第37話

 

 シャーロットが何やら恥ずかしそうにモジモジとしているのだけど、これってもしかして……。


 ……あ、愛の告白、というヤツではなかろうか?


 巷ではそういう事が行われているらしいが、都市伝説だと思っていた。

 いや違う、僕も一度だけ告白された事があったぞ!

 ……コナちゃんの悪戯だったアヴさんからの告白を、一回とカウントしてしまう自分が情けない。


 頬を赤らめ「あ」とか「う」とかを繰り返し発声しているシャーロットを見ていると、何だか僕まで恥ずかしくなって来たぞ。

 シャーロットは現実世界リアルで十一歳だったはず。日本で言うところの小学校五年生、六年生くらいか……。

 雪乃さんに知られると、またロリコンだのなんだのと罵られそうだな。


 シャーロットの背後では、女性陣が期待を込めて背中を押す感じ? で僕達の様子を見守っている。

 このメンバー達が一致団結している時は、良からぬ事を考えている気がするのだが……。


 色々と考えを巡らせていると、漸くシャーロットが話を切り出して来た。


 「あの……ウ、ウチ、……タ、タケルはん! ウチ等はととと友達……やろ?」


 ……全然違った。のっけから全っ然違った。

 数秒前までの自分をぶっ飛ばしてやりたい。

 そして穴を掘って浅はか過ぎる考えを持っていた自分を埋めて、二度と表に出て来られないよう永眠させてやりたい。

 

 「……うん。少なくとも僕は友達だと思っているよ?」


 シャーロットは僕と友達だという事が確認したかったのか?

 口に出してお互いが友達だと確認し合うのは、確かに恥ずかしいけどさ……。


 「ウチ、オンラインゲームで知りうた友達同士は、『オフ会』う物をするって聞いた事があるんどす!」


 オ、オフ会?

 オンラインで知り合った仲の良い者同士が、現実世界オフラインで実際に集まって親睦を深める会合、のオフ会?

 何だか説明っぽくなってしまったけど、僕もオフ会は参加した事がないんだよな。

 オンラインゲームで知り合った仲間に何度か誘われた事もあるけど、今まで全て断って来た。

 どれだけゲームで仲良くなっても、実際に会うのが怖かったからだ。


 「ウチ、来週の日曜日に訪日する事が決まってるんどす! ほしたらその日、くるみはんが誕生日やって言わはるし――」


 そういやコナちゃんが誘拐されてしまった件で、マリアさんとエレーナさんに話をした時に、今月公式に訪日するって言っていたけど、あれは来週の話だったのか。


 「くるみはんの誕生日会を兼ねて、皆でオフ会をしよう! 言う話になったんどす。ウチ、憧れやったんどす。一度でええしオフ会に参加したかったんどす! ……どうどす?」


 どうどす? って言われても……。海外の王女様とオフ会? 前代未聞じゃね?

 マリアさんから聞いていた『殿下から話がある』ってこの事だったのか。

 だとすると、女官の立場から見てもオフ会を開催する事は、別に問題ではないみたいだな。

 でもオフ会を開催するとしても急な話だし、場所決めや費用、その他諸々を含めて、幹事さんを決めないといけないんじゃないかな?

 瞳をキラキラと輝かせているシャーロットを横目に、みんなに視線を送る。


 「いやー、アタシもオフ会とか参加した事ないからさ。くるみちゃんの誕生日会なら参加しようかなーって。べべべ別に師匠に会ってみたいとか、そういう事では決してないから」


