第39話
ドラゴンの背中に乗り、前方からビュウビュウと突風が吹き付ける中、すぐ傍に座る雪乃さんは、何故か僕の方へと体をすり寄せて来る。
……何だか必死さが伝わって来るから、減点だな。
「ところでピレートゥードラゴンの会話イベントってどんな事を言っていたんですか?」
「自我を取り戻せた事への礼とか、私達がやって見せた魔力石を吸収させる話とかだな。後は残り三つの神器を早く回収しろよ? って事だな」
魔力石を吸収させる方法も話していたのか。
ガゼッタさんが魔力石の効果を、装備品に吸収させている方法によく似ているよな。
「王者の冠にはヨルズヴァスの魂が宿っていて、その力を使って神龍を召喚するのだ」
現在装備品に吸収させている魔力石のモンスター達も召喚出来るのでは? と思ったけど、ヨルズヴァスの魂の力が必要みたいなので、それは無理っぽいな。
そんな話をしていると、ピレートゥードラゴンの肩越しに、広大な海が見えて来た。
空を飛び交っていた海鳥達は、突如として現れたドラゴンの存在に気付き、蜘蛛の子を散らしたように各地へと避難している。
驚かせてしまったみたいだ。何かごめんなー。
そして視界の先には四方を城壁で囲まれた要塞都市、イスタリアが見えている。
やっぱり空を飛んで移動すると早いなー。もうイスタリアに到着してしまった。
ヤマト国、オリエンターナに続き、三つ目の主要国家に初上陸だー!
……アレ?
「なぁ、聞こうと思っていたのだが、タケルはイスタリアに来た事はなかったのか? タケルと一緒にドラゴンドライブするのは楽しかったが、あまり時間が――」
……イ、イスタリア来たよ。来た事あったよ!
数時間前に
瞬間移動で雪乃さんと二人で来られたのに、時間を無駄にしてしまった……。
雪乃さん、そういう事はもうちょっと早く言ってよ……。
「イスタリアの近くに居る神龍って海に居るんですよね?」
源三がヤマト国に居たプレイヤーから聞き出してくれた情報だ。
確か名前が……チルブプレドラゴン、だったかな?
「ああそうだ。ヨルズヴァスの海の覇者『クエルブレドラゴン』だ」
……おしい、ちょっと違った。
「普通だとなかなか倒しにくい神龍だぞ? なんたって船で神龍の所まで向かわないといけないし、船上戦になるしな。でも今回はこのままピレートゥードラゴンに乗せて貰って、空から速攻で終わらせよう」
ふむ。どうやら次の神龍も奇襲作戦で終わらせるみたいだな。
しかし……船? イスタリアで購入するのか、それとも何処かのイベントで手に入れるのか。
「タケルはオリエンターナが船の町だという事は知っているか?」
確かにオリエンターナは、城壁の西側が運河に面していたけど、船の町だったのか……。
「船はオリエンターナで大金を出して購入するのだ。パーティーメンバーの人数にもよるが、ドラゴンと一戦交える為の船だ。かなりの金額だぞ?」
そりゃ大きさも必要だし、沈まない為の補強だって必要だし……。普通のプレイヤー達で買える金額なのだろうか。
「しかしタケルの場合だと、カヌット村でヤングンのイベントを消化していただろ?」
ヤ、ヤングン? 誰だっけ? ……あああれだ、アンデッドマスターと戦った時にクエストを依頼して来たおじいちゃんだ。
完全に忘れていたぞ。もう一度訪ねてくれ! って源三が言伝されていたのに、放置していたよ……。
「アンデッドマスターのドロップアイテム、『魂の涙』を名前持ちグールであるハンスの魔力石に使用すると、ハンスを生き返らせる事が出来るのだ」
ふーん、そうだったのか。魂の涙とハンスの魔力石、二つ共道具袋の肥やしになっていたよ……。
「ヤングンは造船業の親方だからな。格安で船を作って貰えるぞ?」
「ああ成程、そういうからくりがあったんですね? でもオリエンターナは大魔王直属の四天王による一斉攻撃で、被害を受けているんじゃないんですか?」
「そうだな。今はボロボロだな。この時に街の復興に尽力すれば、オリエンターナの住人から信頼を得る事が出来て、船を作って貰い易くなるのだ」
ヤングンさんのクエストを消化出来なかったプレイヤー達の救済策だな。
