第34話

 

 ヤマト国南門へと瞬間移動で向かった僕達は、全員でイベントクエスト参加の受付を済ませた。

 相変わらず僕達豚の喜劇団ピッグス・シアターズ以外一人も参加していなかった。

 転移門ゲートを使用してヤマト国へ来ようにも、僕達がPOP☆GIRLSと豚の喜劇団ピッグス・シアターズ以外のプレイヤー達をヤマト国使用禁止に設定していたのでヤマト国には来られないのだろう。

 と思ったんだけど、それだとひとつだけおかしなところがある。

 浩太君が先程魔法を習得する為にヤマト国へ入国した時には、まだPOP☆GIRLSと豚の喜劇団ピッグス・シアターズのどちらにも加入していなかったはずだ。

 もしかしてイベントクエスト期間中、というよりかはイベントクエストの内容が発表されてからは使用禁止に設定していても、どのプレイヤー達でも入国出来てしまうのではないのだろうか?

 となると、他のプレイヤー達の動きにも気を付けておかないといけないな。


 ……待てよ。も、もしかして……。


 「ちょ、ちょっと浩太君、こっちに来てくれる?」

 「何だよ山田君。もう長谷部ちゃんは返さないよ?」


 メタルスコーピオンの素材で加工されたと思われる、鈍い光を放つ金属製の鎧を身に着け、上機嫌な浩太君を手招きして呼び寄せる。

 城門の傍に立ち、マリアさんから聞いていた通りメニュー画面を操作して開門し、浩太君と共にヤマト国敷地内へと入った。


 「タケルー、どうしたんだ?」


 浩太君を含め源三やみんなが、無言で行動を続けている僕の事を不思議に思っているみたいだ。

 そしてみんなの視線を集めたまま、雷切丸を鞘からゆっくりと抜く。


 「おお、山田君の刀も凄くいいよなー。まぁ僕の長谷部ちゃんには敵わないけれどさー」


 ブスリ。


 呑気な事を言っている浩太君の鎧のない部分、左腕の手首の辺りを雷切丸の切っ先で一刺ししてみた。


 「いぎゃー! 痛ってーー! ななな何するんだよ山田君! キミ、馬鹿じゃないのか! 痛てー!」


 ……さ、刺せてしまった。


 僕達の様子を見ていたみんなが慌てて駆け寄って来て、僕と浩太君の間に割って入った。


 「師匠、幾らムカつく奴でもいきなりぶっ刺すのはどうかと……」

 「和葉、僕刺したんだよ?」

 「……見れば分かるよ、一体どうしたのよ? ムカつくならアタシが『爆裂拳』でもぶち込もうか?」

 「いや、そうじゃなくてさ! 今居る場所、ヤマト国敷地内だろ?」


 僕の言葉を聞いたみんなが、きょろきょろと辺りを見渡す。

 そして数名からは、だから何? という視線が向けられた。


 「……あっそうか、街中での攻撃不可が解除されてるのよ!」


 僕の言いたい事に気付いた美琴さんが、みんなに説明してくれた。

 そしてみんなが、あー成程、そういう事だったのかと納得している。


 「……ちょっと! そんな事より誰か僕を回復してあげようっていう心優しい人は居ないのかよ!」


 浩太君は真っ赤な血がドクドクと流れ出ている手首をみんなに猛アピールしているんだけど、……誰も回復してくれない。

 浩太君……嫌われているのか? 手当たり次第口説いたとか言っていたもんな。

 ……果たしてこんな事でイベントクエストを乗り切れるのだろうか。 



 『でもタケル君、どうして攻撃不可が解除されたの?』


 見兼ねたREINAが浩太君に治療を施しつつ尋ねて来た。


 「いや、それは僕にも分からないよ。最初、浩太君がPOP☆GIRLSと豚の喜劇団ピッグス・シアターズのどちらにも加入していないのに、ヤマト国内に入国出来た事を疑問に思っていたんだ」

 『ヤマト国を使用禁止……にしたのだったかしら?』

 「うん。それなのに浩太君が入国出来ているし、もしかしたらイベントクエストの影響で色々なルールに変化が出ているのかもしれないと思ったんだ」



 ――どうせ最初から城壁は守れないクエストだしな――


 そして雪乃さんが言っていた事を思い出したんだ。

 雪乃さんの言う通り城壁が守れないのだとすると、もしかすると街中でも戦闘しないといけなくなるかもしれない。

 となると、街中での攻撃不可というルールがあると戦闘出来ないだろうと考え、悪いとは思ったけど浩太君には実験台になって貰った。

 この街中での攻撃不可ルールが解除されている期間が、イベントクエスト中だけなのか、それとも今後も続くのかは分からないけど、充分に注意しておかないといけないな。

 


