第2話

  

 「え……っと、どどど、は? はぁ?」

 「まぁ落ち着けって」


 狼狽えている男性は、薬局の中で背広を脱いだのか、現在は白いYシャツ姿だ。

 ネクタイを緩め、袖口のボタンは左右共に外されているみたいで、左袖だけは肩口付近まで袖まくりされている。

 着替えている最中だったのかな?

 背広を着ていた時には気付かなかったけどこの男性、引き締まったいい体格をしている。

 首回りもかなり太く、Yシャツの襟元が窮屈そうだ。

 短く若者風に刈られた黒髪で、整った爽やかな顔立ち。

 背も高いし、普通に営業マンとかの職に就いていたら会社でモテたんだろうな……。


 「……まぁ無理だとは思うけど、何も抵抗しないのであれば、痛い思いはしなくて済むけど、どうする? 一之瀬和孝いちのせかずたかさん」


 当然口は動かしつつも、鑑定作業は怠っていない。

 もはやOPEN OF LIFEの中では常套手段となりつつある戦法だ。

 会話しながら時間を稼ぎ、洗いざらい調べ上げるというわけだ。

 しかしOPEN OF LIFEとは違い、現実世界リアルでの鑑定作業は本当の意味で洗いざらい調べ上げる事が出来るのだ。


 「だだ誰だお前は! ここは何処だ?」


 暫く狼狽えていたヒットマン一之瀬が、背後に立っていたヘッドギア姿の僕を確認すると、慌てて自分の胸やズボンのポケットを叩くように探り始めた。

 最初はタバコでも探しているのかとも考えたけど、一通り探り終えた一之瀬がゆっくりと素手で身構えたので、恐らく普段は武器か何かを所持していて、それを探していたのだろう。

