第24話


 200秒のカウントダウンが進んでいた冒険者達は次々と姿を消し、聖の大神殿へと送られたみたいなのだが、現在の神殿内部の様子を想像するのが怖い。

 僕は未だに行った事がないのでどんな場所なのか知らないのだが、ゲームでよく見られる神官の前や台座の上や棺の中など、特定の場所で復活するのであれば一気に数千人と送られて来た場合、一人が復活してその場所を移動しない限り次のプレイヤーが復活出来ないのだろうか?

 大渋滞が起こっていたり、復活した人の上でどんどん重なるように次のプレイヤーが復活し、圧し潰されて圧迫死……、なんて事は流石にないか。はは。


 全力で荷車を引いて小さな森へと突っ込む。

 道は細く、荷車で通るにはかなり狭いのだが、荷車を宙に浮かせて少し斜めにすれば通れない事もない。

 今のところパーティーメンバーで落車した者はいないので、このまま一気に突っ切ろうと思う。

 ……何名かから泣き言が聞こえて来てはいるのだが、無視させて貰っている。


 森の途中、前方に進行方向が同じと思われる男性の冒険者が、きょろきょろと辺りを見渡していたので迷子かと思い、スピードを緩めて話し掛けてみる事にした。


 「すいませーん、もしかして地下道強行突破作戦に向かっているんですか?」

 「ああ、そうだよ! 僕は速攻でやられてしまって、聖の大神殿からこうやってもう一度作戦に参加する為に向かっているのだよ。……アンタら見ない顔だな。も、もしかしてアンタがタケルっていうプレイヤーなのか?」


 何だ? 何で僕の名前を知っているんだ?

 全身に革装備を纏い、腰に刀を差した、見た目おっちゃんプレイヤーが僕をまじまじと見つめて来たので、コクリと頷いた。

 どうせ目的地も同じだしと思い、その男性の冒険者を荷車の上に乗せ、会話出来るスピードで進み始めた。


 「助かったよ、ありがとう。僕の名前は土方歳三ひじかたとしぞう。見た目の通りオッサンだ。まぁそこはいいとして今日の作戦、タケル君達も参加するのだろ?」

 「そうなんですけど、ご覧の通り大分遅刻してしまいまして。申しわけない」

 「POP☆GIRLSのMIKOTOさんが凄く熱心に皆を説得していたのだよ。凄く強力な助っ人だから、もう少しで必ず来るから、それまで作戦決行は遅らせよう! って」


 うう……、足立さんに凄く悪い事してしまった。……後で謝ろう。


 「タケル君は『軍神オーディン』というプレイヤーを知っているかい?」


 軍神オーディン? 何だっけ、何処かで聞いた事がある気がするのだが……。


 「タケル、軍神オーディンって確か、企業からのスポンサードを受けて色々なMMOゲームをプレイしている、言わばプロのMMOプレイヤーがそんな名前じゃなかったか?」

 「あーそうだ、確かそんな名前だったよ。源三よくそんな事知ってたね」

 「仕事の関係でそいつの名前をちょっと耳にした事があってな」


 仕事の関係? 源三はゲーム会社で働いているのか? 雪乃さんの部下とか言うんじゃないだろうな?

 しかしそんなプロみたいな奴も予約販売の抽選に当選していたのか。 何だか大人の力が働いている気がするのだが……。


 「そう、その軍神オーディンがね、ギルド組織『戦場の女神ヴァルキリーア』のトップなのだけど、その人が定刻通り作戦決行を指揮したのだよ」

 「そうなんですか。それで作戦の方はどうなんですか? 上手く行きそうでしたか?」

 「いやー、それは僕に聞かれても分からないよ。すぐに死んじゃったからさ。あははー」


 おっちゃんは少し恥ずかしそうに、あははーと笑ながら革製品の兜をガシガシと掻いている。


 「……でも、今のままだと作戦は多分失敗するよ」


 おっちゃんの声が少しだけ低く真面目な声質に変わった。


 「どうしてですか?」

 「うーん、まずね、偵察に行っていた人から聞いたのだけどさ、事前に受けていた情報とモンスターの種類が全然違ったのだ。更に強力なモンスターは二匹だったはずなのに洞窟内には三匹居るし……」