大体普通のゲームだと、陸路を移動する乗り物、海を移動する乗り物、そして空を移動する乗り物、の順番で手に入れる事が多いのだけど、僕の場合はいきなり空を移動する手段を手に入れてしまったのか。
……船の必要性がなくなってしまった。船はゲームでも途中から放置されるもんな……。
それとメンバー達を乗せて回った荷車を、陸路を移動する乗り物にカウントするのはやめておこう。
「おいタケル、見えて来たぞ! クエルブレドラゴンだ」
盛られた胸を僕の腕にグイグイと押し付けながら、雪乃さんが指差す先には一匹の首長竜が居る。
沈み行く夕日に照らされた黄金色の穏やかな水面に、二本の長い引き波を付けながらゆっくりと移動している。
よし、やるか。
……と、意気込んではみたものの、僕、泳げないんだよな……。
この事が雪乃さんに知られてしまうと馬鹿にされそうだし、ここはひとつ雪乃さんをヨイショして、一人で倒して貰おう。
「……僕、雪乃さんと二人で冒険出来て凄く楽しいよ」
「ととと突然何だー! ……フフン、夕日をバックにドラゴンの背中でプププロ、プロポーズとか、タケルも乙女心が分かっているじゃないか」
「いや、全然そんな事じゃないんですけど、僕、雪乃さんのカッコイイ姿を、写真付きでメモ帳に保存しておきたいなーって思ったんですよ」
軟体動物のように体をクネクネとさせていた雪乃さんは、僕の言葉を聞いて動きをピタリと止めた。
「……何かがおかしいな。何だかタケルに煽てられている気がする」
うう、こんな時だけ異常に鋭いな。
数百メートル下方の海面を移動する神龍と僕の顔を、何度も交互に睨みつける雪乃さん。
「ははーん。……さてはタケル、泳げないな?」
「全然そんな事ないし。超泳げるし。何言ってるの? 昔から泳ぐの得意だし! 水泳の季節が来るのを毎年楽しみに待っていたし! 川で泳いだり、海で泳いだりと、夏の間は陸の上で生活する時間より、水の中で生活する時間の方が長かったくらいだし」
じ、自分でも何を言っているのか分からなくなって来た。
「プッ、ぶははー! 何を言っているんだタケル! 何だか知らんが凄い早口になっているぞー」
「雪乃さんが僕が泳げないとか、わけの分からない事を言うから――」
「安心しろタケル。その体で溺れるわけがないだろ? すぐにスキルを習得するよ」
……あ、そう言われるとそうだった。
『水泳』スキルを習得するのか、それとも『潜水』スキルを習得するのか……。
「よし、ピレートゥードラゴンはこの場で待機させたまま、一気に突っ込むぞー!」
「ちょ、雪乃さん! 僕はまだ心の準備が――」
雪乃さんの脇に抱えられ、神龍の背中から海に向かってダイブさせられた。
名前
・クエルブレドラゴン
二つ名
・ヨルズヴァスの海の覇者
職業
・神級ドラゴン
・四大神龍の一角
Lv
・240
住居
・イスタリア沖合の海王神殿
所属パーティー
・なし
パーティーメンバー
・なし
ステータス
・空腹
HP
・11300
MP
・29110
SP
・9500
攻撃力
・1670
防御力
・2120
素早さ
・1490
魔力
・9870
所持スキル
・ヨルズヴァスの加護
・水属性攻撃無効
・毒無効
・麻痺無効
・HP自然回復 LV8
・MP自然回復 LV8
・SP自然回復 LV8
・魔法耐性 LV8
・威圧 LV10
・水ブレス攻撃 LV10
・毒攻撃 LV10
・薙ぎ払い LV10
・八つ裂き LV10
・大波 LV10
・エクストラヒール
・エクストラキュアヒール
・ウォーターカッター
・アイスウォール
・ウォーターハザード
・ミストガード
・絶対零度
装備品
・なし
所持アイテム
・王者の杖
・伝説の武器 ランダムドロップ
所持金
・25,000,000G
空中から落下しながら、クエルブレドラゴンのステータスを覗き見してみた。
流石は四大神龍、なかなかのステータスとスキルだな。
魔法攻撃主体のドラゴンみたいだけど、物理攻撃が通らない【ミストガード】と『魔法耐性』の組み合わせは少し卑怯じゃないか?
