第28話


 「殿下は警備を付ける事を極端に嫌われるので、我々も苦労しているのですよ……」


 マリアさんが珈琲をひと口啜ってから話を続けた。


 「今月はM国として公式に訪日する事が決定しておりますので、その場は警備が付くので安心しておりますが、今後はタケル殿の仰る通り、非公式での訪日の際は警備を強化致します」


 僕達がソファーセットに腰掛けて会話をしていると、ルシファー達と魔法の練習をしていたシャーロットが何かに気付いた様子で、僕達の居るソファーまで駆け寄って来た。


 「タケルはん! ウチ等『武士道』を解散したはずどす。ほやのに今ウチのステータス見たら、外れてしもたはずの救世主加護と、もうひとつ知らんなんかが付いてはるんどすけど、これ何どすの?」


 シャーロットがメニュー画面を開きながら尋ねて来た。

 そうか。『?』で表示されていても、ヨーロッパ組は救世主スキルの事を知っているのだったな。

 じゃあ救世主スキルの事は隠す必要がないわけだが、流石に管理者権限の事は話すわけには行かないので、ある程度まで話してから『改ざん』で隠させて貰おう。


 「シャーロットが言う通り、僕が『救世主スキル』の持ち主なんだ。もうひとつの方は話す事が出来ないスキルなんだけど、それも救世主加護と同様、各種LVアップに必要な物にボーナスが付くスキルなんだ」

 「……殿下、どうやらタケル殿は我々よりも格段に情報をお持ちのようです。一度ゲームの情報を交換し合ってみてはいかがですか?」


 マリアさんはシャーロットが自身の隣に座るとスッと席を立ち、シャーロットの背後に控えるようにして立った後、腰を屈めてシャーロットに進言した。


 「そうどすな。タケルはん、詳しく聞かせて貰ろうても宜しおすか?」

 「そりゃ勿論。話せる事は全部話しますよ」


 僕達はエレーナさんにお替りの珈琲を出して貰い、暫く話し合った。



 ……



 「はー、解析チームの仮説通りどしたわー。MPの事もスキルLVの事も。それで鑑定チームのスキルがいつまで経っても上達せなんだんどすな」

 「LVの上がり易いスキルと、上がりにくいスキルもあるみたいだね。しかも人によっては適正、と言っていいのか分からないけど、同じスキルでもLVの上がり方が違うみたいだよ」


 源三はすぐに『酔い耐性』を習得したけど、ルシファーにはいつまで経っても習得しないからな……。

 『酔い耐性』を早く覚えてくれないと、移動に物凄く時間が掛かるんだけど……。


 「今回のイベントクエストがいよいよ大魔王再来のフラグイベントになるんやと思うんどす」


 ……大魔王? もう何処かに居るんじゃないの?

 ウチの所には四天王とかいう奴が二人程来たよ? 魔王だけまだなのかな?


 「何どすのタケルはん。チュートリアルでOPEN OF LIFEのゲームストーリーを聞いてはらへんかったんどす?」

 「実はそうなんだ」

 「このOPEN OF LIFEは――」

 「ちょ、ちょっと待ってー! ストーップ!」


 僕とシャーロットの会話に突如割り込んで来たのは……なんとエフィルさんだ。

 普段は用事がない限り絶対に自分からは話して来ないのに。


 「わ、私のお仕事、私の数少ないお仕事なんですよ! しかも今まで何度も何度もタケル様に聞いて下さい! とお願いしてもいつまで経っても聞いて貰えなかったのです! ここは是非とも私に説明させて下さい!」

 「……う、うん。お願いしようかな」


 鬼気迫る勢いのエフィルさんを前にして、その場に居るみんなが、首を縦に振る事しか出来なかった。


 「……コホン。まずですね、このOPEN OF LIFEでは大きく分けて二通りの楽しみ方が御座います」

 「二通り?」

 「はい。まず一つ目の楽しみ方として、皆様みたいに物語のストーリーを進めて行く楽しみ方です」

 「へ? それ以外に何があるの?」

 「ええ、二つ目の楽しみ方として、このヨルズヴァス大陸で新たな生活、ライフスタイルを構築していく楽しみ方です。住む場所を選んだり、新しく家を造ったり、商売を始めたり、更には各地名物キャラとの恋愛に励んだり、出会ったプレイヤー達と遊んだり。この世界での楽しみ方はそれこそ自由なんですよ!」

