第36話
モーニングスターを使って攻撃だ――とか、調子に乗って馬鹿な事をしていないで、さっさと始末しておけば良かった。
くるみからのメッセージの後も東門での戦闘を長引かせてしまい、北門へと迫っていた敵の軍勢がかなりヤバイ位置まで近付いて来ている。
マリア<タケル殿、アスモデウス殿が帰りたいと言い続けている理由が分判明しました>
瞬間移動で北門へと向かう直前にマリアさんからメッセージが入った。
くるみにお願いしたのだけど、やっぱりマリアさんがアスモデウスから聞き出してくれたのか。
マリア<今回のイベントクエスト期間中に、残りの主要国家であるイスタリア、オリエンターナ、アレイクマへ、魔王直属の四天王による同時攻撃を加える事が目的で、アスモデウス殿はイスタリア攻撃を任されていたみたいです>
タケル<駄目駄目! 絶対にアスモデウスを帰しては駄目ですよ!>
あの野郎、そんな悪い事を企んでいたのか! 後でくるみにお仕置きでもさせてやろうか?
マリア<勿論です。引き続き西門を守って貰っています。それと、今回のイベントクエストを指揮している敵が判明しました>
タケル<という事は四天王の一人?>
マリア<はい、その通りです。水魔法の使い手マラファルという者です。ミストガードという物理攻撃が一切通用しない、厄介な防御魔法を使って来ますよ>
タケル<情報ありがとうございます! ちょっと忙しくなって来たので今から北門へと向かいます>
いよいよ北門が危険な状態になって来たので、マリアさんとのメッセージ交換を早めに切り上げ、すぐさま向かう事にした。
しかしいきなり四天王が相手か……。【ミストガード】とかいう謎の魔法も使って来るみたいだし……。
おっとと、いけないいけない。北門へと急がないと――
ドーン!
今度は凄まじい爆発音が遠方から聞こえて来た。
今まで色々な音が僕の所まで響いて来ていたけど、今回のは普通じゃない。
空気が震える程の音は初めてだ。かなり危険な音だったぞ? メンバー達は大丈夫なのか?
……そのマラファルとかいう奴が現れたんじゃないか?
シャーロット<タケルはん、城壁が破られてしもたどす>
……マ、マズい。
メンバー達が守る城壁には巨大なモンスター達を並べておいた。
それなのに破られたのだとすると、かなりの攻撃が加えられてしまったのか?
それとも先程響いて来た爆発音が、モンスターが放ったかなり強力な攻撃だったのか?
僕の考えた通り、城壁を破ったのが四天王のマラファルとか言う奴だったのだとすると、今すぐ南門へ向かわないとメンバー達が危険に晒されてしまう。
……しかし北門もすぐに向かわないと駄目だ。
モンスター達が城門、城壁へと群がってしまっている状態だ。
どちらに向かわないといけないかは一目瞭然だけど、……もうイベントクエストは達成出来ないな。
僕が油断していたからだ。何の言い訳も出来ないよ。
瞬間移動の行き先を北門から南門へと変更し、メンバー達のもとへと向かった。
ごめん、シャーロット。僕のミスでイベントクエストは失敗に終わってしまったよ。
今にも泣き出してしまいそうに表情をゆがめているシャーロットに、そう言って謝るつもりだった。
――しかし今は違うぞ。
声を掛けようと口を開いたその瞬間、視線の先に見覚えのあるものが飛び込んで来たのだ。
突如ヤマト国上空に現れた巨大な
何度も見た事のある、僕にとって恐怖の象徴。見間違えるわけがない。
……雪乃さんの【フェニックスストライク】だ!
ゆきのん<待たせたなー、タケル!>
雪乃さんからメッセージが届くと同時に、僕達が居る南門側からでも確認出来る火柱が、天高く突き抜けて行った。
やっぱり雪乃さんの魔法は威力が半端じゃないなー。空全体が燃えているみたいだ――なんて思いながらも異変に気付いた。
……名前が『ゆきのん』に変わっている。仮想空間でメッセージ交換をした時は『雪乃』だったはずだが……。
でも今は他にやらなければいけない事があるので、後回しにしておこう。
タケル<ありがとうございます雪乃さん! 北門側と東門側を暫く任せてもいいですか?>
絶対に来ないと言っていた雪乃さんが助けに来てくれた。
どんな心境の変化があったのかは知らないけど、お礼だけは言っておかないといけないよな。
……もしかして、最初から助けてくれるつもりだったのに、僕がピンチになるまで待っていた――なんて事は流石にないか。
シャーロット達への説明も後回しだ。まずは崩れ落ちてしまっている城壁へと向かって歩いている人物、恐らく四天王の一人なのだろうけど、今はコイツを何とかしないと!
