イベントクエスト番外編 その1

 

 タケル<みんな、僕は暫く自分の持ち場から離れられそうもないよ。頑張って!>


 より一層激しくなったモンスター達の襲撃を目視で確認しながら、視界の隅に現れたタケルからのメッセージを読み、シャーロットは下唇を噛み締める。

 先程『緊急時以外は使うな』と前以って言われていた00HELPを、策が全く思い付かずに早々と使ってしまった事を彼女は悔やんでいた。


 (ウチが、ウチがしっかりせんと! ……考えるんどす! もうタケルはんを困らせんのは嫌どす!)


 視線の先、数百にも及ぶ敵軍勢の上空には、自分達では手出し出来ない魔法障壁で守られたグリフォンが、こちらへと攻め入る機会を伺っている。

 そしてその数は先程とは違い、優に五十は越えていたのだ。


 (先程タケルはんは武器か何かを投げ付けてはったどす。せやけどウチ等では、あないな威力は出せへんどす……)


 『投擲』スキルを習得したシャーロットではあるが、攻撃力が低い為に自身が投げ付けた武器では、上空のグリフォンにダメージを与えれる程の威力が出せない事は既に確認済みだった。


 シャーロット<011あずさ02MPかいふく、03>


 傍らで魔法を放ち続け、MP消耗の度合いが激しいペンギンを回復させる為に指示を飛ばす。

 梓の足もとに溜めてあった魔力石も減って来た為、魔力石の補填を指示する『03』も同時に行い効率を上げる。


 (敵が遠いんやったらコッチから近付くか、遠くの敵を自分らに近付ければええのんどす。でもどうやって……?)


 シャーロットは頭をフル回転させながらも、常に周囲へと視線を配り的確な指示を飛ばし続ける。


 そんな中、梓のMPを回復させる為に後方より味方が全速力で駆け寄って来たのだが、その支援部隊を狙って敵軍勢から巨大な火球が飛ばされて来た。

 

 「【アースウォール】!」


 その事に咄嗟に気付いた梓が、迫り来る火球に対して大地から土の壁を迫り出させる土魔法の初級魔法【アースウォール】を唱える。

 この【アースウォール】は敵の足もとに唱えて、勢いよく飛び出すように出現する土の壁を直撃させて、ダメージを与えるという使い方よりも、巨大な敵の足もとに唱えてバランスを崩させる使い方や、今回の梓のように敵の攻撃に対して防御壁を作り出す使用方法が一般的である。

 尤も術式操作魔法によって土の壁の形を自在に変化させられるのであれば、槍のように鋭利に尖らせてモンスターを串刺しにする事も可能なのだが、上位魔法に【アースジャベリン】という同様の効果を発揮する魔法が存在するので、通常だと術式操作魔法を完成させる頃には【アースジャベリン】を覚えてしまっているだろう。

 【アースウォール】は相手を攻撃する、という点に関しては不向きな魔法なのである。


 駆け寄って来た女性の眼前で、ボコボコと音を立てつつ新たな土が生成されるように瞬時に積み上がり、高さ五メートル程にまで大きく盛り上がると、敵モンスターが放った火球を難なく弾き飛ばした。

 

 「……梓はん、彼女には【リフレクト】が掛けられていたんどすえ?」

 「あー! そ、そうだった。 ゴメン、私忘れてて勝手な事しちゃった……」


 回復部隊の光魔法は浩太の活躍(?)によりLVの上昇が早く、【リフレクト】を習得する事が出来たので、今やメンバー達全員に掛けられているのだが、どうやら梓はその事を忘れてしまっていたようだ。

 自分は余計な事をしてしまったのだと思い込み、梓は肩を落とす。

 ペンギンの両目部分からぶら下がる二つの涙が、より一層彼女の物悲しさを演出しているように見えてしまう。


 「そ、そんな気にする事やおまへんえ! 梓はん! 物凄く助かったどすえ!」

 

 (ウチのアホー! 折角仲間を助けてくれた梓はんを落ち込ませてどないするんどす!)


