スペシャルエピソード †血塗られた堕天使† 沖野華の場合
私には悩みがあります。
家族以外の人と上手く会話が出来ず、極度に緊張してしまう事です。
小さい頃からずっとそうでした。
幼稚園の頃から今の今までずっとです。
人の目を見て話すなんて以ての外。人の前に立つと意識が散漫になり、何を話したら良いのか分からなくなります。
思考回路は停止してしまい、脚に力が入らなくなり、顎が宙に浮かんでいるみたいにガクガクとなって声が出せなくなります。
ずっとこんな感じだから、今まで『友達』なんて出来た事がありません。
当然ですよね? 自分でも私みたいな人とは話なんてしたくないのですから……。
私はいつの日からか、人と接する事を避けるようになりました。
学校でも教室で一人ポツンと席に着いています。もう慣れっこです。
最近では休み時間でも席に着いて、ライトノベルを読む事がマイブーム。
こうやって本を読んでいれば、クラスメート達と一定の距離を保てますし、自分の間合いを侵される心配もありません。
今日もクラスメート達の喧騒渦巻く教室の中、私は本の世界へと冒険に向かいます!
ライトノベル、ラノベと呼ばれるジャンルの主人公や登場人物はおかしな人達ばかりで、私みたいに引っ込み思案な人物も登場したりするの。
そしてそんな登場人物達に自分の姿を重ねて色々な妄想を膨らませるのです!
時には剣の達人として世の中に蔓延る悪を斬り、時には魔法を操り魑魅魍魎を冥府へと
時には――クラスの男子生徒達から異常にモテ始めたりする。
……私だって別に異性に興味が全くないわけではないのですよ。
ただ誰とも話す事が出来ないだけで……。
そんな中、私はVRMMO OPEN OF LIFEの存在を知りました。
自慢じゃないですけど、ゲームは凄く得意ですのよ。フフフ。
ジャンルは『何でも来い』状態ですが、みんなで協力するゲームでも絶対に一人でしか参加しない、所謂ソロプレイヤーなのです。
協力プレイは私には凄くハードルが高いのですが、OPEN OF LIFEだけは絶対にやってみたいです。絶対です!
だって、こんな私でも大好きなラノベの主人公達みたいに、魔法が使えるようになったりするのですよ!
見た目だって普段の地味な私ではなくて、大好きなキャラクター達みたいにド派手に着飾ってもいいのですよ!
そしてもしかしたら、……もしかしたら今の自分を変えられるかもしれない。
出来る事なら、……新しい自分に生まれ変わりたい!
しかし、中学生の私には大き過ぎる壁がそこにはありました。
……そう、ゲーム機一台二十万円という目の眩む金額です。
お年玉貯金を全額使い果たしても、千五百時間ばあちゃんの肩揉みをしないといけない金額。
両手がもげてしまいます。いや、その前にばあちゃんの両肩がもげてしまいます……。
お小遣いの前借りなんて自殺行為だし、アルバイトなんて出来そうもありません。
私は人生で初めて、お母さんに頭を下げました。
今まで頭を下げてのお願い事なんて一度たりともした事がありませんが、熱意を込めて思いの丈をぶつけました。
その様子を枝豆をアテにして、ビールを飲みながら見ていたお父さん。
「分かった。じゃあその抽選に当たった場合は、お父さんがそのゲーム機を買ってやろう!」
どうせ当たらないだろうと高を括っていたのか、酔っ払っていたのか、お父さんが買ってくれる事になりました。でも――
「お父さん、お金持ってないじゃない。いっつもお母さんにお小遣いおねだりしているのに」
「そ、そうだが……いや、華の為だ。もし当選したらお父さん唯一の自慢の品、このRO〇EXを売り払ってでもお金を作ってやるよ! ガハハ-!」
左腕を頭上に掲げて高笑いしていたお父さん。
そしてお父さん自慢の品はオークションに流れて行きました。
斯くして遂に届いたOPEN OF LIFE。
早速ログインすると、小屋の窓から見える世界に驚きました。
「大好きなラノベ達に出て来た風景のイメージ通りだー!」
感動のあまり私は大声で叫んでいました。
すぐ隣にエフィルさんが居る事にも気付かず……です。
その後小屋の中でアバター設定をする際、自分そっくりのアバターが姿を現したのですが、正直自分がこんなにも地味だとは思っていませんでした。
『華』なんて名前を付けて貰ったのに、私はこんなにも華がない女子だったのですね……。とほほ……完全な名前負けです。
でも、ここはゲームの世界なんだし、どんなに着飾っても平気なのよ!