 「へーそうなんだ。だからエフィルさんがBlu-rayで――」

 「仰っている意味がよく分かりませんが、皆様は物語のストーリーを進めておられるので、今からこのヨルズヴァス大陸に起こっている出来事をお話致します」



 そのままエフィルさんからOPEN OF LIFEのストーリーを初めて聞く事になった。

 よく考えたら、最初からモンスター達をボコボコにする事しか考えていなかった気がする。

 エフィルさんがストーリーを話し始めてすぐに、ルシファーとくるみが寄り添って寝始めたので、エフィルさんには申しわけないけどそのまま放置しておいた。 


 エフィルさんの話によると数百年前に神と大魔王との戦争があったらしい。

 魔界からヨルズヴァス大陸に攻め入ろうとする大魔王に、迎え撃つ神ヨルズヴァス。

 戦争は熾烈を極め、大魔王側が徐々に優勢に立ち始めたそうだ。

 敗戦を悟った神は己の肉体を犠牲にして、魔界の門を閉じる事に成功したらしい。

 そして自らの魂を四つの神器に分け、それぞれを神に仕えた神龍四体に授けたのだとか。

 この四つの神器のお陰で魔界の門は硬く閉ざされていたのだが、突如一体の神龍が大魔王側に寝返り、その身を別の地へと移してしまったそうだ。

 その後バランスの崩れた神龍達は自我を保てなくなり、凶暴化してしまったのだそうだ。

 そして魔界の門が維持出来なくなってしまったので、大魔王がいよいよこのヨルズヴァス大陸に乗り込んで来る、と。


 「皆さんはまず、大陸の何処かに生息している三体の神龍を撃破し、それぞれから神器を回収して下さい。その後別の地へと渡り、最後の大魔王側に寝返った神龍を打ち破り神器を回収し、再び魔界の門を閉ざすのです!」


 握り拳を作って熱く語ったエフィルさんのストーリー説明が終わった。


 「ご清聴ありがとうございました」


 深くお辞儀をするエフィルさんに僕だけが拍手を送った。



 「タケルはん、今日のイベントクエストの作戦、何か考えてはるんどすか? ヤマト国の城門は四つあるんどすえ?」

 「そこなんだよなー。色々と考えているんだけど、まず一つの城門をシャーロット、マリアさん、エレーナさん、和葉、REINA、ルシファー、そして助っ人を頼もうと思っている『POP☆GIRLS』さん達に任せようと思っているんだ」


 「……え? 何やえろう偏ってはるけど、大丈夫なんどす? 残りはくるみはんとタケルはんしか居てはらしませんのとちゃいます?」

 「そう。最初にシャーロットに出会った時に連れていた源三っていうメンバーが、今日仕事の都合で参加出来そうにないんだよ。だから、僕とくるみで残りの三つの城門を守らなきゃいけないんだ」


 シャーロット、マリアさん、エレーナさんが、だらしなく口もとを緩め涎を垂らして寝ているくるみに視線を送る。


 「……む、無理とちゃいますか?」

 「さっきも少し話したけど、くるみには悪魔召喚っていう、特殊なスキルがあるんだ。そのスキルを使って大魔王の四天王の一人を召喚して、そいつに城門を一つ守らせようと考えているんだよ。そして僕はくるみを背中に背負いつつ、残り二つの城門を守ってみせるよ」

 「し、四天王どすか。そんな敵も居てはるんどすか」

 「うん。敵に回すとかなり厄介な奴なんだけど、くるみに呼ばれている間は従順でくるみの言う事なら何でも聞くから大丈夫だよ」

 「……しかしタケル殿、おひとりで城門を二つ守るのは流石に無理があるのでは?」

 「そうなんだよね。マリアさんの言う通り、かなりキツイと思う。いや、城門を守るまでは出来ると思うんだ」

 「え? 他に何があるんどすえ?」


 エレーナさんが出してくれた珈琲を一口啜ってから、自分で考えた今回のイベントクエストの流れを大まかに話す事にした。


 「今回のイベントクエストが百八十分だという事を考えると、初めは少しずつモンスター達が攻めて来るんじゃないかと考えているんだ」

 「ウチら三人もそう考えてたんどす」

 「でもこれはあくまで僕達がそう思っているだけに過ぎないのであって、モンスター達を影で指揮している謎のモンスターっていう奴が、いきなり総攻撃を仕掛けて来る可能性だってあると思うんだ」