 え? それ駄目じゃん。すぐに撤退しなきゃ。


 「それで、幾つかのパーティーの代表が作戦の延期を進言しに行ったみたいなのだけど、軍神オーディンがそれを全部突っぱねちゃって。しかも軍神オーディンの指揮が滅茶苦茶なんだよ」


 おっちゃんの話を聞いていると、僕達は遂に森を抜け、目の前には天までそそり立つ岩肌が剥き出しの山、というよりも壁が姿を現した。

 壁へと向かうまでの大地は荒れ果てており、草木も生えていない。

 その壁の付け根には、トンネルの入り口みたいな洞窟が大きく口を開けていた。

 かなりの広さみたいだけど、そういやOPEN OF LIFEに来て初めての洞窟だな。


 「あそこですよ、タケル君。あの洞窟を入ってすぐの場所に作戦本部が――」

 「「「「ぅわぁぁーーー!!」」」」


 おっちゃんが話していると、その大きな洞窟の入り口から大量の冒険者達が叫びながら溢れ出て来た。

 僕達の方へと一目散に向かって来ているので、どうやら作戦は失敗してしまい、撤退するみたいだな。

 おっちゃんの話を聞く限り、軍神オーディンもたいした奴ではなさそうなので、まぁ当然の結果と言えば……、とと、そんな事よりまずは足立さんを探さねば。

 全速力でこちらに向かって走って来るプレイヤー達は、カヌット村に居たプレイヤー達とは違い、萌えな要素を持ちつつもきちんと装備を整え、ゲーム攻略に取り組んでいる姿勢が見られるので安心した。

 あんな人達ばっかりだったらどうしようと思っていたからな。


 「土方歳三さん、どのプレイヤーがあだ――MIKOTOさんか分かりますか?」

 「ええ、勿論ですよ! 僕も今一生懸命探しているのですが……見当たりませんね。……あ、あそこ! あそこに居るのはPOP☆GIRLSのリーダーの方ですよ! あのピンクのビキニアーマーを着ている人です!」


 おっちゃんが指差す先へと視線を向けると……凄くエロエロな恰好をした女性が、色んな場所ををブルンブルンさせながら走って此方に向かって来ていた。

 この人に話し掛けるのは凄く勇気がいるのだが、足立さんの居場所を聞かないと!


 「すいませーん! POP☆GIRLSのリーダーさん!」


 大きく手を振りながら呼んでみると、そのエロエロな恰好をした女性が僕に気付いたみたいで近寄って来てくれた。


 「はぁ、はぁ、ここは危険よ、早く逃げなさい! 作戦は失敗よ!」

 「MIKOTOさんを探しているんですけど、見当たらないんですよ」


 女性は膝に両手をついて肩で息をしているのだが、僕の言葉を聞いた後、身を乗り出して僕の容姿を確認し始めた。


 「え? MIKOTO? ……って事は貴方がMIKOTOが言っていた健君……なの? ぷふっ」


 女性は話をしている最中に、急に俯いてしまったのだが、それ絶対に笑っているのを誤魔化したよね?

