第31話

 

 瞬間移動で向かった先のファスト高原は、ルシファーと一緒にフレイムベアーを狩った場所だ。

 クエストに出ていた、新しく見つかったダンジョンとやらの場所をマップで確認すると、今居る場所から少し離れた森の中だった。

 そろそろみんなのMPを回復させに向かわないといけないので、急いでダンジョンへと向う。

 勿論途中で見掛けたモンスター達は『隠蔽強化』を掛けた【放電】で始末し、魔力石へと封印していく。


 背の高い苔むした樹木が鬱蒼と生い茂る森の中、スピードを落とさず直走ると、遂にダンジョンの入り口に到着した。

 新しく見つかったというだけあって、そこはかなり森の奥深くの分かり辛い場所で、森の中なのに不自然に土が大きく盛り上がっていて、そこから斜め下に向かって人が通れる程の穴がぽっかりと口を開けている。

 取りあえずダンジョンの入り口は確認出来たので、一度地下室へと戻る事にした。



 地下室でみんなに【チャージ】を唱えてMPを回復させつつ、今からダンジョンに潜る事を説明した。


 「それでさ、誰か一人ずつなら僕が背負いながらでもモンスターを狩れるし、パワーレベリングが出来ると思うんだ。どうせすぐここに戻って来るんだから、みんなを交代で連れて行こうと思うんだけど――」

 「じゃあまずは私から連れて行ってくれる?」


 一番手に名乗り出てくれたのは、ビキニアーマーのリーダー、加奈子さんだ。

 しかしアレだ、この格好の彼女を背負うのは非常に勇気が要るな……。


 「三分ずつくらいで交代しようと思っているから、次誰が行くか決めておいてくれる? それと、練習もサボらず続けてよ?」

 「じゃあちょっと失礼するわね。重いとか言わないでよ?」

 「言わないですよ、そんな事」


 僕の背中に加奈子さんが寄り掛かったので、おんぶする形でよいしょと背中に乗せた。


 「じゃあしっかり掴まってて下さいよ」


 僕の背中には色々な物が当たっている気がするのだが、『集中』スキルが発動する前に再びダンジョンの入り口へと瞬間移動で向かった。




 「何だか狭そうね……」


 枯れ葉や木屑の混ざる土が盛り上がったダンジョン入り口を、僕の肩越しに眺めていた加奈子さんが呟いた。


 「いや、かなり大きなダンジョンらしいですから、中は広いと思いますよ? じゃあ時間が勿体ないんで急ぎます!」

 「そうね。じゃあお願いしまぁぁぁぁぁー!」


 加奈子さんを背負ったまま、トップスピードで狭いダンジョンの入り口へと突っ込んだ。

 予想通り狭かったのは入り口部分だけで、ダンジョン内部は広く、整備が行き届いた人工建造物だった。

 通路部分は学校の廊下より少し広いくらいの幅と高さがあり、小石程度は落ちてはいるものの、全ての通路がキチンと整備され、床、壁、天井全てに藍鉄色の石板が敷き詰められ、等間隔で明かりも照らされている。

 『暗視』スキルがある為、ダンジョン内部が実際どのくらいの暗さなのかは分からないが、かなりの数のライトが天井部分に埋め込まれているので薄暗い、といった事もなさそうだ。

 そしてダンジョン内部は迷路のように複雑に入り組んでいるのだが、探索マップで全てを確認する事が出来るので迷う事もなかった。

 通路を突き進んでいると、時折巨大な空間に出くわすのだが、そういった場所ではかなりの数のモンスター達が待ち構えていた。

 この空間でしか出現する事が出来なさそうな巨大なモンスターも居たのだが、結構な人数をパワーレベリングしないといけない為、モンスターの名前やステータスを確認する時間が勿体ないので、モンスターに出くわしたら【放電】で即射殺、を繰り返す。

 勿論魔力石への封印も忘れずに行う。

 時折【放電】が効かない奴も居た。ワイバーンキング以来の『雷無効』を持っている奴だ。

 そういうヤツは足もとに転がっている小石を拾って投げ付けてやると、頭が汚い花火みたいに吹き飛んでいた。

 僕が立ち止まる時間というのは、基本モンスターを魔力石に封印している時間のみだったのだが、一度に沢山のモンスター達を相手にする時には、魔力石に封印している時間もモンスター撃破に充て、時間効率を上げていた。

