第30話

 

 「人……探し? 芸能人の初恋の人は今! みたいなこと?」

 「なんだそりゃ、ちげーよ。……ここだけの話だがよ、実は今業界内が大変な事になっているんだ」

 「何? 埋蔵金でも見つかったの?」

 「埋蔵金? ああ、まぁそうだな。そういう見方も出来るぞ。実はな、とんでもない人物が業界に現れたんだよ」

 「とんでもない人物?」

 「ああ、今売り上げが絶好調なファッション誌があるんだけどよ、素性も分からないポッと出の素人が、今度発売されるそのファッション誌で、顔とも言われる大事な表紙を掻っ攫ってしまったんだ。ああいう雑誌の表紙ってのは契約で随分先まで決まってしまっているモンなんだが、そういう物を全部ぶち壊して突然差し替えられたらしいんだ。しかもその写真には一切の加工、修正が加えられていないらしい。……業界が騒然としているよ」

 「へー……」


 ……な、何だか何処かで聞いた事がある話だな。


 「その表紙を飾ったっていう写真が業界内に出回っていて、俺も見せて貰ったんだがよ、そいつがとんでもないイケメンな野郎でよ。男の俺ですら惹き付けられると言うか、目が離せなくなるというか……。それで堅物で有名なカメラマンが十分ちょっとで撮影を終わらせただとか、噂が独り歩きまでし始めている状態なんだ。その事を聞き付けたクライアントが、その子を是非ウチの広告で最初に使いたいって言い出したんだよ。だから今プロジェクトチームを立ち上げて必死になってそのイケメンを探しているところなんだ。まだどこの事務所にも所属していないみたいで、『金の卵』、まぁタケルの言うところの埋蔵金だな、この『埋蔵金』を業界中が今、躍起になって探しているんだ」

 「へ、へー」


 ……うん。どうやら間違いなさそうだ。


 「出版社に問い合わせても『お答え出来ません』の一点張りだ。絶対アイツ等話題を盛り上げて発行部数を跳ね上げる気で嘘吐いてやがる。チクショー!」


 そりゃー答えられないだろうな。……だって僕、連絡先教えていないし。


 「そのファッションブランドの店にも問い合わせたが、『ウチも連絡を待っている状態なんです! もし見つかれば私達にも連絡先を教えて下さい!』って逆に言われてしまってよ。……何でも噂じゃ色んな業界人が自分の所で囲う為に、店の近辺で張り込みまでしている状態みたいなんだが、それでも見つかっていないらしい」


 外で僕を発見するのは非常に難易度が高いぞ? だって移動は殆ど瞬間移動だし、この姿が僕だという事を知っている人物は限られているし。そりゃー探し出すのは一苦労だろう。

 それとオーナーさんには名刺を貰ったけど、未だに連絡していないしなー。

 今度コナちゃんの事で一度連絡しないといけないな。


 「課長には『何とかして君の力で他社よりも先にこの人物を見つけ出してくれ!』って言われてるんだがよ、名前も分からない人物を探せるかっての。俺にだって出来る事と出来ない事があるっての」 


 あの写真が使われる雑誌の名前って何だっけ? 確か――


 「じゃ、じゃあ源三は『RIONリオン』の表紙の人物を見つけ出せたら今まで通りログイン出来るし、牛田猛男からも離れられるんだよね?」

 「ああ、そうだ。それどころか早く帰れるようになるから、今まで以上にログイン出来そうだぞ? ……ってアレ? 俺、雑誌の名前言ったっけか?」



 ――お兄ちゃんは困っている人がほっとけない性格で、超お人好しで、誰彼構わず助けちゃう、世界一の優しさを持ち合わせた最強のお兄ちゃんなのよ――



 なんだかくるみのこの言葉の通りになってしまっている気がするけど……まぁ源三の為だし仕方ないか。

 