 <おはようさんどす。タケルはん、ウチ等三人ログインして来たどすえ。お迎え宜しゅう>


 浩太君にゴメンゴメンと謝っていると、シャーロットからメッセージが入った。


 「みんなにはここ南門を死守して貰うから、もう一度フォーメーションの確認しておいてくれる? 僕はシャーロット達を迎えに行ってくるよ」


 皆に指示を出しつつ、城門を閉ざしてから自宅へと瞬間移動で迎えに行った。




 「シャーロット、イスタリアに居たヨーロッパ組の戦力ってどのくらいか分かる?」


 地下室でモルツさんから預かっていたシャーロットの薙刀を渡しつつ、気になっていたイスタリアの事を尋ねてみる事にした。


 「イスタリアは『ヨーロッパ連合』言うパーティーが所有してはるんどす。ウチ等と二千五百人ずつで分けられた人どす。そのヨーロッパ連合を指揮してはるのが、諜報機関に勤めてはった『シュトゥーカ大佐』。このお人は『索敵』スキルが凄く得意なんどす」


 シャーロットは薙刀の真っ赤な柄の部分を両手でしっかりと握り締め斜に構えると、地下室の照明の当たり加減でキラキラと輝く刃の部分を、真剣な眼差しで見定めながら説明してくれた。

 しかし余りにもその佇まいが堂々とし過ぎていて、僕の視線は釘付けになってしまっていた。


 カ、カッコイイじゃないか。

 ……シャーロット、本当に十一歳? 嘘吐いてないよな?  

 

 薙刀の仕上がりに満足しているシャーロットと、マリアさん、エレーナさんにイスタリア内で起こっている出来事と、軍神オーディンの行動についても話しておいた。


 「タケル殿、もし宜しければ私が今からイスタリア内を偵察して参りましょうか?」


 マリアさんが狸が化けるように煙に包まれ、体格の良いヨーロッパ系男性アバター、『アーサー』という人物へと変化した。


 「でも危なくないですか? 向こうの人達と揉めてるんですよね? 捕まったりすれば何されるか分からないですよ」

 「フフ、タケル殿でも途中まで気付かれずに騙せていたのですよ? そう簡単には見破られないですよ。それに私やエレーナは戦闘になってしまえば殆どお役に立てません。今回のイベントクエストでは皆さんの補助に回ろうと思っていたので、得意な情報収集で私の見せ場を作らせてくださいよ」


 マリアさん、エレーナさん共に回復魔法だけ覚えているのだが、攻撃に関しては全く手段を持っていない。

 マリアさんは懐に短刀を忍ばせているけれど、エレーナさんに至っては武器そのものを所持していない。


 「Mrタケル、私とマリアはこのイベントクエストが終了すればOPEN OF LIFEを卒業する事にしています」


 セバスチャン声のエレーナさんが話してくれた。

 でもOPEN OF LIFEを卒業するってどういう事?


 「実は殿下との最初からの約束だったのですよ。私とマリアが殿下と一緒にゲームにログインするのは、殿下に日本人の友達が出来るまで、と。Mrタケル達と友達になれた今となっては、私達はこれ以上ログインするつもりはなかったのですが、殿下にあと少しだけとお願いされたのです。そしてマリアと相談して、このイベントクエストが終わるまではゲームに留まろう、と決めていたのですよ」

 「タケル殿、今後も殿下の事、お頼み致しましたよ」


 アーサー姿のマリアさんがシャーロットの背中を優しく押し、僕の傍へと預けて来た。

 シャーロットは少し恥ずかしそうにモジモジしながら俯いている。

 成程、そういう事だったのか。

 最初からマリアさんとエレーナさんは、シャーロットの付き添いという形で参加していたんだな。

 二人はシャーロットの友達作りの為にゲームに参加していたのか。

 僕達とシャーロットが接する様子を見ていて、もう自分達の付き添いとしての役目は終わったと判断したのだろうか。

 ……シャーロットも現実世界リアルでは友達少ないのかな? 僕が豚の喜劇団ピッグス・シアターズに誘った時にも二人は号泣していたし。

 それともただ単に日本人の友達が欲しかっただけなのか?


 二人がシャーロットと一緒にゲームに参加しなくなるのは少し残念な気がするけど、彼女達には王女の女官としてのお仕事もあるのだし、ずっとログインしているわけには行かないのだろう。

 



 ヤマト国の南門へと瞬間移動で戻ると、マリアさんが一人城門を潜り、騒がしい街中へと姿を眩ました。

 本当に大丈夫なのかな? 