 「た、確かにそうどすけど……」


 シャーロットは考えが詰まってしまったのか、徐に目の前のティーカップに手を伸ばした。


 「僕達が考えている通り、モンスター達が徐々に攻めて来てくれるのであれば、全員のLVも大幅に上げられると思うし、最後の方に仕掛けて来ると思われる総攻撃にだって耐えられると思う。でもそうじゃなくて、謎のモンスターっていう奴がいきなり総攻撃を仕掛けて来た場合、……まず回復役が足りない。HP、MP両方。みんなが守る城門まで僕が回復に回ると、僕は三つの城門を回らなきゃいけなくなる」

 「……確かにそうどす。可能性としてゼロやあらしません。ほしたらどうしはるんどす?」

 「その謎のモンスターっていう奴を発見次第、僕が単独で乗り込んで先にぶっ飛ばしてくるよ」

 「……ほな、その間二つの城門は誰が守るんどす?」


 そこなんだよなー。……何とかしてを連れて来るしかないんだよな。


 「実はもう一人、豚の喜劇団ピッグス・シアターズに加入予定のプレイヤーが居るんだ。しかも僕以上の実力者で最強のプレイヤーなんだ。その人を呼ぼうと思う」

 「なんやの、タケルはんはどすな。そんなプレイヤーが居てはるんやったら最初からうてくれはったら良かったのに」

 「それがその人、簡単には連れて来られなくて、今回のイベントクエストには間違いなく参加しないって言うと思うんだ。しかも超頑固な人でさ。僕がイベントクエストに誘って来てくれるかどうか分からないんだ」


 自身が作ったゲーム初のイベントクエストに、チートスキル持ちの雪乃さんが参加する……のは難しいだろうな。

 ……最悪色仕掛けでも使って口説き落としてみるか?


 「もしその人を連れて来られた場合は間違いなくイベントクエストは完勝出来るし、謎のモンスターっていう奴も瞬殺出来ると思う。でも、もし連れて来られなかった場合は、最初の案で何とかして凌ぐしかなさそうだよ。大量の魔力石を用意して、万全の体制で臨まないといけないけどね。だから、今から皆で武器、防具屋に行って装備を整えようと思うんだ」

 「さっきの情報交換で出て来はった、オリハルコンコーティングと魔力石の効果を吸収して貰うんどすな? ウチのギフト装備『海老茶式部』にも出来るんどすか?」


 先程鑑定スキルで調べたのだが、シャーロットの着物はやはりギフト装備だった。

 しかしこの装備もマリアさんやエレーナさんと同じで戦闘向きな防具ではなく、『魅了スキル』と『多言語カリスマトークスキル』が身に付くという物だった。


 「うん。オリハルコンコーティングは無理だけど、魔力石の効果は吸収出来るよ。それと装飾品も作って貰おう」


 ……そういや、ガゼッタさんが魔力石を十個持って来てくれって言っていたな。

 何に使うんだ?


 僕の道具袋にはグールの死骸が入ったままになっていたので、部屋のスペースに放り出してからどんどん魔力石へと封印して行く。

 そんな僕の様子をシャーロット、マリアさん、エレーナさんが唖然とした表情で眺めていた。


 「Mrタケルは色んな事が出来るのですね? 現実世界にMrタケルみたいな人が居れば凄く便利ですよね」


 しわがれたおじいちゃんの声で話すエレーナさんの声が僕の耳に届いて来た。


 ……沢山の荷物は持てないけど、僕、それ以外の事は大体現実リアルでも出来ちゃうんです。


 勿論そんな事が言えるはずもなく、全てのグールを魔力石へと封印し終えてから、ソファーで恐らく唐揚げの夢を見ているであろうくるみと、スヤスヤと眠るルシファーを起こし、シャーロット達の装備品と、くるみの新しい武器を受け取りにモルツさん達のお店へと歩いて向かった。


 しかし、今日は先客が居るみたいだぞ。


 「『POP☆GIRLS』の皆さんもログインされていたんですね! 連絡しようと思っていたんですよ」

 「や……タケル君、今ログインして来たの?」

 「おはようMIKOTOさん。そうなんだよ、少し前に――」


 幼女姿の足立さんへと視線を落とすと、視線の先にガゼッタさんが居た。

 ……お店の床に正座をさせられ、オデコにひん曲がって掛けられた眼鏡のレンズは割れており、頬には痛々しいピンク色のビンタの痕が幾重にも重なっている。


 ……おい、またやったのかよ!


