第38話
「雪乃さんがゲーム攻略に協力してくれるという事は、僕がゲーム内で疑問に思っている事にも、答えてくれるという事ですよね?」
「うーん、まぁそうだな。余程の事でない限りは答えるぞ」
よし、まずは目に付くアレの事から聞いてみよう。
「ではキチンと説明して貰いますよ? 何故この研究室にアレがあるのか、教えて貰えますか?」
いつ聞こうか、いつ聞こうかと、ずっと考えていた事から尋ねる事にした。
僕がアレと指差す先には、今日まで僕の部屋にあったベッドが設置されている。
「この研究室にはベッドがなかったからな。タケルがいつでもここで寝られるようにと置いたのだ」
「いや寝ませんから。何言ってるの?」
まぁ最初からこの研究室に持って来たんだろうなーとは思っていたからな。
頃合いを見計らって、新品と入れ替えさせて貰おう。
「じゃあ今度はゲームの事で。OPEN OF LIFEってログインする度に、昼だったり夜だったりコロコロ変わるんですけど、あれって何処かで日照時間とか確認出来るんですか?」
僕の言葉を聞いた雪乃さんは、ガクッと項垂れてしまった。
「あのなータケル。そういう事はチュートリアルをちゃんと見てから聞いてくれよ」
そ、そうだったのか。チュートリアルか。ずっと見よう見ようと思いながらも放置し続けているよな……。
よし、今度ログインした時には必ず見る。必ずだ!
「ゲーム内での天候、日照時間は各店舗、宿屋に道具屋に武器防具、雑貨屋等々。全ての店の壁に、カレンダーが張り出されているし、ギルド会館でも確認する事が出来る。……そんな初歩的な事も知らずに、よく今まで生きて来られたな」
「ス、スイマセン」
雪乃さんは、ちょっと落ち込んでしまったのか、元気がなくなってしまった。
一生懸命作ったゲームなのに、僕が適当にプレイしていたからかな?
ここは雪乃さんを褒めて、ちょっと元気を出して貰おう。
「街中での攻撃禁止ルールって、どうやって事前に防いでいるんですか? 凄い技術じゃないですか!」
「ああ、あれな。からくりが分かれば凄く簡単な事だぞ?」
「そうなんですか? 全然簡単そうには見えませんけど」
「OPEN OF LIFEは仮想空間だろ? みんな勘違いしがちだけど、現実ではなく電気信号なのだ」
……どういう事だ? それくらいは僕も分かっているつもりだぞ?
「つまりだな、種明かしをするとOPEN OF LIFEの世界は現実の時間よりも、少し過去の時間をプレイしているのだ」
「……さっぱり分かりません」
「タケルはさっき焼きそばを食べただろ? あの時の映像、その他諸々の感覚器官で感じた事を、先ずは現実時間でメインコンピューターが読み取って処理するのだ。そしてOPEN OF LIFEで流れている時間に、焼きそばを食べた! と脳に感覚として電気信号を流しているのだ」
「……タ、タイムシフトっていう事ですか?」
「そうそう、難しい言葉を知っているな。未来予知スキルはより現実時間に近い映像を、視覚として流し込んでいるのだ。
な、成程。何となく分かったぞ。
そのメインコンピューターが、現実時間で起こした僕達の行動を監視していて、問題行動を起こした場合は、OPEN OF LIFEで流れる時間で行動を制御する、という事か。
ゲーム内での時間と、現実世界での時間の間に発生しているタイムラグを利用して、色々と処理しているというわけだな。
「ゲーム内に表示させている現実世界の時間は、実際にログアウトした時の時間を表示させているから、ログアウトした時は特に違和感を感じないだろ?」
「今までそんな所まで気にした事がないですよ」
「今度ログインする時に、時間を確かめてからログインしてみろ。時間がズレているから」
つまり大げさに言うと、十二時丁度にログインしたはずなのに、ゲーム内に表示されている現実世界の時間は、十二時五分とか表示されている、という事か。
「やっぱり雪乃さんって天才なんですね」
「よせよー、照れるじゃないかー! ご褒美は、さっきしてくれたギュッていうヤツを、もう一度だな――」
雪乃さんはモソモソと動き、椅子に深く座り直した。
……そこまでは理解出来るけど、目を閉じて口を尖らせている理由はサッパリ理解出来ない。
「何故ご褒美の話が出て来るのか知りませんけど、まだ聞きたい事が山程ありますから。記憶の消去の事とか、英雄スキルの事とか、重量制限の事とか、他の主要国家の――」
「おい、ちょっと待て。今英雄スキルって言わなかったか?」
「ええ、丁度ログアウトする時に貰ったみたいなんですよ」
「アチャー! 何でそれをもっと早く言わないんだよ馬鹿!」
雪乃さんが片手でオデコを押さえ天を仰いだ。
「タケル! 今すぐ部屋に戻ってOOLHGを取って来い!」
「どうしたんですか、急に」
「いいから早くしろ!」
何なんだ、何かマズイ事でも起こってしまったのか?