 武器は背広に仕舞っていたのか? 残念、脱いじゃったねー上着。


 「おい、何の冗談だ? ここは一体何処――ちょ、ちょっと待て。その名前、何処で……」


 漸く自分の名前を呼ばれた事に気付いた一之瀬。

 そしてハトが豆鉄砲喰らったみたいな表情で固まってしまったのだが、これには幾つか理由がある。

 僕がいきなり名前を呼んだから、というのも勿論あるのだが――


 「そうかそうか、普段はこの名前で名乗っていないんだったなー。工藤さん」


 普段は偽名の工藤と名乗っていて、一之瀬和孝は本名だったのだ。


 「……お前、何者だ? 何処でその名を……」

 「まぁその話は置いといて、どうする? 抵抗する? それとも大人しくしとく?」

 「……そもそも俺に何の用だ?」


 一之瀬は身構えたまま視線を周囲に配っている。

 こうやって会話に付き合うフリをして状況確認をしているみたいなのだが、ここは何もない空間なので、好きにさせておこう。

 僕はその間に鑑定作業を続けさせて貰う。


 「何の用ってアンタ、依頼を受けたでしょうが。だからこっちは仮病使ってまで対処しに来たんだよ」

 「……依頼? 何の事だ?」

 「あー、そういうの無駄だから」


 鑑定作業を粗方終え、有益な情報が色々と出て来たので、手荒な真似はしないつもりだったのだが、さっさと終わらせる事にした。


 「何を言ってい――!!!」


 一之瀬の事情も色々と見てしまったので情が移ってしまい、【放電】の威力は最小限に弱めた。

 肉親が妹さん一人だとか、先程まで出かけていたのは依頼料を全額その妹さんの口座に振り込んだからだと分かってしまったから……。

 次からは関係のない部分は、一切見ないでおこう。  

 糸が切れた操り人形みたいにその場に倒れ込んだ一之瀬を、ステータス閲覧でおかしな部分がないかもう一度確認する。

 ……うん、大丈夫だ。しっかり気絶状態になっている。変な薬も盛られていないな。 


 「雪乃さん、色々と分かりましたよ」


 手探りでOOLHGのスイッチを切り替えて無線を飛ばした。


 「ご苦労さん、後はこっちに任せてくれればいい。珈琲も淹れてあるし研究室に戻って来てくれ」

 「了解です」


 ――と返事はしたものの、僕が瞬間移動で向かった先は一之瀬が居た場所、小さな薬局の奥だ。

 一之瀬の鑑定結果で、依頼主の連絡先と一緒に小包が郵便で届けられていた事が分かった。

 その小包がこの場所にある事も分かったので回収に来たのだ。

 六畳の和室で、部屋の隅で畳まれた布団と衣装ケースが二つ、部屋の中央には掛け布団のない骨組みだけのコタツ机。 

 ひとつだけある窓の外にはすぐ傍にお隣さんの建物が建っていて、光が殆ど差し込まない薄暗い部屋。

 遠くから聞こえて来る繁華街の喧騒とは対照的に、物静かで古臭い部屋だ。

 その薄暗くてちょっとカビっぽい部屋のコタツの上に、封が切られた手紙と蓋が開けられた状態の小包が置いてあった。

 小包の中にはもう一通の封が切られていない手紙と、小さな瓶に入った薬品、そして注射器が入っていた。

 一之瀬が左袖だけ腕まくりしていたので、すぐに注射するつもりだったみたいだな。

 僕の到着がもう少し遅かったら手遅れになるところだった……。


 部屋の寂しい雰囲気に加えて、この薬が何の薬なのか知っているので、ちょっと泣きそうになった。



 「タケルが気を落とす事はないぞ? アイツは何人も人を殺めている奴なのだからな」

 「そうなんですけど……」


 僕のベッドが置かれている研究室に戻って来て、珈琲を啜りながら回収して来た郵便物を雪乃さんに手渡す。

 雪乃さんがこの薬の成分を詳しく調べれば、改造されてしまったコナちゃんの体をもとに戻す手掛かりが見つかるかもしれないからな。

 雪乃さんは受け取った郵便物は机の上に置き、封が切られた手紙と、未開封の手紙の両方にスラスラと目を通した。


 「……ふむ、正式な依頼はこの手紙に書かれている電話番号の主から受けたみたいだな」

