第23話


 「それで? 俺に何の用だ?」


 異形の容姿で普通のオッサンくらいの背丈、普通の人みたいな喋り方をする変なオッサン。もうちょっと雰囲気というモノを考えて話して欲しい。

 

 「悪いんだけれどさ、あそこにいる骸骨を倒して来てくれる?」

 「アイツをか?」


 オッサンがアンデッドマスターへと振り向いて指を差す。

 ……くるみは全然物怖じしないよな。


 「そうよ。出来そう?」

 「ふん、つまらん。……それはそうと小娘、お前は俺の事が怖くないのか?」

 「【ダウン】」


 オッサンはアンデッドマスターへと向かって歩みを進めながら喋っているのだが、その最中にもアンデッドマスターがステータスを下げる闇魔法【ダウン】を唱えていて、オッサンの身体は濃い紫の霧で包まれてしまっている。


 「全っ然。何で?」


 くるみはいつも通りの態度でオッサンと喋っているのだが、他のメンバー達は見事にブルブルと震え上がっている。

 僕も多分神仏心スキルとか、威圧、眼力、恐怖の耐性系のスキルを覚えていなければビビっているだろうなー。

 凄く強い奴なんだろうけど、ステータスチェックはしないぞ。


 ここで相手の強さが分かってしまえば楽しみが減ってしまうじゃないか!

 だからこのオッサンの強さは、実際に出会うまでのお楽しみって事で。


 「全っ然と来たか! ははは、そりゃ面白い。ではすぐに終わらせよう」


 今の今まで目の前ではははと笑っていたオッサンが忽然と姿を消し、いつの間にかアンデッドマスターの頭上で槍を振りかざしている。


 ……しゅ、瞬間移動使いか! こりゃー厄介な奴だな!


 「っしゃー!」


 オッサンが豪快に叫びながら、両手に持たれた槍をアンデッドマスターの頭へと勢いよく叩き付けた。


 バキバキバキバキ!


 アンデッドマスターの身体は、骨が砕ける音と共に強引に真っ二つに分断されてしまった。

 オッサンの槍はその勢いを保ったまま地面を叩き付け、採掘場の地面をも大きく引き裂いてしまった。


 「おい、小娘。これをやろう」


 岩盤が軋む音と土煙が舞う中、何事もなかったかのようにスタスタとこちらに向かって歩いて来るオッサンが、ポイッと何か小さな物を投げつけて来た。

 僕は背中にしがみ付いていたくるみが落ちてしまわないよう、後ろ手でおんぶみたいに支えてやる。

 

 「では用も済んだし、俺は帰るとしよう」


 背中のくるみが投げられた物を若干お手玉しつつキャッチすると、オッサンは炎の蛇へと向かって歩き始めた。


 「ねぇ、何よコレ? 他にも何かないの?」


 ……くるみはオッサンに掌を向けて、図々しく別の物も催促し始めた。


 「……ぶ、ぶはははー! 面白い奴だな! 俺も長年生きているが、御代わりを要求されたのは初めてだぞ! いいだろう、小娘には特別にこれもやろう。でもこれ以上はもう何も持っていないぞ? ……本当だぞ? 押すなよ的なフリでも何でもないからな!」


 炎の蛇に跨ったオッサンが、懐から取り出した巻物みたいな物を、再びくるみにポイッと投げ付ける。


 「ではさらば……そうだ、名乗るのを忘れていた。俺の名前はアスモデウス、また機会があれば呼んでくれ。じゃあな」


 オッサン……アスモデウスはくるみにおねだりされる前に急いで炎の蛇を走らせると、そのまま魔法陣の中へと頭から突っ込んで行った。

 


 アスモデウスか。アンデッドマスターからステータスを下げる【ダウン】をくらっていたはずなのに、あの桁違いのパワーだ。

 槍の刃の部分でない棒の部分で叩き付けて、力技でアンデッドマスターの身体を真っ二つにしていたからな。

 しかも瞬間移動持ち。実際に対峙する事になると非常に強敵だぞ。


 メンバー達が腰を抜かしてその場にしゃがみ込んでしまっているので、僕の首筋からちゅうちゅうと血を吸っているくるみを担いだまま、アンデッドマスターを魔力石へと封印し、ドロップアイテムである、『魂の涙』を巨大な魔力石共々道具袋へと仕舞った。