僕は何もしていないぞ? 軍神オーディンが勝手に襲って来ただけだぞ?
よく分からないけど、とにかく部屋に戻るか。
「お帰りなさいませ、タケル様。今日は随分と頑張りますね」
「そうなんだよ、今からもう少し冒険してくるよ」
部屋からOOLHGを取って来ると、雪乃さんも研究室にOOLHGを持ち込んだ。
雪乃さんらしく黒いOOLHGだった。
研究室に持ち込まれた僕のベッドで横になりダイブしようとすると、何故か雪乃さんも僕の隣で横になろうとしたので、二人掛けのソファーへと追いやった。
物凄くネチネチと文句を言われた。
しかしこんなにも急いでダイブしないといけない理由は、未だに教えて貰っていない。
ゆきのん<タケル、急いで始まりの小屋まで来てくれ>
雪乃さんからお迎え要請のメッセージが届いたので、行って来ます! とエフィルさんに挨拶してから、始まりの小屋へと瞬間移動で向かった。
「雪乃さん、一体何がどうマズいのか教えて下さいよ!」
雪乃さんはスタート位置を設定していないみたいなので、僕が始まりの小屋まで迎えに来た。
ゲーム内の時刻は、陽が少し傾き始めた頃。もうちょっとでピレートゥードラゴンが北へと向かい始める頃だ。
「軍神オーディンとかいう馬鹿なプレイヤーが、救世主スキルを集め始めた事は私も聞いていた。今日の夜にでもタケルに詳しく話そうと思っていたのだが、一足遅かったみたいだ。そもそも救世主スキルは、誰かが集める事を前提として、倒した者のもとへとスキルが移動するように作ったのだ」
ふーん、そうだったのか。色んなボーナスが付くスキルが手に入るのであれば、どのプレイヤー達も欲しいだろう。
そして持てば持つ程、更にボーナスが付くなんて事になれば、『あるだけ全部欲しい!』と言い始めるプレイヤー達も出て来るだろうしな。
「そして一人のプレイヤーが、救世主スキル三十個全てを集めると、英雄スキルへと進化して、スキルは二度と別の者のもとへ移動しなくなるのだ」
「へー、そうだったんですか。でもそれが理由で、何故急いでログインしなきゃいけないんですか?」
「英雄スキルの誕生は、大魔王がヨルズヴァス大陸に乗り込んで来るフラグだからだ」
げげ、そうだったのか。いよいよ大魔王がこちらの世界に乗り込んで来るのか。
「そして大魔王はヨルズヴァス大陸に到着次第、速攻で英雄スキルの所持者に直接勝負を挑んで来る」
「いやいやおかしいですって! 何でですか!」
「何でも何も、そういうふうに作ったのだから仕方がないじゃないか。しかもこの大魔王襲来イベントは、英雄スキルの所持者が必ず負けるように作った」
「……一度敗れた英雄が、仲間の力を借りて再び大魔王に戦いを挑む――なんていうベタなストーリー展開じゃないですよね?」
「ピンポーン、正解だ」
雪乃さんが僕に向けて親指を突き立てた。
……ピンポーン! じゃないよ。僕、死んじゃうじゃないか。
「……大魔王って強いんですか?」
「最強だ。この時の大魔王は不死身だからな。タケルでも戦えば百パーセント死ぬぞ」
「じゃ、お疲れ様でしたー」
片手を上げ軽めに挨拶してから、メニュー画面でログアウトの手順を踏む。
「待て待てタケル! 大魔王襲来までもう少し時間があるのだ! だから今から急いで最低限の装備だけ整えよう」
「僕まだ死にたくないですよ? 大魔王襲来まで具体的にどれくらいの時間が残っているんですか?」
「タケルがログアウト直前に英雄スキルを取得したと言っていたから、……一時間ちょっとは絶対に大丈夫だ」
一時間か。移動に時間が掛かりそうだから、出来る事って少ないんじゃないか?