船の上という限られた場所で戦う相手だと考えると、正面からぶつかるには少々厄介な相手だな。
……普通なら、な。
「ふははー! 私が一番乗りだー!」
脇に抱えていた僕を空中に放り投げ、雪乃さんが全身に炎と風を纏う。
いきなりそんな大技出してしまったら、一発で終わっちゃうんじゃないか?
ここ上空から見るクエルブレドラゴンは、ピレートゥードラゴンより二回り程大きい。
全身に紺瑠璃色の鱗を纏っていて、魚と龍を足した感じの外見だ。
こんな見た目の首長竜を、昔恐竜図鑑で見た事があるぞ。
両腕なのか、両ヒレなのかはよく分からないが、異様に長いペタンコの物が、ドラゴン前方の海面から飛び出している。
威嚇をしているのか、馬の
そりゃピレートゥードラゴンに乗って来たんだし、当然気付かれているよなー。
奇襲攻撃にはならないけど、僕と雪乃さんの場合、その辺りはあまり関係ないよ。
僕の一番の敵は、……迫り来る海! ただそれだけ!
両腕で自分の身体を抱き抱えて、足と体を一直線に伸ばし入水体勢を取る。
慌てずに深呼吸を二、三度繰り返してから、大きく息を吸って止めた。
激しい入水音と共に、足の裏から衝撃が伝わって来た。
直後に、ひんやりと冷たい感覚が全身を包み込む。
海中がどんな風になっているのかは、目を閉じているので分からない。海中で目が開けられるわけがない。
まずは今までの人生で三メートルも進んだ事がない、クロールの泳ぎ方を思い出しながら腕をがむしゃらに動かしてみる。
ピコーン!
・水泳スキルを習得しました!
・水泳スキルがLV10に上がりました!
お馴染みの軽快な音が聞こえて来たので、思い切って両目を開けてみると、視界の隅には『水泳』スキル獲得の文字が表示されていた。
そして海中の景色は……どこまでも深い青だ。
僕が飛び込んだ所はかなり深い場所みたいで、海底は見えない。
魚や他の生物の姿も一切見当たらない。
上空から落下して来た為、深くまで沈んでしまったのか、水面の位置も分からない。
……どっちに向かって泳げばいいんだ?
動きを止め、落ち着いて泳ぐ方向を見極めていると、突然視界が変化した。
僕はピレートゥードラゴンの背中の上に移動していて、目と鼻の距離には心配そうに僕を見つめる雪乃さんの姿がある。
どうやら雪乃さんが瞬間移動で連れて来てくれたみたいだな。
「たたた大変だ! タケルが溺れたー! じじじんこ人工呼吸――」
「さっき自分で『溺れるわけがないだろ』って言っていたじゃないですか。ワザとらしい」
離れて下さい、と迫り来る雪乃さんの体を引き剥がす。
「全然タケルが浮かんで来ないから心配したのだぞ。もしかして本当に溺れてしまったんじゃないかと思って……。だからキス――人工呼吸を――」
……もうキスって言ってしまっているじゃないか。
それよりもクエルブレドラゴンはどうなってしまったんだ? とホバリングするピレートゥードラゴンの首筋から覗き込んでみる。
……ひっくり返った黒焦げのドラゴンが、海面にプカプカと浮かんでいた。
召喚中のピレートゥードラゴンに『もう帰っていいよ』と伝えると、僕達は空中に放り出された。
「我の力が必要な時には、いつでも呼び出すがよい」
確かそんなセリフと共に、真っ赤な魔法陣へと飛び込んで行った。
せめて僕達を何処かに降ろしてから帰るとか、気を遣えなかったのか?
「タケル、このドラゴンと一緒にオリエンターナ近くの街道まで移動してくれ」
黒焦げとなってしまったクエルブレドラゴンのお腹の上に瞬間移動で向かうと、雪乃さんから指示が出たのだが、その理由はすぐに理解出来た。
このまま魔力石に封印してしまうと、魔力石とドロップアイテムの宝箱が海中に沈んでしまうからだ。
……しかし何故オリエンターナ?