 「タケルはん、マリアなら大丈夫どす。イスタリアにはなんべんも行ってはるさかい。転移門ゲート使こうて向かうんは初めてどすけど、何も気にする事あらしませんえ」


 ちょっと心配だけどシャーロットにも言われてしまったので、マリアさんを見送る事にした。


 


 「パ、パンダどす。顔が可笑しいパンダどすえー!」

 『ちょ、ちょっとシャーロット……王女? いきなり抱き付かないでくれる?』


 初めてREINAを見て興奮したのか、シャーロットが体当たりする勢いでREINAに正面から抱き付いた。

 ……言葉が通じなくて良かった。顔が可笑しいとか言ったらまたメンチ切られるところだったよ。


 そんな微笑ましい挨拶の光景を眺めつつ、マップでイスタリア内を確認する。

 やはりと言っていいのか、軍神オーディン達の向かった先はイベントクエストが行われるヤマト国ではなく、一万人以上のプレイヤー達が集結しているイスタリアだった。

 もしもこのプレイヤー達の中に、救世主スキル持ちが全員集まっているのであれば、僕の所持している救世主スキル以外の全てがイスタリア内に集まっている事になりそうだ。

 そもそもそんなに沢山の救世主スキルを集めて、ステータスの上昇や、スキル獲得スピード上昇なんかの恩恵はキチンと受けられるのだろうか?

 所謂アジア組を撃破した、……まぁ今の所僕の想像でしかないのだけど、仮に撃破したのだとすればLVの低かった軍神オーディンが勝利出来ているので、ある程度の実力はあるのだろう。


 そんな中、マリアさんのアイコンがイスタリア内に姿を現した。


 <マリアさん、一応僕もマップで確認しています。危ないと感じたらすぐに撤退して下さい。そして、転移門が使用出来るのは日本時間の二十一時までだから、それまでにはこちらに戻って来て下さい!>

 <私がイスタリア内へと入国した事が分かったのですね。……ちょっとタケル殿が怖いです。これでは安心してお手洗いにも行けませんよ。フフ、冗談です。随時メッセージを送ります>


 マリアさんからあまり冗談と思えない、冗談付きのメッセージが返信されて来た。

 ……そう言われれば、現実世界リアルでよく雪乃さんの行動をマップでチェックしているけど、これって一歩間違えればストーカー行為だよな……。気を付けよう。

 

 現在僕達ヤマト国側ではメンバー達全員でフォーメーション練習を行っている。

 最後尾にはヤマト国南門を背中にして、回復役を担当するPOP☆GIRLSのメンバー達七名とエレーナさんが配置されている。

 彼女達の背後にはダンジョンで回収して来た大量の魔力石を地面に転がしてあるので、その魔力石を使用して前線のメンバー達のMPを回復させる役目も担っている。

 エレーナさん達回復担当の前には、指揮を執るシャーロット、魔法での遠距離攻撃が可能なルシファー、ペンギンの着ぐるみ姿の梓ちゃんをトライアングルの形で配置している。

 ルシファーには、ヤバそうなモンスターには全力で魔法を放っていいけど、そうじゃないモンスター達には手加減してやるように! 他のみんなにも見せ場を作ってあげるように! と伝えてある。

 そうしないと魔力石があっという間になくなってしまい、僕が只管MP回復に向かわないといけないからだ。

 因みにパーティーメンバーが多くなってからというもの、元々話さなかったルシファーは更に静かになってしまった。

 どうやら彼女は人見知りしているみたいだった。

 大きな魔力石を奪いに来る時の気迫をここでも見せて欲しいものだ。


 そして一番の問題が前線の六名だ。

 和葉、REINA、源三は元々前線で戦って貰うつもりだったし、戦闘に関しても恐らく大丈夫だろう。

 美琴さんも今のところ和葉には歯が立たないものの、イベントクエスト中にLVが上がれば動きそのものは悪くないし、大丈夫だと思う。

 問題なのは浩太君と加奈子さんだ。

 浩太君は武器だけで言えばメンバー達の中で最強の刀を装備している。

 しかしその刀を使う本人の実力が……。未だキチンと刀を振るっているところを見た事がないのだけど、恐らく大した事ない。いや、寧ろ不安でしかない。

 あまりオルガン送りにされてしまうと、僕が蘇生に向かわないといけないので、僕としては今回は後衛組の護衛に努めて欲しいとお願いしたのだけど――


 「この最強の長谷部ちゃんを装備する僕が前線で戦わないでどうするんだよ!」


 人の言う事を聞かないので諦める事にした。

 長丁場になりそうなので、途中で後ろに下げる事も出来るだろう。

 そして更に心配なのが加奈子さんだ。


 「私は源三さんの傍に居たい!」


 彼女には後衛で参加して貰ってPOP☆GIRLSのメンバー達を指揮して欲しかったんだけど、これまた話を聞いてくれない。


 「死ぬ時は源三さんと一緒に」


 挙句の果てには、こんな事言い始めるし……。加奈子さんを守りながらだと源三の動きも悪くなってしまうだろう。


 「俺が必ず貴方を守ります」


 源三と二人寄り添って離れないのでもう勝手にして下さい、と投げやりになって任せる事にした。


 そしてチームワークも悪い。

 美琴さんと和葉は相変わらず仲が悪いし、REINAはメッセージじゃないとコミュニケーションが取れないし、加奈子さんは源三から離れないし、浩太君は一人で突っ込んで行きそうだし……。

 大丈夫……じゃないな。かなり不安だぞ!