でもこの事を知らずに、普段通り冒険していたとしたら……。
「……もし何も知らずに、英雄スキルを所持したまま冒険していれば、僕は大魔王に殺されていたって事ですか?」
「それは大丈夫。タケルの回線は特別仕様にしてあるからな。一度目の大魔王襲来時には、自動的に回線をシャットダウンするように細工しておいたのだ。タケルのデータは弄れないが、回線を切断するくらいなら出来るからな。それとタケルのゲームデータは全て私のノートパソコンに送られてくるのだが、別にタケル攻略の為に好みを調べているとかそういうわけではなく、あくまでタケルの体をだな――」
成程。一応前以って手は打ってくれていたのか。
メモ帳に張り付けてある画像を勝手に見たりする、ストーキング行為は止めさせるべきかな。
「だから大魔王襲来までに、四大神龍だけちゃちゃっと片付けて帰ろう」
山脈付近の上空を我が物顔で飛んでいるピレートゥードラゴンを、雪乃さんは指差した。
……そういう事か。だからこの場所に僕を呼んだのだな。
「でもチート持ちの二人が、ゲームのストーリーに重要な役割を担っている、四大神龍をやっつけてしまってもいいんですか?」
「それは全然問題ない。奴らは『ヨルズヴァスの加護』っていう特殊スキルを所持しているからな。二十四時間でリポップ、再出現するし、誰でも、何度でも撃破する事が出来るのだ」
そういやピレートゥードラゴンを鑑定に掛けてみた時に、そんな名前のスキルが出ていた気がする。
元々が神の使いだとか何とか言っていたから、神様の加護を受けていても別段おかしくはないのか。
ストーリー攻略に必要な神龍が、一人にしか倒せないのであれば、他のプレイヤー達は攻略出来なくなるからな。
「奴等四大神龍は神器に加えて、
「……分かりました。じゃあ大魔王がこっちに来る前に、さっさと片付けてしまいましょう。でもその前に、少し話が遡るんですけれど、救世主スキルって三十個しかないんですか? この後の通常販売分では実装されていないんですか?」
「あー、そういう事か。タケルは知らない事だが、私やタケルが居るこの『ヨルズヴァス大陸』には、今後新規参入のプレイヤー達は来ないのだ」
「えー! そうだったんですか! てっきり今後もこの世界にどんどんプレイヤー達がやって来るんだと思っていました」
「新規参入のプレイヤー達は、こことは別の『ヨルズヴァス大陸』で冒険する事になる。タケル達と同様にな」
成程ねー。プレイヤー達はこことは別の世界で、グレーデン山脈のワイバーンキングに苦しめられたり、ギルド会館のキリちゃんに心を抉られたりするのか。
最初にヤマト国に到着するプレイヤーや、救世主スキルを集めるプレイヤーはどんな奴だろうか。
「そしてこの事は秘密だが、後のアップデートで、その別々の世界同士を繋げてしまう予定だ。争いが始まってしまうのか、競争が起こるのかは私にも分からないよ」
フフ、何だかワクワクする展開だけど、まずはアイツをぶっ飛ばさないとな。
「じゃあ早速ピレートゥードラゴンをぶっ飛ばしましょう!」
「ああ! あんな奴は余裕だ余裕。行くぞ!」
始まりの小屋がある小高い丘を、雪乃さんと二人並んで猛ダッシュで駆け下りた。
「雪乃さんのステータスって、今どうなっているんですか?」
ピレートゥードラゴンを始末する為に、深い森の中を二人で疾走している最中、気になっていたので尋ねてみた。
ステータスを見ても、鑑定を掛けてみてもLV1で、ステータスも一切上昇していなかったのだ。
「私ではタケルのステータスが弄れない、という事をノートパソコンを使って説明しただろ? あの時に私の管理者権限の数値を変化させたのは覚えているか?」
「はい。確か一万くらい上昇していましたよね?」
「そうだ。その数値は全部タケルと同じ、プラス千まで下げておいたよ。タケルに『自分だけズルい!』って言われると嫌だしな」