 「そうみたいですね。依頼の内容は雪乃さんの誘拐みたいですけど、薬を注射させるところをみると、捨て駒にされたみたいですね」


 鑑定内容では薬の成分は教えて貰っていなかったみたいなのだが、その分驚く程高額な報酬が振り込まれたみたいだ。


 「……これを見てみろ」


 雪乃さんが未開封だった方の手紙を渡して来た。


 <次はもっと強い奴を送ってやる。覚悟しておけ>


 B5サイズの手紙の中央に、パソコンで打ち込まれた文字が書かれていた。


 「一之瀬は電話で『誘拐の犯行声明として、この手紙を現場に置いて来い』と言われていたみたいです。手紙の内容は、ただ単に四ツ橋誠の悪趣味だったみたいですね」


 自分の手駒を使って密偵や侵入者を始末するのが趣味、という最低な奴だからな。


 「……この手紙の内容だと、まだまだ刺客が送り込まれて来そうだな」

 「そうですね。『次は』って書かれていますからね」 


 雪乃さんが二通の手紙を机の上に置き、代わりに小包を手に取った。


 「この薬はタケルが以前コンテナ船で倒した、怪物になってしまう薬か?」

 「そうみたいです。その薬の成分を雪乃さんが調べれば、コナちゃんの体をもとに戻す方法が、何か思い付いたりしますか?」


 薬の小瓶を手に取り、深く何かを考える雪乃さん。


 「うーん、どうだろうな。人造人間の技術とは根本的に違うのだが、一度調べてみるか……」


 そして薬の小瓶を小包に戻し珈琲を一口啜ると、ゆっくりと話を始めた。


 「……コナの体の改造された箇所、普通の人間とは違う所を、タケルに教えておこうと思うのだが、……どうする? 聞いておくか?」


 どうする? と聞いて来るという事は何かあるのか。 

 言い辛いのか、それとも聞かない方がいい事でもあるのか。

 でも『僕が体を必ずもとに戻す』ってコナちゃんと約束したからな。……聞かないわけにはいかないよ。


 「そうですね。教えて貰えますか」

 「分かった。じゃあ順番に話して行こう」


 雪乃さんはノートパソコンが置いてあるデスクまで移動すると、詳しく説明する為なのかノートとペンを持って来た。


 「専門的な言葉はタケルに理解出来ないと思うから、図解付きで分かり易く話して行くぞ?」

 「お願いします」


 ここから雪乃先生による、科学と化学の授業が始まった。



 ……



 「……そこで、だ。まず問題なのが、臓器が全て取り出されていて、コナの内臓は全て機械で出来ている、という事だ」

 「雪乃さんでも『本物の人間の臓器は作れない』って言ってましたもんね。でもそこは多分大丈夫です。仮想空間で一度実験していますから」


 スネークナイトに案山子を使った実験をした時に、その問題はクリア出来ている。

 コナちゃんが誘拐されてしまった時に、犯罪者グループのリーダーを回復させた時にも、同じ現象が現実世界リアルでも起こる事は実証済みだ。


 「それよりも問題なのは――」

 「ああ。体を流れる血液だな。取り出す方法がない……」


 コナちゃんの体内を循環している血液が一番の問題だった。

 何やら長い名前の猛毒が疑似血液に使われていて、その猛毒がコナちゃんのパワーの源で、肉体を強化している原因でもあるらしい。

 そしてこの疑似血液の所為で、一切の薬が効かないのだとか。

 更には強靭な肉体に阻まれて、手術する為の針やナイフの類が、皮膚を貫けないのだそうだ。


 「この猛毒は微量でも空気中に漏れれば、都市が壊滅する程の代物だ。普通の病院では体を切開する事も出来ないし、当然脳に埋め込まれたチップも取り出す事が出来ない」

 「……そう、ですか」

 

 そのまま押し黙る雪乃さんと、少し考えを整理する僕。

 二人の間に静かな時間が流れた。


 冷めてしまった珈琲に一度だけ口を付け、心を落ち着かせる。



 ……な、何とかなるんじゃね? これ。



 「……ゆ、雪乃さん、問題点って以上ですか?」

 「……十分過ぎる程、大問題だと思うが?」


 何を言っているんだと呆れ顔の雪乃さん。

 いや、普通なら大問題だけどさ、治すのは僕だよ? 忘れてないか?