 視線を逸らし、頭をガシガシと掻く和葉。

 そういう言われ方をすると、僕も傷付くんだぞ。もう少し言い方に気を遣って欲しいな……。


 「妾は仮の姿で参加させて貰おう。仮の姿では中学生であるが故に、金銭的な問題が残るが何とか致しましょう」


 指輪を真赤に光らせ、掌を口に添えるルシファー。

 中学生のルシファーと、誕生日会の主役であるくるみには、お金を出させる訳にはいかないから、その分はみんなで負担しないと駄目だよな。


 「そういう事なら俺に任せろ。なんたって昇進に加えて臨時ボーナスまで入って来るからな! 嬢ちゃんの分に加えて、妹ちゃんの分も俺が纏めて出すよ。社会人だからな」


 源三もオフ会には乗り気みたいだな。

 ……そうか。オフ会を開催するなら、その時に源三と話をすればいいじゃないか。

 何をさせられるのか知らないけど、源三ひとりに来て貰うように約束しておけばいいよな。


 『タケル君、お店の予約は私に任せてくれる? 私が仕事で使っているお店でいい所があるのよ。やっぱりシャーロットは王女様なんだし、秘密厳守で集まれる場所がいいと思うの』


 REINAも参加OKみたいなんだけど、REINAの仕事って一体何なんだ?

 秘密厳守な場所を頻繁に使う仕事なのか? REINAの生態が一番謎だ。

 それとお店の場所って何処なんだ? 家から遠い所だと、僕がくるみとルシファーを引率して行かないと。

 中学生に遠出させるのは危険だからな。


 『……タケル君には、色々と話したい事もあるから……さ。どうかな?』


 今度はREINAがモジモジと身体をくねらせている。

 こういう仕草をするやさぐれたパンダは、やっぱり気持ちが悪い。

 色々と話したい事って何だ? 年齢とか謎な生態でもいよいよ公表するのか?


 「あたしはみんながお祝いしてくれるの、凄く嬉しいよ。ねぇお兄ちゃん、やろうよ! オフ会!」


 くるみは凄く乗り気みたいだ。

 悪魔みたいな尻尾もピンと伸びている。

 くるみがいいのなら、……やるか、オフ会。

 今の現実世界リアルでの姿なら、見た目で嫌われる、なんて事もなさそうだし。


 ……何だかんだで、僕もみんなに会えるの凄く楽しみだしな。



  

 女性陣が輪になってお喋りに花を咲かせている。

 「オフ会やろう!」とOKの返事を出したからだ。


 「源三、約束はオフ会の日でもいいかな? その時に源三の探している人物に引き合わせるよ」

 「そうか、分かった。宜しく頼むよタケル。……本当にありがとうな」


 二人で女性メンバーを眺めながら、小声で約束を交わす。

 その後大はしゃぎのシャーロットと、そんなシャーロットの様子を嬉しそうに眺めるマリアさんとエレーナさんの三人と、メンバー全員で連絡先を交換し合った。


 さぁ、後は何やらいつもと様子が違った雪乃さんが待つ、研究室に向かうだけ……だったっけ? 何か忘れている気がする。

 何だったかなー、なんて首を捻っていると、土煙を上げながら団体様がこちらに迫って来た。

 ああ、そうだそうだ。軍神オーディン達だ。すっかり忘れていた。

 遥か視界の先に捉えている軍神オーディン達は、何か変な動物の背中に跨っている。

 何だアレ、……でっかいトカゲ? それとも小さい恐竜?

 細かい事は不明だけど、全然見た目が可愛くない生き物だ。

 二足歩行で走る土色の爬虫類っぽい生き物で、長い首には手綱が取り付けられている。

 三十二名全員が体長三メートル程の大きさのトカゲにそれぞれ乗っているのだが、なかなかのスピードが出ているぞ!

 トカゲ群の先頭に立つ軍神オーディンは、前回見た時と同様、全身真っ赤な装備だ。

 風ではためく『服飾』スキルで作った真っ赤なマントには、様々な企業のロゴが書かれている。

 あのマントは絶対に着たくないけど、……ゲームをして企業からお金を貰っている、というのは少し羨ましい。

 

 つい先程までガールズトークで盛り上がっていたメンバー達も、今では真剣な表情で身構えている。

 うん、誰も油断はしていない。みんな凄く成長しているぞ! 