 時間がないのだが、ここまで来ると五分遅刻も十分遅刻も大して差がないからもういいやと半ば諦めが入ったので、くるみを背負ったまま瞬間移動で片っ端からモンスター達の死骸を道具袋へと放り込んで行く。

 そのついでに座り込んでしまっているメンバー達も、荷車の上にポイポイと放り込んだ。


 「源三、和葉、他の三人が荷車から落ちてしまわないように、しっかりと掴んでてあげて」


 快適くつろぎの旅は終了しました、と心の中で呟きながら、全力で荷車を引っ張りカヌット村を目指した。


 「ちょ、お兄ちゃん! 約束がちがああぁぁぁーー!!」


 ……


 途中、モンスターの影がちらつく度に、隠蔽強化を掛けた【放電】でシューティングゲームのように撃ち落として行く。

 鳥っぽいヤツ、サイっぽいヤツ、ダチョウっぽいヤツ、などドンドン倒して行くのだが、素材の回収は諦めておく。


 「タケル、面白そうだな! それ、魔法なんだろ? くー、俺も魔法欲しいなー!」

 「源三は土魔法とかどう? このパーティーメンバーには土魔法使いがいないんだ。大剣をメインで使って、土魔法を補助的に使う、とか」

 「土魔法か、どんな魔法が使えるんだ?」

 「それがさ、僕も土魔法は分からないんだ。恐らく防御系や攻撃系がメインになって来ると思うんだけど」


 そうなんだよなー、雪乃さんも土魔法は使わなかったから。

 雪乃さんは風、火、雷がメインだったけど、殆ど術式操作魔法ばっかりだったし。


 源三は白目を剥いて気を失っているくるみとルシファーを両脇に抱き抱えて、荷車の上に立ち上がっている。

 このバランス感覚も恐らく通勤ラッシュで鍛えられているのだろう。



 「目の前の丘を越えると、カヌット村が見えるはずだから、ここからスピードを落として行くよ」


 メンバー達に【シャイニングオーラ】を唱えて、荷車を引くスピードを落とした。

 いつの間にか夜が明けていたみたいで、ヨルズヴァスの空の低い場所に太陽が顔を覗かせていた。


 暗視スキルは便利なのだが、昼なのか夜なのか分かりにくいところが不便だよな。

 ……雪乃さんに要望を出したら改善してくれるかな?


 「それで? くるみは一体アスモデウスから何を貰ったの?」

 「唐揚げ……」

 「それは今見てた夢の話だろ? そうじゃなくてアスモデウスのオッサンから貰った物だよ」


 今まで気絶していたくるみは、寝起きみたいな虚ろな表情でボーっとしている。


 「……ああ、そ、そうね。これとこれよ。お兄ちゃん、これ何? どんな物?」


 くるみが荷車の上をフラフラとしながら僕の所まで歩み寄ると、両手に握り締めていた指輪と巻物を手渡して来た。

 鑑定スキルで調べてみると……ひ、非常に言いにくいぞ!


 「どうしたの? 良い物なの?」

 「こっちの巻物は『ヴリトラの巻物』っていう物で、アスモデウスのオッサンが乗ってた炎の蛇を召喚出来る攻撃魔法が使えるようになる物だったよ」


 僕達の会話を聞いていたのか、ぐったりと横たわっていたルシファーが上半身をムクリと起こした。


 「フ、フフフ、我が眷属よ、炎の蛇じゃと属性は火。となると妾が覚えるのが道理という物、そうじゃろ?」


 真紅の宝石が眩い手を口元に当て、いつもの仕草をしている。


 「そんな真っ青な顔で言われても反応に困るよ。それに貰ったのはくるみだから、僕に聞かれても答えられないよ。くるみに聞いてくれる?」


 くるみに丸投げすると、今度はルシファーがくるみのもとへフラフラと歩み寄り、くるみの耳元で何やらゴニョゴニョと呟くと、そのまま二人で荷車の端へと歩いて行き密談を始めた。