 「……源三、嫌な係長から離れられて良かったね。昇進、になるのかな? とにかくおめでとう。僕、その人物の事凄く知ってるよ」

 「……へ?」

 「源三の為に僕が一肌脱いであげるよ」

 「……ほ、本当……なのか? マジな話か?」

 「うん本当。マジな話」

 「バタン! バタバタドンガラガッシャン! ウグァって痛てーーー! 誰だこんな場所にゴミ箱置いてる奴は――」


 どうやら僕の話を聞いた源三は、電話していたスペースから転がるように飛び出して行ったみたいだな。


 「見つけたーーー!!! みんな、見つけたぞーーー!!! やったぞーーー!!!」

 「あのー、源三? ……おーい、聞いてる?」


 ……駄目だ、通話中だった事を忘れてそのままオフィス内へと戻って行ったみたいだ。しかし先程までとは違い、電話のコール音は相変わらず鳴り響いてはいるものの、大人達の声は殆ど聞こえて来ない。


 「……スマン、ちょっと待ってくれ! ……通話中だったの忘れてた。それで、さっきの話、信用してもいいんだよな?」

 「うん。嘘は吐かないよ」


 その知っている人っていうのが、僕本人だって事以外はね。


 「それで……こんな事を言うのは非常に厚かましい話だが、俺以外の人物からの全ての誘いを断って貰う事も、もしかしたら頼めたり出来るのか?」

 「そうだね、そこは源三の頑張り次第だとは思うけど、一番最初に源三から話を聞いてあげてと伝えておくよ。何なら源三から話を聞く条件として牛田猛男うしだたけおを左遷する事も付け加えておこうか?」

 「……あ、有難うタケル。……お……恩に着る」


 源三が少し言葉を詰まらせながら呟くと、携帯電話からスピーカーが割れる程の大きな歓声が聞こえて来たので、びっくりして耳から携帯を遠ざけた。

 ……聴覚保護スキルを持ってて良かったよ。

 どうやら僕達の会話はオフィス内でスピーカーフォンにされていたみたいだ。


 牛田猛男の話も聞かれちゃったみたいだけど、……まぁいいか。

 

 暫くの間、受話器越しに地鳴りのような歓声が聞こえていたのだが、突然その歓声がピタリと鳴り止んだ。

 そして小さな声で何かを話し合っている大人の男性の声が、遠くから微かに聞こえて来た。


 ……何かあったのかな?


 「……あー、タケル。非常に言いにくい話なんだが、その……今の話、証拠的な何かを持っていたりするか? 別に疑っているわけじゃないぞ? 全然違うからな? でも、話を信用して大きなプロジェクトを動かすのは――」

 「あー、成程。そうだよね。じゃあ今から一度電話を切って、写真でも送ろうか?」

 「え? 写真、持っているのか?」

 「ちょっとだけ待ってて」


 写真を持っているわけではなく、今から撮るんだけどね。

 

 電話を切り、自分の携帯電話のカメラ機能を初めて起動させる。

 人生初の自撮りだぜ!

 ……でも自撮りってどんなポーズを取ればいいんだ? ……よし、こんな時こそネットで検索しよう。

 自撮り画像自撮り画像と……なになに、『数ある地鶏の最高峰、比内地鶏』……って何で地鶏が出て来るんだよ。今全然関係ねーよ!


 ……あったあった。何だか女性ばっかりだな。あまり男はこういう事しないのか?

 でもカメラを持つ手を伸ばしたりすれば自分で撮った事がばれてしまうし、僕本人が源三の探している人物だとばれてしまうのは、少々面倒そうだし。……そうだ!



 コンコン。


 『はーい』

 『アヴさん、入るよー』


 自分の部屋を出て、元父の部屋で日本語の勉強をしていたアヴさんを訪ねた。

 自分で撮らずにアヴさんにお願いしようと思ったのだ。


 『勉強中にお邪魔してゴメンね……へ?』

 『いえ、丁度今から休憩を入れようと思っていたので。……どうかしたの、タケルさん?』


 机に向かい、姿勢正しく椅子に座っているアヴさんの手もと、教科書の表紙を見て腰を抜かしそうになった。


 <国語 四年 下>


 ま、また進んでる……。あ、アレだろ! 取りあえず内容だけをパパッと先取りしているんだろ?