 どんな場所でも常にトップスピードで走り続け、直角カーブでもドリフトしつつ、壁を蹴って進行方向を無理矢理捻じ曲げ、体勢を整えてから突き進んだ。




 「ちょ、ちょっとリーダー! どうしちゃったの?」

 「……」


 自宅の地下室へ戻ると、加奈子さんは僕の背中からゆっくりと降りて、無言のままフラフラと歩き出し、ソファーセットの上に倒れ込むように寝転がってしまった。

 みんなに【チャージ】を唱えてMPを回復させつつ、次の乗客が誰なのか尋ねてみる。


 「はーい! 私、私ー!」


 ペンギンの着ぐるみ姿の梓ちゃんが元気良く右手を上げて返事してくれた。


 「じゃあしっかり掴まっててね」

 「うん!」


 

 ……



 ソファーセットに二人目が転がった。


 「……師匠、容赦ないね。次の子なんて師匠に連れて行かれる前から顔色悪くしてるよ?」

 「みんなにはLVを上げてMP量を増やして貰わないといけないから、無理矢理にでも連れて行くよ」

 「師匠、鬼だね」

 「まさか。そんな事ないよ?」

 

 僕はソファーセットで寝転がる二人に歩み寄り【シャイニングオーラ】を唱えると、加奈子さん、梓ちゃんの顔色がみるみる良くなっていった。


 「ほらね。これでもう一回行けるだろ?」

 「……師匠、鬼だね」



 何故か和葉に鬼呼ばわりされながら、次々と『POP☆GIRLS』のメンバー達をダンジョンへと連れて行った。



 ……



 「次、僕の番なんだけどさ、パーティーに加入していないから、山田君がモンスターを倒しても僕にはEXPが入って来ないよね?」

 「そうだね。入らないね」

 「……頼むよ山田君。僕も豚の喜劇団ピッグス・シアターズに加えてくれよー!」


 強面で二メートル級の大男が、蠅みたいにスリスリと両手を顔の前で擦り合わせている。

 周りのみんなは嫌そうな顔をしているのだが、山下君だけ仲間外れにするのも可哀相だし、……そもそも今のままじゃ役に立ちそうもないし。


 「……次、みんなにちょっかい出したり、迷惑掛けたりすれば即追放するから。分かった?」

 「分かったよ。しないよー! 有難う山田君!」

 「豚の喜劇団ピッグス・シアターズに加えるのはイベントクエストが終わるまでだからそのつもりで。それと、僕はタケルだよ? 『運命ディスティニー・の鬼斬オーガブレイカー』君」 


 山下君と会話しながらメニュー画面開き、豚の喜劇団ピッグス・シアターズへの招待状を送った。


 ……その場に居た何名かは、ため息を溢していた。

    


 「山田君さ、僕考えたんだけど、足立さんもまだパワーレベリングに参加していないよね?」

 「うん、まだだよ。それがどうかしたの?」

 「じゃあさ、僕が体の小さい足立さんを背負うから、三人で行こうよ!」


 ん? どういう事? 僕が山下君を背負って、その山下君が更に足立さんを背負うって事?


 「二人同時に行くんだからさ、二人分の時間パワーレベリングしても公平かなーって考えたんだけど、どうかな?」

 「嫌よ! 絶対に嫌! 何で私だけ山下君におんぶされなきゃいけないのよ! 私だってタケル君と二人きり……ケフンケフン! と、とにかく嫌よ!」


 僕と山下君の会話を、少し離れた場所で幼女姿の足立さんが聞いていたのだが、物凄い剣幕で山下君におんぶされる事を拒否して来た。

 ……そんなにも山下君におんぶされるのが嫌なのかな?