 仲間にMPの回復処置を施されながら落ち込んでいる梓を、何とかして元気を出させようとシャーロットは慌てふためいた様子で周囲を見渡す。


 「ほ、ほらあの【アースウォール】なんか、ウチ等の中やと梓はんしか出来ひんのどすえ?」


 先程梓が出現させた、高さ、幅共に五メートル程の土の壁を指差す。


 「さっきの火球かて、もしかしたら魔法やなかったかもしれへんのどす! モンスターが吐き出した火の玉やったかもしれまへん! 梓はんの【アースウォール】やったら魔法以外でも弾き飛ばせるやろ? ……魔法、以外……でも」


 狼狽えていたシャーロットの動きが突如ピタリと治まり、自身が放った言葉に何かが引っ掛かった様子で思考を高速で巡らせる。

 そんな様子を間近で心配そうに見つめていた梓が、シャーロットへ声を掛けようと指のない平らな手を伸ばそうとした矢先だった。


 「梓はん!」

 「は、はい!」

 

 突如輝きを取り戻したシャーロットの瞳に見つめられ、梓は直立不動で返事を返す。

 その雰囲気に流されたのか、梓を回復に来た女性までが何故か姿勢を正す。


 「梓はん、最高にGJグッジョブどす!」


 何かを思い付いた様子のシャーロットは、意味深な笑みを浮かべたまま梓に向かって右手の親指を突き立てた。


 ……


 「……ごにょごにょどす」

 「うん分かったよ。頑張ってみる」


 思い付いた無謀な作戦を梓に耳打ちで伝え、今一度モンスターの軍勢に体を向ける。


 シャーロットの表情からは先程までの迷いや焦りの色が一切消え去っていた。

 


 シャーロット<02レイナ04げんぞう05かずは09かなこ010みこと020おにぎり06ぜんしん


 シャーロットは無謀にも前衛の六人全員に、モンスター達の集団へと突っ込むようにと指示を飛ばした。


 REINA<おkりょうかい

 美琴<おkりょうかい

 和葉<おkりょうかい

 源三<おkりょうかい


 ……


 おにぎり<おkりょうかい

 加奈子<おkりょうかい


 前衛の六人から了解のメッセージが入って来たのだが、どうやら浩太と加奈子は未だにメッセージの使い方に慣れていない様子で、返信が皆に比べて遅い。


 そしてシャーロット自身はすぐ傍で火魔法を連発しているルシファーのもとへと駆け寄り、薙刀を構えた。


 「ルシファーはん、【リフレクト】が掛けられた敵はウチが何とかしますえ。こっちに近寄って来はるそれ以外の敵の排除をお任せしてもええどすか?」

 「フフフ、我が眷属よ、妾に任せておくがよい!」


 ルシファーの火魔法はMPを注入してしまうと攻撃範囲が広くなってしまうので、現在は専ら【ファイアーボール】で対応している。

 それでも彼女の驚異的な魔力量を以ってすれば、最弱の火魔法【ファイアーボール】でも大方のモンスター達は倒せてしまうのである。



 ……そして彼女自身、未だ気付いていない。

 イベントクエスト中にLVが大幅に上昇した事により、遂に彼女のステータスが大変な事になってしまっている事を……。


 シャーロット<02レイナ04げんぞう05かずは09かなこ010みこと020おにぎり08ごえい> 


 そしてシャーロットから今回の作戦のキーマンである浩太を守り抜く為に、前衛五人で浩太の護衛指示が飛んだ。


 ……が、しかし――  


 源三<おkりょうかい


 ……


 REINA<おkりょうかい

 和葉<いyいやだ

 美琴<いyむり

 加奈子<いyなんでわたしが


 源三からは先程同様すぐさま了解のメッセージが飛び、RREINAからも渋々といった様子でメッセージが返って来たものの、美琴、和葉、加奈子からは『いyいや』と拒否のメッセージが飛ぶ。


