第29話
現在ヤマト国南門の前で、山下君と距離を取って対峙している。
山下君は僕が渡した『
――そこまで言う山田君の全力を、この目で確かめたいから手加減はしないでくれよ――
山下君のこの言葉を思い出し、一切手を抜かずに本気を出す事にする。
いい機会なので、ずっと頭の中で試行錯誤していた技を試させて貰う事にしよう。
まずは『隠蔽強化』を掛けずに手もとに雷を溜める。この雷の量はそんなに多くなくても適量で充分だ。
一撃必殺の技だし、そんなに多く雷を溜めても上手く纏められないからな。
右手に溜めた雷がモーター音のようなブーン、という低い音を継続的に立てながら薄紫に発光し、時折バリバリと自身の周りでも小さな電気の龍が走っているので、体を覆うように電気が渦巻いているのが分かる。
「ちょっと! 山田君、何だよそれ! 僕はそんなの聞いてないぞ!」
僕の姿を見た山下君が何か言っているみたいだが、今は無視させて貰おう。
右手に薄紫の雷を纏わせたまま、左腰に帯刀した愛刀雷切丸の柄を握る。
集中、そしてイメージ力だ。
雪乃さんと仮想空間でトレーニングしていた時に、雪乃さんの【フェニックスストライク】みたいに魔法を自分の好きな形に変えるにはどうすればいいのか、と尋ねた事があるのだが、その時はまだ魔法を纏めたり濃縮したり出来なかったので、詳しくは教えて貰えなかった。
「コツとしては魔法を発動させる際に、細部まで正確に、より鮮明にイメージする事が大切なのだ。私は【フェニックスストライク】を唱える際、鳳凰の羽の一本一本までイメージしているからな」
こんな事を言っていたので、イメージする事はかなり重要なのだろう。
柄を握った雷切丸、その鍔、刀身、切っ先までもが自分の身体の一部だと思い込み、イメージを膨らませる。
右手に溜めた雷を左手に移す、といった具合に溜めた雷の塊を移動させる事は既に出来るので、雷切丸も自分の体と繋がっているとイメージすれば、雷切丸に雷の塊を移動させられるんじゃないかと考えたのだ。
刀身六十センチメートル弱の刀全体に、自分の毛細血管が張り巡らされていて、僕の赤い血が流れ脈打っていると思い込む。
僕の細胞数兆個で雷切丸が形成されていると思い込むんだ。
……雷切丸は僕の体の一部だ!
そのまま右手に溜めた雷をゆっくりと僕の身体の一部、雷切丸へと流し込んでいく。
薄紫に発光する雷が雷切丸の柄から鞘の中へ、じわりじわりと移動して行く。
……よし、大丈夫だ。問題ない!
このままの状態で仮想空間で実験した、魔力、雷、MPの比率を合わせる。
【
しかし今回の技は、最高の威力! これだけだ。
魔力、雷、MPの量を整え、雷切丸の鞘が淡く青白い光を放ち始めたところで、自身の口角がニンマリと上がってしまったので、冷静さを取り戻すべくひとつ息を吐いた。
上手く行った。成功したぞ!
今回は雷の量を少な目で調整したので、次回はもう少しだけ量を増やし、一連の動作をもっと素早くやってみよう。
青白い光を放つ雷切丸の柄を軽く握ったまま腰を深く落とし、視線を山下君へ向けつつ視界のカウントダウンが終わりの時を告げるのを待つ。
……3、2、1、開始!