 トカゲ群は僕達が待つ少し手前でスピードを緩め、軍神オーディンが手綱を握っていた手を片方上げると、戦場の女神ヴァルキリーアのメンバー全員がその場に停止した。


 「はっはー! その様子だと、俺様がここに来る事は分かっていたみたいだな!」


 軍神オーディンの少し高い声がヤマト国南門前に響く。

 彼の見た目はなかなかのイケメンで、どうやら僕と同じくかなり盛ったみたいだ。

 喋り方や仕草を見る限りでは、好感が持てそうな人物だとは思えない。


 「しかしたった九人で待ち構えているとはな。俺様も舐められたものだ!」


 傲慢な態度で話す軍神オーディンの傍らで、トカゲに跨ったまま鑑定作業を行っている人物がいる。

 ……要するにアレだろ? ヤマト国に初めて到着した時に、弓を背負ったプレイヤー達が使っていた戦術だろ?


 「……あのさー、もう鑑定作業は終わった? 僕達もうすぐログアウトしないといけない時間なんだけど、用件だけ言ってくれるかな?」

 「な、……成程。そこまで分かっていて、尚その態度で構えているのか」


 軍神オーディンがトカゲからキザったらしく飛び降り、真っ赤なマントを翻した。


 「LV10でそんな態度を取られるとは、俺様を馬鹿にしているとしか思えん! いいだろう、教えてやる。俺様のLVは――」

 「LV59だろ? 知ってるよ! 早く要件を言えってば!」


 イライラする話し方をするので、僕の言葉遣いも荒くなってしまった。

 ……少し落ち着こう。

 まぁ目星を付けてここまで来たのだから、要件は想像通り、最後の『救世主』を得る事なのだろうけどさ。


 「な、何故お前が俺様のLVを知っている!」


 軍神オーディンが左右の腰に差している剣を抜こうと、柄に両手を添えたその時――


 「ま、待って! オーディン!」


 鑑定作業を行っていた人物が大慌てでトカゲから飛び降りた。

 ……どうやら気付いたみたいだな。

 濃紺のローブに身を包んだ女性が、軍神オーディンに鑑定結果を耳打ちする。

 恐らく先程までは、鑑定結果をメッセージで軍神オーディンに伝えていたのだろうけど、メッセージを打ち込む時間がなかったのか?

 因みにこの女性プレイヤー、名前の登録の際に本名で登録してしまったみたいなのだが、漢字で登録されていて……読み方が分からない!

 『林』っていう漢字の下に『凡』って書いて、何て読むんだよ! 

 ……勝手にボンさんって名付けていいかな? そんな名前の女の人は居ないと思うけど……まぁいいか。


 勿論そのボンさんが、僕の『改ざん』スキルを突破したわけではない。

 シャーロット、マリアさん、エレーナさんの三人のステータスは、救世主加護と管理者権限加護を隠した以外、何も弄っていないのだ。


 「LV227だと! そんな馬鹿な事があるか。ちゃんと鑑定作業をしろ!」

 「何度も鑑定したわよ! でも間違いなくあの三人のLVは227なのよ!」


 遂には二人で言い争いを始めてしまった。

 ……もう帰ってもいいかな? くるみが寝そうなんだけど?

 じゃあまた今度で! と軍神オーディンに別れを言って、ログアウトしようと思ったんだけど、ある考えがふと頭を過った。


 ……『救世主』スキルの所為で無駄な争いが起こっているのなら、僕が全部持っていればいいんじゃないのか?