「予定よりかなり時間が掛かっている。神龍狩りは後一匹が限界だな」
街道に移動すると、雪乃さんは神龍の死骸をさっさと魔力石に封印して、会話イベントをメニュー画面を操作してスキップさせた。
どうやら僕にゲームを楽しませようという気は全くないみたいだ。
……それとも今度メンバー達と来た時に、ゆっくりと確認しろという事なのだろうか?
「ドラゴンドライブが影響してしまったな。神龍の魔力石は四つ揃えるとステータスの大幅アップが可能だったのだが――」
流れ作業のように王者の杖に魔力石を吸収させると、僕に向かって放り投げた。
受け取った王者の杖は想像していたよりも長く、僕の背丈よりも長い。
王者の冠同様、凄くシンプルな木製の杖だ。
杖の先端には、雪乃さんが吸収させた瑠璃色の魔力石が埋め込まれている。
……しかし雪乃さん、今さらりと重要な事言わなかったか?
「今『神龍の魔力石を四つ揃えると、ステータスの大幅アップ』とか言わなかったですか?」
「言ったぞ? その為に神龍狩りを進めて来たのだが、時間的に厳しいから今回は諦めよう」
雪乃さんは壊れる勢いで宝箱の蓋を閉め、間髪入れずに宝箱を蹴り飛ばした。
どうやら今回の小さな宝箱にも、例のアレが入っていたみたいだ。
遥か遠方の山脈を越えて行ったアレ、誰か拾ってくれるかな……。
「……気になっていたんですが、残りの二匹の神龍てどんな奴なんですか?」
空の王者、というのをピレートゥードラゴンのステータスで見つけた時から気になっていた。
『空』と来れば『海』そして『陸』と、何となく想像出来たけど……残りひとつが分からない。
そして冠も杖もシンプルなデザインだったので、残り二つの装備品も恐らく地味な物なのだろう……。
神器なのに、誰も装備したいと思わないんじゃないか?
「一匹は『大地の王者』で、ここからすぐ近くに居るドラゴンだ。タケルも名前は知っていると思う。日本で有名なドラゴン『ヤマタノオロチ』だ」
「あ、知ってます! 八本の首を持つ伝説の怪物ですよね?」
「そうだ。だが私達に掛かれば一撃か二撃で終わるだろうな。倒すならこっちの方が楽チンだな」
「へ? もう一匹のドラゴンは厄介な奴なんですか?」
「ああ。そいつがストーリー上、大魔王側に寝返ったとされている神龍だ」
そういやエフィルさんが言っていたな。一匹が寝返ったから神龍達のバランスが取れなくなったとか、別の大陸に行ったとか。
「『光の王者』と呼ばれていたバルドールという神龍で、四大神龍の中でも最強だったのだが、大魔王直属の四天王の一人であるドゥルジに、体を乗っ取られてしまったのだ」
し、四天王に体を乗っ取られた? どういう事?
「ドゥルジは言葉巧みにバルドールに近付き、体内に侵入して精神を乗っ取ったのだ。バルドールはデカいからなー。今では『闇の王者ドゥルジ』と名乗っている」
「……つまりその神龍を相手にするという事は、大魔王直属の四天王を相手にするって事なんですね?」
「そういう事だ。ドゥルジはここオリエンターナから海を越えて南方に行った場所、別の大陸である『エルドラド』で待ち構えている。普通なら船で向かうのだが、神龍召喚を使えばピレートゥードラゴンでもクエルブレドラゴンでも、どちらでも向かえるぞ」
「エルドラドですか……。そこに行けば闇魔法が覚えられるんですか?」
「ああそうだ。ドゥルジが待ち構えているすぐ近くに闇の神殿があるからな。行ってみるか?」
「ええ、そっちに行きましょう!」
ヤマタノオロチも見てみたかったけど、闇魔法の方が気になるし。……ちょっとテンションが上がって来た。
つい先程帰らせたピレートゥードラゴンを、『神龍召喚』でもう一度呼び出す。
「別大陸のエルドラドまで乗せてってくれる?」
雪乃さんの腕を掴み、ピレートゥードラゴンの背中に飛び乗った。
「……タケルに言っておく事がある」
二度目のドラゴンドライブの最中雪乃さんと雑談していると、突然静かに語り始めた。
「闇の神殿では、とあるイベント事が発生するのだが、今回は時間がないので無視するぞ」
「……どんな内容なんですか?」
「行けば分かる。しかしそのイベントはかなり面倒なのだ。だから一切無視してくれ」
「何だかよく分かりませんけど、雪乃さんがそう言うなら無視しますよ」
珍しく雪乃さんが真面目だし、時間もないし、何が起こるのか知らないけど、今回は言う事を聞いておこう。
ゲームの話や明日からの事を話していると、遂に新しい大陸が見えて来た。
しかし大陸というよりも、どちらかというと島に近いかな。ちょっと小さい。
「ほら、あそこに見えているのが闇の神殿だ」
雪乃さんが指差す先には、島にある唯一の建造物が見えている。
島を覆い尽くす森の中央付近に、紫色の闇の神殿がポツンと建造されている。
遂に見つけたぞ、ルシファー! 今度連れて来るからなー!