 「お願いがあるんですけど、空気が一切外に漏れない密室の設備って作れますか?」

 「どうした? その設備なら既に研究室にあるぞ?」


 あるのかよ。何でもあるな、この会社。

 まぁそんな疑問は今に始まった事じゃないけどさ。


 「その場所って、すぐ傍で雪乃さんの指示を受ける事って出来ますか?」

 「防護服を着用すれば、私もタケルの傍に居る事は出来るが……。何とかなりそうなのか?」

 「まだ分かりませんけどね。……でもぶっつけ本番でコナちゃんに施術は出来ないし」


 練習、……いや、実験台が欲しいな。 

 四ツ橋誠が次はどんな奴を送り込んで来るのか知らないけど、もし人造人間をこちらに送って来るのであれば、ひっ捕らえて実験したいな。

 その前に、まずはスキルの習得から始めるか。


 「雪乃さん……」


 机の上で組まれていた雪乃さんの両手を解き、か細い左手だけを手に取る。 


 「……ひ、非常に嬉しい事だがタケル、今は問題解決の為に話をしているのであって、そういう事を――って無理無理無理無理ー! 真面目な対応ときゃあばばー」


 口もとをヒクヒクさせながら、一生懸命会話を成立させていた雪乃さんだが、やっぱり壊れてしまった。


 「ちょっと失礼しますよ」


 一言断りを入れておく。そして――



 カプリッ



 雪乃さんの薬指を咥えて、甘噛みした。


 「なななああびゃー! 何をやややって――」 


 甘噛みしたまま、少し歯を立てて皮膚を噛み切った。


 「いぎゃー! 痛ーーーい! 痛いってタケル! 血、血が出ちゃうって! 止めろって!」

 「もうこっこがけ、があんしけくがはい」


 少し血の味がし始めたので吸ってみた。


 「ああ……なな何だ? 落ち着けタケル! な? まずは落ち着け、こんな時は珈琲だ!」


 ジタバタ暴れたり何やら悶えたりと、忙しない雪乃さんの薬指を口から離し、【シャイニングオーラ】を唱える。


 「どどどうしたのだタケル? 実はこういうアブノーマルなプレイが好みなのか?」

 「違いますよ。何言っているんですか? 新しいスキルを習得していたんですよ」

 「は? そんなエロいスキル、OPEN OF LIFEには実装していないぞ!」


 そんな事を言いつつ、雪乃さんは僕が咥えていた薬指を自分で咥え直した。

 ……何やってんの?


 ピコーン!

 ・吸血スキルを習得しました!

 ・吸血スキルがLV10に上がりました!

  

 脳内に響く軽快な音と共に、視界に現れた文字。

 アクセサリーに付属していたスキルだから習得するのは無理かと思ったけど、大丈夫だったみたいだな。


 「……こここんな事をされてはもう駄目だ。……もう駄目だ」

 「何一人でブツブツ言っているんですか。手に入りましたよ? 吸血スキル」

 「……は? 吸血スキル? そんな物習得してどうするつもりだ?」

 「どうするも何も、僕がコナちゃんの疑似血液を全部吸い出すんですよ」


 血液が問題なのだから、僕が全部吸い出せばいいと思ったのだ。

 僕の歯ならコナちゃんの皮膚も通るだろうしな。


 「……あのな、タケル。吸血スキルは血を吸った相手を操れるスキルなだけで、血を吸う行為自体はスキルと何も関係ないぞ?」

 「……へ? そうなの?」


 くるみが凄い勢いで僕の血を吸い出していたから、スキルを習得すれば一滴残らず血を吸い尽くせるのかと思ったのに……。

 雪乃さんがちょっと壊れただけで、無駄な行為だったのか……。


 「しかし疑似血液を吸い出すにしても、アレは猛毒だぞ?」

 「……僕の体、毒無効です」


 くるみが作ったクッキーのお陰で、毒、麻痺、呪いはスキルLVがカンストして無効になったんだよ。 

  

 僕が思い付いた作戦は二パターンある。

 ひとつは疑似血液を一気に吸い尽くして、【シャイニングオーラ】を唱える作戦。

 僕の体にも【シャイニングオーラ】を唱え続ければ、お腹が一杯になる事なく疑似血液を吸い出せるんじゃないかと考えている。

 しかし体内の血液を一気に取り出してしまう事で、コナちゃんの体に何か影響が出てしまうかもしれない。

 そこで二つ目の作戦。少しずつ血液を吸い出しては【シャイニングオーラ】を唱える、という行為を繰り返して、徐々に血中の毒素濃度を下げる方法だ。

 僕が吸い出して回復させた分は、通常のコナちゃんの血液が体内に循環するはずだからな。

 雪乃さんに考えた作戦を話してみる事にした。


 ……

 