 

 それなら救世主狩りなんて馬鹿な事も起こらないし、軍神オーディンを圧倒的な強さで倒してしまえば、誰も僕に挑戦しようとしないだろう。

 そしてプレイヤー達のLVが上がり、僕に挑戦するプレイヤーが現れる頃には、僕の身体は必ず雪乃さんが何とかしてくれている。

 しかし勝手には行動せずに、メンバー達にも意見を聞いてから――とも考えたけど時間がない。

 そろそろ運営側から警告が来てしまいそうだし、さっさと終わらせよう。

 頑張って二十九個も『救世主』スキルを集めたみたいだけど、軍神オーディンも喧嘩を売る相手を間違えたみたいだな。

 欲張らずに二十九個で満足していれば良かったのにな。


 「ふざけるな! 誰も『救世主』スキルを持っていないだと?」

 「そうよ、何度も言っているじゃない! 『救世主』スキルも持っていないし、救世主加護も掛かっていないのよ! この馬鹿!」 

 

 言い争いがエスカレートしている二人を前にして、雷切丸を鞘から抜き出す。

 視界の隅、メニューコマンドが出ている右側ではなく、反対側の左下に戦闘中の表示が現れた。

 するといがみ合っていた二人が、慌てた様子で武器を手に取る。

 ……のだが、何故か軍神オーディンと、ボンさんの視線は僕ではなく、僕の背後へと向いている。

 誰かが僕よりも先に攻撃体勢に入ったのか? と思い、後ろを振り返ってみた。


 ……ルシファーさん、その両手から立ち昇っている火柱は何ですの?

 


 「フフフ、我が眷属よ。さっさと片付けぬと、妾がってしまいますよ?」


 突き立てられた二本の人差し指から、高さ五メートル程の火柱が伸びている。

 ルシファーがリズミカルに人差し指だけをクルクルと回すと、上空に向かって伸びる火柱が、指の動きに合わせて緩やかに螺旋を描き始めた。


 ……間違いない。これは術式操作魔法だ!


 「ちょっとルシファー、凄いじゃないか! いつの間に術式操作魔法をマスターしたんだよ!」


 自分だけで練習して習得したのか……。フフ、本当に大魔導士みたいだよ、ルシファー!

 得体の知れないルシファーの術式操作魔法を目の当たりにした、戦場の女神ヴァルキリーアのメンバー達も、次々とトカゲから飛び降り、てんやわんやで【リフレクト】を唱えている。

 軍神オーディンとボンさんも、大慌てで道具袋から栄養ドリンクみたいな物を取り出し、数本纏めて喉に流し込んでいる。

 そんな飲み方していたらお腹壊すんじゃないか? と思いつつも、僕は自分の失態に気付いてしまった。

 ……ア、アイテムの存在をすっかりと忘れていた。ガゼッタさんに頼めば、ステータス補助アイテムや回復アイテムを大量に作って貰えたじゃないか! もっとイベントクエストが楽に戦えたじゃないか! ……何やってんだよ、僕。


 「フフフ、これ如きで驚くでないわ!」

 

 僕が一人で落ち込んでいると、ルシファーが二本の火柱を戦場の女神ヴァルキリーアのメンバー達へと向けた。

 ……何やってるの? 【リフレクト】が唱えられているから、ルシファーが黒焦げにされちゃうよ?

 そもそも炎が全然届いていないよ?


 「【灼熱双鞭ブルチャーレ・フルースタ】!」

 

 ルシファーが巻き舌気味に新しい魔法の名前を叫ぶと、二本の炎が一気に伸びた! スゲー!

 炎を飛ばすのじゃなくて、伸ばすのか!

 魔法の名前はブルなんちゃらでよく分からなかったけど、似たような名前の魔法が既になかったか? プルなんちゃらってヤツ。もう僕には区別付かないよ?


 ……おい、ちょっと凄くないかコレ。伸縮自在で曲げられるのかよ!


 しかも【リフレクト】って背後から攻撃すれば、跳ね返されなかったのかよ。知らなかったぞ!