 そろそろ城門を守る大魔王直属の四天王の一人、アスモデウスのオッサンを呼び出しておこうと思い、城門のすぐ傍で独りリコーダーの練習を続けていたくるみのもとへと向かう。

 なんだかんだでくるみも結構真剣に練習していたよな。

 ……あまり上達はしなかったけど。


 「くるみ、練習上手く行ってる?」

 「うん……何とか。取りあえずステータスが下がる事はもうないと思う」


 ……ホントかな? 前回の演奏を聞く限りとてもじゃないけどそんなふうには思えないぞ。

 まぁでもくるみがそう言うんだから信用するか。


 「そろそろアスモデウスのオッサンを呼び出しておこう」

 「……早くない? こんな時間から呼び出してもイベントクエストが始まるまでする事がないわよ?」

 「今から呼び出しておいて、くるみの『吸血』スキルと『悪魔召喚』スキルのLVを上げつつ、本当に城門を守れそうか実際に試しておこう」


 くるみの前で背中を向けて屈み、おんぶする体勢を取ると、くるみはリコーダーを道具袋へ仕舞い僕の背中に乗っかって来た。

 みんながフォーメーション練習を行っている近くまで向かい、くるみに誰も居ないスペースを選んで貰って悪魔召喚を行った。

 みんなにも実際にアスモデウスのオッサンを見ておいて貰おうと思ったのだ。


 「アスモデウス、カマン」


 背中に乗るくるみから少し生意気な召喚の声と共に、街道沿いの草原へと右手の掌が向けられる。

 初めて見るくるみの悪魔召喚に、メンバー達は興味津々といった様子で見物している。

 くるみの掌が向けられた草原に、直径十メートル程の紫色に怪しく光る幾何学模様の魔法陣が現れると、みんなから大きな歓声が上がった。

 今回はルシファーが炎の蛇を呼び出していなかったので、魔法陣から飛び出して来たアスモデウスは、燃え盛る大蛇に跨って大空へと昇って行った。


 「ちょっと! 何でアンタはいちいち高い場所まで行くのよ! 毎回すぐ傍で呼び出しているんだから学習しなさいよ!」


 アスモデウスのオッサンは僕の背中に乗るくるみに怒鳴られてしまい、大慌てで大蛇の進路を変更させ地上まで降りて来た。  


 「やースマンスマン、ついいつもの癖で。次からは気を付けるよ」


 何故か喋っているオッサンの頭ではなく、隣の羊の頭をガシガシと掻きつつアスモデウスは謝っている。

 アスモデウスを初めて見るメンバー達は、そんな二人のやり取りを直立不動でガチガチと震えながら眺めていた。

 

 

 「それで俺に何の用だ? 俺、今非常に忙しいのだが?」

 「何よ、都合悪いの? アンタ前回の帰り際に『次は頑張る』とか言ってたじゃない」


 何故かくるみはアスモデウスには物凄く強気なんだけど、くるみとは対照的に、この表現しにくい外見のオッサンを初めて見るシャーロット達はガタガタと震えている。

 ダンジョンで出現したダンジョン・キーパーの時も浩太君達は震えていた。

 恐らく敵の所持スキルである『威圧』とかが影響しているのだろうな。


 「まぁ都合が良いか悪いかで聞かれれば非常に悪いのだが、呼ばれてしまっている以上、俺には逆らえないしなー。それで俺は何をすればいいんだ?」

 「……ちょっと待って」


 掌をアスモデウスへと向け会話を中断させると、くるみは僕の首筋へガブリと噛み付いた。

 ……ちゅうちゅう血を吸われている間、みんなの視線がちょっと痛い。


 「むはっ。……それでお兄ちゃん、何をさせればいいんだっけ?」

 「ヤマト国の西門をイベントクエスト中、……まぁこんな言い方だと伝わらないかもしれないから、西門をモンスター達の襲撃から守って欲しいって言えばいいんじゃない?」

 「分かったわ。ちょっと聞いてた? ヤマト国の西門をモンスター達の襲撃から守って欲しいのよ」

 「ぐわー、やっぱりか! それを俺に頼むのかー!」


 アスモデウスは両手で頭を抱えている。

 因みに抱えている頭は右手で長い角の牛の頭、左手で巻き角の羊の頭だ。

 そんな頭の抱え方があるかよ! 特殊なボケをするな!

