番外編 ルシファー、REINA、和葉の冒険

 

 オリエンターナへと続く地下道へと乗り込んだ和葉、REINA、ルシファーの三人は、洞窟の奥深くにて早々に暇を持て余す事態へと陥ってしまった。


 <……弱かったですね>

 <弱かったねー>

 <ちょっと! 弱かったねー、じゃないわよ! アタシの分は? そもそもルシファーちゃんは後方支援って言われてたじゃないのよ! どうして一番初めに魔法をぶっ放しちゃうのよ!>

 <……う、ご、ごめんなさい>


 タケルに言われていたミノタウロス二体を瞬く間に始末してしまったのだ。

 そしてREINAは会話が出来ないという理由で、この三人はメッセージでやり取りしている。


 <もう……しょうがないなー。ルシファーちゃん、コイツ等魔力石に封印しておく? 魔力減っているでしょ?>

 <ええ。減っていますけれど、先程の『煉獄炎焔プルガトーリョヴェスター』はしましたので、そこまで魔力は減っていないと思いますよ>

 <そ、そう? まぁでもコイツ等は魔力石に封印しておこう。このまま持って帰るの大変だし>




 <和葉さん、REINAさん、何だか洞窟の奥、様子が変じゃないですか?>


 和葉とREINAが二体のミノタウロスを魔力石へと封印していると、ルシファーから異変を察知したというメッセージが二人に届いた。


 <そう言われれば確かに。……変な音しない?>

 <この何かを引き摺っている感じの音の事?>


 和葉が右耳に手を添えつつメッセージを送ると、REINAも同じく自分の顔の右側に大きな手を添える。


 ……パンダの耳はそこじゃない事には、二人ともツッコミを入れなかった。


 三人が見つめる洞窟の暗闇の奥からなのか、それとも洞窟の入り口側からなのか、巨木を引き摺っている感じの音と、岩が削れる音が混ざり合った音がゴゴゴーと洞窟内を這うように響き渡る。

 しかもその不気味な音は、少しずつ大きくなっている。


 <何かが近付いて来ているのかしら? 二人共、気を引き締めて>

 <分かりました>

 <OK、任せて>


 和葉のメッセージを受けてルシファー、REINAがそれぞれ身構える。

 音の正体は分からないが、洞窟の奥側から確実に何かが近付いて来ているみたいで、次第に引き摺るような音は大きくなり始め、その音に合わせて微かな振動が三人の足もとに伝わり始めた。

 三人は無言のままで構えつつ、壁際で灯っている松明の前まで移動すると、明かりが逆光にならないように位置取った。


 背後からの明かりが全く届かない洞窟の深い闇を見つめる。

 恐怖からなのか、高揚感からなのか、三人の心臓が急激に運動速度を高め始めた。


 <ル、ルシファーちゃん、先制攻撃しましょう。さっき放った魔法、もう一発撃てる?>


 今の状況に耐えられなくなったのか、REINAから先制攻撃のメッセージが送られる。


 <それは大丈夫ですけれど、本当にモンスターなのでしょうか?>

 <こんな地響きさせて近寄って来る奴がモンスターじゃなかったら他に何があるのよ? 違ったらアタシが一緒に謝ってあげるから、強めに行こう!>


 和葉のメッセージを読んだ三人が顔を見合わせコクリと頷いた。


 (……さっきの『煉獄炎焔プルガトーリョヴェスター』より強め、か。タケルさんが詠唱時間を短くすれば威力を弱められるって言っていたし。……これくらいかな?)