 ルシファーは二本の炎を巧みに操り、時にはフェイントを掛け、プレイヤーの頭上から背後からと上手く攻撃をヒットさせ、離れた場所に居る戦場の女神ヴァルキリーアのメンバー達を次々と焦がしている。

 二つの魔法を同時に操るのとか、凄く難しいはずなのに。……僕も後で教えて貰おう。


 『いいよー、ルシファーちゃん! やっちゃえー!』

 「ルシファーはん、もう終わらしてくれはってええどすえー!」


 REINAやシャーロットは、既に傍観モードに入っていて、武器を仕舞っている。

 そりゃこんな魔法見せられたら、自分の出番はないって思っちゃうよな。

 

 「ちょっとルシファーちゃん、自分だけズルいよ! アタシにもらせなよ!」


 そんな中、REINAの隣で待機していた和葉が、我慢出来ないといった様子で飛び出して行った。

 ボンさんへと一直線に向かって行ったのだが、和葉のスピードが恐ろしく上昇していた。

 ボンさんは咄嗟の出来事に反応すら出来ていない。

 瞬時に間合いを詰めた和葉から、ボンさんの整った顔に正拳突きが放たれると、破裂音と同時に首から上が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

 要モザイクな光景……。こんなのご飯食べる前とかには絶対に見たくない。


 「そ、そよぎー!」


 首から上がなくなってしまったボンさん、改めそよぎさんの亡骸へと軍神オーディンが駆け寄る。

 ほー、成程。ボンさんの名前はそよぎさんと読むのか。全然読めなかったよ。

 軍神オーディンは自分の道具袋を、メニュー画面で懸命に漁っているので、蘇生アイテムか何かを探しているみたいなのだが、そんな軍神オーディンの背後に和葉がゆっくりと立つ。

 しかし和葉はすぐさま攻撃するのかと思いきや、軍神オーディンの首根っこを背後から掴み、何故か僕の所にズルズルと引き摺って来た。


 「や、やめろ! 放してくれ!」


 和葉はジタバタと足掻く軍神オーディンを無視して、無言で僕の足もとに放り投げた。


 「……師匠がいつも威力を抑えた【放電】で倒す理由が分かったよ。プレイヤー相手だと凄くグロテスクだった。コイツは師匠に任せるよ」

 

 そうか、和葉はこういうグロテスクな光景は見慣れていないのだな。

 モンスター相手だと何処かゲームっぽさが残るから、意外と平気なんだけど、プレイヤー相手だと映像が瞼に焼き付くんだよな……。

 和葉は自宅の地下室で、爆裂拳を使って美琴さんを吹き飛ばしていたけど、攻撃した後に離れた場所で吹き飛ぶから平気だったのか、それとも別の感情が働いていたからなのか……。


 「……安心して和葉。今の光景、ログアウトすれば綺麗サッパリ忘れているから」

 「え……そ、そうなの?」


 驚いた事にゲーム内での戦闘で少しでも不快に感じた光景は、ログアウトするとまるでモザイク処理がされたみたいに、全てが薄っすらとしか思い出せなくなっていた。

 そしてあまりにも強烈な光景という物は、全く映像が思い出せなくなっていたのだ。

 僕が映像を思い出せないシーンは、ダンジョン内で浩太君が美琴さんを庇ったシーンだ。

 美琴さんを庇って浩太君がやられた、という記憶はあるんだけど、映像が全く思い出せない。

 恐らくトラウマを抱えたりしないように、きちんと対策が取られているのだろう。

 この対策は僕達が未成年者だから取られているのか、それとも全プレイヤー達が対象なのかは不明だ。

 雪乃さんも『ちゃんと考えて作ってあるから』と言っていたし、ゲームの事に関してはやはり真面目に作られているみたいだ。


 蒼い顔をして肩を落としていた和葉は、僕の言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろしていた。


 

 現在僕の足もとでは、軍神オーディンが土下座スタイルで命乞いをしている。


 「頼む、見逃してくれ! この通り! このままだと、俺は本当にスポンサーを打ち切られてしまう。そうなると明日からどうやって生活して行けばいいのか……。だから、な? な?」


 今僕は頭を悩ませている。

 さっさと止めを刺してログアウトしたいんだけど、『生活が――』なんて言われたら、日々の寝付きが悪くなっちゃうじゃないか。


 「これ、我が眷属よ! 警告文が届いたぞ! ……三分後に強制ログアウト、並びに……と、十日間のアクセス禁止ー! いぎゃー」


 どうしたものかと悩んでいたら、遂に時間が来てしまったみたいなのだが、アクセス禁止まであるのかよ! そんなの聞いていないぞ!

