第25話
「MIKOTOさん、それで梅のお握り君は何処?」
「もう、ちゃんと名前で呼んであげなきゃ可哀相じゃない。でも彼なら確か作戦が始まってすぐ、『一番乗りだー!』とか叫びながら突っ込んで行ってミノタウロスの初撃で死んじゃったよ」
何と頼りにならない男だ。……もしかして山下君、その後アスモデウスの爆発魔法に巻き込まれて二回死んでいないよな?
源三の背中には、ビキニアーマーのリーダーがしなだれるようにしてピッタリと寄り添っているのだが、何が起こっているのか僕にはさっぱり理解出来ない。
僕が首を捻っていると、足立さんがそっと隣へとやって来て耳元で囁いた。
「リーダーはこのOPEN OF LIFEの中で新しい恋を見付けるんだって、ずっと張り切っていたのよ。ああ見えて実年齢五十一歳なの。これ、内緒の話ね」
足立さんは、
……源三、頑張れ。
心の中で源三を応援してると、洞窟から和葉達三人が飛び出して来たのだが――
「ガォー!」
和葉達が洞窟の外で倒れ込んだのと同時に、洞窟が怪獣ゴジ◯みたいに火を噴いた。
……今度は何をやったんだよ! ホント、問題ばっかり起こす人達だな。
「タケル君のパーティーの人達、何かあったのかな?」
「さぁ、僕には分からないけど……あ、LVが上がった」
「えー! うそー! いいなぁ。タケル君は今LV幾つなの?」
足立さんが狐耳をピコピコと小刻みに動かしつつ瞳をキラキラと輝かしている。
しょ、正直に答えるべきか、誤魔化すか……。
「お兄ちゃん、何だかまたLV上がったけれど、今度は何?」
「ああ、多分和葉達がモンスターを倒したんだと思うよ。くるみ、紹介しておくよ。この人はMIKOTOさん、僕の同級生なんだ」
くるみに足立さんを紹介したのだが、何故かくるみの尻尾がピンと縦に伸びきっている。
「は、初めましてMIKOTOです。学校ではタケル君の後ろの席なの。それでたまたま私達と、もう一人のクラスメイトがOPEN OF LIFEを持ってるという事で意気投合しちゃったの」
くるみは腕を組んだままだ。何だか機嫌が悪いな……。
「で、こっちが妹のくるみ。一つ下で今年受験生なんだ」
「へーそうなんだ。くるみちゃんはいつからこのOPEN OF LIFEをやってるの?」
「い、いやー、くるみは今日の十九時くらいから始めたばかりなんだよ! まだゲームの事とかよく分かってなくてさ」
「じゃあ今LVが上がったって言っていたけれど、LV2になったのかな?」
? そういやくるみのLVって今幾つだったかな……。
「今LV39に上がったわ」
「「……へ?」」
LV39? いつの間に……そうか、僕やREINA達がアンデッドマスター戦でLV1しか上がらなくても、くるみはどんどんLVが上がっていたのか。
あの時も五十匹程倒したはずだし、ここに来る間もシューティングゲームみたいにモンスター達を撃ち落としていたし。
極めつけはアスモデウスが土魔法で吹き飛ばした冒険者達。
あの数千人分のEXPがしっかりと僕達に入って来ていた。くるみの従者が倒した分も僕達にEXPが入って来るのは、アンデッドマスター戦で確認済みだが、冒険者達を殺してもEXPが入って来るのは内緒にしておいた方がいい気がする。
そして今もLVが上がったし……和葉達は一体何を倒したんだ?
「師匠ー! 洞窟内でヒュドラとかいう、どデカいドラゴンを倒したのよ! 悪いけれど死骸の回収に行ってくれない?」
「「「「ド、ドラゴンだとー!」」」」
和葉の大きな叫び声を聞くや否や、先程まで遠目から僕達の事をただただ傍観しているだけだった冒険者達が、我先にと洞窟へ猛ダッシュし始めた。
「ちょっと何よアンタら! アタシ達が倒したのよ!」
和葉が大声で冒険者達に注意しているのだが、数百人が一斉に走り去り、足を止める者は誰もいなかった。
「和葉ー、ちゃんと説明しただろ? 剥ぎ取りなんかは自分達が倒したモンスターじゃなくても出来るから、横取りされる心配があるよって」
「ご、ごめん師匠」
『タケル君、多分大丈夫だと思うわよ? 実はあの洞窟の中――』
REINA達が今まで何をやっていたのか説明してくれた。
……
ゴン! コン! バフ!
