イベントクエスト番外編 その2


 梓が歪な形の土柱を出現させる少し前、火魔法を操るルシファーはある悩みを抱えていた。


 (……お、おかしい。絶対に変ですよコレ。一切呪文詠唱なんてしていないのに――)


 「……ぼそ【ファイアーボール】」


 気持ちの悪い触手を無数に生やした三メートル級の植物系モンスターがシャーロットや梓に迫っていたので、彼女が習得している最弱の火魔法を唱えると、触手をクネクネとさせているモンスターの背丈を遥かに上回る大きさの火球が彼女の掌から勢い良く飛び出した。


 (あ、ああ危ないー!)  


 ルシファーの放った火球は瞬く間に触手モンスターを業火で包み込み、断末魔を上げる怪物の体を豪快に突き破ってしまった。

 火球はその後触手モンスターの斜め後方で身構えていた、魔法障壁で守られているモンスターの脇を掠めて突き進み、後方で群れを成していたモンスター数匹を焼き尽くした。


 (……ふぅ、ギ、ギリギリセーフでした……。こ、このままではいつか魔法障壁で守られているモンスターに魔法が当たってしまいます。……どうしましょう!)


 ルシファーの抱えている悩み。それは自らが放つ魔法の威力が強過ぎる事。

 一般のプレイヤー達からすれば、何とも贅沢な悩みである。

 しかしルシファーの放つ【ファイアーボール】は、彼女が言う通り寸での所で助かっているものばかりで、いつ魔法障壁で守られたモンスターに当たってしまってもおかしくない状況であった。

 普段通り【ファイアーボール】と呟いて魔法を放っているルシファーなのだが、決して魔法名を誤魔化す為に小声で唱えているわけではなく、彼女なりに何とか思考錯誤して【ファイアーボール】の威力を弱めようと努力しているのである。


 (今まで何とかして大きくて強力な魔法を放とうと努力して来たのに、まさか小さくて弱い魔法を放ちたいと考える時が来るなんて……)


 頭を悩ませている間も、モンスターの軍勢は勢いそのままで迫り寄って来ているので、応戦する為に掌を構える。

 狙いは遠方をこちらに向かってゆっくりと歩いている、全身が土で構成されている飛び抜けて巨大な人型の化け物、『ゴーレム』というモンスターだ。


 (……こ、これならどうかしら?)


 咄嗟に思い付いた案を実行する為、ゆっくりと深く息を吸い込んだ。


 「……我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり! 暫くお主らの力は必要ない! ゆっくり休んでろ! 引っ込んでろ! ……ぼそ【ファイアーボール】」


 掌から放たれた今回の【ファイアーボール】は、先程の触手モンスターに放った火球よりも遥かに巨大な物だった。

 豪火球がゴーレムに襲い掛かると、胸から上の部分をいとも容易く吹き飛ばし、勢い治まらずに大空を貫いて行った。


 (駄目だったわ……。上手く行くと思ったのに。少しでも呪文詠唱しちゃうと、詠唱の内容関係なしに火球が大きくなってしまうみたいですね……)


 足もとに山積みにされた魔力石をひとつ手に取りMPを回復させつつ、どうすれば小さな魔法が放てるのかと思案する。

 因みにルシファーは【ファイアーボール】を連発していた事により、新たなスキル『魔力上昇』『MP自然回復』『MP回復スピード上昇』を習得していた。

 通常であればこれらのMP系スキルは非常に入手困難なスキルで、ギフト装備でも付属している物はひとつもない。

 イベントクエスト中のボーナスが加算され、尚且つ驚異的な魔力量でMPを注入して火魔法を放っていたルシファーだからこそ、短期間で習得する事が出来たのである。


 (タケルさんはどうやって魔法の威力を弱めているのかな? 確か聞いた記憶があるのですが……)


 記憶の片隅を辿りながら掌を地面と平行には構えず少し上方に角度を付け、背後のモンスター達に当たらないようにと注意しつつ、正面から襲い掛かって来た西洋の甲冑姿のモンスターを【ファイアーボール】で始末する。


 (……手もとに魔法を溜めて、少しずつ小出しにしているって言っていた気がします)


 タケルから魔法を溜める方法を伝授されたのは、豚の喜劇団ピッグスシアターズのメンバー達がアンデッドマスターと戦っている最中で、荷車の上でくるみと一緒に聞いていた時である。

 当時の状況を頭に思い浮かべ、少しずつ記憶の断片を繋いで行く。


 (何だかんだと教えてくれていたのですけれど、あの時は言っている事が難しくてあまり真剣には聞いていなかったのですよね……。何て言っていたかしら? 確か――)