 ルシファーのキャラも崩壊してしまっているし、急がないと!


 「おい、軍神オーディン! 今日のところはこれで勘弁してやる! じゃあな」


 ……このセリフだと、僕が負けたみたいな言い方じゃないか。

 いや、今はそんな事を言っている場合ではない。

 ひとまずみんなに挨拶だけして、明日の予定なんかは現実世界リアルで連絡すればいいか。


 「じゃあみんな、今日はこれで解散で。何だか最後はバタバタしてしまったけど、また明日からの予定なんかはメッセージで送るから詳し――チッ、馬鹿かよ! ったく!」

 「は? 馬鹿って何よ師匠!」

 「あ、いやみんなに言ったわけじゃないよ」


 いかんいかん、思わず感情が声に出てしまった。メンバー達に話しながらも、未来予知スキルで見ていたからさー。


 「はっはー! 油断し――」 


 軍神オーディンばかがメンバー達の背後から攻撃して来る姿を、さ。


 二刀流で飛び掛かって来た軍神オーディンの背後に瞬間移動で回り込み、喋り終わるのを待たずして、雷切丸で首を一刀両断にすると、高笑いした表情のイケメンの顔がゴロリと足もとに転がった。

 軍神オーディンを始末する事に、迷いは一切なかった。



 「みんな、今日はお疲れ様!」

 




 時間切れだったので、大慌てでログアウトを済ませ、僕の部屋に戻って来た。

 携帯電話にメンバー達から大量のお疲れさまメッセージが届いたので、返信を送っていたのだが、僕の意識は別のところに向いていた。


 ・救世主スキルが進化して英雄スキルとなりました!


 こんな文字が視界に出ていたからだ。

 何だコレ。こんなの聞いていないぞ?

 しかも通常だと進化前のスキルのLVとかが出て来るのだが、救世主スキル等の固有スキルにはLVが存在しない。

 それなのに進化するのか? ……もしかして『救世主』スキルを三十個集めた事と、何か関係があるのかもしれないな。

 

 隣の部屋に居るくるみからも、『今日はもう寝る』とメッセージが届いた。

 すぐ近くなのだから言いに来れば――と一瞬だけ思ったけど、今までそういうやり取りを拒否してしまっていた僕が悪いのだ、という事を思い出した。

 これからは気軽に何でも話し合える兄妹になれるといいな。


 <今からそちらに向かいます>


 一人で研究室に居る雪乃さんに、メッセージを送ってから瞬間移動で向かった。




 

 「……今からメッセージを送ろうと思っていたのに――まぁいいか。ちょっと座ってくれるか」


 雪乃さんがダイニングテーブルの椅子を引いてくれたのだが、やはり様子がいつもと違う。

 普段なら僕が到着すると同時にサポートチームを呼び出して、珈琲を持って来て貰えるのだが……。


 「タケルに大事な話がある。今回はおふざけや、冗談、ちゃかしたり揶揄ったりといった事はなしだ。いいな」 


 全身真っ黒なスーツ姿に身を包む雪乃さんは、いつもと違い、何処か余裕がないように感じてしまう。


 「分かりました」


 そんな雰囲気を感じ取り、僕も真面目に話を聞く事にした。

 雪乃さんは僕と対面側の椅子に腰掛け、ゆっくりと話し始めた。


 「……では順を追って説明して行くぞ。まず私は今日、タケルの部屋でいい夢を見ていた。具体的にはタケルとヴァージンロードを歩く夢だ」


 ……おふざけや冗談はなし、じゃなかったのか?


 「すると突然サポートチーム主任の馬場から連絡が入ったのだ。……四ツ橋誠よつばしまことが逃亡した、と」

 「……へ? だってアイツは取り調べを受けているはずじゃ――」

 「ああそうだ。見張りに付いていた数名の警官諸共姿を消したのだ。その数名の警官達を金の力で抱き込んだのか、上層部に繋がる何かしらのコネを使ったのかは、今のところ定かではないがな」


 あ、あの野郎。やっぱりもっとぶっ飛ばしておけば良かった!


