第三部

第1話


 「おはよう、美琴さん! 今日も早いねー」

 「あ、タケル君おはよう! 今日もこの時間だったね」


 学校の昇降口で今日も大人びたファッションの美琴さんを発見したので、軽く挨拶を交わす。

 OPEN OF LIFEの中では幼女姿の美琴さんも、現実世界リアルではお化粧がとても良く似合っている女性だ。

 このギャップは凄いなと思ったけど、よく考えれば今の僕のイケメン姿と、ゲーム内アバターの豚の姿に比べれば全然普通だな。

 

 僕は瞬間移動で登校しているので、もっと遅くに家を出ても余裕で間に合うのだが、家を出る時間が遅くなると、色々と不都合が起こってしまう為、仕方なくこの時間に登校する事にしたのだ。

 

 「タケル君も昨日ログイン出来れば良かったのに。残念ねー」


 メンバー達やゲーム内で知り合った人達には、『OOLHGが壊れてしまったので暫くログイン出来ない』と嘘の報告をしてある。

 心苦しいけど、『ログインしたら死んじゃうから無理ー』と言うわけにもいかないので、仕方なくメッセージを送らせて貰った。



 生徒が少ない校舎の中を、美琴さんと肩を並べて歩く。

 部活動の朝練をしている人達は既に登校しているみたいだけど、僕達一年生はまだ殆どの生徒が登校して来ていない。

 吐く息は白く、まだまだ冷え込むこの時間帯に、外から運動部の生徒の掛け声が響いて来るだけの寂しい廊下。

 ……何だか不思議な感覚だな。


 「遂に大魔王が乗り込んで来て大変だったのよ? POP☆GIRLSのメンバー達と豚の喜劇団ピッグスシアターズのメンバー達で力を合わせても、全然歯が立たなくてさー」


 美琴さんは生き生きとした表情でゲームの事を語っている。

 大きな黒目の瞳が、三百パーセント上乗せ効果付属で輝いているぞ!

 服装、表情は凄く女子っぽいのに……ファイティングポーズは止めておいた方が良いかな?



 ゲームの話に戻すと、チュートリアルを必ず見ると言い切っていたのに、結局忘れてしまっている。

 次にログインした時には、必ずエフィルさんにお願いしよう。うん。

 そしてファストタウン発展の為に、ヤマト国との行商を任せているソウキュウさんは、ワイバーンキング達が生息していたグレーデン山脈にすら、未だに到達していないだろう。 

 ファストタウンから馬車を飛ばしても、グレーデン山脈に到着するまでに早くても五日は掛かるとガゼッタさんが言っていたからな。

 そりゃソウキュウさんも僕に『一回百万ゴールド』と何度もお願いして来るはずだよ。

 次回ログインした時には、瞬間移動で送迎してあげよう。


 それと様々な企業からスポンサードを受けていた軍神オーディンは、遂に援助を打ち切られてしまったらしい。

 和葉が携帯電話のメッセージで教えてくれた。

 その文章は『アイツは馬鹿だから仕方ないよ』とか『師匠の所為じゃないよ』とか、少し気を遣ってくれているみたいだった。

 行動はガサツな部分が多いけど、こういうところは年上の女子なのかなって感じるよな。

 ちょくちょくメッセージを送ってくれるので、普段から退屈しないで済みそうだ。

 



 「おはよう! 大谷君、加藤君」


 教室に到着すると、二人のクラスメートが既に着席していたので挨拶を済ませる。

 この二人はいつも早いなー。名前は……ごめんなさい。今回もステータスを見させて貰いました。でももう覚えたから大丈夫。


 「タケル君、私がダンジョンで言った事、覚えてる?」


 二人で前後並んで席に着くと、美琴さんが突然こんな事を言って来た。

 ……み、美琴さんがダンジョンで言った事? た、確か――


 「クラスの女子から……ってヤツかな?」


 この美琴さんが、クラスの女子から嫌がらせを受けている、という信じられない話をカミングアウトされたのだ。この美琴さんがだぞ?