 何を話し合っているのかは不明だけど、ルシファーがああやって普通に会話出来る場面が見られるのは何だか嬉しいな。

 出会った時は、少しの情報を聞き出すのに三十分以上掛かったもんな。


 「師匠、それでそっちの指輪はどんな物なの?」

 「こ、この指輪は、『アスモデウスの指輪』って言って、えーっと、一応攻撃力が凄く上昇する物だったんだけど……」

 「「『……けど?』」」


 言いにくそうに小声になっている僕に、和葉、源三、REINAが顔を近付けて来る。


 「その……攻撃力が大幅に上昇する代わりに、装備中は、その、あれだ、……凄く、物凄く発情するらしい」


 恐らくタイガー〇スクの下の素顔が真っ赤になっている僕。

 顔を真っ赤に染める和葉とREINA。


 「何だよ、そんな事か。じゃあ攻撃力が上昇するなら俺が装備――」

 「『そんなの駄目に決まってるでしょ!』」


 特に気にする様子もなかった源三は、和葉とREINAに背中を突き飛ばされ、荷車から落車してしまった。


 「ア、アタシはもう装飾品装備してしまっているから、さ。REINAっちか、しししし師匠が装備すればいいとお、思うよ? いやー残念、攻撃力が上昇するのかー残念だなー」

 『私はほら、この手、この指、この爪じゃ、指輪なんて入らないわ! ほら、ほら!』


 二人が顔を真っ赤にしながら、何故か僕に装備しろと押し付けて来る。

 REINAがグイグイと近付けて来る両手の爪が、僕の顔に刺さりそうだ。


 「……無理して装備しなくても暫く保留という事にして、道具袋に仕舞っておけばいいんじゃない?」

 「『……そ、そうね』」


 僕の提案に二人は何やら複雑な表情をしながら納得してくれた。

 そして密談の終わったルシファーの手には、巻物がしっかりと握られていた。



 丘を越えた場所は草原地帯で、丘の上から見下ろした三百メートル程先にカヌット村が見える。

 カヌット村の更に奥には小さな森が、そしてその森を抜けた場所には切り立った岩肌の巨大な山脈が連なっている。 

 カヌット村は本当に小さな村で、ここから見える建物は五件しかなく、その建物が腰の高さ程しかない草臥れた木製の柵で囲われている。

 その木製の柵の更に外側を、村全体を取り囲むようにして、人ひとりがやっと入れる程の小さなテントが、足の踏み場もないくらいにびっしりと並んでいる。

 そしてプレイヤー達の姿は既に確認出来ているのだが……異常な光景だ。

 人、人、人っぽい何か、獣っぽい人……。

 テレビで見た事がある、紛争地帯の難民キャンプみたいだ。


 そしてそんなプレイヤー達が、引っ切りなしに村から走って出て行き、次々に森の中へと消えて行く。


 「タケル、その同級生ってのは見当たるのか?」

 「いや、ここからじゃ何とも……。とにかく村へ行ってみよう」


 荷車を引き村へと向かうと、すぐに問題が発生した。


 「! か、和葉だ! 和葉が戻って来たぞ!」


 村の外で僕達の一番近くに居た一人のプレイヤーで、革の鎧を着て背中に大剣を背負った金髪の男が和葉に気付き、険しい表情を取った後大声で叫びながら村の中へと入って行った。


 「あちゃー、やっぱりまだ恨まれてたかなー?」

 「みたいだね」


 和葉は頬をポリポリと掻いているのだが、ここに居る殆どのプレイヤー達を対戦PKでぶっ飛ばしているからな。しかも山程の物品を回収しちゃったわけだし……。

 村の中からテントからと、わらわら人が出て来たんだけど、何というか……まぁ日本らしいと言えば、日本らしいな。


 『萌え』の要素で溢れ返っているぞ!


 猫耳多過ぎ! ロリッ娘多過ぎ! 魔法少女系多過ぎ! アニメのキャラクターっぽい奴多過ぎ! 

 見た目の趣味に走り過ぎだろ! ……というか、今強行突破作戦を決行しているんじゃなかったのかよ。

 何でこんなにも村に人が居るんだ? ってかこの村に殆ど居るだろ!

 ……そういや足立さんも言っていたよな、参加者が今で六百人体制だって。

 今考えると一万人居て六百人って……少なくない?