 『……いいかいルシファー、普通は魔法を唱える時、視界にあるコマンド選択から唱える魔法を選んだ後に、目標物や相手に向かって魔法を唱えるだろ? でも手もとに魔法を溜める場合、対象物を一切決めずにコマンド選択で選んだ魔法を頭の中で唱え続けるんだ』


 (……そうそう、確かこんな事を言っていた気がします。この時点で何を言っているのかよく分からなかったので、この後の話が頭に入って来なかったのですよね。ええっと――)


 『当然魔法は唱えていないわけだから、発動はしないんだけど、実はこの時頭の中で唱えた魔法は、ピストルのマガジンに弾を詰め込んで行くみたいに一発一発蓄積されて行っているんだ』


 (……もう駄目です。チンプンカンプンです。今思い出しても頭が『?』マークで一杯ですよ! 蓄積されるって言われても……何処に?)


 考える事を早々に放棄し始めたルシファー。

 彼女のつぶらな瞳は時折見せる死んだ魚のようなものへと変化していた。


 視界に表示された魔法を選択し、頭の中で唱えらえた魔法はOPEN OF LIFEのシステム上、発動待ちの状態となる。

 この状態のまま掌からMPを放出すると、頭の中で唱えられた魔法を放出させる事なく手もとに溜める事が出来る。

 その後相手に向かって魔法を唱えれば、手もとに溜めた魔法を発動させる事が可能なのである。

 通常だとメニュー画面から魔法を選び、唱える対象物又は相手を選択してから魔法を唱える。という順序なのだが、魔法を唱える相手を選択する前の段階で、頭の中で魔法を唱えてからMPを放出するという作業を足しただけで、手もとに魔法を溜める事自体は特別に難しい事ではないのである。

 しかしMPの流れに気付いた者、創意工夫を凝らした者、そしてOPEN OF LIFEを心から楽しんでいる者だけが、通常とは異なった方法でも魔法を唱える事が可能なのだという事に気付き、更に試行錯誤を重ねて初めて術式操作魔法を習得する事が出来るのである。


 タケルが多用している【放電】は、手もとに溜められた雷を【落雷】と唱えて使用しているわけではなく、単純に相手に向かって垂れ流しているだけなのだが、その際MP量を限りなくゼロに近付けてから相手に当てているのである。




 (……はっ! い、いけません! 色々と思い出していたら意識が何処かに飛んでいました……)


 顔をブルブルと左右に振り、我に返ったルシファー。


 (と、とにかく頭の中で魔法を唱え続ければいいのですよね? ……よ、よし、【ファイアーボール】【ファイアウォール】【ファイアーボール】『天炎槍ジャベロットフィアンマ』【ファイアーボール】【獄炎大蛇ヴリトラ】【ファイアーボール】『煉獄神焔プルガトーリョヴェスター』――)


 視界に表示させている魔法を選択し、頭の中で魔法や魔法ではないものまでを繰り返し唱え続けた。


 (後はMPを注入する、……だったかな? では――)


 ルシファーが掌を前方へ向ける為に腕を伸ばしきる直前に、掌から凄まじい高熱を放つ金赤色の魔法が勢い良く噴き出した。

 掌と同じ二十センチメートル弱程の太さで、レーザー光線のように一直線に飛び出した魔法は、腕を伸ばしている最中からMPを注入してしまった為、足もとから数メートル先の地面までをガリガリと削り取ってしまった。

 モンスター達に当たってしまわないように、腕は前方斜め下方向へ伸ばした所で止められており、唱えた魔法と同じく金赤色に輝かせながら数メートル先の大地を融解させ続け、遥か地中へと細く深く掘り進んでいる。

 熱で溶かされた土が、掘り下げられた場所からボコボコと音を立てながら噴出する様子は、その色合い、肌に吹き付ける熱風からマグマを連想させるものであった。


 (ななななな何ですのコレ! 思っていたのと全く違う魔法が飛び出して――あ、駄目……)


 歯切れが悪そうに魔法が途絶え、靡いていた巻き髪や短いスカートが静けさを取り戻した後、全身の力が抜けるような感覚に陥り、ルシファーはその場で片膝を突いた。


 「……くっ、魔力を使い切ったか」


 そしていつも通りのセリフを呟く。

 ……彼女が自らの意思で言っているだけで、システムの仕様上MP切れの際に必ずこのセリフを言わされるわけではない。


 魔法を手もとに溜める際には、掌からMPを放出させないといけないのだが、ルシファーは間違って例の如く全力でMPを注入してしまい、タケルとは全く違う方法で魔法を発動させた為、片膝を折る事態に陥ってしまったのであった。