「言いませんよ、そんな事」
二人で森の木々を避けながら、どんどんピレートゥードラゴンに近付いて行く。
因みに二人共アクティブスキル『霧隠れ』を掛けて気配を絶っている。
途中モンスター達に出くわしても、気付かれる前に無視して突き進んだ。
時間が残り少ないからだ。
「……でもLV1じゃないですよね?」
「勿論だ。改ざんスキルで弄ってある。タケルじゃ見られないのか? ……ふむ、ステータス閲覧と改ざんスキルのLV10だと、改ざんスキルの方が固いのか。私しか使わない予定だったスキルだから、深く考えて作っていなかったなー。ログアウトしたら弄ろーっと」
そうだよな。当然『改ざん』スキルで弄ってあるよな。
「LVはタケルと同じで、現在の上限であるLV299だ」
「やっぱりLV299が上限だったんですね」
何だか変な数字でLVの上昇が止まったよなーって思っていたら、上限LVだったのか。
そして現在の上限という事は、今後のアップデートで上限突破して行くのだろうな。
「魔法も全部覚えているぞ。ヤマト国では覚えられない闇魔法もな」
「あ、それ気になります。何処で覚えられるんですか?」
「この後向かう神龍が居る場所で習得出来るのだ。ついでに覚えておくか? タケルの場合あまり使わないと思うがな」
そんな話をしていると、いよいよ悠然と空を舞うピレートゥードラゴンを真上に捉える位置まで辿り着き、ゆっくりと走りながら後を付ける。
近くで見ると、相変わらず全身が固そうな鱗で覆われていて、貫禄が他のモンスター達とは一線を画している。
長い爪には血が付着しているようにも見えるので、捕食直後なのだろうか。
「それじゃあタケル、撃ち落としますか? 切り刻みますか? それとも――」
雪乃さんは、上目遣いで盛られた胸の谷間を強調し始めた。
……走りながらで器用な人だな。脇見していると木にぶつかるぞ?
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? みたいな新婚さんふうのノリ、全く要らないですから。さっさと片付けますよ」
「チッ、つまらん。じゃあ私が撃ち落とすから、その後タケルが刻め。いいな?」
「了解ー」
雪乃さんが走りながら両手をピストルの形にして構えると、人差し指の先端が青白く光り出した。
「【
指先から二発の青白い弾丸が上空に放たれると、見事にピレートゥードラゴンの左右の翼に命中した。
雪乃さんの【
左右の翼をもがれたピレートゥードラゴンが、錐揉みしながら上空から落下して来る。
まともに正面からぶつかると、『回避』スキル持ちで厄介な奴なんだけどな。
しかし……四大神龍なのに、不意打ちでやっつけてしまってもいいのかな?
そんな事を考えつつ雷切丸を鞘から抜き、落下して来るドラゴンに向かって飛び出す。
気を失っているのか、ピレートゥードラゴンは白目を剥いている。可哀相な奴だ。
でも僕は一度コイツから逃げているからな。きっちりと借りを返させて貰うぞ!
くるりと裏返ってしまっている白目の眉間に切っ先を突き立てると、硬そうな鱗が一枚弾け飛んだ。
そして雷切丸の刀身を眉間の奥深くまで突き刺さし力一杯縦に切り裂いた後、体が大空に投げ出されてしまわないよう、瞼上の鱗に掴まり大きな頭の背後に回り込む。
落下するドラゴンの上を移動するのが難しかったので、瞬間移動を使って背後から首筋に一太刀入れてやった。
鱗に弾かれる事なく刃が血肉を切り裂くと、間近に迫っていた木々が視界に入り、慌てて胴体から飛び退いた。
巨体を二転三転させ、森の樹木を次々と薙ぎ倒すピレートゥードラゴンを空中で眺めつつ、生臭い大量の返り血を浴びていた体を、【シャイニングオーラ】を唱えて洗い流した。
……なんて便利な魔法だ。僕が持っている『洗濯』スキルの使い道がなくなるじゃないか!