 「サポートチームを迎えに寄越し、私は急いで四ツ橋誠が取り調べを受けていた警察署に向かったのだ」


 さっき一度ログアウトした時に、雪乃さんがウロウロしていた場所は警察署だったのか。

 そりゃー僕は今までお世話になった事もないし、当然行った事もないよ。 


 「そして奴が拘留されていた場所で、これが見つかったのだ」


 雪乃さんは上着の内ポケットから、一枚の折り畳まれた紙を取り出しテーブルの上に広げた。


 <絶対に許さない。俺を捕まえた奴と、上条雪乃には必ず復讐してやる>


 所々がテープで補修された紙には、恨みが込められた文字でそう書かれていた。

 鉛筆で書かれた文字は酷い筆圧で、『俺を捕まえた奴と、上条雪乃』の部分で紙が数か所破れてしまっている。


 「警察としても四ツ橋誠を逃がしてしまったとあっては面目が立たず、躍起になって探したのだが、どうやら国外逃亡を許してしまったらしい」

 「そんなにも短時間に、ですか」

 「ああ。ダミーの未確認機を数機飛ばし、その間に自分は船で大陸へと渡ったみたいだ。先程奴の会社が所有する港から、姿を消した数名の警察官の遺体が発見されたと報告があったよ……」


 怒りからなのか、恐怖からなのか、雪乃さんの体は少し震えているようにも見える。

 そんな雪乃さんを少し落ち着かせる為に、僕は椅子から立ち上がり、ゆっくりと雪乃さんの背後へと歩み寄った。


 「……大丈夫ですよ。何も心配ないですって」


 ……そして椅子に座り項垂れる雪乃さんを、背後から優しく抱きしめた。

 小さな頭を両腕で抱え込み、そっと顎を乗せる。


 「ななな何何何なにーーー! 何だー! あばばびゃ――」


 ……逆に全然落ち着かなかったみたいだ。


 

 

 「シャシャシャシャワーを、ああ浴び浴びて来――」

 「【シャイニングオーラ】」


 混乱状態に陥り、声が上擦っている雪乃さんを回復させる為に、【シャイニングオーラ】を唱えた。

 すぐに震えも収まり、落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。


 「それで式場がだな――」

 「夢の話まで遡っていますし、そんな話は聞いていませんよ」


 完全には混乱状態は治っていなかったみたいだ。


 「悪い悪い。飲み物も出さずに話を進めてしまっていたな。おい、サポートチーム!」


 しかし漸く雪乃さんらしさが出て来たみたいだ。

 研究室のドアが開くと、珈琲の良い香り――ではなく、何やら腹の虫が騒がしくなる匂いが漂って来たぞ。


 「タケルは先程までログインしていたし、腹も減っているだろうと思ってな。インスタントで申しわけないが、焼きそばを用意しておいたのだ」

 「いやいや全然いいです。丁度お腹が減っていたんですよ。頂きます!」


 お皿に盛られた焼きそばを豪快に頬張る。

 何だか順調に餌付けされている気がするけど、気のせい気のせい。


 「あー、何処まで話したかな? 置き手紙の所だったか?」

 「モゴ」

 「じゃあ食べながらでいいから聞いてくれ。四ツ橋誠が復讐を企んでいるという事は、間違いなく人造人間が絡んで来ると私は考えている。コナの時は戦闘知識のない子供だったから、問題なく対処出来たが、奴が抱えているという数百人の私兵団に、あの技術を施して来られると非常に厄介だ」


 た、確かに。格闘術に優れた兵士なんかも居るはずだし……。


 「警察の話では私には護衛が付くそうだが、あの人造人間が相手では、正直何の役にも立たないだろう。済まないがまたタケルに頼む事になってしまいそうだ」


 ……成程、そういう事か。


 「フフ、何か察したみたいだな。そう、だから私は少しでもタケルのLVを上げる為に、イベントクエストに乱入したのだ。タケルに万が一の事があってはいけないからな」


 お茶で焼きそばを流し込み、ご馳走様! と手を合わせる。

 『絶対に参加しない』と雪乃さんは言い切っていたのに、置き手紙に書かれていた僕の事を心配して助けに来てくれたのか……。


 自分の全てを捧げて制作したOPEN OF LIFEよりも、僕の事を優先してくれたんだ!