 「毒無効……か。その方法だと二つ目の作戦なら何とかなるかもしれないな。しかし一度始めてしまえば時間との戦いになるぞ」

 「……コナちゃんの血液と、疑似血液が混ざる事が良くないって事ですか?」

 「そうだ。コナの体内に付けられている人工臓器は、疑似血液で正常に動くように作られているからな。長くても数分以内に作業を終えないと、コナの体が持たないだろう」


 長くても数分、か。

 しかも一度【シャイニングオーラ】で回復させてしまえば、二度と疑似血液をコナちゃんの体に戻す事が出来ないかもしれないからな……。


 「しかしコナの体から臓器を取り出す方法はどうする? コナの体には一切の薬が効かないのだから、当然麻酔も効かないぞ? そんな状態でコナの体を切開すれば――」

 「闇魔法で【プラーシス】っていう、相手を麻痺させる魔法を習得して来ましたよね? それで何とかなるんじゃないですか?」


 雪乃さんと闇の神殿を訪れた時に、毒攻撃の【ポイズン】、麻痺させる【プラーシス】を習得して来た事を思い出したのだ。

 絶対に使いたくない、何とかっていう怖い魔法は未だに習得していない。

 上級魔法だから闇魔法を練習しないと習得出来ないのだ。

 ……覚えても絶対に使わないけど。


 薬は効果がなくても、僕が唱える魔法なら効果があるだろう。


 「いや、危険過ぎる。タケルが考えているよりも、人の体を麻痺させるという行為は危険なのだ」

 「僕もそう思います。そこで考えたんですけど、もし四ツ橋誠が新たに人造人間を送り込んで来る、もしくは今度の土曜日の殲滅作戦の時に人造人間を見つけたら、掻っ攫って来て一度実験してみようと思います」

 「……成程、その人造人間で練習してから、コナに施術するのだな」


 間違ってもコナちゃんの体で失敗するわけにはいかないからな。

 最悪失敗してしまっても、【女神の誓約ヴィーナスアシェント】を唱えれば生き返らせる事も出来るのだが、そんな事は考えたくもない。

 コナちゃんを僕の手で殺してしまうだなんて……。有り得ない。


 「……ふむ、練習次第では何とかなる可能性もあるな。よし、じゃあ今から仮想空間で【プラーシス】を練習しに行こうか」


 魔力量を調整すれば、コナちゃんの体に負担が掛からない強さ、持続時間を探れるだろうからな。


 「行きましょう! 雪乃さんも協力して下さい」


 現在は普段よりも少し人口密度が高い、仮想空間へと繋がる研究室へと雪乃さんと二人で向かった。 


……



 


 「【プラーシス】は予想以上に使えるな! 自分で作っておいて言うのもなんだが、あそこまで微調整が出来るとは思わなかったよ」

 「モゴ!」


 二人で練習の成果を話し合いながら、サポートチームの方が用意してくれた、昼食の親子丼を豪快に掻き込む。

 仮想空間で練習を繰り返していたのだが、お昼時になったので一度ログアウトしよう、と研究室へ戻って来た。


 【プラーシス】はMPの注入量、魔力量を微調整する事で、局所麻酔に近い状態から全身麻酔みたいな状態まで、自由自在に操る事が出来た。

 更には体が動かなくなるだけの効果から、意識ごと刈り取れる強さまで、幅広い使い道が期待出来そうな魔法だったのだ。

 やっぱり二人で練習すると、上達するスピードが全然違うよなー。

 覚えたくもない怖い魔法、【九死霊門きゅうしりょうもん】も習得してしまったのだが……。


 空になった器に箸を揃えて、ご馳走様でしたと手を合わせる。


 「これなら人造人間を確保するのも、簡単に出来そうですよね」

 「そうだな。暴れられる心配もないしな」


 ……実験対象は多い方が良い。纏めて数人掻っ攫ってやろうかな。  


 


 「OPEN OF LIFEの中で使用している、記憶消去の技術って現実世界リアルでも使用出来ますか?」


 ずっと考えていた事があったので、雪乃さんに尋ねてみる事にした。


 「まぁ少し時間をくれれば機械を作るぞ? ……どうかしたのか?」


 ……そうか、作れるのか。良かった。

 