 「何でだよ! 守ってくれよー、仲間だろー!」


 浩太が敵勢の渦中で声を上げたのだが――


 和葉<いyいやだ

 美琴<いyいやだ

 加奈子<いyなんでわたしが


 メッセージの内容は変わらなかった。

 そのメッセージを読み、頭を抱えるシャーロット。


 (……確かにウチでもおにぎりはんを守れと言われたら嫌――ア、アカンどす!)


 シャーロット<嫌やないどす! やるのんどす! この作戦にはおにぎりはんが必要なんどす! このままやとイベントクエストは失敗になってしまいますえ? ええのんどすか!>


 心を鬼にしたシャーロットから檄が飛ぶと、前衛の三人から渋々『おk』のメッセージが入ったので、シャーロットは胸を撫で下ろし作戦を次の段階に進める。

 

 シャーロット<今後前衛を差す番号を001としますえ。001ぜんえいはグリフォンの真下まで06ぜんしん


 指示を受け、前衛の六人が敵陣真っ只中へと斬り込んで行ったのだった。




 「かー! 王女さんは無茶言ってくれるぜ全く!」

 「でも頭の良い彼女の事だし、きっと何か案が浮かんだのよ、源三さん」


 現在加奈子は源三の背中から少しだけ離れた場所で剣を振るっている。

 源三の背中に寄り添っていると源三が大剣を振れない為だ。


 「俺の背中は君に預けるよ、加奈子さん」


 源三の一言で急にやる気を出し始め、源三の背後を守る為に奮闘しているのだ。

 お互いが背後を預け合っているのだが、この二人と同様に背中を合わせて戦っているのが、犬猿の仲である和葉と美琴の凸凹コンビだ。


 「アンタまさかこんな雑魚相手に疲れて来た――なんて言うつもりじゃないでしょうね?」

 「うるさいわね馬鹿和葉! 何も言ってないでしょ!」

 「女狐の前に居る虎みたいな奴、結構素早いわよ? アンタじゃやられちゃうんじゃない?」

 「誰が女狐よ! こんな奴にやられるわけないじゃない! 馬鹿じゃないの? そっちこそ前方の鎧の化け物、さっきやっつけたら意外と硬かったし注意しないと、柔い拳じゃ砕けちゃうわよ?」

 「あー? 誰の拳が柔いって? 何発アンタに『爆裂拳』ぶち込んだと思っているのよ!」

 「LVも上がったし二度とくらわないわよ、あんなへっぽこパンチ! 帰ったらボコボコにしてやるんだから覚えておきなさいよ! この男オンナ!」

 「だ、誰が男オンナよ! こんにゃろー!」


 和葉が自身の背丈の二倍以上もある、黒銀色に輝く西洋の甲冑姿のモンスターに飛び蹴りをくらわすと、甲冑姿のモンスターは数十メートル先まで吹っ飛び、別のモンスターに体をぶつけて弾け飛んだ。

 その直後、爬虫類の皮を連想させる質感で樺色かばいろの翼を背中に生やした巨大な虎が、美琴に向かって飛び掛かって来た。

 美琴は動きを冷静に見極め、振り下ろされた前脚の爪攻撃をサイドステップで躱し、虎模様がくっきりと浮かび上がっている横っ腹へと回り込む。


 「そっちこそ、さっきから誰が女狐なのよ! だー!」


 左右の拳の連打、計四発を虎模様に捻じ込ませ、ダメ押しとばかりに巨大なモンスターを蹴り飛ばした。

 何だかんだといがみ合ってはいるものの、しっかりとお互いに注意を促し、目の前のモンスター達を確実に始末して行く。


 「がるるるー!」

 「ぐるるるー!」


 ……こうやって二人で睨み合っている時間もモンスター達を撃破して行けば、もっと効率も良くなるはずなのだが。


 