 「テメー和葉、何しに来やがった」

 「俺の刀返せよ!」

 「ここに来んなや!」


 ……


 ……和葉がファストタウンに戻って来た理由が分かった。


 集団と化したプレイヤー達が口々に和葉を酷い言葉で罵倒し始めたのだが、何だろうこの気持ち。

 ……虐められていた時の記憶が脳裏の片隅にチラつき始めた。

 ここはゲームの世界だし、どんなプレイスタイルで楽しもうが自由だ。

 自由なんだけど、対戦PKで負けて再戦するわけでもなく、数千人規模で寄ってたかって文句を言うだけ。

 自分達がルールを理解して対戦PKを受けたクセに、さも和葉だけが悪いみたいな言い方だ。

 突破作戦が決行されているのであれば、それにも参加せずにここで管を巻いているだけの人達。


 すっげームカつくんだが、ゲーム内初の【雷の弾丸ブリッツバレット】でも全力でぶっ放してやろうか。

 感情を押し殺して拳を握り締めつつ、この気持ちは駄目な物だと自分に言い聞かす。

 当の和葉が我慢しているのに、僕が真っ先に暴れるわけにもいかないし。


 身体を震わせて怒っていたシャーロット王女の気持ちが、今になって凄く理解出来てしまう。

 ここに居る人達からは、武士道の精神なんて微塵も感じられない。

 大好きだった日本人がこんな人達だと分かってしまったら、……彼女はショックを受けるだろうな。

 


 「和葉、気にしなくていい――」

 「【獄炎大蛇(ヴリトラ)】」


 ……


 ……え? ルシファーさん、今何て言ったの?


 何だか聞き覚えのあるワードが耳に入って来たんだよねー、確かヴリトラ……だったか?

 ゆっくりと荷車の上へと振り返ってみると、メンバー達の先頭に立つルシファーの右手の掌がしっかりと冒険者達の方向を向いており、その右手を支えるように左手で右手の手首をしっかりと握っている。


 ……聞き間違いじゃなさそうだ。


 村の外、冒険者達の足もとの地面が、地響きを伴い大きく迫り上がると、激しく大地を突き破りつつ巨大な炎の大蛇が姿を現し、ルシファーの意思を汲み取っているのか次々と冒険者達を飲み込んで行く。

 まさに地獄絵図と呼ぶに相応しい光景が僕達の目の前で繰り広げられている。

 泣き叫び逃げ惑う萌えなプレイヤー達が次々と大蛇の業火に飲まれ、焼かれて行く……。


 「ルシファー、何て事するんだよ!」

 「友達の悪口を言う奴は許さない」


 ルシファーの言葉に一同が驚き、視線を集めた。

 いつもの中二病全開ではなく、片言でもなく、ハッキリとした口調で言い放ったルシファーの力強い声がチームのみんなに届いた。


 馬鹿な事を言い合ったり、一緒にLVアップの舞いを踊ったり、お宝や装備品に一喜一憂したり、魔法に剣技に格闘技と色々練習したり、やさぐれたパンダに睨まれたり、一緒になって源三を弄ったり、現実リアルでも連絡をやり取りしたり。

 僕達はまだ出会って間もない、出来立てのパーティーだけど――


 ……友達、か。


 つい最近まで、僕には一切関係のない言葉だったけど……うん。悪くない!


 「……そうだな! 俺も仲間の悪口を言われて黙ってなんていられねーぜ!」


 源三が背中に背負った小型竜ワイバーンのアギトを手に取り、荷車から飛び降りた。

 その様子を見たREINAまでもが、鞘から清流のレイピアを抜き、源三の後に続いた。 


 「四天王の奴でいいわ、来なさい」

 「ちょ、くるみまで? しかも四天王って!」


 くるみの掌が向けられた地面に、直径五メートル程の幾何学模様の魔法陣が出現した。

 真っ暗なブラックホールの部分から出て来たのは……何故か炎の蛇に乗っていないアスモデウスのオッサン。


 「ちょっと、何でアンタが出て来るのよ? 四天王の奴を呼んだはずでしょ?」

 「小娘、それあまりにも酷くないか? 呼ぶペースも早いし、呼んでおいて何で出て来るの? とか言われても……、それに俺も四天王だし」


 げげ! このオッサンも魔王直属の四天王とかいう奴なのか!

 ……ルシファーが炎の蛇を呼び出していると、アスモデウスのオッサンはその間、炎の蛇に乗れないのか?


 「そうなの? まぁいいわ、ちょっとあの辺のゴミ、掃除して来てくれる?」


 くるみは指示を出しつつ、左手で逃げ惑う冒険者達を指差し、右手の親指を立て自分の喉元を左から右へと掻き切る。


 「おいおい、いいのかよ? アイツ等、お前達と同じ人間だぞ?」

 「いいのよ、後さ、アンタ今回あんまり時間ないでしょ? 一発でスッキリするヤツをぶっ放して頂戴」

 「お? 確かに時間がないみたいだな。じゃあま、遠慮なく行かせて貰うわ。スッキリさせてやるから見とけよ!」


 自信満々の笑みを浮かべたアスモデウスのオッサンは、脇目も振らずに逃げ急ぐ冒険者達の中へと瞬間移動した。


 「行くぜ、【超新星スーパーノヴァ】!」


 アスモデウスの身体が白く眩い光を放った瞬間、冒険者達数千人を巻き込む大爆発が起こった。

 爆破属性の魔法みたいなのだが、爆破の規模が半端ないぞ!

 瞬間移動に加えて、広範囲爆破攻撃か……本当に厄介なオッサンだな。


 土煙と衝撃波が瞬く間に僕達をも飲み込んだ。

 僕の後ろ側に居た和葉、それと僕が両手で押さえておいたくるみとルシファーは大丈夫だったのだが、冒険者達の方へと向かって突進していた源三とREINAは、その衝撃波で後ろへ吹っ飛ばされてしまい、僕達の立っている荷車の手前までゴロゴロと転がって来た。

 上空まで吹き飛ばされてしまった色々な破片が辺り一面にボトボトと落下し始め、巻き上がった土煙が風で流され始めると、爆発が起こった場所の地形がごっそりと抉られてしまっていた。


 「ははー! どうだった? 俺の【超新星スーパーノヴァ】、土魔法の高等魔法だぜ! 小娘、スッキリしたか?」

 「……ふん、まぁまぁね。もう帰っていいわよ」


 僕達の前まで瞬間移動で戻って来たアスモデウスのオッサンは上機嫌なのだが、くるみはいつも通りの態度で左手は腰に当てられ、野良犬でも追っ払うようにシッシ! と右手を振っている。


 「……そ、そうか、まぁまぁ……か。つ、次はもうちょっと期待に応えられるように頑張るわ……。じゃあな」


 牛の顔、羊の顔、そしてオッサンの顔それぞれで落胆の表情を浮かべつつ、アスモデウスは魔法陣の中へと飛び込んで行った。

 ……何だかアスモデウスのオッサンが可哀相に思えて来た。



 一番近くで200秒のカウントダウンが進んでいるプレイヤーへ向かって歩いて行き、蘇生魔法【女神の誓約ヴィーナスアシェント】を唱えた。

 この蘇生させたプレイヤー、最初に村の中へと和葉が来た事を伝えに行った、金髪で大剣を背負ったプレイヤーだった。

 だった、というのも、全身黒焦げで全くどんなプレイヤーか分からなかったからで、蘇生させてみて初めてコイツだったのかと分かったのだ。

 この金髪のプレイヤーは、蘇生してすぐの状態では、自分に何が起こったのか理解出来ていない様子だったのだが、僕達の姿を見て色々と思い出し始めたのか、上半身だけを起こしたまま、ガタガタと震え出し始めた。


 「あのさ、アンタ達に用はないからさ、『POP☆GIRLS』の人達が何処に居るのかだけ教えてくれる?」

 「……あ、……う」


 ガタガタと震える金髪のプレイヤーは完全にビビってしまっていて、声すらまともに出せない状態だった。


 ……困ったな、どうしたものか。

 流石の僕でも、行っていない遠くの場所をマップで詳細表示させたり、ゲーム内で出会っていない特定の人物を見つける事は出来ないんだよな。

 ……そ、そうか。何百人か固まっているのであれば索敵マップを広域表示にして、プレイヤー達が集まっている場所を探し出せばいいのか!