 ルシファーが縦巻きのツインテールを揺らしつつ、左手で印を結び始める。


 「我、炎の精霊と契約を結びし者なり! 紅蓮の炎で焼き尽くせ!『煉獄炎焔プルガトーリョヴェスター!』……ぼそ【ファイアーボール】」


 洞窟の奥へと向けられた右手の掌から、小さな太陽のように燃え盛る火球が放たれた。

 カビ臭い洞窟の中を焦がしつつ、業火の炎が暗闇の中を突き進む。


 「ガゥガガーー!」


 火球が何かに着弾し、洞窟の奥が明るく照らされると同時に、耳を劈くモンスターの咆哮が洞窟内を突き抜けた。


 <ルシファーちゃん、急いでこの魔力石を使って魔力を回復させて>


 すかさずREINAが魔力石を手渡した。


 <え? でもこれ、勝手に使ってしまってもいいのでしょうか?>

 <良いに決まってるじゃない! 誰もそんな事で怒らないわよ! 源三が怒って来たらアタシがぶっ飛ばしてやるわよ!>


 三人がメッセージのやり取りをしていると、遂にモンスターの正体が明らかとなった。

 というのも、ルシファーの放った魔法がモンスターに着弾した際、偶然にもそのモンスターのすぐ脇、予め洞窟内に設置されてあった松明に飛び火した為、モンスターの姿を確認出来るようになったのだ。


 首が三本ある巨大なドラゴンだ。

 三本の首をそれぞれ窮屈そうに折り曲げ、洞窟の幅を目一杯使って三人が身構える方向へ歩みを進めている。

 松明の灯す暖色系の光では、鱗の色が青なのか緑なのか、ハッキリとした色は確認出来ない。

 胴体の割には短くて太い前足で、ピレートゥードラゴンやワイバーンキングのような空を飛ぶドラゴンではなく、四足歩行で地を這うドラゴンだ。


 <ちょっと、ヤバそうな奴みたいね。和葉さん、さっき攻撃出来なかった分、ここで頑張ってねー>

 <ちょっと、REINAっち! それ酷くない? どう考えてもコイツを一人でなんて無理よ!>

 <……今度のモンスターは丁度首が三つあるから、喧嘩しなくて済みそうですね>

 <<馬鹿ルシファー>>


 「「「ガゥーー!」」」


 和葉とREINAが珍しく冗談を言ったルシファーにツッコミを入れていると、ドラゴンがそれぞれのの口から雄叫びを上げつつ、洞窟内の天井や壁をガリガリと破壊しながら突進して来た。

 洞窟内に岩が軋む音を響かせ、洞窟全体が崩落してしまいそうな程の振動が、三人を更なる恐怖へと誘う。

 天井からパラパラと落ちて来る細かな岩の破片が三人の頭や首筋に当たる中、いよいよドラゴンが和葉達の目前まで迫った。

 和葉は咄嗟の判断でREINAとルシファーを両脇に抱き抱えると、ドラゴンの足の動きを慎重に見極め始めた。


 「ここよ!」


 そして己を奮い立たせる為なのか、大きく声を出してから突進して来たドラゴンの太くて巨大な足の間に飛び込んだ。

 三人のすぐ脇にドラゴンの足が振り下ろされる度、二人の少女と一匹のパンダの心臓が口から飛び出しそうになる。

 和葉は二人を両脇に抱えたまま、最後は地面に向かって倒れ込み、何とかドラゴンの後ろ足をも躱し切った。

 日頃から行われている鍛練の成果なのか、或いはただの偶然であるのかはさて置き、彼女達は何とかこの危機を脱する事に成功した。

 

 突進したドラゴンは急には止まれず、洞窟内の壁や床を破壊しながら前のめりに倒れ込むようにして、やっとの事でその巨体を止めた。

 地響きや轟音が洞窟内を駆け巡って行く中、すぐさま立ち上がった和葉達はドラゴンへと向かって身構える。


 <あ、危なかったわねー! でも今がチャンスよ! アイツは体がデカいから後ろへと振り返る事も困難なはず。倒れ込んでいる今の内に、後ろからボコボコにしましょう!>

 <分かったわ和葉さん! まずは和葉さんが『爆裂拳』で強烈なヤツを一発打ち込んでくれる? その後私の『清流突き』を放つわ!>

 <ではお二人が攻撃した後、私が全力で魔法を放ちます! お二人は私の後ろ側まで移動して下さい!>


 ルシファーがメッセージを送っている最中に、和葉は倒れ込んでいるドラゴンの巨大な尻尾の付け根まで既に移動して来ていた。


 「っしゃー! 『爆裂拳』!」


 全体重を乗せて打ち込んだパンチがドラゴンの右後ろ脚の付け根に突き刺さる。


 (……よし、行ける!)