 「タケルの事を巻き込んでしまって申し訳ないのだが、また助けてくれるか?」

 「勿論ですよ。今度こそド派手に血祀ってやりますよ」

 「ふひひ、タケルも分かって来たじゃないか。私にいい考えがあるのだが、その前に少し別の話がある」


 雪乃さんは、再び内ポケットから手紙を取り出した。

 先程の恨みの込められた手紙とは違い、筆ペンで書かれた達筆な文字が綴られていた。

 しかしこの手紙は四ツ橋誠の手紙とは違い、コピーされた物みたいだ。


 <全ては私が独断で行った事。責任は私にある。息子は関係ない>


 「何ですかコレ。四ツ橋慎之介よつばししんのすけの手紙だと思いますけど、あの爺さんも逃亡したんですか?」

 「いや、奴は留置場で首を吊って自殺したよ」


 ……え?


 「奴の足もとにこの手紙が残されていたのだ。しかし四ツ橋誠が逃亡した事も踏まえて、私は自殺ではないと考えている」

 「まさか、四ツ橋誠が殺した……と」

 「恐らくな。どういう理由なのかは定かではないが、同じタイミングというのが不自然過ぎるからな」


 自分の罪をなすり付ける為、とかそんな感じか?

 もし四ツ橋誠が殺したというのなら、奴は自分の父親をも平気で手に掛ける、どうしようもない人間だという事か。

 ますますそんな奴を野放しにしておくわけにはいかないな。 


 「警察では海外に逃亡した四ツ橋誠を探し出すのに、非常に時間が掛かってしまう。だがタケルの索敵スキルがあれば――」

 「ええ、何処かは全く分からないですけど、既に居場所はマーキング済みですよ」


 僕なら名前さえ分かっていれば、標的の位置だけは分かるからな!

 どうやら奴は距離的に考えて、日本ではない場所に居るみたいだ。


 「どうするんですか? 警察に知らせますか?」

 「そこなんだよな。もしコンテナ船のような研究施設が他の場所にもあるのなら、タケルが倒した怪物くらいの奴でも、警察では死人が出るだけだろ?」


 怪物が生み出せる薬を作ったとか言っていたし、その薬が量産されていれば危険だよな。


 「奴が保有していた施設も、全てが閉鎖出来ているわけではないからな。そこでだ、タケルが構わないというのであれば、次の土曜日くらいに奴の居場所に乗り込んで殲滅して貰おうと思うのだが……どうだ?」

 「ど、土曜日……ですか?」


 次の日、メンバー達とオフ会をする予定なんだけど、帰って来られるのか? 飛行機――は必要なかった。帰りは瞬間移動で帰って来るから。

 

 「ああ、それまで私と一緒にゲーム内にログインして、最強装備でガチガチに固めてしまおう!」


 僕の装備品や数値はパソコンで打ち変えても、エラーが出るって雪乃さんが言っていたし、実際にゲーム内でアイテムを見つけて来ないと駄目なんだよな。


 「でもそんな事してしまって大丈夫なんですか? 会社の人に怒られたりしないんですか?」

 「全然問題ない。各地に眠る装備品は、使用後にもとに戻せば平気だし、ドロップアイテムは何度でも取れるしな」


 雪乃さんはアイテム名をアレコレ呟きながら、指を折って数えているのだが、両手の指が二往復目に突入し始めたぞ。多過ぎるだろ!

   

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