ゆきのん<雪乃さん? 誰ですかそれ。私はゆきのんですが?>
……くそ、この忙しい時に面倒臭い人だな。
タケル<ゆきのん、こっちに四天王の一人でマラファルとかいう奴が来てて忙しいんですよ! とにかく北門と東門を頼みますよ!>
――とメッセージを送ったその瞬間には、雪乃さんが両腕を組んで僕の目の前に立っていた。
ボンデージ姿にニーハイブーツ、おかしな仮面を装着して胸の谷間が盛られている、全身真っ黒な衣装の雪乃さんだ。
いきなり目の前に現れたという事は、瞬間移動か。
しかし何度見てもおかしな格好だなー。武器に鞭を装備していたら『女王様』にしか見えないぞ――じゃなくて!
「ちょっと! 何やってんですか! お願いしますって言ってるじゃないですか!」
「はぁ? もうとっくに始末して来たぞ?」
何言ってんだ? という感じで、肩慣らしにもならなかったのか、首をコキコキと左右に倒す雪乃さん。……嘘だろ?
マップで確認してみても、確かにモンスター達の姿は見当たらない。どうなっているんだ?
「……【フェニックスストライク】で始末して来たとしても、【リフレクト】が掛けられているモンスター達がいたはずじゃ――」
「馬鹿だな―タケルは。私の【フェニックスストライク】があんな薄い【リフレクト】で跳ね返されるわけないだろ」
……確かにそうだった。雪乃さんの【
【フェニックスストライク】の威力は普通じゃないからな……。
僕の【
いやいや、僕の【
「……おい、急いでいるのではなかったのか?」
……しまった。こんな事をしている場合じゃないのに、アレコレと考え込んでしまったじゃないか!
「タケルひとりだと何かあった時に手遅れになってしまうからな。私が見ててやるからサッサと片付けて来い」
「……有難うございます。ちょっと行って来ます」
色々雪乃さんに言いたい事があったのだが、マラファルとかいう奴を何とかしてからにしよう。
……もう負ける気がしないけどな。
「お前がマラファルか?」
崩れ落ちている城壁を通り抜ける一歩手前だったマラファルを、やっとの事で背後から呼び止めた。
「……何者だ。我の名を知っているとは」
依然として僕に背中を向けたままで足を止めたマラファル。
しかし間近で見ると背が高いな。三メートルくらいか?
大魔王直属の四天王のひとり。アスモデウスと合わせて四天王に会うのは二人目だな。
僕が居ない間に、くるみが地下室で呼び出した四天王ってコイツの事か?
それとも残りの二人の内のどちらかなのか……。
「……なぁ、僕が居ない間に、家に来なかったか?」
「……そうか。やはり来たか。ウヌが『タケル』と申す者だな」
薄汚い土色のローブを着込んだマラファルが、喋りながら僕の方へ体ごと振り返った。
やっぱりコイツだったのか。マリアさんから水魔法の使い手だと教えて貰ってからピンと来ていたんだ。
地下室でルシファーが 『
くるみが『顔色が悪いオッサンだった』って言っていたけど、緑色で確かに顔色が悪い。
腕が再生可能な何処かの異星人みたいだぞ!
……しかしくるみの奴、勝手に人の名前を四天王に教えるんじゃないよ! ったく。
「お前には和葉が世話になったそうだからな。きっちりとお礼はさせて貰うぞ」
相手は四天王だ。恐らく現時点での最強の相手。
油断せず常に相手の行動を未来予知スキルで確認しながら対話を続ける。
間違ってもやられるわけにはいかないからな。
「ちょっとここじゃ戦いにくいから、向こうの広い場所まで付いて来てくれるか?」
とにかくマラファルをヤマト国から遠ざけないと、クエストが失敗に終わってしまう。
ヤマト国に被害が及ばない場所に連れて行って、一気にぶっ飛ばしてやる。
……と意気込んでいるのに、僕が話し掛けてもマラファルが全然反応しなくなった。
未来予知スキルでも一向に動く気配を見せない。どうなっているんだ?