 えーっと、プレイヤー達が集まっている場所は……と、あった。しかもすぐ近くだ。

 よし、すぐにみんなで向かう事にしよう! ……おっとと、そうだった、忘れるところだったよ。


 「次、和葉の悪口言ったら容赦しないから。何度も何度も殺して蘇生させてを繰り返して、死ぬ事すら出来ない永遠の地獄の苦しみを味わせてやるから覚悟しとけ! って村で管巻いてる連中にも伝えといてくれる?」


 僕の脅しにガタガタと震えたまま声を出せないでいる金髪のプレイヤーは、首をブンブンと大きく縦に振り続けた。


 「和葉、確かにやり過ぎな感じはあるけど、ルールに則って勝負した結果なんだし、和葉が落ち込んだり、気にしたりする必要はないよ?」


 元気がなかった和葉に声を掛けた。

 何だかすっかりとしおらしくなってしまっているので調子が狂うなぁ。


 「フフッ、それに次和葉の悪口言ったら容赦しないって目一杯脅しといたから」

 「……師匠。フフ、ありがとう」


 笑いながら少し冗談っぽく言うと、やっと和葉の表情に笑顔が戻って来た。

 大人しい和葉もたまにはいいけど、やっぱり和葉は活発な方が良いよな。

  

 「源三、REINA、ここの人達は放って置いて、サッサと強行突破作戦に向かおう」


 もう一度冒険者達を追い掛けに行こうと走り出した二人を呼び止め、荷車の上に戻って貰った。

 遅刻の時間が大変な事になっていて、そろそろ未来予知で足立さんにボコボコにされる映像が見えて来るんじゃないか? と本気でビビり始めている。


 そしていつの間にか太陽の位置が僕達の真上まで移動している。

 この世界の時間の概念は一体どうなっているんだ? 


 突破作戦の為に冒険者達が集まっていたのは、村の奥に位置している小さな森を抜けた更に奥、切り立った岩肌の山脈の麓だった。

 その為、村には立ち寄らずに森へと向かう予定だったのだが、村から出て来た一人のNPCの年配の男性が、僕達の方へと走って近寄って来た。


 頭上に緑の『!』マーク、クエスト依頼を出しながら、だ。



 クエスト内容

  ・ワシの代わりに、カヌット村の採掘場で働く娘婿の様子を見て来て欲しい。


 クエストの依頼者 

  ・ヤングン


 クエスト成功条件

  ・採掘場で働くヤングンの娘婿の様子を伝える。


 クエスト失敗条件

  ・なし


 クエスト報酬

  ・EXP

  ・ゴールド


 クエスト難易度

  ・☆☆☆~☆☆☆☆☆☆


 クエスト受諾条件

  ・なし


 参考


  ・この辺りには未確認のモンスターが生息しているので、充分注意する事。

   未確認のモンスターが現れた場合はクエスト難易度が跳ね上がるぞ!



 この年配の男性がヤングンさんだと思うのだが、このクエストってもしかして……。

 しかしこの年配の男性は、僕達にクエストを依頼して来るのかと思いきや、僕達の事を素通りして走り抜けてしまった。

 白髪混じりの短髪で細身の男性なのだが、何処か雰囲気が東南アジアの人っぽく、上下に麻で出来た涼しそうな服を着ており、少しだけ褐色の肌からは汗が滴っていた。

 どうやら僕達に向かって走って来ていたわけではなく、この男性の進路上にたまたま僕達が居ただけみたいだ。


 「あのー! すいませーん!」


 大声でその男性を呼んでみたのだが気付いて貰えず、息を乱し走っているヤングンさんが足を止める事はなかった。


 「ヤングンさん!」 


 仕方なく名前で呼んでみると、ようやく足を止めてこちらへ振り返ってくれたので、荷車の上にメンバー達を乗せたまま、ガラガラと引っ張ってヤングンさんへと近付いた。


 「はぁ、はぁ、アンタ、どうしてワシの名前を……?」

 「その……、ハンスさんからお手紙を預かった、と言えばお分かり頂けますか?」


 息を切らしているヤングンさんは、僕達の事を少し疑惑の目で見始めていた。

 その為すぐにヤングンさんが出しているクエストを受諾して、グール達の中にいた名前持ち、ハンスのドロップアイテムである『家族への手紙』を道具袋から取り出した。


 「! 娘婿の事をご存じなのですか? それでハンスは今何処に――」


 今にも僕に掴み掛かって来そうなヤングンさんが少し怖いので、採掘場で起こった事を正直に話した。


 ……


 「そうか……そんな事が。申しわけない、ハンスの最後を看取って下さった方々じゃったとは」

 「いえ、僕達も知らなかったとはいえ、止めを刺してしまって……。魔力石へと封印した物を持っているので、こちらもお渡ししておきます」


 道具袋からバスケットボール程の大きさもあるハンスさんの魔力石を取り出し、ヤングンさんへと手渡した。


 「さ、流石にこのサイズの魔力石を持って歩く事は出来んわい。……なぁ、お主達に折り入って頼みたい事があるのじゃが――」


 ヤングンさんが話し始めたところで、視界の隅にクエストクリアと文字が出たんだけど、すぐさまヤングンさんから新しいクエスト依頼である、緑の『!』マークが頭上に出た。

 おお、連続クエストか。初めてだな。


 クエスト内容

  ・オリエンターナに辿り着くまでの護衛を頼みたい。


 クエストの依頼者 

  ・ヤングン


 クエスト成功条件

  ・オリエンターナにあるヤングンの家まで無事にヤングンを送り届ける。


 クエスト失敗条件

  ・ヤングンの死亡


 クエスト報酬

  ・EXP

  ・ゴールド

  ・オリエンターナ住人の信頼


 クエスト難易度

  ・☆☆


 クエスト受諾条件

  ・魔力石を一つ渡す



 このヤングンさん、カヌット村の人じゃなくてオリエンターナの人だったんだな。

 でもオリエンターナに通じる地下道には、強力なモンスター達がいるはずじゃなかったのか?


 「ワシ一人じゃとこの魔力石をオリエンターナの家まで持って帰る事が出来そうもない。お主達に魔力石を持ってて貰って一緒にオリエンターナまで来て貰えんか?」

 「しかしオリエンターナへと通じる地下道には、強力なモンスター達が居ると聞きましたよ?」

 「ああ、それなら心配せんでもええ。地元の人間しか知らん秘密の抜け道を使うからな。この道は狭いがモンスター達は一切出んわい」


 ……そういう事か。やっと分かったよ。


 『タケル君、これってもしかしてタケル君が拘っている、オリエンターナへ抜ける為の正規の攻略方法じゃない?』


 REINAも気に掛けてくれていたのか、アドバイスしてくれた。

 そうなんだ、僕がこの地下道強行突破作戦に最初からあまり乗り気じゃなかった理由。

 僕みたいなチート使いが、ゲームの攻略手順を無視して力で解決するのが嫌だったんだよな。


 「くくく、何だタケル! ゲームの攻略方法が分からなくて強引に解決したのかよ! 情けないなー」


 ワイバーンキングの時みたいに、攻略方法が分かった後だと力で攻略してもいいと思うけど、そうじゃない場合は雪乃さんに笑われそうだし、嫌なんだよなー。

 そんな場面の雪乃さんの顔、絶対僕を小馬鹿にした憎たらしい顔だろうし、想像するだけでも腹が立つじゃないか。


 時間もないのですぐにヤングンさんからの新しいクエストを承諾した。


 「それは全然問題ないんですが、僕達今から急ぎでやらないといけない事があるんですよ。用事が終わり次第迎えに行きますので、僕達が帰って来るまでカヌット村で待ってて貰えませんか?」

 「ああ、それで全然構わん。それとこれ、ワシをオリエンターナへ送って貰う分の護衛料じゃ、前金で半分渡しておく」

 「いやいや、僕達こそオリエンターナへ行く為の抜け道を通らせて貰えるんです。ゴールドは受け取れませんよ」


 僕達現金必要ないんで受け取らないぞ、なんて言うのも申しわけないので、適当な理由を付けてクエスト報酬のGは断った。

 

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