 「まぁ、山下君がしっかりと掴まっててくれるって言うなら、足立さ――MIKOTOさんは体が小さいから、僕が片手で抱き抱えて向かう事も可能だと思うよ?」

 「タ、タケル君が……片手で、私を抱き抱えて……?」


 足立さんは呟いた後、何やらモソモソと動き、自分が抱えられた際の体勢を、一人で色々とシミュレーションし始めた。


 「し、仕方がない……よね。なるべく長い時間パワーレベリングしないといけないもんね。うん、これは仕方がない」


 僕に背を向けたまま、自分に言い聞かせるみたいに呟いているのだが、どうやら納得してくれたみたいだ。


 「じゃあ宜しくね、タケル君。私も一緒に連れて行って」

 「うん、しっかりと掴まっていてね」


 足立さんを左手で抱え上げ、その後山下君を背中に背負った。


 「……この女狐が。帰って来たら覚えておきなさいよ?」


 出発しようとすると、何故か僕達の様子を見ていた和葉が突っかかって来た。


 「フン! LVさえ上がればアンタにだって負けないんだから」


 足立さんは和葉にセリフを吐き捨てると、視線を逸らすように、プイっと僕の胸へと顔を埋めた。


 「あ、この! ……帰って来たら絶対に『爆裂拳』ぶち込んでやる!」


 ……何でこんなにもこの二人は仲が悪いんだ? もうちょっと仲良く出来ないかな。


 「山田君、女子って怖いんだね」


 僕の背中に乗っかっている山下君がボソッと呟いた。


  

 


 


 今まで『POP☆GIRLS』のメンバーを優先的に九人パワーレベリングして来て、その九人目を連れ帰った最深部まで瞬間移動で戻って来たのだが、ここまで階段を二回降りたので現在三階層を進んでいる事になる。

 モンスター達の強さはバラバラだった。

 上層部に出現したモンスター達が弱いといった事もなく、九人が満遍なくLVアップしていた。

 足立さんで十人目となるのだが、『POP☆GIRLS』の残り三名は本日用事がある為、ログイン出来ないのだそうだ。


 「ここがダンジョン内部なの? 何だか思っていたより明るいし、整備されているのね」

 「洞窟っていうよりも、どちらかと言うと施設に近いみたいだよ? じゃあ、早速かっ飛ばして行くからしっかりと掴まってて。山下君も、僕は支える事が出来ないから、振り落とされないように!」

 「ああ、勿論だよ! 僕がそんなヘマぁぁぁぁぁー!」


 ダンジョン内部に山下君の悲鳴が木霊した。


 探索マップでダンジョン内部を調べながら突き進んでいるのだが、今居る三階層は上の二つの階層よりも若干広い。

 ダンジョンというのは特殊な構造みたいで、今まで進んだ階層までしか僕の探索マップでも見られない。

 四階層がどういう構造になっているのかは、今居る三階層の下り階段を降りてみないと分からないのだ。

 今回は足立さんと山下君の二人を連れているので、二人分の時間パワーレベリングしたとして、丁度次の階層へと降りる階段の所くらいまでは辿り着けそうだ。

 キリのいい所、その下り階段の手前にある大部屋で一度自宅の地下室へと戻る事にしよう。


 「ぎゃーーー! 前! 前壁だよ山田君! ぎぃゃーーー! モ、モモモンスターだよ! ヤバイよ山田君! ヤバババババァァァァ!」


 背中にしがみ付いている山下君がうるさい。

 今まで連れて来た全メンバー達の中でも、ダントツにうるさい。


 「こら梅お握り、アンタうるさいわよ! タケル君の気が散るでしょうが!」

 「そんな事言ったってー! 怖いモンは、あああー! ぎゃー!」


 ……駄目だこりゃ。

 いっそ【放電】で眠らせてやろうかとも考えたけど、そうするとしがみ付いていられないから振り落とされてしまうし……。


 「MIKOTOさんは大丈夫なの?」

 「全然平気よ。寧ろずっとこうしていたいくらい……よ」

 「へ? 何か言った? 山下君うしろがうるさくてよく聞こえなかったよ」

 「ううん、何でもないの、何でも! き、気にしないで……」


 気にしないで、と僕の腕の中で吐息交じりに呟いた足立さんは、何故か僕の首に回されている山下君の腕を、憎しみの込もった表情で抓り始めた。


 「痛てててて、何、何? ぎゃー! 何! 痛たたたー! うぎゃー!」


 山下君はうるさいし。

 探索マップで確認してみると、次の階層へと降りる階段のすぐ手前の大部屋まで来てしまったので、殆ど山下君の悲鳴しか記憶に残らないまま、僕達1-Aのクラスメート三人での冒険は終わりの時を告げようとしていた。