 「タ、タケルさん、申し訳御座いません。彼女達の装飾品を無償で作る事になってしまいまして……。それでエフィル殿にお願いした魔力石は持って来て頂けましたか?」

 「……持って来ましたけど、もしかして助けて欲しいってこの事ですか?」

 「スイマセン! ご迷惑をお掛けします」


 ガゼッタさんが土下座スタイルへと移行した。

 ……ガゼッタさん、長年苦労して技術を習得したのに、全然利益に繋がっていないじゃないか! と思いつつガゼッタさんの前に屈み、仕方なく先程グールを封印した魔力石を十個置いた。


 「ほ、本当に申しわけない……」


 謝りながら魔力石に手を伸ばそうとしたガゼッタさんの右手を、愛刀雷切丸の鞘で上から押さえ付けた。


 「あぐっ」

 「……そういやガゼッタさん、以前に次はないですよって忠告しておきましたよね?」

 「ギクッ……も、申し訳御座いません」


 ガゼッタさんは俯いたままで僕の顔を見ようとはしない。


 「タケル君、いいのよ! 私達の装飾品も今後タダで作ってくれる事になったし、装備品にも何だか特殊な技術を使ってくれるみたいだし」

 「「「「ねー!」」」」


 足立さんの言葉に『POP☆GIRLS』の女性達が顔を見合わせながら声を揃えた。

 まぁ足立さん達がいいなら今回は許してあげようか。


 「……しかし、その分の魔力石は一体誰が持って来るんですかねー?」


 ちょっとくらい嫌味は言わせて貰おう。


 「……こ、今後とも宜しくお願い致します。タケル……様」

 「ガハハー! もうそのくらいにしてやってくれや! ほれ、出来上がったばかりのお嬢ちゃんの防具と、モルツから預かっている特殊な武器だ」


 お店の奥から姿を現したホルツさんが、くるみの防具とモルツさんから預かったという細長い四十センチ程の箱をカウンターの上に置いた。

 くるみはツカツカとカウンターまで歩いて行き、早速防具をメニュー画面から装備し始めた。

 今まで着ていた真っ黒の『革のドレス』から瞬く間に見た目が変化したのだが、ヴァンパイアっぽくはなくなった。

 今度の装備品は『小型竜ワイバーンのローブ』という物なのだが、頭からすっぽりと覆われた薄い水色のローブで、全体的にラメが入っているみたいにキラキラと光っており、そのローブの上から紫色の気持ち悪い翼と尻尾が生えている。

 ……何だか姿を隠して行動している女魔王みたいだな。


 「凄く綺麗……いいなぁ」


 くるみの姿を見た『POP☆GIRLS』のメンバーの一人、全身がペンギンの着ぐるみ姿で顔の部分だけが出ている小柄な女性、『あずさちゃん』さんがぼそりと呟いた。

 どうやらこのペンギンの着ぐるみはギフト装備みたいで、ガゼッタさんが理性を失った原因だと思うのだが、着ぐるみ部分の両目である凄く垂れ眼の瞳から、料理に使うお玉みたいな涙がブラブラとぶら下がっている。


 ……雪乃さん、もうちょっと可愛らしい着ぐるみは作れないのか?


 足立さんと梓ちゃんさんがくるみのローブをペタペタと触っているのだが、くるみはお構いなしにカウンターに置かれた細長い箱を片手で開けた。


 「……ちょっと、何よコレ」


 くるみが箱の中から取り出した物を手に持ち、引きつった表情のまま僕の方を振り返る。


 「……リコーダーじゃない?」


 うん。間違いなく音楽の授業で見た事のあるリコーダーだ。

 全体的に茶色でポコポコと穴が開いていて、口を付ける部分と反対側の底の部分だけが白っぽい。

 でも何故リコーダー?


 「それが私が考えた武器ですよ。私が考えた物をモルツさんに作って貰ったのです。この後タケルさんの家で実践しに行きませんか?」


 実践? 何があるんだ?