 ……しかしアスモデウスのオッサンの言い方だと、自分が攻めて来る当事者みたいな言い方だな――と思ったけど、よく考えてみればモンスター達が攻めて来るのに魔王直属の四天王が守っていればそりゃおかしいよな。


 「俺、絶対後で怒られるし……。でも断れないのだから仕方がない。分かったよ、西門だな。守ってやるよ。でもお前らじゃ俺を回復させる事は出来ないから、ヤバくなったら帰らせて貰うぞ?」


 そうなのか? 【ヒール】や【チャージ】ではアスモデウスを回復出来ないのか?


 「何よアンタ、そんなにボコボコにやられるつもりなの?」

 「馬鹿言え、お前馬鹿だろ。俺がそんなやられるか! 心配なのは魔力の方だよ馬鹿野郎。ここには俺達の魔力を回復する手段がないからな。枯渇したら最後、自然回復するまで動けねーよ」

 「じゃあなるべく魔法は使わずに肉弾戦で戦いなさいよ?」

 「分かってるよ、任せとけって! この槍で戦うから心配要らねーよ!」


 アスモデウスは得意気に言い放つと背中に背負っていた槍を両手で持ち、頭上で横回転にグルグルと回し始めた。


 「はいはい、分かったから。じゃあ西門にモンスター達を一匹も通すんじゃないわよ?」

 「……くそ、敬意が足りないぞ!」


 くるみが野良犬でも追い払うように右手をシッシ! と振ると、アスモデウスは腹立たしそうに呟いてから瞬間移動で姿を消した。ちょっと可哀相なオッサンだ。

 アスモデウスが居なくなると、何名かがその場に座り込んでしまい、何処からともなく空気がプシュ―! と漏れる音が聞こえて来た。


 「タ、タケルはん、今のお人が四天王の一人どすか? 予想していたんとエライ違ったどすけど……ウチ、震えて動けんかったどす」

 「うん。アスモデウスっていう奴なんだけど、相当強いよ」


 首筋からちゅうちゅう血を吸っているくるみを背中に担いだまま、慰める感じでシャーロットの頭を撫でてやる。

 しかしアスモデウスは何だかんだと色々な情報をくれたぞ。

 回復する術がないだとか言っていたな。

 モンスター達にも回復持ちは居たはずなので、僕達が唱えるのとモンスター達が唱える回復魔法が違う物なのか、単純にプレイヤー達がモンスター達を回復させる事が出来ないだけなのかは分からない。

 魔力石を使う事も出来ないみたいだけど、これはモンスターを封印した物だから使えないのだろう。

 とにかく当初の予定通り城門のひとつをアスモデウスに任せる事には成功したぞ。 


 <タケル殿、イスタリアの街中で戦闘行為が始まりました! こちらでも攻撃不可ルールが解除されています!>


 突如マリアさんからメッセージが届いた。しかもイスタリアでも攻撃不可ルールが解除されているだって? どういう事だ? 

 ……いや、そんな事よりも、まずマリアさんの身の安全を確保しないと!


 <マリアさん、危険だから今すぐ転移門ゲートでこちらに戻って来て下さい!>

 <……無理です。イスタリアの聖の大神殿にある転移門は軍神オーディンの手の者達に守られています。恐らく『救世主』スキル持ちを国外に逃さない為かと。戦えない私のこの姿では転移門の包囲網を突破出来ません>


 ……何だって? そこまでするのかよ、軍神オーディン!

 

 「タケルはん、どないしたんどす? 怖い顔しはって」


 僕の様子が変わった事に気付いたシャーロットが僕の顔を覗き込んで来た。

 ……みんなにも話さないといけないな。

 座り込んでいるメンバー達にも集まって貰い、イスタリア内で起こっている事を話した。


 ……


 「じゃあよ、一度ログアウトすりゃいいじゃねーか。スタート位置をタケルの家の地下室に設定してあるんだろ? 十五分後にもう一度ログインして来ればいいじゃねーか」

 「流石源三! 頭良い!」


 早速マリアさんにメッセージを送らないと――


 「無理どす。戦闘中の離脱行為は不可能どす。チュートリアルでも説明されていたはずどすえ?」

 「え? そうなのか? い、いやー、俺チュートリアル聞いてなくてさ」


 源三はボリボリと頭を掻いているのだが……僕も知らなかった。そういや視界の隅に戦闘中の表示が出ていたような気がするな。全く気にしてなかったけど。

 今まで出会ったプレイヤー達、始まりの小屋で出会った山賊や、ルシファーの【獄炎大蛇ヴリトラ】で焼かれたプレイヤー達もログアウトすれば逃げられたはずなのに、誰一人ログアウトしなかったのにはそういう理由があったのか。