 僕の視線が教科書に向いている事に気付いたアヴさんが、国語の教科書を手に取り、物語が描かれているページを開いた。


 『このお話は考えさせられました。最後はゴンが死ぬお話ではなく、めでたしめでたしで終わる方が私は良かったと思います』

   

 しっかりとストーリーを理解した上での感想まで話されてしまった。

 ……こりゃスラスラと日本語を話す日もそう遠くないな。


 おっとと、そうだそうだ。肝心な事を忘れる所だった。


 『アヴさん、この携帯電話で写真を撮って欲しいんだ』


 手に持っていた携帯のカメラ機能を起動させてからアヴさんに手渡したのだが、アヴさんは携帯を受け取ったまま固まってしまった。

 あ、使い方を教えなきゃいけなかったかな? とも思ったのだが、そうじゃなかった。


 「……この、キャメラで、しゃしんを……さ、さつえい? して下さい」


 僕がアヴさんの村の言葉で話したお願いを、若干たどたどしさを残しつつもすぐさま日本語に変換してしまった。

 そしてアヴさんは言葉を言い終えると、僕の驚いている表情を眺めながらニッコリと微笑んだ。


 『……アヴさん、凄過ぎるよ。もう言葉も出ないよ』

 『うふ、私頑張ってるでしょ? でも普通に日本語で会話するのはもう少し後にして下さいね。……それで、写真でしたよね? どうすればいいのですか?』

 『ここをタップしてくれれば撮れるから、お願いしてもいい?』

 『勿論ですよ。じゃあ……どんな感じで撮ればいいですか?』


 ど、どんな感じ? ……以前モデルの撮影の時は何て言って撮って貰ったんだったっけ? スタイリストさんには何て言ったかな……?


 『可愛い感じ? でお願いします』


 ピピッ!


 以前を思い出すようにアヴさんにお願いした瞬間、シャッターを切られてしまった。


 『あのー、アヴさん?』

 『だ、だってタケルさんが可愛い感じって言うものだから……、普段通りでも、あ、あの、……そ、そうだ、私おトイレに行かなくっちゃ!』


 アヴさんは何やら慌てふためいた様子で僕に携帯電話を押し付けると、急いで部屋を飛び出し階段を駆け下りて行った。


 ……トイレ、急いでいたのか? 二階にもドアを出てすぐの場所にもトイレはあるのに、アヴさん知らないのかな?

 いや違うな。分かったぞ。僕も成長しているからなー。

 いつまでも鈍感な男じゃないんだぞ?

 アヴさんは僕がここに居るから、音が聞こえてしまうのを避けたに違いない。

 フフ、デリカシーのない男だと思われるのも嫌だし、何も気付かなかったフリをしておこう。

 然り気ない優しさってヤツだな。


 とにかく無事に目的の写真も撮れたので、画像を添付して源三宛てにメッセージを送った。


 ……あ、しまった。どんな画像か確認せずに送ってしまった。

 何も変な物写り込んでいないよな? 

 源三に送った画像を開き、細かく確認してみたのだが、特にこれといって身元がバレてしまいそうな物も写ってなかったので安心した。

 ほっと一息吐いたところで、携帯電話が震え出し、源三からの着信を知らせてくれた。


 「タケル、正式に課長からGOサインが出た。何もかもタケルのお陰だ。本当にありがとう」

 「良かったじゃん。でも源三が今まで頑張って来たから、課長さんのお眼鏡に適ったんだし、全部が全部僕の力じゃないよ? それと、そんな真面目な源三は源三らしくないよ?」

 「おい、そりゃーどういう意味だよー!」

 「フフ、そうそう、そういう感じの方が源三らしいよ」


 ……気兼ねなく会話出来るのっていいよな。


 「そうそう源三、今日のイベントクエスト――」

 「ああ、勿論参加だ! 今日直帰してログインするから十九時過ぎに迎えに来てくれ! それで、イベントクエストはどんな内容だったんだ?」

 「それがさ――」


 ゲームの話題で盛り上がり、詳しい話や今後の事はログインした時に話そうと約束してから通話を終了した。

  