 斎藤さん、坂田さん、高坂さんの三人からは、直接暴言を吐かれたらしいからな。


 「そう。あれは内緒にしておいてね?」

 「……うん。分かったよ。でも今度何か言われたら僕に言ってね? ちゃんと守るからさ」


 自分で言うのも何だが、僕は精神は幼稚だけど、ステータスには自信があるからな。今ならどんな攻撃からも守れるぞ。

 

 「……またそうやって、ゴニョゴニョ――」


 美琴さんは俯いたままブツブツ何かを呟いている。

 ……たまにこうなるよね、美琴さん。


 「へー、山田君は今日も朝からそうやって女子とイチャつくんだ? 僕の前で」

 「……おはよう。浩太君」


 今日も浩太君は一生懸命ワックスでセットして来た髪型だ。  

 雑誌で研究したとかいう、モテヘアーだったかな?


 「……ところで山田君、今廊下で三年生の先輩に『山田君を呼んで来てくれ』って頼まれたんだ」


 ……つ、遂にこの時が来てしまったか。

 虐められていた時には、よくこうして上級生に呼び出されては……いや、もう考えるのはよそう。

 今のこの体なら、どれだけ殴る蹴るの暴行を受けても、ダメージなんて受けないんだし……。


 「……分かった。有難う浩太君。ちょっと行って来るよ」


 美琴さんと浩太君に別れを告げ、戦場へと向かう。

 しかし美琴さんのお兄さんである足立三四郎さんから、釘を刺されているはずなのに呼び出しを掛けて来るとは、余程の自信がある先輩なのか……。

 ……プロレス技でも、柔道技でも、何でも来やがれ! 


 そんな覚悟で廊下へと向かうと、待っていたのは先輩は先輩でも、女子の先輩だった。


 まさか一回目の呼び出しが、女子の先輩とは……。

 男子の先輩からは痛みによる虐めが多かったけど、女子の先輩からの虐めは更に悲惨だった。

 精神に直接ダメージを与えられる事が多かったからだ。


 「……ちょっと山田君、中庭まで……いいかな?」


 三人居る先輩の内、黒髪ロングヘアーの大人びた女性が、はにかんだ笑顔で手招きした。

 そうそう、最初はこんな感じで呼び出されるんだよ。僕に警戒させない為に。

 そして向かった先で……誰かこの記憶、消してくれないかな?


 「山田君はクラスの子と仲いいの?」

 「いえ、よく会話するのは二人だけですよ」


 中庭へと向かう途中、二人の先輩が僕の事を色々と尋ねて来た。


 「昨日は何してたの? デート?」

 「まさか。昨日はホームステイしている人の日本語の勉強に、一日中付き合っていました」


 そう、結局日曜日は何処にも行かずに、ずっとアヴさんの勉強に付き合っていたのだ。

 遂にアヴさんは小学校六年生の国語を全てマスターしてしまったので、僕と一緒に中学一年の国語を勉強していた。


 「たけるさん、やっぱりにほんご……は、むずかしい、です。この中学、一ねんせい……の、……えーっと、教科書! 教科書、に、なってから、……ますます、むずかしくなりました」

 「いや、アヴさん。もう十分日本語を話せているよ?」


 首を左右にブルブルと振るアヴさん。


 「まだまだ、です。……よ? この『坊ちゃん』のお話、わたしにはむずかしいです」

 「それ、僕でもよく分からないから。あらすじも難しいし、表現方法も難しいよ」

 「では、今から、一緒……に、……べんきょうしましょう!」


 笑顔で国語の教科書を頭上に掲げるアヴさん。

 僕が話した言葉も普通に理解してしまっているみたいだし、どうなっているんだ? アヴさんの頭の中は。

 

 ……途中からは、僕が教わる立場になっていたのは内緒の話だ。



 「へー、山田君の家って、ホームステイの人が来ているんだ。凄いね!」


 そんな他愛もない会話をしていると、中庭に到着した。

 校舎の別館がカタカナの『コ』の字形をしていて、その中央にベンチや花壇、自販機等が設置されている。

 学校初日にクラスのみんなで集合写真を撮った場所だ。


 その花壇の前に到着すると、僕の正面に黒髪ロングヘアーの先輩が立った。

 ステータスで名前を確認すると、織笠彩羽おりかさいろはとなっているので、織笠先輩だな。メモ帳に保存しておこう。

 僕に色々と話し掛けていた二人の先輩は、織笠先輩の背後へと移動していて、何やら織笠先輩にひそひそと話し掛けている。

 そして校舎の至る場所から視線を感じる。何やら殺意が込められた視線のような気がする。


 ……何かがおかしいぞ?