「痛ーい!」
「……うぅ」
『痛っ』
僕は和葉、ルシファー、REINAの頭にそれぞれ
ルシファーは死んでしまうかもしれないので、特別弱くした。
「危ないと感じたら迷わず退く! だろ? 何で無茶して戦ってんのさ。約束事は何処行っちゃったんだよ!」
「「『……だってー。ブツブツ……』」」
だってーとか何とか言いつつ、三人が顔を合わせブツブツと文句を言い始めた。
「まぁまぁタケル、三人共無事だったんだからそれくらいで許してやれよ」
「ったく源三は甘いよ。醸し出してる空気も甘いけどね」
「ぐへへー、いやー、さっき倒したミノタウロスの魔力石もあげちゃったんだよー」
源三はビキニアーマーのリーダー、『
はいはい、どうぞご自由に。
「でもREINAの話からすると、先程洞窟へと飛び込んで行った人達はみんな死んじゃってるんじゃないか?」
『それは仕方ないわよ、自業自得ってヤツね』
「……じゃあ、僕が行って取って来るよ」
「私も洞窟の入り口まで一緒に行くよ」
「それは駄目よー、あなたには色々と聞かないといけない事があるもの」
「へ? ちょ、ちょっと何ー?」
足立さんも僕について来ようとしたのだが、和葉に尻尾を乱暴に掴まれ持ち上げられると、REINA、ルシファーと一緒に、荷車の上へと連れて行かれてしまった。
……学校での僕の様子でも聞くつもりなのか?
僕一人で洞窟の入り口まで来ると……少し進んだ奥で冒険者達は見事に全滅していた。
200秒のカウントダウンが彼方此方で進んでいる。
まぁこの人達は欲に駆られた人達なので、生き返らせる必要もないな。
ヒュドラまでは結構な距離があったので、まずは息を止めて行ける所まで行こう。
酸素がないのは、僕の体だと平気な気がするのだが、念には念を入れておく。
猛毒耐性も習得しているのだが、実際体に毒と分かっていて息を吸うのは怖いのだ。
洞窟内を走って行くと、一度も息継ぎに洞窟外まで戻る必要もなく、ヒュドラまで辿り着く事が出来たので、ヒュドラの死骸を丸ごと道具袋へ仕舞い、瞬間移動で洞窟の入り口まで戻った。
よし、カヌット村へ戻ろう!
「お待たせー、ヒュドラの死骸回収して来たよ――って、ちょっと! 何やってんだよ!」
和葉に背中を足で踏み付けられて動けないでいる足立さんを救出し、【シャイニングオーラ】を唱えた。
「……」
和葉は両腕を組み、そっぽを向いたまま何も答えない。
僕が居ない間に何があったんだ?
「……あの、それがですね、最初は和気あいあいと和んでいたのですが、突然対戦PKの流れになってしまって、MIKOTOさんがやられてしまったのですよ」
和葉の代わりに答えてくれたのは、土方歳三さん。
……まだここに居たの?
「もう、何やってんだよ。とにかく一度カヌット村に戻るよ! ところで『POP☆GIRLS』さん達はこれからどうされるんですか?」
源三にくっ付いたまま離れそうもない、ビキニアーマーのリーダー加奈子さんに聞いてみた。
「そうねー、オリエンターナに行こうにも地下道が通れないんじゃ行けないし……」
「……そうですか。ちょっとパーティーメンバーで相談したい事があるので、会議していいですか?」
「どうする? 僕達はクエストで助けたヤングンさんがいるからオリエンターナへと抜けられるけど、『POP☆GIRLS』さん達も連れて行く?」
「それは別にいいけどよ、俺達と一緒に帰ったら、『POP☆GIRLS』のメンバー達も他のプレイヤー達から嫌われちゃうんじゃねーか? 壊滅状態にしちゃったんだしよ」
た、確かに源三の言う通りだ。僕達なら攻撃されても問題ないけど、『POP☆GIRLS』さんは他のプレイヤー達とLVも変わらないわけだし……。
「あら、貴方達カヌット村で何やらかしたのよ」
「ちょっと揉め事がありまして、殆どのプレイヤー達をぶっ殺して来て――ってちょっと! 加奈子さん、何で普通に話を聞いちゃってるんですか」
「だって、源三さんと片時も離れるのが嫌だったのよー」
……ずっと源三の背中にくっ付いたままだったのか。
「でもそういう事だったら残念だけれど私達はついて行けないわ……。貴方達とは実力が違い過ぎるもの。何だか攻略ペースも凄く早いみたいだし。源三さんと離れ離れになるのは悲しいけれど、連絡先は交換したし、私達はいつでも会えるもの……」
「……加奈子さん……」
源三と見つめ合う加奈子さん。
もう勝手にしてちょーだい。何なら源三ここに置いて行こうか?
「でも、出来ればひとつだけお願いがあるのよ、聞いてくれる?」
加奈子さんの表情が真面目なものに変わった。
「これからMIKOTOをタケル君達のところで預かって欲しいのよ。あの子は強くなる事に貪欲だし、私達と一緒に居るよりタケル君達と一緒に居る方が強くなれると思うのよ」
加奈子さんは僕に向かって深々とお辞儀をしている。
「「「『……』」」」
「俺はどっちでもいいぜ!」
僕一人では決められないのでメンバー達へと視線を送ると、女性陣からは無言のまま返事が貰えなかったのだが、源三は一応OKみたいだ。
加奈子さんは僕達の返事を待たずに、足立さんを手招きしてこちらに呼び寄せた。
「MIKOTO、今からタケル君達のお世話になりなさい。私達と居るより確実に強くなれるわよ!」
「……」
加奈子さんの提案を聞いて、足立さんは何かを考えるように暫く黙り込んでいる。
「……リーダー、私は今まで通り『POP☆GIRLS』でお世話になるよ。私がタケル君達のところに行っても、とてもじゃないけれど役に立てそうもないよ。魔法も使えないし、近接格闘でも和葉に歯が立たないし。『POP☆GIRLS』でこれからも楽しくやって行くわ。でもタケル君、たまには私も冒険に連れて行ってくれる?」
笑顔で首を傾げて「連れて行ってくれる?」と聞いてくる足立さんは何処か吹っ切れた様子だ。
……そうか、一緒に来てくれないのは少し残念だな。
「……うん、勿論だよ。因みにファストタウンの武器、防具、道具屋さんで僕達から紹介されたって言えば、装備を特注で作ってくれると思うよ? 一度行ってみてよ。でもお金は払ってあげてね」
「うそー! ホントに? 早速みんなで行ってみるよ! ちょっと、みんなー!」
足立さんはそのまま『POP☆GIRLS)』のメンバー達のもとへと駆け足で向かい、みんなではしゃぎ始めた。
「それと加奈子さん、僕達
僕は
「それは勿論、宜しくお願いします。でも私達で皆さんのお役に立てるかしら?」
加奈子さんは笑顔でしっかりと握手に応えてくれた。
その後僕達はメンバー全員で連絡先を交換し、今日は解散しましょうという事になった。
『POP☆GIRLS』のみんなは早速装備品を買いに向かうとの事で、一足先にファストタウンへと出発した。
「あれ? 土方歳三のおっちゃんプレイヤーは?」
「さぁ……、相手して貰えないから拗ねてどっか行っちまったんじゃねーか?」
し、しまった……。可哀相な事をしちゃったな。
マップで探し出して謝りに行こうかとも考えたのだが、面倒なので次に出会った時にでも謝っておこう。
僕達は瞬間移動でカヌット村へと向かったのだが、異様な光景だ。
約一万人から完全に敵視されているのだが、誰も何も言って来ないし、目も合わせて貰えない。
遠巻きにひそひそと言われているのは分かるのだが……。
「ぎゃははー、タケル、俺達完全に嫌われたな! でもここまで来ると逆に清々しいぜ! いいじゃねーか、嫌われ者上等!」
……ホント、源三の性格が羨ましいよ。
狭い村の中でヤングンさんを発見したのだが、宿屋の前で同じ場所を行ったり来たりとウロウロしていた。
「すいませんお待たせしました。どうされたのですか?」
「いや、宿屋の中で食事でもしようと思ったんじゃが、人がいっぱいで入れんかったんじゃよ」
あ、そういう事ね。多分冒険者で溢れているのだろう。
しかしこの雰囲気の中、ヤングンさん一人で居るのは心細かっただろうな。
「ヤングンさん、秘密の通路って洞窟の近くですか?」
「そうじゃな、洞窟からじゃと歩いて数分ってところかの……」
「では、今から早速向かいましょう」
他の冒険者達の視線が突き刺さる中、今度はヤングンさんも連れて瞬間移動で先程までいた洞窟の場所へと向かった。
ヤングンさんと洞窟の前まで瞬間移動して来たのだが、秘密の抜け道では荷車が通れるスペースがないと言われてしまったので、僕一人でファストタウンのモルツさん達のお店へと向かった。
まずは店の裏へ荷車を置き、そのままお店に入ろうとしたのだが、先客が居た。
おお、珍しく冒険者のお客さんかー! と思ったのだが、その冒険者を見て僕は自分の目を疑った。
……何でアンタがここに居るんだよ! 土方歳三!