 

 「……ごめんなさい。MIKOTOから聞いていた話とアバターが随分と違ったものだから思わず、ね。それでMIKOTOなら……あれ? さっきまで私の後ろに居たはずなんだけれど……」


 ビキニアーマーのリーダーはキョロキョロと辺りを見渡した後、POP☆GIRLSのメンバー達に足立さんの事を聞いて回ってくれた。

 今この場所にPOP☆GIRLSのメンバーが十二名。

 そしてステータスを見るとPOP☆GIRLSは十三名で構成されていたので、足立さんだけがこの場に居ない事になる。


 「すいません、メッセージで呼び掛けて貰ってもいいですか?」

 「そ、そうね、その方法があったわね! ちょっと待ってくれる? ……」


 ビキニアーマーのリーダーがメッセージを送っていると、遂に一匹のモンスターが噴煙を巻き上げつつ二人のプレイヤー達と戦闘を繰り広げながら、洞窟から飛び出して来た。


 一人は全身を真っ赤な装備で固めた二刀流の男性。背中に羽織られている真っ赤なマントには、格闘家のトランクスのように様々な企業のロゴマークや企業名が入っており、プレイヤーの名前は軍神オーディンとなっている。

 ……あの衣装、自分で縫ったのか?


 もう一人は黄金色の獣耳、獣尻尾を生やした幼女、名前がMIKOTOとなっている。

 見つけた、足立さんだ!


 どうやら二人でモンスターと戦い、殿しんがりを務めながらここまで来たみたいなのだが、そのモンスターの姿を見て……ガックリと肩を落とした。

 強力なモンスターだと聞いていたから、どんな奴が出て来るのだろうとワクワクしていたのに、八メートル級のモンスターで血走った目玉がギョロリとした牛の顔、全身筋肉質で濃紺の体毛を腹筋以外に纏い、大斧を携えた二足歩行の獣。


 ……仮想空間で何度も倒したミノタウロスだった。

 コイツ、こんな所で出て来る奴だったのかよ。はぁー、……がっかり。


 「どうしたの師匠? ため息なんか吐いて」

 「いや、もっと凄いのが出て来ると思っていたのに、弱いのが出て来たんだよ。和葉なら楽勝で倒せる奴だよ」


 僕の言葉を聞いていたビキニアーマーのリーダーが僕の事を睨んで来た。


 「馬鹿な事言わないでよ! あんなの倒せるわけないでしょ!」

 「いやいや、ウチのパーティーメンバーなら誰でも倒せますよ。何なら誰か一人で倒しましょうか?」

 「え? 何……言ってるの? 死にに行くような物じゃない」


 頭おかしいんじゃないの? とでも言わんばかりの表情で僕を見るビキニアーマーのリーダー。

 仕方がない。ここはルシファーの魔法一発で――


 「タケル、アイツは俺にやらせてくれ」


 源三が小型竜ワイバーンのアギトを手に取り、ゆっくりとミノタウロスへと向かって歩みだした。

 急にどうした、何があった? と聞こうと思ったのだが、源三の眼を見て何も言えなくなった。

 他のメンバー達もいつもの源三と全く違う雰囲気を感じ取ったのか、揶揄ったりせずに無言で源三を送り出した。


 ……源三の眼、完全に血走っていた。


 みんなと話している間も常に足立さんの動きに注意しつつ、何かあった時にはすぐにでも救出に向かえるようにと身構えていたのだが、どうやらその必要はなさそうだ。

 足立さんの動きは凄く良くて、軽快なフットワークでミノタウロスの攻撃を難なく躱している。

 ミノタウロスの動きがしっかりと見えているみたいだ。

 臆する事なく立ち向かえているのだが、如何せん火力不足でダメージが与えられていない。

 このままではいつまで経ってもミノタウロスを撃破する事は難しそうだ。


 そして軍神オーディンの動きも悪くはない。

 流石に色々なMMOゲームをプレイして来ているだけあって、戦い方という物を熟知している動きなのだが……何というか、動きがセコイと言うか、必ず自分が被害を受けない位置取りをする攻撃スタイルだ。

 ミノタウロスに足立さんを攻撃させて、その隙に後ろからコツコツと斬り付けて削る。

 これだと足立さんにだけ物凄く負担が掛かってしまうぞ!