 何はともあれ一般のプレイヤー達の中で、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーが一番最初に術式操作魔法を成功させた瞬間だった。

 しかも強力無比で途轍もない破壊力が秘められた魔法だったのだが、残念ながら魔法を放った当の本人はその事に全く気付いていなかった……。


 フラつく手先で何とか魔力石を手繰り寄せる。

 すぐさまMPを回復させ、体勢を整える前にシャーロットへと近付いていたモンスターを【ファイアーボール】で始末した。

 

 (……な、何かが違っていたみたいですね。MPを注入し過ぎていたのでしょうか?)


 今尚地面から噴き出しているマグマのような物と、自身の掌を交互に眺める。

 頭の中ではMPの消耗が激しい事等、冷静に問題点を洗い出していたのだが、全く新しい魔法を放った嬉しさのあまり、普段であれば慎ましく閉じられている口もとが不細工に緩んでしまっていた。 


 (……いつも思っていましたが、掌から発動させずに指先から魔法を放った方がカッコイイと思うのですが……。フフフ、一度試してみましょう!)


 そしてルシファーはその事に気付いておらず、だったはずの中二病のセリフまでもが徐々に脳内に現れ始めた。

 先程同様頭の中で魔法や魔法でないものを繰り返し唱え続けた後、今度はMPを少しずつ注入するようにと意識を集中させる。

 前方に突き出された右手の人差し指から炎が豪快に噴射され、火炎放射器のようにモンスター達を焼き尽くして行く。


 (……ま、まだ少し威力が強いみたいですね。もう少しMP量を搾れば――)


 二十メートル程勢い良く飛び出していた炎が徐々にその威力を弱めて行き、指先から放出され続ける炎は新体操競技で使われるリボン程の長さと太さにまで、か細く抑えられた。

 威力も申し分なく、伸ばされた指先を横にずらし、放出され続けている炎を迫り来るモンスターに当てると、焼かれたモンスター達は地面を転がりまわり、そのまま炭化して行く。

 徐々にモンスター達がルシファーから距離を取り始めたのだが、ルシファーは注入するMP量を微調整する事で放出される炎を伸縮させ、モンスター達を一匹足りとも逃そうとはしなかった。

  

 (うん、これならリフレクトで守られたモンスターに当たってしまう心配はないですよね! ……でもこの炎、真っ直ぐにしか出せないでしょうか? 自由自在に曲げたり出来れば……)


 新たな魔法を作り出せた事で自信と欲が湧いて来たルシファーは、高度な術式操作魔法を習得する為、更に知恵を絞るのであった。


 

 ヤマト国南門を死守する前衛のメンバー達が、上空を飛び交っているグリフォンの真下へと向っている最中、ルシファーは自分が放出し続けている炎と格闘していた。

 

 (なかなか炎が曲がってくれませんね……。こうでしょうか? それともこうでしょうか?)


 前方へと突き出した指先から放たれている炎は、一直線に伸びたまま微動だにしていない。

 頭の中では炎が変幻自在に曲がっているイメージがしっかりと出来ているのだが、MP量の微調整によって炎の伸び縮みはするものの、一向に曲がる気配を見せない。

 時には頭の中で魔法に命令してみたり、実際に声に出して曲がれと命令したりと工夫を凝らしてはみるものの、思い通りには行かない様子である。


 (……でも、こうすれば一応曲がってくれるのですよねー)


 前方に突き出した指先を、伸ばした腕ごと左右に素早く動かす。

 彼女の腕の動きに合わせて、炎が移動する蛇のように曲がり左右に大きくブレる。


 (花壇にホースで水撒きをしているみたいです。……こんなものを実際に花に当ててしまうと一瞬で炭になってしまいますが……)


 調子に乗っていたのか、なかなか思い通りに行かずに苛立っていたのか、左右に振っている腕を更に大きく動かし始める。

 しかし振り幅を大きくした事によって、遂に炎の先端が魔法障壁で守られた、橙色をした豚の怪物の背中に当たってしまった。


 (ああー! いけない!)


 ルシファーは咄嗟に魔法を止め、両腕を体の前で交差させ防御姿勢を取る。


 しかし両目をギュッと閉じ身構えていたルシファーのもとに、彼女の放った魔法が跳ね返って来る事はなかった。

 防御姿勢を取ったまま恐る恐る片目を開けると、意外な光景が飛び込んで来た。

 梓へ向かって突進していた怪物の背中から、勢い良く炎が燃え広がっていたのだ。

 耳に付く呻き声を上げ豚の怪物は地面を激しく転げまわり、そのまま動かなくなってしまった。


 (……え? ど、どういう事ですか?)