しかしその神殿よりもデカいドラゴンが、神殿の更に奥の海岸沿いに見えているのが気になる。
夕暮れ時の紫の空がドラゴンの体を染めているのか、元々がそういう鱗の色なのか、全身が深い黒紅色の強そうなドラゴンだ。
相変わらずこの時間帯の僕の視界は、非常に分かり辛い。
……『暗視』スキルが邪魔をして、正確な色の判断がしにくいのだ。
ここは是非とも次回のアップグレードで何とか改善して貰いたいよなー。
ひとまず四天王だか神龍だかは置いといて、闇魔法を習得する事にしよう。
今回はピレートゥードラゴンに頼み、きちんと神殿前に降ろして貰った。
「……何だかこの神殿、ちょっとボロいですね」
神殿内部へと足を踏み入れると、遠目からでは分からなかったのだが、建物がかなり傷んでいる。
折れてしまっている柱や崩れ落ちた外壁、割れて床に散乱しているステンドグラス。
人が居ないので手入れがされていない、とかそんな理由かな?
「バルドールが近くで暴れたからなー。……それよりもタケル、約束通りイベント事はスルーだぞ?」
「分かってますって」
しかし雪乃さんがこんなにも避けたがる面倒なイベント事って、一体どんな物なんだ?
それも気になるけど……更に気になる事がある。
「ところで闇魔法ってどんな物があるんですか?」
【ドレイン】、【ダウン】、【シェア】はアンデッドマスターが所持していたから知っているけど、それ以外は不明だよな。
火魔法とかだと、どんな魔法があるか色々と想像し易いけど、闇魔法はちょっとな……。
悪魔召喚――はスキルで既にあるから、闇魔法じゃなさそうだし……。
「タケルはアンデッドマスターを倒しているから、奴が使う魔法は知っているだろ? それ以外の魔法だと、相手に毒攻撃をくらわせる【ポイズン】、相手を麻痺させる【プラーシス】、更には地獄の門を出現させ、鬼の手であの世に引きずり込む攻撃魔法【
何その超怖い魔法! 絶対に使いたくないぞ!
……雪乃さん、何故そんな物騒な魔法を作ったの?
暫く神殿内部を進んで行くと、背中の大きな翼が特徴的な女神像の所に到着した。
しかし雪乃さんが『バルドールが暴れた』と言っていた為なのか、女神像は倒れており、背中の翼も片方が付け根から折れてしまっていた。
そして問題のイベント事が何なのか判明した。
「……おお、まさかこんな
髭面のおっちゃんが、倒れた女神像のすぐ傍に設置された鉄格子の中に閉じ込められていたのだ。
そしてその鉄格子の中には宝箱がひとつ設置されている。
……宝箱に仕掛けられた罠、とかそんな感じかな?
「無視だぞ、タケル」
「……分かりました」
自業自得だからな。可哀相だけど、今回は雪乃さんとの約束があるし、次に誰かがここに辿り着くまで頑張って生き抜いて下さい。
「……おい! た、助けてくれないのか?」
無視だぞ? と雪乃さんが視線を送って来るので、おっちゃんの言葉には耳を傾けず、倒れてしまった女神像をゆっくりと起こす。
「……わ、分かった。ワシを助けてくれたらコレをやろう」
おっちゃんは自分の腰からぶら下げた道具袋を開け、虹色に輝く水晶玉を取り出した。
タケル<雪乃さん、アレ何ですか? 良い物じゃないんですか?>
無視すると約束していたので声には出さず、メッセージで尋ねる事にした。
ゆきのん<おい、無視する約束だろ? アレは奇跡の宝玉っていう一定時間魔力がアップするアイテムだ。話を聞くなよ>
再度雪乃さんに念を押され、女神像の前に立つ。
「……これ、これもやる! な? 頼むよ? ここから出してくれ」
今度は道具袋から豪華絢爛な剣が出て来た。
……一体何者なんだ? このおっちゃん。
もじゃもじゃの髭は髪の毛と繋がっていて、何処までが髭なのかは不明。
小太りの体型が邪魔をして、着ている金ピカのベストのボタンは届きそうにない。
そして指には宝石がじゃらじゃら……。
……この趣味の悪いベスト、何処かで見た事があると思ったら、ワイバーンキングの巣で見つけたベストと同じで、くるみに拒否されたヤツだ。
しかしひとりでこんな所まで来られるという事は、それなりの人物だということか?