「どりゃー!」
視界に表示された『開始!』の文字と同時に、山下君が雄叫びを上げながら突っ込んで来た。
……ミノタウロス相手にも、こうやって突っ込んで行って玉砕したんじゃなかったのか? まぁいいか。
左手で鞘を握り直し、親指で雷切丸の鍔をスッと押し上げ呟いた。
「……【
……
「……大丈夫? 山下君」
「うぎゃー死ぬー! マジ死ぬー! 酷い、酷いよ山田君! HPが十パーセントしか減らなくても痛みは全然減らずに普通に超痛いじゃないか!」
「【シャイニングオーラ】そんな事言われたって山下君が本気で! って言ったんじゃないか」
山下君はぼろぼろと泣いている。地面に転がって子供みたいに泣いている。
僕も雪乃さんの【
「か、回復魔法も使えるの? しかも聞いた事がない魔法だし……凄いね、山田君」
「……これで僕の事、信用してくれた?」
地面に転がる山下君に向かって右手を差し伸べた。
「……分かったよ。僕も男だ、一緒にイベントクエストに参加するよ」
山下君は手の甲でグイッと涙を拭うと、僕の差し伸べた手を握ってくれたので、引っ張ってその場で起き上がらせた。
「……山田君、僕が泣いた事は皆には内緒にしておいてくれよ?」
恥ずかしいのか照れているのか、もう片方の手で赤髪の頭をガシガシと掻き始めた。
「これからどうするんだい?」
「みんなが待つ自宅に戻ろうと思う。……ソレ、山下君に返すよ」
「え? ホントに! いやー有難う!」
そりゃー、待ち焦がれた恋人が帰って来た! みたいな瞳で
このまま放って置いたら刀にキスとかするんじゃないか?
メニュー画面から山下君にも自宅の使用許可を出し、瞬間移動で自宅の地下室へと向かった。
「タ、タケルはん、ど、どう……どす?」
地下室に戻ると僕に気付いたシャーロットがお淑やかにスタスタと駆け寄って来た。
腰まで届いていた長い髪が、桜の花びらの形を模した簪で後ろでに纏められ、毛先が右肩から体の前へと流されて来ている。
頬を赤らめ恥じらいを見せながら、簪が僕の目に付くように首を斜めに傾げると、今までなら下ろされていた髪で見る事の出来なかった
どうやらガゼッタさんが装飾品で簪を作ってくれたみたいだな。……嬉しかったんだろうな、シャーロット。
「とっても似合――」
「うひょー! 誰だ? このカワイ子ちゃんは! 山田君、僕に紹介してよ!」
僕の言葉を遮って割り込んで来た山下君。……ちょっとは空気という物を読みなさい!
……ほら、シャーロットの眉間にしわが寄っちゃったじゃないか。
「……どちらはんどす?」
「僕? 僕は山田君のクラスメートで
「は、はぁ。それはご丁寧で何よりどす……」
山下君が更にシャーロットへ、グイッ! と近付く。
「是非この機会に僕とおベフッ――」
状況を察したマリアさんが音もなく忍び寄り、後ろから山下君の首根っこを掴むと、そのまま地下室のスペースへと向かって力任せに投げ飛ばした。
……はぁ、何だか問題のタネが増えた気がする。……山下君、やっぱりイベントクエスト参加しなくてもいいよ?
「部活終わったよー、今日は何だか賑やかだねー!」
「お疲れー、和葉」
山下君がマリアさんにブン投げられて間もなく、部活終わりの和葉がログインして来た。
「そうだ師匠! 源三からのメッセージって
「源三から? いや、読んでないよ?」
源三からメッセージが来るなんて珍しいな。何かあったのかな?
「ルシファーとくるみは源三からのメッセージって読んだ?」
ソファーに座る二人にも尋ねてみたのだが、シンクロする感じで二人共が首を横に振った。
「師匠それがさ、源三、当分の間ログイン出来ないって。何だか謝ってたよ?」
ええー! そりゃ困ったな。移動する時は源三にみんなの世話を頼まないとスピードが上げられないのに。
……あれ? 源三の役目ってそれだけか?