 源三の問題も片付いたので、今度は雪乃さんをイベントクエストに誘おうと思い、マップで雪乃さんの位置を調べてみたのだが、眠たいから寝ると言っていただけあって、十二畳程の研究室のソファーがある位置からピクリとも動かない。

 ちょっと可哀相だけど、起こさせて貰うか。

 寝ているなら連絡せずに向かっても平気かなと思い、メッセージも送らずに研究室へと瞬間移動で向かった。



 「しかし、よくこの体勢で寝ていられるな……」


 あまりの寝相の悪さに思わず声を出してしまった。

 雪乃さんはかろうじで仰向けで寝ているのだが、二人掛けのソファーから体がずり落ちており、床すれすれの所で頭が逆さ向けで宙ぶらりんにぶら下がっている状態だ。

 頭に血が上ってしまうぞ?

 両手両足はソファーから投げ出され、昨日同様、おへそはしっかりと出ている。

 そして本格的に寝る為なのか、今日は上下に黒いスウェットを着込んでいる。


 そもそもサポートチームにベッドを持って来て貰えば済む話なのだが、何故雪乃さんは頼まないんだ?

 雪乃さん所々抜けているし、もしかして気付いていないだけなのかも。


 このまま放置しておくと体に悪そうなので、仕方なく雪乃さんの体をお姫様抱っこでひょいと持ち上げる。

 しかし寝かし付ける場所もないんだよな、この研究室には。

 研究室を見渡してもダイニングテーブルとノートパソコンが置いてあるデスクしかここには置いてないし……。

 腕の中で眠る雪乃さんに目をやっても、未だ涎を垂らして寝ているので、当分起きそうな気配もない。

 イベントクエストにも参加して貰わないといけないし……、それまでの間、寝る場所を提供する為に、仕方なく今回だけ特別、という事で。

 


 僕は瞬間移動で雪乃さんをした。



 僕の部屋に雪乃さんが入るのはこれで二度目だな。

 昨日とは違い、今現在くるみは自分の部屋からダイブしている。

 何故か僕の部屋に来てダイブしようとしていたので、自分のベッドで寝転がってダイブすればいいんじゃないのと言ったら、両肩を落としてスゴスゴと部屋に引き返して行った。


 雪乃さんを両手で抱えたまま、片足で器用に上布団を捲り上げ、スースーと寝息を立てている雪乃さんをそろりとベッドに降ろす――と同時に、雪乃さんが僕の首を締め付ける勢いで両腕を巻き付けて来た。

 中腰の体勢のままでいる僕の胸の中へ顔を埋めている。


 「……こ、ここ、ここれは夢なのか?」

 「いえ、現実ですよ」


 どうやら起きてくれたみたいなのだが、雪乃さんの体は小刻みに震えていて、僕の首筋、胸もとからその小さな振動が伝わって来た。


 「……遂に、遂にこの時が来てしまったのか?」

 「『この時』がどの時かは分からないですけど、取りあえず放して貰えますか?」


 ……何か大きく勘違いしているみたいだ。


 「だだだだだ駄目だ駄目だ。今の顔は見せられん! せめてもう少し暗くなってから……。こんな煌々と陽が照っている時間から――」

 「いやいや、何もしませんって。研究室でおかしな体勢で寝ていたから、今日だけ特別にと思ってここに運んだだけですよ」

 「あ阿呆! 男の『何もしない』は絶対に『何かする』のだと聞いた事があるのだぞ!」

 「だから、本当に何もしないですって!」

 「タケルのああ阿呆! しろよ!」

 「もう、どっちなんですか! いや、しないけどさ! イベントクエストまでここで寝てていいですから」

 「……は? イベントクエスト?」


 胸の中で顔を埋めたままだった雪乃さんが、僕の口から発せられた『イベントクエスト』のワードを聞くと、首筋に回していた両腕を力なく外し、そのままベッドにバサッと仰向けに倒れ込んだ。

