強さを調整しながら五枚のチップを取り出す。
色々な部位に差し込まれているのかと思ったのだが、一ヶ所に固まって刺さっていた。
「微弱な電波を飛ばして脳をコントロールするシステムだ。脳内に埋め込んだのは、衝撃から守る為だろうな。……タケル、いよいよ最後だ。【シャイニングオーラ】で回復させてくれ」
小さく頷き、掌を男に向ける。
この後すぐに、コナちゃんの体をもとに戻せるかどうかが分かるんだよな。
……フフ。
「【シャイニングオーラ】」
頭蓋が開かれ、大出血している男の体が金色の光に包まれた。
雪乃さんは結果が気になるのか、男の体に顔を近付け必死に目を凝らしている。
眩い光が収まると、男の体は随分と縮んでいた。
不自然に盛り上がった筋肉は何処かへ消えてしまい、貧相な上半身を露わにしている。
青いペンで描かれていた印は、全て【シャイニングオーラ】で消えていた。
瞳をゆっくりと開いた男は、無言のまま視線だけを動かし、僕と雪乃さんの姿を確認した。
「……タケル、成功――なのか?」
「ええ。完璧です。やりましたよ!」
「やや、やったじゃないかー! タ、タケルー! ぐえぇ」
雪乃さんが叫びながら抱き付きに来たので、防護服のヘルメットを上から掌で押さえ付けて動きを封じ込める。
何やら先程からそわそわしていると思っていたけど、さては施術が成功した際には、どさくさに紛れて抱き付こうと最初から計画していたな?
この姿が『未来予知』スキルで見えていたから、回復させる前に笑いが零れてしまったのだ。
「くそ、全然隙がないな」
「雪乃さんの行動が単純なだけですよ」
「チャンスだと思ったのになー」
雪乃さんとやり取りをしている間、男は虚ろな視線で僕達を眺めていた。
『鑑定』スキルで調べても、ステータスをチェックしてみても、この男にはおかしな部分は見当たらなかった。
……ある一点を除いてだ。
「それでタケル、この男には全く異常がないのか?」
「ええ。ただし僕が吸血した所為で、僕の言う事なら何でも聞いてくれる下僕になったみたいです」
男のステータスの覧に『下僕』と記されていたのだ。
『吸血』スキルの効果は【シャイニングオーラ】では消えないのか? 僕が血を吸ったから消えなかっただけで、他人が『吸血』した効果は僕の魔法で消せるのか……。今度じっくりと検証しないといけないな。
しかしこんな貧相なオッサンの下僕なんて要らない。
……待てよ? という事は、コナちゃんもこの方法で回復させると、僕の下僕に成り下がってしまうのか?
コナちゃんが一生僕の下僕――
「……おい。何か良からぬ事を考えているだろ。『吸血』スキルの効果はタケルが命じればもとに戻せるからな」
……なんだ戻るのか。
しかし雪乃さんには僕の心の中が見えているのか?
たまに異常な鋭さを発揮するよな……。視線が痛い。
「まぁいい。この男が不自然に落ち着いているのもその所為なんだな? 拘束が緩んでいるのに全然動かないし」
男の身体が縮んでしまった為、縛られていた手足の拘束は解けてしまっている。
OPEN OF LIFEの中でも、くるみに血を吸われてしまうと、普通のプレイヤー達ならこういう状態になってしまうのだろうか?
「暴れられても困るし、当分は今のままでいいだろう。この男の身柄は暫くウチで預かっておくよ」
無線で雪乃さんから指示が飛ぶと、漸くガラス張りの部屋の扉が開いた。
通常であれば部屋を出る際に、消毒、洗浄等をするのだろうけど、今回は部屋の空気や僕達の体が一切汚染されていなかったので、その必要はなかったみたいだ。
男はストレッチャーに乗せられたまま、スタッフさんの手によって何処かへと運ばれて行った。
「何はともあれ良くやったな、タケル」
いつもの研究室へと戻って来て、珈琲カップ片手に雪乃さんと先程の反省会を開いている。
雪乃さんは研究室へと戻ってくる前に、『汗をかいたから』とシャワーを浴びて来た。
こうやってダイニングテーブルの対面に座っていても、シャンプーの香りがこちらまで漂って来ている。
「今回の施術の記憶は、コナの施術の記憶と一緒に消去するか?」
「……そうですね。ちょっとグロいシーンもありましたし」
今は『神仏心』スキルの影響もあるのか、特に何とも思わない。
でも雪乃さんが僕の体を戻してくれた後、何かしらの影響が出てしまうかもしれないし、今回の記憶は消去して貰おう。
「タケルが粉々に砕いた機械は、私が作り直しておくよ。コナの体にも同じ物が使われているから、取り出す時の事を考えて、実物を見て練習しておいた方がいいだろう」
取り外す部分、壊す部分、丁寧に作業する部分、大雑把で良い部分。
実物を見ながら色々と解説付きで練習しておいた方が良さそうだ。
「コナの体をもとに戻すのは、四ツ橋誠の件が片付いてからだな」
「そうですね。スタッフさん達もバタバタしていますし、施術している最中に襲って来られても困るし。その方がいいですね」
コナちゃんとアヴさんにも、準備が整った事を伝えないといけないな。でも――
「コナちゃんの体がもとに戻っても、アヴさんとコナちゃんには家に居て貰いますよ?、アヴさんの学校の件もあるんだし」
「……カレーも作って貰ったし、タケルとの約束は破れん。来週から通えるようにちゃんと手配はしてあるよ」
何やら歯がゆそうな表情を浮かべながらも、僕との約束はきちんと守ってくれるみたいだ。
「……そうだタケル、大事な事を言うのを忘れていた!」
「何ですか急に。何か問題でもあるんですか?」
まじまじと僕の瞳を見つめる雪乃さん。
「……カ、カレーご馳走様でした。とても美味しかったです」
ダイニングテーブルの上で小さく掌を合わせている雪乃さんは、少し照れているみたいだ。
「……お粗末様でした。今回の騒動が落ち着いたら、今度はハンバーグにでも挑戦してみますよ。……でも材料は用意して下さい」
「ど、どどどうしたのだタケル! コレ何のご褒美だー! 夢かコレ! マヂか!」
「落ち着いた方がいいですよ?」
特別な理由があるわけじゃないんだ。
ただ、料理を作るのって意外と楽しいなーって思ってさ。
それと僕が作った料理を食べて貰って、それを美味しいって言って貰うのが、思っていたよりも嬉しくて。
……こんな事、今まで経験した事なかったから、さ。
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