 REINA<皆の為に私が道を切り開いておいたわよー!>


 メッセージを読んだ前衛の五人がパンダを探すようにきょろきょろと辺りを見渡す。


 REINA<こっちこっちー!>


 (……メッセージでコッチとか言われても分かんねーんだよなー。かと言って喋らせてもガウガウ言ってモンスターの声とも判別付きにくいし……)


 源三は頭をガシガシと掻きながら、心の中でぼやく。


 「みんな、あそこよ!」


 REINAを発見した加奈子が指差す前方へと皆が視線を向ける。

 その視線の遥か先では、パンダが清流のレイピアを片手に持ち、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大きく手を振っていた。


 和葉<ちょっとREINAっち、ひとりで遠くまで行き過ぎだよ!>

 REINA<えへへ、ごめーん>


 皆が一団となってREINAの所へと駆け寄ったのだが、その道中では無数の風穴を開けられた大小様々な外形のモンスター達が息絶えていた。


 (……へへ、こりゃスゲーな) 


 先程の混戦の最中、源三自身が少々手古摺ったモンスターもその死骸の中に含まれており、彼女の実力に驚嘆させられながらも、自ずと大剣を握る手に力が入っていた。

 弄られキャラの源三ではあるが、彼も負けず嫌いなのである。


 (くそ、次は俺がやってやる!)


 そんな思いを胸の奥に沸々と滾らせながら、数々の亡骸を横目にREINAのもとへと急ぐ源三であった。 


 

 (ウフフ、やっぱり私が最強なのかしら。みんなの癒しの存在になりたかったのだけれど、これはこれで楽しいよね!)


 自身が積み上げたモンスター達の死骸の数々を、REINAはレイピア片手に満足そうに眺めている。

 そう、彼女は美琴と和葉がいがみ合っている間に、清流のレイピアに付属しているユニークスキル『清流突き』を発動させたのだ。

 ターゲット数は五十個と過去最高だったのだが、何と彼女は一度もミスする事なく全てのターゲットを捉え、パーフェクトを達成してしまったのだ。

 パーフェクトを達成した事により追加攻撃が発動し、周囲の敵をも巻き込んだ強力な一撃が加えられ、モンスター達の軍勢の中に一本の道筋が作られたのだ。


 源三<これ全部REINAがやったのか? スゲーじゃねーか!>

 REINA<でしょー! 私強いのよー!>


 メッセージを受けて気を良くしたのか、集まった皆の注目が集まる中、パンダが華麗な突剣捌きを披露し始める。

 タケルも少し疑問に感じていたのだが、彼女が何処でレイピアの扱い方を学んだのかは今の所謎である。

 

 「くそー! パンダマンまで活躍しているのに、僕だけ何も活躍出来ていないじゃないか!」


 REINAの短い演武が終焉を迎えると、突然浩太が真っ赤な髪を掻き毟りながら騒ぎ始めた。


 「パンダマンって……。REINAは一応女子だぞ? せめてパンダレディーにしとけよ」

 「ちょっと源三も酷いよ? 一応って……。REINAはこう見えても――まぁいいわ」


 和葉は何かを言いかけて言葉を飲み込んだ。


 「……それでおにぎり、アンタ作戦に必要らしいけれど、どんな作戦なのよ?」

 「……さぁ? 僕は何も聞いてないよ?」

 「「「「はぁ?」」」」


 源三、加奈子、和葉、美琴が声を揃える。

 シャーロットの指示通り、既に目的の場所へと到着しており、上空には無数のグリフォン達が飛び交っている。

 このグリフォン達を仕留めないと、イベントクエストが失敗に終わってしまうのだが……。

 一同が上空を見据えたまま、一抹の不安を抱き始める。 


 しかしREINAは言葉が通じていないので、そんな皆の様子をやさぐれた顔できょとんと眺めている。


 (私にも分かるようにメッセージでやり取りしてくれないかしら……?)