 ……やっぱりチュートリアルは大切だよな。一回見ておくか。


 とか言いつつ、いつも先送りにしてしまうんだよなー、これが。


 「僕がマリアさんを迎えに行ってくるよ」

 『でもタケル君、もうすぐイベントクエストが始まるよ? 転移門の使用は二十一時までだって――』

 「大丈夫だよ。マリアさんを回収してすぐに戻って来るからさ。それにイスタリアへ向かうには転移門を使わないと行けないけど、帰りはいつも通り瞬間移動で戻って来るからさ」


 REINAやメンバー達に説明し終えると、暗い表情で押し黙っているシャーロットのもとへと向かう。

 自分が大丈夫と言って送り出した事に責任を感じているんじゃないかな?


 「大丈夫だよシャーロット。僕がちゃちゃっと迎えに行って来るからさ」

 「……タケルはん、マリアの事宜しゅう頼んますえ」


 落ち込んでいる様子のシャーロットの頭をもう一度優しく撫で、背中にくるみを背負ったままヤマト国内聖の大神殿近くまで瞬間移動で向かった。

 イベントクエスト開始まで後数分しかないので急いで向かおう。


 

 「くるみ、アスモデウスはまだ大丈夫そう?」


 モンスターを呼び出している最中に、追加で吸血を行う事で召喚したアスモデウスを一度も帰す事なく呼び出し続けられる事を、先程くるみは確認していた。

 色々な事を考えてくれている、頼りになる妹だ。


 「うん平気。さっきお兄ちゃんの血を吸い終わってから、急にアスモデウスの名前が視界に表示されたのよ。多分スキルのLVが上がったんじゃないかしら? それで、そのアスモデウスの名前の下に黄色いゲージが一緒に表示されているのよ。でもこのゲージはちょっとずつ減っているから、恐らくこのゲージがなくなるまではアスモデウスを呼び出し続けられるんだと思うわ」

 「おお! 便利になったなー」

 「呼んでいられる時間もドンドン長くなっているみたいだしね」

 「でもゲージがなくなるギリギリに言うんじゃなくて、前以って早めに言ってよ?」

 「りょーかい!」


 背中のくるみから威勢の良い返事が返って来たところで、OPEN OF LIFEで初めて聖の大神殿に到着した。

 外観は巨大な神社だ。朱色の立派な鳥居を潜った先には砂利の広場があり、その奥には朱色の柱に真っ白な壁、茅葺き屋根で細かな装飾の施された唐破風が特徴的な立派な宮造りの社が鎮座していた。