 ……はずだった。


 「ゴメン。MIKOTOさん、山下君」

 「何? どうしたんだ、山田君?」

 「どうしちゃったの、タケル君?」

 「それがさ、会話に意識が集中し過ぎていたみたいなんだ」


 僕が事情を説明しようとすると、突然脳内に警報アラーム音が鳴り響くと共に、視界が赤く点滅し始めた。 

 腕の中のMIKOTOさん、背中の山下君をそれぞれその場で下ろした。

 僕と同様の事が二人にも起こっているみたいで、辺りを見渡す感じできょろきょろとしている。

 僕達は未だ大部屋の入り口付近に居るのだが、僕達の後ろ側、通って来たばかりの通路の上から、ガシャーン! と大きな物音を立てて、通路や部屋と同じ藍鉄のシャッターみたいな物が降りて来て大部屋の入り口を塞いだ後、下り階段へと繋がる出口も同じく閉ざされてしまった。

 

 「どうやら罠みたいなんだ」


 大部屋の中央の床に、直径十五メートル程の不気味な紫色の光を放つ魔法陣が出現した。 

 

 ひと際広いこの大部屋に到達した時に瞬間移動で戻ろうとしたのだが、OPEN OF LIFE内で初めて『使用不可』とメニュー画面に表示された。


 現在『緊急追加ミッション』の文字が視界に出ているので、どうやらこのミッションをクリアしない限り、ダンジョンの外には出られないみたいだ。

 所謂死に戻りなら普通のプレイヤー達なら脱出も可能なのかもしれないのだが、僕の場合はそれも出来ない。

 ゲームのシステムとして脱出不可なので、シャッター部分をぶち壊して外に出る事も出来ないのだろうな。

 そしてシャッターが閉まる前のタイミングで、部屋の外へ出ようとしても恐らく出られなかっただろう。

 シャッターを前にして立っているのだが、視界には赤い文字で『脱出不可』と書かれている。


 「や、山田君、何だか凄く嫌な予感がするんだけど、僕の気の所為かな?」

 「……多分そうじゃない?」

 「そんな僕でもすぐに分かる嘘吐かないでくれよ! あの部屋の中央に見える魔法陣は何なの?」

 「うーん、ボス的な何かが出て来るんだと思うよ? ほら」


 山下君に話し掛けている最中に、視界に緊急追加ミッションの内容が赤い文字で羅列され始めた。



  緊急追加ミッションが発令されました!


 ・ダンジョンコアを守るモンスター『ダンジョン・キーパー』を撃破する事


 追加ミッション報酬

 ・EXP

 ・15,000,000ゴールド


 ミッション難易度

 ・☆☆☆☆☆☆☆☆


 参考

 ・『ダンジョン・キーパー』は非常に強力なモンスターだぞ! みんなで協力して撃破するしよう!

  因みに『ダンジョン・キーパー』を撃破する以外、このエリアから脱出する事は出来ませんのでご注意下さい。



 ふむ、どうやらこのミッションは断ることが出来ずに、強制参加させられるみたいだな。

 死ねない僕としては、☆八つの『ダンジョン・キーパー』とかいうモンスターが非常に気になるところではある。


 もし僕が敵わない程の強敵だった場合、僕は……死ぬのか?

 アヴさんやコナちゃんが待つ家にはもう戻れないのか?

 くるみの危なっかしい行動にひやひやさせられる事もなくなるのか?

 OPEN OF LIFEの中で出会った沢山の仲間達と、馬鹿な事して騒げなくなるのか?


 雪乃さんを悲しませてしまうのか? 