 「梓はん! 何とか行けそうどすか?」

 「多分大丈夫だと思う。……やってみるよ」


 シャーロットは自身に襲い掛かって来た巨大熊の二つある首を薙刀で一刀両断にしつつ、首だけを背後に振り返らせ視線を送ると、梓は一度だけ首を縦に力強く振った。

 その様子を見て、更に襲い掛かって来るモンスター達に薙刀を振るいながら、シャーロットは作戦を決行する為に指示を飛ばした。


 シャーロット<020おにぎり04ぼうぎょ05たいき


 シャーロットからの指示に、前衛のメンバー達は更に混乱する。


 「ぼ、僕が作戦に必要なのに、ここで防御と待機をするの?」

 「そう……らしいな。まぁ王女さんの考えとやらを信じて、取りあえずおにぎりはその場でガードしておけよ?」

 「源三さんまでその呼び方? 僕はおにぎりじゃなくて、運命ディスティニー・の鬼斬オーガブレイカーだよ!」


 シャーロット<001ぜんえい020おにぎりから011はなれろ


 またもや何を考えているのかよく分からないメッセージが入り、メンバー達は頭上に『?』マークを浮かべながらも、防御姿勢を取っている浩太から五メートル程距離を取った。

 REINAの清流突きでは全てのモンスター達を始末したわけではないので、モンスター達はこの間に陣形を整えて接近し始めていた。


 


 「梓はん、まだどすえ……まだどすえ……」


 何やらタイミングを計るシャーロット。

 そして両手の掌を遥か前方の浩太へと向ける梓。


 (イメージ、イメージ……。イメージは壁じゃなくて柱。おにぎりさんの足もとに、細くて長くて……勢い良く突き出すイメージ。……MPも込めて放つ! 大空高く飛んで行け!)


 「梓はん、今どす!」

 「うん! 【アースウォール】!」


 (このパーティーでの僕の扱いって酷いよなー。僕の事を何だと思って――ななななな何だーーー!)


 ぶつくさと不満を口にしていた浩太の視界が突如として激しく歪む。

 凄まじい重力加速度が浩太を襲い、一時視界が暗転し意識を刈り取られる。


 ゴン!


 (……な、なななな)


 ほんのコンマ数秒後に意識を取り戻すと、浩太の視界には絶景が広がっていた。

 遥か彼方には山頂付近に薄い雲が掛かったグレーデン山脈が、そして足もとに視線を落とすと、正方形の城壁に囲まれたヤマト国の街並が広がっていた。

 タケルが並べた芥子色の巨人が、城壁の南側にだけ四体整列させられている。

 

 「ぎ、ぎぃやぁーーー!!!」


 そして晴れ渡ったヨルズヴァスの大空に浩太の絶叫が響き渡った。


  


 「「「「『おおーーー!!!』」」」」

 「「「「パチパチパチ!!!」」」」


 突如上空まで打ち上げられた浩太を眺めながら、前衛のメンバー達が、後衛の回復部隊の女性陣が、それぞれ拍手と歓声を上げる。

 先程まで浩太がガードポジションを取っていた場所には、歪な形の土柱が十五メートル程の高さまで伸びている。

 通常の【アースウォール】で出現する土の壁の中央部分、幅二メートル程を出現させただけで、残った左右両側の不要な部分を、ナイフを使って不器用な手付きで切り捨ててしまったような、垂直に伸びていない土柱だ。

 不格好ながらも梓の頭の中で強くイメージされた形状をなんとか再現させた、立派な術式操作魔法である。

 普段唱える【アースウォール】よりも出現スピードを飛躍的に向上させられた少々不細工な土柱が、浩太の体をパチンコ玉のように上空へと弾き飛ばしたのだ。

 今まで体験した事のない重力加速度が体に加わった事により、浩太が気を失ってしまった瞬間、偶然にも上空を飛び交っていた一匹のグリフォンの白い体毛で覆われた胴体部分に頭から突撃し、見事仕留める事に成功した。