 「……今回、僕が直接コナちゃんの体に施術するじゃないですか」

 「――あー、そういう事か」


 察しの良い雪乃さんは、僕が言いたい事をすぐに理解してくれたみたいだ。

 今回コナちゃんの体をもとに戻す為に、かなりグロテスクな行為を行わなければならない。

 しかもその相手が八歳の可愛い少女で、同居人で、……友人だ。

 更に刃物が通らないというのであれば、僕がこの手で、この指で、コナちゃんの体を切り裂かなければならないかもしれない。

 そうなってくると、トラウマ的な物が僕の記憶に残ってしまうのではと、ずっと考えていたのだ。


 「安心しろタケル。今日か明日中には作っておくよ。……そうだな。タケルは変態だが、中身は医者でも何でもない、普通の高校生だからな。私の思慮が足りなかったよ」


 スマン、と頭を下げる雪乃さん。


 「いえ、雪乃さんが謝る事なんてないですよ。でも現実世界リアルで使用出来る技術で良かったですよ」

 「あんな物は余裕だ余裕。じゃあ早速作って来るよ。タケルはこの後どうする?」

 「僕も今日はこのまま帰ります。また明日の放課後、こっちに寄りますよ」


 誰が変態なの? とか余計なツッコミは入れず、挨拶を済ませて自宅へと瞬間移動で戻った。





 「タケルお兄ちゃんおかえりなさーい」


 玄関で百二十点満点の笑顔でコナちゃんが出迎えてくれた。

 何とかコナちゃんの体をもとに戻す目処が立ったのだけど、この事をコナちゃんに言うのは時期尚早だな。

 練習を重ねて確実に治せる事が分かってから、コナちゃんには話す事にしよう。


 足もとに絡み付くコナちゃんの力は相変わらず強いけど、こうやって動き辛いと感じるのも後僅か……か。

 少し寂しい気もするけど、ずっと今のままっていうわけにはいかないからな。



 未だ整理整頓が行き届いている僕の部屋に戻って来ると、自分の携帯電話に大量のメッセージが届いている事に気が付いた。

 連絡先を交換したクラスメートの女子から、体大丈夫? とか、お見舞い行こうか? とか届いていたのだが、この辺のメッセージには事務的内容で返信しておいた。

 ……美琴さんに暴言を吐いた事が分かってから、どう接して良いのか分からず、ちょっと怖いんだよな。


 そしてそれ以外にも大量にメッセージは届いていた。

 豚の喜劇団ピッグスシアターズのグループ内メッセージだ。

 ゲームの内容が主で、大魔王を倒す為の細かな作戦なんかをやり取りしている。

 そんな中にREINAからこんなメッセージが届いていた。


 パンダ<みんなー! お店予約出来たよ!>

 パンダ<日曜日の夕方5時からだよー>

 パンダ<場所はココ!>


 ふむ。例の仕事で使っているという秘密厳守のお店だな?

 お店の地図が貼り付けてあったので、近くなら行き易いのになー、なんて思いながらリンクを開いてみた。


 ……家から学校に行くよりも遥かに近い場所だった。

 何だコレ。わざわざ僕達の家の近くでお店を探してくれたのかな? それとも……。


 タケル<REINAの予約してくれたお店が、僕達の家から凄く近いんだけど、もしかしてREINAの職場ってこの辺り?>


 REINAの生態が謎過ぎるので、メッセージを送ってみる事にしたのだが、REINAからの返信は全然来なくて、代わりに和葉やルシファーから大量にメッセージが届いた。

 和葉からは、師匠は豚の喜劇団ピッグスシアターズのリーダーなのに、メッセージを送ってくる回数が少ない! と延々と怒られ、ルシファーからは凄く細かい魔力の調整方法を長文で聞かれた。

 あっという間に埋め尽くされて行くメッセージ欄……。

 僕が返信を送るタイミングがないのだが、どうすればいいんだコレ? みんなタイピング早過ぎない?