「僕はこの後一度ログアウトする予定だから、源三に連絡してみるよ」
僕と和葉が話していると、投げ飛ばされた山下君が首を押さえ、痛ててと呟きながら近寄って来た。
そうだ、山下君に聞きたい事があったんだ。
「山下君、カヌット村の冒険者達の数が減っていたみたいだけど、オリエンターナに向かったのかな? 何か聞いてる?」
「へ? ああ、そうか。山田君はあの時はもうカヌット村に居なかったんだな。それと、僕は『
「そうだったね、ゴメンゴメン。それで、カヌット村で何かあったの?」
「うん。タケル君は『救世主スキル』って知っているか?」
「まぁ、知っているかと聞かれれば知っているけど、その救世主スキルがどうかしたの?」
話が長くなるからなのかみんなにも聞いて欲しいからなのか、山下君は僕達をソファーに座らせた。
この場に居るのはエフィルさん、ガゼッタさんを除いて十八人。
流石にソファーセットがぎゅうぎゅう詰めだ。
山下君が話を始める前に、和葉にシャーロット達の事を紹介し、シャーロット達には和葉の事を紹介した。
しかし何だ、女子率が異様に高いな。マリアさんとエレーナさんは見た目男性だけど、
そして女子がこれだけ集まると、無駄話が彼方此方から聞こえて来る。
まぁ仲良くなってくれるのは良い事なのだが……。
山下君が話を切り出し辛そうにしていたので、少し大事な話をするからとみんなの注目を集めてから、山下君に話題を振った。
「……それで、何があったんだい?」
「実は今朝方『
「へー、アイツまだ居たんだ。てっきりこの世界には居られなくなったと思ったのに」
「ああ、そうみたいだね。完全に
……ま、まさか? そこまでするのか?
という驚きが表情に出てしまっていたのか、僕を見た山下君が無言で頷いた後、話を続けた。
「手下に鑑定スキルで調べさせていたのは、どのプレイヤーが『救世主スキル』の持ち主か、という事さ。そして軍神オーディンはみんなで決めていた協定を破り、幹部達の中に居た九人全員の『救世主スキル』持ちをその場で殺したんだ」
「き、救世主狩り……どす」
「……どうしたの? シャーロット」
「タケルはん。マリアが偵察した情報によると、オリエンターナの近くには所謂『アジア組』が七千五百人居てはったんどす。でも、あの人らはオリエンターナへは向かわらへんかったんどす」
「そうなの? じゃあ何処に向かったの? イスタリア? アレイクマ?」
僕の問いかけに、シャーロットは無言のまま首を横に振った。
「あの人らは何処にも向かってはらへんのどす。自己……、えーっと、……自己顕示欲や、自己顕示欲が強い人らが多かったんかも分からんのどすけど、救世主スキルを持ってる事がゲームを有利に進められると分かった途端、その場で血で血を拭う争いが始まったんどす」
「……へ? それって、今も?」
「そうどす。誰かが救世主スキル持ちプレイヤーを倒せば、今度はその人を全員で囲み……を延々と繰り返してはるんどす。色んな知恵を使わはっても、結局は他のプレイヤーにヤラレてしもて。二日前にマリアが偵察した時にはまだ一番最初の小屋の所に居てはったんどす」
……ば、馬鹿じゃないのか? ずっと殺し合いをしてるって。途中で精神がおかしくなりそうな気もするけど。
でも、プレイヤーを殺してもEXPが入って来るんだから、相当LVの上がっているプレイヤー達も居るんじゃないか?
「タケル君、話を戻すよ? カヌット村に居た何人かは、軍神オーディンを恐れて村を出て行ったよ。殆どがファストタウンに向かっているんじゃないかな? それで軍神オーディンは『救世主スキル』九個を手に入れた後、手下数十人を引き連れてオリエンターナへと抜ける地下道に向かったんだ」
「ほな、この後オリエンターナからヤマト国に向かって
「……いや、どうやらそういう事でもなさそうだよ?」
索敵マップを広域表示にして軍神オーディンを探してみたのだが、既に数十名と共に地下道は抜けていたのだが、オリエンターナには向かっていなかった。
「どうやら、まだ足りないみたいだよ?」
「足りない? どういう事どす?」
「軍神オーディン達が向かっているのは、シャーロットの言う、七千五百人のアジア組が居る場所だよ。恐らくそのアジア組の救世主スキルも手に入れるつもりみたいだ」