 本来ならば浩太の体は遥か上空へと突き上げられ、回収不能となってしまうはずだったのだが、グリフォンに頭から突撃した事により、無事にグリフォンの死骸と共に上空から落下し始めたのだ。


 「梓はん、ちょっとたこう飛ばし過ぎどすえ。次からはちょいとだけ弱く魔法を放っとくれやす」

 「うん。わかった」


 (ちょっとMPを込め過ぎちゃった。強さは……今の半分くらいで丁度いい感じかな? あと両端の切り口が汚いから、今度は真っ直ぐにシャキッと綺麗な形に整えたいなー)


 シャーロットが考えていた作戦では、梓が唱える【アースウォール】を浩太の足もとで勢い良く出現させ、グリフォン達が飛び交っている上空辺りまで飛ばして攻撃させた後、落下して来る浩太を前線で待機している残りのメンバー達全員で受け止める、というものだった。

 浩太を作戦の要に選んだ理由は、ぶっつけ本番の作戦なので失敗する恐れがあったからである。

 仮に主力メンバーで今回の作戦に失敗してしまった場合、貴重な前衛を失ってしまうかもしれないと考えたシャーロットは、使い物にならない浩太を使って一度してみたかったのだ。

 そして勘の良い梓であれば二度目には必ず成功させてくれるだろう、とシャーロットは信じていた。


 この無茶な作戦に、浩太は絶対に文句を言ってくるだろう考えたシャーロットは、あえてこの作戦を浩太に伝えなかった。

 少しでも浩太に動かれてしまうと、足もとに出現させないといけない【アースウォール】が上手く発動しない恐れがあったからだ。

 その為に浩太に防御姿勢を取らせ、動かないよう待機させたのである。


 シャーロット<001ぜんえい020おにぎりを受け止めて>


 掌でオデコに日除けを作り、上空の浩太を眺めていたシャーロットが指示を飛ばす。


 (元の作戦通り、メンバー達なら余裕でキャッチ出来そうな高さでおにぎりが落下してしもたどす……)


 この時シャーロットの間近で魔法を放った梓の耳には、舌打ちする音やブツブツと呟くシャーロットの声が届いていたとか、いなかったとか……。




 おにぎり<なんんだyこれー!>


 上空から落下を続ける浩太は、焦りと混乱から文章を為していないメッセージをそのまま飛ばす。

 

 (一体何がどうなっているんだ? 何故僕は空から落ちているんだ? バグなのか? しかも頭が超痛いし!)


 思考を混濁させながらも、視界に表示されているシャーロットからのメッセージログ、『020じぶんを受け止めて』の文字を見つけ、慌ててもう一度メッセージを打ち始める。


 おにぎり<みんなほんとにたのんだよ>


 初めて体感する自由落下に、どんどんと近付くヨルズヴァスの大地に、口から肝が飛び出しそうな程恐怖しながらも、なんとかメッセージを送る。


 (ここここんな高さから落ちたらマジ死んじゃうって! 絶対超痛いって! ……お願い神様、助けて下さい)


 浩太が縋るような思いでお祈りを始めた頃、落下地点周辺に集まっているメンバー達は話し合いの真っ最中であった。  



 「受け止めて! って言われてもよ、こんなのキャッチ出来ねーよな?」


 顎に手を添え、猛スピードで落下して来る浩太を眺める源三。  


 「……だよね? あんなのキャッチしたらあたしの方が潰されちゃうわよ」


 最初から受け止める気がないのか、迫って来るモンスター達に向かって構えを取っている美琴。


 「でもシャーロットの考えだと、恐らく次はアタシ達を打ち上げるつもりよ? おにぎりがキャッチ出来ないとなると、作戦そのものが失敗に終わるか、或いは……地面に激突して瀕死のダメージを負わせる覚悟でアタシ達を打ち上げるかも」