 

 【リフレクト】は相手の魔法を跳ね返す防御障壁を、唱えられた者の背丈程の大きさで、体の前面に出現させる光魔法である。

 前面で繰り広げられている、薄っすらと幾何学模様が描かれた光の障壁に当てさえしなければ、魔法が跳ね返される事はないのだ。


 (後ろからは……アリって事でしょうか?)


 自身で打ち立てた仮説を実証する為、身を屈ませたルシファーは、【リフレクト】が掛けられているモンスターの背後にこっそりと移動を開始した。


 (大丈夫でしょうか……)


 一抹の不安を抱きつつ頭の中で魔法を唱え続け、先程とは違い今度は故意に炎を当てるべく狙いを定める。


 指先から放出された炎によって、二体目の豚の丸焼きが完成した。


 (やっぱり! 後ろからはアリなんですね! ……よーし、そうと分かれば――)


 【リフレクト】が掛けられた相手でも、後ろから炎を当てれば大丈夫なのだと無事に確認が取れたところで、ルシファーが躍動し始める。

 足取り軽やかに移動し、炎を放出し続けている腕を大げさに左右に振る。

 動きながらでも炎の先端部分だけを狙った場所に当てられるように練習を繰り返した。

 ヨルズヴァスの大空に浩太が舞っている間も、ルシファーは炎の先端だけをじっと見続け、意識を集中させていた。

 そして頭の中で膨らませたイメージを、次々と形に変え始めた。

 まずはトリガーを引き終えた水鉄砲のように炎を途中でピタリと止め、寸断させる事にも成功させた。

 次にルシファーはMPの注入量を増減させ、腕を振って炎を曲げている最中でも炎を遠くまで放出したり、逆に近くまで引き戻したりするという荒業をやってのける。

 こうする事で魔法障壁で守られたモンスターでも、背後から炎が当てられるようにと工夫したのだ。

 その後も練習は繰り返され、ルシファーの魔法の精度は加速度的に上昇していった。


 (ルシファーさん、凄い、凄いです!)


 シャーロットが上空を眺めている間、すぐ傍で魔法を放っていた梓は、ルシファーの偉業に気付いていた。

 炎を当て易い位置まで少し移動しては炎を連発して放出し、それこそ新体操競技のリボンのように炎を変幻自在に繰り出すルシファー。

 途中から炎は左右だけではなく、上下にも曲げられる事に気付き、モンスターの頭上から炎を直撃させ始める。


 (フフフ、ノって来ました。私、ノって来ましたー!)


 遂には左手の人差し指も伸ばし、二本の炎を操り始める。

 上下左右に両手の人差し指を振るう姿は、オーケストラの指揮者の姿を思い浮かばせる。

 業火の音色を奏で、怪物達の悲痛な叫び声、呻き声をバックコーラスに従える。

 そして背後の回復部隊から盛大な拍手喝采を浴び、ますます彼女の炎は勢いを増して行く。

 怪物達はルシファーに背を向けて逃げ惑い始めたのだが、彼女の炎がそれを許さない。


 「妾は大魔導士、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファー!」


 声高らかに中二病を爆発させた頃には、付近のモンスター達は粗方狩り終え、かなり遠方のターゲットすら炎を操り仕留めるまでに成長していた。  



 「ルシファーはん……、一体何があったんどすか」


 覚醒したルシファーに気付いたシャーロットが、驚いた様子で駆け寄って来た。


 「フフフ、妾が失っておった力をほんの少しだけ取り戻した、ただそれだけの事」


 彼女がカッコイイと思っているポーズをピシャリと決め、セリフを言い放つ。



 しかし次第に決めポーズを取っているルシファーの体が小刻みに震え出す。


 (……い、言えない。せ、折角カッコ良くポーズまで決めたのに……。ここで言ってしまうと台無しになってしまいます……)


 調子に乗り過ぎていたルシファーは、MP切れを起こし倒れる寸前でギリギリ持ち堪えていたのであった。


  

 シャーロットと梓が呆けている間に、震える足先を器用に使い、足もとに転がる魔力石を何とか手繰り寄せたルシファー。


 「……もう、ルシファーはんの。そないな魔法が使えるんやったら、もっとはように教えてくれはったら良かったのに……」


 シャーロットはルシファーが苦労して手繰り寄せた魔力石を拾うと、伸ばされたまま小刻みに震えているルシファーの掌の上に乗せた。

 まさかこの短時間でルシファーが新たな魔法を完成させたのだとは思わなかったのだろう。

 ルシファーもつい先程完成したばかりなのだ、と説明しようと思ったのだが、口を開いてしまうとMP切れの際のセリフを口走ってしまいそうだったので、小刻みに震え押し黙ったままでいるのであった。