……今の内にこっちから仕掛けるか?
そんな事を考え始めた時だった。
「……我は大魔王様より勅命を受けている」
動かなくなったかと思えば、突然こんな事を言い始めた。
何言ってんだコイツ。そんなの知ってるよ。ヤマト国を滅ぼしに来ているじゃないか。
それとも主要国の同時攻撃の事か?
油断させておいて不意打ち――なんて事もなさそうだ。
未来予知スキルでも脅威は全く感じられない。どうなっているんだ?
「……何が言いたいんだ?」
「我ら大魔王様直属の四天王、誰一人と欠ける事なく作戦を遂行せよ、と」
マラファルが話し終えたその瞬間、未来予知スキルで見えている視界から、忽然とマラファルの姿が消えた。
……コ、コイツも瞬間移動持ちか。厄介だな。
僕の瞬間移動で強制的に遠くまで連れ出そうと思っていたのに、コイツも瞬間移動が出来るのなら無意味じゃないか。
相手のスキルを封じる方法か。……試してみるか。
「我は大魔王様直属の四天王が一人、『冷徹のマラファル』。作戦遂行の為とあらば手段は択ばぬ」
「そうか。じゃあ僕も手段は択ばないよ」
マラファルの姿が消える前に、僕の瞬間移動で強制的に連れ出した。
しかも連れ出した場所は、ヤマト国南西の城壁付近から遠く離れた、オリエンターナ地方へと抜けれる地下道の入り口だ。
地下道強行突破作戦が行われた場所で、源三が牛田猛男を始末した場所だ。
ここなら誰も居ないし、魔法をぶっ放しても迷惑が掛からないからな。
瞬間移動した後、すぐさまマラファルに向けて、光魔法大魔道で習得した封印魔法【
突然の出来事にマラファルは全く対応が出来なかったみたいだぞ!
「くっ、何たる事ぞ! ……ウヌは何者ぞ!」
そしてくるみが製造した
『手段は択ばぬ』とか自信満々で言っていたので、瞬間移動した先で何か悪さを企んでいたみたいだけど、見事に潰してやった。
マリアさんから忠告を受けていた、物理攻撃が通らない【ミストガード】とか言う魔法も、今のマラファルには唱えられていない。
マラファルが今こうやっている最中も、何も魔法を使って来ない事を考えると、相手のスキルに加えて、どうやら魔法まで封じ込めてしまったみたいだな。
僕の目の前でみっともなく狼狽える四天王の一人。
余裕を見せていた先程までとは違い、今はどうやってこのピンチを乗り切ろうかと模索しているように見える。
くるみの『悪魔召喚』スキルでは、血を吸われた者よりも弱いモンスターしか召喚出来ない。
まだLVが低かった時ですら、コイツは僕よりも弱かったんだ。
このイベントクエスト中にLVが飛躍的に上がり、僕のステータスはあの時とは桁がひとつ違う。
そして僕は二度と油断はしないと決めている。
アクティブスキル『隠蔽強化』を掛け、手もとに大量の雷を溜める。
『隠蔽強化』を掛けた理由は、相手に対策を取らせない為だ。
愛刀雷切丸に手を掛け、溜め込んだ雷を流して行く。
「ま、待て! は、話を――」
待たないし、話も聞かないよ。
僕が出せる最高出力の魔法、絶対回避不可能な一撃必殺魔法で葬ってやる。
マラファルも慌てて小汚いローブを脱ぎ捨てて身構えたけど……無意味だよ。
どれだけ距離を取ろうが、鉄壁の防御で構えようが全く関係ない。
腰を少し落とし、抜刀術のように刀の柄に手を添えたまま構える。
対戦PKで浩太君に放った物よりも、更に強力に仕上がった魔法を解き放つ。
「【
雷切丸を鞘から振り抜くと同時に、タイミング合わせて瞬間移動を繰り出す。
行き先はマラファルの背後だ。
絶対に避けられないように、未来予知スキルで相手の行動を先読みして、相手の視界外から僕が現時点で出せる、最高出力の魔法を発動させる攻撃。
考え付いた時は自分でも驚いた。無敵じゃないか! って。
敵からすれば、わけも分からず倒されてしまうという反則技だ。
最高出力の雷魔法がマラファルの全身を襲っているはずなのだが、『隠蔽強化』を掛けてあるので見た目に変化はない。
まぁ胴体が真っ二つになってしまっている今となっては、雷がどうとかあまり関係はないと思うけど。
マラファルのステータスも抜かりなく確認し、HPが0となっているので間違いなく倒す事が出来た。
・モンスター軍団を陰で指揮していた謎のモンスター『冷徹のマラファル』撃破達成!