 和葉の恐ろしい言葉を聞いた一同は、自分が地面に激突する瞬間を頭に思い浮かべ身震いした後、浩太をキャッチしないと次は自分が打ち上げられてしまうかもしれないと考えたのか、各々が誰からともなく視線を合わせ始め、一致団結した様子で無言のまま頷いた。


 和葉<REINAっちはアタシ達がおにぎりを受け止めた瞬間に、すぐさまおにぎりとアタシ達に回復魔法を唱えてくれる?>


 やさぐれた顔でひとり上空を眺めていたREINAにメッセージが届く。


 REINA<分かったわ。……でもその必要はないかも。私、普通にキャッチ出来そうよ?>


 そんな馬鹿な……、とメンバー達がパンダへ疑惑の視線を向ける。


 REINA<あら? 信じて貰えていないみたいね。じゃあ私がキャッチしてみるから、みんなは少し離れていてくれる?>


 何故か余裕を見せているREINAを見て、本当に大丈夫なのかと思いつつも、メンバー達は距離を取り始めた。

 

 REINAには揺るぎない自信があった。

 彼女のLVが100に到達した時から、モンスターに与えるダメージが劇的に上昇したのだ。

 突剣で攻撃を繰り返しながらその事に気付いたREINAは、先程和葉が蹴り飛ばして倒して見せた西洋の甲冑姿のモンスターと同じ敵を、メンバー達が見ていない場所で、武器を持たずに平手打ちで攻撃していたのだった。

 『剣技』スキルが上昇したのか、それともステータスそのものが上昇したのかを自身で見極める為だったのだが、パンダの平手打ちは甲冑の胴体部分をいとも簡単に上下に分断してみせた。

 OPEN OF LIFEでたったひとつのレアギフト、パンダスーツがタケルすらも知らない真価の片鱗を見せ始めたのである。


 

 (スキルはどんどん覚えるし、体は凄く軽いし、パワーも上がっているみたいだし、私にキャッチ出来ないわけがないわ!)


 ヤマト国南門を死守するメンバー達全員が見守る中、いよいよ浩太の巨体が自信満々で待ち構えるREINAのもとへと落下して来た。


 『オーライ、オーライ!』


 野球少年のように大きな声を出し、上空を見上げてウロウロしながら浩太の落下地点を探り出したREINAが両手を大きく広げる。


 『さぁ来い! 私が見事キャッチしてあげ――ア、アレ、アレ?』


 ガボーン!


 胸の前で両手を組み、祈りを捧げるような体勢で落下して来た浩太の体は、両手を広げて構えるREINAの遥か十数メートル後方に落下し、土煙が梓の作り出した土柱と同程度の高さにまで舞い上がった。


 ……パラパラと細かな土片が辺りに降り注ぐ中、メンバー達の間に沈黙の時が流れる。


 『ア、アレ―? お、おかしいなー?』


 未だに両手を広げたままで首を傾げているパンダ。


 『……おかしいなー? じゃないよ! なんでそんな全然違う場所で待ち構えているんだよ! そっちの方が断然おかし――ペペッ! 口の中に土が入ったー』


 落下の衝撃で開けられた深い穴の底から、浩太が平然とした様子で這い出して来た。

 浩太のLVも既に90を越えており、上昇したステータスのお陰で無事生き延びる事が出来たのであった。


 『いやーゴメンゴメン。その……アレよ。目測を見誤った……的な?』

 『見誤り過ぎだよ! 全然違う場所だったじゃないか!』

 『でも無事で良かったじゃない』

 『ちっとも無事じゃないよ! 超痛かったんだぞ!』


 REINAは浩太に回復魔法を唱えながら、浩太の体に付着した土を手で払い落としていると、固まったまま二人のやり取りを眺めていた前衛のメンバー達が駆け寄って来た。


 「山下君……大丈夫なの?」

 「全然大丈夫じゃないよ。死ぬかと思ったよ! でも何とか生きてるし、スキルもいっぱい身に付いたよ。『恐怖耐性』とか『防御力上昇』とかさ。よく分からない『多言語日常会話』とかいう変なスキルもさっき貰えたよ」