 次々と上方に流れて行くメッセージ欄を呆然と眺めていると、漸く知りたい内容のメッセージが届いたのだが、その返信を送って来たのは妹のくるみだった。


 くるみ<お兄ちゃん、REINAさんってあたし達や和葉さん、ルシファーさんとも凄く家が近いんだよ>


 ……マジで? ってかそもそも何故くるみがそんな事知っているんだ?


 和葉<そうそう、師匠は知らなかったよね。REINAっちはお仕事の都合で実家には住んでいなくて、今はお姉ちゃんと二人暮らしなんだよ>

 ルシファー<タケルさんと源三さん以外の女性メンバー達は皆知っていました>


 ……アレか。OPEN OF LIFEの中で女性メンバー達が集まって、無言のままメッセージのやり取りをしている時が何回かあったけど、あの時に話をしていたのか。

 僕だけ仲間外れにされているのかと思ったけど、どうやら源三も聞かされていなかったみたいだな。


 シャーロット<ウチも知ってたどすえ。REINAはんと会えるんも、今から凄く楽しみどす!>


 どうやらシャーロットも聞いていたみたいだな。

 しかし彼女はいつ寝ているんだ? この時間だとヨーロッパは朝方のはずでは?


 メッセージによると、シャーロットは土曜日の朝方に日本に到着するらしい。

 公式な訪日らしいから、取材陣への対応もするそうだ。

 王族も大変だよな。僕なんか初めての海外にでこっそり行くんだぞ? ……この違いは何だ。 

 

 さて、一体どのメッセージから返信して行けばいいんだ? と頭を悩ませていると、眺めていた携帯電話に着信が入った。

 電話を掛けて来たのは……珍しい、M国に単身赴任中のお父さんだった。


 「おうタケル! 学校行き始めたそうじゃないか!」


 向こうは朝方のはずなのに、お父さんの声は右耳から左耳へと突き抜けて行く程、凄くハキハキしていた。

 僕が高校に行き始めた事をお母さんから聞いて電話をくれたのか。

 ……やっぱり心配を掛けていたんだよな。


 「うん。でも今日体調悪くなって朝一で帰って来たよ。一週間くらい様子を見ながら少しずつ学校に行くようにするよ」

 「そうなのか? まぁあんまり無理はするなよ?」


 様子を見るのは僕の体調ではなく、四ツ橋誠の出方なんだけどな。

 今週で全てを終わらせる予定だから、来週からは普通に学校に通えると思う。


 「ところでタケル、話は変わるが以前、家で預かる事になった娘さん二人の写真を送ってくれたよな?」

 「うん。『川』の字になって寝転んでいる写真だよね?」

 「……俺が何処の国に単身赴任しているか知っているよな?」

 「うん。M国だよね」


 ……どうやら僕の事を心配して電話を掛けて来たわけではなさそうだ。

 あの写真を見て、コナちゃんの事をシャーロット王女だと勘違いしているみたいだな。

 フフ、もう少し話に付き合って意地悪してやろう。


 「そのー、何だ。……タケル達がだな、少し、……ほんのちょっとだけでも俺の会社の事を話してくれて、俺がタケル達の父親だと言伝してくれれば、俺は今月限りで日本に帰れるようになるかもしれないのだが――」