 「ええ、それは勿論。でもその前にホルツさん、ここに居る人達全員に出来得る限り最高の装備品を作って貰おうと思ったら、どれくらいの時間が掛かりますか? 今日……じゃなかった、後七時間以内に作って貰う事は可能ですか?」

 「最高の装備品って事ぁー、オリハルコンコーティングも含めてか? うーむ、流石に厳しいわい。既製品にオリハルコンコーティングを施すのであればギリギリ間に合うと思うのじゃが……」

 「ではそれでお願いしてもいいですか? お代は……今からお店の裏に、メタルスコーピオンの死骸を積んでおく分と、今日大量のモンスター達を狩って来ますので、その分でお支払いします」


 ミクリさん達から受けていたクエストの報告をしないといけないからな。

 それと今日のイベントクエストで討伐する強力なモンスター達四千匹分。これをホルツさんへの支払いに充てよう。

 

 モルツさんはくるみの武器であるリコーダーを作り終えてすぐに、倒れ込むようにして眠ってしまったらしい。

 何でもワイバーンの骨を削り出し、微調整を繰り返しつつ中を刳り貫いて加工して行く、というシビアな作業を、不眠不休で仕事していたこのタイミングでこなすのは流石に無茶だったみたいだ。

 お店の裏手にメタルスコーピオンの死骸を置ける分だけ放り出し、残りの分は道具箱に仕舞っておくので必要な時に声を掛けて下さい、とミクリさんに伝えてクエストの達成報告を済ませた。

 ホルツさんは早速作業に取り掛かってくれたのか、お店に戻ると既に姿がなく挨拶が出来なかったので、ミクリさんにまた後で装備品を受け取りに来ますと伝えた。


 ガゼッタさん、『POP☆GIRLS』さん達をぞろぞろと引き連れて自宅へと向かい、豚小屋部分で『POP☆GIRLS』さん達にも家の使用許可を出して、地下室へと案内する。

 僕も豚小屋部分の道具箱にメタルスコーピオンの死骸を仕舞い、逆に道具箱からワイバーンの死骸を五十匹程取り出し道具袋に仕舞ってから後を追う。


 「……ここがタケル君の家、なの? 全員入れなくない?」


 少し小馬鹿にする感じで自宅の入り口、豚小屋を眺めながら文句を言っていたビキニアーマーのリーダー加奈子さん。


 「ちょっと! この家が500,000ゴールドですって? 信じられない!」


 クラシック音楽が流れるモダンな地下通路を歩く頃には、我先にと通路を突き進み、立ち並ぶ扉を勝手にバンバンと開け始めた。

 ……住宅展示会に来たおばちゃんみたいになってるぞ?



 地下室のソファーセットで『POP☆GIRLS』さん達に寛いで貰うと、僕が何も言わなくてもエレーナさんが人数分の飲み物を用意してくれた。


 「……それでタケル君、私達をここに連れて来たって事は、やっぱりイベントクエストの事が関係しているのよね? 私達の装備品も無償で作ってくれたみたいだし」


 手に持っていたティーカップをテーブルに置くと、加奈子さんが話題を切り出した。


 「はい。実はその事で『POP☆GIRLS』さん達にお願いがあるんです」


 イベントクエストの事や作戦の事、僕達の事情を話せる所まで話す事にした。


 ……


 今この場に居る『POP☆GIRLS』さん達は十名なのだが、その誰もが僕の話を聞いて黙り込んでしまっている。


 「四千匹と強力なボスを相手に二十人弱で挑む……」


 口を開いた加奈子さんも無謀としか言えない数字を呟くのがやっとの状態だ。


 「まずデメリットからお話しすると、非常に危険だという事。死者が出るかもしれません」

 「……メリットとしてはLVが上がる、という事かしら?」

 「はい。それもありますが、今から皆さんにはヤマト国へ一緒に向かって貰い、全員に魔法を覚えて貰います。そしてイベントクエストまでの間、出来るだけ練習して貰います」

 「……魔法、私も魔法が使えるようになるの?」


 魔法という言葉を聞き、ペンギンの着ぐるみ姿の梓ちゃんさんがソファーから立ち上がった。


 「うん。すぐに使えるようになるよ」

 「……私はやる。イベントクエストに参加する」


 小柄な梓ちゃんさんが指のない平べったい手? で握り拳みたいな物を作り、やる気を出し始めた。

 というのも、この梓ちゃんさんのギフト装備『ペンギンスーツ』、武器が一切装備出来ないのだ。

 その代わり唱える魔法の効果がアップするのだが、梓ちゃんさんは未だ魔法を覚えていない。

 そして足立さんみたいに近接格闘が出来るわけでもない。……つまり今の所『POP☆GIRLS』では何の役にも立てていなかったのだ。


 「……仕方ないわね。梓の為にもチーム一丸となって戦いますか」


 梓ちゃんさんのやる気を見て、漸く加奈子さんもソファーから重い腰を上げてくれた。

 その様子を見て『POP☆GIRLS』のメンバー達が次々とソファーから立ち上がってくれた。


 「……MIKOTOさんはどうするの?」


 僕の隣に座っている足立さんはボーっとしたままだ。

 何か考え事でもしているのかな?