 「それでルシファーはん。今の魔法であのグリフォンを……あ、あれ? おかしいどす」


 上空を飛び交っているグリフォン達に、今一度視線を向けたシャーロットは異変に気付いた。


 「……えらい数が減ってしもてはるどす」


 最初に見た時には絶望的な数を誇っていたグリフォンが、今では十数匹を数えるまでに激減していた。

 目を凝らして見てみると、地上から弾丸のような物が大空に向かってビュンビュンと放たれており、それを上空で受けたグリフォン達が墜落している最中だった。


 REINA<また一匹当たったよー!>

 源三<よっしゃ! 今度は俺が近いから仕留めて来る。和葉、フォロー頼んだ!>


 視界の隅に飛び込んで来たメッセージを読み、シャーロットは事態を把握した。


 (REINAはんの投石攻撃でグリフォン達を撃ち落とせたんどすな。始末するまではダメージを与えられへんみたいで、空から落ちて来たところで止めを刺してるんどすな!)


 REINAの周囲は美琴が守り、源三と和葉が遊撃隊を務めグリフォンを確実に仕留めていく。

 そして加奈子と浩太はというと、物凄い勢いで石を拾い集めては、REINAに手渡していた。

 

 (二度と空に打ち上げられるのは御免だ!)

 (私は高い所が苦手なのよ!)


 余程大空に飛ばされたくないのか、二人は無我夢中になって地面を駆けずり回っていた。

 

 REINAは石を数個グリフォンに向かって投げ付けたところで、『投擲』『命中』のスキルを習得していた。

 次々と命中し始めたREINAの投石攻撃を受け、上空のグリフォン達が堪らず散開し始めたのだが、その内の数匹が物凄いスピードでヤマト国へと迫っており、既にREINAの投石が届く射程範囲を超えてしまっていた。


 (ア、アカンどす! このままやったらヤマト国に入られてしまうどす!)


 「ル、ルシファーはん! アレ! アイツ等を何とか仕留めておくれやす!」

 「フフフ、我が眷属よ、妾に任せておくがよい」


 シャーロットが突撃して来るグリフォンへと慌てて指を差したのだが、魔力石を使用してMPを回復させたルシファーは既に準備を整えており、両手の人差し指から二本の火柱を上空に向けて放出していた。


 「虫ケラ共よ、くらうがよい! 【灼熱双鞭ブルチャーレ・フルースタ】!」


 早速新しい魔法には名前が付けられ、ルシファーの指先から伸ばされた二本の炎が操られる。

 鞭のように撓る炎は器用に曲げられ、滑空して迫り来るグリフォン達の足もとから、背後からと次々に襲い掛かる。

 体の向きを替え魔法を防ごうとしたグリフォンも居たのだが、ルシファーは伸縮を自在に操り、見事に対応して見せた。 


 (……凄いどす。やったどす!)


 上空から火達磨になりながら落下して来るグリフォンを眺め、シャーロットは小さく拳を握り締めた。

 周囲の空を見渡しても、グリフォンの姿は一匹足りとも見当たらなかった。

 遂に最大の脅威の排除に成功したのである。


 (ウチらのチームワークの勝利どす! 後は皆で地上に残る敵を排除したら――)


 シャーロットが勝利を確信し、前衛のメンバー達にメッセージを送ろうとした時だった。


 何の前触れもなしに、空間を歪ませる程の大規模な爆発音が戦場に鳴り響いた。


 桁違いな音量を耳にして、南門を守るメンバー達全員が一瞬体を強張らせる。

 そしてこれはただ事ではないと直感し、すぐさま爆発音が鳴った方向へと振り返り身構えた。

 皆が視線を集める先、瓦礫や様々な物が舞っているのは南門より四百メートル程西へ向かった場所。

 ヤマト国南西に当たる場所の城壁付近だった。


 一体何が起こったのだ?