 突き刺さった右腕を引き抜き、急いでその場を後にするのかと思いきや、何かを確かめると今度は急いで左足の付け根へと移動した。


 「『爆裂拳』二発目!」


 今度は威力というよりも急いで左拳を繰り出し、ドラゴンの左足へと突き刺すと、その場からなるべく離れた地面に慌てて飛び込み、うつ伏せのまま両手で頭を抱えた。


 和葉は一発目の爆裂拳を放った後、視界のアイコンからもう一発爆裂拳が打てる事を確認し、今までやった事がなかった二連発をこの土壇場でやって見せたのだ。

 爆裂拳には爆発するまでの間、多少のタイムラグがある事は、源三の身体で証明済みなのだが、逃げる時間まではないと考えて地面に飛び込んだのだった。


 和葉が地面に飛び込むと同時に、ドラゴンの右足の付け根が爆発し、巨大なドラゴンの足がスイカ割りで使用されたスイカ同様、木っ端微塵に弾け飛んだ。

 続けて左足も弾け飛び、ギリギリ皮一枚で繋がっている状態となったので、右足よりもその炸裂具合は小さかったのだが、これでドラゴンは左右の後ろ脚を失った事になる。


 「「「ゥゴォォ――!!」」」


 三つの口から狂ったように雄叫びを繰り返すドラゴンの背中に、今度はREINAが飛び乗った。


 『『清流突き』!』


 (今度は……ノーミスで行くわよ!)


 この清流突きはOPEN OF LIFEの中でも特殊な技で、技を繰り出すと本人にしか見えないターゲットが視界に出現する。

 技を繰り出すと体が水流に身を任せたように動くのだが、その制御は非常に難しく、初めて技を出した時は自分の体を上手く操る事が出来なかった。

 この小川を流れる落ち葉のように動く体を、視界に出現したターゲットのもとへと制限時間内に順番通りに導いてやると、清流突きは完成する。

 ただし、ターゲットから身体がズレてしまったり、順番を間違えてしまったりすると、技の威力が落ちてしまったり、技を繰り出した後の硬直時間が長くなったりしてしまうのだ。

 勿論制限時間内にクリア出来ない場合は、失敗となり技自体が発動しない。

 実際初めて技を繰り出した時には、制限時間内にクリアは出来たもののミスを連発し、攻撃が発動した後の硬直時間が物凄く長かった。

 タケルの目には、REINAが余裕を見せているように映っていたのだが全然そんな事はなく、ただただ動けなかっただけなのである。


 (今度のターゲットの数……げ、二十四? ちょっと、多くない? 初めて放った時より十個も多いじゃないのよ! ……でも一つも失敗せずに行くわよ!)


 清流のレイピアを前傾姿勢で構えたまま、REINAの身体が大きな滝を逆流するように、ドラゴンの背中をゆらゆらと駆け上がって行く。


 (十二、十三、十四……まだまだ!)


 遂にドラゴンの顔まで突き進み、パンダの身の丈よりも何倍もの大きさがある、三つの恐ろしいドラゴンの顔の間を縫うようにして、REINAの身体が流れて行く。


 (……二十二、二十三、ラストー! やったー! パーフェクト達せ――あれ、ええ? 最後のターゲット失敗? ちょっと! 判定厳し過ぎるんじゃない? 一体何処見てるのよ! ちゃんとターゲットを捉えたじゃないのよ!)


 ……ゲームシステムに文句を言っているREINAが辿った軌跡に、今度はマシンガンをぶっ放した時のような炸裂音を伴い、無数の刺し傷がドラゴンの体を抉り始める。

 ドラゴンの背中と三つの首と顔、それぞれに夥しい量の風穴を開け、ドラゴンは体を横絶えて力なく喉の奥を鳴らしている。


 <ルシファーちゃんまだ攻撃しちゃ駄目! 和葉さん、ルシファーちゃんを抱えて私が居る方向、洞窟の入り口方向まで急いで来て! 大急ぎで!>


 今度はルシファーが攻撃する番だったのだが、メッセージを受けたルシファーも和葉も、REINAが何を言っているのか理解出来なかった。

 しかしパンダが何やら必死で訴えかけているので、和葉はルシファーを脇に抱えると、ドラゴンの体をピョンピョンと軽快に飛び越えREINAのもとへ向かった。


 <一体どうしたのさ?>

 <このまま洞窟の入り口付近まで急いで移動しましょう! そこからルシファーちゃんの魔法で止めを刺すの!>


 和葉はREINAの考えがさっぱりと理解出来なかったのだが、ルシファーは何かに気付いた様子で洞窟の入り口方向を指差した。


 「何? アタシに向こうまで連れて行け! って言っているの? もうドラゴンは越えたんだから自分で走りなさいよ!」

 「……やっぱり?」


 和葉の脇に抱えられたまま楽しようとしたルシファーは、和葉にその場で降ろされ、仕方なく自分の足で走り始めた。

 

 洞窟の入り口まで後僅かという所で、三人は今一度洞窟の奥、ドラゴンがダウンしている方向へと振り返る。


 <あのドラゴン、もう死んじゃったのかしら?>

 <いえ、REINAさん。私達がドラゴンの上を通って来た時には、まだ生きていましたよ? 気持ち悪く、あ゛ーとか言ってました>

 <ねぇ、あのドラゴンの名前、『ヒュドラ』っていうらしいわよ>


 和葉がドラゴンをまじまじと見つめ、モンスターのステータスから自分達が戦っている相手の名前を、戦闘が始まって暫く経ったこの時にようやく確認した。

 というのもこういった作業は、普段ならば何も言わなくても全てタケルが一人でこなしている為、彼女達にはモンスターの名前を確認する、という他のプレイヤー達であれば当たり前の作業が習慣付いていなかったのだ。


 和葉からモンスターの名前を聞いて何か思う事があったのか、顎に手を当て一人考え込むような仕草を取るルシファー。


 <どうしたの? ルシファーちゃん>

 <……いえ、ヒュドラという名前を聞いた事がありまして>

 <何? 洞窟の外で冒険者達が会話しているのを、また盗み聞きしていたの?>


 因みに彼女、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーの二つ名はファストタウンのストーカーゴスロリ少女である。

 ファストタウンでパーティーメンバーを探している際、物陰から冒険者達を覗き見し、時には聞き耳を立てて情報収集していた事から、冒険者達の間でそう呼ばれるようになったのだ。


 <……そうではなくて、現実世界でインターネットで調べた事があったのですよ。ヒュドラと言えばギリシャ神話の怪物で、複数の首を持つドラゴンだったと思います>

 <確かに、複数の首を持つドラゴン。合ってるわねー。しかしルシファーちゃん、アンタそういうの好きそうだよね>

 <はい、神話が大好きなのでよく調べたりするのですよ! それで続きがありまして、諸説ありますがヒュドラはそれぞれの首で属性が違いまして、退治するには全ての首を同時に斬り落とさないと駄目だったはずです。一つの首を斬り落としても再生するみたいですよ>

 <へーそうなの? でもあの太い首を斬り落とすのは……私の清流のレイピアでは難しそうね>


 REINAは自身の右手に握られている、刀身の周りで螺旋を描いている流水を眺める。

 レイピアという武器は主に突きを攻撃の軸として使う為の剣なので、その刀身自体が非常に細く作られている。

 ヒュドラの太い首を斬り落とすのは非常に難しいといえるだろう。


 「ちょ、ちょっと見て! アイツ立ち上がった! げげー! 傷が再生してるよ」


 和葉の声にルシファーが指を差し、REINAの視線をヒュドラへと向けさせる。


 <うそ……、やっぱりルシファーちゃんの言う通り、三本の首を同時に斬り落とさないと駄目なのかしら>


 先程まで遠目でも確認出来る程に開けられていた無数の風穴が、すっかりと塞がっており、大きな図体が邪魔で確認出来ないのだが、立ち上がっている事を考えると後ろ脚も再生しているのだろう。

  

 <いえ……、先程その事で少し考えていた事があるのですよ。このヒュドラ、本当にこの洞窟で出現するモンスターなのでしょうか? 何だかサイズ的に違うような気がしてならないのですよ。壁も天井も一杯一杯でガリガリ削りながら移動しているし、三つの首もずっと変に曲がったままですし……>

 <言われてみれば確かに……。じゃあ何? アイツはただの迷子でこの洞窟に居るって事なの?>

 <もしかしてオリエンターナ側から入って来たのはいいけれど、体が大きくてUターンが出来ないから仕方なく前進して来た、とか?>


 「「『ププー!』」」


 一同が、そんな馬鹿な! という理由で笑い始めたのだが、実はREINAの予想通りだったのである。

 このヒュドラ、オリエンターナに生息しているモンスターでボス級の強さなのだが、洞窟の入り口で食料を見付けて飛び込んで来たものの、出られなくなってしまい、偶然今回の戦闘へと発展してしまったのである。

 しかしここがOPEN OF LIFEの世界だという事を考えると、ヒュドラの行動が果たして本当に偶然だったのか、それとも冒険者達に地下道を通行させない為のプログラムだったのかは、プレイヤー達に知る術はないのである。


 <……そう、それで先程の続きなのですが、もしかしたら前にしか進めない、というのが本当だとすると三つの首が属性攻撃、炎か水か風かは分かりませんが、それぞれを使って来ない理由にも繋がります>

 <成程ね! 自分の進行方向だし、燃えちゃったり凍っちゃったりすると困るものね!>


 パンダ姿のREINAがバフッと大きな手を叩く。


 <……はい。REINAさんが私達をこちら側、洞窟の入り口付近に呼んだ理由で、もしかしたらあのヒュドラを撃退出来るかもしれないのですよ>

 <おおー! ルシファーちゃん天才!>

 <ちょ、ちょっと二人だけで盛り上がっていないでアタシにもちゃんと説明してよー!>


 和葉のメッセージを無視して†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーが右手の掌をヒュドラ手前の地面へと向けつつ、左手で術の印を結び始めた。


 (さっき覚えた『獄炎大蛇ヴリトラ』だと洞窟自体が崩壊しちゃうかもしれないし……今回は、長時間燃えるこれで行く!  ……あ、それなら)


 ルシファーはヒュドラへと向けていた掌をそのまま自分の懐へと突っ込み、モソモソと漁り始める。


 (この魔法なら後ろへ吹き飛ぶ心配もないしを使っても壊れたり、傷が付いたりしませんよね)


 懐から出て来たのは、ルシファーのお気に入り、ファストタウンの武器屋で作って貰ったルシファー専用武器『小型竜ワイバーンの杖』だ。


 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーが右手で握った小型竜ワイバーンの杖をヒュドラよりやや手前の地面へと向けて構えつつ、左手を頭上高くに掲げ指先を意味有り気に軽くしならせる。


 「……我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり! 地獄の業火で卑しき天界を貫くがよい! 『天炎槍ジャベロットフィアンマ!』……ぼそ【ファイアウォール】」


 ルシファーが詠唱を終えると、ヒュドラが立つすぐ手前の地面が呼吸をするように、一瞬フッと赤く染まる。

 次の瞬間、巨大なヒュドラをも飲み込む業火が洞窟内で火柱を上げた。

 洞窟全体が揺れる程の爆音を伴い、凄まじい勢いで立ち昇った行き場のない火柱が天井を這うように伝い、洞窟全体を飲み込みつつ今度は和葉達をも襲い始めた。


 「ぎゃー! 退散、退散ー!」


 片膝を着いているルシファーを、和葉が大慌てで掻っ攫うように脇に抱え、REINAと共に洞窟の入り口目掛けて直走る。


 『ガウガウガウ!』

 「ゴメンREINAっち、何言ってんのか全然分かんない! メッセージを打つ暇がないよー!」


 ルシファーの『天炎槍ジャベロットフィアンマ』に追いかけられながら洞窟の入り口まで到着すると、今度はREINAがルシファーを抱えている和葉を抱え、洞窟の外の脇へと飛び込んだ。