 雪乃さんの顔は真っ赤っかだ。しかもちょっと涙眼だ。


 「は、ははーん。さては何とかして私をイベントクエストに参加させようと、色仕掛けに出たのだなー?」


 う、こんなところだけは異様に鋭いな……。


 「駄目だ駄目だ。私は参加しないぞ? おい! サポートチーム!」


 ……


 いつもより、少し遅れてサポートチームの男性が三人部屋に侵入して来た。

 かなり慌てた様子で転がり込むように侵入して来たのだが、よく考えてみれば今まで研究室に居て、瞬間移動で連れて来たものだから、ここまで来るのにもっと時間が掛かってもいいはず……。

 と、深く考えそうになったものの、この人達は別問題なのだという事を思い出し、まぁ、いつもよりちょっと手間取ったかな? くらいに思っておく事にした。

 一人の男性が机の上に僕達の珈琲を準備してくれて、もう一人の男性が雪乃さんに着替えを手渡し、最後の一人の男性が僕にアイマスクを装着させた。


 またお着替えタイムか……。


 「私が参加しなくてもある程度は倒せるだろ?」


 今尚雪乃さんはお着替えの真っ最中で、僕はアイマスクを装着されられたまま、衣服が擦れ合う音だけを聞かされている。


 「それが今回、どうしてもヤマト国を守りたい! っていうプレイヤーがパーティーメンバーに加わったんですよ。だから――」

 「今回のイベントクエストは最初から決まっていた事なのだ」

 「最初……から?」

 「ああそうだ。イベントが発生するフラグ条件は『四大主要国家全てにプレイヤー達が到着する事』だったのだ」


 珍しく雪乃さんがゲームのシステムについて答えてくれた。

 成程、エンテンドウ・サニー社から告知が出されたのが夜の十二時過ぎだったってマリアさんが言っていたけど、源三達がヤングンさんを連れてオリエンターナに到着したのが、時間的に丁度そのくらいだったよな。


 「本来ならば、ヤマト国には日本人プレイヤー達一万人が到着している予定で、一番イベントクエストにプレイヤー達が集まる国家だったのだが、そこは少し計画が狂ってしまっているがまぁ問題ない。どうせ最初から城壁は守れないクエストだしな」

 「城壁が守れない? どういう事ですか?」

 「何が起こるかは言わんが、まぁそういう事だ。……よし、もうアイマスクを外してもいいぞ」


 雪乃さんに言われ、アイマスクを外す。


 「……さては見ましたね? プライバシーの侵害ですよ?」

 「フフン、タケルはこういうのが趣味だったのだな」


 僕のベッドで腰掛けている雪乃さんの姿は……ファストタウンのギルド会館受付で働く、双子の妹エリちゃんが寝惚けまなこで着ていた、帽子付きで白地にブルーの水玉が可愛らしいパジャマ姿だ。

 どうやら雪乃さんは僕のデータを盗み見しているみたいで、メモ帳にキャプチャー付きで張り付けてあったエリちゃんのパジャマ姿を見て、このパジャマに着替えたのだろう。 


 「では私は遠慮なくタケルのベッドで寝かせて貰うからな」

 「……どうやって頼んでも、イベントクエストには参加してくれないんですか?」

 「ああ参加しない。ではおやすみなさい。いい夢を見させて貰うよ……ムフフ」


 雪乃さんは僕のベッドにもそもそと潜り込むと、すぐさまスヤスヤと寝息を立て始めた。


 

 ベッドでスヤスヤと眠る雪乃さんと同じ部屋でダイブするのは、非常に危険だと思ったのだが、口説き落とす事に失敗してしまったので、急いでヤマト国へと戻る為、部屋の椅子でリラックスした姿勢を取りOOLHGを装着した。