 恐らくヤマト国なので神社っぽい建物なのだろうが、イスタリアやアレイクマでは全く違った建築物なのだろう。


 <マリアさん、今から転移門を使ってイスタリアへと向かいます。隠密スタイルで聖の大神殿付近に待機出来ますか?>


 厳かな雰囲気の神殿内部を、駆け足で転移門に向かいながらメッセージを送信する。

 更にはイスタリアに到着してすぐに転移門を守っているという軍神オーディンの手下達を始末する為に、『隠蔽強化』を掛けてから手もとに大量の雷を溜める。

 【雷の弾丸ブリッツバレット】で全員即死させるつもりなので、ダンジョンでの失敗を繰り返さない為だ。


 <了解です! 聖の大神殿斜め前の建物に侵入出来ましたので、こちらに到着すれば連絡下さい>


 マリアさんからも返信が来たのだが、恐らく僕達が転移門を使って迎えに行くと、事前にシャーロット達から連絡が行っていたのだろう。

 だだっ広い神殿内部の造りには目も呉れず、誰も居ない神殿の奥にひっそりと佇む転移門を発見したので一直線に向かう。

 壁に大きく『転移門ココ↓』と書かれてあったので、風情もクソもあったもんじゃないのだが、分かり易かったのでそこはどうでもいいか。

 二畳程のスペースに機械仕掛けの台座が膝下くらいの高さまでせり上がっており、そこから淡い水色の光が人の背丈程ユラユラと漏れ出している。

 その光の中によいしょと飛び込むと、視界に転送先のコマンドが表示された。


 「くるみ、準備はいいか?」

 「むはっ。……OKよ! ゲップ」


 ……ゲップと共に返事が貰えたので、アクティブスキル『霧隠れ』を使用してから行き先をイスタリアに指定した。




 瞬間移動と同様の感覚で視界が大きく変わり、僕達の目の前には十五人程のプレイヤー達が、背中を向けて立っていた。

 転移門を守っていると言っていたので逆方向を向いていると思うんだけど、まさか転移門から人が出て来るとは考えていなかったのだろうな。

 今居る場所は空間的にはヨーロッパの巨大な教会の雰囲気なのだが、今はそれどころではない。


 「【雷の弾丸ブリッツバレット】! 乱射ガトリング!」 


 くるみを背負ったまま、両手の人差し指から【雷の弾丸ブリッツバレット】を大量に発射した。


 無尽蔵に連射された【雷の弾丸ブリッツバレット】によって、プレイヤー達は悲鳴の類を発する事さえ許されずに背中から蜂の巣にされ、玉石混淆な外見から肉塊へ、更には肉塊から肉片へと変貌を遂げる。

 プレイヤー達を貫いて行った【雷の弾丸ブリッツバレット】は、その勢いを殺す事なく協会の壁さえも軽々と破壊し尽し、協会の外からは建物が倒壊する音色が地響きと共に聞こえて来ている。

 この教会、倒壊する心配なんて考えてなかったけど、大丈夫だよな?


 「お兄ちゃん、結構エグイね」

 「まぁね。こういうゲーム得意だしね」


 数百発の【雷の弾丸ブリッツバレット】を僅か十秒足らずで打ち終えた。


 <タケル殿ー! 角度を考えて攻撃して下さい! 私まで殺す気ですかー!>


 土埃が舞う教会内でマリアさんにメッセージを送ろうとすると、逆にマリアさんからメッセージが届き、怒られてしまった。


 <終わったよー? 何処に居るの?>


 悪い事しちゃったかなー、なんて思いながらメッセージを送ると、ズタボロにされギリギリの状態で壁にぶら下がっている教会入り口のドアの傍に、忍び装束姿のマリアさんが足もとをフラフラとさせながら現れた。


 「終わったよー? じゃありませんよタケル殿! 本当に死ぬかと思いましたよ!」

 「ゴメンゴメン! 斜め前の建物だって言っていた事をすっかりと忘れていたよ。急いでヤマト国に戻ろう……そうだそうだ、忘れる所だった」


 土埃塗れのマリアさんを無事に回収出来たので、瞬間移動でヤマト国へ戻る事にしたのだが、大事な事を忘れていた。

 忍び装束に付いた汚れを両手で払い落としているマリアさんにジットリと睨まれつつ、【雷の弾丸ブリッツバレット】で転移門を破壊してからヤマト国へと瞬間移動で戻った。

 

 「タケル殿、どうして転移門を破壊されたのですか?」

 「いや、イベントクエスト直前に軍神オーディンやイスタリアの連中がヤマト国に来たら面倒じゃない? だから壊せるなら壊しておきたいなーって思っていたんだ。本当に壊せるとは思ってなかったけどね」


 瞬間移動で皆が待つ南門には直接戻らず、今はヤマト国内の聖の大神殿に設置されている転移門に来ている。

 転移門の淡い光の中へ飛び込み、行き先のコマンドを確認してみたんだけど、アレイクマとオリエンターナしか表示されない。


 よし、これでヤマト国の内側から攻められる事はなくなったぞ。


 今度こそ南門へと移動……はせずに、ダンジョン攻略の時と同じ要領で、くるみを背負ったままマリアさんを片手でなんとか抱え、ヤマト国内を猛ダッシュで駆け抜ける。

 行き先はアスモデウスの待つ西門だ。


 「……タケル殿、私をお姫様抱っこなどして、勾引かどわかすおつもりですか?」

 「何言ってるんですか、違いますよ。マリアさんには西門を守るアスモデウスと僕達の連絡係をやって欲しいんだ」


 人混みを避ける為、日本家屋の瓦屋根伝いをぴょんぴょんと飛び跳ね移動する。


 「僕達からの伝言やアスモデウスからの報告の受け渡し役だよ」

 「……それは私でないといけないのですか?」

 「うーん、いけない事もないんだけど、マリアさんなら『隠密』スキルで気配を消していれば、モンスター達に襲われる心配もないし、アスモデウスもマリアさんを守りながら戦わなくて済むでしょ?」