 メンバー達の心に不安と恐怖が芽生え始め、メッセージでやり取りする事さえ忘れ、言葉を失っていた。

 徐々に舞っていた爆煙や冷ややかな冷気のような物が風で流され始め、異様な光景を目の当たりにして皆が息を呑んだ。

 未だ何が起こったのかは不明ではあるが、どうなってしまったのかは理解出来てしまった。

 タケルの手で城壁と平行に寝かされた芥子色のモンスターは、胸から下の胴体を失っており、城壁に至っては二十メートル程に亘り完全に崩れ去ってしまっていた。

 そして薄汚いローブで全身を覆った人物がその場所から一人、ヤマト国内へ入るべくゆっくりと歩を進めていた。


 「じょ、城壁が破られてしもたんどすか!」


 バラバラと音を立てて瓦礫が崩れている城壁を眺めながら、シャーロットは様々な考えを巡らせる。


 (何があったんどす? 今まであの場所には何も脅威はなかったはずどす。あの人は新たな敵? それとも味方? ……城壁の内側――いや、内側から破壊されたんやったら、城壁の外側にもっと瓦礫が散乱してるはずどす。城壁の外側から破壊されたんどす! ……あの人がやったんどすか? こ、これでイベントクエストは終わり……失敗、どすか――)


 頭が混乱し考えが纏まらず、先ずはタケルにメッセージを送る事にした。


 シャーロット<タケルはん、城壁が破られてしもたどす>


 彼女は今一度下唇を噛み締めていた。




 

 ルシファーが術式魔法を完成させる少し前、ヤマト国西門を守るアスモデウスと、伝言役を任されたマリア、アスモデウスの説得役を任されたくるみは、皆とは全く別次元の戦いを繰り広げていた。


 「何が『おばあちゃんが危篤なんだよー!』よ。よくもこのくるみちゃんを騙してくれたわね!」

 「いや、嘘じゃねーって! 本当にホント。マジなんだって!」


 アスモデウスはモンスター軍団に背を向け、くるみに弁明しつつも両脇の牛の顔、羊の顔でそれぞれ敵の位置を確認している。

 そしてマリアが掻き集めて来た石を受け取ると、バックパスを繰り出すように、肩越しに石を投げ付けモンスター達を始末して行く。 

 何だかんだと馬鹿な事をしながらもやはり四天王の一人。そのパワーは他のモンスター達とは桁違いである。

 集められた石が底を突くと、肩に槍を担いで一人で軍勢の中へと突撃し、その間にマリアは石を集めている。

 頃合いを見計らってアスモデウスは瞬間移動でくるみ達のもとへ戻り、先程同様集められた石を投げ付けながら弁明を繰り返している。


 「おばあちゃんの最後に立ち会えないとか、可哀相だと思わないのか?」

 「もう騙されないわよ! さぁ、さっさとホントの事を言いなさい! アンタが帰りたい理由は何?」


 両手を腰に当てたままグイグイとアスモデウスに迫り寄るくるみ。


 「ぐ、ぐぬぬ。い、言えない。これだけは絶対に」


 絶対に喋るまいとアスモデウスは右手で牛の口を、左手で羊の口をそれぞれ押さえた。


 (……そ、それだと普通に人型の顔が話してしまうのではないでしょうか? ……ププ)


 そんな様子を傍らで眺めていたマリアは、吹き出してしまいそうになりながらも何とか堪えていた。


 「俺頑張っているじゃないか! 西門に一匹もモンスター達を――」

 「帰りたい理由を言いなさい。め・い・れ・い・よ!」


 たじろぎながら必死にくるみを説得しようと試みるアスモデウスと、一歩も引かないくるみ。

 しかしくるみの言う事が絶対に断れないアスモデウスは、命令の言葉を聞き遂に観念したのか、重い口をゆっくりと開き始めた。


 「……じ、実はよ、……今この国にモンスター達が攻め込んで来ているっていうのは、小娘でも分かっているよな?」  

 「それくらい分かっているわよ。後、嘘偽りなく話しなさいよ?」

 「う、うぐ――わ、分かった。ちゃんと話すよ! 作戦があるんだよ、作戦が。俺にも役割があるんだよ!」

 「やっぱり! あたしは最初からアンタが怪しいって思っていたのよ! アンタがこの作戦を指揮しているんでしょ!」

 「違うよ馬鹿! それは俺じゃ――ちょっと待て」


 モンスター達の動きを牛と羊の顔で確認していたアスモデウスの様子が突然変わり、背を向けていた軍勢の方へ体ごと振り返る。


 「おい、あれを見ろ!」

 「ちょっと、勝手に話を――」

 「いいから見ろ!」


 アスモデウスがいつもと違い真剣な様子を見せるので、くるみは仕方なくモンスター達の方へと視線を向ける。

 軍勢の勢いが増しているのだが、それよりも変わった所がある。

 全てのモンスター達一匹一匹が、薄っすらと霧のような物で包み込まれていたのだ。


 「あれはな、水魔法の高等魔法で【ミストガード】っていうヤツだ。あれが唱えられている奴には一切の物理攻撃が通らない」

 「ふーん、そうなの? でもアンタなら何とかなるんでしょ?」

 「【ミストガード】で守られている奴には魔法攻撃しか効かない。当然石を投げ付けて倒す事も出来ない。しかしあの軍勢を魔法で始末しようとすると、俺の魔力が持たないぞ?」