綺麗サッパリとしたところで、今一度ドラゴンの首筋へと瞬間移動で向かい、一太刀では分断するまでには至らなかった太い首に、追撃を加えて体から切り離した。
HPが0となっている事をきちんとステータスで確認してから、ピレートゥードラゴンの鼻筋へと移動して、雷切丸の切っ先を空に掲げた。
「四大神龍の一角、討ち取ったりー!」
「いいぞータケルー! カッコイイぞー! 楽しいぞー!」
唯一のギャラリーである雪乃さんから、拍手と歓声が送られて来た。
本来であれば
何度でも倒せるって雪乃さんが言っていたし、今度みんなでもう一回倒しに来よう。
「――てるぞー! 式場も予約するぞー! 新婚旅行はパンダを見に行くぞー!」
「いつまで言っているんですか。しかも全然関係ない事ばっかりだし。それで、この後どうするんですか?」
「……くそ、全然ノッて来ないな。ピレートゥードラゴンの鱗よりガードが固い。まぁいい、時間はまだあるからな。この後は故意にピンチを演出して、お互いに助け合えば距離がグッと――」
「ちょっと! 雪乃さんの今後のくだらない作戦を聞いているんじゃないですよ! このピレートゥードラゴンの死骸をどうするのか聞いているんですよ!」
ったく、相変わらずだなこの人は。
左右の翼が根元から消し飛び、分断された首が近くに打ち捨てられているピレートゥードラゴン。
……ゲーム攻略に大切な役割を担っている神龍が、本当にこんな扱いでいいのか?
その胴体部分に近付くと、いつも通り三つの選択肢が出現した。
「今回は『魔力石に封印する』を選んでくれ。……因みにだが、タケルは運が強い方か?」
「うーん、どうだろ。そんなに良い方じゃないと思いますよ? 急にどうしたんですか?」
「いや、この後ドロップアイテムが出現するのだが、
しかし運の要素で左右されるのだとすると、全く自信がない。恐らくハズレを引く。
今まで色々なゲームのアイテムを獲得する時も、人一倍苦労させられている。……期待しないでおこう。
「自分で作っておいて言うのもなんだが、確率が不正に操作されているんじゃないか? っていうくらいに欲しい装備が出ないのだよ」
「……へ? 雪乃さんって既にピレートゥードラゴンを倒していたんですか?」
「いや、OPEN OF LIFEの中ではまだ一度も倒していないよ。仮想空間でテスト中に、何度も何度も倒して抽選してみたのだが――」
雪乃さんが道具袋から何かを取り出し、足もとに放り出した。
……束ねられた赤黒い鞭だ。鑑定結果では『ドラゴンテイル』と出ている。
ピレートゥードラゴンの尻尾をギュッと短くしたような鞭なのだが、本当に
仮想空間で得たスキルが、ゲーム内でも反映されている事は知っていたけど、アイテムまでこっちの世界に持ち込めるのか。
……キ、キノンちゃん。愛犬キノンちゃんも道具袋に仕舞って持ち込めないかな?
「私が抽選すると、何故かこのドラゴンテイルばかりが当たるのだ」
そう言いながら、雪乃さんは道具袋から丸く輪っかに巻かれた鞭、ドラゴンテイルを次々と足元に放り出して行く。
一体何本持っているんだよ……。
「……その格好が悪いんじゃないですか?」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ、別に――」
女王様スタイルだから鞭ばかりが抽選されるんじゃないか?