 

 つい最近こんな状況を体験したばかりだからそう思うだけか? 

 ドキュメンタリー映像で見る、大型魚から逃げ惑うイワシの群れくらい、激しく視線を泳がせる織笠先輩。

 ……オフ会の開催を提案して来たシャーロットみたいだ。

 まさか織笠先輩も、OPEN OF LIFEを持っていて、オフ会のお誘い――とかは流石になさそうだな。

 今まで織笠先輩が僕の前を歩いていたから、全体像をよく見ていなかったのだけど、彼女は凄く真面目そうな女性だ。

 身長は少し高めで、尚且つ凄く姿勢が良いから、更に高く見える。

 まぁ今の僕は自分で設定した身長、百八十五センチメートルあるけど、丁度頭に顎が乗せられそうな高さではある。

 顔立ちは何処か小動物を思わせる可愛さがあるのだが、先程笑顔ではにかんだ時に見えた、左右のえくぼが……うん。とても可愛らしかった。

 ……流石にこんな女性が虐めなんてしないだろう。


 「……じ、実は今週、今週土曜日まで使える映画のチケットが二枚あるんだ。……あるの。コホン。良かったら土曜日、一緒に行けない……かな?」 

 「土曜日無理です」


 僕、その日海外で破壊活動に勤しむ予定です。 

 織笠先輩が想像も出来ないような、……その映画のチケットで見るファンタジー映画みたいな世界です。

 ……でも、映画のお誘いだったのか。

 これって……デート、なのか?

 それともチケットが勿体ないから? ……いやいや、それなら流石に友達と行くか。

 ちょっとキッパリと断り過ぎたかな。虐めじゃないって分かったのだから、もう少し物腰柔らかく対応しないと失礼だよな。

 

 「そ、そうなの? に、日曜日なら空いているの……かな?」 

 「日曜日は先に予定を入れてしまったんですよ。ゴメンね、織笠先輩」


 笑顔で謝りながら、顔の前で小さく掌を合わせた。


 「ううん。そんな……こっちこそ急に呼び出したりして……。でも、私の名前、知っててくれたんだね」


 ……しまった。普通に名前で呼んでしまった。


 「じゃあ僕はもう行くよ! また今度誘って下さい!」


 色々とボロが出てしまう前に、俯いてモジモジしている織笠先輩に挨拶を済ませて退散する事にした。

 




 ……じ、人生で初めての女子にデートに誘われてしまった。

 しかも年上で綺麗な人だった。罰ゲームではなかった事を切に願おう。


 浮かれ気分で教室へと向かう。

 廊下を小躍り気味に歩き、角を曲がって自分の教室がある付近の光景を見て我が目を疑った。

 

 凄い人だかりだ。しかも女子率がかなり高い。

 何かあったのか? 春のバーゲンか?

 

 

 「山田君! ファッションブランド〇〇のモデルやってるって本当?」

 「次号の『LION』で表紙飾るって本当なの! 凄い!」

 「M国の王女様とも知り合いっていう噂もあるけれど――」

 「タケル様、是非お写真を一枚――」

 「ファンクラブの認定を――」


 ……


 教室に戻ろうとすると、大変な騒ぎになってしまった。

 三年生や二年生の先輩も沢山来ていて、教室に入るのに凄く苦労した。

 まさかこんな事になるとは思わなかった。

 ……しかも中には変な人達も混ざっていたな。


 「あらあらモテる人は大変ね」

 「……」


 何やら不機嫌な美琴さんと、無言のまま僕の手の甲を抓り続ける浩太君。

  

 「でもタケル君、ファッションブランドのモデルをしてたの?」

 「ちょっとアルバイトでね。それより美琴さん、同じ委員会に入る約束だけど、何委員になるかもう決めたの?」


 OPEN OF LIFEの中で、僕が無意識に美琴さんをモフってしまった時の約束だ。

 色々な意味で、あの時の事は忘れていないぞ。


 「そこなのよねー。多分凄い競争率になっちゃうと思うの」


 美琴さんは顎に手を添え、考え込んでいる。

 そして何か考えが閃いたみたいなのだが、その表情は悪い事を考えているふうにしか見えない。


 「えー! 山田君、学級委員目指しているんだー!」


 突然美琴さんが演技力ゼロでセリフを叫んだ。

 大根な言葉が教室に響き渡ったのだが……僕が学級委員?