あのキャラクターみたいに金髪ツインテールにしてオッドアイにでもしようかしら。
それとも黒髪のままロングヘアーにして猫耳でも付けようかしら。
やっぱり幼女姿で金髪ロングヘアーにして、牙でも生やして――いやいや、巻き髪にして、片目だけを黄色くして瞳に模様でも書いてみるのもアリかな。
紫ロングヘアーで毒舌なあのキャラクターも捨て難いし……ぜ、全然決められないよー。
結局二時間程最初の小屋で悩み続け、全てのキャラクター達を混ぜ合わせる事にしたのですが、顔を修正するのは、整形手術するみたいで勇気が要りましたので、髪型だけをド派手に変更する事にしました。
「アイテムの支給がございます。お受け取りになって下さい」
その後すぐにエフィルさんがギフト装備をくれたの。『ゴスロリファッション』っていう最高にカワイイ装備です!
私が製作したアバターに、最高に似合うカワイイ装備だったの!
しかもアイテムを装備した瞬間、火魔法まで覚える事が出来たのです! ……もう一つスキルを覚えたみたいですが、それはこの際置いておきましょう。
私が付けた名前、製作したアバター、そして火魔法。
これら三つの
気が付けば更に二時間、小屋の中で時が経過していました。
そして私の中でひとつの物語が新しい命を授かっていました。
大魔導士
私には悩みがあります。
家族以外の人と上手く会話が出来ず、極度に緊張してしまう事です。
この悩みは、
最初の頃は、一人で只管演技の練習や魔法の練習を繰り返していました。
そして
しかし最初の一歩、他の冒険者達に話し掛けに行く最初の一歩が、どうしても踏み出せませんでした。
男性に話し掛けるのは難易度が高過ぎましたので、まずは話し掛け易そうな、同年代っぽい女性にターゲットを搾りました。
そして木陰に隠れて話し掛けるチャンスを伺い続けました。
さり気なく名前もチェックしてその人を追い掛け続けていたのですが、最初の一歩が踏み出せないまま、ある時からその女性プレイヤーは姿を見せなくなってしまいました。
どうやら私を置いて、次の町へと移動してしまったみたいです。
……ショックでした。もっと早くに声を掛けるべきでした。
あの時躊躇せずに声を掛けていれば……なんて後悔しても後の祭り。
次こそ、次こそはすぐに声を掛けてみよう!
そんな事を何度も繰り返していると、気付けば周りには誰も居なくなっていました。
みんな私を置いて次の町へと移動してしまっていたのです。
こうなったら、私の『
私はカクカクと笑い続ける膝を必死で前へと進め、一度も入った事がないギルド会館の扉の前まで辿り着いたのです。
落ち着け私、まずは深呼吸です!
……よ、よし! ……お、お土産、お土産くらい持って行った方がいいのかな? 笹、笹ってこの世界でも生えているのかな?
いや、プレイヤーなんだから、そもそも笹は食べないかも……。
ギルド会館の扉に両手を掛けながらアレコレ考えていると、突然視界が暗転しました。
そして気が付けば地面に寝転がり、ヨルズヴァスの空を眺めている状態だったの。
……何が起こったのか全く分かりませんでした。
「……あの、大丈夫すか?」
男性の声が聞こえた後、体が物凄く軽くなった感覚に陥り、無意識で体を起こしました。しかし――
ひ、人が近い! 自分の間合いが保てない!