・イベント中に獲得したEXP×2が適用されます!
視界にもこんな文字が出ているので、間違いはないだろう。
でもおかしいんだよなー。
さっきからずっと待っているのに、一向に出てこないんだよ。
『部位剥ぎ取り』『魔力石に封印』『
マラファルの死体からこの三つの表示が出てこない。どうなっているんだ?
とんでもない魔力石が手に入るかもしれないと思っていたのに。
仕方がない。取りあえず死体は道具袋に仕舞っておこう。……ちょっと気持ち悪いけど。
それにしても大魔王直属の四天王を、こんなにもあっさりと倒してしまって良かったのだろうか……。
製作者サイドに少し気が引けてしまう……。
「おおタケル、遅かっモガモガモガ――」
『ちょっとタケル君、誰なのよこの人! 何とかしてよー』
ヤマト国へと戻ってすぐに、REINAのお腹にしがみ付いて顔を埋めていた雪乃さんを引っ剥がす。
……何やってんの? 仮想空間でパンダと触れ合う練習をしていた時は、もっと恥じらいを持っていたはずでは?
顔を埋めてパンダの毛並みを堪能するとか、羨ま――けしからん!
マップでヤマト国全体と周辺を確認してみても、モンスター達の姿は一切見当たらない。
イベントクエスト終了の合図は未だに出されていないけど、マラファルを倒した事でモンスター達の統率が取れなくなってしまった、という事なのだろうか。
それとヤマト国西門を守っていたはずの、アスモデウスの姿も確認出来ない。
タケル<ゆきのん、このイベントクエスト、この後どうなるの? 時間が来るまでここで待機するの?>
みんなには見られないように、雪乃さんにだけメッセージを送った。
ゆきのん<それを私に聞くのか? ……まぁいいか。今更そんな事言っても仕方がないしな。そうだ。残り一時間程あるだろ? 剥ぎ取りや魔力石の回収時間を設けてある>
タケル<成程、そういう事だったんですね>
ゆきのん<本来であればこのイベントクエストには、沢山のプレイヤー達が集結していて、この時間にプレイヤー同士の乱闘や略奪、その他諸々の楽しい光景が見られたはずなのだ>
雪乃さん……趣味悪いよ。
でも沢山のプレイヤー達がいれば、当然報酬で揉めたりするよな……。
今回のイベントクエスト自体の報酬っていう物がないわけだし。
ゆきのん<私はもう少しパンダのお腹を堪能したら帰るぞ。皆には適当に説明しておいてくれ。……そしてタケルには大事な話があるから、今日ログアウトしたら何時になっても構わんから、必ず研究室に来てくれ>
……何かあったのか? イベントクエストに来てくれた事と関係があるのか?
まぁ僕も色々と話したい事があるから、この際雪乃さんから聞いておこう。
タケル<分かりました。この後夜中の一時前くらいには、研究室に向かえると思います>
シャーロット達には一ヶ所に集まって貰い、マラファルの事やモンスター達の脅威がなくなった事だけを簡単に説明した。
そして話が長引かないうちに、くるみとマリアさんを迎えに行く。
瞬間移動で西門に到着するや否や、くるみが獣のように飛び掛かって来た。
押し倒され、されるがままに血を吸われている間に、マリアさんから詳しく状況を聞くと、突然モンスター達が退却して行ったそうだ。
二人が不思議に思っていると、今度はアスモデウスまでもが帰ると言い始めたらしい。
くるみが『帰っていいわけないでしょ!』と怒ったそうなのだが、それでもアスモデウスは瞬間移動で何処かに行ってしまったそうだ。
「アスモデウス殿は、テレパシーを使って我々の動きをマラファル殿に伝えていたそうですよ」
マリアさんが言葉巧みに問いただすと、アスモデウスがポロリと話したそうだ。
……成程、そういう事だったんだな。
マリアさんのお陰で、何となく話が繋がって来たぞ。
今回のイベントクエストで、本来ならばマラファルがヤマト国周辺までやって来て指揮を執ったはずだ。
しかしアスモデウスが呼ばれていた為、テレパシーを使えばマラファル自身が現地にやって来なくても、ある程度までなら状況を把握する事が出来たのだろう。
『四天王、誰一人と欠ける事なく作戦を遂行せよ』と大魔王に言われていたマラファルは、アスモデウスをヤマト国から遠ざける方法を模索し、僕達には回復出来ないMPを消費させる作戦に出たのだろう。
アスモデウス奪還にマラファルが直接向かえば、同士打ちで戦わされるのは目に見えているからな。
しかしマラファルにとって誤算だったのが、くるみがアスモデウスのMPを回復してしまった事。
この事によりマラファルは、アスモデウスを奪還する為に、やむなく自身で乗り込んで来た、と。
……ヤマト国南西付近の城壁を破壊して、ゆっくりと歩いていたのは、何かの作戦だったのか?