 洞窟から退散して来た数百人のプレイヤー達が、僕達が来た森の手前で足を止め、戦況を見守り始めた。

 ミノタウロスと対峙している華麗な動きの足立さんと、二刀流の軍神オーディン。

 そこへ歩いて近付いて行った源三が到着した。


 「…… ……」


 足立さんが源三に向かって何か喋っているみたいなのだが、何を話しているのかまでは聞こえない。

 そしてどうやらここまでみたいだ。

 意識が源三に向いてしまっていて、ミノタウロスの攻撃を全く見ていない。

 僕は神速ダッシュで足立さんの近くまで向かい、瞬間移動出来る範囲まで近付いた。

 ミノタウロスから巨大な斧での攻撃が足立さんに向かって振り下ろさる中、瞬間移動で足立さんのもとへと辿り着き、掻っ攫うように抱き抱えると、再び荷車の所まで瞬間移動で戻った。


 「……ゴメン、。遅くなっちゃって」


 素直に謝った。

 足立さんは自分に何が起こったのかよく分かっていない様子だったのだが、瞬時に状況を理解してくれたみたいだ。


 「……もう、あれ程二十三時三十分からだよって念を押しておいたのに」

 「ヒーローは遅れて到着するからヒーローなんだよ? ……って言いたいところだけど、完全にただの遅刻です。ごめんなさい」

 「……馬鹿」


 僕の腕の中にお姫様だっこされ、すっぽりと納まっている幼女姿の足立さん。

 学校で見掛ける足立さんをそのままギューっと縮めた容姿、いや、ちょっと頭が大きめかな? 4頭身くらい?

 キッズサイズの革の鎧と、拳には格闘家が装着している薄手の茶色いオープンフィンガーグローブを装備しており、頭には三角に尖った獣耳、お尻の部分には幼女の身長程もあるフサフサで、フワフワな先端部分が細くなっている、墨汁を付けた習字の筆みたいな形状の尻尾が生えている。

 獣耳、獣尻尾共に黄金色で、尖った先端部分が若干白っぽく染まっている。


 ……き、狐?


 「……師匠、いつまでそうやっているつもり?」

 「ちょっと、あたしのお兄ちゃんから離れてくれる?」

 

 背後の荷車の上に立つ和葉から殺気と突き刺さる視線を浴びせられる中、くるみが僕の腕の中で頬を赤く染めている足立さんの尻尾を両手で掴むと、僕の腕の中から強引に引っこ抜き、そのままポイっと近くに投げ捨てた。


 「ちょ、あなたいきなり何す――げげ! 和葉だ! あなた、もう一度私と勝負しなさいよ」


 岩肌の地面に突っ伏していた足立さんが起き上がり、和葉に気付くとすぐさまファイティングポーズを取り始めた。


 「ふん、いい度胸してるじゃない。いいわよ、受けてあげるわ。ただし、今のアタシは全く手加減出来そうにないわよ?」


 ……何故か対戦PKが始まってしまった。

 和葉から漏れ出す殺気が大変な事になっている。

 足立さん、LV差があり過ぎてとてもじゃないけど無理だと思うよ?

 しかも何だか和葉の機嫌が超悪い。……死なない程度に頑張れ。


 ルシファー、REINAは傍観者となっていて、荷車の上に腰掛けている。

 そしてルシファーはいつも通り日傘を差し始め、その隣にくるみも腰掛けた。


 『タケル君、ポップコーンか何か持ってないの?』

 「お兄ちゃん、あたし唐揚げが食べたーい」 

 「そんなの持ってるわけないじゃん。僕は何でも屋さんじゃないよ?」

 「あのー、お取込み中申しわけないのですが……」


 僕達が和葉VS足立さんの対戦PKを見学しようとしていると、横からPOP☆GIRLSのリーダーが話し掛けて来た。

 何か用なのかな? 僕はこの対戦PKが終わった後、すぐに足立さんを回復させないといけないから目が離せないんだけど?