僕はすぐさまお店の外に隠れて、アクティブスキル『霧隠れ』を掛けて気配を消した。
土方歳三のおっちゃんプレイヤーはお店で装備品を大量に購入しているみたいだった。
<みんな、先にヤングンさんとオリエンターナに向かってくれる? ファストタウンで怪しいプレイヤーを見付けたから、これから尾行してみるよ>
僕はメンバー達にメッセージを送った。
<先に行けって言われてもタケルはどうやってコッチに来るんだ?>
<僕一人なら、普通に地下道も通り抜けられるから大丈夫だよ。源三には情報収集を任せてもいい?>
<ああ、任せとけ!>
<他のみんなも、くれぐれも約束事を守るように!>
<<<<はーい>>>>
……大丈夫かな? 凄く不安だ。
まぁいい、まずはこの土方歳三のおっちゃんプレイヤーだ。
装備品をポンポンと買えるという事は
ステータスを確認してみるか。
……成程ね、そういう事か。謎が全て解けた。
気配を絶ったままおっちゃんプレイヤーを尾行する。
そしておっちゃんプレイヤーがファストタウンの敷地を一歩出た所で、一気に間合いを詰めた。
傷付けてしまわないように注意しつつ、瞬時に背後から雷切丸の抜き身をおっちゃんプレイヤーの喉元へと添える。
「動くな。少しでも動いた場合、このまま死んで貰います」
「……ひぃ、な、何でしょう」
おっちゃんプレイヤーは体と声をプルプルと震わせている。
「もうお芝居は無意味ですよ……マリアさん」
僕に背を向けているおっちゃんプレイヤーは震えをピタリと止めた。
おっちゃんプレイヤーのステータスに鑑定を掛けてみると、名前や装備品、スキル等がスルスルと書き換えられ、表示されたのはシャーロット王女の後ろに控えていた女官のマリアさんだったのだ。
「変わったギフト装備ですね『半蔵の忍び装束』。隠密スキルに加えて偽装スキルも付いてて、更にアバターの見た目も変更出来るとは。でも変装中は自分から攻撃出来ないみたいですね」
「……な、何者だ」
「やだなー、もう僕の声を忘れちゃったんですか? 逃走が無意味だと理解出来ているのであれば刀は仕舞いますけど、どうしますか?」
「……」
背後からの僕の問いかけに、マリアさんは沈黙を続けている。
「……分かった」
どうやら観念したみたいだ。
狸が変化するみたいに土方歳三のおっちゃんプレイヤーが一瞬煙に包まれると、銀髪で背が高い、黒い忍び装束を着込んだ男性の姿へと変身した。
しかしマリアさんは観念したかのように見せ掛けていただけで、懐に仕舞われていた短刀を抜いて僕に襲い掛かって来た。
「!!!」
「気が済みましたかー?」
当然マリアさんの行動は全て未来予知で見ていたので、攻撃される前に十メートル程離れた場所へと移動済みで、一連の行動を腕組みしながら眺めていた。
「……くっ」
マリアさんは短刀を懐に仕舞い、今度は全速力で逃亡を謀った。
おおー! 流石『移動速度上昇LV4』だな。なかなか早い! このスピードでオリエンターナへと抜ける地下道からファストタウンまで移動したんだな。
「逃走は無意味だと言ったはずですよ?」
僕はマリアさんの逃走進路上へと瞬間移動で先回りした。
「これ以上の追い駆けっこは無駄なんで、続けようとするのであれば、足を折らせて貰いますよ?」
僕の言葉を聞いたマリアさんは漸く観念したのか、その場に座り込んだ。
ふう、これでやっと話が出来る。
――と思ったのも束の間、マリアさんは懐に仕舞っていた短刀を取り出し、両手で逆手に握り直すと、躊躇なく自らの腹を掻っ捌いてしまった。
リアル切腹キター! いやいや、そんな事を言っている場合じゃないな。
お腹からドクドク血を流すマリアさんに【シャイニングオーラ】を唱えた。
……
「……逃げる事も、戦う事も、そして自ら命を絶つ事も出来ないのか」
「あのー、そんな事する必要ないんで、普通にお話出来ませんか?」
僕達はヤマト国へと向かう街道のど真ん中で腰を下ろした。
「まずは姿を偽ってタケル殿達と接触していた事をお詫びします。大変申し訳御座いませんでした」
マリアさんは土の街道で正座に座り直し、深く頭を下げた。
「いやいや、別に怒っているとかじゃないから、そんな謝る必要もないですよ? 正座も崩して貰って普通に座って下さいよ。でも理由くらいは話して欲しいかな」
笑顔で話す僕に気を許してくれたのか、マリアさんは足を崩し僕と同じように胡座を掻くと、ようやく重い口を開いてくれた。
「……シャーロット殿下からの命にて、今日の地下道強行突破作戦を偵察しておりました。そしてタケル殿達がカヌット村へ向かっている事も存じておりましたので、村で待機していれば出会えると思っていたのですが、タケル殿達が現れる事なく作戦決行の時間が来てしまいました。やむを得ず偵察任務の為洞窟へと向かい情報収集をしていると、村の方から物凄い爆発音がしたので慌てて村へと戻ったのです。するとタケル殿達が洞窟に向かって出発する直前でしたので、偶然を装ってあの森で――」
成程ね、カヌット村に居る冒険者=日本人って思い込んでいて、完全に油断していたよ。
土方歳三と言えば新選組で有名な人だし、如何にも日本大好きなシャーロット王女が付けそうな偽名だ。
もしかしてマリアさんも日本大好きなのかな?
「殿下は初めてヤマト国に来た日本人であるタケル殿の事を大変気に掛けておられました。今回の地下道強行突破作戦、殿下は必ず失敗すると予想していましたが、タケル殿が合流出来れば或いは――とも考えておられました」
「ふーん、やっぱり普段から日本人プレイヤー達の事は監視していたんだね」
「はい。……ですがタケル殿はどうしてその事に気付いたのですか?」
マリアさんは手に持った短刀で、街道に何やらガリガリと文字を書き始めた。
M国の言葉なのだろうか? ……僕、話せるけど、読めないんだよなー。
「僕がヤマト国に行った時、シャーロット王女が凄く怒っていたと思うんだ。確かに僕も日本人プレイヤー達はちょっと情けないかなと思ったんだけど、日本人がヤマト国に来ないだけでこんなにも怒るのかな? って少し疑問に思っていたんだ。その後カヌット村に到着した時に、僕も凄く嫌な出来事に遭遇しちゃってさ。その時に、あれ? もしかしてシャーロット王女もこの人達の事を知っているんじゃないかな? この事を知っているからあんなに怒っていたのかな? って思ったんだ。だからLVの高いヨーロッパの人達ならカヌット村まで偵察に来てる人がいるかもしれないなーって思ったんだよ」
僕も雷切丸を逆手に持ち、切っ先でガリガリと『仲良くしようよ』と日本語で掘ってみた。
「そうでしたか。何もかもお見通しだったLVですね。それはそうとタケル殿を鑑定した偵察隊からタケル殿のLVを聞いていたのですが、あれは偽装スキルで操作した物だったのですね?」
「いやー、そこは今はまだ答えられないなー」
『仲良くしようよ』の隣に、今度は『フフフ、ひみつ』と掘ってみた。
僕の掘る文字をマリアさんも見つめているのだが、マリアさんの口もとと聞こえて来る言葉に違和感がないので、普通に日本語を話しているのだとすると文字も読めるんだろうな。
「タケル殿に折り入ってご相談があるのですが」
「どうしたんですか? 急に改まって」
「……殿下と友達になってあげて欲しいのです」
マリアさんはその場でまたもや両膝を地面に着き、今度は両手も地面に添えた。
「殿下が『武士道』で管理しているシステムの事はご存知ですか?」
「ある程度は、ね」
「実は『武士道』内で不満を持っている者達が増え始めています。この状態で何かが起これば殿下は孤立してしまうかもしれません。そんな時に日本人であるタケル殿が友達として殿下を支えて下されば、凄く心強いと思います」
「いや、そもそも僕、ヤマト国に入れないし……」
「……タケル殿は今日ミノタウロス達を撃破した地下道から移動した後、ログアウトされましたか?」
「いや、していないよ? 僕達はあの後クエストを消化する為にカヌット村へと向かって、その後僕だけがファストタウンに来たんだ。もう少しで連続接続規定に引っ掛かるからログアウトしないといけないけどね」
「そうでしたか。だとすると、エンテンドウ・サニー社から出されている告知はまだご覧になっていませんね?」
へ? エンテンドウ・サニー社からの告知? そんなのが出ているのか?
「エンテンドウ・サニー社の告知は先程日本時間の二十四時過ぎに発表されました。内容は日付が変わって、本日の日本時間二十一時に緊急のイベントクエストが開催されるらしいのですが、そのイベントクエストの内容は日本時間十二時にゲーム内で発表されるみたいです」
イ、イベントクエスト? 一体何だろう。雪乃さんからは何も聞いていないぞ?
「私達のグループ内メッセージでも、現在様々な憶測が飛び交っている最中ですが、私にはどうも嫌な予感がしてならないのです。……お願いします、どうか殿下と友達になって貰えませんか?」
遂にマリアさんは地面に額を付けた。
「マリアさん、友達っていうのはお願いされてなるものじゃないと思うよ? まぁでも、何かあった時は必ず助けに向かいますよ。取りあえずマリアさんの連絡先を教えて貰ってもいいですか?」
「はい、勿論です! 是非宜しくお願いします!」
僕達はその場で連絡先を交換し合った。
「……因みにタケル殿は恐ろしい程の強さをお持ちのようですが、『武士道』の最強メンバー相手なら何人くらいまでなら同時に相手出来そうですか?」
メニュー画面を開いてる最中、マリアさんがこんな事を聞いて来た。
……うーん、『武士道』最強ねぇー。……仕方ない、正直に答えるか。
「また凄く答えにくい事を聞いて来るね。『武士道』最強メンバーがどのくらいの強さかは分からないけど、二千五百人くらいが相手なら戦う場所にもよるけど、三十秒もあれば十分だと思うよ?」
「……そ、そうで……すか、……三十秒、ぷっ」
マリアさんは口もとをヒクヒクさせつつ必死で笑いを堪えている様子だったので、恐らく信じて貰えなかったのだろう。
僕達はそのまま解散して、僕はオリエンターナへと抜ける地下道へと瞬間移動で向かった。
洞窟内は一酸化炭素だか二酸化炭素だかが充満しているだとか、酸素がないだとか言っていたので、息が続く限り全力で洞窟内を突き進み、限界が来れば入り口まで瞬間移動で戻り、呼吸を整えてから先程洞窟内最奥まで進んだ所まで瞬間移動で戻り、そこからまた息が続くまで突き進む、という作業を数回繰り返して洞窟をオリエンターナ側へと抜ける事に成功した。
『毒無効』のスキルを信用しろと言われそうだが、毒と分かっていて吸うのは非常に勇気がいる。
更に酸素がないとか言われたら、僕でも死んでしまうかもしれないじゃないか!
僕は他の冒険者達と違って復活出来ないんだよ。
索敵マップでメンバー達の居場所を確認すると、既にオリエンターナ内へと到達していたので、僕も全力で向かわせて貰う事にした。
洞窟を抜けた先は密林地帯で、背の高い植物やツタの巻き付いた大きな木、コケがびっしりと生えたモンスター等で溢れていた。
気温も洞窟の反対側とはかなり違い、こちら側の方が遥かに蒸し暑い。
よく分からない動物の声も響いているのだが、モンスターの声ではなさそうだ。
密林地帯を抜けたすぐ近くに街道が通っていたので、その街道に沿ってオリエンターナを目指す事にした。
三十秒程全力で走ると、四大主要国家のひとつである『オリエンターナ』を視界に捉えた。
ここも要塞都市だ。ヤマト国と同じく正方形で囲われているぞ。
これで四大主要国家は全て要塞都市である可能性が高くなったな。
ただしヤマト国と一か所違うのは、このオリエンターナの西側、僕が向かっている東門の反対側は運河に面しているという事。
この川幅が一キロメートル程はあろうかという運河には大小様々な船が浮かんでいるので、このオリエンターナの西側は港になっているのかもしれないな。
マップでオリエンターナを確認してみると、現在メンバー達は全員固まって移動している。
特に問題が起こっているわけでもなさそうなので、どうやら僕との約束をしっかりと守ってくれているみたいだ。
更にこのオリエンターナには、僕達以外のプレイヤーが姿を見せていない。
メニュー画面で確認してみても、ヤマト国は所有者が『武士道』となっているが、ここオリエンターナは空欄のままだ。
どうやら僕達が一番乗りみたいだぞ!