もしかすると、アスモデウスを呼び出している張本人、くるみを何とかするつもりだったのかも……。
何を考えていたのか、今となっては知る術もないけど、何か良からぬ事を考えていたのは間違いなさそうだ。
そしてマラファルが死んだ事で、何かしらのフラグが立ってしまったのだろう。
くるみの『悪魔召喚』での拘束力を突破させる程の何かが……。
「加奈子さん、ちょっといいですか?」
西門からくるみとマリアさんを連れて南門に戻り、『POP☆GIRLS』のリーダーである加奈子さんを呼び寄せた。
雪乃さんの姿が何処にも見当たらないので、どうやらパンダの毛並みを十分に堪能して帰ったのだろう。
「加奈子さん達は今後どうされるんですか? 最初の約束通り、イベントクエスト終了時に
「タケル君、今その事について丁度MIKOTOと話し合っていたところなのよ」
加奈子さんの隣に立つ美琴さんは、何処か逞しくなったように見える。
しかし相変わらず尻尾はフカフカそうだ。
「……今回のイベントクエストで私達は、強い敵に立ち向かう事の楽しさ、という物を覚えてしまったのよ」
加奈子さんは腰に納めていた剣を抜き、切っ先を僕に向けた。……何故?
「最初の約束通り、私達は
「そう、タケル君よりも強くなってみせるわ! ……でもこれからも学校で色々教えてね」
美琴さんは正拳突きのように拳を繰り出した後、握っていた拳を開き、握手を求めて来た。
……いや、だから長い爪が危ないんだってば。仕舞ってくれるかな?
「そうですか。残念ですけど仕方がないですよね。……でも解散するのはまだ早いですよ?」
「どういう事?」
「まだイベントクエストは終了していないって事ですよ! イベントクエスト中のボーナスは現在も適用されているんですよ!」
「あー! そういう事か!」
そう、現在もスキルや魔法の習熟ボーナスが適用されているはずなので、時間ギリギリまで練習しないと勿体ないのだ。
僕の所持している救世主と管理者権限の加護と合わせて、みんなに出来る限り恩恵を受けて貰おうと思う。
……一つ気になる事もあるからな。
僕はみんなが練習している間に、モンスター達の死骸の回収をするぞ。
全て自宅に仕舞っておく予定なので、POP☆GIRLSのみんなには、後で好きなだけ持って行って貰おう。
ファストタウン武器防具屋のモルツさん達に、オリハルコンコーティングを施して貰った報酬分として、大量のお土産を持って帰らないといけないからな。
しかし目の前に広がる光景だけでも気が遠くなりそうなのだが、今居る場所は南門。
更に三つの城門前もお掃除しないといけない……。
大地を埋め尽くす死骸の数々。その真上には読む事すら困難な程に折り重なる『部位剥ぎ取り』『魔力石に封印』『Gに換算』の三つの文字。
……これ、回収無理じゃね?