 「ちょ、美琴さん何言って――」

 「し! いいからタケル君は黙ってて。これでクラスの女子は、みんな学級委員に立候補するはずだから」


 ……そんなに上手く行くはずないと思うけど?


 「浩太君は委員会どうするの?」

 「くそ! こんなに抓っているのに全然痛くないとか、一体どうなっているんだよ! 僕の指の方が痛いよ、ったく。何? 委員会? 何でもいいよ。僕は今、大魔王を撃破する事しか考えていないからな」


 どうやら浩太君も大魔王に挑んでいるみたいだ。

 今の大魔王は死なない設定だから絶対に勝てないんだけど、これを教えるわけにはいかないからな。

 そのまま浩太君、美琴さんとゲームの話で盛り上がっていると、教室に筑波先生が入って来た。


 ああ、平和な日常だなー。高校生ライフをエンジョイだなー。


 ……なんて思っていたら、その日常はすぐさま壊されてしまった。

 視界の隅に表示させていた索敵マップに敵が突然現れたのだ。


 四ツ橋誠の標的は僕と雪乃さん。

 何が起こっても対応出来るように、広域表示にしたマップを常に視界の隅に出しておいた。

 表示させているのは三百キロメートル圏内。何があっても対処出来る距離だ。

 このマップ機能はかなり優秀で、設定すれば敵が一定の距離まで近付くと、アラームを鳴らす事が出来る。

 つまり寝ている間でも、不意打ちをくらう心配がないのだ。


 敵の位置は距離的にはまだかなり遠い。

 僕が行った事のない場所に居るので、詳細マップは不明だ。

 しかし突然マップに敵の表示が現れたな。

 マップのアラーム設定範囲内でいきなり敵になったという事は、人造人間じゃなくて薬や注射で化け物にされてしまったタイプなのかもしれないな。

 それとももっと別の何かかも……。


 「ゴメン浩太君、美琴さん。僕、ちょっと体調悪くなって来たから早退するよ」

 「えー! 絶対嘘でしょ? さっきまで凄く元気だったのに!」

 「ゴメン。委員会は美琴さんと同じところに入れて貰えるように、筑波先生にお願いしておくよ」

 「……え? ホ、ホントなの? 具合大丈夫なの?」

 「うん平気。また後でメッセージ送るから」


 教壇に立った筑波先生に、体調が悪くなったと伝える。

 『引き籠りの件は、今回全く関係ないです』と視線で合図を送ると、筑波先生から気を付けて帰るようにと送り出された。


 <スイマセン筑波先生。我が儘ですが、足立さんと同じ委員会になるように、先生にお任せしてもいいですか?>  


 教室を出てから筑波先生宛てにメッセージを送っておいた。

 先生ならきっと何とかしてくれるだろう。


 急いで外にある昇降口近くのトイレの裏側、死角になっていて誰にも見つからない瞬間移動ポイントへと向かう。 


 <雪乃さん、今からそちらに向かいます>


 メッセージを送ってから、研究室へ瞬間移動で向かった。





 「……なぁ、いつも思うのだが、タケルはメッセージと同時にやって来るよな? このメッセージ、もう少し早く送れないのか?」

 「そんな事言っている場合じゃないんですって。来ましたよ、敵が」


 雪乃さんは僕のベッドが置かれている研究室で、呑気に珈琲を啜っていた。

 