 追い掛けて来た炎は和葉達が脱出した直後に洞窟の入り口から勢いよく噴出し、その後は何事もなかったかのように静けさを取り戻した。


 「いててー、ちょっとルシファー! やり過ぎよ! 何であんなに広範囲を燃やしちゃう魔法を放つのよ! 危ないじゃない!」


 <和葉さん、メッセージで! 取りあえず魔力を回復させて下さい>


 ルシファーは洞窟の外で転がったままの和葉から、先程ミノタウロスを封印させた魔力石を一つ受け取ると、腕をプルプルと震わせながら使用した。


 <いつもの火球ぶっ放すヤツで良かったじゃないのよ! 今の、無茶苦茶ヤバかったじゃない!>

 <和葉さん、ルシファーちゃんは考えて今の魔法を放ったのよ>

 <ええ? ……考えて?>

 <そう、広範囲魔法が最適だったのよ>

 <うー、あー、もう分っかんない! いい加減アタシにも教えてよー!>


 和葉は自分だけが状況を理解出来ていない事に段々とイライラし始め、寝転がったまま頭をガシガシと掻き始めた。


 <……ふう、何とか動けるようになりました。実はヒュドラには炎以外の別の攻撃を仕掛たのですよ>

 <はい? 炎以外の攻撃? ルシファーちゃん、いつの間にそんな魔法覚えたのよ!>

 <フフ、そうじゃないよ和葉さん。魔法はルシファーちゃんの火魔法よ?>


 REINAが少し和葉を揶揄うように笑いながら、和葉の肩を大きな手でポンポンと叩いた。


 <アタシだけ除け者にして……二人してアタシを虐めるのね>

 <……和葉さん、攻撃内容は……ただの酸欠ですよ>

 <……さ、酸欠? 運動した後にハァハァってしんどいヤツ?>


 ルシファーの答えを聞いても未ださっぱり分かりませんといった様子の和葉。

 ……彼女は勉強が苦手みたいだ。


 <和葉さん、ルシファーちゃんは広範囲魔法を使う事で、洞窟内の酸素を燃やし尽くしたのよ。つまりヒュドラが吸う酸素はなくなり、一定量以上を一度に吸うと意識を失い死に至るという一酸化炭素の濃度を上げたのよ>

 <そう、REINAさんが私と和葉さんに、洞窟の入り口側へ急いで来て! とメッセージを送って来たのはこの為だったのですよ。私も途中まで気付かなくて、あのまま魔法を放っていれば私達も洞窟内で死んでいたかもしれません。よく小説なんかでは、洞窟内で火魔法は絶対に使うなと出て来る事を、REINAさんに言われて思い出したのですよ>

 <……へー、そ、そうなんだ>


 二人から説明を受けてもよく分かっていない様子で、和葉は視線を斜め上へと泳がせながら頬をポリポリと掻いている。

 ……やっぱり彼女は勉強が苦手みたいだ。


 <最初に『煉獄炎焔プルガトーリョヴェスター』をヒュドラに当てた時に、私達の方向に突進して来たのも、息が出来なくて苦しかったからなのかなぁって思ったのですよ。だからこのモンスターがヒュドラだと分かった後も、移動もままならないあの巨体ならば、もしかしたらこの方法で撃退出来るかもと考えたのです>

 <ふーん。アタシにはよく分からないけれど……あ、LVが上がったわ。どうやらヒュドラがくたばったみたいね>


 三人でメッセージをやり取りしていると、いつもお馴染みの『ピコーン!』という音が脳内に響き渡り、視界にはLVアップの文字が表示された。

 各々がLVアップを確認すると、誰からともなくハイタッチをし始めた。


 <さぁ、みんなに報告しに行きましょう! LVアップの舞はその後みんなでしましょう。ヒュドラの死骸は……どうやって回収しましょうかしら?>


 REINAのメッセージを受けて、それぞれがお互いの顔を見合う。


 <師匠なら息を止めたまま、ちゃーっと行って、ぱーっと持って帰って来るわよ>

 <……タケルさんなら、やっちゃうね>


 「「『あははー』」」


 三人は大笑いしながら、皆が待つ荷車の場所へと向かって駆け出した。

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