「Mrタケル。私とマリアでこの周辺のモンスター達は、魔力石へと封印して行きます。私達は特訓する必要はないですからね」
死骸の多さに気を失いそうになっていると、セバスチャン声のエレーナさんがポン、と肩を叩いてくれた。
……そうか、エレーナさんとマリアさんはこのイベントクエスト終了と同時に、OPEN OF LIFEを卒業するって言っていたな。
少し勿体ない気がするけど、全くログインしなくなるわけじゃないし……。またいつでも会えるからな。
「タケル殿、後で殿下からお話があると思いますので、聞いてあげて貰えますか?」
メンバー達と一緒に練習しているシャーロットに視線を向けたまま、囁くようにこっそりとマリアさんが話し掛けて来た。
「ええ、それは勿論構いませんが……」
シャーロットから話? 何だろ? ……とと、いかんいかん。悠長に話している場合じゃなかった。
「ではこの周辺のモンスター達の回収は、お二人にお任せしてもいいですか? 全部回収するのは無理だと思うので、キリのいいところで切り上げて下さい」
二人に協力をお願いして、すぐさま瞬間移動で北門へと向かい、片っ端からモンスター達の死骸を道具袋に詰め込んで行った。
勿論ピカピカに輝いている巨大な死骸、『メタリックシールドオーガ』も道具袋に放り込んだ。
僕のLVが上がった為なのか、それともそれ以前からなのかは不明だが、一向に重量制限に達する気配がない。
総重量がとんでもない事になっているはずなのだが、どうやら気にするだけ無駄っぽいので、途中から何も考えずに道具袋に仕舞って行った。
全力で回収作業を行い、西門側、北門側は何とか回収出来たのだが、東門側は若干お残ししてしまい、タイムアップの時が来てしまった。
・ただ今のお時間を持ちまして、イベントクエストを終了とさせて頂きます。
少し味気ないメッセージが視界に表示され、特に何事もなくイベントクエストが終わってしまった。
もうちょっとこう、ヤマト国から歓声が上がるとか、人々の出迎えがあるとか、そういう演出が欲しかったなぁ……。
……さて、用事もある事だし、南門に向かうとするか。
「それで、浩太君はこれからどうするの?」
南門に戻り、一人浮かれている浩太君に今後の事を聞いてみた。
「フフ、山田君。よくぞ聞いてくれた。僕はこれから自分のパーティーを作るよ。僕が対戦PKで戦ってみて、見込みがありそうなプレイヤーだけをパーティーに加えるんだ」
浩太君はメニュー画面を操作し、みんなに先立って
「僕がOPEN OF LIFE最強のチームを作ってやる。山田君には負けないからな!」
自信満々で腕を組む赤髪の大男。
浩太君のLVは230まで上がっている。僕達以外のプレイヤー相手なら、負ける事はないだろう。
強面の見た目にLVが追い付いて良かったよ。
「月曜日、学校で僕の活躍を詳しく話すよ!」
浩太君はニヤ付いた顔のままログアウトして行った。
……活躍した場面なんてあったのか?
「タケル君、申しわけないけど私達も一足先にログアウトさせて貰うわ。梓にはあまり夜更かしさせられないしね」
加奈子さん達は、まだ子供である梓ちゃんに気を遣い、みんなで一緒にログアウトするみたいだ。
「分かりました。僕は明日もログインするつもりだから、また明日にでも連絡貰えますか? 今日の報酬をお渡ししたいので」
「ええ分かったわ。今日はどうなる事かと思ったけれど、とても楽しかったわ!」
POP☆GIRLSのメンバー達が、メニュー画面を操作して
「タケルさん、今日は凄く楽しかったよー! またねー!」
ペンギンの着ぐるみ姿の梓ちゃんも凄く笑顔だ。
彼女が頑張ってくれたお陰で、南門が死守出来たのだろう。後でみんなから詳しく話を聞こう。
「じゃあタケル君、月曜日学校遅れちゃ駄目だよ? 私は早めに学校に行くから、タケル君も早く来てね」
獣耳をピコピコと小刻みに動かし、美琴さんもログアウトして行った。
「……さて、みんなに話したい事が沢山あります」
『話したい事? さっきのおかしな恰好をした人の事かしら?』
自分のお腹を少し気にする様子で撫でているREINA。……何だか雪乃さんの涎っぽい物が付いていないか? 後でこっそり【シャイニングオーラ】を唱えてあげよう。
「うん。それも話さなきゃ駄目だよね。あの人が僕に色々と教えてくれた師匠に当たる人で、この
「タケルはんが
「それがどういうわけかギリギリで助けに来てくれてさ。お陰で四天王の一人だったマラファルも始末出来たよ」
みんなが見守る中、マラファルの死骸の上半身を道具袋から取り出し、足もとに放り出した。
「ああ! お兄ちゃん、コイツよコイツ! 家の地下室で呼び出した奴よ! この気持ち悪い顔色は忘れないわよ」
白目を剥いているマラファルの頭を、足先で小突くくるみ。
可哀相だから止めてあげなさい。
「くそー、アタシが再戦してぶっ飛ばそうと思っていたのになー。師匠に先越されちゃったー!」
拳を掌に打ち付け悔しがる和葉と、その和葉の後ろに隠れ怯えている……あ、あんた誰?