 「何、本当か? それで、敵は何人だ?」


 慌ててリモコンを操作して、研究室から伸びる隠し通路への扉を開いた。

 今回、仮想空間へ繋がる巨大なコンピューターが設置されている研究室を、一時的に対策本部に改造してくれていたらしい。

 どんなふうに改造されているのか、僕もまだ入っていないので知らないのだが……。


 「どうだ? 急造ではあるが、トレーラーハウスで使用した作戦本部よりはマシだろ?」


 薄暗い通路を抜けた先には、アニメや映画でしか見た事がないような世界が広がっていた。

 部屋の中央に設置された天井と一体化しているコンピューターの手前に浮かぶ、向こう側が透けて見える立体ホログラムの巨大なマップ。

 そして数十名のスタッフ全員がヘッドセットを装着して、空間に表示されている画面を指を使って操作している。

 OPEN OF LIFEの中で、メニュー画面を操作しているみたいだ。

 この技術、現実世界でも確立されていたのか……。凄いな。 


 「タケル、視界のマップと照らし合わせて、今どのあたりに敵が居るか確認出来るか?」

 「ええ。そうですね……大体この辺りかな?」


 雪乃さんに手渡された、十インチ程のタブレットタイプのモニターにマップが表示されていたので、自分の視界と重ねて敵の位置を指差した。

 すると部屋に浮かぶ巨大な立体映像が、グングンと加速しながら拡大表示され、僕が指差す正確な位置が割り出された。


 「よし、直ちにこの場所に部隊を送れ! ただし手出しはするな、敵の確認だけでいいと伝えろ! 間違っても戦おうとするなよ」


 雪乃さんがキビキビとスタッフに指示を出している。

 ……ちょっとカッコイイじゃないか!

 

 黒いスーツ姿でビシビシと指示を飛ばす雪乃さんはカッコイイ。

 いつもこんな感じだったらいいのになー。


 「ん? 何だタケル」

 「いえ、別に何でもないです」


 カッコイイとか言ってしまうと、調子に乗ってしまい、指示系統が乱れてしまうかもしれないからな。……黙っておこう。


 「……よし、分かった」


 雪乃さんが装着するヘッドセットに、何やら通信が入ったみたいだ。


 「あと一分少々でターゲット近辺に到着するらしい。タケル、モニターで正確な位置を表示してくれるか」

 「分かりました。でも敵は移動しているみたいだし、少しズレますよ?」


 視界のマップでは、敵が居る近辺には地図が表示されていない。

 しかし敵の位置から数キロ程離れた場所に、過去に僕が行った事がある場所なのか、マップが表示されている所がある。

 その部分を視界の隅に表示させ、タブレットの地図と重ね合わせて敵の位置を指でタップする。

 行った事のある場所なら、こんな面倒な作業しなくても大丈夫なのに……。


 「スクリーン!」


 雪乃さんが叫ぶと、宙に浮かんでいた立体ホログラムの地図が消え、代わりに部隊に装着させているカメラ映像が映し出された。

 部隊は十二名で構成されているのか、十二枚のカメラ映像が宙に浮かんでいる。

 映し出された映像は何処かの街並みなのだが、なかなかの繁華街だ。

 人通りも多いし、人物を特定するのは難しそうだな。

 こんな繁華街をこの時間に、何事もなく移動出来るのであれば、見た目はごく普通の敵なのだろう。

 ……部隊の人達も映像に数名映り込んでいるけど、見た目は一般人だぞ? 何処にカメラを仕掛けているんだ?

 映し出されている映像の位置的には、頭の横くらいにカメラがあるはずなのだが……そんな物、見当たらないぞ?