 実際どうなってしまうのか分からないけど、果たして全力を出して倒せる相手なのかどうか……。


 今、このタイミングでギルド会館のキリちゃんから受け付けたクエストを確認してみたんだけど、クエスト難易度の☆の数が四~八となっていた。

 この緊急追加ミッションは毎回発動するわけじゃないのか、それとも緊急追加ミッションで出現するモンスターが固定ではないのか。

 ともかく、またクエスト内容を確認する事を怠ってしまった。


 はは、馬鹿だなー、僕。


 「大丈夫……よね? タケル君」

 「さぁ……、どうだろう」


 タイガー〇スクの下の表情から何かを悟ったのか、足立さん、山下君共に神妙な面持ちで僕の事を見つめている。




 ……話をしておくか。

 いつまでも美琴さんと浩太君に隠したままでいるわけにもいかないし。

 覚悟を決めたからなのか、無性に胸の内を聞いて貰いたい気分だ。


 「美琴さん、浩太君、今生の別れになるかもしれないから、話しておきたい事があるんだ」

 「……どうしたんだい山田君、そんな大げさな。ゲームの――」

 「大事な話なんだ!」


 僕が少し声を荒げて浩太君の言葉を遮ると、二人は体をビクッと震わせた。



 しかしモンスターはこちらの事情などお構いなしで、どうやら待ってはくれないみたいだ。

 部屋の中央に出現した魔法陣から迫り出すように、ゆっくりとモンスターがその姿を見せ始めた。



 名前

  ・ダンジョン・キーパー

 二つ名

  ・なし

 職業

  ・ダンジョンコアの守護者

 レベル

  ・199

 住居

  ・ファスト高原ダンジョン『名無し』

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・万全

 HP

  ・10800

 MP

  ・2900

 SP

  ・8320

 攻撃力

  ・4510

 防御力

  ・770

 素早さ

  ・1670

 魔力

  ・1700

 所持スキル

  ・魔法攻撃無効

  ・HP自然回復 LV8

  ・MP自然回復 LV8

  ・SP自然回復 LV8

  ・物理防御 LV2

  ・打撃耐性 LV2

  ・近接武器耐性 LV2

  ・防御能力上昇 LV6

  ・威圧 LV9

  ・薙ぎ払い LV7

  ・連続斬り LV7

  ・薙ぎ払い LV7

  ・振り回し LV7

  ・火炎斬り LV7

  ・氷結斬り LV7

  ・岩石刈り LV7

  ・疾風突き LV7  

  ・電撃斬り LV7

  ・エクストラヒール

  ・エクストラキュアヒール

 装備品

  ・ダンジョン・キーパーの剣

  ・ダンジョン・キーパーの斧

  ・ダンジョン・キーパーの鎌

  ・ダンジョン・キーパーの槍

  ・ダンジョン・キーパーの爪

 所持アイテム

  ・装備品ランダムドロップ

 所持金

  ・20,000,000G


 非常に厳しそうな相手だ。

 僕の視線の先、魔法陣から迫り出して来たモンスターの姿を見て、美琴さん、浩太君共に膝からガタガタと震え始めた。


 「し、死んだ……」


 浩太君からは諦めの呟きが零れている。

 迫り出して来たモンスターは十メートル程の巨体で人型のモンスターなのだが、腕が右腕三本、左腕三本の計六本生えていて、五本の腕がそれぞれ剣、斧、鎌、槍、爪を装備している。

 何故か黒いボクサーパンツ一丁で、服や鎧的な物は一切装備しておらず、痩せ型で肋骨が浮き出ている程なのだが、その肌の色は全身燃えるように真っ赤で、瞳の部分は漆黒の中に真紅の光が不気味に灯り、こちらを睨みつけている。

 髪は蒼い短髪なのだが、その様相から何処か鬼を連想させるモンスターだ。


 「さっきの話の続きは生きてここを出られたら話すから、二人はこの場所で待っててくれる?」


 震えている二人の肩を優しく叩き、怪物へと向かって歩き始めた。

 

 美琴さんの横を通り過ぎる際、何か言いたげな表情を浮かべていたのだが、どうやら上手く言葉にならなかったみたいなので、美琴さんに向かって軽く微笑みだけを返しておいた。


 今回のバトルは初めてと言っていいくらいの本気の勝負となりそうだ。

 ダンジョン・キーパーの所持スキルに『魔法攻撃無効』と出ていたので、【放電】や【雷の弾丸ブリッツバレット】、浩太君に放った【紫電一閃しでんいっせん】は効かないと思うので、遠くから魔法をぶち込んで、はい終わり! とはならないだろう。