「たまたまですよ。そもそも未来予知スキルがあるのに、なんで狙ったアイテムが引けないんですか?」
「不正防止対策を施してあるからだ。私も何度か未来予知で見ながら引いてみたが、その時は百パーセントドラゴンテイルしか引けなかったのだ」
雪乃さんが説明していた、現実世界の時間とOPEN OF LIFEで流れる時間のタイムラグを利用して、抽選結果が書き換えられているんだな。
でもそうなってくると、ますます僕では良い装備が引けそうな気がしないぞ。
恐る恐る『魔力石に封印』を選んでみた。
いつも通り巨大な死骸が白い光を放ち、激しく発光する。
しかし強い光が収まった後に残った物は、今までだと巨大な魔力石が存在していたのだが今回は違った。
ガゼッタさんに加工して貰った後の魔力石みたいな、赤くて小さな宝石だ。
表面がつるつるで、宝石の内部にピレートゥードラゴンのシルエットがはっきりと浮かび上がっている。
その魔力石を拾い、色々と角度を変えて眺めていたのだが、傍らに出現している宝箱が非常に気になる。
しかし何だろう、宝箱の大きさで中身が想像出来てしまうのだが……。
そんな不安を募らせていると、突然手もとの真っ赤な魔力石が、ゆっくりと呼吸するように点滅し始めた。
『我はヨルズヴァスに仕える神龍――』
そしてずっしりと腹の底に響く低い声が、何処からともなく聞こえて来たのだが――
「ほらー! やっぱりだ! 絶対確率操作されているよ! おかしいだろ、こんなにも――」
出現した小さな宝箱を見た雪乃さんが非常にうるさい。
全然話の内容が頭に入って来ないじゃないか! しかも確率操作ってなんだよ。
自分で作ったゲームなのに何言っているんだ?
「ちょっと、雪乃さん! うるさいですって! 多分ピレートゥードラゴンの会話イベントが発生してるのに、雪乃さんの所為で全然聞こえないじゃないですか!」
「チッ、今から猛ダッシュでプログラムを書き換えて、自分で好きな装備が選べるようにしてやろうか」
雪乃さんはブツクサと文句を言いつつ、足で蹴飛ばして宝箱を開けると、中には予想通りドラゴンテイルが入っていた。
「……このまま放置するわけにもいかないからな。くそ!」
赤黒い鞭を拾い上げると、メニュー画面のコマンドを圧し潰す勢いで操作し、道具袋へと仕舞った。
『――の御霊を救いし英雄よ、頼んだぞ』
そしてピレートゥードラゴンの会話は終わってしまった。
……全っ然話の内容が分からない。
「もう! 話が終わってしまったじゃないですか! どうしてくれるんですか!」
「スマンスマン。話の内容は後で教えてやるから、とにかく一度その魔力石を使ってみろ」
「……ま、魔力石を使うんですか? なくなってしまいますよ?」
「まぁいいからいいから」
雪乃さんに促され、メニュー画面を操作して魔力石を使用してみた。
僕、OPEN OF LIFEで魔力石を使うの初めてだぞ!
握っていた魔力石が、手の中からフッと消えてなくなってしまった。特に体に変化があったわけでもなさそうだし……。
どうなったの? と首を捻りながら雪乃さんに視線を送ってみる。
「これでピレートゥードラゴンの魂は、王者の冠に吸収されたぞ」
雪乃さんの手には、小さな冠が握られていた。
どうやら宝箱の中にドラゴンテイルと一緒に仕舞われていたみたいなのだが、そういう事は先に言っておいて欲しいよな……。
エフィルさんが教えてくれたストーリーでは、四体の神龍が四つの神器を所持している事になっていたな。すっかりと忘れていたよ。
雪乃さんが持っている冠は、『王者の冠』の名に相応しい、豪華絢爛な装飾が施された冠――ではなく、細いゴールドの台座に、先程の魔力石がひとつ付いているだけのシンプルな王冠だ。
神器っていうくらいだから、もっと味わいのある物なのかと思っていたのに……。
王冠というよりも、見た目はブレスレットの方が近い気がする。
この装備品も実際に身に着けてみれば、サイズが変化するのかな?
「この冠は魔界への門を開いて、向こう側へ乗り込む時に装備する物なのだ。それまでは道具袋に仕舞っておけばいい」
手渡された冠は、今の僕では頭の上に乗せる事しか出来そうにないサイズだ。
しかし僕はタイガー〇スクを装備しているので、この冠は装備出来ないぞ?
「うひひ、道具袋に仕舞ったらメニュー画面を確認してみろ。良い事があるぞ?」
何やら不敵な笑みを浮かべる雪乃さんに言われるがまま、質素な冠を道具袋に仕舞い、メニュー画面を確認してみた。
……おおお!