オリエンターナとは全く違う方向、大量のプレイヤー達が集まっている所へと向かっている事を考えると、軍神オーディンの手下に索敵スキル持ちが居るみたいだな。
「……タ、タケル君、もしかしてこの場所からでも軍神オーディンの位置が分かるの?」
ソファーセットに座る僕の前に位置していた足立さんが、狐耳をピコピコと動かしながら尋ねて来た。
……何だかもう色々と隠すのが面倒になって来たな。管理者権限以外の事なら別に話してしまってもいいか。
「うん。会った事のある相手ならある程度はね」
因みに
みんなで今後の打ち合わせや、僕のスキルの事で話をしていたのだが、くるみの顔色が悪い事に気付いた。
「どうしたんだ、くるみ。具合でも悪いのか?」
僕の隣で俯いているくるみは、両手でリコーダーを握りしめている。
「……お兄ちゃん。あたしこの武器無理。使えないわ」
「は? どういう事?」
くるみは僕の問い掛けには答えず、青い顔をしたまま黙り込んでしまったので、後ろに控えていたガゼッタさんが代わりに説明してくれた。
どうやらこの武器は、音色を奏でて様々な攻撃が出来たり、味方のステータスを上昇させたりする事が出来る装備品らしい。
勿論近接武器としても使用出来るみたいで、どの穴も指で押さえずにリコーダーを鳴らすと、底の部分から仕込みダガーが飛び出す仕組みになっているのだとか。
そして上げたいステータスやその効果時間も自在に選べるそうなのだが――
「フフフ、我が眷属よ、くるみは『ド』が付く程の音痴だったのじゃよ。酷い有りさまじゃったよ」
くるみの隣に座るルシファーが、いつも通り口を覆う仕草を取りつつ、くるみの音痴を暴露してくれた。
……でも、話を聞くだけじゃ、いまいちよく分からないんだよな。
「くるみ、ちょっと借りるよ?」
「へ? ちょ、ちょっと、お兄――」
くるみの手の中で握られていたリコーダーを素早く抜き取り、メニュー画面を操り装備してみた。
「ではタケルさん、まずは何か上げたいステータスを声に出してから、上昇具合や効果時間を大雑把でいいので決めて下さい」
ガゼッタさんの指示通り、魔力でも上昇を――と声に出そうと思ったのだが、その前に、長い間リコーダーなんて吹いていなかったので、ドレミだけを確認の意味も込めて一度吹いてみる事にした。
多分あると思うんだよなー。
『ドー』『レー』『ピフィー』……、『ピフィー』……。
……ぼ、僕も下手過ぎ! 『ミ』が鳴らない。
ピコーン!
・楽器演奏スキルを習得しました!
・楽器演奏スキルがLV10に上がりました!
うん、やっぱりあったね。
僕の奏でたドレピフィーを聞いたみんなの表情には絶望感すら漂っており、ジャイ〇ンのリサイタルに強制参加させられているみたいに、膝の上で両の拳をグッと握りしめ始めた。
……フフン、いいだろう。ビックリさせてやろうじゃないか。
「ステータス全てをMAX上昇! 効果は最長で!」
僕が無謀とも言える言葉を叫んだ瞬間、目の前に座っていた足立さんは項垂れてしまい、僕の隣の隣に座っていたルシファーは堂々と両手で耳を塞いだ。
成程ね、こういう事か。
突然視界の右側から、オタマジャクシ姿の音符が沢山連なった楽譜が流れて来たのだが、視界の左側には、上部に『ここで音を出す!』と書かれた縦線が引いてあり、行列を為したオタマジャクシ達がその縦線へと向かって五線譜上を行進している真っ最中である。
これは……所謂音ゲーだ!
リズムに合わせて太鼓を叩いたり、指示されたボタンを押したりする、リズムゲームの一種だな。
『ド』のオタマジャクシが縦線の所に来た時に『ド』の音を出せばいい、と。
視界の上部には、恐らくこの楽譜の曲名だと思うのだが、『モーツァルト オペラ序曲集 1:20』と出ている。
当然僕は楽譜なんて小学校以来読んだ事もないし、オタマジャクシの先頭が何の音かも分からない。
でも、最初の一音を吹こうとすると指が勝手に動き始めた。
そしてそれ以降、楽譜もスラスラと読めるようになった。
僕が奏でた音により、上部に『ここで音を出す!』と書かれた縦線上でオタマジャクシ達が笑顔を浮かべながら弾け飛んで消え去り、そのすぐ近くでは
流れるようなメロディーを僕が奏で始めると、みんなの表情が一変したぞ!