そして一番気になるのは、冒険者しか持っていないはずの道具袋を所持しているという事だ。
頭上には白色の逆三角形の表示が出ているので、間違いなくNPCなのだが……。
「よくぞ参られました、ヨルズヴァスの御子達よ」
おっちゃんを無視し続けていると、女神像から深い紫色の光の玉が出現した。
他の魔法を覚える時と手順は全く同じで、女神像の前で跪くと全身が赤黒く輝いた。
「よし、じゃあ急いで神龍狩りをして
「そうですね。もう時間もないですし、さっさと終わらせましょう」
雪乃さんと二人で神殿の出口へと向って歩く。
おっちゃんには悪いけど、雪乃さんとの約束――
「ならばコレ、これならどうじゃ! 今ではもう入手不可能な品じゃぞ! ヨルズヴァス最新トレンド水着・下着コレクショ――」
「【紫電一閃(しでんいっせん)】!!!」
雷の速さでおっちゃんの所へと戻り、鉄格子を切り刻んだ。
震える手で雷切丸を鞘へと仕舞い、おっちゃんが頭上に掲げていた見覚えのあるBlu-rayディスクのパッケージを、無言のまま奪い取った。
……やっとだ。やっと出会えた。
ずっと冒険を続けていれば、絶対にもう一度出会えると思っていたんだ!
今度は絶対になくさない、放さない。すぐに道具袋に仕舞って――
「……何をやっているのだ? タケル」
目の前で僕を睨みつけている雪乃さんは、全身に炎と風を纏っている。
……フフン、雪乃さん。ここは仮想空間じゃなくて、OPEN OF LIFEの中ですよ?
髭面のおっちゃんを連れて、瞬間移動でファストタウンのギルド会館前へと向かった。
町の中は攻撃禁止。ここなら流石の雪乃さんでも――って、アレ?
「ククク、何を驚いているのだ? 攻撃禁止ルールは解除されたままだぞ?」
瞬間移動で追い掛けて来た雪乃さんの体は、フェニックスに包まれ宙に浮いている。
未来予知スキルでは、見えてはいけない景色が映し出されている。
……どうやら僕は死んでしまうみたいです。
何だかここ数日の出来事を、凄い勢いで思い出すのだけど、これって走馬燈ってヤツ?
……ゲームの中でも見えるんだ、コレ。
雪乃さんは怒りで我を忘れてしまっているみたいなので、このままでは本当に人生が終了してしまう。
……仕方ない、破壊するか。
道具袋から赤い字で『マル秘』と書かれたBlu-rayディスクのパッケージを取り出し、足もとに投げ捨てた。
「雪乃さん、取りあえず落ち着いて下さい」
中身が一切分からないパッケージを、【放電】で木っ端微塵に吹き飛ばし、その様子を見ていた雪乃さんの動きが漸く止まった。
「……チッ、まぁいい。今回は許してやろう」
雪乃さんが纏っていた火の鳥は消え去り、宙に浮いていた体が着地する。
辺りに渦巻いていた熱気も消え去り、ファストタウンにいつも通りの静寂な夜が戻った。
雪乃さんがこのイベント事を避けたかった理由って、あのBlu-rayディスクを僕に渡さない為だったんだな……。
ホッと胸を撫で下ろしていると、ギルド会館の重厚な扉が開き、中からギルド受付のエリちゃんが顔を出した。
「何事かと思ったらタケルさんじゃないですか! 今帰って来たのですか? ……あら、それにデハさんまで」
「ゴメンエリちゃん、騒がしくしちゃって。ちょっと色々と立て込んでて――」
……アレ? デハさんって誰だっけ? 何処かで聞いた事がある名前だな……。
「それがよ、単純な罠に引っ掛かっちまったところを、この兄ちゃん達に助けられてなー! ただいまー、エリ―。酒、酒を飲もう!」
髭面のおっちゃんが抱き付きに行ったのだが、エリちゃんは凄い勢いで拒否している。
……この二人は知り合いなのか?