「ふははー! 驚いたか? 四つの神器は神龍の魔力石を吸収させると、神器を授けられたそれぞれの神龍を召喚する事が出来るのだ!」
メニュー画面に新たに表示されている、『神龍召喚』のコマンド。
……ピレートゥードラゴンを召喚出来るのか?
「神器の持ち主だけがSPを消費して神龍を召喚出来るのだ。通常だと命令して一撃、もしくは二撃程度でSPがなくなってしまうが、タケルのSPとステータスなら、相当長い時間呼び出し続けられるんじゃないか?」
「へ、へー。そうなんですか」
「なんだよー! 神龍を召喚出来るんだぞ? 感動が薄いぞタケル!」
いや、そんな事言われても……。あんなにもアッサリ始末してしまった神龍を召喚したところで、特に役に立ちそうもないじゃないか。
普通なら最強のドラゴンを召喚出来るのだから、凄い事なのかもしれないけど……、いや待てよ。
「雪乃さん、この神龍召喚って戦闘中しか使えないんですか?」
「そんな事はないぞ? 試しに今ここで呼び出してみろよ」
ああ、それなら色々と使い道がありそうだ。
メニュー画面を操作して神龍召喚を行ってみる事にしたのだが、一体何処から出て来るのやら。
魔力石に封印して神器に吸収した後、道具袋に仕舞ったのに出て来られるのか?
道具袋から飛び出してくるのか、それとも大空から舞い降りて来るのか――なんて事を考えていたら、目の前に巨大な魔法陣が出現した。
そういやくるみが悪魔召喚で呼び出す時にも、魔法陣から出て来ていたな。
悪魔召喚の時の魔法陣は淡い紫色だったけれど、目の前にある魔法陣は真っ赤だ。
ピレートゥードラゴンに薙ぎ倒されてしまった樹木が地面に散乱している為、若干宙に浮かんでいる魔法陣の中央から、ゆっくりと先程撃破したピレートゥードラゴンが、僕達の方向を向いたまま迫り出して来た。
ズタボロにされた体はもとに戻っていて、先程までは険しかった表情が、今では穏やかな物に変化している。
正気を取り戻した、とかそんなところだろうか。
「よしタケル、何か神龍に命令してみろ。何でも言う事を聞いてくれるぞ」
この辺はくるみの『悪魔召喚』と変わらないのだな。
戦闘だと使い道に困るけど、それ以外でも良いと言うのであれば――
「僕達二人をイスタリアまで大急ぎで運んで欲しいんだ」
時間もあまり余裕はないし、空を飛んで移動出来れば凄く早く到着するんじゃないかと思ったのだ。
『良かろう、では我の背に乗るがよい』
ピレートゥードラゴンが巨体を翻し、僕達の前で身を屈ませた。
おおー! 本当に乗せてくれるんだ!
「じゃあ雪乃さん、次の神龍をぶっ飛ばしに行きましょう!」
「そうだな。イスタリアから近いしな」
二人で神龍の背中に飛び乗り、翼の根元付近へと移動した。
『ではしっかりと掴まっておれ、……行くぞ』
ピレートゥードラゴンが大地を蹴り、巨大な翼をはためかせると、グングンと高度が上昇し始めた。
おおー、地面が遠ざかって行く。テンションが上がるじゃないか! 僕は今ドラゴンに乗っているぞー! 大冒険しているぞー! ……しかしアレだな。
「……雪乃さん、ドラゴンって乗り心地良くないね」
「そうだな。鱗は硬くて尻が痛いし、凄く揺れるしな」
『酔い無効』スキルがあるから平気だけど、この乗り心地じゃルシファーなんかだと、もうゲロゲロしちゃってるんじゃないか? 凄く上下に揺れるし……。
SPを消費して神龍を呼び出しているのだが、ほんの僅かずつしか減っていない。……丸一日くらいなら呼び出していても平気そうだ。
無茶して瞬間移動のLV上げをした時に、SP系のスキルは大量にゲットしているからな。
ドラゴンのスピードはかなり出ているけど、僕の全力疾走よりは遥かに遅い。
……まぁ、アレだ。体に吹き付ける風は……悪くないかな。
雪乃さんの装備品、露出箇所が多めだけど寒くないのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます