第26話

 

 雪乃さんにメッセージを送った後、僕も少しお腹が減ったのでキッチンへと降りると、くるみがレンジでチンしようとしていたので慌てて止めた。

 僕がやってあげるからくるみは座って待ってなー、とか笑いながら言いつつも内心ドキドキだったのは内緒だ。


 「この後さ、魔法が使えるようになる場所に行く予定なんだけど、くるみは何魔法が使いたい?」


 チンした肉じゃがを二人で突っつきながら聞いてみた。


 「魔法か……そうね、あたしは自分で攻撃するの苦手だから、回復魔法でも覚えようかな」


 悪魔召喚と吸血と回復魔法か。物凄くバランスが悪そうではあるが、くるみが決める事だからな。


 「よし、今日はもう遅いしファストタウンで装備を整えて、魔法を覚えてすぐにログアウトしよう」





 「タケル、オリエンターナで魔法が覚えられるって言っていたけど、何処で覚えられるか分かっているのか?」

 「うん。さっきのお城みたいな建物の周りで既に見つけてあるよ」


 僕とくるみがファストタウンの家に戻って来ると、REINA以外の全員が既にログインしていた。

 光、火、水、土、風、雷、それぞれの神殿が、オリエンターナのお城を中心とした広場の周囲に点在していたのを確認済みだ。


 「タケルと別行動になってから、ヤングンのおっちゃんから色々と話を聞いておいたし、忘れる前に言っとくわ」


 どうやら源三が色々と話を聞いてくれていたみたいなのだが、話を聞く限りゲームの設定上の話みたいだ。

 グールとなってしまったハンスさん。その奥さんである、ヤングンさんの娘さんが妊娠した為、出稼ぎの為に家を出たハンスさんは、自身最後と決めていた警備の仕事で不運にも亡くなってしまったらしい。

 ヤングンさんは家族への手紙を持って自宅に戻ったみたいで、落ち着いたら家に寄ってくれと言われて、源三は地図を預かったそうだ。

 まだハンスさんの魔力石は預かったままなので、それは届けに行かないと駄目なんだけど、今すぐに行く必要はないな。


 『ごめんなさい! シャワー浴びてたら遅くなっちゃった。仕事終わりですぐにダイブしてたからどうしてもシャワーが浴びたくて』


 最後のメンバーREINAもダイブして来た。


 「よし、REINAも揃った事だし、早速装備を充実させてみんなで魔法を覚えに行こう!」


 




 「お兄ちゃん、あたしも指輪か何か欲しい」

 「いや、くるみは『小悪魔セット』があるから無理って言われたんだから仕方ないじゃん」


 ファストタウンでガゼッタさんのお店に向かい、僕と源三とREINAの装飾品を作って貰ったのだが、くるみの分は作れないと言われてしまったのだ。

 まぁ装飾品はひとり一つまでと言われていたからな。

 そして今回、僕達は初めてガゼッタさんの道具屋さんにお邪魔したのだ。

 凄く狭い店舗に、何かしら得体の知れない材料の入った大小様々な瓶が、床から天井まで続く棚に仕舞われていた。

 道具屋さんというより、漢方薬屋さんみたいな雰囲気だ。

 ガゼッタさんは趣きのある艶を放つ木製のカウンターで対応してくれたんだけど……みんなで店舗に入ると凄く狭かった。


 渡された僕の装飾品は腕輪だ。

 細かな金細工が施された細めのブレスレットに、オパールのように虹色に輝く魔力石をその場で填め込んでくれた。

 源三の装飾品はネックレスで、鮮やかな瑠璃色の魔力石をそのままギュッと縮小させた感じの細長い宝石が一粒輝いている。

 REINAの装飾品はティアラだ。

 掌サイズの控えめなデザインのティアラで、薄っすらと青みががった透き通る魔力石が、白銀に輝く台座に据えられている。


 『ど、どうかな? 自分では見えないから分からないよ』

 「うん。とっても可愛いよ」

 『……ありがとう』


 少し堅そうな毛の上に若干斜めにちょこんと乗っかってて、毛並みを堪能したい衝動を抑えるのに必死だ。

 僕の鎧とパンダスーツにも魔力石の効果を吸収して貰い、みんなの装備品には一通り魔力石の効果を吸収して貰ったので、お礼にとグールの魔力石を十個程ガゼッタさんにお渡しした。