「……つかぬ事を伺いますが、貴方、ルシファーさんですよね?」
「フフフ、我が眷属よ。妾が取り戻した力に気が付いたようですね。我が眷属が居らぬ間に、自力で呪縛を解き放ったのですよ! ……そう、妾の名は大魔導士、
ミュージカル口調でオリジナル設定を語り始め、最後によく見掛けるおかしな決めポーズを取ったルシファー。
彼女のステータスが大変な事になっていた。
名前
・
二つ名
・ファストタウンのストーカーゴスロリ少女
職業
・大魔導士
レベル
・257
住居
・タケルの自宅
所属パーティー
・
パーティーメンバー
・タケル
・REINA
・源三
・和葉
・くるみ
・シャーロット
・マリア
・エレーナ
ステータス
・?????
・???????
HP
・5012
MP
・9139
SP
・5063
攻撃力
・390
防御力
・381
素早さ
・1498
魔力
・11248
所持スキル
・大器晩成 開花
・火魔法大魔道 LV1
・魔力上昇 LV6
・MP量上昇 LV3
・MP自然回復 LV7
・MP回復スピード上昇 LV6
・MP回復量上昇 LV2
・集中 LV4
・隠密 LV2
・魅了 LV4
・移動速度上昇 LV2
装備品
・ゴスロリファッション・パープルバージョン レアギフト
・小型竜の杖
所持アイテム
・オリハルコン×20
所持金
・512,500G
スゲー! 無茶苦茶上昇しているじゃないか!
大器晩成スキルも『開花』と出ているし、火魔法も進化して大魔道になっているし。
何故か道具袋にオリハルコンが二十個も仕舞われているのは……まぁ別にいいか。
跳ね上がったステータスの数値を、ルシファーにこっそりと教えてあげた。
自分のステータスを聞き終えたルシファーは、ニンマリと笑顔を見せた後、一人で優雅に舞い始めた。
LVアップの舞い、ロングヴァージョンだ! 踊りのキレも良くなっている気がするぞ!
他のメンバー達も、軒並みステータスが上昇しているので教えてあげたかったのだが、その前にひとつ、どうしても話しておかないといけない事がある。
「みんな、実は今この場所に、軍神オーディンが向かって来ているんだ」
マップで確認していた軍神オーディン達が、随分と前にイスタリアから物凄いスピードで移動を開始していた。
人数は三十二名。恐らく
その団体がもうすぐこちらに到着しそうだったので、モンスター達の死骸の回収は後回しにしたのだ。
イスタリアの
二十一時までしか転移門は解放されていなかったので、どちらにしても軍神オーディン達は自力でこちらに来るしかない。
もう少しで僕達のログアウトの時間が迫っているので、サッサと始末するか、軍神オーディン達を無視してみんなでログアウトするか……。
「なぁタケル。色々と考えてくれているみたいだけどよ、……メンバー達、誰もタケルの話を聞いちゃいねーぞ?」
「はぁ? 何で――」
源三に言われ、メンバー達へと視線を向けると、シャーロットを中心として、REINA、和葉、くるみ、マリアさん、エレーナさんが輪になってきょろきょろと見つめ合っていた。
舞っていたルシファーもいつの間にかその輪に加わっている。
……これはアレだな。REINAには言葉が通じないので、メッセージで何かやり取りしているんだな?
「ちょうどいいや、俺もタケルに聞きたい事があったからな」
「もう、源三まで?」
「いやスマン、俺としては昼間の話をどうしてもタケルと詰めておきたかったんだよ」
そういや源三と電話で話した時に、詳しい話はログインした後に話そうって約束していた気がする。
ちょっと面倒な話なんだけど、僕は別に前以って話してくれればいつでもいいんだよなー。
源三と会話していると女性陣、まぁマリアさんとエレーナさんは今の見た目は男性なのだがそこは置いといて、輪になってメッセージのやり取りをしていたメンバー達が、いつの間にかこちらを向いていた。
シャーロットがみんなから一歩前に歩み出て、何かを言いたそうにモジモジとしている。
『シャーロットの話を聞いてあげて』とマリアさんが言っていた事かな? 何だろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます