第32話
「……」
僕と目が合ったまま、美琴さんの口もとが僅かに動いたので、何かを呟いたと思うのだが、距離が遠くてその言葉は届かなかった。
炎が燃え盛る剣は、消える魔球のように突如姿を眩ますわけもなく、無情にも美琴さんの小さな身体にその巨大な刃を突き立てる。
……はずだった。燃え盛る剣が姿を眩ます事はなかったのだが、突如視線の先で美琴さんの小さな身体が姿を消した。
代わりに美琴さんが腰を抜かして座り込んでいた場所、僕が伸ばした手の指の隙間から見ていた光景には、両手を伸ばして何かを突き飛ばしたであろう体勢を取った赤い髪の大男、浩太君が割り込んで来た。
「浩太君!」
僕の悲痛の叫びが藍鉄の大部屋に響く中、巨大な剣の切っ先が藍鉄の床を数メートル砕いた後斜めに深く突き刺さった。
胴体を分断されてしまった浩太君の身体からは、ブスブスと何かが燻る音と共に200秒のカウントダウンが表示されている。
突き飛ばされてしまった美琴さんを余所に、慌てて浩太君のもとへと駆け寄る。
背後の化け物に注意を向けつつ浩太君に向かって蘇生魔法【
「……無茶し過ぎだよ、浩太君」
両腕を伸ばしたまま藍鉄の床に転がって固まっている
「……い」
「い?」
「痛ぇぇぇー! 超痛ぇぇぇー! 死ぬよ、死ぬってマジで! 何だよあれ、熱いし痛いし、そして痛いし! ……あ、あれ? 何で僕生きてるんだ?」
「タケル君、今のって……」
覚束ない足取りで歩み寄って来た美琴さんと浩太君の視線が僕に集まる。
「うん。蘇生魔法なんだけど、詳しい話はアイツをボコボコにしてから話すよ。……それから浩太君」
「……な、何だよ、山田君」
「僕の不注意で痛い思いをさせてしまってゴメン」
「フ、フン! 山田君ばっかりにいい恰好されるのも癪だしな! ……いいから、さっさと片付けて来てくれよ」
浩太君は胡座を掻いてその場に座り直し、両腕を組んだままプイッ! とそっぽを向いてしまった。
「……すぐに戻るよ」
二人のもとを離れ、腕二本と両足を失い前のめりに倒れ込んで藻掻いている怪物へとダッシュで詰め寄る。
その際藍鉄の床面を掃除するかのように槍で力なく払って来たのだが、雷切丸で弾き飛ばすまでもなく、足で蹴り上げて巨大な槍を大部屋の隅まで弾き飛ばした。
出血が酷いからなのか、ダンジョン・キーパーは息も絶え絶えといった様子で、うつ伏せに倒れたままウガウガと呟いている。
そんな怪物の肩筋に飛び乗り、背後から首筋へ一太刀入れた。
チン! という小気味良い音を鳴らして刀を鞘へと納めると、苦悶の表情を浮かべたままの巨大な頭がゴロリと藍鉄の床に転がった。
その瞬間、『緊急追加ミッションクリア』という文字が視界に表示され、LVが四つ上がった。
どうやらダンジョン・キーパーとEXPと緊急追加ミッションの報酬が同時に入って来たみたいだ。
僕のLVは87まで上がったぞ!
ダンジョン・キーパーの死骸からは『部位剥ぎ取り』、『魔力石に封印』、『
本日の
眩い光が収まると、大型トラック程の大きさの馬鹿デカい魔力石が現れたので、道具袋へと仕舞い込んだ。
話をしなきゃと思い二人のもとへと歩み始めると、ダンジョン・キーパーの死骸があった場所に、今度はボフッ! という音と白い煙の後に巨大な宝箱が出現した。
「凄く大きな宝箱ね! 何が入っているのかな?」
「山田君、僕が開けてみてもいいかな?」
「じゃあ三人で一緒に開けよう!」
巨大な棺桶のような少し細長い宝箱の前に立ち、三人でこじ開ける事にした。
「「「っせーの!」」」
ガコンと勢い良く開けた宝箱の中には、ダンジョン・キーパーが装備していた鉤爪型の武器『ダンジョン・キーパーの爪』が丁寧に仕舞われていた。
二本揃って入っているので、恐らく右手と左手に装備する物だと思うんだけど、ダンジョン・キーパーはこの爪を左手だけ装備していたって事なのかな?
「何だよ武器かー。僕には『長谷部ちゃん』が居るから必要ないや」
浩太君は宝箱の中身に全く興味を示さなかった。
……『長谷部ちゃん』っていう名前だったんだな、圧し切り長谷部。
「私の体よりも大きな武器は流石に装備出来ないかなー?」
「いや、大丈夫じゃない? 多分美琴さんのサイズに縮まってくれると思うよ?」
「……私、何もしていないけれど貰っちゃっていいの?」
「いいと思うよ? 浩太君は興味ないみたいだし」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
美琴さんがメニュー画面から『ダンジョン・キーパーの爪』を装備すると、サイズが超小型に縮まった武器が美琴さんの両腕に装着され、左右の真っ黒な手甲の部分から、刃物特有の鈍い光を放つ鋭い刃が三本ずつ伸びている。
「これって良い物なのかな?」
「うん、かなりね。後でオリハルコンコーティングと魔力石の効果も吸収させに行こう。それと浩太君には今の怪物の魔力石をあげるから、『長谷部ちゃん』を大幅に強化出来ると思うよ」
「へ? い、いいのか? 何だか凄く大きかったみたいだけど」
「勿論。浩太君には迷惑掛けたからね」
そう。僕のミスで美琴さんの身代わりとなって死なせちゃったし。
浩太君は『長谷部ちゃん』を強化出来ると聞いて大喜びしているのだが、本当に申しわけないと思っている。
【
それは溜めていた雷の量が少なかったからで、焦っていてその事に気付かなかったからだ。
【
……練習不足だな。もっと練習していつでも完璧に発動出来るようにしておかないと、今後みんなを守り切れないよな。
「いやー、これで僕も無敵だなー! ところで山田君、もうこのダンジョンには用はないのかい?」
「いや、まだやらなきゃいけない事があるんだよ。緊急追加ミッションに『ダンジョンコアを守るモンスター』って書いてあったから、あそこにある下へと続く階段の先にダンジョンコアとかいう物があると思うんだけど、それを破壊しないといけないみたいなんだ」
「ふーん。どうする? このまま行くのかい? それとも一度戻ってみんなで来るかい?」
「それがさ、緊急追加ミッションはクリアしたはずなのに、移動が出来ないんだよ。どうやらダンジョンコアを破壊してからじゃないと外には出られないみたいだ」
「そうなんだ。じゃあとっとと終わらせましょう! タケル君、お願いね」
爪の装備された両腕を大きく広げながら、美琴さんがトコトコ僕のもとへ歩み寄って来た。
僕が抱え易いようにと両腕を広げてくれているのか?
「……すぐそこだし、恐らく敵も出て来ないだろうし、もう抱える必要はないんじゃないかな?」
「そ、そうよねー! あはは……はぁ」
美琴さんはため息を漏らした後、トボトボと下り階段へと向かって歩き始めた。
歩く後ろ姿を見ると、狐耳とフサフサ尻尾がペタンと萎れていて、LVも大幅に上がったはずなのに何故だか分からないがとても残念そうだ。
「……それで? 山田君はあの化け物と戦う前、怖い顔して僕達に何を言おうとしていたんだい?」
三人で階段へと向かっている最中、僕から言い出そうと思いつつ、なかなか話を切り出せないでいると、隣を歩く浩太君から先に話を振られてしまった。
「そうそう、私も気になった! 一体何だったの?」
僕達の前を歩いていた美琴さんも立ち止まり、僕達の方向へ身体ごと振り返っている。
「……怖い顔、してたかな?」
美琴さん、浩太君が無言で一度だけ首を縦に振る。
「そっか、ゴメン。実はさ、二人にはどうしても話しておきたい事があるんだ」
ダンジョン・キーパーと戦う前は、もう二度と二人には会えないかもしれないので話そうと思ったんだけど、戦いが終わった今も……何故だか分からないけど、本当の事をキチンと話しておかなければいけない気がする。
二人は真剣な面持ちで僕の瞳を見つめていて、僕が話し始めるのを待ってくれている。
「実は僕、……中学校には一年の途中までしか通っていないんだ。所謂不登校っていうヤツ」
僕の言葉を聞いた二人の表情は……特に変わった様子は見られない。
驚いたり、ガッカリしたよ……みたいな反応もなかった。
「色々あって学校には行かなくなっちゃって。それで国の児童保護プログラムを使って、誰も知り合いがいない家から遠く離れた高校、今の僕達の学校に通い始めたんだ」
「……それって、本当の話?」
美琴さんが表情を変える事なく、真剣な眼差しで尋ねて来た。
「うん。本当。それで友達も一人も居なくてさ、登校初日に浩太君と美琴さんが話し掛けてくれた事、実は凄く嬉しかったんだ」
「タケル君……」
「そんなの絶対嘘だよ!
「本当に本当なんだ。色々あって、……本当に色々あってさ。美琴さんと浩太君は僕にとっての、恐らく初めての友達なんだ。……恐らくっていうのは、今まで友達が出来た事がないから自分ではよく分からなくってさ」
僕はそう言ってタイガー◯スクを装着したままの後頭部を、少し乱暴にガシガシと掻いた。
恥ずかしいとか、照れ臭いとか、……少し怖いとか。
そんな感情が溢れて来て自分ではどうしていいのか分からなくて。
「だからさ、友達には本当の事を言わないと駄目かな? って思ったから、二人には正直に話しておきたかったんだ」
先程まで大激戦が行われていた、深い青色をした石板が敷き詰められただけのだだっ広い空間を、暫しの間沈黙が支配した。
く、空気が重い。何か話し掛けた方がいいのだろうか……。
モンスターでも襲い掛かって来てくれればいいんだけど、今ではそれも叶わない。
……やっぱり、二人に嫌われてしまったんだろうか。
「……高校デビューだ」
色々と覚悟を決めていると、突然浩太君が呟いた。
「「はい?」」
思わず僕と美琴さんの言葉が被ってしまう。
「僕は高校デビューだ! って言ってんの。中学で超モテなくて、現在三十連敗で振られ続けているんだ。だから高校では何とかしてモテたくて、雑誌でモテファッションを調べてコーディネートして、更にはモテヘアーっていうヤツを必死で真似て頑張っているんだ!」
浩太君からも突然カミングアウトされてしまったんだけれど――
「「ッププ、アハハ―!」」
美琴さんと顔を見合わせた瞬間、笑が込み上げて来て我慢出来なかった。
美琴さんも僕と同じく、お腹を押さえてゲラゲラと笑っている。
「何で二人共僕の秘密は笑うんだよ! おかしいじゃないか!」
「だ、だって! 突然何のカミングアウトなのよ! 止めてよね、可笑しくてお腹が痛い――」
「友達には隠し事はなしなんだろ? だから僕も本当の事を言ったんじゃないか! 酷いよ二人共!」
友達。浩太君の口からも友達って言って貰えた。
これって浩太君も僕の事を友達として見てくれているって事なんだよな?
「山下君の高校デビュー、逆効果よ? 超失敗。デビュー前に引退した方がいいくらい失敗」
「えー! 嘘だろ! 何処が駄目なのさ?」
「そのモテファッションとかモテヘアーとか言っている時点でまず駄目。モテたくて必死過ぎるところも駄目。中身が空っぽなのに手当たり次第口説いたりするところも駄目。自慢話したり嘘吐いたりするところも駄目。まるで駄目」
美琴さんの口から駄目という言葉が発せられる度に、浩太君が両手で胸を押さえながら後ろへドンドン仰け反っていたんだけど、今では、リンボーダンスでもするの? と聞きたくなるくらいに上半身が反り返ってしまっている。
「ぐわー! 言葉がグサグサ突き刺さるー! 何だよ、はっきり言い過ぎだよ!」
「だって友達には隠し事しないで本当の事を言うんでしょ? だから私もハッキリと言ってあげたんじゃない」
「いや、そこは友達なんだからさ、逆にオブラートで優しく包んでよ」
美琴さん、浩太君の口から友達っていう言葉がドンドン出て来る。
非常に嬉しい。嬉しいぞ!
初めて学校の友達が出来た。……ちょっと泣きそうだ。
「大丈夫だよ浩太君。僕、五十人連続で振られたっていう赤い髪の人知っているから。今の浩太君と一緒じゃないか」
「全然大丈夫じゃないよ! しかもそれ、アニメのキャラクターだろ! 僕も知ってるよ! 一緒にしないでくれよ……」
浩太君は両腕をだらりとぶら下げて項垂れてしまった。
落ち込んじゃったのかな?
「……山田君、どうやったら彼女が出来るか教えてくれないか?」
「そんなの僕が知っているわけないでしょ。友達が出来た事もないのに彼女なんか居るわけないじゃないか!」
「ええ? そうなの? タケル君、妙に女の子慣れしているみたいだから、てっきり……」
「美琴さんまでそんな事言う。……その
美琴さんは顎に手を添えているんだけど、爪の部分が非常に危なっかしい。
「あ、そ、そうよね。……ほ、ほらね。ブツブツ……」
何やらブツブツと呟きながら、両手に装備されていた爪を道具袋に仕舞い始めた。
「何ブツブツ言っているの?」
「あ、いや、何でもないよ、こっちの話。そうそう、私、クラスの女子から嫌われているよ」
……へ? 何その爆弾発言。しかもサラッと言ったよ?
美琴さんの口からとんでもない爆弾発言が飛び出した気がするのだが、確かクラスの女子に嫌われている……とか。僕の聞き間違いか?
でも何で美琴さんが嫌われなきゃいけないんだ?
「学校初日に山下君やタケル君とバイバイした後にさ、高坂さん達に言われちゃったのよねー。『あまり山田君と仲良くしないで!』ってさ。でも昨日も朝から私達二人で話していたでしょ? そしたらクラブ紹介で体育館に向かう途中に、あの三人に何たらかんたらと言われちゃったのよ」
「何だよそれ、ひっでー話だな」
浩太君の言う通りなんだけど、美琴さんの言う『何たらかんたら』って一体どんな事を言われたんだ? ……聞いてみても大丈夫かな?
「美琴さん、その『何たらかんたら』って具体的にはどんな事言われたの?」
「うーん、密告するみたいであまり言いたくないんだけれど……」
「「……けれど?」」
僕と浩太君が美琴さんへと視線を送ると、美琴さんはスーッと大きく息を吸い込んだ。
「調子に乗ってんじゃないわよドブスが! 使い物にならないようにしてやろうか? この阿婆擦れが! ……的な事、かな」
……マ、マジですか?
僕と浩太君はお互い視線を合わせたまま、心の中で声を揃えた。
美琴さんは大声を出してスッキリしたのか、両手で胸を抑えて一度大きく深呼吸した。
高坂さん達って全く以てそんな事言いそうな人達じゃなかったのになぁ……。
本当にそんな事言ったのか?
「じゃあ彼女達は山田君と話している間、ずっと猫を被っていたって事なのか?」
「え? 山下君、もしかして気付いてなかったの? あんなのバレバレだったじゃない!」
「「……マ、マジですか」」
口から零れたセリフが浩太君と見事にハモってしまった。
全然気付かなかったぞ? 結構意識してみんなを観察していたはずなんだけどな……。
担任の筑波先生に言われていたのに、アドバイスが全然役に立っていなかった。
「タ、タケル君も気付いてなかったの?」
美琴さんは呆れ顔で眉間にシワを寄せている。
「うん、ちっとも。筑波先生にも言われていたんだけど、僕は不登校歴が長い所為もあって、人との接し方が上手じゃないんだ。……でもそんな事があったんじゃ、美琴さん月曜日から学校行き辛くない?」
「あー、それは平気よ。ご心配なく。あの
美琴さんはそう言い終わると、トコトコと僕のもとへ歩み寄り、小さな手で徐に僕の両手を握った。
「私クラスじゃ独りぼっちなの。だからタケル君、これからも宜しくね!」
そして優しく微笑んでくれた。
これからも宜しく、か。
良かった。本当の事を二人に話せて本当に良かった。
「うん。こちらこそ宜しく」
「こらー! ちょっと待ったー! 何二人でいい雰囲気醸し出しちゃってるわけ? 僕もここに居るだろ! 足立さんも何で山田君にだけお願いするんだよ!」
「そうね、じゃあ山下君も宜しく」
「うがー! 『じゃあ』って何? 山田君と全然態度が違うじゃないかよー!」
浩太君が両手で頭を抱えて騒ぎ始めた。
三人で長々と話し込んでしまい、みんなを待たせている事をすっかりと忘れていたので、急いで下の階へと向かう事にした。
階段を降りてすぐの場所に、今までこのダンジョンでは一度も出てこなかったドアが目の前に現れた。
藍鉄の壁に、何処の家庭でもありそうな、ごく普通の取っ手が付けられた木製のドアが填め込まれている。
何でここだけ普通の家の、そして普通の部屋みたいなドアなんだと疑問に思いつつ、金属の取っ手を下へガチャリと下げると、特に罠が仕掛けられている事もなくドアはすんなりと開いた。
おじゃましますよーと呟きつつ三人でドアの奥へと進んだのだが、ビックリするくらい普通の部屋だ。
六畳くらいの広さで薄い茶色のフローリングの床、クリーム色のクロスが貼られた壁と天井。
天井の中央には円形で平べったいライトが填まっていて、部屋を明るく照らしている。
変わっているところと言えば、壁の何処にも窓がない事と、部屋の中央にあるライトの真下に、バスケットボール程の大きさで無色透明の真ん丸な水晶玉が宙にフワフワと浮かんでいる所だ。
美琴さんはその水晶玉をペタペタと触っている。
「これを破壊すれば出れるのよね? ……ちょ、ちょっとタケル君、何か文字が浮かび上がって来たよ?」
こっち来てと手招きされたので、僕と浩太君も水晶玉を覗き込んでみた。
<新たなダンジョンマスターとなり、このダンジョンを運営する>
<このダンジョンコアを破壊する>
二つの選択肢が真っ赤な文字で透明な水晶玉の中に書かれている。
ダンジョンマスターか。OPEN OF LIFEではそんな事も出来るんだな。
<このダンジョンコアを破壊する>
こちらを迷わず選び、水晶玉の文字が浮かび上がっている部分をタッチした。
最初、メニュー画面と同様に注視するだけで選べるのかと試してみたのだけど、ウンともスンとも言わなかったので触れてみた。
「タケル君、良かったの?」
「うん。面倒そうだし、他にもやらなきゃいけない事が山積みなんだし、ダンジョン運営とか今やっている時間はないよ」
「そうだよな! 早速山田君の家に戻って練習しようぜ!」
『ピシ!』
浩太君が話し終えると同時に、音を立てて水晶玉に大きな亀裂が縦に走った後、瞬間移動した時と同じ感覚で僕達三人は森の中に立ち尽くしていた。
どうやらダンジョンの入り口があった場所まで移動させられたみたいだけど、辺りを見渡しても何処にもダンジョンの入り口は見当たらなかった。
「……何だか狐に化かされたみたいだね」
美琴さんはダンジョンの入り口を見たわけではないけれど、突然景色が森の中に切り替わった事に、少し戸惑っているみたいだ。
「いや、足立さんがその言葉を言ったら駄目じゃないか?」
「どうしてよ? ……あ」
浩太君の言葉を聞いて、美琴さんは自分のアバターを思い出したみたいだ。
このままギルド会館へと向かい、ダンジョンコアを破壊した事を報告しに行こうかとも思ったのだが、みんなの状態が気になったので、先に地下室へと戻る事にした。
POP☆GIRLSのメンバー達が見事に全員、床に片膝を突いた状態で苦しそうにしている。
シャーロットやマリアさん、エレーナさんは平気みたいで、立ったまま三人で何やら会議を開いていた。
和葉とルシファーは僕達が帰って来た事に気付くと、こちらに駆け寄って来てくれた。
ルシファーはこの中じゃダントツでMPが多いので少々の事じゃMP切れは起こさないと思うけど、和葉の場合はMP切れになっても『これも修行の為』とか呟きながら普通に動きそうだよな……。
「師匠! 何があったのさ? 戻って来るのも凄く遅かったし、アタシ達のLVも上がったし」
どうやら和葉達のLVも上がったみたいなのだが、緊急追加ミッションはクエストと同じ扱いで、パーティーメンバー全員にEXPが入ったみたいだな。
「ちょっとダンジョンで罠に嵌っちゃってさ。詳しくは美琴さんと浩太君に話を聞いててくれる? 僕は先にギルド会館に行ってクエスト報告を済ませて来るよ」
床に片膝を突いているメンバー達に【チャージ】を唱えてMPを回復させつつ、居残り練習を続けているくるみとガゼッタさんへと視線を向けると、特訓の成果が出て来ているのか、どうやって出していたのか不明な音はあまり聞こえなくなっていた。
ガゼッタさんが僕の視線に気付いてくれたので、手招きして呼び寄せた。
「……」
僕の所に歩み寄って来たガゼッタさんは無言で僕を見つめているのだが、その顔色に血の気は皆無だ。
居残り練習終了の言葉を待っているんだろうけれど……、もう少しだけ頑張って下さい。
「実はこの魔力石の効果を浩太君の武器に吸収させて欲しいんですよ」
他のみんなに少し下がって貰って、ダンジョン・キーパーの魔力石を道具袋から放り出した。
着地の際、ドスン! と若干地下室の床を振動させる程巨大な魔力石に、メンバー達の視線は釘付けだったのだが、案の定一人の人物が魔力石に向かって好スタートを切った。
普段の行動もこれくらい積極的ならいいのになぁと思いつつ、巻き髪を揺らして魔力石へと突き進むルシファーをひっ捕らえて肩に担いだ。
「ルシファー、この魔力石は駄目だよ? 浩太君の武器に吸収させる事が決まっているんだ」
「なっ――こ、浩太って誰じゃ!」
「ああそうか、『
「嫌じゃ嫌じゃ! この魔力石は妾への貢ぎ物ぞ! 今日の星座占いでも、『巨大な魔力石を手に入れられれば運勢最高!』と出ておったのじゃ!」
……そんな星座占いあるか!
心の中でツッコミを入れつつ肩の上で暴れ続けているルシファーを和葉へと預け、ガゼッタさんに浩太君の『圧し切り長谷部』と美琴さんの『ダンジョン・キーパーの爪』に魔力石の効果を吸収させて下さいとお願いした。
美琴さんの装備品に吸収させる魔力石は、ダンジョン内で手に入れた効果の高そうな魔力石、『レッド二―プリースト』とかいうモンスターの魔力石を道具袋の中で見繕って渡しておいた。
……レッド二―プリーストという名前を見ても、どんな奴だったか姿が全く思い出せない、可哀相なモンスターだ。
僕はガゼッタさんが魔力石の効果を吸収させてくれている間に、ギルド会館へクエストの報告に行く事にした。
みんなを地下室で待たせて一人でギルド会館へと瞬間移動でやって来たんだけど、一人の人物がバーのテーブルで食事を摂っていた。
今とても顔を合わせ辛い人物、ギルドの受付嬢でキリちゃんの双子の妹、私服姿のエリちゃんだ。
「あら! いらっしゃい!」
僕の事に気付いたエリちゃんが声を掛けてくれたのだが、僕の予想に反して挨拶の口調は明るく柔らかかった。
食べかけなのか半円に欠けた跡がある元三角形のサンドイッチを手にしたまま、僕の傍へと駆け寄って来てくれたんだけど、エリちゃんの口もと近くの左頬には、スライスされた大きなキュウリがフワフワと絶妙なバランスを保ったままくっ付いている。
絶好のシャッターチャンスなんだけど、また雪乃さんに盗み見されるのも嫌だし、メモ帳にキャプチャー付きで保存しておくのは止めておいた。
……これって、言ってあげた方がいいのかな? それとも気付かないフリをしていればいいのかな?
そもそもこんな巨大なキュウリが付いていて気付かないなんて事があるのか?
一体どうやってサンドイッチを食べていたら、こんな巨大なキュウリがほっぺにくっ付くんだよ……。
……キュウリの事が気になり過ぎて、エリちゃんに嫌われているとか、話し辛いとか、もうどうでも良くなってしまったぞ。
「折角ギルド会館に足を運んで貰ったのに、私居眠りしちゃってて……えへへ」
何やら恥ずかしそうに右頬をポリポリと掻くエリちゃん。
惜しい、逆だよ逆。左頬ならキュウリが取れたのに!
「そ、それで……伝言、私の伝言ってキリちゃんから聞いて頂けました?」
少し俯き加減で話すエリちゃんは、両手でモジモジとサンドイッチを弄り始めた。
「……で、伝言? あの『二度と話し掛けるんじゃねーぞ、バーカ』ってヤツだよね?」
「……ふへ? 何ですかそれ?」
「何ですか? って聞かれても、キリちゃんに言われたよ? エリちゃんからの伝言で『この嘘吐きめが! 二度と私に話し掛けるんじゃねーぞ、バーカ』って言っていたよって」
僕がエリちゃんにそう話すのと同時に、ガタン! とギルド受付の方から物音が聞こえて来たので振り返ってみると、仕事中だったキリちゃんが受付奥の扉に向かって猛ダッシュしている最中だった。
「へ、へー。そうですか……。私、少し用事が出来ましたので、こちらでこのまま待っていて貰えますか?」
エリちゃんは眉尻をピクピクとさせつつ、一度深々とお辞儀をしてからキリちゃんが出て行った扉へと向かって足早に歩いて行った。
もしかしてキリちゃんから聞いていた伝言の内容は、実際の伝言の内容とは違う物だったのか?
だとすると僕は別にエリちゃんから嫌われているわけじゃなかったのか。
……何だ、良かった。嫌われてしまったのかと思って、凄くショックだったのに。あー良かった。
しかしあんなに口を動かしてもお辞儀をしても、エリちゃんの口もとのキュウリは全く落ちなかったぞ!
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