 「……あ、ご、ごめんなさい。勿論私も参加するわよ?」

 「どうかしたの?」

 「それがさ、さっきから山下君から面倒臭い程メッセージが入って来るのよ。昨日、地下道強行突破作戦前に出会って連絡先を交換しちゃったから……さ」


 面倒臭い、か。可哀相な人だな、山下君。……待てよ?


 「やま……え、えーっと、何だっけ? 梅お握り梅お握り……運命のお握り、じゃなかった。運命の鬼斬り……『運命ディスティニー・の鬼斬オーガブレイカー』だ! 彼もイベントクエストに参加させよう!」

 「役に立たないよ」


 足立さんに容赦なくバッサリと切り捨てられる山下君。……ホント可哀相な人だ。

 

 「いや、一人でも多い方がいいし、それに盾役くらいにはなるんじゃない?」

 「まぁ、タケル君がそう言うなら……」

 「彼は今何処に居るの?」

 「カヌット村で幹部会に出席しているとか言っているけど、多分嘘だし……。でもカヌット村に居るのは間違いないんじゃない?」

 「じゃあ今から僕が迎えに行くから、村の外で一目見て分かる恰好で待ってて! ってメッセージを送ってくれる?」

 「うん。分かった」


 流石にここまで来ればもう隠すのも面倒だと思い、みんなが見ている前で部屋のスペースに向かってワイバーンの死骸をじゃんじゃん放り出した。

 全てを魔力石へと封印した後、今度はヒュドラの死骸も放り出したのだが、地下室の天井にギリギリ届くか届かないか程のかなりの大きさで、もう少し大きければ地下室を壊してしまうところだった。

 地下道で道具袋に仕舞った時は、こんなに大きな奴だったと思わなかったんだけどなぁ……。

 今度からはデカい奴は外で魔力石に封印しよう。

 ヒュドラの死骸も魔力石へと封印したのだが、眩い光が収まり軽自動車程の超巨大な魔力石に姿を変えると、今までソファーに座り一言も声を発する事のなかったルシファーが、巻き髪を揺らしながら猛ダッシュで飛んで来た。

 


 「うん、分かった、分かったよ。この魔力石はルシファーの魔力を上げる為に使うよ」


 魔力石に飛び掛かって来たルシファーを手で制したのだが、如何にこの魔力石がルシファーにとって必要かという話を熱弁されてしまい、仕方なくルシファーの為に使う事になってしまった。


 「その代わり、今ルシファーの魔力を上げる為に使用しているワイバーンキングの魔力石は、ガゼッタさんに頼んで抜いて貰うよ?」


 ルシファーの返事を待たずに、僕が『POP☆GIRLS』さん達とソファーで話し合いをしている間も、ずっとくるみに新しい武器の使用方法をレクチャーしてくれていたガゼッタさんを呼び寄せ、ルシファーの魔力石を入れ替えて欲しい事や、みんなの装備や装飾品にはこの魔力石を使って下さいと伝えた後、真っ白な床に鮮やかな瑠璃色の魔力石を山積みにした。

 勿論アンデッドマスターの魔力石も今回装備に吸収させる為、床にドンと置いてある。


 「……成程、そういう事でしたら急いで自分のお店に戻って道具を取って来ます!」


 ガゼッタさんが駆け足で地下室から退出して行ったので、くるみにはそのまま武器の使い方を練習して貰い、みんなにはガゼッタさんが帰って来たら装飾品を作って貰ったり、装備品に魔力石の効果を吸収して貰って下さいと伝え、僕は一人でカヌット村の近くへと向かった。



 カヌット村を遠巻きから眺めてみると、若干ではあるのだが村の周囲を取り囲んでいたテントの数が減っている気がする。

 オリエンターナへと向かってくれたのか、それともファストタウン方面に向かったのかは分からないけど、とにかく何人かが移動を開始したのだろう。

 そんなテントの周囲の隅っこで、一人ダンスを踊っている大男が居る。


 ……うん。一目見て分かる恰好で、と足立さんにお願いしていた通り、とても目立っているよ山下君。でも恥ずかしいから近寄りたくないぞ!


 他のプレイヤー達からも怪訝な顔で見られている。

 嫌われるのはもう平気だけど、周りからと知り合いだと思われるのは嫌なので、アクティブスキル『霧隠れ』を掛けてからゆっくりと近寄った。

 一緒に瞬間移動出来る距離まで近付いた所で、他のプレイヤー達に気付かれる前に、ひとまずミノタウロス達を撃破した地下道の入り口まで一緒に移動した。




 「……フンフーン、フーン! オーフンフーンフーン、ズンズズンチャッチャ! ベイビーフーンフフン……カマン! フン! ……あ、あれ? アレ? 何処だここ?」


 目を閉じたままノリノリで踊っていた山下君は、瞬間移動した事にも気付かず、鼻歌交じりでステップを踏み続けていた。

 ルシファーが稀に見せる死んだ魚のような目で山下君を眺めながら、暫く放置していたのだが、漸く目の前に居る僕の事に気付いてくれたみたいだ。


 「……やぁ、山下君」

 「へ? や、山田君? ぶ、ぶははー! う、嘘だろ? 何だよ、そのアバターは!」

 「足立さんから何か聞いてる?」

 「ぶははー! へ? いや、何も聞いてないよ? ……どうしたんだ?」


 お腹を押さえて笑っていた山下君だが、真剣な態度の僕を見て笑うのを止めてくれた。


 「実は山下君にも、今日のイベントクエストに参加して欲しいんだ」

 「いや、そりゃー僕も参加したいよ? でも僕達じゃ行けないだろ?」


 真っ赤な髪色の頭は、台風でも直撃したの? と思わせる程ボサボサの髪型で、身長二メートルくらいある筋肉ムキムキの大男が、身体の前で両手を広げて肩を竦めた。

 映画なんかでアメリカ人がよくやるイメージの、あのポーズだ。

 因みに山下君の顔は、海外のマフィアみたいな強面で、頬に大きな傷痕がある。


 「じゃあ、ヤマト国に行ければ参加してくれるの?」

 「ああ、勿論だぜ! 僕が先陣を切って四千匹纏めて相手してやるよ!」

 「男に二言は――」

 「あるわけないだろ!」


 山下君の言葉を聞いた僕は、瞬間移動でヤマト国南門の前まで移動した。


  

 

 「じゃあこの門の所でイベントクエストの参加受付を済ませてくれる?」

 「……へ? ここ何処?」

 「ヤマト国の南門の前だよ」

 「どういう事だ? そういやさっきもよく分からない場所に居たし……。もしかしてバグか?」


 まぁ、バグはちょっとだけ正解なんだけど、少しずつ説明していくか。


 ……


 「四千匹と強力なボスを相手に二十人弱で挑む……」


 山下君が加奈子さんと全く同じセリフを呟き、その場にしゃがみ込んだ。


 「……無理だ! そんなの勝てるわけないじゃないか!」


 そのまま地面に向かって大声で叫んだ。


 「男に二言は――」

 「あるわけないだろ! でも絶対死ぬよ……。超痛いから死ぬの嫌なんだよ……。そもそも山田君はこの城門を二つも守れるのか?」

 「うん。そこまでは必ず何とかするよ」


 僕の言葉を聞いた山下君がスクッと立ち上がり、徐にメニュー画面を触り出した。


 「山田君、君の事を疑うわけじゃないけど……確証が欲しい」



 山下君から対戦PKの挑戦状が、僕のメニュー画面に送られて来た。


 「……本気、なんだよね?」

 「勿論だよ。そこまで言う山田君の全力を、この目で確かめたいから手加減はしないでくれよ?」

 

 山下君がゆっくりと歩いて距離を取り始める。

 

 「ルールは何でもアリ、一回でも攻撃を当てた方の勝利。どんな攻撃でもHPは十パーセントだけ減る、っていう条件でいい?」


 僕は自分の道具袋を漁りつつ、対戦PKの条件を山下君に確認して貰い、道具袋から取り出したものを下手投げで山下君へと放った。   


 「……こ、これは!」

 「僕に勝利することが出来れば、は山下君に返してあげるよ」

 「……絶対後悔させてあげるよ」


 山下君が片手で受け取った刀をメニュー画面から装備し直すと、視界に三十秒前のカウントダウンが表示された。 

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