私は慌ててその場を逃げ出そうとしたの。
でもそのおかしな恰好をしたプレイヤーの後ろには、チラリとパンダの姿も見えました。
アレが『客寄せパンダ』なのだとすると、ここで逃げ出してしまえば、今後ずっと独りぼっちになってしまうかもしれない。
そう考えた私は、何とか勇気を振り絞ってその場に踏み留まり、平静を保とうとしたの。
沖野華では会話が出来ない。
よ、よし。ここで兼ねてから練習していた出会いのセリフを――
「あの、大丈夫すか?」
ちょっとー! 私がセリフを言う前に話し掛けられたら、何て言ったらいいのか分からなくなるじゃないですか!
お、落ち着くのよ私。……あ、大事な日傘を落としたままでした。
……あれ? ずっと、ずーっと頭の中でシミュレーションして来たセリフがひとつも出て来ません。どうして?
もうここから私の頭の中は、普段通りの沖野華でした。
思考がグルグルと空回りし続ける、いつも通りの私。
どのくらいの時間が経過したのかさえ分からなくなってしまいました。その時――
「あの、もし良かったら僕達と一緒に行きませんか? この辺りには現在――」
「行きます、一緒に行きます」
声を掛けられた私は無我夢中でそう叫んでいました。
そしてそこから先は殆ど記憶にありません。
意識が戻り始めた頃には、タケルさん、REINAさん、源三。三人のプレイヤーが私の傍にいました。
……あれ? でも何故だろう。こんなにもすぐ傍に人が居るのに、ちっとも間合いが気にならない。
しかも……何だか楽しい!
私が言葉に詰まっても、みんな温かい目で見てくれる。
中二病全開でキャラを演じても、誰も引いたりしないし、それどころかタケルさんは私と同じように中二病キャラを演じてくれたりもする。
私の悩み、この人達となら解決出来る……かも。
お父さんにはちょっと悪い事しちゃったけれど、このOPEN OF LIFEなら自分を変えられるかもしれない!
だからもう少し、もう少しだけ私に力を貸してね、
いつか沖野華として、みんなと接する事が出来るようになる、その日まで……。
「沖野さんがメッセージを送っているのって珍しいよね」
自分の席に座り、
松本さんは明るくて優しくて、おまけに凄く美人。クラスの女子の中でも中心的存在です。
こんな私にもたまに話し掛けてくれる、とっても良い人なのです。
でもいつも私は素っ気ない返事をするだけで、コミュニケーションを取ろうとはしませんでした。
こんな良い人の松本さんに、嫌われたくなかったからです。
出来れば松本さんとは今以上に仲良くなりたいのですが、どうやって会話していけばいいのでしょうか……。
……
「……もしかして、彼氏?」
……へ? か、彼氏? 何故? 何処からそんな突拍子な話が出て来たのですか?
あの、そんな『聞いてはいけない事を聞いてしまった』みたいな顔しないで貰えますか?
……落ち着け私。まず否定だけはしておかないと。
「ああ、あの、えーっとですね――」
「うそー! 沖野さん彼氏居るのー!」
松本さんを押し退ける勢いで、松本さんの傍に居た神崎さんが、突然会話に割り込んで来ました。
ひぃー! いきなり二人同時に話すのとか無理ですよ! 無理無理! ま、間合いを崩さないで下さいー!
「ねぇねぇ、沖野さんの彼氏ってどんな人? イケメン? 年上? お金持ち? スポーツマン?」
私は彼氏が居るなんて一言も言っていないのに、いつの間にか彼氏が居る設定になっていて、神崎さんがグイグイと迫って来ます……。
な、何だか困った状況になってしまいました。
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