 こんな事ならもっと刀技を磨いておけば良かったかな。

 何て今更思っても仕方がない。腹を括るか。

 ……死を賭けた勝負になるのに、こんなにも冷静でいられるのは、恐らく所持スキルのお陰なのだろう。


 愛刀雷切丸を鞘から抜き、距離を空けてダンジョン・キーパーと対峙する。

 怪物も僕を敵と認識したのか、手に持つ五つの装備それぞれに魔力が宿り始めた。

 右腕真ん中の腕で握られた剣の刀身には炎がメラメラと燃え盛り、右腕一番下の腕に握られた斧は、その両刃状斧頭に冷気が漂い刃先が凍り始めている。

 左腕一番上の腕には槍が握られているのだが、右腕一番上の腕が手ぶらな事を考えると、どうやら槍を使う際は二本の腕で握るつもりみたいで、現在は柄のお尻の部分にあたる石突きを、藍鉄の地面に突き立て体の前で構えている。

 左腕真ん中の腕では鎌を握っているのだが、その刃の部分からヘドロみたいな物が滴り落ち始め、左腕一番下の腕に装着されている鉤爪のような武器の上に、ボタボタと垂れ掛かっているのだが、そのヘドロみたいな物が鉤爪に当たる度に、バチバチと音を立てて周囲に電撃が漏れ出している。


 不気味な真紅の瞳に睨まれたままゆっくりと歩み寄ったのだが、未来予知スキルで見えた視界がマズい物だったので、その場で歩みをピタリと止めた。

 ダンジョン・キーパーの間合いに入った瞬間に、左手に持たれた巨大な槍で体の外側から遠心力を加えて薙ぎ払われてしまったのだ。

 ……槍は両手で振るって来るのかと思いきや、左手一本で攻撃して来るのか。

 しかもかなりのスピードだったので、油断するとすぐにでもやられてしまいそうだ。

 じゃあ右腕一番上の腕は一体何に使うのかと思ったのだが、よく考えれば回復魔法も持っていたので、どうやらこの腕は回復魔法専用なのだろう。

 ならば、最初に斬り落とすのはこの腕だな。

 アクティブスキル『部分強化ブースト』で腕の力を強化し、雷切丸の切っ先を斜め下方へと落とし下段の構えに切り替え、腰を落として低い体勢を保ったまま全速で突っ込む。

 未来予知スキルで見ていた通り、怪物の咆哮が大部屋に響くと共に、図体の割には細身の体を鞭のように撓らせ、巨大な槍で空間を切り裂くように大きく薙ぎ払って来たので、タイミングを合わせて下段に構えていた雷切丸で斬り上げた。

 『部分強化ブースト』で強化して放った斬り上げ攻撃により、鼓膜を貫く程の金属同士の衝突音が藍鉄の大部屋に響き渡り、その衝突の衝撃で一瞬たわんだ巨大な槍は、進行方向を直角に真上へと切り替えた。

 自身で放った槍での攻撃が弾かれ、己の身に向かって来た事により、ダンジョン・キーパーは上体を大きく反らし体勢を崩したのだが、その隙を逃さず一気に間合いを詰めた。

 人相の悪い顔を大きくのけ反らせているので、此方の動きは見えていないだろうと思い、まずは踏ん張りの効いていない細い右足膝下辺りを横薙ぎで一刀両断にする。


 「まずは一本、頂きます」


 カモシカが断崖を軽快に移動するようにダンジョン・キーパーの体を駆け上がり、最上段の無防備な右腕を斬り上げ、肩口の下辺りを切断する事に成功した。


 「キャー! タケル君素敵ー! 大好きよー!」


 観客から黄色い声援が飛んで来たのだが、何故だか分からないけど、オネェ言葉の浩太君だ。

 ……普通に応援出来ないのか?


 一瞬浩太君おバカへと目を離した隙に、ダンジョン・キーパーには体勢を整えられてしまい、電気を纏った鉤爪攻撃が左手下段から斬り上げるように放たれた。

 爪というよりも、三本の鋭利な刃が装着されていると言った方が近いその武器を、豚の体を空中で捻ってギリギリで躱した後、僕もすかさず怪物の肩口を蹴って藍鉄の地面へと飛び込み、転がるようにしてダンジョン・キーパーから距離を取った。


 くそ! 浩太君に邪魔されなければ、一気に勝負を決められたのに!