 「よし! スキャンを始めろ!」


 雪乃さんの号令と同時に、十二枚の映像に映し出されている無数の通行人の顔に、赤くて四角いマス目が次々と合わさって行く。

 ……これはアレだ、顔認証スキャンというやつだな。

 データに登録された人物の場合、身元が特定出来るといった具合なのだが、何処に登録されたデータと照合しているのだろうか……。


 「……そいつだな」


 三十秒程照合が続けられていると、十二枚表示されていた映像の内、ひとつだけがアップで表示されて、残りの映像は消された。

 映像の中央には、背広を着込んだ三十代と思われる男性が映し出されている。

 繁華街を行き交う人々の中を、堂々と歩いているその男性を中心として、同時にその人物の詳細データが、モニターのスペースに色々と書き出されている。

 ……どこからどう見ても、普通のサラリーマンにしか見えない。


 「コイツはヒットマンだ」

 「え? こんな普通のお兄さんが?」

 「ああ、間違いない。顔認証、網膜認証で、全てのデータが一致している」


 ……顔認証だけじゃなくて、網膜認証もスキャンしていたのか。

 でも何故この会社はヒットマンのデータを照合する事が出来るんだ? ……全く以て謎な会社だな。


 しかしヒットマンならマップ内に突然現れた事にも納得出来る。

 多分何かしらの方法で連絡を受けて、今まで敵じゃなかったのに、依頼を受けた事で敵になったのだろう。


 「雪乃さん、どうします? 確実に処理する為に僕が行きますか?」

 「……そうだな。頼んでもいいか? おい、サポートチーム!」


 雪乃さんに呼ばれて、ひとりの男性がガラガラと台車を押して来た。

 乗せられていたのは、ショッキングピンクの改良型OOLHGと、ちょっと太めのショッキングピンクの全身タイツ。


 「絶対に着ませんから。速攻で処分して下さい」

 「待て待てタケル、慌てるな。そのカラーはただの冗談だ」

 「何の冗談ですか? 笑えませんし、怒りますよ?」

 「今回は人目に付く可能性があったからな。前回タケルが『スーツの上に服を着ると少し動きにくい』と言っていただろ? だから様々な改良型を用意しておいたのだ。このショッキングピンクの装備は、服の上から着るタイプで、光学迷彩の技術を使って、透過するように設計したのだ。これなら白昼堂々と行動出来るだろ?」


 ……それなら何故そんなカラーにしたんだ?

 僕を戦隊モノのピンクキャラ扱いするの、止めて欲しいんだけどな……。

 恐らく部隊の人達も、この装備品を装着しているんだな?


 「ずっと透明だったら何処かになくしてしまうだろ? だから普段はこの色にして目立つようにしておいたのだ。装着すればタケルの音声で瞬時に透明になるのだから平気だろ?」

 「透明になるまでが恥ずかしいです」


 そもそもただのヒットマンなら、スーツ自体必要なさそうだけど……。

 

 「それとタケルが言っていた例の場所、会社の敷地内に用意したから。使ってくれ」


 雪乃さんがタブレットに表示させた地図を指差し、その場所を教えてくれた。

 ……瞬間移動で向かえる場所みたいなので、僕が行った事のある場所なのか、或いはすぐ近くを通り掛かった場所なのか……。


 「ところで、透過するのはいいんですけど、僕、ヒットマンに顔を見られるのとか嫌ですよ?」

 「大丈夫大丈夫! ボタンひとつでOOLHGだけこのカラーのままで戦えるから」

 「……次からOOLHGを別のカラーにして下さい」


 このままだと確実にピンクキャラにされてしまうな。

 雪乃さんがブラックキャラで、僕がピンクキャラ。……普通逆じゃね?

 

 装備品を手に取り、スーツから装着する。

 着心地としては、薄手のサウナスーツみたいだ。

 服の上から着てみても、特別動きにくいと感じる事もないのだが、どうなんだろう。……服の下に着る方が良かったかな?


 「スーツは服の下に着るタイプの方が良かった気がしますね……」

 「そうか? それなら前回のスーツを改良したタイプがあるから、そっちを持って来させよう」


 ……本当に色々作っているんだな。

 雪乃さんは四ツ橋誠の一件、こうなる事も想定していたのかもしれないな。

 僕の体を何とかする為に、夜な夜な作業に取り組んでいたって言っていたけど、僕を不安にさせない為に秘密にしていたのかもしれない。

 

 「今回のヘッドギアは一段と凄いですね」

 「だろ? 素材にも拘ったからな」


 口もとだけが隠れない新型のOOLHG改は、装着すると嘘みたいに軽かった。


 「リンクスタート!」


 教わった通り声を出してみると、小さな電子音と共にOOLHG改の電源が立ち上がり、前回同様鮮明な視界が目の前に広がった。


 「透過」


 今度はみんなからOOLHGが見えないように、ショッキングピンクのヘッドギアを消してみた。

 僕の視界には特に変化はなかったのだが、周りからはOOLHGが見えなくなったみたいだ。

 ……サポートチームの男性が、僕の為に姿鏡を持って来てくれたから、自分でも姿を確認する事が出来たのだ。

 ふむ、今日の僕もなかなかイケメンだな。

 ちょっと髪の毛が押さえ付けられている気がするけど、これくらいならパッと見では分からないかな?