 「あー! それ師匠が言ってたヤツだ! だからアンタ、さっきからREINAっちと会話しているのね?」

 「……そう言われれば、パンダマンの言葉が分かるぞ? 所々理解出来ない部分もあるけどさ」

 『……ちょっと待ちなさいよ。パンダマンって誰の事よ? もしかしてあなた、私の事ずっとそんな風に呼んでいたんじゃないでしょうね?』

 

 パンダがやさぐれた顔を近付け浩太を睨みつけていると、遂に前衛のメンバー達六人のもとへと陣形を整えたモンスター達が、数に物を言わせて押し寄せて来た。

 しかしそんな中でもREINAは至って冷静であり、周囲に視線を配る。


 REINA<私も石を投げてグリフォンを攻撃してみるわ>

  

 このままでは自分も上空に打ち上げられてしまうかもしれないと考えたREINAは、メッセージを打ち込みながら足もとに転がる手頃な石を二、三個拾うと上空のグリフォンに狙いを定めた。


 シャーロット<おkりょうかい001ぜんえい02レイナ08ごえい


 REINAのメッセージを受けて、今一度浩太の足もとに狙いを定めていた梓に待機命令を出してから、REINAを護衛するように指示を出す。

 そしてシャーロット自身、この時になって漸く自分と梓に襲い掛かって来るモンスター達が居なくなっている事に気が付いた。

 今まで遠方で行われていた作戦の行方ばかりに意識が集中していて、脅威が迫って来なかった自分の周囲への対応が疎かになってしまっていたのだ。

 しまったと薙刀の柄を強く握り直したところで、ふと考えを巡らせる。


 (……お、おかしいどす。ここ暫く薙刀を構えているだけで、ウチ、全然攻撃してへんどす。上空のおにぎりとか呑気に眺めてしもてたどす)


 自分の周囲で何が起こっているのか確認するように、改めて視線を仲間のもとへと向ける。

 タケルが城門前に設置した巨大な金棒の前に陣取る、後方の回復部隊へ視線を送ると、まとめ役のエレーナと目が合った。

 しかし何やら様子がおかしい。ワイバーンの鎧に身を包んだ女性達が、エレーナと共にお祭り騒ぎで拍手を送っている。

 シャーロットがますます状況が理解出来ないといった様子で首を傾げていると、エレーナからメッセージが入った。


 エレーナ<しかし王女、Ms.ルシファーの火魔法は素晴らしいですね! 華麗であり、優雅であり……。戦場に咲く一輪の火華とでも表現致しましょうか>


 (……そ、そうどす! ルシファーはんの事をすっかりと忘れてしもてたどす!)


 慌てて周囲を見渡し、瞳に飛び込んで来た異常な光景を見てシャーロットは言葉を失ってしまった。


 ルシファー<ウフフ、有難う御座いますエレーナさん。そんなふうに言って貰えてとても嬉しいですよ>


 ゴスロリファッションの短いスカートをひらひらと靡かせ、軽やかなステップを踏みながら、鞭のように撓らせた細い炎を自由自在に操り出し、連発して放っているルシファーの姿がシャーロットの黒い瞳には映っていた。


 「ルシファーはん……、一体何があったんどすか」

 「フフフ、妾が失っておった力をほんの少しだけ取り戻した、ただそれだけの事」


 突然ミュージカル口調で話し出し、おかしな決めポーズを取ってセリフを締めたルシファーを、シャーロットと梓はポカンと口を開けたまま眺めていた。

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