 そしてガゼッタさんに『POP☆GIRLS』さんが来た時にも装飾品を作ってあげて下さいとお願いした。

 くるみの武器は現在制作中で、モルツさんの仕上げ作業待ちなのだそうだ。


 「よし、今度は魔法を覚えに行こう!」


 僕達はガゼッタさんに御礼を言い、オリエンターナへと向かった。

 



 『はー、いよいよ私も魔法が使えるのね! 何だかドキドキして来ちゃった!』


 REINAは大きな両手を胸に当て、深呼吸しながら歩いている。

 僕達はまず光魔法が覚えられる光の神殿へと向かい、光の精霊から加護を受ける為に、現在神殿内部をメンバー達全員で歩いている。


 「師匠、この建物の中で一体何をするの?」

 「光の精霊から加護を受けるだけだよ。すぐ終わるから、次は誰の魔法を覚えに行くか決めておいて」

 「へへーん、タケル。次は俺様の土魔法ってさっきじゃんけんで決めたぜ! 妹ちゃんが呼び出したモンスターが使った魔法も土魔法なんだろ? くー、俺ますます強くなるぜ?」

 「いや源三、最初からあんな強力な魔法は覚えられないから。地道に練習して行くしかないよ」


 みんなと雑談しながら足音が響く神殿内部を歩いて行くと、背中に僕達の身長程もある大きさの翼を生やした見覚えのある女神像が姿を現した。


 「くるみ、REINA、その女神像の前まで行って」


 二人が女神像の前まで歩いて行くと、女神像が胸の前で小さく広げている両手から、薄黄色の淡い光の玉が浮かび上がる。


 「「「「『おおー!』」」」」


 みんな大興奮だ。確か僕が初めて光の精霊を見た時は、これ程テンションは上がっていなかったはず。……変な格好の雪乃さんと会話していたからか?


 「よくぞ参られました、ヨルズヴァスの御子達よ」


 光の玉から優しい女性の声が聞こえて来る。


 「……タケル、ヨルズヴァスって何だ?」


 ……源三、僕と同じ事言ってるぞ! 僕は雪乃さんから聞いたけど、確かこれってチュートリアルで聞けるんだったよな? まぁ僕も未だにチュートリアルは聞いていないんだけど。


 「ゲーム内の大陸の名前であり、この世界を創造した神の名前らしいよ」

 「「「へー」」」


 何故か和葉とくるみまで頷く。……さては和葉も聞いていなかったな? くるみは……多分聞いていないだろうなーと思っていた。


 「さぁ、加護を求めし者よ、ここに跪きなさい」


 光の玉の言葉に素直に従い、くるみとREINAが女神像の前で跪く。

 すると、二人の全身をキラキラとした淡く優しい光が包み込んだ。


 「さぁ、お行きなさい! 旅のご加護があらん事を」


 光の玉はどんどん薄くなり、そのままゆっくりと消えて行った。


 「REINA、くるみ、魔法覚えただろ?」

 『ええ! 覚えたみたいよ! 今視界に出ているもの』

 「覚えたみたい。でも何だかあっさりしてるのね」


 REINAは興奮気味に立ち上がり、くるみは普段通りあっけらかんとした様子で立ち上がった。


 「後三か所回らないといけないから、みんな急いで行くよ」




 源三の土魔法、和葉の風魔法、REINAの水魔法を覚える為に神殿をハシゴした後、僕達は一度ファストタウンの家へと瞬間移動で戻った。


 「みんなに話しておく事があるんだ」


 地下室でそれぞれが覚えたての魔法を嬉しそうに試し打ちしている最中に、明日――というより時間的には今日なんだけど、イベントクエストが開催される事をみんなに話した。

 土方歳三のおっちゃんプレイヤーがマリアさんだった事も話した。


 『私は明日十九時くらいまでお仕事なの。でもイベントクエストには間に合いそうね』


 REINAは参加出来るみたいだ。毎日仕事大変そうだなー。


 「アタシは十五時まで部活だから、それが終わってからだし、大丈夫だよ」


 和葉も大丈夫と。部活って確か空手部だったよなー。


 「あたしはお兄ちゃんがログインしている間はずっとコッチに居るつもりだから」


 くるみも半ストーカー発言で参加OK、と。


 「フフフ、我が眷属よ、妾の力を愚民共に見せつける絶好の機会、逃す筈あるまい」


 ルシファーはいつも通り中二病全開でおかしなポーズを取りつつ参加、と。僕が言うのもなんだがルシファーは大体いつでもOKだな。


 「俺はさっき仕留めた牛田猛男うしだたけお現実リアルでもきちんと死んでいればOKだ。昨日一昨日と仕事を溜め込んでいるから、多分その日の内には家に帰って来られないだろう……。くそー!」


 源三は不参加かー。残念。


 「でもよータケル、イベントクエストって一体どんな事が起こるんだ?」

 「それはゲームによってバラバラだけど、この時にしか出ないモンスターが出たり、貰えるEXPの量が増えたり、LVが上がり易くなったり、レアアイテムが貰えたり、ボスが攻めて来たり、今も色々な憶測が飛び交っているらしいよ?」

 「げー! 何で俺だけそんなお祭りに参加出来ないんだよー!」


 源三は両手で頭を抱えて蹲ってしまった。


 「明日何が起こるか分からないけど、僕はお昼くらいからログインして様子を見ようと思っているんだ。だからみんなも出来るだけ早くログインして、新しく覚えた魔法を練習して欲しいんだ」


 メンバー全員が小さく頷いてくれた。

 今日はもう夜遅いから、みんなでこのままログアウトする事になった。


 明日のイベントクエスト、一体何が起こるんだ?




 自分の部屋に戻ると、くるみがそのまま僕のベッドで寝てしまいそうだったので、無理矢理起こして自分の部屋へと返した。

 僕も若干興奮気味に明日の事を考えながらベッドで横になると、疲れていたのかそのままスッと寝入ってしまった。




 コンコン。


 コンコン。


 部屋のドアがノックされる音で目が覚めた。

 カーテンの隙間から差し込む光は既に明るくなっており、枕元の目覚まし時計を手探りで手繰り寄せると……十一時二十五分。

 気を失うように眠っていたのか、完全に熟睡していた。


 コンコン。


 「はい、どうぞ」


 再びドアがノックされたので返事をすると、ドアの隙間から顔を覗かせたのは……アヴさんだ。


 『アヴさん、おはようございます、どうしたんですか?』

 『眠っているところを起こしてしまったみたいで、ごめんなさい』


 部屋に入って来たアヴさんの表情が凄く暗い。

 また勉強が捗らなくなってしまったのかな? とも思ったのだが、どうやらコイツが原因みたいだ。


 

 緊急クエスト内容

 ・コナが帰って来ません。探して来て貰えますか?


 クエストの依頼者 

 ・アヴ・イノイ


 クエスト成功条件

 ・コナを見つけ出し、無事に家まで連れ帰る


 クエスト失敗条件

 ・コナを見つける事が出来ない。又家まで連れ帰る事が出来ない。


 クエスト報酬

 ・EXP

 ・アヴ・イノイの感謝の気持ち


 クエスト難易度

 ・☆☆☆


 クエスト受諾条件

 ・なし



 部屋に入って来たアヴさんの頭上に赤色の『!』マークが出ていたのだ。


 『暗い顔して、何か困った事でもあったの?』

 『それが……コナが散歩に出て行ったきり、戻って来ないのですよ』


 アヴさんの表情は凄く真剣だ。


 『コナちゃんはよく散歩に行くの?』

 『はい、日本に来てからは毎日。……ですが今まではすぐに帰って来ていたのですよ』

 『今日は出掛けてからどのくらい帰って来ていないの?』

 『それが……もう三時間以上経ちます』


 三時間か……迷子かな? 何かあった……といってもコナちゃんなら大丈夫なんだけど、アヴさんが心配しているし迎えに行くか。


 『じゃあ、ちょっと探しに行って来ますから、アヴさんは僕の為に美味しい朝ご飯でも作って待っててくれる? すぐに帰って来るよ』


 緊急クエストを受諾してから、気を紛らわせる為に冗談っぽく言うと、アヴさんの表情が少しだけ和らいだ。



 一応外出するので、着替えを済ませながら索敵マップでコナちゃんを探す。

 ……おかしいな、近所にはいないぞ? もう少し広域表示に切り替えるか。


 ……


 ……居た。何処だコレ?

 今まで行った事のない場所だったので、場所の詳細は分からないのだが、僕の家から百キロメートル以上離れた場所だ。

 どうやってこんな場所に行ったんだ? そもそも何しに行ったの?

 学校方面とは真逆の方向だったので瞬間移動も使えず、仕方がないので少しだけ距離が近くなるエンテンドウ・サニー社へと向かう。

 サポートチームの車で送って貰おうかとも思ったのだが、探索マップと索敵マップを駆使して瞬間移動で向かった方が早そうだ。

 常に周囲に誰も居ない事を確認しつつ、視界に入る瞬間移動出来る最も遠い場所へと移動、という作業を繰り返して移動する。

 時には植木の中へ移動し、時には誰もいない車の下に移動し、時には知らない人の家の犬小屋へと移動する。

 移動を繰り返していると、何故かどんどん田舎方面――というよりも山の中へと向かって行った。

 途中から全く人気のない山道に入った為、自分で走った方が早いと思い、破れると困るので靴を脱いでから全力で向かった。


 ……コナちゃん、こんな場所で何しているんだ?


 遂にコナちゃんが居る場所を視界で捉えたのだが、凄く立派で真新しいログハウスだ。

 森の中でぽつんと一軒だけ建つログハウスの周りには、4WDのバンが数台止まっているのだが、これってもしかして……誘拐?


 まさかまさか。コナちゃんなら捕まえる方が難しいだろうに。……でもログハウスの周りには見張なのか、銀行強盗がよく被っている目と口の部分しか開いていない覆面を装着している奴が六人程バラバラに立っている。

 でも誘拐にしては人数が多い気がするな。

 ドラマとかだと犯人は二、三人のイメージがあるんだけど、現在このログハウスには……三十一人。多い!

 でもまぁ犯罪なのは確定してるんだよなー。

 ステータスで見る限り、見張り達はしっかりと日本で持ってはいけない武器を所持しているし。

 適当にチャチャっと片付けて、誰かから詳しく聞き出すか。


 『隠蔽強化』を掛けてから手もとに雷を溜め、まずは見張りの六人を瞬殺する。

 勿論人殺しはしたくないので 威力は抑えてある。

 声も出せない攻撃なのは四ツ橋誠の時に実証済みだ。

 ドアの所まで向かい、ガラス部分から建物の中を覗いてみると、コナちゃんが木製の椅子にロープで後ろ手に縛られて、口にはテープが貼られている状態だった。


 ……コイツ等、ぶっ殺してやろうか。 

 ウチの天使に何してくれてるんだ。


 こめかみの血管がピクピクと脈打っている事に気付き、落ち着く為にもその場で一度深呼吸をする。

 ゆっくりと感情を抑えてから、ログハウス内に居るコナちゃん以外の人間の位置を把握し、位置関係、話し方などをチェックして主犯を割り出す。

 どうやら四人掛けのダイニングテーブルで、両足を机の上にドンと乗せている男がリーダーみたいだ。

 目出し帽を装着しておらず、その顔立ちは日本人ではなく、体格の良い北欧風の男だ。

 足もとに転がっている見張り役の目出し帽を脱がしてみると、コイツも北欧風の男だった。


 海外の犯罪者グループか。


 まぁコナちゃんに危害を加えた時点で、コイツ等へのキツイお仕置きは確定しているのだが。


 屈んだままログハウスのドアをそろりと開け、雷を溜めた腕だけを忍ばせると、マシンガンを首からぶら下げ入り口付近に立っていた五人を【放電】で始末し、コナちゃんをイスごと瞬間移動でログハウスの外へと連れ出す。

 恐らく銃弾が当たったとしても平気だとは思うのだが、万が一にもレディーに傷を付けるわけには行かないので、コナちゃんの安全を優先した。


 ログハウスから一キロメートル程離れた場所へと瞬間移動したので、コナちゃんの口もとに貼られたテープを剥がし、【ヒール】を唱える。


 「随分と遠くまでのお散歩だね」

 「うん、誘拐だって」


 コナちゃんは椅子に座ったまま、自力で後ろ手に縛られたロープを軽々と引き千切った。


 「コナちゃん、それが出来るならどうして大人しく捕まったりするのさ」

 「……だってコナ、タケルお兄ちゃんと約束したから……」


 俯いたまま暫く黙り込んでいたコナちゃんが、呟くように口を開いた。


 ……え?


 「タケルお兄ちゃん以外には絶対に暴力を振るわないって約束したから。だから――」


 コナちゃんはそう言うと、僕の腰にしがみ付き顔を埋めた。


 『――うん、わかった。コナ、タケルお兄ちゃんと約束する。絶対に誰も叩いたりしない――』


 ……研究室で僕と交わした約束があったから抵抗しなかったのか。

 あの時のコナちゃんの無垢な笑顔が、約束の言葉と共に脳裏に浮かんだ。


 人造人間に改造されたと言ってもまだ八歳の子供。

 不安や恐怖もあっただろうに。


 ……コナちゃん、何て優しくて素直な子なんだ。

 こんな可愛い子を誘拐するとは、ア、アイツ等絶対に許さん! 何回か殺して生き返らせてやる。


 「コナちゃん、今度からこういう場合は相手が死なない程度になら攻撃していいよ。僕が許す」

 「……わかった」


 僕の足もとで小さく震えるコナちゃんの頭を優しく撫でつつ、乱暴な事をされた痕がないか調べたのだが、幸い衣服にも乱れた様子は見当たらず、大人しく椅子に座っていただけみたいだった。 


 「じゃあ、ちょっと行ってくるからここで待っててくれる?」


 僕の腰にしがみ付いたまま、コナちゃんは首を横に振った。


 「コナも行く」

 「……分かった。大丈夫だとは思うけれど一応隠れておいてね」


 コクリと頷くコナちゃんを連れて、僕達はもう一度ログハウスへと戻った。

 

 「絶対にこっちを見ちゃ駄目だよ?」


 ログハウスの外、薪置き場の陰で待機するコナちゃんに向かって、左右の掌で両目を覆うポーズを取り、コナちゃんにも同じポーズをさせてから、大急ぎで撤収準備をしていた犯罪グループへと怒りの鉄拳制裁をくらわせてやった。

 力を抑えよう、抑えようと自分に言い聞かせてはみたのだが、無理だった。

 詳しくは言えないが久しぶりに切れたね。真新しかったログハウスがボロボロだ。

 実際何人か死んだ。

 その後すぐに蘇生魔法【女神の誓約ヴィーナスアシェント】で生き返らせてから、もう一度【放電】で眠らせたわけだが、怒りで力のコントロールが上手く出来なかった。

 大暴れし過ぎて四回くらい死んだ奴も居た気がする……。


 ……


 『おい、言葉が通じるのは分かっているんだぞ』

 『……』


 主犯と思われる男以外は全て眠らせ、この男だけ回復させて尋問しているのだが、なかなか口を割らない。

 よしよし、仕方がないなぁー。


 「コナちゃん、ちょっとお外で待っててくれるかな? ここから先はコナちゃんに見て欲しくないんだ。車の運転でもして遊んでてくれる?」


 僕達の様子を見ていたコナちゃんの背中を押し、再びログハウスの外へと連れ出した。


 「……いいの?」

 「誰も見てないから平気だよ。……あ、でも足が届かないか」

 「うん、ちょっと無理かな」


 コナちゃんはそう言いつつも小走りで車へと向かってくれた。

 ログハウスの軋むドアを無理矢理閉め、コナちゃんが車に乗り込んだ事を確認し、笑顔のままツカツカと男の前まで歩みを進める。

 

 『……』

 『そうか、何も言わないのかー。じゃあ――』


 ブチッ!


 『ィギャーーー!』


 僕は北欧風の男の右腕を肩から引き抜いた。

 男の断末魔がログハウスに響き渡る。


 「【シャイニングオーラ】」


 男を回復させると男の右肩から先、腕があった場所が金色に輝き、その輝きが収まると男の腕が元通り生えていた。


 『痛っだ……ア、アレ? へ? ど、どどどうなって――』


 そして僕が抜き取ったはずの右腕は何処かへ消えてしまった。

 どうやら仮想空間で実験した結果通りの事が、この現実リアルでも起こるみたいだ。

 もう少し実験出来ればコナちゃんの体をもとに戻せそうだぞ! よし、もう一度――


 『まま、待ってくれ! 言う、言うよ! 何でも言うから止めてくれ! 頼む!』


 男は観念したのか、泣きながら縋りつく様に訴えて来た。

 何だよ、ここからが本番なのに!

 このマシンガンを体に埋め込んでから、取り出すまでの実験をやらせろよ!


 『俺達が今回の来日を知ったのは偶然だったんだ!』

 『来日? 誰の?』

 『誰のって、シャーロット王女に決まってるじゃないか!』


 ? シャーロット王女って京都弁のシャーロット王女?


 『親日家のシャーロット王女がお忍びで来日するのは有名な話だが、俺達は警備が手薄になるここ日本で王女を誘拐する為に、このログハウスで綿密な計画を立てていたんだ。そしたら今日町でひとりで歩いている所を、部下が偶然見つけて攫って来たんだよ』

 『何言ってんだ? お前らシャーロット王女も誘拐したのか?』

 『はぁ? アンタこそ何言ってんだ? 王女はアンタが連れているじゃねえか』

 『今車に向かったのはコナちゃん……で――』



 ……お、思い出した。

 OPEN OF LIFEの中で最初にシャーロット王女の名前を聞いた時に、何かが引っ掛かっていたんだ。


 ポケットから慌てて携帯電話を取り出し、シャーロット王女の画像をインターネットで調べてみた。


 ……完っ全にコナちゃんだ。瓜二つだった。  


 『M国は裕福な国だからよ、安全な日本だからと少人数でホイホイ出掛ける王女は俺達みたいな連中にとっては恰好の餌食だぜ? 狙っている奴等なんか五万と居るだろうよ』


 僕が引き籠っている時に、白髪の天使が居る! とインターネットで話題になった事があった。

 僕自身はその画像を見ていなかったけど、シャーロット王女の事だというのはその当時は知っていた。

 最近ではすっかり忘れていたけど。

 OPEN OF LIFEでのアバターは実際の姿で身長を伸ばし、髪と瞳を黒くしたのか。

 だからコナちゃんのお姉さんであるアヴさんに容姿が近くなったのか。


 『百億だろうが五百億だろうが、あの国な――!!!!』


 ちょっとうるさいからお前は黙れ。

 こっちは考え事で忙しいんだよ。

 って事は実はコナちゃんをひとりで歩かせるのは危険なのか?

 そもそもそんなに日本に来ているのか? お忍びって、犯罪者グループに来ている事がバレていたら、全然忍べていないじゃん。

 インターネットで調べる限り、シャーロット王女は現在十一歳。コナちゃんは八歳だけど、人造人間に改造されて身長が少し伸びたってアヴさんが言ってた気がする……。

 OPEN OF LIFEで見たシャーロット王女は、とてもじゃないけど十一歳には見えなかったぞ! 堂々と話していたし、『武士道』を纏め上げた手腕も凄かったし。

 日本語だって……何故か京都弁だったけど、十一歳であんなにもスラスラと話せるし。

 ……天才なのか? 王族のなせる業なのか?

 しかし画像を見る限り、似過ぎだろこれ。笑った時の天使具合なんかそっくりじゃね?


 「……タケルお兄ちゃん、車壊れちゃった」


 ウチのお転婆天使が車のハンドルとドアを持ったままログハウスに入って来た。



 

 その後誘拐犯達はもう一度放電でよく眠らせ、車に積まれていた大量のロープとテープで身動きが取れないようグルグル巻きに縛り、蓑虫みたいにログハウスの立派な梁から逆さ吊りにしておいた。

 何人か分のロープが足りなかったので、着ていた服を剥ぎ取りロープの代用として使用させて貰った。


 そしてコナちゃんが持って来た車のドアは、車内に強引に填め込み、ハンドルは運転席にそっと返しておいた。


 「さぁみんなが待ってるし、お腹も減ったし、帰ろうか」

 「うん」


 僕の隣で天使な笑顔を振り撒くコナちゃん。

 とにかく怪我なく無事でいてくれて良かったよ。

 

 「「ただいまー」」


 瞬間移動で自宅へと戻ったのだが、コナちゃんは僕が能力を使おうが魔法を使おうが特に何も言って来ない。

 まぁコナちゃんには、僕は秘密の魔法が使えるんだよ! と伝えてあるからな。

 何とも思っていないのか、気を遣ってくれているのか……。


 『コナ! 一体何処に行っていたのよ!』

 『アヴさん、ちょっと話があるから一緒に僕の部屋まで来てくれる?』


 玄関で出迎えてくれたアヴさんが、凄い形相でコナちゃんに怒鳴り付け始めたので、アヴさんの両肩を後ろから抱えて僕の部屋へと向った。


 「コナちゃんは先にご飯食べててくれる? 僕も食べるから全部食べちゃ駄目だよ?」


 コナちゃんにはリビングへと向かって貰った。



 ……


 『……というわけなんだ』


 今日起こった出来事と、コナちゃんがシャーロット王女にそっくりだという事をアヴさんに伝えた。

 僕の話を聞いたアヴさんが小刻みに震え出したので、もう一度両肩を抱き、ベッドへと腰掛けるように誘導した。

 僕もアヴさんの隣へと座り、もう大丈夫だからと言い聞かせつつ、アヴさんの両手を優しく握る。

 