 「……健君のお仲間の方、死にそうですよ?」

 「は? いやいや、和葉は死なないよ。寧ろあ……MIKOTOさんの方が心配なんですよ」

 「いえ、こちらの対戦PKの事ではなくて――」


 ビキニアーマーのリーダーが申しわけなさそうに、あっちあっち! と洞窟の入り口付近を指を差した。


 ……源三が血まみれだった。


 ちょ、何やってんだよ源三!

 慌てて源三のもとへと向かい、隠蔽強化を掛けてから【シャイニングオーラ】を唱えた。

 すぐ隣で200秒のカウントダウンが進んでいる、軍神オーディンは無視しておいた。


 「源三どうしちゃったんだよ! こんな奴、アンデッドマスターに比べれば全然大した事ないだろ?」

 「……このモンスター、ミノタウロスが俺の上司のクソ係長、牛田猛男うしだたけおにそっくりなんだよ!」


 そっくりなんだよ! と叫びながら再びミノタウロスへと小型竜ワイバーンのアギトを構えたまま突っ込んだ。


 ……はい? どういう事?


 「テメー、牛田猛男! いつもいつもしょーもない雑用ばっかり俺に押し付けやがって! 新聞ばっかり読んでねーで、コピーくらいてめぇで取れよ! てめぇの後ろに置いてある機械は何なんだよ! 私物置きじゃ――ぐはっ!!」


 ミノタウロスが野球のバットをフルスイングするみたいに、水平に繰り出した斧による攻撃で、叫びながら突っ込んで行った源三はぶっ飛ばされ、僕の立つ手前までゴロゴロと転がって来た。


 「【シャイニングオーラ】源三! 攻撃までが長いよ!」


 ルシファーの呪文詠唱より長いよ! しかも何叫んでんの? 仕事の愚痴?

 ……このミノタウロスが係長にそっくりって……。怖いよ。


 「ジムに通って無駄に付けたその筋肉は一体何の為に付いてるんだよ! 女子社員の尻を触る為か? ギョロっと飛び出した気持ち悪い目をしやがって! テメー女子社員達から何て呼ばれてるのか知ってんのか? この変態マッスルが! 俺らには威張り倒すクセに課長や部長には気持ち悪いくらいペコペコしやがって! 無理な事は無理ってちゃんと言えよ! 部下が迷惑すんだろうが! それと職場に鉄アレイを持ってくるな! 必要ねーだろうが! たまには仕事――ぐばっ!」


 リプレイ映像を見ているんじゃないかと錯覚するくらいに、先程と全く同じ攻撃で此方に吹き飛ばされてくる源三。

 ……これ、終わらないんじゃね? しかも詠唱? がさっきより長いよ!

 源三は溜まりに溜まったストレスの為か、完全に我を忘れてしまっているのだが、こんな時はどうすればいいんだ?


 「【シャイニングオーラ】源三、……POP☆GIRLSの女子達にカッコイイところ見せなくていいの? 今のままだと超ダサいよ? 連続斬りでもぶっ放して頼りになるところを見せ付けて来なよ!」


 ダメもとで言ってみたのだが、源三の目が普段の目の色に戻った。


 「……あのビキニアーマーのリーダーも俺に惚れるかな?」

 「余裕で惚れるよ」

 「……っしゃー!」


 そして普段通りに女性を見た時と同じく、鼻の下もだらしなく伸びている。

 多分ビキニアーマーのリーダーは源三に惚れないのだが、そこは終わってから言えばいい。


 小型竜ワイバーンのアギトを下段に構えて突進する源三。

 先程までと同様、ミノタウロスが水平に大斧をスイングして来たのだが、源三が下段に構えていた小型竜ワイバーンのアギトを斬り上げて、大斧をミノタウロスの遥か後方へと弾き飛ばした。


 「『連続斬り』」

 

 ミノタウロスの懐に飛び込んだ源三から、ユニークスキル『連続斬り』が発動した。

 斬り上げの動作のまま上段に構えられていた大剣が、源三の剣速を越えたスピードでそのまま縦に振り下ろされ、ミノタウロスの胴体を浅く切り裂く。

 縦に切り裂いた勢いで荒れた地面に突き刺さってしまった大剣を、両手で引き抜きつつ更に前方へと踏み込み、右回りで一回転しながら前方やや上方に弧を描くように左薙ぎを放つと、ガードの姿勢を取っていたミノタウロスの両腕を斬り飛ばした。

 両腕を切断した後も回転した勢いを殺さず、そのままもうひと回りして今度は水平に小型竜ワイバーンのアギトをフルスイングすると、ミノタウロスの両膝の下辺りを一刀両断した。

 両手両足を源三に切り離されてしまったミノタウロスは一瞬の間を置いた後、その場で文字通り膝から崩れ落ちドスンと地面を揺らしながら巨体を転ばせた。


 「牛田猛男、討ち取ったり!」


 ミノタウロスの頭の上に飛び乗った源三は、勝ち名乗りを上げつつ小型竜ワイバーンのアギトを両手で逆手に持ち、頭上に大きく掲げてからミノタウロスの後頭部へと全体重を乗せて深く突き刺した。


 その瞬間、戦況を見守っていた数百名の冒険者達から割れんばかりの大歓声が沸き起こった。


 「ちょ、あの彼、一体何者なの? 凄いじゃない! さっきまでと動きが全然違うじゃない!」


 ここは源三がヒーローになる場所だと思った僕は、一足先に荷車へと瞬間移動で戻って来ていたのだが、ビキニアーマーのリーダーが興奮気味に僕の所へ駆け寄って来た。


 「【シャイニングオーラ】怒りで我を忘れていただけで、普通に戦えばあんなもんだよ? 源三は」


 和葉に背中を踏み付けられたまま動けないでいる足立さんを回復させつつ、ビキニアーマーのリーダーに説明したのだが、何処か様子がおかしい。

 足立さんに手を伸ばして和葉の足もとから救出し、ビキニアーマーのリーダーがフリーズして動かなくなってしまったと伝えた。


 「どうしたらいいの、これ? 壊れちゃった」

 「どうしたらって言われても、恋愛は自由だし……私達にはどうする事も出来ないよ」


 ……ん? おかしなワードが出て来たぞ? 恋愛? 誰が誰に?


 頭の中に大量の『?』マークを浮かべていると、ビキニアーマーのリーダーが源三に向かって走り出した。


 「タケル君、まだ安心出来ませんよ! さっきのミノタウロスがあと二体洞窟の中に居るんですよ!」

 「え? そうなの?」


 おっちゃんプレイヤー、土方歳三さんが教えてくれたのだが、ミノタウロスがあと二体か……。


 「和葉、REINA、ルシファー、洞窟の中に今のミノタウロスがあと二体居るらしいんだけど、三人で行って来てくれる?」

 「『任せて!』」


 和葉、REINAは退屈していたのか、威勢良く返事をした後、二人で競い合うように洞窟へと駆け出した。


 「ルシファーは二人の後方支援だよ!」


 前を行く二人の後ろを控えめに走って行くルシファーに作戦を伝えておいた。


 「お兄ちゃん、あたしは?」

 「くるみは今日散々暴れただろ? 今回は留守番」

 「ちぇー」


 くるみは少しいじけた様子で尻尾をだらんとさせたまま荷車の上に座り直したのだが、POP☆GIRLSのメンバー達から、背中の翼と尻尾の事で質問攻めにあっている。


 「足立さん、洞窟から出て来る時、殿を務めていたみたいだったけど、一体どういう状況だったの?」


 やっと二人きりで会話が出来そうなので、足立さんに色々と聞いてみる事にした。


 「そうそう! 聞いてよ山田君……あ、ここではタケル君、って呼ばなきゃだね。私の事もMIKOTOって呼んでよね! や……タケル君、私の事何度も足立さんって呼んでるよ?」

 「そうだったね、ゴメン。それで?」

 「うん、まずね、あの軍神オーディンっていうプレイヤーの事知ってる?」



 そこから色々と話を聞いたのだが、どうやら今回の作戦、軍神オーディンにとって、かなり追い込まれた状況だったみたいだ。

 スポンサードを受けていた企業から、これ以上OPEN OF LIFEで結果が残せないのであれば援助を打ち切ると言われていたらしい。

 これは直接軍神オーディンから聞いたわけではないので、本当かどうかは分からない、とも言っていた。

 そして他のMMORPG同様、このOPEN OF LIFEでも他のプレイヤー達を束ねて指揮を執っていたみたいなのだが、ここで軍神オーディンにとって大きな誤算が生じたみたいだ。

 というのも、ここOPEN OF LIFEでは痛みが実装されているので、他のゲームみたいに盾役になってくれるプレイヤーが居なかったのだそうだ。

 そして命令しても聞いて貰えず、力尽くで言う事を聞かせようにも、相手プレイヤーと同じくらいの強さ、もしくは相手プレイヤーの方が強い状況だったので、それも出来なかったらしい。

 まぁ普段から格闘技の練習をしている和葉みたいな人じゃなくて、普段はゲームしている人だからなー。

 足立さんは今回の作戦で、僕達が来るまで待って貰えなかった事にも納得がいかなかったみたいで、洞窟から撤退している最中に軍神オーディンを見つけてその事で詰め寄ったらしい。

 で、そのまま軍神オーディンとバトルに発展したそうだ。

 二人で戦っている最中にミノタウロスが襲い掛かって来たので、仕方なくこの場は休戦という事で二人でミノタウロスを相手にしていた、という事らしい。


 しかし、この狐の毛というのは実に素晴らしい。

 フワフワ加減といい、密度といい、指通りといい、ピコピコと小刻みに動く耳といい、最高じゃないか!


 「……あ、あの、や……タケル君、ちょ、ちょっと」


 ふむ、流石に顔を埋めるのはもっと十分に堪能してからでないとモフモフ様に失礼だが、こうやって尻尾の毛先でサワサワと肌を撫でた時の感覚はまさに絶品。


 「タケル君、さ、触り方が……あ、あの」


 洞窟の奥からもドンパチ音が聞こえて来るし、地響きもここまで伝わって来る。

 メンバー達も思い思いにゲームを楽しんでいるのだろう。

 次は匂いを――


 「……タケル、お前何やってんだ?」

 「何ってそりゃ……」


 ……何やってんだ僕は!


 いつの間にか僕は荷車の上で胡座をかいており、その太股の上に幼女姿の足立さんがすっぽりと納まる感じで座っているのだが、無意識で足立さんの獣耳、獣尻尾を堪能してしまっていた。

 完全に無意識だったぞ! 気が付いたらこうなっていたのだが、源三に言われるまで全く気が付かなかった。

 話を聞いている最中に、尻尾がフサフサだなーと思ったところまでは覚えているんだけど……。


 「ご、ごめんなさいMIKOTOさん。つい無意識に触ってしまってました」

 「……も、もう。や……タケル君、駄目じゃないの!」


 足立さんを胡座の上から降ろし、僕は土下座スタイルへと移行した。


 「申し訳ありません。何でも言う事を聞くので許して下さい」

 「ちょ、ちょっとタケル君、そんなオーバーな。いいわよ、そんなに怒ってるわけじゃないからさ。でも、何でも言う事を聞いてくれるっていうなら、……そうね、月曜日の委員会決めで私と同じ委員になってくれる?」

 「へ? そんな事でいいの? 良いよ良いよ、一緒の委員になるよ。でも、面倒な委員は嫌だよ?」


 足立さんマジ天使! ガゼッタさんの事を変な人だと思っていたけど、無意識って恐ろしいな!

 足立さんも、同じ委員とか些細な事で凄く喜んでくれているし。


 ……でも僕の行為、現実リアルなら即逮捕だったな。……気を付けよう。 

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