 「……成程、タケル殿は色々な事を考えていらっしゃるのですね。私感心致しましたよ。分かりました、そのお役目私が責任を持って務めさせて頂きます」 


 西門に到着したのでマリアさんを降ろしてから西門を少しだけ開門すると、自分の尻尾の蛇と戯れているアスモデウスが城門の前で横になっていた。


 「ちょっとアンタ! 何サボってるのよ!」

 「しょーがねーだろ? まだ何にも攻めて来てねーんだからよ。ちゃんと守ってやるから心配するなって!」

 「アスモデウスさん、彼女をこの場所に待機させておくので、僕達に用事がある場合は彼女に言伝して貰えますか? 僕達も用事がある場合は彼女に連絡しますから」


 マリアさんの背中を優しく押して、アスモデウスの近くに向かわせようとしたのだが、マリアさんはその場でストンと腰を落としてしまった。

 マリアさんはお姉さん座りで正座をしているのだが、震えてしまっている様子ですぐには立ち上がれそうにない。


 「彼女? そいつは男だろ? 俺を騙すつもりか?」


 ああそうか。マリアさんは男性アバターだったな。忘れていたよ。


 「……フン、しかも気配を消すタイプの奴か。気に食わんがそのくらい気配が消せるのならモンスター達に見つかる事もないだろう。でも邪魔だから隅の方に隠れておけよ?」


 ゴロリと寝返りを打って僕達に背中を向けると、アスモデウスは再び自分の尻尾の蛇と戯れ始めた。


 「じゃあマリアさん、後は宜しくね」

 「あ、あばば――」


 未だお姉さん座りをしているマリアさんは、声にならない声を発しながら僕の足を掴んで放してくれない。

 声では何を言っているのか分からないが、マリアさんの潤んだ瞳を見れば大凡の検討は付く。


 「……ごめんね。ここは任せたよ」


 潤んだ瞳に見つめられながら、瞬間移動で南門へと向かった。



 南門に到着するとみんなが駆け寄って来てくれたので、マリアさんは無事に保護出来たと伝えた。

 

 「敵襲ー! 敵襲ー!」


 そしてイスタリアでの出来事を話している間に、ヤマト国城壁の上に備えられた見張り台に居る兵士が、大きな声で叫び始めた。

 カン! カン! カン! とけたたましい警鐘の音がヨルズヴァスの空に響き渡り、物々しい雰囲気が辺りに漂う。


 「みんな、いよいよこの時が来たみたいだ。源三、和葉、REINA。前線はかなりキツイと思うけど、みんなの事は任せたよ?」

 「ああ、任せとけって!」

 「アタシは師匠の盾にもなれる……わよ」

 『任せといて! 腕が鳴るわ!』


 若干一名よく分からない返答だったのだが、三人共頼りにしているぞ!


 「ルシファー、ここぞ! っていう時は全力でみんなを守ってあげて」

 「フフフ、我が眷属よ、妾に任せておくがよい。全てを焼き払ってくれようぞ」


 いつも通り口に手を添える仕草をしているので、ルシファーは大丈夫だ。

 ……いや、大丈夫じゃないのか? いつも通りだとすぐ地面に片膝突くし……。不安だ。


 「シャーロット、みんなを上手く導いてあげて」

 「ウチに任せとくれやす」


 シャーロットがメニュー画面を操作し始めると、『海老茶式部』の袖の部分は邪魔にならないようにたすきで縛られ、草履だった足もとは茶色い革のブーツ姿へと変化した。

 おおー! 格好いいじゃないか! 映画か何かでこういう姿の女性を見た事があるぞ!


 「みんな、メッセージを活用してドンドン連絡を取り合おう」


 僕がメニュー画面を開くと、その場に居る全員がメニュー画面を操作し始める。

 今回の作戦の為に、簡略化したメッセージウィンドウを作成して視界に出しっ放しにしてあるのだ。

 『源三』とか『REINA』とか、注視方法でも打ち込む時間が取れない可能性があるので、全員の名前に番号を振った。

 因みに僕が01番。REINAが02番。といった具合だ。

 そしてやって欲しい行動にも番号が振ってあり、文字の色を赤色で表示させている。

 HP回復は赤色の01番。MP回復は赤色の02番。等々。

 シャーロットが支持を出す場合、源三を後退させ、和葉を前進させたい場合は――


 シャーロット<04げんぞう05こうたい05かずは06ぜんしん


 といった具合のメッセージがグループ内に飛ぶ事になる。


 シャーロット<04げんぞう01HPかいふく> 


 エレーナさんは回復部隊を取り纏めているので、このようにメッセージが入れば、エレーナさんが後方城門前に控える回復部隊に指示を出してくれる。

 勿論簡略化された番号全ては覚えられないので、一覧にして常に視界に張り付けてある。

 戦闘が激化すれば声が通らない可能性もあるからな。

 そしてこの方法を考えたのはシャーロットだ。

 ……全く恐ろしい十一歳だよホント。 


 「みんな、イベントクエスト絶対に成功させるぞ-!」

 「「「「おおーーー!!!」」」」


 全員が威勢の良い掛け声と共に、拳を大空へと高らかに突き上げた。


 さぁ、イベントクエストの幕開けだ! 

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