 暫くそのまま時が過ぎ、窓の外から聞こえる雀の鳴き声と、時計の秒針が動く音だけが響く僕の部屋。


 『……はっ!』


 アヴさんが突然ビクッと体を震わせ、何かを思い出した様子で間近で僕の目を見つめて来た。


 『そう言えばコナ、洋服屋さんでモデルをやりましたけれど……大丈夫なのでしょうか?』


 ……忘れてた。確かにマズイな。


 『コナちゃんはそっくりなだけで、シャーロット王女本人ではないわけだから怒られる事はないと思うけど、もし何か言われたら僕が謝りに行くから大丈夫だよ』


 そして僕がコナちゃんのお仕事の分、もう少しモデル業をこなせば許して貰える……と思う。


 ぐー。


 静かな僕の部屋の中で、アヴさんに見つめられたまま僕のお腹が鳴り響く。


 『フフ、ごめんなさい。お腹減りましたよね? 私はもう落ち着きましたから平気ですよ。さぁ一緒にご飯食べに行きましょう!』


 タイミングがいいのか、悪いのか……。

 アヴさんの表情にようやく笑顔が戻り、勢いよくベッドから立ち上がると僕の右手をグイっと引っ張った。

 そのままアヴさんに手を握られたままリビングへと向かった。





 <少し困った事があったので、今からそちらに向かいます>


 遅い朝食を取った後、今日の事を雪乃さんに報告する為、メッセージを送ってから研究室へと向かった。


 「もうイベントクエストの対応は大丈夫なんですか?」

 「ああ、後はスタッフだけで処理出来る事ばかりだからな、サポートチーム!」


 整頓されたデスクでパンダステッカーの貼られたノートパソコンを触る雪乃さんが声を上げると、研究室のドアがすぐさま開き、サポートチームの男性がとても良い香りを漂わせながら二人分の珈琲を運んで来てくれた。


 「私は全く気付かなかったのだが、馬場がすぐに気付いて教えてくれたのだ。そしてタケルが居るから大丈夫だと思ったのだが、念の為にとアヴには携帯電話を持たせておいたのだ」

 「知っていたなら教えて下さいよ」


 やっぱりサポートチームの主任、馬場さんは凄く仕事の出来る人なんだな。

 その後、ログハウス内に誘拐犯達を放置して来たので、後処理をお任せしますと雪乃さんにお願いした。

 警察に連絡すると面倒な事になりそうだからな。


 そのまま二人でテーブルに向かい合い珈琲を啜りつつ、他愛のない雑談をした。

 僕が研究室のソファーの上に残して行ったメモの話。

 昨日もやっぱり遅くまで作業していたみたいで、雪乃さんのしどろもどろの言いわけ話。

 暗視スキルがあると、昼なのか夜なのか分かりにくいといったゲームの話。


 「もう十二時を回ってますよね? 今日のイベントクエストの内容は公式に発表されたんですか?」

 「勿論だ。タケルも参加するのか?」

 「そのつもりなんですけど、まだイベントクエストの内容を知らないんで……一体どんな内容なんですか?」

 「フフン、それはタケルがログインして自分で確かめてくれ」


 フフンと鼻で笑いつつ珈琲を啜る雪乃さん。やっぱりゲームの内容は話してくれないみたいだ。


 「どうせ僕はこの後ログインするんだから教えてくれてもいいのに。……そうそう雪乃さんの事、そろそろメンバー達に紹介しようと思っているんですけど、一度雪乃さんもログインして来ませんか?」

 「うーん、そうだなー。今回のイベントクエストが終わってからでも行ってみるか。……パ、パンダをこう、ワシャワシャと……ムフ」


 何やら口もとを緩めて指先をクネクネといやらしく動かす雪乃さんは、どうやらゲーム内でパンダと触れ合う事しか頭にないみたいだ。

 ……頑張れ、REINA。


 その後、雪乃さんは今から暫く寝ると言い始めたので、瞬間移動で自分の部屋へと戻った。

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