 「げげ、嘘でしょ? ……困ったわね」


 くるみは薄っすらと眉間に皺を寄せ、助けを求めるようにマリアの方へと振り返った。


 「わ、私ですか! 私に頼られても何も出来ませんよ?」


 無理無理! と顔の前で掌を素早く振るマリア。

 しかし途中で何かを思い付いたのか、振られていた手がピタリと止まった。


 「……くるみ殿がリコーダーを演奏して、アスモデウス殿のMPを回復させてみては如何ですか?」

 「でもあたし達じゃ魔力を回復出来ないって――」

 「しかしこのままではいずれ西門は突破されてしまいますよ? 物は試しです。もし回復出来ないのであれば、その時に別の方法を考えましょう」

 「うーん、……分かったわ。やってみる」


 くるみが道具袋からリコーダーを取り出し、開けられた全ての穴を指で塞いだ。


 「……何だそれは? 何をするつもりだ?」

 「少し黙ってて頂戴。気が散るでしょ? 今からアンタの魔力を回復させてみるから、演奏が終わったら回復したかどうか教えなさいよ?」

 「何をするのかは知らんが、多分無理だと思うぞ? そして急いでくれよ」


 アスモデウスはくるみと話し終えると、城門へと迫って来ていたモンスターへ土魔法【ロックプリズン】を唱えた。

 地面を蹴って猛スピードで突進して来たのは、前方へS字に突き出された二本の角が特徴的な十メートル級のバッファローだ。

 頭を下げて突進して来たバッファローの足もとから、岩で出来た格子状の柵が出現し獣の行く手を遮る。

 すぐさま獣の左右、後ろ側にも、岩で形成された柵が取り囲むように出現し、最後は箱の蓋を閉じる形で天井部分が形成され、バッファローは岩で作られた狭い監獄に閉じ込められた。

 そして監獄は大地を響かせゆっくりと地面の中に沈み始め、監獄の中で地面と天井部分に挟まれる形となったバッファローは、ブチブチと嫌な音を立てながら短冊状に切り刻まれてしまった。

 

 「ア、アスモデウス殿、なかなか強力そうな魔法ですが、もう少し魔力控えめで手頃な魔法で倒せないのでしょうか?」

 「いや、出来るけど? ……ちょっとは小娘にいいところを見せて、俺の事を見直させようかと――」

 「アンタ馬鹿な事言ってんじゃないわよ! 節約しなさいよこの馬鹿!」

 「わ、分かったよ! そんなに怒るなって。……そんなに馬鹿馬鹿言わなくてもいいじゃないか……」


 思惑通りには行かず、両肩をガックリと落としたアスモデウスは、仕方なく土魔法【ロックアロー】をモンスター達へ連発するのであった。

  

  

 

 「くるみ殿、慌てずに落ち着いて演奏すればきっと大丈夫ですよ」


 マリアからのアドバイスを受け、くるみはコクリと一度だけ頷く。

 リコーダーに開けられた音階を調整する全ての穴は、依然として指で塞がれたままである。


 心を落ち着かせるように瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


 「……効果はアスモデウス限定で。MPをほんのちょっとだけ回復」


 自信なさ気に演奏の効果が呟かれた後、くるみの視界に曲目が表示された。

 何度も何度も練習を繰り返して来た、『ド』から始まる『きらきら星』である。


 (頑張って下さい! くるみ殿!)


 祈りを捧げるように顔の前で小さく両手を組み、マリアは心の中で声援を送る。

 そんなマリアからの期待を、気持ちの悪い翼が生えた背中に受け、体を小さく上下に揺らし、リズムを取りながら演奏が開始された。


 ボェ 『ド―』『ソー』『ソー』『ラー』『ラー』『ソー』、『ミー』「あ、間違えた」……ボェ


 演奏は途切れてしまい、くるみの視界に表示されている音符のオタマジャクシ達が、涙を流しながら視界の左端へと消え去って行く。


 ――しかし!


 ピコーン!

 ・楽器演奏スキルを習得しました!