 「お父さんってさ、どんな仕事しているんだっけ?」

 「おいおい、父親が何しているかくらい知っていてくれよ。俺は〇〇電力で海外エネルギー事業部としてM国に技術協力に来ているんだよ」


 ……初めて知ったけどお父さん、凄い所で働いていたんだな。

 よく考えてみれば、今まで部屋に引き籠っていて、こんな話なんてした事がなかった。

 今のバタバタしている状況が落ち着いたら、一度お父さんとゆっくり話をしてみるか。 


 「へーそうだったんだ。でもそんな話を家に居るコナちゃんに話しても意味ないと思うよ?」

 「何でだよ! ちょっとは俺を助けると思って……ん? コナちゃんって誰だ?」

 「この前写真に写っていたで、お父さんがシャーロット王女だと勘違いしている娘の名前だよ」

 「……べ、別人なのか?」

 「うん。シャーロット王女は十一歳。コナちゃんは八歳。じゃあこれからもお仕事頑張って」

 「ああ……済まなかったな。仕事、……頑張るわ」


 最初の元気な声は何処かに飛んで行ってしまったみたいで、電話を切る間際は声から脱力感がハッキリと感じ取れた。

 余程日本に帰りたいんだろうな。以前電話で帰って来る的な事を言っていた気がするけど、全然いつ帰って来るか言って来ないし、どうやら会社に拒否されてしまったのだろう。

 ……今から仕事みたいだけど、今日一日乗り切れるのだろうか。


 〇〇電力の海外エネルギー事業部ね。気が向いたらマリアさんにでも話してみるか。


 ひとつのメッセージに返信すると、五つ六つとメッセージが届く状況で、何とかメンバー達にメッセージを返した。

 そして僕の事を心配してくれていた、担任の筑波先生からもメッセージが届いていたのだが、その中には気になる文章も含まれていた。


 <山田君は足立さんと一緒で風紀委員になったよ。今年の委員会決めは大変だったんだよ? 何故か学級委員になりたいと立候補する女子生徒達が多くてね。こんな事は僕が教師になってから初めてだよ!>


 ……まさか美琴さんの悪巧みがこんなにも上手く行くとは。やっぱり女子って怖いな。


 <今週中はもしかすると、今日みたいに途中で帰る日があるかもしれないけど、必ず毎日学校に行きます>


 筑波先生に心配を掛けるわけにはいかないので、きちんとメッセージを送った。

 ……後は浩太君と美琴さんにメッセージを送るだけだな。

 こんなにも携帯電話がフル稼働した事なんて、引き籠っている時には一度もなかった。

 携帯ゲームと目覚ましのアラーム機能しか使っていなかったからな……。

 

 ……


 美琴<うふふ、私の作戦勝ち。皆がギャーギャー揉めている間に、ささっと私とタケル君の名前を黒板に書いてやったわ>

 浩太<足立さんの動き、アレは隠密スキルを使用していたね>

 タケル<へぇー。そのシーン見たかったなー>

 美琴<大魔王相手に素早く背後を取る練習ばっかりしていたから、動きが勝手に出ちゃうのよー。でも上手く行って良かったわ>

 浩太<でもその後、クラス中が異常な雰囲気だったぞ?>

 タケル<うわ、そのシーンはあまり見たくないかも>


 浩太君と美琴さんの二人とは、豚の喜劇団ピッグスシアターズでも使用している、グループ内でメッセージのやり取りが出来る方法で連絡を取り合う事にしたのだ。

 ……勿論登録の方法なんかは、美琴さんが全部やってくれた。


 タケル<ところで明日って学校で何するの?>

 美琴<明日は上級生との対面式があるのよ。まぁアレね、体育館で座っているだけの退屈な行事ね>

 浩太<面倒そうだよな。寒いし>

 美琴<ウチのクラスの加藤君が新入生代表で挨拶するらしいよ?>


 加藤君……。いつも朝早くから登校している、二人の内の……どっちだったかな?


 タケル<そうなんだ。二人共風邪引かない格好で行かなきゃ駄目だよ?>

 浩太<今日早退した奴が言うなよ>

 タケル<サーセン。ご尤もです>

 美琴<その対面式の後は今月末にある行事、キャンプの説明だね>

 タケル<キャンプか。やった事ないな>

 浩太<僕は明後日から始まる、通常授業が億劫だよ>


 げげ、遂に授業が始まるのか。


 美琴<私は今週末にある、実力テストが悩みの種……。結果次第では両親にOOLHGを取り上げられてしまうかも>

 

 じ、実力テスト? そんなのがあるって、僕聞いていないぞ?

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