 <タケル君、頑張ってね! 山下君には私がキツイお仕置きをしておくから>


 再びダンジョン・キーパーと対峙すると、美琴さんからメッセージが入った。

 うん、流石美琴さん。分かってらっしゃる。


 <有難う、今からもう一度集中させて貰う>


 少し素っ気ない返信を済ませ、荒々しく呼吸する五本腕の怪物を睨みつけた。


 残りHP8126。先は長そうだけど、僕の思惑通り回復魔法を封じ込める事には成功したみたいだ。

 しかも右足を失い、片膝を突いている状態なので素早く動く事も出来ないだろう。


 ……【雷の弾丸ブリッツバレット】、本当に効かないのかな? 一度試してみるくらいならいいかな?


 ダンジョン・キーパーの様子を伺っていると、じわりじわりとHPが回復し始めたので、慌てて余計な考えをドブに捨てた。

 腕を破壊して回復魔法は封じ込められても、自然回復のスキルは封じ込められないよな……。

 再びアクティブスキル『部分強化ブースト』を両腕に掛け直した後、再びダンジョン・キーパーへと突撃しようとした瞬間、大慌てで進路を変更した。


 ダンジョン・キーパーが爪を装備した腕を伸ばし、美琴さん達に電撃攻撃を飛ばしてくる姿が未来予知スキルで見えたのだ。

 まずは大急ぎでダンジョン・キーパーと美琴さん達の間へと割って入り、その後万が一に備えて、【マジックバリア】と【リフレクト】を二人に唱える。

 魔法による攻撃ではないので、電撃が防げるかどうか分からないけど、一応唱えておいた。


 そして……頼んだぞ、相棒雷切丸! 

 

 ダンジョン・キーパーの切断された右腕、右足からは夥しい量の出血が見られ、藍鉄の床を染め上げているのだが、怪物の血は気持ち悪い萌葱色もえぎいろをしている。

 まぁ真赤の体に赤い血だと分かりにくいので、見易いっちゃ見易いんだけど、とにかく気持ち悪い。


 「大丈夫? タケル君」

 「うん、危ないかもしれないから、少し身を屈めててくれる?」


 背後から美琴さんの声が聞こえて来たので、視線は怪物を捕捉しつつ背を向けたままで注意を促した。


 愛刀雷切丸。雷を斬り落としたとされる伝説の刀。

 ならば僕が今一度その伝説を再現してやろうじゃないか!

 抜かれていた刀を鞘へと納め直し、いつでも抜刀出来るようにと左手で鍔の下辺りの鞘を握り、右手は柄に手を添えた状態で待機する。


 ダンジョン・キーパーが狂ったように咆哮を繰り返した後、左手下段の鉤爪が装備された腕をこちら側へ伸ばした。


 須臾しゅゆの瞬間を逃さぬよう、全神経を注ぎ込み集中する。

 電撃が飛んで来る場所は既に見えている。

 後は怪物の脳から腕へと伝わる電気信号のスピードを、僕の神反射で上回ればいいだけ。




 ……今だ!


 怪物から伸ばされた細い腕の筋肉が、一瞬強張ったのを見逃さず、同じタイミングで抜刀して空間を斬り上げた。

 そして僕が雷切丸を斬り上げるのと時を同じくして閃光が一瞬視界を奪い、雷鳴が藍鉄の大部屋に轟く。


 「どうだ!」


 声を上げた後少し恰好を付け、チン! と音を鳴らしつつ刀を鞘に納めてから後ろを振り返る。

 美琴さん、浩太君の安否を確認してみたのだが、耳を両手で押さえている二人には特に変化はなく、至って健康そのものだ。

 ……美琴さん、狐耳の方は押さえなくて良かったのかな?


 切り裂いたはずの電撃は何処に飛んで行ったのかと思い、周囲をきょろきょろと見渡してみると、僕の後方の壁、左右二か所がやや黒ずんいて、薄っすらと煙を立ち昇らせている。


 フ、フフフ、やったぞ。伝説達成!