物凄いスピードで視界の右側から流れて来ては、笑顔で弾けて消えて行くオタマジャクシ達。
ソプラノリコーダー上では、僕の太い指達が激しいステップを踏んで踊っているように、目まぐるしく上下に動く。
現在ノーミスで100
演奏している最中に『楽器演奏スキルLV10』が『カリスマ演奏者スキルLV1』に進化すると、僕の奏でる曲に奥行きが出始めた! と言ったら伝わり易いのか、じんわりと心に響く音色に変わり始めた。
僕が奏でているのはアップテンポの曲で、とても心地の良いソプラノリコーダーの音色が地下室内に響き渡っており、みんなの表情も演奏する前とはうって変わって、喜々として僕の奏でる演奏に耳を澄ませている。
梓ちゃんに至っては、ペンギンの両目からぶら下がっている二つの涙を左右に揺らしつつ、ノリノリで体を左右に振っている。
『446
視界に大きく文字が表示され、ノーミスで演奏を終えると、その場に居た全員から大きな拍手が貰えた。
山下君は何やら苦虫を噛み潰したような顔で僕の事を睨みつつも、やる気のなさそうに拍手している。
しかし、いつまで経ってもステータスが上昇しないのだが……?
「その装備品はくるみさん専用に仕上げましたので、他の方が装備しても効果が得られないのですよ」
ガゼッタさんに申しわけなさそうに言われてしまった。
まぁ、くるみの武器を作ってとお願いした訳だし仕方ないか。
僕の演奏を聞いた後だからなのか、自分も吹いてみたいからなのか、何名かの女性陣が僕の顔を眺めている。
みんなは恐らく学校で吹いた経験があると思うのだが、……シャーロットはどうなんだろう。
「シャーロット、もし良かったら次、リコーダー吹い――」
「次はあたしが吹くに決まってるでしょ!」
シャーロットにリコーダーを渡そうとしたところを、横からくるみに掻っ攫われてしまった。
先程までしょぼくれていたのに、何があったのか俄然やる気を見せている。
豹変したくるみの姿を見たシャーロットも、リコーダーを受け取ろうと手を伸ばした状態のままで、目を点にして固まってしまっている。
でも彼女は王女様なんだしリコーダーよりもフルートとか、今の姿なら尺八とかお琴とかの方が似合いそうだよな。
僕からリコーダーを奪い取ったくるみだが、未だリコーダーを吹く気配はない。
両手でリコーダーを握り締めたままプルプルと震えているのだか、音痴だから人前で演奏するのはやっぱり恥ずかしいのか?
「魔力少し上昇、効果短め……」
漸く意を決したのか、一度大きく深呼吸した後、恐る恐るリコーダーに唇を添えた。
僕の時はモーツァルトとか凄く難しそうな曲だったけれど、くるみの視界にはどんな曲の題名が出ているのだろう。
一同の視線がくるみへと集まり、リサイタルが始まった。
ドロドロドロドロドロ……ボェー
ドロドロドロドロドロ……ボェー
……
……ボェ
ピコーン!
・ステータスダウンの影響を受けています!
ピコーン!
・ステータスダウンの影響を受けています!
くるみの演奏が終わった途端、視界には久しぶりに現れたステータスダウンの文字が羅列され始めた。
どうやらくるみの演奏を聞いた他の皆も、同様にステータスダウンの影響を受けているみたいで、両手で頭を抱えて俯いている足立さん、死んだ魚のような目で何故か僕を見ているルシファー、ソファーからずり落ちてしまったシャーロット……。
梓ちゃんはペンギンの着ぐるみ同様、玉のような涙を流して泣いている。
……ガゼッタさん、何て恐ろしい物を作ってくれたんだ!
そもそもあのリコーダーで、どうやったらあんな音が出せるんだ?
「……キチンと演奏出来ればステータスを上げられるのですが、一定以上のミスがある場合はその効果が得られず、更に酷い演奏の場合、逆にステータスが下がってしまう恐れがあるのです。そして攻撃の場合は自分達に向かって何らかの災いが起きる事もあるのです」
僕の視線に気付いたガゼッタさんが青い顔で震えながら教えてくれた。
「な、何どすの? 今のお化けが出て
何とかソファーに座り直したシャーロットが演奏に文句を言い始めた。
くるみは自分の演奏が恥ずかしかったのか、ソファーに座り顔を真っ赤にして俯いている。
しかしリコーダーは両手でしっかりと握られている。
と、とにかく今のままだと戦闘では邪魔にしかならないぞ。
「くるみは今からガゼッタさんと居残りで練習する事!」
「ええー! 私もですか! ……う、うう」
ガゼッタさんが青い顔色で反論しようとしたのだが、魔力石の件を思い出したのか押し黙ってしまった。
「今から全員でヤマト国に向かうから、シャーロットと和葉はみんなを魔法の神殿に連れて行って回復魔法とそれぞれ好きな魔法を覚えて来てくれる?」
「師匠はどうするの?」
「僕はログアウトした後、まずは源三に連絡してから強力な助っ人を呼びに行こうと思う。その話はヤマト国でシャーロット達から聞いてくれる?」
ガゼッタさんとくるみを地下室に残し、『POP☆GIRLS』のみんなと山下君、
「「「「おおー!!」」」」
移動した瞬間、『POP☆GIRLS』さん達から歓声が上がった。
事前に瞬間移動の事を話しておいたので、彼女達はそんなに驚く事もなく、瞬く間にヤマト国へと移動出来た事に素直に喜んでくれているみたいだ。
因みに僕は未だにヤマト国の中に入った事がないので、ここ南門の前までしか移動出来ないのだ。
「じゃあ和葉、シャーロット、後の事は任せたよ? また後で迎えに来るから」
笑顔でみんなに手を振りながら僕は一人でログアウトした。
自分の部屋に戻ると、机の上で携帯電話がチカチカと点滅していた。
源三<みんなスマン! 俺は今後暫くログイン出来そうもない。迷惑を掛ける>
メッセージには普段の源三とは少し違う、真面目で不器用な言葉が残されていた。
何か問題でも起こしてしまったのかな?
今仕事中かなと考えつつも一度電話してみようと思い、初めて源三の番号をタップしてみた。
……
「タケル、スマン!」
いの一番に源三の大きな声が携帯電話のスピーカーから聞こえて来た。
今も仕事中なのか源三の声の背後から、大人の声や電話のコール音が鳴り響くオフィスの音が、騒がしく聞こえて来る。
「何かやらかしたの?」
「何でタケルはそうやって俺をすぐにやらかす男として扱うんだよー。ちげーよ、何もやらかしてねーよ」
「じゃあ何かあったの?」
「ああ。今朝突然違う課の課長から、一大プロジェクトのリーダーに大抜擢されたんだ」
「へー、凄いじゃん。源三まだ若いのに。……ってことは――」
「そうなんだ! 俺は遂に
どうやら源三は電話しながらオフィス内を移動していたみたいで、何処かしらのドアが閉まる音が聞こえて来ると、オフィス内の喧騒が聞こえなくなり、若干源三の声が響き出した。
「今回のプロジェクトを見事成功させる事が出来れば、正式に俺を直属の部下に任命したいと新しい課長が言ってくれているんだ」
「仕事が出来る男は違うねー」
「だろ? だから俺はムカつく
「そっか……」
「……」
電話越しにお互い無言になってしまった。
何か声を掛けようと思っても、上手く言葉にならない。
話したい事は山程あるのに、受話器越しの源三に伝える事が出来ない。
でも源三にも生活があるわけだし、あんなにも嫌っていた係長……だったかな?
何で僕まで源三の係長の名前を憶えてしまっているんだ。気になるから一度会ってみたいぞ、
「……そういや源三ってどんな会社で働いているんだったっけ? ゲームの会社だったかな?」
「ゲーム? そんな事言ったか? ちげーよ、タケルも必ず聞いた事がある、某大手広告代理店だよ」
「ふえー、源三ってエリートだったんだねー。凄いじゃん」
「まぁな。ちょっとは俺の事見直したか? やらかしキャラとして見なくなったか?」
「いや、それはまだまだ……」
「何でだよ! ……あ、ヤバイ。そろそろ仕事に戻らねーと」
「そうだったね。忙しいところゴメン。……仕事が、仕事がひと段落したら、またログインして来るんだろ?」
もうログインしない! なんて言わないよな?
「当たり前じゃねーか! 問題の人物を探し出したら、すぐにでもログインするぞ!」
……問題の人物? 某大手広告代理店の営業マンが人探し?
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