 「タケルの視界は、今回もこちらのモニターに映しておくからな」

 「その辺は前回と同じですね」


 通信のやり方も特に変化はないみたいだ。


 「この辺りには一度行った事があるので、サポートチームの車を一台待機させて貰えないですか?」


 タブレットタイプの地図を指差し、敵のヒットマンから、僕が向かえる一番近い場所を指定した。


 「分かった。その辺だと二、三分で車を回せるよ。……タケル、油断はするなよ?」

 「分かってますって。前回の時よりも、体の使い方にもスキルの使い方にも慣れていますから。安心して見ていて下さい」


 雪乃さんに見守られながら、OOLHGの最終確認を行う。

 うん。やはりスーツは服の下に薄手のタイプを着る方が動き易い。


 「じゃあちょっと行って来ます」

 「まぁ大丈夫だとは思うが、気を付けてな」


 作戦本部の皆さんに『行って来ます!』と手を振って挨拶してから、待機させている車の中へと瞬間移動で向かった。



 向かった先は、いつも僕の事を家まで拉致しに来ていたバンの中だった。

 後部に洗面スペースが完備されている車で、車内には飲み物や軽食が用意されていた。

 ……こんなVIP待遇じゃなくてもいいのに。

 運転手を務める男性もよく見る顔だ。

 いつも申し訳なさそうに、僕に謝っているので覚えている。


 「……お兄さん、お名前教えて貰ってもいいですか?」

 「くぅらタケル! そんな奴は放って置け!」


 早速雪乃さんから無線が飛んで来た。

 ……そして運転手の男性は一言も話さず、申し訳なさそうに謝っていた。

 会社の人達は僕との会話を禁止されているのだろうか……。


 敵が移動しているのは、ここから車を十五分程走らせた場所。

 僕としては、車の中を瞬間移動の中継地点に使うだけのつもりだったのだが、運転手のお兄さんが車を走らせ始めたので、このまま送って貰う事にした。

 断ったりすると、後でお兄さんが雪乃さんに怒られてしまうかもしれないからだ。


 「今回は敵がひとりになったところを、速攻で例の場所に連れて行きます。僕は拷問得意だし、洗いざらい調べさせて貰いますよ」

 「ご、拷問が得意な高校生……か。タケル、間違っても履歴書の特技欄には書くなよ?」

 「フフ、エンテンドウ・サニー社なら内定貰えそうな特技ですけどねー」


 無線の向こう側から、クスクスと数名のスタッフさんの笑い声が聞こえて来る。

 そんな冗談が言い合える程、みんながリラックス出来ているという事だ。

  

 「タケル、ヒットマンは店舗に入ったぞ。小さな薬局らしいが、店舗の外からはヒットマンの姿は確認出来ないそうだ」


 薬局? まさかお腹が痛くなったわけでもないだろうし……。

 僕達を始末する為のヤバイ薬でも手に入れているのか?

 まぁヒットマンの状況次第だけど、車に乗ったまま近付く事が出来れば瞬間移動で攫えそうだな。

 

 いよいよヒットマンが居る場所を、視界のマップで確認出来るようになったので、運転手の男性に『ここから少しゆっくり走って下さい』と伝えた。

 ヒットマンが居る建物は二階建てで、店舗部分にはお店の人と思われる人物が一人しか居ない。

 ヒットマンは店舗部分とは別になっている奥の部屋で、所狭しと動き回っている。

 何をしているのかは分からないけど、一人で居るのであれば好都合だな。


 「雪乃さん、このままターゲットを攫います。この車は僕が居なくなった後、普通に帰って貰って下さい」

 「分かった。くれぐれも気を付けるのだぞ」


 どんどん車が薬局に近付く。

 車内に設置されていたルームミラーで確認しながら、OOLHGの側面に配置されているボタンを手探りで押すと、透過状態だったショッキングピンクのヘッドギアが出現した。

 

 ……さて、始めるとするか。


 店舗の前を通り過ぎる際に、瞬間移動で攫える距離まで近付けたので、ヒットマンと二人でエンテンドウ・サニー社まで移動した。


 今回の作戦では、今日みたいに人目に付く場所や時間帯に戦闘になるかもしれないという事で、エンテンドウ・サニー社の敷地内に、OPEN OF LIFEの自宅の地下室みたいな場所を用意して貰っていたのだ。

 誰にも見られない場所で、頑丈な場所で、色々とし易い場所。

 少し大きなコンビニエンスストア程のスペースで、壁、床、天井は全てコンクリートの打ちっ放し。

 窓やドアはなく、天井には四つの電球が埋め込まれているだけなのだが、天井の隅の一ヶ所だけ、金属板が設置されている。

 恐らく人が出入りする所兼通気口みたいなのだが、部屋には梯子もなく、普通の人ではジャンプしても届きそうにない高さだ。


 そんな無機質感が漂うこの空間に、突如として連れて来られたYシャツ姿の男性は、僕の目の前でパニックを起こしていた。

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