 「す、凄っ! 今の雷、斬っちゃったのか?」


 浩太君からも感嘆の声が聞こえて来る。

 そうだろうそうだろう、もっと褒めてくれてもいいよ? 僕は褒められて伸びる子だからねー。


 伝説を達成した事で、冗談が言える程気持ちに余裕が出て来たので、本格的にダンジョン・キーパーのHPを削りに行く事にする。

 アクティブスキル『部分強化ブースト』を再び両腕に掛け直した後、雷切丸を鞘から抜き、右手一本で構えたまま怪物目掛けて突進する。

 そして左手では――


 「【雷の弾丸ブリッツバレット】、連射!」


 大量に出血し、右膝を藍鉄の床に突いている怪物の両目を狙い、OPEN OF LIFE内で初めて【雷の弾丸ブリッツバレット】を放った。

 ダメージは入らないのだろうけど、ダンジョン・キーパーの雷撃を切り裂いた時に気付いたのだ。


 両目を狙えば一瞬視界が奪える、と。

 魔法にはダメージを与える以外の使い方があったのだ。

 僕の【雷の弾丸ブリッツバレット】は雪乃さんのそれとは違い、威力は殺してあるがその分連射性能とスピードを大幅に上げてある。

 有効な手段を教えて貰ったと五本腕の怪物に感謝しつつ更に間合いを詰める。

 案の定、指先から放たれた【雷の弾丸ブリッツバレット】を避け切れず、視界を奪われた怪物は手にした武器を闇雲に振り回して来たのだが、その一つ一つを慎重に見極め躱して行く。

 まずは振り下ろされ床を引き裂き、突き刺さったまま抜けないでいる斧を、力任せに引き抜こうとしている右腕下段の手首を袈裟斬りで斬り落とした。

 すぐさま怪物自身の足もと一帯を振り払うようにして繰り出された左腕下段の鉤爪攻撃を、ダンジョン・キーパーの足もとへと飛び込んで難なく躱す。

 飛び込み前転での起き上がり様に、怪物の残っていたもう一方の足、踝の上部辺りをアキレス腱側から右薙ぎで一刀両断にすると、そのまま目標の背後側へと回り込む事に成功した。

 両足を失いバランスを保てなくなったダンジョン・キーパーは、巨体を前のめりに倒し始めた。


 よし! 後は背後から止めを刺すだけ――と思ったのも束の間で、この野郎、倒れ込み様に最後の右腕で装備していた炎が燃え盛る剣と、左側真ん中の腕の手に握られていて、殆ど使われる事のなかったちょっと汚い鎌を、それぞれ美琴さん、浩太君に向かって投げ付けやがった。

 仕方がない。瞬間移動で二人の前に立ちはだか――ア、アレ? この大部屋内での瞬間移動も制限されていて使用出来ないぞ!


 マズい、今から全力で向かっても間に合わない!

 ……くそ、こうなったらここから二つの武器を撃ち落としてやる!

 左手でピストルの形を作り、時間的にギリギリではあるが、今尚二人へと向かって飛んでいる武器に狙いを定める。


 「【雷の弾丸ブリッツバレット】、連射!」


 指先から放たれた弾丸は、横方向に回転を加えつつ浩太君へと向かって飛んでいた巨大な鎌を見事に捉え、彼方へと弾き飛ばした。


 ……だけだった。何故か【雷の弾丸ブリッツバレット】は一発しか発射されなかった。


 な、何で? 何でだよ! ……いや、今はそんな事より美琴さんを助けないと!


 炎が燃え盛る剣が向かう先では、ヘナヘナと腰を抜かした美琴さんが藍鉄の床に座り込んでしまっている。


 無我夢中で美琴さんのもとへと駆け寄る。

 今まで生きてきた中で、こんなにも必死になった事はないだろうというくらい、必死に走った。

 瞳に映る全ての光景がまるでスローモーションのようにゆっくりと流れる中、僕は何かを叫びながら全速力で向かったのだが、何を叫んだのか全く分からない。

 いや、もしかしたら声にすらなっていなかったのかもしれない。


 燃え盛る剣の切っ先がいよいよ美琴さんを貫こうと、僕の視界に割り込んで来た。

 嘘だろ! ちょ、ちょっと待ってくれって!

 無意識に美琴さんへと向けて右手を伸ばす。

 僕が伸ばした手の太い指の隙間から見える遥か先で、恐怖に慄いている美琴さんと目が合う。



 ……駄目だ。間に合わない。


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