でも僕は別にオリエンターナを所有するつもりがないので、次にここを訪れた冒険者が所有すればいいと思っている。
源三の話を聞く限りかなり面倒そうだし、僕達はファストタウンで手一杯だからな。
城門に到着したのだが、門兵が四人立っているだけで検問等は行っておらず、普通に街の中に入る事が出来た。
恐らくこういった事も街の所有者次第で変わって来るのだと思う。
見上げていると首が痛くなる程の高さの城壁を潜り抜けると、遂にオリエンターナの街並が姿を現す。
僕はその光景に思わず立ち止まり、都会に初めて出て来た田舎者のように辺りをきょろきょろと見渡した。
おおー! 漢字だ、漢字の看板が町を埋め尽くしているぞ! 香港映画をみているみたいだ!
オリエンターナの街並は香港の昔ながらの繁華街といった雰囲気で、数階建ての色とりどりな中華風の建物、縦書き横書きの漢字の看板、様々な屋台と人々の喧騒がごちゃごちゃと大通りを支配していた。
この大凡一キロメートル四方の街中で、数万人という人々が生活していそうな繁栄ぶりで、カヌット村やファストタウンと比べると、大都会といった感じだ。
そしてこの大通りは街の中心部へと一直線に伸びており、その大通りの突き当り、街の中央と思われる部分には朱色の柱、まっ白の壁、深い緑の瓦屋根で構成された五重塔のような大きなお城が堂々と鎮座していた。
そのお城の周辺は人々が集まれる広場になっていて、メンバー達はそこで待機しているみたいだ。
「来た来た、師匠遅いよ! 到着しているなら先に連絡してよー!」
「ゴメンゴメン! ちょっとあまりにも街並が凄過ぎて圧倒されちゃってさ、忘れてたよ」
「お兄ちゃん、ルシファーさんから聞いたんだけれど、あたし達そろそろ――」
「そうなんだ。僕達時間が迫っているんで、みんなで一度ファストタウンの家に戻ってから十五分間、休憩ログアウトを取らない?」
僕達は接続規制を回避する為、十五分後に集合しようという事でファストタウンの自宅に戻ってから、みんなでログアウトした。
僕の部屋へと戻ると、今回は電気を点けたままログインしていたので、僕のベッドで横になってログインしていたくるみも普通に動く事が出来たみたいだ。
「……何だか変な感じ」
OOLHGを外したくるみが、寝癖の付いてしまっている髪を手櫛でささっと整える。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「ううん。そうじゃないよ。さっきまで居た世界が本当にゲームの中だったのかなーって思ったのと、今こうしてお兄ちゃんの部屋に居る事が、さ」
「そういやくるみは僕の部屋に入った事がなかったっけ?」
「うん……お腹減った。キッチンで何か摘まんで来る」
くるみは僕のベッドにショッキングピンクのOOLHGをボスッと置くと、足早にキッチンへと駆け下りて行った。
僕は少し雪乃さんに聞きたい事があったので、メッセージを送ろうとマップで雪乃さんの位置を確認してみると、十二畳程の研究室内で何名かが集まって何やらモソモソと動いているみたいだった。
<起きてるなら今から少しそっちに行ってもいいですか?>
<いや、今はマズイ。明日のイベントクエストの事で手一杯だ。スマン!>
そりゃそうか。OPEN OF LIFEで初のイベントクエストだもんな。
<くそ、せっかくタケルから連絡が来たのに! よし、イベントクエストは中止にしよう>
<何言ってるんですか。頑張って下さいよ。また明日そっちに行きます>
そのイベントクエストの事が聞きたかったのに。
どうやら答えて貰えそうもないので諦める事にした。
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