 視界の隅にスキル獲得の文字が表示されたのだが、くるみはオタマジャクシ達を目で追い掛けるのに必死で、その事に全く気付いていなかった。


 (……あれ? 何か行けるかも)


 曲が終盤に差し掛かったところで演奏は再開され、オタマジャクシ達が笑顔で弾け始めた。 


 ……『ファー』『ファー』『ミー』『ミー』『レー』『レー』『ド―』

  

 遂に演奏は終焉を迎え、くるみの表情が笑顔に変わる。


 「どうよ! アスモデウス!」

 「どうよじゃねーよ馬鹿野郎! 何か呪われたぞ! 俺に何をしやがった……か、体が重い」


 姿勢が酷く猫背になり、牛と羊の顔がそれぞれ苦悶の表情を浮かべている。


 (あちゃー、やっぱり駄目かー。そりゃそうよね、最初と最後しか吹けていなかったし。……あれ? これは――)


 ここで漸く視界の隅に表示されていたスキル獲得の文字に気付いたくるみ。


 (へー、こんなスキルもあるんだ。……もう一度吹いてみようかな)


 何か思うところがあったのか、背筋を伸ばし大きく息を整えた。


 「効果はアスモデウス限定。MPをほんのちょっとだけ回復」


 呟くように告げられた先程とは違い、自信を持って効果は宣言された。


 『ド―』『ド―』『ソー』『ソー』『ラー』『ラー』『ソー』


 苦手な出だしに躓く事なく、くるみの演奏する『きらきら星』がヤマト国西門一帯に響き渡る。


 (いいですよくるみ殿! そのまま、そのままです……)


 マリアはいつの間にか、発表会で演奏する我が子を見守る母親のような気持ちになってしまっていた。

 お祈りする姿勢はそのままで、俯き加減で両目を閉じ、演奏と同時に曲の音符を頭の中で再生させる。


 ――『ミー』『レー』『レー』『ド―』


 そして曲を演奏し終えた途端、満面の笑みを浮かべたくるみ。


 「今度はどうよ! アスモデウス!」

 「……回復した。信じられんが魔力が回復したぞ! ……でもスゲーちょっとだったぞ? もうちょっと何とかならないのか?」

 「そんなの、急に大きく回復なんて出来るわけないじゃない! 戦い方で何とかしなさいよ!」

 「わ、分かった。……じゃあ出来る限り回復させてくれ」


 【ロックアロー】で攻撃を繰り返していたアスモデウスが、三つの首を少し捻った後、左横へ三歩程移動してから【ロックアロー】を放った。

 文字通り魔法の岩で形成された矢が放たれる【ロックアロー】が、角度を調整して放たれた事により、モンスター達を四匹纏めて貫いて行った。


 「おい小娘、さっきの話の続きだが、魔力を回復させながら話は聞けるか?」

 「そんなの無理に決まってるじゃない。集中するから話し掛けないでくれる?」


 アスモデウスのMPを回復させる為、再びくるみは『きらきら星』の演奏を始めた。

 その様子を見たアスモデウスはくるみに話し掛けるのを止め、代わりにマリアを手招きで呼び寄せた。


 「……あの、何でしょうか?」


 未だに怖がっている様子で、マリアがたどたどしく歩み寄る。


 「ああ、小娘の集中力が切れてしまうかもしれないから小声で話すぞ。俺が帰りたい理由だ。話すって言っちまったからな」


 モンスターへ魔法を放ちつつ、物言い辛そうにアスモデウスが語り始めた。





 「……つまり今回の作戦で攻撃しているのは、ここヤマト国だけではなく、残りの主要国家、オリエンターナ、アレイクマも今現在攻撃されている最中だ。と」

 「ああそうだ」

 「そしてそれぞれの国に大魔王直属の四天王が、直接攻撃を加えている。と」

 「その通り」

 「今ヤマト国へ攻め込んで来ているのは、四天王の一人マラファルという者だ。と」

 「そうそう、水魔法が得意なマラファルだ。アイツの【ミストガード】は厄介だからなー」

 「アスモデウス殿はイスタリア攻撃を任されていて、イスタリアだけはアスモデウス殿の命令待ちで攻撃されていないから、今から帰って作戦通り攻撃する。と」

 「ああ、だから帰らせてくれよ」 

 「馬鹿言わないで下さいよ! それを聞いて帰すわけないじゃないですか!」

 「あ、やっぱり? だから言わなかったんだよなー。俺、後で絶対怒られるし……」


 ガックリと項垂れるアスモデウス。

 マリアはそんなアスモデウスと冷静に応対しつつ、会話の内容をタケルへとメッセージで送信していたのであった。

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