「雪乃さん、あのおっちゃんは誰なんですか?」
「何だ、タケル。名前は知っているだろ?」
「それが……薄っすらと名前は記憶には残っているんですけど、思い出せなくて……」
「奴はトレジャーハンターのデハ。タケルが住んでいる家のもとの持ち主だよ」
……思い出した。そうだそうだ、豚小屋の家を買う時に、そんな話をガゼッタさんから聞いたぞ。
「おい、兄ちゃん達! 助けてくれたお礼に奢ってやるから、一杯やって行こうぜ!」
エリちゃんに絡むデハさんが、僕達をギルド会館のバーへと誘ってくれたのだが、雪乃さんは黙って首を横に振った。
……どうやら時間切れみたいだな。
「……スイマセン、僕達これから行く所があるので、今日はこれで帰ります」
挨拶も早々に済ませ、自宅の地下室へと戻った。
「ったく、タケルの所為で神龍狩りも進まなかったし、ドロップアイテムも良い物引けなかったし! 何しに行ったのだ私は」
「スイマセン」
とにかく謝っておこう。……でもドロップアイテムで良い物が引けなかったのは、僕の所為じゃなくね?
でも僕が余計な事をしてしまった為に、最後に狩る予定だった神龍が狩れなかったのは事実だ。
地下室に戻り、すぐさま二人でログアウトを済ませ、研究室に戻って来た。
雪乃さんとの冒険も終わってしまったわけだ。
……結局成果としては神龍二体の撃破と、闇魔法を習得しただけか。
いや、アレがあるな。最大の成果だ。
フフフ、上手い具合に雪乃さんを騙せたぞ!
雪乃さんの目の前で壊したBlu-rayディスクのパッケージは、今までずっと道具袋に仕舞っていた、中身が空っぽのヤツだ!
つまり本物は、未だ僕の道具袋の中で無事に生存している。
我ながら名演技でピンチを切り抜ける事が出来たなー。次回にログイン出来る時が楽しみだ! 待ってろよ、エフィルさん、キリちゃん!
「まぁいい。タケルとのデートだったと思えばいいか。それとタケルは今後ログイン禁止だからな。OOLHGは私が預かっておく。間違ってログインしてしまった時には、本当に死んでしまうからな」
雪乃さんにショッキングピンクのOOLHGを奪われ、サポートチームの男性が何処かへ持ち去ってしまった。
……明日から僕は何をすればいいんだ?
「タケルの体は私が必ず何とかするから、それまでの辛抱だ。分かったな?」
「……分かりました」
OPEN OF LIFEにログイン出来ないのは少し寂しいけど仕方がない。死にたくないからな。
メンバー達にはログイン出来ない事を説明しないといけないけど、OOLHGが壊れたとか適当な理由を付けて話しておこう。
サポートチームの男性が持って来てくれた珈琲を飲みながら、今後の事を話し合った。
主に次の土曜日に決行予定の殲滅作戦についてだ。
当然僕はパスポートなんて持っていないので、どうすればいいのか聞いてみたのだが、『そんな物は要らない』と言われてしまった。
どうやら僕の初めての海外は、所謂『大人の力』で行く事になりそうだ。
「月曜からちゃんと学校に行って、高校生をしろよ?」
「分かってますって。もう引き籠らないですよ。じゃあ今日はこれで帰りますけど、多分毎日こっちに寄りますから」
「ふぇ? か、帰る? 何で? タケルのベッドはここにあるのだから、シャワーを浴びて来て、ここで寝ればいいじゃないか」
「……何言ってるんですか? 僕のベッドがここにあるのは、雪乃さんが勝手に持ち運んだからでしょ? それが理由で何故僕がここで寝なきゃいけないんですか」
「ぐわぁー! 何でだー!」
両手で頭を抱える雪乃さんをそのまま放置して、僕は自分の部屋へと瞬間移動で戻った。
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