 家の地下室へ到着すると同時に、『クエストクリア』の文字が視界に三つ現れた。

 どうやら僕がログアウトしている間にメンバー達がクエストをこなしたみたいなのだが、いきなり三つもクリアするとは……。

 恐らくシャーロット達が何かしら手助けしてくれているのだろうと思い、みんなを迎えに行く為にもヤマト国へと瞬間移動で向かった。


 ヤマト国南門の前に到着したのだが、城門が堅く閉ざされているので中に入れない。


 <皆、南門の前まで迎えに来たよー?>


 マップで皆の位置を確認すると、ヤマト国内でそれぞれがバラバラに行動していた。

 確かクエスト報酬のEXPは距離制限なしでパーティーメンバー全員が貰えるって源三が言っていたから、みんなで手分けしてクエストをこなしているのだろう。

 そしてこのタイミングで気が付いたのだが、パーティーメンバーが十九名に増えていた。

 名前を確認すると、どうやら『POP☆GIRLS』のメンバー達が豚の喜劇団ピッグス・シアターズに加わったみたいだ。


 <タケル殿、マリアです。今南門を開門します>


 マリアさんからのメッセージの直後、巨大な城門が大地を震わせつつ人一人が通れる隙間だけ解放されると、その隙間からマリアさんが現れ僕のもとへと駆け寄って来た。


 「お疲れ様ですタケル殿」

 「何だか色々と動いてくれていたみたいだね」

 「スイマセン、タケル殿が居ない間に勝手な事をしてしまって――」

 「いやいや、全然いいよいいよ。僕達はそういうの全く気にしないから、今後も好きな事ドンドンやってくれていいよ」


 マリアさんと会話しながら城門を潜り抜けると、ヤマト国の街並が僕の目に飛び込んで来た。


 ヤマト国城門の内側は、時代劇のセットみたいな昔の日本の風景だった。

 そりゃシャーロットも、『ようこそおいでやす』って言いたくなるよ! 

 オリエンターナと同じく、城門から街の中心へと向かって大通りが走っているのだが、その両脇には木造の日本家屋や、大きな暖簾が軒先に掛けられた真っ白な壁のお店等がびっしりと並んでおり、着物を着込んだ町娘がお茶屋で呼び込みをしていたり、威勢の良い男性が大声を張り上げながら新鮮な魚を捌いていたりと、物凄い賑わいを見せている。

 大通りの中央では様々な人々が行き来している中、十数名の団体がド派手な衣装に身を包み、太鼓を叩いたり、笛を吹いたりしながら通りを練り歩いている。

 チンドン屋というヤツだな。初めて見た。

 しかしひとつ疑問なんだけど、これからモンスター達が襲来するというのに、何でこんなにも街が普通に賑わっているんだ? 知らないのか?


 大通りが伸びる先に視線を送ると、オリエンターナと同様にヤマト国のお城と思われる建物が見えている。

 何階建てかと聞かれれば返答に困ってしまう造りで、恐らく四階か五階建てなのだろうけど、瓦屋根が複雑に入り組んでいて、知識のない僕には答えられない造りだ。

 真っ白な壁に藍墨茶色の瓦屋根が見事な色彩美を描いている、誰もが想像出来そうな日本のお城だ。

 しかし何だろう、高さが微妙に低い気がする。

 普通お城って反り返った石垣の上に建てられていると思うのだが、その石垣もここからは確認出来ない。

 街の外、遠方からもこのお城は確認出来なかったので、城壁よりも若干低いのかな?



 「もしかしてヤマト国の人々は、今日モンスター達が襲撃して来る事を知らないんですか?」


 人々の往来が激しい大通りをマリアさんと並んで歩いている最中、疑問に思っていた事を尋ねてみた。


 「どうやらそのようです。ギルド会館にも何も変わった事は御座いませんでしたので、今回のイベントクエストは突発的に起こる事件みたいですね」


 成程、まぁその方がヤマト国の住人達がパニックに陥らなくて僕達も助かるな。

 マップでメンバー達の動きを確認していると、続々とお城の前に集まって来ている。

 どうやら僕がヤマト国に到着すれば集合場所に集まるようにと事前に決めておいたのだろう。

 やっぱり人を纏める力がある人が居ると、凄く助かるなー。

 自分勝手な人達ばっかりだからな、豚の喜劇団ピッグス・シアターズは。

 

 街の人々の頭上には、クエスト依頼の緑の『!』マークを出している人が沢山居る。

 オリエンターナでも同じく沢山の人達がクエスト依頼を出していたので、ファストタウンでは人が少なかったから、クエスト依頼を出している人が居なかったみたいだな。


 「そうそう、『POP☆GIRLS』の人達にはこのイベントクエストが終わるまでの間、豚の喜劇団ピッグス・シアターズに加入して貰ったのですよ」

 「獲得EXPが変わって来るからねー」

 「はい。『救世主スキル』ともうひとつのスキルが掛かって来ますから、イベントクエストのボーナスも加わればとんでもない量のEXPが手に入りそうですね」

 「みんなのステータスは『改ざん』スキルで隠させて貰うけどね」

 「『改ざん』スキル……ですか。私の『偽装』スキルとはまた違う物なのですね?」

 「うん。『偽装』スキルから進化させた上級スキルなんだ。『鑑定』スキルでも突破出来ない優れものだよ」

 「フフ、私の『偽装』スキルはタケル殿に見破られましたからね」


 会話しながら歩いていると、遂に巨大なお城の前に到着した。

 やはり背が若干低いお城で、普通のお城を上からギュッと押し込んだみたいな造りだ。

 ちょっと残念な見た目だな……。


 オリエンターナ同様、お城の周囲は人が集まれる広場みたいになっており、メンバー達が続々と集結していた。

 しかし気になっている事がある。


 「あのー、マリアさん? 『運命ディスティニー・の鬼斬オーガブレイカー』はパーティーに加わっていないみたいだけど、彼はどうしちゃったの?」

 「彼は……駄目です。メンバー全員から加入拒否されてしまいました」


 加入拒否……、何て可哀相な人なんだ。

 山下君、何かやらかしたのか?

 

 「タケル殿がログアウトされた後、彼は次々と『POP☆GIRLS』の人達を口説き始めまして……」


 あー、そりゃ駄目だわ。納得。

 既に集合場所に居るメンバー達が視界に入っているのだが、その場に一応存在している山下君は、いじけているのか大きな図体を小さく縮めてしゃがみ込み、木の枝みたいな物で地面に何かを書いている。

 アバターの見た目と行動が全然一致していないぞ!


 「師匠! お疲れー!」

 「和葉、お疲れ。問題なくみんな魔法覚えられた?」

 「うん、みんな早く魔法を使ってみたいから、師匠が帰って来るのを待っていたんだよ」

 「タケルはん、そっちはどうどした?」

 「詳しい話は帰ってからするけど、いいニュースと悪いニュースがあるよ」


 話が長くなるといけないので、いじけている山下君も引き連れて、瞬間移動で地下室へと戻った。



 ソファーセットでみんなに集まって貰い、エレーナさんに各自ドリンクを出して貰うと、強力な助っ人にやはり断られてしまった事と、源三がイベントクエストに参加出来る事を説明した。

 

 「そう……どすか」


 シャーロットの表情が少し険しくなってしまった。


 「まぁ駄目だったんだし気持ちを切り替えて、最初に決めていた作戦の準備をしよう! みんなは今からここで魔法の練習をしててくれる?」

 「タケルはんは今から何するんどす?」

 「僕は今からギルド会館に行って、モンスターが大量に出現する場所を聞いて来るよ。そしてそのまま只管モンスターを狩りまくって、作戦に必要な魔力石を大量に集めて来るよ」

 「でもウチ等、タケルはんが居てくれはらへんかったら、MPの回復手段がないんどすえ?」


 た、確かに……。でもかなりきつそうだけれどやるしかないんだよな。


 「僕がモンスター達を狩りつつ、頻繁にこっちに戻って来てみんなのMPを回復させるよ」

 「タケル君、大丈夫なの?」


 足立さんが狐耳をピコピコと小刻みに動かしつつ心配そうに見つめて来た。


 「まぁ何とかなるよ。MIKOTOさんは和葉から近接格闘も習っておいてね」

 「フフン、任せて師匠。殺さない程度にたっぷりと可愛がってあげるから。幸い回復魔法の練習がしたいメンバーが沢山居るから、どんなに怪我をしても大丈夫よね?」


 和葉から物凄い殺気が出ているんだけど、何故か和葉は足立さんに容赦ないよな。


 「MIKOTOさん、死なない程度に頑張ってね……」

 「……う、うん」


 少々可哀相な気もするが、これもイベントクエストの為だ、仕方がない。


 「ルシファーもみんなに強力な魔法の使い方、教えてあげてくれる?」

 「フフフ、我が眷属よ、妾に全て任せておくがよい」


 ルシファーも頼りになり始めたし、今度のイベントクエストでLVが大幅に上がれば、遂にルシファーのステータスも上昇し始めるんじゃないか?

 しかし、アレはどうしたものか……。



 ……ボェー


 地下室の隅で、ぐったりしているガゼッタさんからマンツーマンで指導を受けているくるみなのだが、僕達が作戦会議をしている最中も延々とこの音が聞こえて来ていた。


 ……ボェ?


 あと数時間で何処まで上達するか分からないけど、何とか頑張って貰うしかないか。

 山下君は暫く放置だ。みんなに迷惑掛けた罰だな。まぁイベントクエスト開始ギリギリにはパーティーに加えてあげるつもりだけどね。




 みんなと地下室で解散してからギルド会館へと瞬間移動で向かったのだが、そういや前回うたた寝していたエリちゃんに書き置きのメッセージだけを残して、もう一度会いに行くのを忘れていたな。

 今日はキリちゃんが担当しているはずだから、ゴメンねって伝えておいて、とメッセージを頼もうかな?

 ギルド会館の扉を開けて建物に入ったのだが、相変わらず閑散としていて、プレイヤーは一人も居ない。

 山下君の話ではこちらに向かっているプレイヤー達が何名かいるらしいので、もう少しすればここもプレイヤー達で賑わう事になるだろう。

 ギルドの受付ではキリちゃんが、やる気のなさそうに頬杖を着いてボーっと座っている。

 話し掛け辛いなぁ……。


 「あのー、一番モンスター達が強力な場所で、モンスター達を沢山狩れる場所って何処ですか?」

 「……ああ、アンタですか。そういやエリから伝言を預かってますよ。『この嘘吐きめが! 二度と私に話し掛けるんじゃねーぞ、バーカ』だそうです。カカカ、嫌われてやんの」


 ガーン……、嘘だ……。エリちゃんにそんな事を言われるとは。ダ、ダメージがデカ過ぎる……。

 カウンター越しに落ち込む僕を見て、キリちゃんは指を差してゲラゲラと笑っている。


 ……僕、立ち直れないかもしれない。


 「いやー笑った笑った。久しぶりに面白かったよ、嫌われ男君。……そうそう、モンスター達を沢山狩れる場所でしたね。そうですねー、これなんてどうです?『ファスト高原で新たに見つかったダンジョンの封鎖』」

 「ダ、ダンジョンの封鎖? 何をすればいいんですか?」

 「何よ、やった事ないの? 使えない人ですねー。ダンジョンの封鎖は、そのダンジョンの最深部まで潜って、ダンジョンコアっていうのを破壊すればいいのよ」


 ダンジョンコア? 何だそれ? まぁ行ってみれば分かるか。しかしキリちゃんはキツイ性格なんだな……。


 「かなり大きいダンジョンらしいですから、モンスターの量も相当なはずですよ? エリにも嫌われたんだし、行って無様に八つ当たりでもして来れば? ププッ」

 「……分かりました。じゃあそれでいいです。行って来ます」

 「……へ? うそ? ちょ、ちょっと、ホントにコレにするの? 死ぬよ?」

 「いや、多分大丈夫ですよ。じゃあ」


 ここに居ればキリちゃんが容赦なく僕の傷口を言葉のナイフでぐりぐりと抉って来るので、視界に『クエストを受け付けました』という文字が出たのを確認し、すぐさま瞬間移動でファスト高原へと向かった。


 早くこの場を立ち去りたかったから……さ。

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